グラマー誕生── Grammar “文法” はいかにして Glamour になったか? ──2 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

    パンダ こちらは 「グラマー誕生」 の 2 にござります。 1 は ↓

                  http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10560059315.html






  【 事件はスコットランドへ 】


〓ハナシは突然変わりますが、


   スコットランド語 Scots language


というのをご存知でしょうか。

〓「知っている」 と答えたヒトも、ここから説明することをよく読んでみてください。



〓スコットランド語というのはですね、主として、ブリテン島の中部地域、いわゆる、スコットランドの 「ローランド」 Lowlands ── エディンバラ、グラスゴー、アバディーンなどを擁する ── と呼ばれる地域で話される言語で、英語に似ていますが、現在では、古英語 (700~1100) から分岐した、現代英語とは別の言語とみなされています。




   げたにれの “日日是言語学”-スコットランド語方言地図
    スコットランド語が話されている地域。




〓日本人のよく知るところでは、『蛍の光』 の原曲である、


   「オールド・ラング・サイン」 “Auld Lang Syne”


がスコットランド語の歌です。この3語は、それぞれ、英語の


   auld → old
   lang → long
   syne → since


に対応します。
since は、中期英語では、スコットランド語によく似た synnes という綴りでした。語末の -(e)s は、古い時代の英語にあった 「属格 (所有格) の副詞的用法」 であり、 always, forwards, days 「日中に」、nights 「夜間に」 などについている -s と同じものです。この -(e)s は、今の英語の所有格 -ʼs の先祖です。
since の場合は、語源が忘れられたため、誤って、 -ce と綴り変えられてしまったんです。



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〓ところで、スコットランドでは、もともと、


   スコットランド・ゲール語 Scottish Gaelic


が話されていました。


〓これは、5世紀にアイルランドから移住してきたスコットランド人の本来の母語で、アイルランドで話されている 「アイルランド・ゲール語」 (一般には、アイルランド語とも言う) と兄弟の言語です。


〓英語は、ドイツ語、オランダ語などとともに印欧語族の 「ゲルマン語派」 に属しますが、アイルランド・ゲール語やスコットランド・ゲール語は 「ケルト語派」 に属します。



〓7世紀には、ローランドの南東部、エディンバラ以南まで古英語が定着していました。
〓その後、先住民のスコットランド・ゲール語、支配階級のフランス語、あるいはフランドルやスカンジナヴィアからの移民の言語 (オランダ語、古ノルド語) の影響を受けて、ローランドの英語は独自の変化をとげ、「スコットランド語」 Scots language が形を取ってゆきます。


〓 14~15世紀までには、スコットランド語は、スコットランド・ゲール語を押しのけてローランドの主要言語となりました。



〓17世紀以降、スコットランドがイングランドの標準英語と接触することで、英語のスコットランド方言である 「スコットランド英語」 Scottish English も話されるようになりました。



〓ですから、


   スコットランドは、言語の3階層を有する


に至ったわけです。



   【 古層 】 スコットランド・ゲール語 Scottish Gaelic
       ケルト語に属する、スコットラド人本来の母語

   【 中層 】 スコットランド語 Scots language
       古英語から分岐して独自に発展したローランドの英語

   【 新層 】 スコットランド英語 Scottish English
       スコットランドで話される現代英語の方言



〓後二者の関係については、沖縄における 「ウチナーグチ」 と 「ウチナーヤマトゥグチ」 との関係に比定することができます。



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〓でですね、年代はハッキリしないんですが、1500年以降、スコットランド語に初期近代英語の gramery [ グ ' ラメリー ] “魔法、魔術” (← gramarīe) が借用されたわけです。


〓現代スコットランド語の語彙としては、


   gramary [ 'ɡraməri ] [ グ ' ラマリ ]
   glamourie [ 'ɡlaməri ] [ グ ' らマリ ]
     <名詞> 「魔法、魅力」


があります。 gramary は初期近代英語の初出形 gramery をほぼそのまま受け継いでいます。

〓フシギなのは、 glamourie という綴りですが、これは、


   中期英語の gramour 「ラテン語の文法」 と gramarie 「魔術」 の混淆 (こんこう)


と見えます。中期英語の -our というのはラテン語起源の名詞にしばしば見える favour, labour などの語尾であり、 gramer の語尾をこれと取り違えた綴りでしょう。


〓スコットランド語本来の綴りでは、 ou [ u(:) ] と読みます。

〓文字資料として残っていないだけで、中期英語にも gramourie という語形があったのかもしれません。


〓ちなみに、スコットランド語で 「文法」 を指す単語は、


   grammar [ 'ɡramər ] [ グ ' ラマル ] 「文法」。スコットランド語


です。



〓ところで、スコットランド語には、上の glamourie の語尾 -ie が落ちた語形もあります。


   glamour [ 'ɡlamər ] [ グ ' らマル ]
     <名詞> 「魔法、魔術、呪文」
     <動詞> 「魔法をかける、目をくらませる、だます」


〓ハイ、ここでやっと出てきました。英語の glamour と同綴の単語です。もちろん、この単語がスコットランド語から英語に “里帰り” して glamour という単語になるわけです。



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〓上のスコットランド語の単語を見て、「ありゃりゃ」 と思ったヒトも多いと思います。アッシが、 r と l を打ち間違えたわけではありません。

〓「雑学王」 では、



――――――――――――――――――――
あまりに意味がかけ離れていることから、2つを区別できるようにスペルを変え、 grammar と glamour に発音も変化したと言われています。
――――――――――――――――――――



なんて言うてましたが、「自然言語」 においては、“誰か特定の個人がつくった決まりごとが定着する” なんてことはムズカシイ。


   民衆は、気が進む方向にしか向かわない


のです。
〓現代日本語の例をあげてみましょ。


   「ら抜き」 コトバはいけない。
   語中の 「が」 は “鼻濁音” [ ŋ ] で発音せよ。
   「とんでもございません」 は 「とんでもないことでございます」 と言え。


などとエラいヒトが言うたところで、直らないものは直らない。


〓では、なぜ、スコットランド語で、


   gramourie → glamourie


という変化が起こったのか?

〓これは意図的に起こったものではありません。言語一般に起こりうる、


   異化 (いか)  dissimilation <英語>


という現象です。


〓「早口言葉」 というのは、「トウキョウ トッキョ キョカキョク」 のように、似たような音を短いフレーズの中に詰め込みますね。ニンゲンというのは、どうやら、短い間にくりかえし同じ音、似た音を発音するのがニガテらしいのです。

〓そのため、1つの単語の中で同じ子音がくりかえされたり、あるいは、似た子音がとなり合ってしまうと、これを嫌って無意識のうちに音の並びを変造してしまうのです。


〓ニンゲンの嫌う音の代表と言っていいのが、


   R 音のくりかえし


です。ニンゲンは1つの単語で R がくりかえされるのを非常に嫌います。ひとつには R という子音が、労力と技巧を必要とする子音だからでしょう。


〓次のような例を見てくだんしょ。もともとのラテン語の子音の並びは M-R-M-R です。モンダイは R-M-R の部分ですネ。



   R-M-R marmor [ ' マルモル ] 「大理石」 ラテン語
    ↓
   R-M-R mármore [ ' マルムリ | ' マルモリ ] ポルトガル語
   R-M-L mármol [ ' マルモる ] スペイン語
   R-M-Ø marmo [ ' マルモ ] イタリア語
   R-B-R marbre [ ' マルブル ] フランス語
   R-B-L marble [ ' マァブる ] 英語  ※中期英語には marble, marbre 両様があった



marmor というラテン語彙は、民衆にとってよほどヤッカイだったと見えます。ここにあげた5つの言語で、すべて対処法が異なっています。


〓ロマンス語 (フランス語、スペイン語、イタリア語などラテン語の末裔の言語) では、ラテン語の “対格” 「~を」 の語形が “主格” になります。なぜなら、日常会話で物の名前は “対格” で使われるのが普通だからです。格変化を失うと “対格” だけが残ってしまう。

〓もっとも、 marmor は中性名詞なので、その対格は、主格とまったく同形です。


   marmor “主格形、対格形”


〓ポルトガル語の場合、余計な -e が付いていますが、男性名詞として変化させた場合の対格 marmore(m) [ ' マルモレ(ム) ] に由来するのかもしれません。この言語がラテン語にもっとも忠実です。


〓スペイン語の示す語形が 「典型的な R の異化」 です。 R のくりかえしを嫌い、2つ目を L に変えています。


〓イタリア語は語末の -r を落としています。ゼロ子音に変えたという点では、一種の異化です。


〓フランス語の場合、 R - R 間では異化を起こしませんでした。フランス語では、 -rbre という語末の子音群はこれで安定なのです。あいだの母音をトッパラッてしまったため、 R を発音する舌の位置がそのままで済むからでしょう。
〓しかし、 R と M は聴覚イメージが似ています。流音 R, L と鼻音 M, N は聞き分けづらい子音なのです。そのため、 M を破裂音 B に変えています。これも異化の一種です。


〓フランス語は marbre [ 'maʁbʁ ] [ ' マルブル ] で安定ですが、これを借用した英語は、これを 「安定」 である、とはしませんでした。中期英語では、ここからさらに、語末の R が異化を起こして L となります。結果的には、スペイン語と同じ対処法です。
〓ただ、英語は、フランス語で起こった M → B という異化も受け継いでいるために、


   marble


という語形に落ち着いたわけです。



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〓こうした現象である 「異化」 が、スコットランド語の gramourie [ グ ' ラマリ ] に起こったわけです。すなわち、1つめの R が L へと 「異化」 を起こしたんですね。それで、


   glamourie [ グ ' らマリ ]


となるのです。この語の語末の -ie が落ちれば、それがまさに、


   glamour [ グ ' らマル ] 「魔法、魔術、呪文」


となります。






  【 エピローグ : 事件はふたたびイングランドへ 】


〓スコットランド語の glamour が、なぜ、英語に入ってきたかというと、これはエディンバラ出身のスコットランド人詩人・作家である



   げたにれの “日日是言語学”-SirWalterScott

   Sir Walter Scott ウォルター・スコット 1771~1832


が、その英語の著作の中で glamour というスコットランド語の語彙を使ったからです。


〓ウォルター・スコット、1830年の


   “Letters on Demonology and Witchcraft”
     『悪魔学と魔法に関する書翰』


に登場します。
〓ウォルター・スコットには、グロテスクなものや奇異なものに対する趣味があり、そうしたオカルトじみたことがらについてのエッセイ集がこの書物です。


〓その “Letter III” に、アイスランドの伝承の1つである、


   “Eyrbyggja saga” [ ' エイルピッチャ ' サーガ ]
      『エイル Eyrr に住む人々の物語』


について述べている部分があります。




――――――――――――――――――――――――――――――
  There is a remarkable story in the Eyrbiggia Saga ("Historia Eyranorum"), giving the result of such a controversy between two of these gifted women, one of whom was determined on discovering and putting to death the son of the other, named Katla, who in a brawl had cut off the hand of the daughter-in-law of Geirada. A party detached to avenge this wrong, by putting Oddo to death, returned deceived by the skill of his-mother. They had found only Katla, they said, spinning flax from a large distaff. "Fools," said Geirada, "that distaff was the man you sought." They returned, seized the distaff and burn it. But this second time, the witch disguised her son under the appearance of a tame kid. A third time he was a hog, which grovelled among the ashes. The party returned yet again; augmented as one of Katla's maidens, who kept watch, informed her mistress, by one in a blue mantle. "Alas!" said Katla, "it is the sorceress Geirada, against whom spells avail not." Accordingly, the hostile party, entering for the fourth time, seized on the object of their animosity, and put him to death. This species of witchcraft is well known in Scotland as the glamour, or deceptio visus, and was supposed to be a special attribute of the race of Gipsies.



  『エイルビッギャ・サーガ』 “Eyrbyggja saga” に注目に値する物語がある。それは、2人の魔女の諍 (いさか) いの顚末 (てんまつ) を伝えている。


  2人の魔女のいっぽう、ゲイーラダ Geirada (ゲイッリダ Geirrida とも) は、もういっぽうの魔女、カトラ Katla の息子、オッド Oddo を見つけ出し、血祭りにあげることを決意した。なぜなら、オッドこそは、乱闘の末、ゲイーラダの息子の嫁、アーダ Ada の手首を切り落とした者だったからだ。


  ゲイーラダの息子のソーラリン Thorarin とその小父 (おじ) のアルンキル Arnkill の2人が、かの悪事に報いるべく、オッドを殺しに出かけて行ったが、カトラの魔術によって欺かれ、手をむなしくして帰った。


  息子と小父は、大きな糸巻き棒から亜麻 (あま) 糸を紡いでいるカトラしか見かけなかった、と報告した。すると、ゲイーラダは言った。「愚か者たちめ。その糸巻き棒こそが、おまえたちの捜している者だ」


  彼らは戻って、糸巻き棒を捕らえると、それを燃やしたが、カトラは、今度は、自分の息子をおとなしい子ヤギに変えていた。さらに、3度目には、オッドは灰の中に腹ばいになったブタの姿になっていた。


  一行は、またも、カトラの家にやって来たが、カトラの娘の1人が見張り番をしており、母親にむかって、今度は青いマントを着た者が1人ふえている、と報告した。


  すると、カトラは 「なんということ! それは魔女のゲイーラダだ。魔法も効きやしないよ」 と嘆いた。


  そんなわけで、復讐に燃えた一行は、カトラの家に乗り込むこと4度目にして、復讐の相手をつかまえて、殺したのである。


   こうしたたぐいの魔法は、スコットランドでは the glamour としてよく知られている。ラテン語で言うところの deceptio visus [ デー ' ケプティオー・' ウィースース ] (視覚をあざむくこと) である。そして、それは、ジプシーたちの特質であるとみなされている。
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〓これを読んでわかるとおり、英語において glamour という語が初めて登場したときには、あくまで、


   the glamour 「スコットランドで知られるところの “視覚をあざむく魔法”」


という意味だったわけです。


〓この glamour という単語が “magical beauty or charm” 「魔法のような美しさ・魅力」 という意味に転用されたのは、このウォルター・スコットの著作の10年後の 1840年でした。
〓あるいは、ウォルター・スコットの言う “視覚をあざむく魔法” という意味を踏まえたうえでの 「魔法のような美しさ」 だったかもしれません。



               お月様               お月様               星



〓最後に、英語の glamour のニュアンスは、日本語の 「グラマー」 のそれとはかなり違うことを申し上げておきましょう。 glamour の英語の意味は以下のとおり。



   【 glamour 】 [ 'ɡlæmɚ-mə ]
   1. An air of compelling charm, romance, and excitement, especially when delusively alluring.
     魅力、恋愛感情、興奮などが、あらがいがたい雰囲気を持っていること。
     とりわけ、それらが人を惑わすような魅力をそなえているときに言う。
   2. Archaic. A magic spell; enchantment.
     <古> 呪文、魔法をかけること。



〓では、日本語の 「グラマー」 は英語でどう言うのか? もっとも適当なのはこのあたりでしょう。


   【 voluptuous 】 [ və'lʌptʃuəs ] [ ヴァ ' らプチュアス ] 「官能的な」
   【 curvy 】 [ 'kɚvi'kə:vi ] [ ' カァヴィ ] 「(体が) 豊満な」

   【 curvaceous 】 [ kɚ'veɪʃəskə:- ] [ カァ ' ヴェイシャス ] 「(体が) 豊満な」



               星               星               星



〓どうでしょう。


〓以上が、 grammar “文法” から glamour “グラマー” という単語が派生したイキサツです。

〓コトバには、それぞれ、長い歴史と、複雑な事情があって、語源というのは単純に語れるものではないのですネ。