ゲームデザインエクセレント -6ページ目

◆ マーチャンダイジング

以上に加え、ゲームのプロデューサーに特に重要になる役割があるので、言及しておきます。「マーチャンダイジング」です。
通常クリエイターにとっては、ソフトウェアとしてターゲットマシン上で仕様どおりに動く状態になれば、それで完成です。しかし、商品としては、これはまだプロセスの途中に過ぎません。メディア(DVDなど)をプレスし、マニュアルなどと一緒にパッケージしなければならないのです。マーチャンダイジングとは、こうした領域の仕事のことです。
具体的には、資材の計画です。商品ができあがるために必要となる資材を手配していくということです。しかしより広くは、その戦略を立てるということを含みます。


 マーチャンダイジングはどんな分野にもあるのですが、内容は業種によってずいぶん違ってきます*4。ゲームの場合、かなりの部分がクリエイティビティを要するものになってきます。というのも、ポスターやパッケージなどで共通して使う絵=メインビジュアルや、タイトルロゴなどの判断を含むからです。
こうした判断の前に、そもそも全体のコンセプトをどう作るかという問題があります。さらに、4つのPで決定したこととの整合性も重要です。作品性によっては、あえて泥臭くかっこわるくデザインしなければならない場合もあるのです。自分自身が作るわけではありませんが、作られたもの(場合によっては作られつつあるもの)の善し悪しを見抜く目は必要になってきます。



ゲームデザインエクセレント


 マーチャンダイジングの役割は「できあがったソフトウェアを商品として販売可能な状態にする」ということですから、観念的にはソフト開発の後に発生する仕事ということになりますが、実際には完成してから始めていたのでは遅すぎるため、開発と並行して進めていくことになります。
 図は、プロデューサー視点から見たゲーム製作の流れです。
 マーチャンダイジングは、流れの上の方にある「資材計画」部分になりますが、実際には図全体に散らばっていることが解ると思います。右側にある二本の流れが営業と広報で、それぞれ仕事の段階でいろいろなものを必要とします。その必要なときに必要なものを用意することは、プロデューサーの責任なのです。
 ちなみに、いちばん左の流れが、開発チームの仕事。現場クリエイターにとっては世界の全てと引き替えにしてもいいほどの開発フローも、商品製作全体の中では、同時並行で進んでいる流れの中の一本にすぎません。また、彼らの仕事は、β版での修正が終わればマスターアップとなり、打ち上げに行ったりリフレッシュ休暇(実際には貯まった休日出勤の消化)をとったりできるわけですが、プロデューサーの仕事はまだまだ続くのです。

◆ 4つのP

 次いで、アウトプットの方を考えてみましょう。
  クリエイターにとってのアウトプットは明確で、作品ないし作品に組み込むデータを完成させることです。ところが、プロデューサーの場合、そこまでの明確さはありません。それは主に関係性の中にあるため、最終的に形になって残るものは少ないのです。
  「必要なことは全部やる」ということで、それはそれで明確とも言えるのですが、全体を見通していないと一部だけをやって全てをやったような気になってしまう危険というのがついて回ります。
  このような意味から、「4つのP」という言葉があります*3。Pで始まる4つの言葉で、取り組むべきことを整理するわけです。具体的には、これは、プロダクト(製品)、プレイス(販売)、プライス(価格)、プロモーション(宣伝)となります。


○プロダクト
  どんな製品を作るかということです。プラットフォームやターゲット層などの要素から、具体的にどんな仕様にするのかまでがターゲットになります。また、品質、デザイン、ブランドといった要素もここで論じられます。単純に「いいものにすればいい」という訳ではありません。というのも、いいものを作るとコストが上がってしまうからです。また、デザインやブランド性も、狙う顧客層にあわせた作りにしなければなりません。
  ゲームの場合も、技術の標準化が進んだため、コストと性能のトレードオフが確立してきた感があります。


○プレイス
  一般には、流通チャンネルやロジスティックを意味します。商品は、流通に載せない限り、店頭に並ぶことはありません。確立されたチャンネルがあるのならそれを利用するということになりますが、なければ作らなければなりませんし、あってもあえて別のチャンネルを使うことでビジネスチャンスを拡げることもできます(例;食玩フィギュア)。
  ゲームの場合、コンシューマを国内だけでやっている分にはあまり問題にならないのですが、それ以外のことをやろうとすると、直面することになります。


○プライス
  価格です。「いくらで売るか」だけでなく、割引なども対象になります。例えば低価格にすると数が多く出ますが、当然一個あたりの利益は減り、トータルでの判断が必要になります。しかし戦略上は「損して得取れ」の状況が発生することもあり、一概にここの計算だけでは決定できません。
  例えば「2」を買わせるためには、第一作の普及を優先する必要があります。しかし第二作まで買ったユーザーは、特にてこ入れしなくても「3」を買い求めるでしょう。この状況下で価格が同じである必要は全くないわけで、戦略的なプライシングというのが重要になるのです。


○プロモーション
  広告、パブリシティ、販売促進といったものです。他で差を付けにくい分野では、ここで明確な違いを出していく必要がありますし(消費者金融やタバコなど典型でしたね)、実質的にこの要素だけで決まってしまう場合もあります。
  総予算が限られるゲームの場合、特に費用対効果の問題が重要です。例えばテレビCFだと、15秒のスポット広告を1回流すだけで軽く何百万の料金がかかってしまいます。ビールや自動車と張り合って大量に流すわけにはいかないのです。
  なおパブリシティというのは、マスコミの記事などを通じた露出のことです。単に「パブ」ともいいます。同じページ数でも、広告よりも記事として載った方が断然効果的なのは当然ですね。しかし扱うかどうかの決定権は先方にある訳で、実際には「働きかけ」ということになります。単に人的にアタックするだけではなく、記事として使いやすいような素材をまとめたもの(=パブキット)を送付するというようなことも行います。


 問題は、これらを適切に組み合わせるということです。
  インプットか限られている以上、よさそうなものを片っ端からトライしてみるという訳にはいきません。コストパフォーマンスということが問題になります。そして、相乗効果が出るように工夫していかなければなりません。つまりはこの4つで何をするのかの最適な組み合わせを決めていくことが、プロデューサーにとってのアウトプットになるわけです。

◆ 実務のトライアングル

商品の種類が異なれば手順や業界慣習なども異なってくるわけで、統一的な「プロデューサー原論」は立てにくいと思います。ただ共通して言えるのは、プロデューサーもまた「作る」に関わる仕事だということです。
  それは、定常業務ではなく、プロジェクト中心だと言うこと。定常業務というのは、例えば帳簿を付けるとか得意先を回るとかが代表例ですが、これは会社が続く限り終わりはありません。今年度分が終われば、すぐ来年度分が始まるわけです。そして、毎回毎回の内容は、基本的に同じです。一方プロジェクトは、始まりと終わりのある仕事です。明確な目的を持った上で、期限と目標を決めて取り組むものです。
  なので、インプットとアウトプットの両面で意識していく必要があります。


 まず、インプットについて見てみましょう。
  「人、物、金」のトライアングル......多少俗っぽくなりますが、この言葉で捉えることができます。
  「人」どんな人を集め、何をさせるのかということです。インハウス(社内)のスタッフであれば、どんな役割を与え、どう組み合わせるかということになります。外部まで含めて考えれば、人脈というものもあるでしょう。
  「物」必要な資材の手配ということです。ゲームの場合も機材や作業場所は必要ですが、それよりもこんにちでは権利関係が大きいでしょう。ミドルウェアやゲームエンジンなど、ライセンスを取得しなければならないものがいろいろとあるからです。
  「金」これは明瞭ですね。ソフトの開発費において最も大きいのは人件費ですが、これは毎月給料日になるときっちり出て行ってしまいます。一方でソフトが発売されるまで収入はないわけで、うまくやりくりをしなければなりません。他の製品のインカムを回したり、外部からの資金を集めたりするわけです。そしてトータルとして赤字を出さないようにしていかなければなりません。
  商品としてのゲームを作っていくのにあたって、ゲームプロデューサーは、このプロジェクト遂行に不可欠な3要素を管理していくわけです。


 これは、他業種においても、ある程度は言えるのではないでしょうか。例えば映画。監督以下のスタッフと俳優を手配し、スタジオや編集機材などを調達して作るわけですが、それにはお金がかかり、外部の投資家から調達する必要も出てきます*2。例えばスピルバーグが、自分のよく知るスタッフを使い、自分がいいと思ったシナリオで、しかも「スピルバーグ」の名の下にお金を出してくれる人たちの期待に背かないように作れば、当然スピルバーグ映画になってくるわけです。


◆ 謎めいた職業

 最近リメイクされている『宇宙戦艦ヤマト』ですが、私の場合、年代的にオリジナル版のジャスト世代になります。社会がブームと称して騒ぎ出す前からどっぷりはまっていて、"世間の方が自分に追いついてきた"感覚を味わった最初の作品でもありました。
  ファンとして当然サントラ盤も持っていたのですが、大ブームの中に登場してきたレコードに『交響詩ヤマト』*1なんてものがあり、そのオビやポスターにはこんなことが書いてありました。


  「ヤマトの世界がシンフォニーに!
    作曲家**が渾身のアレンジ、
    プロデューサー西崎が丹念にプロデュース!」


 これを見た少年時代の私は、首をかしげたものです。......丹念にプロデュースって、具体的に何をどうしたんでしょうか? 尋ねる相手もいなく、疑問は結局疑問のままになってしまいましたが、プロデュースに送る最適形容詞は果たして何なんだろうかと、今でもときどき思います。


 カタカナ職業というのは元々わかりづらい面がありますが、プロデューサーはその中でもとりわけわかりづらい仕事でしょう。
  真っ先にイメージされるのは、音楽やテレビなどの業界でしょう。感じとしては「会社の人」「上の方の人」で、しかも現場のスタッフ・キャストとは別系統の人種という感じです。一方映画ではこの異質さがなく、基本的に監督と人材的に互換のようです。例えばスピルバーグの場合、しばしばプロデューサーとしても名前がクレジットされていますし、監督が別の人でも映画のテイストは明白にスピルバーグ流です。アパレルやコスメティックなどでは、しばしば女優やタレントの名前が出てきたりします。ただ、女優自ら裁縫仕事をしたり原液を調合したりはしていないはずで、何をしているのかはよりわかりづらくなっています。
  ゲームの場合はどうでしょうか。スタッフクレジット上は昔から存在しましたが、そこは社長の定位置でした。大きな会社になるともう一つ上に「エグゼクティブ・プロデューサー」があり、社長の名前はそこに載るものでしたが、エグゼクティブのつかない"平"プロデューサーも、実際のところは統括開発責任者とか、かなり上の方の管理職だったのです。ただ管理職の管理職たるところは会社の維持運営など日常業務の方にあるわけで、その作品に対してどう取り組んだのかが見えてくるわけではありません。


 このように混乱しがちな仕事なのですが、「商品としてのそれをつくる」と考えればいいでしょう。技術の集積によって作られるものの、純粋に技術だけでは成立しない類の物について、そういう立場で関わっているということです。
  ここで役に立つのが、第1回で述べた「三位相」です。ここで挙げたような製品は、どれも工学・芸術・商品の三つの位相を持ちます。その中で、プロデューサーは商品としての面を中心に取り組むのです。

第6回 プロデューサー的なゲームデザイン

より先進的なゲーム開発会社のいくつかを除けば、ソフトウェア開発の一般的なレシピは次のようなものだ。
    1.手が空いている開発者を4,5人見つける。
     様々な専門家たちをいざというときに手配できるようにしておく。
    2.プログラマのリーダーには風変わりな天才を指名する。
    3.彼らの都合の良いときに、アート関係のスタッフとともに
     小さな部屋に集合させる。
   4.定期的に激励したり、好みに応じてソフトドリンクや
     ピザを差し入れたりしながら、
     18ヶ月間弱火でコトコト煮込む。
   5.少し余分な料理時間を与えるように準備する。
     しかし、成果が生焼けだったり、
     開発者が疲れ果ててカリカリになってしまう事態にも備える。
確かに、これも過度に単純化しすぎているが、これがコンピュータゲーム業界の一般的な手法だと知ればびっくりするだろう。......最終的には同じように古くからの「地獄のようなコーディング」という方法論に落ち着くことになる。
    
   A.ロリンズ、D.モリス著 アクロバイト監訳
   「ゲームクリエーターズバイブル」(2001、インプレス)より

【注釈】

*1 : 世間で常識とされる行為は、その大半がゲーム会社でも常識
  ファミコン時代には、逆に「ゲーム会社の常識は世間の非常識」というのが"世間の常識"でした。プログラマはみんな変わり者で、その連中にとって過ごしやすい場としてできあがっていると理解されていたのです。
  そこには、多少の真実は含まれます。ただ、それも業界の勃興期ならではの混乱でしょう。実際、奇をてらうタイプの人間はチームワークになじまない場合が多く、そのデメリットをしのげるほどに才能がない限り、居場所はありません。ソフトウェア開発で個人技の入り込む余地が少なくなった今となっては、それも現実的ではないでしょう。少年時代のビル・ゲイツが当時のままで現在のマイクロソフトに訪れても、たぶん門前払いでしょうね。
  一方、フレックスタイムやカジュアルフライデーなど、世間の方が形式張らない仕事のスタイルを取り入れるようになり、差が埋まってきているということもあります(おしゃれなカジュアルがIT系、ただの普段着がゲーム系なんて感じはありますが)。
  まれに「ふつうのサラリーマンなんてやりたくないから」なんていう動機でこの業界を志望する人がいますが、これは失望する可能性が高いかも知れません。

*2 : プログラマと専門的な事柄について対話ができれば、それでいい
  プログラムの場合はそれでもいいのですが、ここにある全てがそうという訳ではなく、ちゃんと行動に反映できなければ意味のない知識もありますし、またプロの製作者レベルの「浅い」は、初学者にとっては十分深い水準かも知れません。
  なお、プログラミングの場合、実際にパソコンを動かしてみないと「知識として」水準の理解もしづらいものです。あくまでも「その道のプロを目指す人の努力に比べれば楽」ということです。

*3 : 『フロントライン』の時代なら......
  『フロントライン』は、80年代にタイトーから発売された、強制縦スクロールのシューティングゲーム。プレイヤーは歩兵になって、出現する敵兵や戦車と、銃で撃ったり手榴弾を投げたり、さらには相手の戦車や豆タンクを奪ったりしながら、闘っていきます。元はアーケードでしたが、後にファミコンに移植されました。
  グラフィックスの雰囲気を含めたゲーム性はとても緊張感の乏しいもので、反戦団体もあまり文句をいいそうにない作品でした。Wiiのバーチャルコンソールにもなっているので、興味のある方はプレイしてみてください。


*4 : 「キャリアプラン」という言葉......
  本文に書いてあるのとは、似て非なる意味で使われることがあります。「何歳までに何それになりたい」なんていう景気づけ的な未来史を、キャリアプランの名で呼ぶ人(&組織)がけっこう見受けられるのです。ろくに意味も考えないまま、字面の綺麗さだけで言葉を使ってしまう人が多いということで、嘆かわしいことですね。ただ、"悪貨は良貨を駆逐する"の例に漏れず、多数派になりつつあるようにも思えます。
  それと区別を付ける意味で、ここで書いたような概念を「キャリアラダー」、各職層で要求される能力やスキルおよび勤務経験などを「キャリアパス」という名で呼ぶ場合が出てきています。
  特に近年では、会社にとっての任用システムとしても注目されるべきものです。ゲームの学校も多元化し、専門学校と大学、さらには大学院まで登場してきています。こうして様々なレベルの新卒が登場してくれば、企業としても一元的に扱うこともできないのですが、このシステムを導入することで「キャリアパスに基づき、大学院卒はシニアデザイナーとしてのみ採用」という形で、見合ったレベルでの合理的な採用体制を構築することができるからです。

◆ キャリアプランを意識せよ

 「キャリアプラン」という言葉があります。
  元々は、会社の人事システムで使われだしたコンセプトです。
  簡単に言えば「社員に、ステップアップのプランを自分で立てさせる」ということ。会社の場合、長く働いている人は、地位・給与の両面で上昇していくのが通例です。しかし、それに必要な知識や能力は、現場の仕事さえしていれば自動的に身につくというわけにはいきません。また、全ての上級職に共通でもありません。本社のスタッフ部門に進む人もいれば、現場に近いところのマネージャー職に就く人もいます。そして、管理職ではなく、現場のマイスターとして活躍する人もいるわけです。そこで、それぞれの立場に応じて必要とされる能力や知識をあらかじめ明らかにしておき、社員自身に自分の道を計画させるという考えが出てきたのです。*4
  こんにちでは、会社の仕組みとしてよりも、働き手の個人的な取り組みとして意識されるものになっています。自分自身の今後のキャリアを考え、特定の勤務経験を積むべく特定の部署に志願したり、オフタイムを利用して資格を取得したりするわけです(したがってそのプランには、転職や独立開業なども含まれうることになります)。


 そんなキャリアプランの考え方ですが、既に新卒者にも必要になってきていると言えるでしょう。
  ゲームの開発職に求められる専門水準は、決して低くはありません。ところが学校の年限というのは限られています。2年か3年程度の年限では、間に合わない場合が少なくないのです。
  そうなると、むやみに「プロ並み」を目指すのではなく、段階的にできることの水準を高めていくという姿勢が必要になってきます。段階的に「何かにおいて使える人」になりながら、大きな目標の達成に向けて着実に進んでいくような、おそらくは卒業後まで続く計画を作っていく必要が出てくるわけです。これには"幅を拡げすぎない"ということも大事でしょう。
  ゲーム産業の場合、キャリアプランという問題は、プログラムやグラフィックスについてよく語られています。両領域が、ここ十年ほどの間でとくに激しい変化に見舞われたからでしょう。昔の技術は陳腐化してしまい、スーパーファミコン時代から働いている中堅どころが後から入ってきた新人に後れをとるなんていう事態も、現実に発生しました。
  ただ、できるべきことの範囲の広さから言っても、企画職にこそこの問題を真剣に考えなければなりません。自分が一人前になった時点でどのようなゲームデザイナーになっていたいのかを考え、そのためにどんなスキルをどの時点で獲得していくのかを計画するということになるでしょう。


 最後に、ひとつ。
  単に肩書きだけが欲しくて門を叩いてくる志望者というのは、どんな会社にとっても不要です。「ビッグな***の社員という身分が欲しい」なんて志望者のことで、大企業には必ずいるでしょう。これがクリエイターの場合は決定的です。「憧れの***を職場にしたい」「"ゲームデザイナー"という肩書きで生活したい」なんていうことなのですから。
  では、会社に向かってどんなことが言えるでしょうか。
  「御社はどんな人材をお望みでしょうか。私はそれに合わせます」なんていうのは、一見殊勝なように見えますし、昔の人事システムでは好ましいあり方だったのかも知れませんが、よく考えてみれば「入社できればそれでいいんです」といっているのと変わらないですね。
  求職活動は、自分という商品の売り込みです。企画の本質は提案ですが、企画者の自己PRの本質も同じなのではないでしょうか。
   「私はこんな能力と知識を持っています。
    そして将来こんなことをしたいと考えていて、
    これこれの技術の獲得を目指しています。
    会社に入れば、こういう点で役に立てますし、
    将来的にはこんなことやそんなこともできると思います。
    どうです、私を採用してみませんか?」
  語れるものが何もなければ、これは無理です。説得力のある売り込みができるための仕込みとしても、「知識+スキル=技術」は重要になってくるでしょう。


◆ ゲームは世界を飲み込む?

 一方、ここには盛り込まれていませんが、実質的に不可欠な知識があります。題材に対する体系的な知識です。
  もし野球のルールを全く知らなかったら、野球ゲームを作ることはできません。実際には単にルールを知っているだけではだめで、競技として、さらにはエンターテインメントとしての野球を深く理解していないと、厳しいでしょう。
  これは簡単なことではありません。そして、スポーツというのはゲームが守備範囲にする題材としては多数ある中の一つに過ぎません。


 例えば、ミリタリー。アクションやシューティングからシミュレーションまで、幅広くカバーする題材です。ゲーム業界として、これを外すわけにはいかないでしょう。
  では、『メダルオブ・オナー』を作るためには、どんなことを知っていなければならないでしょうか。
  まず必須なのが、第二次大戦の戦史ですね。それも、大きな視点での戦争だけではなく、「ノルマンジー」「硫黄島」「バルジ」など、さまざまな戦闘も知っていなければなりません。闘いがどう行われただけではなく、そこで使われた武器・兵器の体系も、知っていなければならないでしょう。陸軍のシステム=階級とか部隊編成といったものも、敵味方の両軍について解っている必要があります。
  こういう面での本格化には、ハードウェアの表現力の向上が大きく影響しているといえます。『フロントライン』の時代ならシンプルなものでしたが*3、こんにちのゲーム環境では、ライフル、機関銃、サブマシンガンは、効果において違うものとして描かれるべきです。となれば、ゲームシステム上も使い分ける必要があり、作り手には深いレベルでの理解が求められます。
  ただ、これを突き詰めると"理想のゲームデザインコース"のカリキュラムは無限大になってしまいます。ゲームが題材として扱うものは広く、それは人類文化の全てを飲み込むほどなのです。ミリタリーのバックには、政治・経済・歴史・地理から自然科学までが幅広く含まれます。そして、ミリタリー以外のゲーム......例えばRPGなどを加えると、文化・宗教・伝説といった領域についても深く識らなければなりません。


 こちらも基本は「持っているものを活かす」でしょう。自分自身が得意な分野......得意と言い切れないまでも、興味がある程度保てる分野を見つけ、深く識るように心がけるということです。

◆ 持っているものを活かそう

 図では、「知識」の部分には実に多くの項目が書いてあります。ひとつひとつ説明していると大変なことになってしまうため、ここでは省略します(Googleなりウィキペディアなりを叩けば、簡単に詳しい解説が得られることでしょう)。
  ただ、多いからといって「こんなのとても無理だ」なんて思う必要はありません。基本的には「浅く・広く」でいいのです。
  例えば「プログラミング」なんてありますが、これはもちろん知識としてのプログラミングのことで、実際にソフトウェアを開発できる能力ではありません。ソフトウェアがどういう仕組みで動いているのかを理解し、プログラマと専門的な事柄について対話ができれば、それでいいのです。*2
  また、それぞれの科目にしても、全部をマスターする必要はありません。それどころか、単に問題の存在に気がついているだけでも、そうでない場合よりは格段にいい状態です。
  そして、これだけ範囲が広いということは、どこか接点がある可能性も高いということです。例えば、夏休みの自由研究で発表用のパネルを作るのが得意だった人は、「レイアウトできる」のスキルにかなり近いところにいるわけですね。チャート技法やデザインなどさらにはその用途で使うアプリケーションの知識を組み合わせていくことで、「ドキュメンテーション」という技術を獲得していくことができるわけです。このように、「持っているものを活かす」から始めていくべきでしょう。

◆ 知識+スキル=技術

 これらのスキルですが、実はゲームだけの問題ではありません。およそ企画職である以上どんな分野でも重要なものが多いですし、いくつかの項目は、就職一般においてよく語られる内容と重なってきます。
  これには、ゲーム産業は想像されるほどに特殊な世界ではないという現実もあります。かつてはいろいろ誤解もあったのですが、世間で常識とされる行為は、その大半がゲーム会社でも常識なのです*1。そして、企画職は、分野が異なっていても基本の部分で同じであるということも、言えると思います。何しろ、全体としての顧客は共通なのですから。
  とはいえ、実際のところ、他分野の企画屋をゲーム業界に連れてきても、そのままでは通用しないでしょう。ゲームの企画のためにさまざまなスキルを使うにしても、自分の好きなように使えばいいのではなく、ゲームのために使わなければなりません。ゲームのことを全く知らないのでは、「ために使う」ことだってできないのです。
  つまりは、個人のできることとしての「スキル」があり、それをゲーム産業で使える「技術」として成り立たせるためには、相応に特化した「知識」が必要ということです。
  これを式として表せば、次のようになります。


   知識+スキル=技術


 では、その「知識」部分は、どんな感じになるのでしょうか。
  図は、そのあたりの関係をざっとまとめてみたものです。左にあるのが個々の知識で、右にあるスキルと結びつくことでそれぞれの技術になるのだと言えるでしょう。


ゲームデザインエクセレント


  図中、「知識」「スキル」の中間にある3項目は、先述の3要素を名詞として表現し直したものと言えます。
  「プロジェクトマネージメント」とは、ずばりプロジェクトを仕切ることです。
  「マーケティング戦略&分析」は、ビジネス面での判断・評価をするということに他なりません。
  そして、「ドキュメンテーション/プレゼンテーション」。直接的には「提案」に直結していますが、提案の前提として発見(&想像)があることは確かなので、"新しい遊びや面白さを見つけ提案する"にあてはまります。
  例えば、エントリーシートの「特技」欄に書くのなら、こうした名称が必要でしょう。また、授業科目として成立させる場合も(もっとも、『知識』部分もそれぞれに独立した授業科目になりそうですが)、こうした名称が役立つものと思います。