人事労務日記~所長のつぶやき~ -260ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成26年11月17日


  

  最近読んだ雑誌に「主婦の定年」と

いう記事がありました。


「会社を定年退職した夫が、結婚を機に

会社を辞めて専業主婦になった妻から、

“私も、もうすぐ定年(65歳)になるのよね。

 あなたと同じ無職になるのよ。退職金は

 頂けるのかしら?“ と言われてハッとし、

 早速奥さんと団交に入った。そして結局、

 退職金の半分を奥さんに支給。主婦業は、

 激論の末、妻の定年を5年間延長し、

 その代りに、夫もバイトで家事を手伝う主夫

 になった。」

という内容です。


 この記事は、私にとってもハッとした内容でした。

今まで、自分や同僚・知人の定年は考えても、

「妻の定年」など考えたこともありませんでしたから。

でも、よく考えれば「主婦業」という業務に定年が

あってもおかしくはないのです。


 これからあちこちで「妻の定年」問題が起きる

のでしょうか?


平成26年11月15日


  「弱り目に祟り目」と昔から、「生きていると

いうのは厄介なこと」だということを現す言葉

があります。

浮き世の風は冷たいものとよく言われますが,

イヤなことが、次から次と降り掛かってくると、

“自分はなんて運がないのだろう”とも思って

しまいます。


 思い通りにことが運ばないのは世間の常

としても,想定外のことが飛び込んでくるのは

かないません。思いもしなかったことに直面

させられるのは,思わなかった方の落ち度

といえばそれまでですが,それが重なることに

なると嫌になってきます。


 こんなときは、あっさりと現状を受け入れて、

再トライするしか手がありません。

その前に愚痴をたっぷりと気の置けない友達に

聞いて貰ってから・・・・・

愚痴を聞いてくれる友達は、厳しい人生を

生き抜いて良きためには欠かせません。


平成26年11月14日


 最近、物忘れが酷くなったと思い知らされる

ことが度々出て来ました。


 人と面談をしているとき、「ついさっきまで覚えて

いた言葉がどうしても思い出せない。のど元まで

出てきているのに声になって出てこない」ということ

が割りと頻繁に発生するようになってしまったのです。


  こんな時は、「アレですよ。アレ!」とか、

その言葉を使わないで済むような回りくどい言い方

などをして、何とか乗り切ってしまうのですが、

面談を終えるとガックリしてしまいます。


  そしてそんなときに限って、トボトボ歩く帰り道で

「どうしても思い出せなかったその言葉」がヒョンと

頭に浮んで来たりして、

“どうしてあの時、この言葉が出てこなかったんだろう!”と、

改めてとても悔しい気持ちになってしまったりするのです。


やっぱり年のせいかなぁ?


平成26年11月13日


 この間、街を歩いていたとき、十数年来

会っていなかった知人にひょっこり会いました。

“やあやあ、お元気?”などと言って握手したり

しましたが、その偶然の出会いは、頭の中を

一瞬にして、現在から昔へと戻し、懐かしい

気持ちにさせられました。


 然し、顔つきから間違いなくその人が昔の

知人であることは分かるのですが、長い間の

ご無沙汰で、名前だけがどうしても出て

来ませんでした。


  過去に面識があるのに初対面のような

白々しい応答もできないので、結局、そのとき

の会話は、「ただ、当たらず触らずの奇妙な受け

答えだけで終始してしまいました。


 「あの人とはそんなに親しくはしていなかったからなぁ」

と別れてから、自分に弁解をしていました。


平成26年11月12日


 年を取ってくると短気になると言われます。

それは、年を取って来ると、頭の中は昔の

ままの自分をイメージしていますが、身体は

そうは行きません。

 

  年を取るに連れて、言うことをきかなく

なって来ます。そして、身体がいうことをきか

なくなってくるに連れ、気持ちの方も余裕が

なくなり、「我慢がきかなくなったり、短気に

なったり」するのです。

  家庭でも些細なことにイライラして怒る事が

多くなります。でも、絶対忘れてはいけないことは、

年をとって怒りっぽくなったのは、長年連れ添った

妻も同じだということです。


  イライラしてついつい妻にあたるときがあります。

若いころなら、妻もムッとしながらも我慢をして

いたのでしょう。


  でも、を取ってくると、妻はもう我慢をしてくれません。

何しろ妻も短気になっているのですから・・・・・

ちょっとした弾みで妻にあたってしまい、“しまった”と

思っても、もう手遅れです。その倍倍返しを受けて、

いつも自分のうかつさを嘆いている今日この頃です。

平成26年11月11日


  朝晩は随分と冷え込むようになり、木々の

緑も黄色に色づき、メッキリと秋らしくなりました。


  秋は、何となく「物悲しさ」を感じます。

秋を詠んだ歌には、証券会社が多数集まって


いる兜町でも有名な

「桐一葉、落ちて天下の秋を知る」

というのがあり、ささいな現象からその後の大勢

を推し量る例えとして用いられています。


  もともとこの歌は豊臣の世の衰退を言い

表しているそうです。

秀吉の辞世の句として伝わる

「露と落ち露と消えにし我身かな、

  浪速のことも夢のまた夢」

に使われる「露」もまた秋を表し、命のはかなさを

例えています。


  秋は厳しい冬の到来を前にした「物悲しさ」が

似合うようです。


平成26年11月10日


 サービスともホスピタリティとも違った、

日本独特の「おもてなし」。

日本には、この「おもてなし」の心を実証する

逸話にはこと欠きません。


  その一つに、1906年創業の能登和倉温泉・

加賀屋の「おもてなし」があります。

加賀屋の「おもてなし」がメディアで紹介されるとき、

よく取り上げられるのに、こんなエピソードがあります。


  <・・・・・女性宿泊客との会話の中で、

 “亡くなった夫と一緒に加賀屋へ来たかった”、

という話を客室係が聞く。そこで担当の彼女は

すぐさま調理場に頼み、夕食時にそっと陰膳を

用意する・・・・>。


 このエピソードにある「相手の気持ちを思いやる

こと」。これこそが、「おもてなし」の真髄なのでしょう。

平成26年11月8日


  今年の夏も暑かった。

その暑い夏でおやと思ったのが、

コンビニでの「おでん」の販売でした。

「夏のおでん」の登場です。

そして、暑い夏に、コンビニのおでんの

売り上げが伸びたそうです。


  さらに、おでんの販売が夏のピーク時

から始めた店もあったそうです。

オフィス街は冷房がきいていて体が冷える

ために、おでんで身体を温めるのでしょうか。

それにしても「夏におでん」とは、人工空間に

おける「季節の変調」も甚だしくなったものです。


 このイキオイでいけば、そのうち夏はビヤガーデン

ではなくて、寄せ鍋と熱燗とで「暑気払い」ではなく、

「暑気集め」をする輩も出てくるかもしれません

平成26年11月7日


 私の時代のサラリーマンは、有給休暇も取らず、

毎日まいにち何十年もの間、欠かさず会社へ

通い続けました。たとえ身を切られる様な辛いことに

出会っても歯を食い縛って耐え、私生活を犠牲に

してでも仕事最優先で、黙々と働いて来ました。


  そんな企業戦士にも定年が到来して、職場を

去る日が来てしまいました。人生の最も盛んな時期

を過ごした職場を、後ろ髪を引かれる思いで去りました。

でも、そんな感慨を抱くのは自分だけで、現役社員

からは特に何の言葉もなく、ひっそりと職場を去って

行きました。


 会社人間にとって、職場が無くなるというのは生活

そのものが大変換することになります。

その変換をうまく乗り越えられる人もいれば、そうでない

人もいます。


 人生は、どこまで行っても苦労がついて回るようです。

平成26年11月6日


 私は最近、酒を飲みすぎた翌朝など

テキメンに身体が不調となります。

テレビやパソコンの文字も随分と

見えにくくなりました。


 加齢に伴う(と思われる)症状

(老眼など)が、“気のせいかな?”という

程度から“確実に加齢のせいだ”に変わって

来たような気がします(だけど未だ、

それに抵抗したりもしていますが……)。


 物忘れもひどくなりました(なったような気が

します)。

年を取ると、誰でも物忘れをするようになると

いわれます。

私も妻から指摘されるまでもなく“最近、

物忘れがひどいなぁ”と密かに心配しています。


 つくづく、「年は取りたくないものだ」なんて

思ったりしています。