人事労務日記~所長のつぶやき~ -278ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成26年3月18日


 退職後は、「妻といっしょに海外旅行に行こう」とか、

「山奥にある温泉地で妻と骨休めをしたい」などと、

いろいろと夢を膨らませている男性は多いものです。


ですが、妻の気持ちは一緒とは限りません。

突然、「離婚したい」といわれる場合だってあるのです。
特に、企業戦士となって家庭を顧みず、会社一筋で

働いてきた人は、ある日突然妻から離婚を言い渡される

恐れが強まるかもしれません。


家族のために必死で働いてきたつもりでも、

妻は家庭を顧みない夫に嫌気がさしているかも

しれないからです。

離婚を言い出さないだけで、妻の気持ちはスッカリ

冷めていることだってあります。

そうならないためにも、もっとも身近にいる妻との関係

を見直す必要があるかもしれません。


といってもそう簡単なことではありませんが・・・・

平成26年3月17日


 最近はテレビの歌番組は少なくなりましたが、

時々「懐かしのメロディー」と銘打った昔の歌を

昔の人気歌手が歌う番組があります。

その頃によく聴いた曲が流れてくると、昔を思い出し、

懐かしさに胸が熱くなることもあります。

時の流れは、苦い思い出を甘く包んでくれる

もののようです。


ところが、あの頃を思い出し懐かしさに胸が

躍らせるのですが、不思議にあの頃に戻って

やり直したいとは思いません。

今の知識のまま昔へ戻れば成功間違いなし

でしょうが、最初から結果が分かっている

ドキドキ感のない成功よりも、どうなるか

分からず、ハラハラしながら、今を生きる方が、

私には魅力的なように感じるのです。

「失敗もまた良きかな」とも思うからです。


平成26年3月15日


 私は、会社の非常勤役員などもして

いますので、出社したときなど会社を

退職する人が、お別れの挨拶にやって

くることがあります。


つい最近もある人が挨拶にやって来ました。

今は、一時期の激しいリストラの嵐は過ぎ

去っているため、退職するため、挨拶に

来られた人も肩を叩かれたというわけでは

ないようです。

どうも、前から会社を辞めたくて仕方が無かった

ものの、なかなか決断できなかった、ということ

のようでした。


辞める理由をそれとなく聞いたところ、

”上と話が合わない”というのが一番の理由でした。

すでに勤続二十年を過ぎている人たちなので、

“今更、上と話が合わないもないだろう”、とも

思ったのですが、

「人それぞれの人生。

自分の思う通りに生きるのが、一番かも・・」

と思い、挨拶だけを返しました。

平成26年3月14日


 60歳(サラリーマンの定年)からの平均余命は、

男性が22.8年、女性が28.3年だそうです。

したがって、現在では、定年は「人生80年」の

4分の3弱を経た通過点に過ぎなくなっています。

だから、人生の最終コーナーを気持ち穏やかに

過ごし、“いい人生だった”と満足感に浸って

レースを終れるためには、定年後の生活を

「いかに健康で、いかに充実させて」過ごせるかに

かかっていると言えるのかもしれません。


会社人間として現役のとき、家庭を単なる

「寝る場」としてしか捉えて来なかった人は、

定年後は、家庭内でも、近所の人間関係でも、

自分のポジションが無くなってしまい、何をして

毎日まいにちを過ごすかが悩みの種となるようです。

その悩みを、ユーモアをこめて表している

川柳があります。


·「定年後 ふと気がつけば 妻の部下」

平成26年3月13日


 時間が経つのは、本当に早いものです。

この間、新年を迎えたと思っていたら、

もう3月も半ばになってしまいました。

この間、猛烈な寒さに見舞われ、2週続いての

降雪に悲鳴をあげていましたが、

昨日、今日はやや寒さも緩んでいます。


ところで、時間といえば、その早さに驚く一方で、

過ぎ去った日々のアレコレや、子供の頃、

若かった頃のことなど、懐かしく思い出させる

ものでもあります。
私は、最近、どういうわけか小学校時代のこと

をよく思い出します。


そして、子供時代に一緒に遊んだけれど、今は、

全く付き合いのない人の子供の頃の顔を思い

浮かべては、「あの人はどうしているだろう」と

思ったりしています。

これは、最近身近な人が世を去っていったことも

影響しているのかもしれません。


人の人生など、地球の時間からすれば、

きっと一瞬のことなのでしょう。


平成26年3月10日


 現役を卒業して仕事とかでの自慢話がなくなると、

病気自慢が出てきます。

「俺は、高血圧で薬を飲んでいる」とか「この間の

人間ドックでは大変だった」とか相手が驚くような

話をなんとか捻り出そうとします。


 然し、そんな自慢話を出来るのは、本当は健康

に自信があり、相手より長生きすると思っている

からです。

本当に深刻な病気に苦しんでいたら、病気自慢

なんてとんでもないことです。


 ここのところ、知り合いの人とか身近だった人の

ご不幸の報に接することが多くなり、

「私もそんな歳になったのだなぁ」との思いを

強くしています。

そして、そんな思いろするたびに、「何はともあれ、

健康が第一!」と思っています。


 だから、病気自慢ではないければ、「医者通い

キチンとした方が良いかな」とも思っています。


平成26年3月8日


 「ひとの人生には、三回だけ自由な時期がある

」と言います。

それは、小学校に入る前と、学生のときと、

そして定年後だそうです。

 中でも定年後の時期はとても長いのです。

定年後死ぬまで20年以上続く人も少なく

ないでしょう。

だから誰でもが、この時期をそれこそ「第2の人生」

と言って、気合を入れてその過ごし方をあれこれ

模索することになるんでしょうね。


 定年を迎えた私の同輩・後輩たちの姿をみていると、

この時期のそれぞれの過ごし方は、実にその人らしさ

が滲み出ているようにも思います。

中には、時間を持て余せている人も少なくないようです。



平成26年3月6日


 私は、テレビ好きで夕食時にはテレビを

見ながら、一杯やっています。

中でも、政治討論番組が好きで議論が

白熱すると一瞬飲むのを忘れて聞入ったりします。


 しかし討論中には、必ず双方の言葉が

噛み合わない場面が出てきます。

質問する論者と答弁する論者の言葉が

キャッチボールされないのです。

質問者がイエスかノーかを問いかけているのに,

答弁する側はそれには直接答えず,その質問に

関連する周辺状況の説明に終始するのです。

子どもが親に言い訳をしている姿と重なります。

直接に答えると弱みがあぶり出されるという懸念

でもあるのでしょうか? 


 このような話を逸らしている風の答弁を聞いていると,

かえって疑念を抱かせてしまう場合もあります。

攻めと守りの立場は分かるのですが,テレビの後には

私のような沢山の庶民がその討論を見ています。

テレビ画面の後に居るこのようなモノ言わない庶民を

念頭に、明快で誰にでも分かるような堂々とした議論

を期待したいものです。

平成26年3月5日


サラリーマンの職場でちょっぴりうっとうしいもの

といえば、上司や同僚の自慢話かもしれません。

時々なら楽しめるプチ自慢話も、あんまり頻繁に

出てくると、聞き流したくなってしまうかもしれません。


ところで、私たちのような定年退職後世代に

なりますと、相手を唸らせるようなただ今現在の

自慢話それほど多くはありません。

で、自慢話と言えば、専ら昔の、現役時代の

栄光シーンということになります。

でも、これには限界があります。


そこで、次に病気自慢が出てきます。

「俺は、高血圧で薬を飲んでいる」とか

「この間の人間ドックでは大変だった」とか

相手が驚くような話をなんとか捻り出そうとします。

でもこれにも限界があります。


ここのところ、知り合いの人とか身近だった人の

ご不幸の報に接することが多くなり、

「私もそんな歳になったのだなぁ」との思いを

強くしています。

そして、そんな思いろするたびに、

「何はともあれ、健康が第一!」と思っています。


平成26年3月4日


 ロシアがウクライナの自立を力で

抑え込もうとしています。

このロシアを力で抑え込める国はありません。

何しろロシアと「事を構えたら」自分の国も

危なくなるからです。

国際社会は、今でも「力がモノをいう世界」

です。


サラリーマン人生を続けて来た団塊の世代も

会社という職場に別れを告げて、本当の

「リタイア生活」に入りつつあります。


現代の60代はまだまだ若くて元気です。

現役サラリーマンのような仕事の仕方は

もう「卒業した」としても、これからは自分自身が

納得できる、そして充実した毎日まいにちが送れる

“何か”を見つけようと奮闘して行くことになるでしょう。


ここでは、力ではなく、「意欲や能力がモノをいう世界」

です。