人事労務日記~所長のつぶやき~ -270ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成26年7月4日


 最近は、日本の「おもてなし」が随分と有名に

なりましたが、有名な日本旅館、加賀屋の

「おもてなし」が改めて脚光を浴びています。


 加賀屋の「おもてなし」でよく取り上げられるのに、

こんなエピソードがあります。

……女性宿泊客との会話の中で、“亡くなった夫と

一緒に加賀屋へ来たかった”、という話を客室係が聞く。

そこで担当の彼女はすぐさま調理場に頼み、夕食時に

そっと陰膳を用意する……。



……結婚式に招待された男性のテーブルに、女性の

写真が置かれていることに客室係が気づいた。

聞けば昨年亡くなられた奥様の写真で、

“花嫁の姿を一目見せてやりたかった”という。

そこで彼女は、花瓶に一輪の花を用意し、料理を2品ほど

持ってくると、“奥様とどうぞご一緒に、今日の花嫁さんを

お祝いしてあげてください”との言葉を添えた。……


どれも相手の心を揺さぶる心からの「おもてなし」です。




平成26年7月3日


 最近、電車の中でハイキングスタイルの

年配者をよく見かけるようになりました。

多分、定年退職後の余暇活動の一環か

と思います。


  65歳で仕事を退いたとしても未だ20年

近くの人生を過ごさなくてはなりません。

この膨大な時間をうまく使っている人もいますが、

多くの人はそれが出来ていないようです。

一番良く聞く話は、奥さんと一通り旅行に

行った後、「することがなくなる」というものです。

奥さんの方は、地域や友達との付き合いも

多いし、家事もしなくてはならないから忙しいのに、

夫はすることがないから家でごろごろしている、

こうなると奥さんから煙たがられるし、

二人の仲も段々とおかしな雲行きにもなって

きてしまいます。


 これを避けるためには、やはり現役時代と同様、

夫は昼間はどこかに外出し、夕方帰宅する

という生活を続けることが大切なようです。

だから、どこかハイキングにでも出かけるかと

なるのでしょうね。

平成26年7月2日


  「人に悩みはつきもの」とよく言われます。

悩みも一つであれば、「グッと飲み込んで」

なんとか堪えたり、ときには馴染のバーに行って、

ママに愚痴を聞いてもらい、「酔いに紛らわす」

こともできます。

でも、悩みが二つ、三つと重なってくると、

四六時中どれかの悩みに囚われて、頭が一杯

になり、身動きがとれなくなってしまいます。


  そんなときでも、しばらくの間であれば、なんとか

しのげますが、長引くと、どうしようもなくなります。

そんなときが、自分なりのストレス解消法の出番です。


  私の場合は、家に帰って、妻と愛犬(パグ、♀)と

一緒にテレビを見ながらの晩酌が一番のストレス

解消法です。

一杯やりながらテレビ出演者の話振りに悪態をついて、

その日のうさを晴らします。

傍で悪態を聞かされる妻と愛犬以外には誰にも

迷惑をかけないところが、気に入っています。



平成26年7月1日


 私は最近、酒を飲みすぎた翌朝など

テキメンに身体が不調となります。

テレビやパソコンの文字も随分と見えにくく

なりました。

 

 加齢に伴う(と思われる)症状(老眼など)が、

“気のせいかな?”という程度から“確実に

加齢のせいだ”に変わって来たような気がします

(だけど未だ、それに抵抗したりもしていますが……)。


 でも、私はこんなことにはメゲズ、今もしぶとく

元気にしています。

ある調査によると、高齢者の80~90%は元気な、

健常人だそうです。

だから、電車の中でもハイキング帰りの元気な

高齢者グループが優先席を占拠しているんです! 


 みんなヤル気満々なんですね。 

勿論、私もまだまだシブトク頑張るつもりです。

平成26年6月30日


 人は、多かれ少なかれ「見栄」を張りたがる

ものです。厳しい社会や会社の中で生きていく

為には、内心ビクビクしながらも「自分の主張を

押し通さなければならない場面」に出くわします。


  そして、このような「自己主張」場面が続け

ば続くほど、同時に「他人の自分を見る目」が

どうしても気にかかります。

こんな他人の目を意識する心が、“少しでも自分

をより良く見せたい”という心となって「見栄」を

張ってしまうのでしょう。


 こんな精一杯「見栄」を張って生きてきた人に、

会うなり“そりゃ違うね”とこれまでして来たことを

否定するのは、今までの生き様を否定するような

ものです。

言われた人が、咄嗟に拒否反応を起こすのは、

至極当然なのではないでしょうか?


 だから私たちがコンサルに入ったとき、対象会社

今までのシステムを全否定はしません。

そういう方法もあるけど、こっちの方法の方が効率が

良いとか会社の経営目標に早く到達できるとか

相手会社を傷つけないように配慮してコンサルを

進めます。


「相手の立場を尊重する」・・・・・、人間関係の基本

                    だと思います。


平成26年6月28日


 街を歩いていると、十数年来会っていなかった

知人や友人にひょっこり会うことがあります。

“やあやあ、元気?”などと言って握手したりしますが、

旧友との偶然の出会いは、頭の中が一瞬にして、

現在から昔へと戻り、懐かしい気持ちにさせられます。


 時には、顔つきから間違いなくその人が昔の知人

であることは分かるのですが、長い間のご無沙汰で、

名前だけがどうしても出て来ないことがあります。

そんなときは、“失礼ですが、お名前は?”と尋ねたく

なるのですが、先様が当方の名前を知っているかも

しれないのに“お名前は?”と尋ねるのは余程の事

でもない限り、失礼極まりないことになるので出来ません。

 

 さりとて、過去に面識があるのに初対面のような

白々しい応答もできないので、結局、偶然の出会い

のときの会話は、大抵「ただ、当たらず触らずの奇妙な

受け答えだけで終始してしまうこと」になるようです。


 この間も十数年振りに旧友に会いましたが、結局、

世間話をして別れました。


平成26年6月27日


 最近大分物忘れが酷くなりました。

実社会とか人生では色々と不公平

や不平等な事も多いのですが、時の

流れと加齢だけは人によって多少の

スピードの違いはあっても、基本的

には万人に対して平等にその現象が

現れてきます。

そして、加齢に伴う物忘れも、

殆どの人に平等に訪れるもののようです。


 物の本で「老人性の物忘れは自然の

成り行きです。それは、まず名前から

始まります。・・・」

という趣旨の文章を見つけ、何故か

ほっとしました。


 またある日、テレビを眺めながら、ダラダラと

晩酌をしているとき、とっくに食事を終えて

いた妻が、

“あれっ、私、いつもの薬飲んだかしら?”と、

何とはなしにつぶやいた独り言を小耳に挟み、

“あぁ、物忘れは、俺だけではないんだ”

妙に妻に連帯感を感じて嬉しくなったりも

しました。


 加齢に伴う物忘れは、多くに人が悩むもので

あるようです。


平成26年6月26日


  以前、ある社長さんと雑談しているとき、

人を雇うことの難しさに話しが及び、
その社長さんは、“2~3度面接したくらいでは、

その人の本当の性格はまず見抜けないからなぁ”

と言われていました。


 実際、雇った後数ヶ月仕事を一緒にして、

やっとその人の本当の性格が段々と現れてくる

場合も少なくないようです。


 でも、日本では一度雇ってしまったら、簡単には

解雇はできませんので、対応に苦慮する経営者も

少なくないようです。


平成26年6月25日


ひとには、みんな夫々に懐かしい「想い出」があります。
「生まれ育った郷里・・・・、懐かしの新婚旅行・・・、

みんなで行った家族旅行・・・・。」などなど、折に触れ、

甘酸っぱく、そして切なく想い出します。
そして時々、無性に「あの場所に、もう一度行ってみたい!」

と思うのです。


まさに「“ふるさと”は、ひとの心のよりどころ」です。

私も、毎日まいにちの慌しい生活の中でちょっと疲れたときや、

ムシャクシャしたときなど、ひょんと“ふるさと”のことが

頭に浮かぶことがあります。そして、

その頭の”ふるさと”には、いつもニコニコ笑っている私が

子供の頃の母親が居ます。


亡くなってから数十年も経つのですが、私の頭の中の

母親は、まだ若くいつもニコニコ笑っています。

私は思い出すたびに、「もう一度母親のいる故郷に帰りたいな」

と思うのです。

平成26年6月24日


 サラリーマンの職場でちょっぴりうっとうしいもの

といえば、上司や同僚の自慢話かもしれません。
時々なら楽しめるプチ自慢話も、あんまり頻繁

に出てくると、聞き流したくなってしまうのが
人情かもしれません。

 ところで、「定年退職後世代」になりますと、

相手を唸らせるようなただ今現在の自慢話は、

それほど多くはありません。
で、自慢話と言えば、専ら昔の、現役時代の

栄光シーンということになります。
でも、これにも限界があります。
いくら物忘れが激しいとはいえ、同じ人に会う度に

同じ話を言っていれば、いくらなんでも

“この話はもうしたな”と思い出すからです。

 そこで、次に病気自慢が出てきます。

何とか相手を唸らせるような話をしようと

現役時代と同じような苦労をします。


 でも、その内にそんなことはどうでもいいことに

気がつくのです。

この「悟り」の境地に辿りつくにはある程度の

年季が必要ですね。