
「春雷」
風は盗む、そこを歩いた誰かの軌跡を。
盗人が人の気配を盗み、手配師は人そのものを盗む。
春の雨はそのすべてを盗みにかかる、なかったものとして音を立てる。風を誘い、雷鳴までもおびき出して盗みにかかる。
炎がある、それを消そうと水を探す人がいる、それは消さなければならないものとして植え付けられている、しかし、そこには何かを焼き尽くそうとした炎の意思がなかったことにされている。
雨曝しの木造から這い出たイヌは鎖を噛み切っていた、野に還ろうとしただけだ、ほら、よく見れば彼は牙を失ってしまったことがわかる。声をあげれど噛みつくことはない、仮に噛まれたとしてもときにお前が笑顔を浮かべ食べている肉の欠片に挟まれるほどのことでしかない。
だが、彼は追われ、そして撃たれ、或いは捕獲されて殺される。
野にたどり着くことはない。
もう、野はなくなったのだ。私たちは無自覚に何かを盗む、後ろ暗い理由をいくつか用意している、そして後ろ暗さがあることは都合良く忘れようと背に負う影のことを忘れてしまう。
嗚呼、風をおびき寄せる、落雷までを引きずり寄せる、春とはそのような季節ではなかったか。出会いと別れ、そして咲く花は春だけの特権ではない。
君がくわえている肉が、かつて生きたものであることを知る。私たちがろくに読まず促されるまま記すサインは、私たちが何者かに魂を盗まれてしまう証なのだ。
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