グラマー誕生── Grammar “文法” はいかにして Glamour になったか? ──1 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   げたにれの “日日是言語学”-GLAMOUR






〓先月ですよ。2010年5月17日に放送されたテレビ朝日の 「雑学王」 で、


   glamour 「グラマー」 の語源が grammar 「文法」 である


というネタが出てました。ここまではよろしい。


〓そのあとに出てきた、S大学短期大学部のナンタラ教授の言うていたことはメチャクチャです。

〓アッシも、解釈の相違だとか、それなりに根拠のある異説だとか、はたまた、“酒宴の語源説” だとか言うなら、それほど目クジラも立てまへんがな。


   “妄想” のような語源説を、大学教授をTV画面に出して明言させる


となれば、やはり、批判せずにいられません。素直に信じてしまうヒトが気の毒だもの。


〓「雑学王」 のクダンの部分を文字に書き起こしてみましょ。




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【 問題 】


豊満で、スタイルのよい女性を表現する 「グラマー」 と英語の授業でおなじみの 「グラマー」。こちらの 「グラマー」 (画面ではマリリン・モンローの写真) は “魅力”、こちらの 「グラマー」 (画面では英語の文法書の写真) は “文法” という、まったく違う意味を持つのですが、実は、この2つの 「グラマー」 には深い関係があるんです。


そもそも、先に存在していたのは “文法” をあらわす 「グラマー」 だったのですが、実は、ある理由から、“文法” という意味に加えて “魅力” という新しい意味が派生し、やがて、あまりに意味がかけ離れていることから、2つを区別できるようにスペルを変え、 grammar と glamour に発音も変化したと言われています。


でも、いったい、なぜ、“文法” から “魅力” という、あまりにもかけ離れた意味が生まれたのでしょう? それは、「グラマー」 から “魅力” という意味が派生した18世紀ヨーロッパの社会背景からもうかがえることなんですが……


では、18世紀のヨーロッパで “文法” を意味する 「グラマー」 から “魅力” という意味が派生した理由とは何でしょうか?




【 正解 】

“文法” を意味する 「グラマー」 から “魅力” という意味が派生した理由とは? 英語の歴史に詳しい専門家にうかがいました。


   ………………………… 専門家が登場 …………………………
   “文法” を意味する 「グラマー」 から “魅力” という意味が派生した18世紀のヨーロッパでは、
   ごく一部を除き、文字を読み書きできる人が非常に少ない時代でした。
   そのため、文法を理解し、文章を読み書きできることは珍しく、

   人を惹きつける魅力的な能力であったことから
   “魅力” という意味が派生し、一般に広まったと言われています。
   ………………………………………………………………………


というわけで、正解は、「文章を読み書きできることは、魅力的な能力だったから」 でした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





なんと、全員、正解ですよ。全員正解ということは、全員、不正解です。そもそも、語源というのは、


   何の資料も調べずに、アタマの中だけで “謎解き” して正解が出るようなシロモノではありません


のです。もし、アタマの中だけで “謎解き” できたとしたら、それは、「民間語源説」 といって、たいていは、単なるコジツケです。「妄想」 ですよ。



〓まず、【 問題 】 のほうに “モンダイ” が散見できます。


   (1) “文法” と “魅力” を区別できるようにスペルを変え、発音も変化した。
   (2) 18世紀ヨーロッパの社会背景からもうかがえること。
   (3) 18世紀のヨーロッパで grammar から glamour が派生した。


〓まず、(1) ですが、


   派生した意味を別の単語とするために R を L に綴り変えた

   なんて例は、いかなる言語でも聞いたことがない


のですよ。それに、スペルを変えたから、発音も変化したなんてのは、言語学のイロハも知らないヒトの言いようです。


   言語というのは、発音が変わってしまうから、それに遅れて綴りも変わる


んですよ。その逆があるとしたら、それは、「書き間違い」 か 「読み間違い」 が原因で突発的に生まれる新語です。


〓 (2)、(3) のオカシな点は、「18世紀ヨーロッパ」 としていること。 grammar が glamour と変わってしまったのは、ひとり “英国” の現象であり、対岸のオランダ、フランスでさえ、まったくあずかり知らないところです。


〓【 正解 】 のほうに、さらに “モンダイ” があることは言うまでもないですが、それは、おいおい、説明いたしやしょう。






  【 プロローグ 「魔女狩り」 】


grammar “文法” というコトバが、英語において、「ある変質」 を起こしたのは、18世紀などではありません。15世紀のことです。


〓15世紀のヨーロッパというのは、「魔女」 や 「魔術」 に民衆の注目が集まり始めた時代でした。今のコトバで言うと “オカルト・ブーム” ですね。
〓一時の流行で済めばよかったんですが、そうしたブームを煽 (あお) る書物には、単なる俗説やウワサ話にもとづく 「魔女の脅威」 が説かれていました。


〓そして、それが、とうとう 「魔女狩り」 へとエスカレートしてしまったんですね。大陸ヨーロッパでは、16~17世紀に猖獗 (しょうけつ) をきわめました。15~17世紀のあいだの 250年間に、その処刑者数は、


   記録に残るもので 12,545


と言います。記録に残らないリンチのごとき 「民衆裁判」 を加えると、


   35,00064,000


と見積もられています。

〓英国の歴史学者 ロナルド・ハットン Ronald Hutton によると、「魔女狩り」 がもっともひどかったのはドイツで、記録に残るものだけで、


   8,188件


にのぼると言います。


〓以下に、記録に残らないものを含めたハットン氏の概算処刑数を多い順に並べてみましょう。



   【 20000人以上 】 ドイツ
   【 5000人台 】 フランス
   【 約4500人 】 スイス
   【 約3000人 】 ポーランド
   【 2000人台 】 オーストリア
   【 約1500人 】 スコットランド、ボヘミア (チェコ)
   【 約1000人 】 デンマーク
   【 約800人 】 ハンガリー、イタリア
   【 約650人 】 イングランド
   【 300人台 】 ルクセンブルク、ノルウェー
   【 200人台 】 ベルギー、スウェーデン、オランダ
   【 100人台 】 フィンランド、ラトヴィア
   【 50~99人 】 エストニア、チャンネル諸島
   【 20~49人 】 スペイン、アイスランド、英国の北米植民地 (米13州)
   【 1~19人 】 ロシア、アイルランド、ポルトガル



〓同じ時期に、スペインやポルトガルで行われていた 「異端審問」 (いたんしんもん) は別物です。「異端審問」 は “カトリックに改宗したユダヤ人・ムスリム” を対象にしたもので、「魔女狩り」 とは異なります。


〓あるいは、エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe の


   “The Pit and the Pendulum” 『落し穴と振り子』


で、スペインの 「異端審問」 というものを知った、というヒトもいるでしょう。しかし、この作品じたいはポーの自由な着想にもとづくもので、実際には、あのような拷問はなかったようです。


〓「魔女狩り」 の犠牲者数をみると、むしろ、スペインやポルトガルではあまり盛んでなかったことがわかります。



〓数字を見てわかるとおり、大陸ヨーロッパに比べれば、イングランドの 「魔女狩り」 はひどかったわけではありません。注目すべきは、スコットランドです。
〓スコットランドが、イングランドの突きつけた 「合同法」 で、事実上、併合されたのは 1707年のことでした。なので、スコットランドで 「魔女狩り」 が盛んになり、やがて、終熄 (しゅうそく) を迎えるまでの時期は、まだ、独立した王国だったのです。


〓そのスコットランドにおける 「魔女狩り」 の件数は、ハットン氏によると以下のとおりです。


   スコットランドの魔女狩りによる処刑数
     記録に残るもの …… 599件
     記録に残っていないものを合わせた概算 …… 1,100~2,000件


〓18世紀の併合当時で、スコットランドの人口は、イングランドの約 1/5だったと言います。それゆえ、「魔女狩り」 の発生率からいうと、スコットランドはイングランドの12倍という苛酷さだったことになります。
〓とりわけ、1661~62年にスコットランドで起こった 「魔女狩り」 は、ヨーロッパ史でも有数の苛酷なものだったようで、16ヶ月のあいだに 600人が告発されています。



               お月様               お月様               お月様



〓なんで、「魔女狩り」 のことなんぞクドクド書くのじゃい? と思われるかもしれませんが、


   15世紀のヨーロッパで、民衆のあいだに “オカルト・ブーム” があったこと
   16~17世紀のヨーロッパで 「魔女狩り」 が猖獗をきわめたこと
   スコットランドでは、イングランドの12倍の苛酷な 「魔女狩り」 があったこと


は重要なのです。覚えておいてください。







  【 grammar というコトバの語源と意味の変質 】


grammar “文法” という単語は、もともとギリシャ語で、例によって、ラテン語→古フランス語を経て、英語に入っています。




   γραφ- graph- ← γράφω gráphō [ グ ' ラぽー ] 「書く」。古典ギリシャ語
     
   -μα(τ-ς) -ma(t-s) [ ~マ ] 「動作の結果・状態」 をあらわす名詞をつくる語尾
      ↓
   *γράφ-μα gráph-ma   -ph-m- [ pʰm ] は同化して -mm- となる
      ↓
   γράμμα(τ-ς) grámma(t-s) [ グ ' ランマ ] 「描かれた・書かれたもの、文字、学問」、(複数で)「手紙、文書」
      ↓   ※ γράμμα grámma のあとには発音されない  -t が隠れている。
      ↓     属格 γράμματος grámmatos、複数主格 γράμματα grámmata
      ↓
     
   -ικός, -ική, -ικόν -ikós, -kḗ, -kón [ ~イ ' コス、~イケ ' エ、~イ ' コン ] 形容詞をつくる語尾
      ↓
   γραμματικός, -ική, -ικόν grammatikós, -kḗ, -kón [ グランマティ ' コス ] 「文字の読み書きができる」
      ↓
      ↓→→ γραμματικός grammatikós 「文法学者」 ※形容詞男性形の名詞化
      ↓
   γραμματική grammatikḗ [ グランマティケ ' エ ] 「文字を読み書きする能力」




〓ここまでがギリシャ語内部の派生です。 γραμματική grammatikḗ [ グランマティケ ' エ ] という形容詞の女性形が 「文字を読み書きする能力」 という名詞になるのは、


   τέχνη tékhnē [ ' テくネー ] 「技術、わざ」


という女性名詞を修飾するものと想定されているからです。


〓さらに、この語はラテン語に借用されます。  というギリシャ語の女性語尾が、ラテン語の女性語尾 -a に換えられます。


   grammatica [ グラン ' マティカ ] 「文法」。古典ラテン語


〓この語はフランス語で転訛 (てんか) します。フランス語のラテン語彙の変化の仕方は、基本的に、


   第1音節とアクセントのある音節しか残らない


というものです。ラテン語の末裔 (まつえい) であるロマンス諸語の中で、もっとも語形が擦り減っているのがフランス語の単語です。


〓するってえと、第1音節 gra- とアクセントのある音節 -ma- しか残りません。アクセント以下の音節は、クシャクシャっと “子音群+曖昧 (あいまい) 母音 e となることが多いようです。



      ↓
   *gramade [ グラ ' マドゥ ] 原フランス語の想定形  ※ -de は -tica が擦り減って有声化したもの
      ↓
   gramoire, gramaire [ グラ ' モイル、グラ ' マイル ] 古フランス語。1119年初出  ※ -re は -de の流音化
      ↓       (1) (ラテン語の)文法、文法書。
      ↓       (2) ラテン語。
      ↓       (3) 魔法使いの書物。
      ↓
      ↓→→ gramoire [ グラ ' モイル ] 「魔法使いの書物」 12世紀
      ↓       ↓
      ↓    grimoire [ グリ ' モイル ] 13世紀
      ↓       ↓
      ↓    grimoire [ グリモ ' ワール ] 「わけのわからない本」 現代フランス語

      ↓
      ↓→→ gramaire [ グラ ' メール ] 「文法学者、学者、魔法使い」 1160年初出
      ↓
   grammaire [ グラ ' メール ] 「文法(書)」 現代フランス語  ※ -mm- はラテン語を模した復元綴り



〓中世において、「書物というのはラテン語で書かれたもの」 であることを確認しておいてください。フランス文学は11世紀に始まりますが、初期の文学は、観衆の前で歌うことを前提とした叙事詩でした。
〓いっぽうで、学者が読んだり、著したりするものが、ラテン語で書かれた 「書物」 でした。だから、「文法=ラテン語」 というわけです。


〓また、そうした 「書物」 は民衆にとって、「わけのわからないもの」 であり、「魔法使いの書」 ではないか、と疑われたのでしょう。



〓古フランス語では、 gramoire, gramaire という2つの語形が存在しましたが、「文法」 という意味では gramaire が残り、おそらく、民衆が好んで使用したであろう単語 gramoire は発音が転じて grimoire 「グリモイル」 となり、現代語の grimoire 「グリモワール」 “わけのわからない本、魔法使いの書物” に至ります。



               お月様               お月様               お月様



〓英語には、「中期英語」 (1100~1500) の後半にフランス語から入っています。


   gramēre [ グ ' ラメール ]
     異綴 grammer(e), gramaire, gramare, gramier, gramour(e)
      (1) ラテン語の文法。  ※ 1387年以前に初出
      (2) ラテン語。  ※ 1443年ごろ初出


〓これが、フランス語の grammaire [ グラ ' メール ] を写したものだというのは、容易にわかります。意味もさほど変わりません。


〓ところが、英国のフランス人支配者の使う 「アングロフレンチ」 Anglo-French というフランス語の変種に、


   gramarie [ グラマ ' リー ] 「文法」


という単語がありました。 gramaire 「グラメール」 に “集合” をあらわす接尾辞 -ie (ラテン語の -ia、現代英語の -y にあたる) を付けたものでしょう。


〓この単語は、フランス語の正当な単語である gramaire 「グラメール」 よりも早く英語に借用されていました。


   gramarī(e) [ グ ' ラマリー ]
     異綴 grameri, gramori
      (1) ラテン語の文法。  ※ 1330年ごろ初出
      (2) 魔法、魔術。  ※ 1500年ごろ、 gramery で初出


〓ここに興味深いものが顔を出していますね。「魔法」 です。これは、古フランス語における、


   gramoire [ グラ ' モイル ] 「魔法使いの書物」 12世紀
   gramaire [ グラ ' メール ] 「魔法使い」 1160年


に連なるような、民衆の偏見から生まれた語義と思われます。しかも、英語において、「魔法」 の語義を獲得したのは 16世紀 (1500年ごろ) の初頭であり、


   これは、ヨーロッパで 「魔女狩り」 が始まった時期とかさなる


んですね。


〓この語は、現代英語でも、


   gramarye [ 'ɡræməri: ] [ グ ' ラマリー ] 「オカルト学、魔法」 現代英語


として残っています。



               お月様               お月様               お月様



〓どうでしょう。
〓時代背景と相俟 (あいま) って、16世紀初頭に、 gramarie “ラテン語文法” という語から、 gramarie “魔法、魔術” という語が生まれていたことはガッテンしていただけたでしょうか。





    しょぼん 例によりまして 2 に続きます。 ↓

             http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10560038864.html