「カーネーション」 の語源。 | げたにれの “日日是言語学”

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   カーネーション    母の日





〓「母の日、母の日」 と囂 (かまびす) しゅうがすな。米国、日本は、5月の第2日曜日なんだそうで。「母の日」 が、いかにして始まったか、というあたりは、ホウボウで紹介されているし、ウィキペディアで 「母の日」 を引いてみてもカンタンに知ることができます。

〓ここは、イッチョ、

   「カーネーション」 の語源

イッてみやしょう。


〓原産地は、地中海沿岸から西アジアと言います。しかし、古典ラテン語にも、古典ギリシャ語にも、「カーネーション」 を指す単語がなく、古代ヨーロッパでは知られていなかったことがわかります。
〓ラテン語に 「カーネーション」 という単語が現れるのは、後期ラテン語期です。キリスト教時代の西ローマ帝国のラテン語、と考えればよいでしょう。


〓造語の過程は、花の名に似つかわしくないものです。


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   caro [ ' カーロー ] 「(動物の) 肉」。古典ラテン語
      ※ ただし、語幹は carn- [ ' カルン ]
     +
   -atio [ ~ ' アーティオー ] 接尾辞。
       (1) 動作、行動、過程をあらわす。
       (2) 結果として生じた状態をあらわす。
       (3) 結果として生じたモノをあらわす。
     ↓
   carnatio [ カル ' ナーティオー ] 「過度の肥満、脂肪過多」。古典ラテン語
     ↓
   carnationem [ カルナーティ ' オーネ(ム) ] ラテン語 対格形
     ↓   ※毎度、オナジミ 「対格」 が後世の諸言語の語源になります。

     ↓  
  *carnadione [ カルナディ ' オーネ ] 古イタリア語形
     ↓   ※母音に挟まれた t が有声化したんですね。

     ↓
   carnagione [ カルナ ' ヂョーネ ] 「肉色、肌の色」。伊語
       ※ diogio (ディオ → ヂオ) のような変化を
        「口蓋化」 と言います。日本語のダ行音と同じ変化ですね。
       ※イタリア語の carnagione には 「カーネーション」
        の意味はありません。イタリア語では garofano [ ガ ' ローファノ ] と言います。
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〓この造語のクダリはよろしいでしょうか。古典ラテン語では 「カーネーション」 は “肥満” の意味だったんです。「肉が付いて生じた結果」 ということですね。


〓ラテン語の -atio 「~アーティオー」 という単語は、語末に “隠れた -n” があります。これが、

   -ation [ アスィ ' オん ] フランス語
   -ation [ ' エイション ] 英語
   -ation [ アツィ ' オーン ] ドイツ語
   -agione [ ア ' ヂョーネ ] イタリア語
   -ación [ アすぃ ' オン ] スペイン語

      ただし、
   -ация -atsija [ ' アーツィヤ ] ロシア語


などというふうに、現代語に現れます。このことを覚えておくと便利で、1つの言語の語形がわかれば、対応する各言語の語形が、だいたい想定できます。


〓この単語は、イタリア語だけに受け継がれ、「肉色、肌の色」 の意味で残ったようです。

〓「カーネーション」 の語義が現れるのは、もっと、ずっと後のことです。


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      ↓
   carnation [ カルナスィ ' オん ] 「肌の色」。フランス語。15世紀
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〓この単語は、おそらく 「美術用語」 としてイタリア語から借用されたものです。イタリア語の carnagione 「カルナジョーネ」 をフランス語化するにあたっては、13世紀から存在していた宗教用語である

   incarnation [ アんカルナスィ ' オん ] 「受肉」。 13世紀から

などが参考になったと考えられます。

〓ここで注意すべきは、フランス語にも 「カーネーション」 の意味がないことです。フランス語では、 œil [ ' ウイユ ] 「目」 という単語から 「カーネーション」 という語をつくっています。

   œil [ ' ウイユ ] 「目」
     +
   et [ エ ] 指小辞。「小さいもの」 をあらわす
     ↓
   œillet [ ウイ ' イェ ] 「小さな目」 → 「カーネーション」  (15世紀から)。


〓フランスで、美術用語として 「再生された」 carnation 「肌の色」 という単語は、翌世紀に英語に借用されています。


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     ↓
   carnation [ カァ ' ネイション ] 「肌の色」。英語。1535年ころから
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〓そして、なぜか英語では、これが、すぐさま 「カーネーション」 の意に転用されます。


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     ↓
   carnation 「カーネーション」。英語。1538年から
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〓おそらく、「花の色」 に由来するんでしょう。しかし、初期には、ラテン語の corona [ コ ' ローナ ] 「王冠」 とゴチャ混ぜになって、

   cor(o)nation [ コロ ' ネイション、コァ ' ネイション ]

の語形で現れます。これは 「花の形」 に注目したものですね。

〓つまり、 carnation という単語は、いかにも “ラテン語由来” という顔をしていますが、ラテン語の末裔のロマンス諸語で、「カーネーション」 を carnation と呼ぶ言語は1つも存在しないのですね。
〓ナンというか、ヒトサマからフンドシを借りておきながら、勝手にパンツに作り変えるようなシワザです。


〓英語で、「輪廻」 (りんね) のことを、

   reincarnation [ , リーインカァ ' ネイション ] 「輪廻」、「リーインカーネーション」。英語

と言うのを聞いたことがあると思います。なんか、「カーネーション」 に似てるな、と思ったことはないですか? 似てるのは当然です。

   re- [ リー ] 「再び」 の意の接頭辞
     +
   incarnation [ インカァ ' ネイション ] 「受肉すること」、「肉体化すること」
     ↓
   reincarnation 「生まれ変わり」、「輪廻」


〓いずれにしても、根本には、ラテン語の carn- 「肉」 という語根があります。詳しい説明は省きますが、次のような単語も、 carn- からできています。

   carnival カーニバル、謝肉祭
   carnal 肉体的な、肉欲的な

   Marcel Carné マルセル・カルネ (フランスの映画監督)


〓最後にまとめますと、

   カーネーション 肉色の花   

ということです。