人事労務日記~所長のつぶやき~ -329ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年3月30日


 今日は、多くの会社で期末決算日です。

私もこれから、非常勤監査役をしている会社の

棚卸の立会いに出かけます。


ところで、人生の友人として犬や猫を飼っている

人が随分と増えているようです。

私はといえば断然「犬派」です。

私は、とても「孤高タイプ」ではないし、何よりも

人と「群れる」のが大好きだからです。

「群れる」といっても最近は、サラリーマン時代の

友人たちとはメッキリと疎遠になってしまったので、

プライベートでは専ら家内と「群れる」ことが

多くなりましたが・・・・・


私は子供の頃からの「犬好き人間」で、

子供の頃は何頭かの犬を飼っていました。

然し、社会人となり家庭を持つようになってからは、

「転勤族」でもあったので、随分長い間犬とは

付き合いがありませんでした。

然し、サラリーマンを辞めて人生の一区切りが

ついたとき、また犬と「群れる生活」に憧れるように

なりました。そして渋る家内を何とか説得して

犬を飼うことになったのです。


今でも犬のいる生活を楽しんでいます。



平成24年3月29日


 「ひとの人生には、三回だけ自由な時期がある」

とよく云われます。

それは、

①小学校に入る前と、②学生のときと、③そして定年後

だそうです。
たしかに、
小学校に入る前は、名門小学校へのお受験でもしない限り、

まだ「勉強」という義務はありませんし、テストを受けさせられる

こともありません。

近所の子供たちと屈託無く遊べる時期でもあるでしょう。

私の人生の中で、今思い出しても一番楽しかった時期も

この頃のように思います。


それから、学生時代前半の、就職活動を始める前も、比較的、

受験勉強やら就職活動やらの必要性からほど遠く、比較的

自由な時期だと言えそうです。

私もこの時期に、「ハイキングクラブ」とかのクラブ活動にいそしんだ

ものでした。


そして、定年後も「ローン」や「子育て」、「責任ある地位」から

開放されて比較的自由な身分になれる時期です。

でも、この時期は、人によって実に様々なスタイルやら態様で

過ごすようでもあります。
未だ働いている人、趣味に興じている人、聴講生として

大学に通っている人、地元の町会活動をしている人、

などなど実にさまざまです。

でも、共通しているのは「社会との接点を持っておきたい」

ということでしょうか。

「社会との結び付き」・・・実に大切なことです。





平成24ね3月28日



 今日は、朝から関係先に直行です。

オフィスには4時ごろ出勤です。

直行した先でお昼ご飯を食べながら、雑談

しているときに会社を定年退職した後の過ごし方

について、話題となりました。

こんな話を聞きました。


「忙しく働いていた一人の男が定年になり急に暇になった

そうです。よくある話です。暇にはなったものの家事は

何一つできない。金を稼ぐという仕事を無くした男は

奥さんや家族の厄介ものになってしまうのかとも思えました。

ところが男の母親や奥さんがあそばせて置くのはもったいないと、

家事をその男に教えはじめました。男もそれまで会社で仕事に

取り組んできたように家事に真剣に取り組んだそうです。

そうすると持ち前の几帳面さで見る見るうちに家事を覚え、

最後には奥さんよりよくできるようになったばかりか、家族の中

では欠かせない必要な存在になったそうです。」


家事も仕事だと思って徹底的にやったのでしょうね。

この話を聞いたとき、いい話だと思いました。

家事に真剣に取り組む男の満足げな表情が頭に

浮かびます。

平成24年3月27日


 もう直ぐ3月も終わります。

桜ももう直ぐ花をつけるでしょう。

何ということもなく、時間だけがタンタン

と過ぎていきます。

そして、時間だけが過ぎていくことに対して焦る人

焦燥にかられる人も沢山いると思います。

特に、サラリーマンで責任ある仕事をしている人

には時間の経過と成果が比例しないことに悩んで

いることでしょう。私のような自営業者も、思うように

仕事が進まない場合、取引が取れない場合など

イライラする場合は、かなりあるのです。


でも、そんな場合、私は「ジタバタしてもしょうがない、

なるようになる」と割り切って過ごすことにしています。

そして、たまには、近くの靖国神社参道のベンチに

腰掛け、何の行動もせずにただぼんやりと時間を

過ごすのです。

そして、参道を歩く人々をただ無心に眺めるのです。

目に入る諸々のことに素直に反応する、無念無想

とまではいきませんが、風景に身を任せてみるのです。

そういう行為は、「だからどうなの」という余計な価値

判断から解き放たれること」にもなり、精神的に

リラックスできます。


人は、みんな何がしかのイライラ事を抱えています。

だから、その人に会った「イライラ解消法」が、必要な

時代だと思います。

平成24年3月24日


 最近は新聞やテレビを見ると、韓国や中国の

躍進に対して日本の低落を強調する記事や

ニュースを目にする機会が随分と多くなりました。
今日の朝も出かける準備をしながら見ていた

テレビ番組で、サムスンなど韓国メーカの躍進に

対するソニー、パナソニックなど日本の家電メーカーや

半導体メーカーの凋落振りを報道していました。
こんな報道を見るたびに、何となく気分も沈んで

しまいます。

日本も何とかしないと大変だと思うのですが、
政治は益々混迷の度を増しているようですし、

経済も超円高や電力問題、TPP問題など

他国との競争条件が劣化し、将来への明るい

展望がどうも開けません。

ひと昔前の日本は、「企業戦士」とか「24時間

戦えますか」などの言葉が行き交い、サラリーマンの

猛烈な働きぶりが世界を震撼させていました。
今とひと昔前とどちらの生活が良かったのかは

分りませんが、今の日本を歯がゆく思っている人も

少なくないかもしれません。

「ガンバレ、日本」 と思っている人も少なくない

と思います。

平成24年3月22日


 私は、テレビ好きで夕食時にはテレビを見ながら、

一杯やっています。

中でも、政治討論番組が好きで議論が白熱すると

一瞬飲むのを忘れて聞入ったりします。
しかし討論中には、必ず双方の言葉が噛み合わない

場面が出てきます。


質問する論者と答弁する論者の言葉がキャッチボール

されないのです。

質問者がイエスかノーかを問いかけているのに,

答弁する側はそれには直接答えず,その質問に

関連する周辺状況の説明に終始するのです。

子どもが親に言い訳をしている姿と重なります。

直接に答えると弱みがあぶり出されるという懸念

でもあるのでしょうか? 

このような話を逸らしている風の答弁を聞いていると,

かえって疑念を抱かせてしまう場合もあります。


攻めと守りの立場は分かるのですが,テレビの後には

私のような沢山の庶民がその討論を見ています。

テレビ画面の後に居るこのようなモノ言わない庶民を

念頭に、明快で誰にでも分かるような堂々とした議論を

期待したいものです

平成24年3月21日


 政治も経済も混迷し、何かと暗い話題ばかりが

強調される今の日本。

そんな中、日本人も自信喪失気味でどうしても

伏し目勝ちになってしまいます。

でも、日本人同士の暮らしの中では特に感じない

「日本人の良さ」は、外国で暮らしてみると懐かしく

思い出すものでもあります。

私も北京や広州で住んでいた頃、中国人の振舞い

を見ては、日本人であることに誇りを持ったもの

でした。


礼儀正しさとか、時間を守るとか、他人への

思いやりとか、数え上げたらきりが無いほど

沢山あります。

私たちは、もう少し「日本人」であることに誇りと

自信を持ってもよいのではないでしょうか?

平成24年3月20日


 今日は春分の日で、休日です。

うららかに晴れて好い日です。

オフィスの前の道路も、今日は車の数が少なくて

静かです。「

私は、今日も通常通り、朝の通勤電車に乗って

出勤しました。

何時も地下鉄の乗り継いで出勤するのですが、

今日は休日のせいか、車内には行楽地に赴く

「元気なお年寄り」の数が目立ちました。

そして、

私はいつもこの「元気なお年寄り」の厚かましさ

が気に障ります。


元気な癖に我勝ちに席に座りたがります。優先席は

あたかも自分らの専有席と勘違いしているようです。

今日も、優先席を占有していた「元気なお年寄り」が、

途中駅から乗り込んできた障害のある中年男性

(右手、右足が不自由で立っているのがいかにも

大変そうでした)に、優先席を譲ろうとしません。

たまりかねて向い席に座っていた私が立ち上がり、

席を譲りましたが、杖を持った障害者同士が席を

譲り合うという何かおかしなことになってしまいました。


私は未だ障害の程度も軽いので、半時間程度は

立っていてもやり過ごせますが、そうはいかない

障害者もいます。

「元気なお年寄り」は、自分より辛い人への思いやり

は忘れて欲しくないとつくづく思ったのでした。






平成24年3月19日


3月もあと2週間で終わります。

いよいよ4月、新入社員を迎えるシーズンと

なります。

私がサラリーマンだったときに、新入社員が

入るとみんなでよく飲みに行ったものでした。

そんな飲み会では、いつもひとの悪口を

言う人がいました。

ひとの悪口は耳障りなものです。だから、

悪口が始まるといつも適当に話を打ち切ること

に注力したものでした。


他人の悪口ばかりいう人は、「いい出会い」には

めぐりあえないと言います。
なんでも人のせいにしていたのでは、人が寄って

こないのは当然だからです。

「政治が悪い」「会社が悪い」「上司がこうだから」
「部下が無能でオレの足をひっぱる」と、

いつも嘆いているこのような「他罰傾向」の強い人は、

自己顕示欲が強いそうです。


こんな自己顕示欲の強い人は、第一線を退いた

今でも何かにブツブツ言っているのでしょうか?



平成24年3月16日


 先日の夜、サラリーマン時代の友人たちと

久し振りに飲み会をしました。
昔話に花を咲かせたり、段々と短くなって

いくこれからの生き方について語り合ったりと

楽しいひと時を過ごせました。 


飲みながらの話は、今まで自分の辿ってきた

生き様とか共通の知人の動向とかにも

および、あたかも夫々の人生を覗き見るような

趣があり興味津々でした。

そして他人の人生を覗き見たとき、その人生が

あまり順調ではないようだとなぜか

心の奥深いところで、ホッとする自分に気づいたり

もしたものでした。


「他人の不幸は蜜の味」という言葉があります。

人は他人の「幸・不幸」を我が身と較べて

みてしまうようです。