アルフレッド・アドラー
人生に革命が起きる100の言葉
著者 小倉広
発行所 ダイヤモンド社
2014年2月27日第1刷発行
こちらは、恐らく
定価1,600円+税で購入させて頂き、
読了したのだろうと思います(笑)。
もっぱら
私は今、
仏教祭り
the 禅
なのですが、
こちらを見て、
どんな本を持っていたのか
探してみました(笑)。
叱ってもいけない、ほめてもいけない
「教育」に関するアドラーの言葉
59
間違いをわからせるには、
親しみのある話し合いをすればよい。
大切なのは、それができる信頼関係を築くことだ。
「『叱ってはいけない』ということはわかりました。
しかし、相手の問題行動は直りません。
そんな時はどのようにすればいいのでしょうか?
叱らずにどのように相手にわからせればいいのでしょうか?」
この問いに対してアドラーは明確に答えています。
「何も叱ったり罰を与えたり脅したりする必要はありません。
相手に簡単な説明や親しみのある話し合いをするだけで十分です。
信頼関係があれば、相手はそれを受け入れます」
大切なのは信頼関係を築くことです。
そうすれば、相手は私たちの説明や話し合いを受け入れることでしょう。
その場合、私たちは相手の問題行動のすぐ後にその場で説明をしてはいけません。
それは、言葉の表現が穏やかなだけで、実際は叱責になるからです。
話し合いのふりをした叱責は教育効果がないのは、先に述べた通りです。
できれば、相手とは、問題行動が起きた後、
しばらく経って穏やかな雰囲気になったところで話し合いをしたいものです。
「私は、あなたがこうしてくれたら嬉しいなぁ」
「あなたがこのような行動を取ると、とても悲しくなるんだ」。
そこで持たれる話し合いは、
相手を支配したりコントロールしたりする言葉を使ってはなりません。
自分がどう感じるかを伝えるだけにとどめたいものです。
そして相手が自分の意思で行動を変えるのを待つのです。
62
人は失敗を通じてしか学ばない。
失敗を経験させ、
自ら「変わろう」と決断するのを見守るのだ。
アドラー心理学における教育では
「結末を体験させる」ことを重視しています。
もしも子供が片付けをしようとしない場合であれば、
叱ったり脅したりして無理矢理片付けさせても、
子供は片付けを覚えないでしょう。
そうではなく、叱らずに放っておく方が効果的で
す。子供は片付けなかったことにより、
自分がほしいおもちゃを探すことに苦労するでしょう。
そして、片付けておく方がはるかに探すのがラクであることを学習するのです。
しかし、おもちゃを出しつ放しにしておくことは、
大人にとつてもストレスにつながります。
そんな時は、大きな箱を一つ用意し、
子供が散らかしたおもちゃや洋服を片つ端から箱に投げ入れておけばいいのです。
これにより、床の上はスッキリし、大人のストレスはなくなるでしょう。
そして、ごちゃごちゃなまま箱に入れられたおもちゃを探すのに子供は苦労し、
そこから片付けの重要性を学ぶことでしょう。
この「結末を体験させる」という手法は子供の教育に限らず、
大人にも当てはまる法則です。
人は失敗から学びます。
ですから、リスクがあることもどんどん任せることが大切です。
一度や二度の失敗を恐れて何もさせないよりも、
わざと失敗させるくらいの気持ちが重要です。
できるようになってから任せるのではなく、
任せるからできるようになる。
アドラーの教えは大人に対する教育にも通用するのです。
63
罰を与えるのではない。
結末を体験させるのだ。
子供が食事の時間になっても帰ってこなければ、
一切叱らずに食事を出さなければよい。
夕食の時間を18時と定めたにもかかわらず、
遊びほうけて遅くなって帰る子供がいます。
母親はその度に食事を温め直し、二回も洗い物をしなければなりません。
しかし、子供はそんなことなどおかまいなし。
平気で遅れてくるのです。
そんなとき、多くの母親は子供を叱りつけ、
なすすべなく途方に暮れます。
しかし、結末を体験させれば、
子供は強制しなくても自分の意思で戻ってくるようになるでしょう。
アドラーの高弟ルドルフ・ドライカースは
そんな母親に対して次のようにアドバイスを送っています。
「『食事の時間を守らなければ食事は出しません』。
このように子供と約束をし、それを守ればいいのです。
子供が遅く帰ってきて『お母さん、ご飯は?』と聞いたら、
『残念ね。遅れてきたから出せないわ』と答えればいいのです」
これは先に示した自然の結末とは異なる論理的結末を体験させる、
という方法です。
これは子供だけでなく、大人に対しても有効な方法でしょう。
例えば、納期を守れなければ担当を変わってもらう、
など応用が可能でしょう。
ただし、この約束が理不尽なほど厳しい場合、
相手はこれを約束と思わず
「罰である」と思うでしよう。
また、結末を体験させるときにクドクドと嫌味を言ってはいけません。
それも「罰」になってしまうからです。
罰を与えるのではなく、結末を体験させて気づかせる。
それがアドラーの教育なのです。
そのままの自分を認めよ
「劣等感」に関するアドラーの言葉
19
できない自分を責めている限り、
永遠に幸せにはなれないだろう。
今の自分を認める勇気を持つ者だけが、
本当に強い人間になれるのだ。
劣等感を克服するためには
過度な思い込み=ベーシック・ミステイク
を改める必要があると言いました。
しかし、それだけで劣等感を克服することはできません。
では、どのように考えれば劣等感を克服できるようになるのでしょうか。
そのためには、自分のダメなところをなくすのではなく、
ダメな自分をそのまま受け容れることが必要です。
つまり、完全であろう、とするのではなく、
不完全なままの自分を受け容れるのです。
アドラーの高弟ルドルフ・ドライカースは、
アドラーの思想をもとにこのような言葉を残しました。
人は「不完全さを認める勇気を持つ」ことが必要である、と。
完全であろうとするから苦しくなる。
なぜならば完全な人間など、
この世に一人も存在しないからです。
ダメなところがあり、できていないところだらけの、
そのままの自分を認め好きになるのです。
「ありのままの自分を受け容れる」ことを心理学用語では
「自己受容」と言います。
「不完全さを認める勇気を持つ」。
それこそが自己受容をするために最も必要なことではないでしょうか。
ONLY IF(もしも欠点を克服したら)I’m OK なのではなく、
EVEN IF(欠点があってもなお)I’m OK とする勇気。
それこそが「不完全さを認める勇気」です。
その勇気を持つ人だけが本当に強い人間であり、
幸せになれるのです。
先人の智慧を学び
少しでも
実践したいものです。
それでは、皆様、本日も
楽しくお過ごし下さい。
最後まで読んで頂き、
ありがとうございました。
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