
「水曜日のトランク」
フライパンで焼いたトーストにヨーグルトを塗って食べる、赤い皮のソファがお気に入りで、彼女は起きてる時間ほとんどを寝そべって過ごしてる。
日に54本、タバコを吹かす。
どこかの誰かが置き去りにしたヒョウ柄のトランクがいまのところ一番の宝物、別に何が入っているわけでもない、ずいぶん古そうなものだってことなら分かる。
空だから何か入れるものを考える。考えてるうちにウトウトして、いつまでも空っぽのまま。
ベランダのイチゴは枯れてしまったけれど、ずっと水はあげている。生き返るなら、抱えきれないくらい実をつければいいなって思う。
ノートに描いた落書きはマティスの真似で、バカラのグラスは名前も知らない男にぶつけた。
つまらないことはしないと決めたから彼女は働かない。ときどき、酔っ払いのサイフをくすねたり適当なお金をくれる男の人と寝たりする。
ずっとこんな感じなのかなぁ、なんて思うときはトランクを開けてみて中身がないのを確かめる。このなかでダイヤモンドを育ててみたい。
マルボロに火を点けた。
古い名前を捨てて、アネモネにしよう。あたしはアネモネ。黄色い肌のあたしはアネモネ、退屈や憂鬱と仲がいい。
明日、あの空っぽトランク担いでヒッチハイクの旅に行こうかな。
ロンドン、アテネ、パリにフィレンツェ、別にどこだっていいんだし。
無人島も悪くない。
トランクには何も入れないままでいいよ。
欲しいものは全部あげるから、あたしを生まれ変わらせてよ。
まどろみながら、どうしてだろう、涙がこぼれてる。
まどろみながら、どうしてだろう、誰もいない冷たい部屋で寝てるふりをする。
【了】
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