「カリオストロ」 という名前。 | げたにれの “日日是言語学”

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〓きのう 『ルパン三世 カリオストロの城』 をひさびさに見ましたよ。なんだか、年に1回ぐらい放映されているような感じがしますけど、たぶん、この10年間くらいは見ていなかった。
〓というより、“映画館以外で映画を見ない” ようになって久しいので、TVで映画を見ることじたいが久しぶりでした。




  【 Cagliostro 】

〓今回、初めて気がついたんですけれど、「カリオストロ」 という名前が、文字で綴られたものが、スクリーンに3回映るんですね。ところが、綴りが異なっている。


   Cagliostro …… 1回目
   Caligostro …… 2回目、3回目


〓結論から言うと、1回目に映る “Cagliostro” という綴りが正しい。ルパンが 「カリオストロ公国」 に入国するときに、ゲートに国名が書かれています。



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〓「カリオストロ公国」 のモデルは、ドイツ語を公用語とするリヒテンシュタインだそうですが、Cagliostro という姓はイタリア語です。映画の中の風景から察するに、山岳地帯に位置する国家のようですから、


   「カリオストロ公国」 は、アルプスに近い北イタリアに位置する


としたほうが合理的です。
Wikipedia の 「カリオストロ公国」 の項には、


   西ゴート王国の系譜か?


と書かれていますが、あきらかに “東ゴート王国” の系譜というべきでしょう。イベリア半島で -gl- という綴りは使用されないし、また、レコンキスタ完了後のカスティーリャは、イベリア半島に小公国の存在など許しませんでした。
〓イベリア半島の付け根に、フランスとスペインに挟まれて存在する 「アンドラ」 は、カタルーニャ語圏ですが、歴史的にフランスとスペインとの権力の均衡があって存在し続けたものです。


   Cagliostro [ kaʎ 'ʎostro ] [ カッ ' りょストロ ] カッリョストロ


がイタリア語による発音です。-gli- というのはイタリア語独特の綴りで、スペイン語・カタルーニャ語の -ll-、ポルトガル語の -lh- に相当します。近世まで、フランス語の -ll- も同じ音でしたが、19世紀末には、完全に [ j ] 音になりました。


[ ʎ ] という子音は、日本語の拗音 (キャキュキョ、シャシュショ) のような音です。“l の拗音” と言えば、ちょうどピッタリします。この子音は、綴りに g が含まれますが、起源的には g とはまったく関係がありません。g -gn- などと同様に “硬口蓋化” (こうこうがいか=拗音化) を示す記号と言っていいでしょう。


[ ʎ ] 音は、ラテン語からイタリア語への変遷の際に、次のようにして生まれた子音です。


   filius [ ' フィーりウス ] 「息子」。ラテン語主格
    ↓
   filium [ ' フィーりウ(ム) ] ラテン語対格
    ↓
   *fillio [ ' フィッりオ ] [ 'filljo ] 俗ラテン語
    ↓
   figlio [ ' フィッりょ ] [ 'fiʎʎo ] イタリア語



〓つまり、ラテン語で “L+I+母音” という音節があった場合に、これが現代語で “GL+母音” となるんですね。つまり、“カリオストロ” という姓が、仮にラテン語にさかのぼれるとするなら、


   *Caliostrus 「カリオストルス」


と再生できます。


〓スクリーンに映る、あと2つの綴り “CALIGOSTRO” は、おそらく、作画をしたスタッフの単純な誤りなんでしょう。確かに、イタリア語の -gl- という綴り・発音を知らなければ、英語的な思いこみで “Cagliostro” を 「カグリオストロ」 と読んでしまいます。


   「これ綴りがまちがってるんじゃないか?」


という思いこみで、“Caligostro” と直してしまう可能性がある。ヨーロッパに “Caligostro” と書いて 「カリオストロ」 と読む言語は存在しません。


〓もっとも、“Caligostro” だと、以下のような “思わせぶり” なコトバになります。


   calig- ← caliga [ ' カりガ ] 「兵隊の半長靴」。ラテン語
    +
   -ostr- ← austro [ ' アウストロ ] 「東」。ゴート語
    ↓
   Caligostrus [ カり ' ゴストルス ] ラテン語形
    ↓
   Caligostro [ カり ' ゴストロ ] イタリア語形



caliga 「半長靴」 の指小形 Caligula [ カ ' りグら ] 「小さな半長靴」 は、ローマ第3代皇帝のアダ名になっています。日本では、むしろ、「カリギュラ帝」 と言ったほうが通りがいいかもしれません。後世の史料で、“狂気じみた倒錯的な独裁者” として描かれる皇帝です。


〓ゴート語の austro 「アウストロ」 “東” という単語は、同じゲルマン語に属する英語の east と同源です。実は、ラテン語の auster [ ' アウステル ] “南” も同源です。
〓ケッタイナことに、この単語は、Austria 「オーストリア」 には “東” の意味で含まれ、Australia 「オーストラリア」 には “南” の意味で含まれています。
〓なぜ、ゲルマン語とラテン語で方角が変わってしまったのかというと、もともと、*aus- 「輝く」 という語基から派生しているからで、ゲルマン人が 「朝の太陽」 に注目したのに対し、ローマ人の先祖は 「昼間の太陽」 に注目したんでしょう。
〓ゴート語の austro は、ラテン語には ostro 「オストロ」 と写されます。なので、


   Ostrogothi [ オスト ' ロゴてぃー ] 「東ゴート族」。後期ラテン語


となります。


〓ところでですね、ラテン語辞典を持っているヒトならば、


   caligo [ カー ' りーゴー ] 「暗黒、闇」


という単語を引き当てて、“Caligostro” と結びつけて悦に入るやもしれません。しかし、caligo の語幹は caligin- [ カーりーギン~ ] なので、仮に、ゴート語の austro と合成するなら、


   caligin- ← caligo [ カー ' りーゴー ] 「暗黒、闇」。ラテン語
    +
   -ostr- ← austro [ ' アウストロ ] 「東」。ゴート語
    ↓
   caliginostrus [ カーりーギ ' ノストルス ] ラテン語



となって、「カリゴストロ」 とはなりません。


〓『ルパン三世 カリオストロの城』 の “カリオストロ” という固有名詞は、モーリス・ルブランによる本家 “アルセーヌ・ルパン” シリーズに登場する


   カリオストロ伯爵夫人
     La comtesse de Cagliostro [ ら コんテスドゥ キャりょスト ' ロ ]


から採ったものでしょう。
〓しかし、この本家ルパンの “カリオストロ” にもモデルがあって、「カリオストロ伯爵夫人」 というのは、18世紀ヨーロッパに実在した、稀代の山師・錬金術師である、


   カリオストロ伯爵
     Le comte de Cagliostro [ るコんドゥ キャりょスト ' ロ ]


の娘ということになっています。
〓アルセーヌ・ルパンの最初の妻は、名前を Clarisse [ クら ' リッス ] 「クラリス」 と言います。“クラリス” の名前はここから来ているようです。クラリスは、息子のジャン Jean を産んで死んでしまい、ジャンはカリオストロ公爵夫人にさらわれてしまいます。このエピソードが、11年後の作品 『カリオストロの復讐』 につながります。



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〓で、実在した “カリオストロ伯爵” なのですが、伯爵とは真っ赤な偽りで、1743年、イタリアは、シチリア島のパレルモの一角、


   アルベルゲリーア Albergheria


という貧民街のユダヤ人地区に生まれています。本名は、


   Giuseppe Balsamo [ ヂュ ' ゼッペ ' バるサモ ] ジュゼッペ・バルサモ


でした。Balsamo というのは、英語で言う balm 「バーム」、balsam 「バルサム」 のことであり、これは、すなわち 「香油」 のことです。おそらく、姓が “香油” では、商人のようであり、卑近な感じがしてマズイので、イタリア人が聞いても、外国人が聞いても、なんだかエグゾティックな響きのする、


   Cagliostro


という姓を選んだのでしょう。とは言っても、ソラでひねり出した偽名ではなく、実は、大叔父・叔母夫婦の姓を拝借したものです。


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    Vincenza + Giuseppe Cagliostro 「ヴィンチェンツァ+ジュゼッペ・カッリョストロ」
     ↑
  Matteo Martello 「マッテオ・マルテッロ」 曾祖父
     ↓
    Maria + Giuseppe Bracconeri 「マリア+ジュゼッペ・ブラッコネーリ」
       ↓
      Felicità + Pietro Balsamo 「フェリチタ+ピエトロ・バルサモ」
         ↓
       Giuseppe Balsamo 「ジュゼッペ・バルサモ」 (カリオストロ伯爵)

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〓つまり、カリオストロ伯爵の曾祖父 (そうそふ) 「マッテオ・マルテッロ」 には、「マリーア」、「ヴィンチェンツァ」 という2人の娘がいて、「マリーア」 のほうが、カリオストロ伯爵の祖母に当たります。
〓その 「マリーア」 の妹の 「ヴィンチェンツァ」 の嫁いだ相手が Cagliostro 姓であったので、


   大叔父 (おおおじ) の姓を使った


ということでしょう。現在のイタリアでも、数は多くありませんが、Cagliostro 姓を名乗る人たちがいます。


〓ところで、この Cagliostro という姓ですが、イタリア語のページでは、


   ポルトガルからシチリアに移住してきた家族の姓で、Callosto の訛ったものだ


という説が載っています。


〓15世紀末、スペインでは 「ユダヤ人に対する追放令」 が出され、そのため、ポルトガルに逃げたユダヤ人もいましたが、スペインからの圧力により、ポルトガルでも、すぐに 「追放令」 が出されています。
〓シチリアのユダヤ人貧民街にも、イベリア半島を追放されたユダヤ人の子孫がいたかもしれません。


   Callosto [ カ(ッ) ' ろスト ] 「カ(ッ)ロスト」


という姓は 「船」 という意味だと言いますが、現代ポルトガル語、現代スペイン語には、これに似た単語さえなく、裏付けることはできませんでした。


〓てなワケで、『カリオストロの城』 を見たあとで考えたことをまとめてみました。毎度、袋小路でもうしわけありませんなあ……



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