人事労務日記~所長のつぶやき~ -225ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成28年6月25日


 どこかの雑誌で、とある識者が“日本の

サラリーマンあがりの高齢者というのは、
「ソ ーシャルスキル」を持っていない”という

指摘をしているのを読みましたが、要するに、

一般社会のなかで、普通の人と普通に

話したりする技術 (あるいは能力)が、

多くの 高齢男性に欠けているとの指摘でした。


 つまり、“仕事場では、生産性を高める

ための 建設的な意見をいろいろ語れるような

男性が、仕事を離れてしまうと、誰に何を

しゃべっていいのか途端に分からなくなって

しまう”という現実があるようなのです。


 これが会社の定年後、近所に知り合いも

つくれず家に閉じこもってしまう人の原因だ

そうです。

平成28年6月22日


 この間、随分久し振りに私の生まれ育ったところに

行って来ました。
生まれ育ったところというのは、やはり懐かしいものです。

久し振りに訪れた故郷は、随分変っていました。

昔ながらの道をトボトボと歩いていくと,途中に昔のまま

の「中華料理」という看板を掛けた店を見つけました。

懐かしさで胸を一杯にしながら、子供の頃食べた

その店の「カレーラーメン」がとっても美味しかったことを

思い出し、注文しました。


 でも、実際に食べてみるとあの頃の味はありませんでした。

子供の頃、私は、家が貧しくていつもおなかを空かせていました。
だからそのとき食べたものは、何でも美味しかったのでしょう。


もうあの頃の美味しさは二度と味わえないのかもしれません。



平成28年6月21日


 私が育った『昭和という時代』は、躍動感に

溢れた時代でした。

そこには廊下の雑巾掛けとか玄関先の掃除

とかを怠けようものなら、直ぐに手が飛んで来る

厳しい父といつもニコニコの顔の優しい母が

いて、お節介な隣人達がいて、子供は毎日

の遊びの中に冒険を見出し、大人は、

「今日よりは明日がより豊かで幸せになれる」

と信じて、懸命に働いていた時代でした。


 最近、よくこんな昭和の時代を「昔は良かったなぁ!」

との感慨を伴って想い出しています。

きっと年を取り、今の激しい時代の変化にはとても追い

つけないという焦燥感が、昔を美化して、こんな思いを

させているのでしょう。

平成28年6月20日


 団塊世代のサラリーマンは、有給休暇も取らず、

毎日まいにち何十年もの間、欠かさず会社へ

通い続けました。

たとえ身を切られる様な辛いことに出会っても歯を

食い縛って耐え、私生活を犠牲にしてでも仕事

最優先で、黙々と働いて来ました。

そして、“何のため?”と聞かれれば、ほとんどの

サラリーマンは、“家族のため”と答えたものでした。


 そんな企業戦士にも定年が到来して、今はもう

殆どの人が、職場を去ってしまいました。

人生の最も盛んな時期を過ごした職場を、後ろ髪

を引かれる思いで去ったことでしょう。


  そして今は、“もう会社へは行けないんだ”という

ことに気づき、新たな難問にぶち当たっていることでしょう。

人生とは、何時になっても辛いことの多いものかもしれません。

平成28年6月18日


 毎日いろいろな事件が報じられています。

チョッとした「心の隙」から「人生の落し穴」に

自ら飛込んでしまう人もいるようですが、

私たちだって何時そんな落し穴に嵌まって

しまうかは分かりません。

 

 今まで何とか無事に過ごせて来られたのは、

たまたま運が良かっただけで、これから先も

落ちずに済むかどうかは、実は紙一重の差

なのかもしれません。


 「好事魔多し」とも言います。

これは、順風満帆なときこそ人生の落し穴に

落ちてしまうことが多いことへの警句です。

人は順調なときは、これからも順調に行くだろうと

思い込みがちです。

だから、「順調なときこそ落し穴には注意すべき」

という古くからの教えなのでしょう。

そう考えると人生というのは実に恐ろしいもので、

蜘蛛の糸一本でかろうじて吊り下がっているのかも

しれません。

平成28年6月17日


  最近、定年退職を迎えたくらいの男性サラリーマン

(いわゆる団塊の世代)は、定年後の一寸した

地域集会などでも“私は、元○○会社の○○部長

をやっていまして・・・”と自己紹介してしまい、反感を

かってしまう人が少なくないようです。


  定年間もない頃は、どうしても未だ「現役時代の

自分の栄光」が忘れられないばかりでなく、周りにも

自分が大人物であったと自慢したい気持ちが残るの

ですが、それと裏腹に「定年後の自分の肩書き」を

未だきちんと見出せていない為、こう言ってしまうようです。


 自分の紹介に「会社の肩書しかない」というのも

寂しいものです。


平成28年6月15日


 時の流れは、感じ方の差こそあれ万人に平等ですし、

加齢現象もまた人によって進行速度が多少違っても、

全ての人に平等に現れる現象です。

私自身の経験では五十を超えたあたりから、徐々に

忘れっぽくなってきたような気がします。


 世の中には、いやな事が沢山有りますので、自分の

周りの全ての事をしっかりと記憶してたんじゃ、とても

生きて行けなくなってしまいます。

だから、多 少の「もの忘れ」はあっても良いのかもしれません。


 ある情報によりますと、人間は忘れるから生きて行ける

のだそうです。全ての事柄を忘れないでいると、人はその

苦しさに狂ってしまうのだそうです。


 確かに人間誰しも思い出したくもない嫌な過去があります。

そして、もしかしたらもうすっかり忘れてしまっているもっと嫌な

記憶もあるのかもしれません。

とすれば、「上手に忘れる」のも人間に備わった大切な能力

だと思います。


平成28年6月13日


 サラリーマンの世界では、うっかりと余計な

一言を言ったばかりに、後で痛い目に会って

しまう人たちが少なくありません。

飲み会で、“今日は無礼講だから・・・”という

上司の言葉を真に受けて、止せばいいのに、

わざわざイランことを言って睨まれて、後で

痛いしっぺ返しを受けたことがある私なんかは、

今でも思い出すたびに苦いものがこみ上げて来ます。


 「雄弁は銀、沈黙は金」という格言があります。

これには「その場の状況によっては、余計なことは

言わない方が吉」という意味もあるそうで、

いわば、その場、その場の状況に応じ、臨機応変

に対応することの大切さを言い表しているそうです。

世の中を渡るのは、随分と大変なものです。



平成28年6月11日


  こんな俳句があります。
「秋鯖や上司罵るために酔ふ」

 今も昔も、サラリーマンが飲む酒の目的は、

大半が会社や上司に対する不満を吐き出す

ためなのです。その憂さをはらすためにビールでも

焼酎でも熱燗でもなんでも飲みます。

そして、散々に悪口を言って気を晴らします。

同僚が昇進したと聞かされたときは、更に酒が進み、

悪口にも心がこもります。


  散々に飲んで朦朧(もうろう)とした頭に、フッと

奥さんや子供の顔が浮び、一瞬ハッとするものの、

頭を振って、また苦い酒を一気に口に流し込むのです。


  私も何回か経験しました。


平成28年6月10日


 最近、私の記憶力は随分と落ちてきたようです。

記憶力の低下と共に「あれあれ」という単語の

使用頻度もグッと上がりました。


 先日も昔の同僚との飲み会で、ある上司のことに

ついて触れようとしました。

然し、どうしてもその名前が思い出せません。

“ほらアノ人だよ、あの何とかっていう部に居た人。

メガネを掛けて如何にも俺は秀才だという感じの人。

何でわからないのかなぁ!ならこの話はやめよう!」

と話を打ち切ってしまい、一瞬、気まずい雰囲気が

流れてしまいました。


 この話のように思い出せないものの大部分は、

人の名前などの固有名詞が多いようです。

私の場合は、駅の名前なんかも出てきません。

でも、その駅につけばちゃんと降りられるので、

今のところ生活には問題はないようです。