ゲームデザインエクセレント -11ページ目
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第1回 ゲームデザインという仕事

2009.10.01


  「あ、人事課の人ですか? 求人広告見たら高卒でもいいってあったんで応募したいんですけど、
   解らないこととかあって電話したんです。
   いやー、オレってもともと進学クラスだったんで、就活とか経験なくって。
   ま、勉強かったるいし、大学受かるかどうかもわかんないんで、就職組に乗り換えたんですよ。
   で、どうせ就職するんだったら、やっぱ、ゲーム会社がいいって思ったんです。
   希望職種ですか? ゲームデザイナーに決まってるでしょ。
   だって、楽そうじゃないですか。
   ちょちょいっとゲームのアイデア考えて、後は遊んでりゃいいんでしょ。
   だいたい、他の仕事って、オレできないですよ。絵描けないし、
   プログラムなんて覚えられないし。
   あ、だいじょうぶ。オレ、ちっちゃい頃からゲームいっぱいやってますから、
   知識なら十分ありますから。
   アイデアだって、どんどん出てきちゃうし。
   で、応募するのには、企画書っていうのがいるんですよね。
   どう書いたらいいのか、教えてもらえますか?」

スタートにあたって

"ゲームクリエイター"という言葉をどう思いますか?
カタカナ語の職業は、一般的に言って「おしゃれ」とされがちです。例えば雑誌の奥付なんか、「アートディレクター」「スタイリスト」「コーディネイター」などカタカナ職業の乱舞ですし、求人情報誌だと記事の方すら「ヘアメイク・アーティスト」とか「コスメティック・アドバイザー」とか、ぎっしりと並んでいます。これらが使われるのは、日本語化した場合(美容師、化粧品対面販売員)よりもおしゃれに感じられるためでしょう。
ただ、ゲームクリエイターに関して言えば、微妙です。雑誌などにはよく出てくるのに、自らそう名乗っているゲーム制作者は、めったにいないのです。
ではどうしているのでしょうか。
私の知る限り(そして私自身も)、たいていは「ゲーム屋」です。
この背景には、自分たちの仕事に対する見方が反映されているのだといえます。"クリエイター"なんてお洒落なカタカナ語で呼ぶような仕事じゃない、そんな気持ちが込められているのです。ただ、決して卑下しているわけではありません。むしろ、ある種の侠気みたいなものです。

  「おう、オレたちゲーム屋の仕事なんてのはな、
   汗臭くて泥臭い現場仕事なのさ、それがどうした!」

 ゲームデザインは、プロジェクト内では主に企画職が担当します(スタッフクレジットの『ゲームデザイナー』でもありますね)。この職種、カタカナ語では「プランナー」となるのですが、同じ肩書きを背負っている他業種の人たち......特に放送や広告など......と比べると、その差は歴然としています。ゲームの場合、何よりも現場制作者です。観葉植物の似合うきれいなオフィスや時間に拘束されない勤務スタイルなどとはたぶん無縁ですし、芸能人やプロスポーツ選手と飲み歩いたりすることもないでしょう。机の上には食玩フィギュアと書類とペットボトルが無造作に散らばり、机の下には寝袋なり毛布なりが丸められている、そんな姿が当たり前です。

 
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前回の『講座』からすでに数年がたちました。
ごらんになっていない人の方が多いと思いますが、だいたいご想像の通りでして、内容はかなり古びています。当時は『PSP』がありませんでした。任天堂もまだ『64』と『GBA』で、基本的に「過去の栄光で商売を続ける、子供向けゲーム機の会社」と目されていました。メインストリームで激しく争っていたのはソニーとセガで、『XBOX』なんて、「マイクロソフトがゲーム機はじめるらしいよ」という噂話に過ぎませんでした。株式会社が経営するクリエイタースクールがたくさんあり、しのぎを削っていました。そして日本のゲームソフト業界は、売り上げ面でも作品面でも、世界をリードしていました。
背景となる事情が変わった以上、アップデートは不可欠です。これが、今回、新シリーズをスタートさせる大きな目的です。しかし、第一の目的ではありません。むしろ、「ゲームを作る」ということの意味が変わってきたということの方が、大きいのです。
おそらくゲームの、社会的な意義の変化から来ているのでしょう。昔のように、「マニア的な連中がごそごそやってる」ではなく、それなりに注目されているということです。これは「ゲーム産業」の変化を伴います。上部構造が変わってくれば、現場近くも違ったものにならざるを得ません。そして、クリエイターにとっては、求められる能力や知っておくべき知識の水準も、この数年間でずいぶん違ったものになっています。
部分訂正で済むことではないため、今回新たに作り直すことにしました。

 
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私の知る限り、「ゲームデザイン」は、現場からかなり嫌われている言葉です。ある意味"使わない"ことが玄人としてのステイタスになるような単語だとさえいえるでしょう。
そんなことを百も承知の上で、シリーズの名前に持ってきたのには、理由があります。ある主張を込めたいからなのです。

  「ゲームにはデザインが必要で、それは自然とできあがるものではない」

かつて、ゲームは単に"作られる"ものでした。クリエイターが集まって活動していく過程でできあがるもので、デザインという特別なプロセスは存在しなかったのです。
今でもアマチュアが個人あるいは少人数で作るようなゲームには、その傾向があります。しかし、プロが仕事として会社ベースで作るゲームは、もはやそうではありません。デザインというプロセスを意識的に行っていくことが必要で、それを中途半端にすませてしまったのでは、中途半端なゲームにしかなりません。
なお本連載は、Web上で広く公開する読み物です。私自身の授業で教科書的にも用いるため、読者層としては若い世代が想定されています。とはいえ、内容的には現役プロの批判にも耐えられるような、しっかりしたものにしたいと思います。また、私自身過去に何度もこの種の文章を書いてきましたが、今回の取り組みを通じて、決着をつけたいと思います。これ以前に書いたものは、いわば絶版です。このシリーズにおいて書かれるものが、現在形の「山田説」であり、それと矛盾する私自身の過去のコンテンツは「山田旧説」であるということです。
ともあれ、充実した連載にしていきたいと思っていますので、ご期待ください。

山田慎(やまだしん)

1962年名古屋市生まれ
中央大学&名古屋市立大学卒業(修了)。
日本デジタルゲーム学会正会員/編集委員
修士(芸術工学)


大学卒業後、4年間の公務員生活を経てゲーム産業に転職、クリエイターとしての経歴をスタート。企画・シナリオ担当として看板シリーズの続編に携わる一方、人事担当として入社希望者への窓口役を務めた。独立後は都内クリエイタースクールで講師として教壇に立ち、本来のクリエイター業とあわせ「二つの本業」として確立。地元名古屋にUターン後も、同じスタンスを続けている。
ゲーム屋としては本来シミュレーションを指向しているが、実績面ではファンタジーRPGが中心。近年は、ミステリーなどのノベルゲームも多い。
ここ数年は学術方面にも力を入れ、学会・研究会で活動中。特に日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan、会長:馬場章東京大学教授)には、創設時より参加。現在、学会誌編集委員を務めるなど、学術モードでの“活動拠点”となっている。

ふと気づくと、独立時に作ったのと同じ干支の年賀状を出していた。当時教えていた学生も既にいい大人で、中には、本格的な開発会社を経営していたり、“S”から始まる大手ゲーム会社のディレクターとしてタイトル一本任されていたりと、どう見ても自分よりも出世しているという例が見受けられる。“ティーチャー冥利に尽きる”と喜ぶべきところだが、なかなかそう達観もできず、「オレだってまだ枯れちゃいないぞ!」などと、新作への野心を燃やしている。

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