「パンダ」 は猫じゃないし猫にも似てないし ―― なぜ、中国語でパンダを “大熊猫” と言うか。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   パンダ




〓パンダのリンリンが亡くなってから、胡錦涛 国家主席が来日するという流れのなかで、なにかとパンダが話題になっていますね。


   パンダは中国語で “大熊猫” (おおくまねこ) という


というウンチクを聞いたことがあるヒトも多いと思います。そして、


   なんで “猫” なんだろう?


と思ったヒトも多いと思います。


        パンダ      パンダ      パンダ






  【 パンダは、本来、パンダのことじゃない…… 】


〓中国語で 「ジャイアントパンダ」 のことを、

   大熊猫 dàxióngmāo [ ターシオンマオ ]

と言います。そのまま意味を取ると、

   「大きなクマのようなネコ」

になります。ヘンですね。


〓「パンダ」 というのは、そもそも、「レッサーパンダ」 に付けられた名前でした。



   レッドパンダ


1821年、インドに駐在していた、英国軍人にして博物学者の

   Thomas Hardwicke トマス・ハードウィック

が、ヒマラヤで発見した 「レッサーパンダ」 をヨーロッパに紹介しました。 「パンダ」 Panda という名前は、ハードウィックが名付けたものです。語源は、ネパール語か何か、ヒマラヤの言語に由来するものだ、と言いますが、現在では、 Panda が何語のどんな単語に由来するのか不明となっています。

〓まことしやかに、○○語で××の意味」 と書いている情報を見かけると思いますが、その○○語のナンという単語なのか?をキチンと指摘している情報はありません。なぜなら、原語に当たって確認している情報ではなく、出典のあいまいな受け売りのウンチクだからですね。



〓レッサーパンダの棲息域は、ヒマラヤからミャンマー北部、中国南部にかけてです。ヨーロッパ人が 「レッサーパンダを発見した」 のは 19世紀ですが、中国では、すでに、13世紀から記述があります。


〓古来、四川ではレッサーパンダを、

   山悶得儿 shān mēnder [ しゃンムンタル ]

と呼んでいたそうです。四川では、「黙して声を立てない人」 のことを 「悶敦儿」 mēnduēr [ ムントゥアル ] と言うそうで、それに 「山」 が付いて訛ったものです。

   「山のダンマリ屋」

という意味でしょうか。


〓雲南では、その綺麗な毛の色から、

   金狗 jīnʼgǒu [ チンコウ ] 金色の犬

と呼ばれていました。


〓現代では、レッサーパンダを、

   小熊猫 xiǎoxióngmāo [ シアオシオンマオ ]

と呼びますが、もちろん、ジャイアントパンダが発見されて以降、対比の上で付けられた呼び名です。


「レッサーパンダ」 Lesser Panda、あるいは、「レッドパンダ」 Red Panda という英語の呼び名も、「ジャイアントパンダ」 Giant Panda が発見されてのちの名前です。

〓レッサーパンダには、

   Wah    [ ワー ] ワー。鳴き声から。
   Cat-Bear キャットベアー。猫みたいな熊だから。
   Firefox   ファイアフォックス。 炎のような毛色のキツネだから。


という別称もありました。『ファイアフォックス』 という映画もありましたし、「ファイアフォックス」 というブラウザもありますが、案外、この単語が 「レッサーパンダ」 のことである、と認識している人は少ないようです。キツネだと思っている。

       パンダ      パンダ      パンダ





  【 「ジャイアントパンダ」 の発見 】

〓ヨーロッパに 「ジャイアントパンダ」 の存在が報告されたのは、1869年です。フランス人宣教師 アルマン・ダヴィッド Armand David  が、地元の猟師からパンダの毛皮をゆずり受けたのが最初でした。
〓ヨーロッパ人で、初めて生きたパンダを見たのは、1916年に、子パンダを買い取ったドイツ人の動物学者 フーゴ・ヴァイゴルト Hugo Weigold でした。

〓「ジャイアントパンダ」 と 「レッサーパンダ」 (当時は、まだ、単に “パンダ”) とが近縁の種であるということが判明したのは、

   1901年

です。それまで、「ジャイアントパンダ」 は、Mottled Bear 「まだら熊」 と呼ばれていました。1901年に両者の関係がわかったことから、現在のような呼称である、


   ――――――――――――――――――――――――――――――
   レッサーパンダ   Lesser Panda  (小さいほうのパンダ)
   レッドパンダ    Red Panda  (赤いパンダ)
      ↑
      ↓
   ジャイアントパンダ Giant Panda  (巨大なパンダ)

   ――――――――――――――――――――――――――――――



という 「対応」 が生まれました。つまり、


   「レッサーパンダ」 は、「パンダ」 の名前を 「半分のっとられた」


かっこうになります。


〓中国では、ジャイアントパンダに、現在の 「大熊猫」 の名が付く以前、こんなふうに呼んでいました。

   貘、貊  [ モー ]
   花熊貘 huāxióngmò [ フワーシオンモー ]

「貘」 は日本語の音読みでは 「バク」 です。そうです。「マレーバク」 などの 「バク」 のことです。「バク」 とは関係ない四川の山の民は、ジャイアントパンダを 「バク」 と呼んでいたことになります。「貊」 は 「ムジナ」 という意味です。「貘」 も 「貊」 も、文字の原義はどうであろうと、  という音では共通しています。とにかく、パンダは 「モー」 だった。
「花熊貘」 というのは、「花=まだらの」、「熊=クマのような」、「貘=モー」 ということです。「まだらのクマのようなモー」。やっぱり、「モー」 なんですね。

       パンダ      パンダ      パンダ





  【 本来は、「大猫熊」 だった 】

〓中国でも、パンダが科学的な調査の対象になると、西欧の呼び名に倣った名前がつけられました。

   小猫熊 = レッサーパンダ
   大猫熊 = ジャイアントパンダ

〓英語の Cat-Bear に倣ったのかもしれません。両者とも 「猫熊」 (ネコクマ) になりました。「熊猫」 (クマネコ) でないことに注意してください

   「ネコみたいなクマ」

ということです。もちろん、これは、本来 「レッサーパンダ」 の特徴を指し示していたものです。それを 「ジャイアントパンダ」 の名前にまで応用してしまいました。
〓この段階では、まだ、いいですよ。「クマ」 なんですから。ところがです……


〓1940年代のなかごろ、重慶 (じゅうけい) で 「猫熊」、つまり、ジャイアントパンダの標本の展示が行われました。なぜ、重慶なのか、と言いますと、当時は、日中戦争下であり、1938年 (昭和13年) に中華民国の首都 南京 (ナンキン) が陥落したため、蒋介石 (しょうかいせき) の国民党政府は、首都を重慶に移していたんです。つまり、当時の中国の首都で、ジャイアントパンダの標本が展示されたということです。
〓当時の中国では、

   一般の人は、右から左に文字を書く

習慣でした。当時の日本と同じですね。ところが、中国の生物学界では、すでに西欧流に、

   左から右に文字を書く

方法を採用していました。
〓そして、パンダの標本には、

   「猫熊」

という表示がつけられていたそうです。ところが、パンダを見に来た一般の人たちは、これを、

   「熊猫」

と読んでしまいました。以来、誤った呼称である 「熊猫」 が一般化したそうです。


〓ウソのような話ですが、このことは、中国で出版された “動物の名前の由来” を解説した本 『西南師範大学 漢語言文字学研究叢書第二輯 漢語動物命名考釈』 (2005年、巴蜀書社) にハッキリ書いてあるので事実のようです。


〓「大熊猫」 は、本来は、「大猫熊」 だったんですね~パンダ

       パンダ      パンダ      パンダ





  【 付記 】


パンダは台湾では “猫熊” と書かれることが多いです。

   (1) 台湾では 「猫」 ではなく、通常、異体字の「貓」 を使う。
   (2) 「大陸中国」、「台湾」とも、「熊猫」、「猫熊」 の両方が見られる。

          ※「猫熊」 のほうが正しい、ということが、多少、知られているらしい。
   (3) 「大陸中国」、「台湾」 とも、「熊猫」 が主であるが、
      台湾では大陸にくらべ、「猫熊」 の使用比率が高い。


Yahoo! China Google Taiwan で検索した結果の件数と、そこから割り出した使用率は以下のようになっています。



   【 中国語圏全域 】 Yahoo! China (中国雅虎) による
   大熊猫   3,853,329件  99.4%
   大熊貓     14,300件  0.4%
   大猫熊      7,532件   0.2%
   大貓熊      234件   0.0%


   【 台湾のみ 】 Google Taiwan による (台湾国内限定)
   大熊貓     59,900件  82,6%
   大貓熊       8,340件  11.5% ←ここが台湾の特徴!
   大熊猫      4,270件  5.9%
   大猫熊         40件  0.1%

        ※ 2008年5月9日の結果



〓面白いですね。考えられることは、「中華民国の学者の多くが、蒋介石とともに台湾に渡ったため、パンダは “大猫熊” が正しい、という知識が、大陸よりも広まった」 ということでしょうか。