平成29年6月28日
イスラム過激派が、世界中で無差別テロを繰り返し、
その結果、自国優先主義の指導者がアメリカに現れたり、
世界各国が保守的な色彩を強めてきました。
そして世界中に差別意識が強くなってきたように感じます。
先進国であるはずの欧州や米国でも移民を差別したり、
イスラム教徒を差別したりの蛮行が行われたり、
その報復として無差別テロがひっきりなしに起ったりと
世界中に不安が広がっています。
私たちは、どうも嫌な時代に突入してしまったようです。
平成29年6月28日
イスラム過激派が、世界中で無差別テロを繰り返し、
その結果、自国優先主義の指導者がアメリカに現れたり、
世界各国が保守的な色彩を強めてきました。
そして世界中に差別意識が強くなってきたように感じます。
先進国であるはずの欧州や米国でも移民を差別したり、
イスラム教徒を差別したりの蛮行が行われたり、
その報復として無差別テロがひっきりなしに起ったりと
世界中に不安が広がっています。
私たちは、どうも嫌な時代に突入してしまったようです。
平成29年6月27日
最近は、ゴミ屋敷など一切かたずけをせず、ゴミだらけに
なっても気にならない人がいる一方、極度にきれい好きな
人もいるようです。
乗り物のつり革を素手で握れないという人もいるそうです。
誰が触ったか分からないからだそうですが,若し私が、そういう人
の前につり革を握っていたら、自分が何か汚いと思われている
ことになり、とても不愉快になります。
また、エレベーターのボタンを押せないという人もいるそうです。
閉じこもった車内で息をすると,誰が吐きだしたか分からない空気を
吸い込んでいるはずで、その方がよほど気持ち悪いと思うのですが・・・・。
なかなか、大変な世の中になっているようです。
平成29年6月24日
最近、介護問題が非常に多く取り沙汰されるように
なりました。それだけ「介護」が、誰にでも(自分にも)何れ
訪れるであろう人生の一大事として関心が高まって
きているからなのでしょう。
私もときどきフッと“自分の介護は誰が…?”と頭に浮かぶ
ことがあります。もう人生を共にした連れ合いはいませんので、
気兼ねなく面倒を見て貰える人はいません。
でも “子供を煩わせるようなことはしたくない”、
“身体の自由が利く内に、立派な老人ホームにでも入ればいいや”
と結構気楽に構えています。
また、大方の人と同じように“ポックリ逝ければなぁ”とも願ってもいます。
そしてこの問題はいつも頭を振りながら、“今から先のことを
あれこれ心配してもストレスが溜まるだけだ。先のことは、
ケセラセラ(なるようになる)さ”との結論で、終わりになります。
平成29年6月23日
世間は広いというか,異なものというか,世間では思いもよらないことが
起こっています。アルバイトやパートなどの非正規社員にはエレベーターを
使わせないという会社があるそうです。
今頃こんなことをしているのは,よほど世間知らずでコンプライアンス無視
の人が経営しているのかもしれません。
乗り物のつり革を素手で握れないという人もいるそうです。誰が触ったか
分からないからだそうですが,若し私が、そういう人の前につり革を握って
いたら、自分が何か汚いと思われていることになり、とても不愉快になります。
今、世界中に差別意識が強くなってきたように感じます。
先進国であるはずの欧州や米国でも移民を差別したり、イスラム教徒を
差別したりの蛮行が行われたり、その報復として無差別テロがひっきりなしに
起ったりと世界中に不安が広がっています。
私たちは、どうも「嫌な時代」に突入してしまったようです。
平成29年6月22日
昨年冬の札幌で、パーキンソン病で歩行が不自由な
72歳の男性が持ち合わせの現金がないため、歩いて
帰宅の途についたところ、道に迷って凍死したとの悲しい
事件がありました。
私と同年配で、同様に歩行が自由ではない方の不幸
に心が痛みました。
私も一人で病院に行くし、よく忘れ物もします。今日出かける
ときにも、財布を忘れ、電車に乗るとき気が付いて、自宅に
取りに帰りました。
だからこの事件は、人ごとではありません。
私に起こるかもしれないのです。
何とも辛い世の中になったものです。
平成29年6月19日
人生には三つのステージと夫々の「退職時期」が
あるといわれます。
ファーストステージの退職時期は、会社勤めが終わる、
いわゆる「定年」です。この定年退職の時期は自分では
決められなく、会社の「定年」規定で決められてしまいます。
会社を退職した後は、セカンドステージが始まり、仕事以外
の何かを見つけなければなりません。自分の好きなことを見つけ、
自分の責任の範囲内で行います。そして、ライフワークを止める、
あるいはペースを落す時期は、自分自身で決めることになります。
つまり、「退職時期」を決めるのは自分自身であることが、
定年退職と大きく異なる点です。従って、第二の人生の退職
時期は人によって異なってきます。
そして、最後のサードステージ(第三の人生)の終わりは、
正に人生というステージの幕引きです。そして、その「退職時期」は、
神様によって決められるのです。自分の思うがままには出来ません。
どうせなら、痛みも苦しみも無くポックリ逝きたいと誰もが願っています。
平成29年6月17日
最近は、日本経済もいよいよデフレから抜けられるかどうかの
議論がされていますが、日本は高度成長期の「Life is easy」マインドが
リセットされないまま、21世紀に突入してしまったようです。
「昔の成功体験を忘れられない」という現象は、サラリーマン個々の
定年後人生でも起こります。
仕事や会社中心の人生を送ってきた人ほど、定年後をどのように
過ごすかが大きな課題となります。
会社や組織を背負って来た人ほど、ひとりの個人として生きていくことに
戸惑いが出るようです。
例えば、定年後の「肩書き」です。「よくある」と言われているのが、
定年後の一寸した集会でも“私は、元○○会社の○○部長をやっていました”
と自己紹介する例です。
平成29年6月16日
最近読んだ雑誌に「主婦の定年」という記事がありました。
「会社を定年退職した夫が、結婚を機に会社を辞めて
専業主婦になった妻から、
“私も、もうすぐ定年(65歳)になるのよね。あなたと同じ無職
になるのよ。退職金は頂けるのかしら?“ と言われてハッとし、
“それじゃ、わが家から主婦がいなくなるじゃないか”と危機感を
覚え、早速奥さんと団交に入った。
そして結局、退職金は、会社から貰った退職金の半分を
奥さんに支給。主婦業は、激論の末、妻の定年を5年間延長し、
その代りに、夫もバイトで家事を手伝う主夫になった。」という
内容です。
この記事は、私にとってもハッとした内容でした。
今まで「妻の定年」など考えたこともありませんでしたから。
でも、よく考えれば「主婦業」という業務に定年があってもおかしく
はありませんね。
平成29年6月15日
最近どういう訳か、私の郵便ポストに不動産のパンフレットが
ねじ込まれています。
いつもは見ないで捨てるのですが、暇なとき何気なく見ると一
戸建て新築住宅の宣伝が満載されています。このパンフレットを
見て夢を膨らませるサラリーマンのことを思います。
「狭いながらも楽しい我が家」、その一国一城の主になることを
夢見て、男性サラリーマンは一生懸命働いて住宅を購入するのでしょう。
その際、多くは自分の書斎や通勤時間の長さを我慢しても、
妻や子供たちの日々の暮らし安さを最優先して購入決定しているに
違いないと思います。それは、やっと購入出来た狭い我が家の現状を
見れば、一家の主として(もっと広い家を買えない)自らの経済力に多
少の負い目を感じているからなのかもしれません。
その負い目があるからこそ、マイホーム購入段階から、すでに
「男の居場所を確保する」という自らの希望は諦めてしまっている
のかもしれません。
平成29年6月13日
最近は、一瞬“ひらめいた事”を後で思い出そうとしても
どうしても出て来なくなりました。
私は仕事柄、色んな情報をネットで検索したり、本を読んだりし
て収集しています。そして、その過程で新しいビジネスや
面白そうな仕事、人が未だ思いついていなそうな事柄などが一瞬、
「ひらめく」ことがあります。
でも、その「ひらめき」は、直ぐにメモなどに残しておかないと、す
ぐに忘れてしまいます。突然やってきた「ひらめき」は、突然どこかに
行ってしまうのです。
ただでさえ、物忘れが酷くなった私の脳みそでは、そんな
変幻自在な「ひらめき」の動きには、とってもついていけません。