人事労務日記~所長のつぶやき~ -330ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年3月15日


 私は仕事で躓いたり、嫌なことがあるとついつい

“昔はよかったなぁ”とか“あのころに戻りたいなぁ”と、

うまく行っていた頃の思い出を頭に浮かべます。

えてして過去は甘美な思いとして脳にインプット

されているものです。

これは、悪く言えば現実逃避のようなものですが、

こうすることによって当面の悩みが解決したり、

重たかった肩の荷が下りたりすることが結構あります。


よく「過去は忘れて現実を生きろ」という人がいますが、

過去を振り返ることは、生きて行く上でとても大切な

ことだと思います。

だから、過去にさまざまなことを経験し、たくさんの

思い出を持っている人ほど、気分転換の仕方が

うまく、何事にも挫けずに立ち向かっていけるのかも

しれません

平成24年3月14日


 

 昨年の3月11日からもう1年が過ぎました。

昨年の大災害は、私たちに家族との「絆」の

大切さを再認識させました。

また、次々と降りかかる大災害に遭遇したとき

のさまざまな人のさまざまな顔は、改めて私たちに

「日本人」への思いを再認識させました。


中央の政治家やエライ役人たちのわざとらしく

取り繕った顔と、現場の人たちの真摯な顔を

対比して見せられて、為政者と現場力との格差に

改めて愕然とさせられました。


災害現場で、肉親を失って悲嘆にくれた顔、

全財産を失って途方にくれた顔、そんな中でも

いたわり合う慈しみの顔、子供たちの笑い顔、

そして立ち上がろうとする決意に溢れた顔、

こんな真実の顔をテレビで拝見するたびに、

私は「日本人」であることに誇りさえ感じました。


それにしても政府の対応の遅さといい加減差には

腹がたつのを通り過ぎて、呆れてしまいます。



平成24年3月13日 


 「よろしくお願いします。」などと電話の向こうの人

に言いながら、見えない相手に下げなくても良い頭を

下げる人がいます。

その姿を見ていると、目の前の机に頭をぶつけるのでは

ないか、と心配になるくらいです。


どうしてこんな癖が身に付いてしまったのでしょうか?

電話を切った後、「ふ~~」と毎回一息ついているところ

をみると、電話の間中緊張していることが伺えます。

電話で話すことつまり、見えない相手と話すことを

恐れているかのようです。

電話を切ると同時に危機は去り、緊張が緩和され

安堵感が広がるのでしょう。


私も仕事に慣れていないサラリーマン時代には

電話で話すことは苦痛でした。

相手の顔が見えない電話での会話は、顔を見ながら

話す場合と較べて2倍以上の緊張感を伴います。


だからといって、メールで代替するのも良し悪しです。

文章になっていないメールほど相手の意思を確認

するのに骨が折れますし、メールを送った相手の

知識の程度が顕わになってしまうからです。




平成24年3月12日


 今日も朝、自宅から客先に直行しました。

蒲田の駅ビルで昼食(刺身定食)と取りました。

滅に美味しい店ではないのですが、比較的

空いていて座席が広いので、気に入っています。


昼食後オフィスに出るべく電車にのりました。

べつに座りたいとは思いませんでしたが、

乗り込んだのがたまたま「優先席」の真ん前。

「“どうぞお掛け下さい”、なんて声をかけられたら

イヤだな~、」と内心思っておりましたが、

1駅が過ぎ、2駅が過ぎ、3駅4駅、と過ぎても、

座っている誰からもお声がかからないどころか、

優先席を立って降りる人がいると、「サッ!」と

横から若い男性が素早く座ってしまいます。

実に素早い動きで、動きの鈍い私なんかが

とても対応できません。


結局、座れないまま30分ほど電車に乗って

オフィスに行きました。

“月曜日早々、なんか疲れたなぁ”とつぶやき

ながら・・・・・・





平成24年3月10日


 昨日は、取引先の人と飲み会をしました。

「豚しゃぶ」を食べながらいろんな話をし、

ゲタゲタと笑って楽しい時を過ごしました。

家に帰ってから、寝転がってテレビを愛犬と

見ていたら、そのまま12時半ごろまでとうたた寝

してしまいました。

こんななんともない毎日の繰り返しですが、

これが幸せなのかもしれません。


幸せかどうかは、

「就寝の時明日の朝起きるのが楽しみであるか

どうかだ」と、

教えてくれた古人がいます。

「今日精一杯生きた,明日に希望を持つ」,

そのプロセスが幸せ感ということなのでしょうか。


とすれば、なんとはない毎日だけど、精一杯

生きている私は、「幸せ」なのかもしれません。

今、花粉症に苦しんでいますが、健康に気を

つけて、毎日精一杯、これからも暮らして

行きたいものだと思っています。






平成24年3月9日


 今日は朝から雨降りの憂鬱な日です。

そして、朝からついてない日です。

朝の通勤途上で不愉快な事が続きました。


先ず、

通勤電車に座っていくため、始発電車の駅で

電車を並んで待とうと並び始めたら一番前の

列が僅かの差でとられてしまいました。

仕方なく2列目に並んで乗り込みましたが、

座席は真ん中あたりに漸く座れる状態と

なってしまい、満員電車の中で降りるのに

苦労しました。


次に、

オフィスの途中でお昼の弁当をコンビニで

買い入れようとしたのですが、ここでも

レジを待っている列に並び、漸く番が来て

清算して貰おうとしたら、横から割り込もうと

されました。

流石に”並んでんですよ”とクレームとつけ、

コンビニ店員も味方してくれたので、無事に

清算できましたが、ヤッパリ不愉快でした。


長い人生を生きているとこんな日も必ず

あるんですね。

「人生も辛いよ!」。


平成24年3月8日


 昨日は打って変わり、今日は真冬の寒さです。

3月に入ってから仕事が忙しく、コラムの更新が

中々出来なくなりました。


先日のテレビの番組で、隣国との付き合いは隣家と

のつきあいと同じで仲良くやっていくのはむずかしい

という話がありました。

日本は隣国つまり、中国、韓国などとの関係が

スムーズにはいっていません。
日本からすると、「ODAでお金をあげたのに感謝の

気持ちが無い。金持ちが増えたのにお金を渡す

必要があるのか。お金をあげたのに別の国に援助を

している」といったことなどが中国への不満になって

いるようです。

でも、中国でも韓国でも国が豊かになり、日本を

追い越す経済力を身につけてきても、第2次大戦中

の日本の侵略から受けた被害の大きさから日本への

警戒心は解けないようです。


思えば、先の大戦争は実に罪深いものだと改めて

思ったりしています。

平成24年3月6日


 私は、晩酌をしながら愛犬と妻を相手によく

愚痴をこぼします。

妻と一緒に私の愚痴を聞いてくれる愛犬は、

「ハナコ」と名づけた牝のパグでこの3月で4歳になります。

生れて3ヶ月で我家に来ましたから、もう直ぐ一緒に

生活してから4年経つことになります。


「ハナコ」は、とてもお茶目で元気な賢い子です。

朝、私を起こすことから「ハナコ」の一日が始まり、

その後、私の出勤の見送り、帰宅の出迎えと続きます。

そして、「晩酌」に付き合って私の愚痴を聞いたあと、

夜は、寝転びながらテレビを見ている私と一緒にうたた寝します。

テレビの騒音や鼾に耐えながら私の腕枕でうたた寝していた

「ハナコ」も、11時になるとムックリと起き上がり、

“さぁ、寝るわよ”と私に目配せして、トコトコと自分の寝床に

歩いて行きます。私も自分のベッドにもぐりこみます。

これで「ハナコ」の一日が終わります。


私たちは、毎日まいにち、こんな平凡な生活を繰り返しながら、

ドンドンと歳をとって行きます。

平成24年3月5日


 「ひとの人生には、三回だけ自由な時期がある」

と言われます。

それは、小学校に入る前と、学生のときと、そして定年後

だそうです。
たしかに、
普通のケースなら小学校に入る前は、まだ「勉強」という

義務はありませんし、テストを受けさせられることもありません。

今思い出しても一番楽しかった時期もこの頃のように思います。


それから、学生時代前半の、就職活動を始める前も、比較的、

受験勉強やら就職活動やらの必要性からほど遠く、比較的

自由な時期だと言えそうです。


そして、定年後も「ローン」や「子育て」、「責任ある地位」から

開放されて比較的自由な身分になれる時期です。

でも、この時期は、人によって実に様々なスタイルやら態様で

過ごすようでもあります。

多くの男性は、定年後も働きたいと思っているようです。

やはり、何らかの形で社会との繋がりを持ちたいと多くの

熟年族は思っているようです。

受勲族の働きによっては、日本の労働力不足に一抹の光明も

見えそうです。




平成24年3月3日


 今日は、3月3日。雛祭りです。

そして、昨年の3・11はもう直ぐです。

昨年の大災害は、私たちに家族との「絆」の大切さ

再認識させました。

また、

次々と降りかかる大災害に遭遇したときのさまざまな

人のさまざまな顔は、改めて私たちに「日本人」への

思いを再認識させました。

中央の政治家やエライ役人たちのわざとらしく取り繕った

顔と、現場の人たちの真摯な顔を対比して見せられて、

為政者と現場力との格差に改めて愕然とさせられました。


災害現場で、肉親を失って悲嘆にくれた顔、全財産を失って

途方にくれた顔、そんな中でもいたわり合う慈しみの顔、

子供たちの笑い顔、そして立ち上がろうとする決意に溢れた顔、

こんな真実の顔をテレビで拝見するたびに、

私は「日本人」であることに誇りさえ感じました。


もう直ぐ大震災から1年が経とうとしています。

遅々として進まない復興と中央政治の貧困さに思いを

めぐらせて苛立ちを深めているのは私だけでしょうか?