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Turtlewalk

亀の歩み。遅てもええやん。自分のペースで歩いたらええやん。

やんごとなき日

 

すばらしい1年のスタート

 

まさに春が来た

 

さあ50代も息災でよろしく

 

4年半越しの無二の友が

 

ピになってくれた(ふいに僕から告白)

 

七福神の宝船を手に入れた心地

 

これからよろしくお願いします

 

このご縁に感謝

友達カップルと忘年会を兼ねて会おうということになりました

そんで僕の提案で香川うどん屋ハシゴツアーをすることになりました

 

当日待ち合わせの駅に到着

車で迎えにきてもらい高速で淡路島を縦断して

四国へ上陸。ほぼ4時間の道程

車中はしばらく会っていなかった

僕の最近のあれやこれや。

もう最初からトップギアで話題を独占しておりました

 

とまあ今回の話題はそこじゃなくて。

 

 

やってきました、香川県!(シュタッ!)

なんか二人がリサーチしてくれたのと

以前にも

同じことをしたことがある二人で

そんでもって最初の店に選んだのは

「なかむら』というお店

イメージ通りの製麺所って感じでしたね

こういう場合は、かけうどん(小)ばかりを食べて

出汁やうどんを食べ比べるのがセオリーでしょ

なのに、平日限定だからと肉うどん(小)を注文

そして人生で初めてみた、高野豆腐の天ぷら

これは!と思いついつい皿に取ってしまいました

まあ最初ですからね、余裕で完食

感想は稚拙ですが美味かったw

 

高野豆腐の天ぷらは帰宅して後日また自炊しました^^

外はさっくり、中はジューシーで初めての経験w

 

2軒目はそこから徒歩でも行けるとこにあります

「セルフうどん、おかだ」

ここではぶっかけうどん(小)を注文

さっきより出汁が濃いねえなんて

グルメぶって講釈垂れてたら、友達から同じものを食べないと比べられないでしょ

そう突っ込まれました。その通りだと思いますw

 

んで3軒目ここも近い

「よしや」ここは情熱大陸で紹介されたとか

僕は全く知らないけど。カレーしっぽくうどんに後髪引かれながらも

ここはちゃんとかけうどん、温玉のせ。

こういうシンプルな月見うどん的なの食べるの久しぶりだったかも

ただ印象としては一番薄いものになった

 

それは4軒目に行った「うどんバカ一代」のせい

調べてみると香川県のランキングで1位を獲得とか。

この店の「釜バターうどん」なるものが大人気だという

先ほどまでは丸亀市。ここからは高松市

到着したのは2時過ぎにもかかわらず店の中は満席状態

うどん屋は回転が早いのでそんなに待ちませんでしたが

御多分に洩れず、ここは3人のおかまが「釜バターうどん(小)」を頼んだ

でも来る人来る人、釜バターって言ってた

店内には至る所に芸能人のサインがあってよほど有名なんだろうと思わせてくれる

茹でたうどんに、バター、粗挽き胡椒、生卵、だし醤油。

シンプルだけど食べやすく、味もカルボナーラのようで食べやすい

目から鱗の料理だった。これは家でも真似できる

本当それくらい簡単。でも店は大繁盛。みんななんで家でやらないのか不思議

 

さて、流石に4杯もうどんを食べたのでちょっと休憩

夕飯のうどん屋へ行く前にスパ銭で一息

少し雨も降ってきて、露天でじっくり話し込んだ

 

 

お腹もこなれた所で、最後の5軒目は

僕のおすすめの「うどん山田家」さんへ

ここは以前にも2回も来てるところ。友達にぜひ紹介したくて連れてきました

なんと言っても、店構え、そしてお庭を眺めながら食事ができて

それでいてリーズナブル♪言うことなしです

少し前には出川さんの充電バイクでも訪れていました

たっぷりうどん県を堪能して帰路に着いた

そんな年の暮れでした。

二人とも少し早めの誕生日プレゼントも用意してくれてて

ノースフェイスの可愛いアウターをもらいました

本当ありがとう

今年もお世話になりました

いい忘年会だったね^^来年もどうぞよろしくお願いします

令和4年の11月は僕にとって変化の月

何やらターニングポイントだったんじゃ無いかと

そう思えた1ヶ月でした

あんなことやらこんなこと

そんな言えないようなことまで

色んな初体験をすることが出来ました

今更ですが、「変わる」ためには動かないとダメなんですね

それがこの頃よくわかります

 

変わりたいと切に願ってたわけじゃ無いんですが

ちょっと動き出してみたら

あっちもこっちも連動して動き出して

結果、今は楽しいっていうことで

なんだか良い日々を送れている気がします

 

抽象的すぎますね。

まずずっとやってきたゲーム。FF14。

相方と毎晩してたんですが、まあ疎遠になり

辞めていませんがログインが減りました

そしてバイト君が勧めてくれたバイオハザード7と8

今は7をクリアして8をやっています

今流行りのポケモンも薦められましたが

何せSwitchを持ってないので出来ませんと返答

Switch買うならフィットネスのやつ買って痩せたいよ

なんて冗談で話していました

 

さてここんところ毎年、誕生日に健康診断を受けてきました

12月16日はもうすぐそこまで来ています

あまり白米を食べずに豆腐に変えてきた食生活ですが

休みの日に暴食するのであまり効果は上がってませんでした

 

そして。。。

一念発起。

なんとこの僕がジムに入会してしまいました

続くかわかりません。トレの方法も友達に聞きながらも

ほぼ自己流。それでも運動ゼロだったことを思えば良いのかなと

励むことにしました

 

相方にはあんなにジム行けジム行けと言われてたのに

別れてから行くというなんと天邪鬼な。。

 

ちなみに叶う叶わないは置いといて

目指すはプロレスラーみたいな感じ

 

そんなこと言ってたら友達がSwitch貸してくれたw

でもジム入ったからもうフィットネスのソフトは買わないし

今はポケモン買うか、モンハンもやりたいなあと迷い中です

初めて東北を訪れた今回の旅、とうとう最後の日

皮肉なことに快晴でした

前日は日暮れてから宿に入ったので

辺りの景色が全く分かりませんでしたが

秋保温泉はすぐ間近に

磊々峡(らいらいきょう)という

見事な景観の渓谷が有ります

秋保グランドホテルはその渓谷を臨む立地のため

朝食バイキングを食べながら

渓谷に差し込む朝日に輝く景色を見ることができます

朝食はバイキングにしました

何でもありますね。至れり尽くせりです

シリアルまで置いてる

こんなところに泊まってても

「朝はシリアルなの」って人もいるんですね

僕はしっかり白いご飯を頂きました

あ、カレーも少々w

こういうのは食べすぎますよね

 

あ、もちろん朝食前に朝風呂も済ませました

露天風呂の目の前に渓谷の樹々が迫って

木漏れ日がキラキラとお湯に映えて

めっちゃ写真撮りかったw

森林浴してる気分になれた時間でした

 

ご飯を済ませ、支度してフロントに降りて

車に荷物を積んでから、磊々峡を少し散策しました

ホテルのすぐ横から遊歩道に繋がっているようです

母とあーだこーだ言いながら写真を撮りました

急峻な崖が切り立って自然の神秘に感心しました

途中にあった橋の欄干に赤蜻蛉が止まってて

気分の良い、秋の朝を堪能しました

 

次の目的地は一路、仙台。青葉城址

のはずでしたが・・・

 

ホテルを出てわずか5分。

交差点を右折して仙台市街へと行こうとしたその時

交差点の斜め前に見つけた看板

「秋保神社」の文字とその横に書かれた1200年という言葉に

僕は急ハンドルを切る

あ、かっこよく言いましたがハンドルは切っていませんね

むしろ、交差点を曲がらず真っ直ぐに進みました

道沿いには時々小さな看板もあるので迷うことなく到着

とんでもない行き当たりばったりでしたが

そこは勝負の神様で有名な神社のようでした

たくさんの祈願するための幟が靡いていました

どこかのスポーツの団体やクラブからの祈願が多いようでした

中でも特筆すべきは「羽生結弦」

羽生君を応援する幟旗がやたら有りました

確かに仙台なら地元やしなあと思ってたら

どうやら羽生君本人もコチラの神社に勝利の祈願に来られたことがあるみたいで

既にファンの聖地巡礼のような場所になっていたんですね

経済効果すごいですね

ここで僕は以前テレビの秘密のケンミンショーで見た

仙台特有の青いだるまさん「松川だるま」を売ってるのを発見しました

その可愛さに一目惚れして即買いしてしまいました

 

ようやく僕の気も済んで仙台市街へ向かいました

中心部、仙台駅も近づいてきて城址へ方向転換

どうやら右回りだと駐車場が近いみたいなのに

地震で壊れて道が通れないから左回りで向かうように

看板が出ていました

辿り着くまで知りませんでしたが

ここは東北大学のキャンパスでもあるんですね

たくさんの校舎や研究棟が並ぶ中を車道が通っていて

学生達を横目に僕は車を走らせる

ようやく見えた駐車場入り口

もぎりのおじさんが窓を開けた僕に声をかける

「今ですね、先日の地震で政宗公の銅像が壊れていまして

実物は東京に修理に持って行っててここには無いんですよ

代わりに等身大の写真が飾られてあるんですけど

それでも良いですか?」とのこと

おいおい、それなら回り道が始まるところにその旨も書いておくべきじゃ無いのか

そう思ったけど

「わかりました。良いです」と答えてしまう

だって外周をぐるりと回って結構な時間を割いたし

せっかくここまで来たのにって思いも強くて

それなのに母は僕が返答した後

「え、行くの?」と小さく呟いていた

当の僕は、もぎりのおじさんに

「500円です〜」と言われて小銭入れから500円玉を出してるところだった

駐車場横には土産物屋と護国神社があった

もう少し奥まで行くと高台から仙台市街の眺望が見えた

天気がいいのでとても清々しい

政宗公はと探し歩いたら。。有りました。

台座だけw

その前に大きな写真パネルが設てあって、そこで

政宗公の写真と一緒に写真を撮りました

滞在時間は10分少々でした

 

さ、お次は仙台駅の牛タンストリートなるところで

牛タンの有名店に行き舌鼓をと思っていたけど

母が15時すぎの飛行機を気にして

もう先に空港に向かおうということになりました

まあ、そこでも牛タンは食べられるでしょうとなりました

取り急ぎ空港側のレンタカー屋へ戻り

送迎バスに揺られて仙台空港へ

クーポンが残っていたので土産物売り場で使い切る

そして2階のレストラン街へ

街というほどたくさん店舗は無いけれど

それでも3軒あるうちのどこの店にも

牛タン定食は有りました

ちなみにどの店も有名店ではなく取り扱っているというだけのようでした

まあ、僕らもとりあえず仙台に来たからには食べておきたいというだけですから

需要と供給としては合致しているわけです

各店舗で値段は違ったので真ん中の価格帯で売ってる蕎麦屋に入りました

入り口のサンプルからすると値段が可愛く無い割に

ボリュームはかわいいじ感じだったので牛タン定食と共にカツ丼も頼んでしまいました

これはもう旅のせいだと思います、明らかに食べ過ぎなのに判断力が鈍っていたのでしょうね

それでも綺麗に全部完食でした。牛タンはなんとなく硬かったです

こういうものなら仕方ないですが僕には高いものは口に合わないのかもしれません

 

さ、あれよあれよと搭乗時刻がやってきて

帰りの飛行機は予定通り飛んでくれました

ちなみに今回のピーチのフライト

運賃だけで言えば行きは5190円、帰りは3190円でした!安っ

そんな母子二人の東北道中。良い旅になりました

初日に予約していた宿から電話が来た

5時到着と言ってたのを6時に変更してもらったのに

更に遅れてその時はもう7時を回っていた

今、向かっていますと返事をして

ナビ通り車で南下する

酒田市からまた鶴岡市に入る

「海辺のお宿 一久」という

日本海に面した眺望で。海に沈む夕日は絶景

ところが到着時刻は日もとっぷり暮れた7時半

山形に入ってからの雨はいまだに降り続いている

どうも夕景日和ではなかったようだ

 

駐車場に入ると案内のおじさんが飛んできた

「お待ちしておりました」

挨拶もそこそこに玄関に通される

別の中居さんが寄って来て

「このままお食事でもよろしいですか?」

「はい、もちろんです」と答え食事処に案内される

そそくさと運ばれる料理

本来なら食べすすめながら少しずつ提供されると言ってたが

こちらの都合で遅れてしまったため一度にテーブルに食事が並んだ

海鮮を中心とした料理

母も僕も飲食系で仕事してるので

洗い場さんの後片付けのことが気になりつつ舌鼓を打った

カレイの焼き物やお刺身が美味かった

接待係の中居さんが「明日はどちらへ?」

と聞いてきた

特に予定はないんですよと答えるとぜひにと近くの水族館を勧めてくれた

それもいいねと母に話しながら僕らは部屋に帰った

 

風呂場は1階と地下にあるという

男湯は夜間は1階ということでタオル1丁ぶら下げてエレベーターを降りた

風呂場に客はいなかった

元々客室も少なめなのでかちあうことも少ないのだと思うが

風呂を堪能する間、ついに誰一人として浴場に来ることはなかった

露天と称した板張りの少し広めの木製の湯船が

スポットライトの様な照明と轟々と聞こえる海鳴りとで

旅の空の下だと思わせてくれる旅情というやつを感じた

願わくば海鳴りの聞こえない情緒も感じてみたかったが

荒れていてなかなかおっかない音が鳴り響いていた

 

部屋は既に布団が敷かれていて

考えてみたら母と寝室を共にするのなんて

何十年ぶりだろうと思いながら

長距離運転のせいもあってすぐに寝ついてしまった

 

朝。窓の外は日本海の大海原

本当に海が近い

ホテルの駐車場から回れば海岸に行って散歩なども出来るようだ。行かなかったけど。

朝風呂は昨日と入れ替わり地下。と言っても薄暗い地下階ではなかった

玄関先は地上だけど、海岸から見ればホテルは少し登ったところにある

地下の風呂場は海岸線の高さに降りるということで

こちらの露天風呂は海が正面になる

ただしそれだと海岸を通る人から丸見えになるので

海は見えないようになっている

でもこちらの方が露天の浴槽は広いのでゆったりと楽しめた

こちらも風呂に入った時は一人だけ客がいたがその人が出てしまってからは

誰もやってこなかったのでゆったり湯野浜温泉を楽しんだ

 

着替えて荷物を持って朝食へ向かう

ご飯泥棒なおかずがたくさん散りばめられていて

ついついご飯をおかわりしてしまった

朝から贅沢だと母は言っていた

昨日の中居さんが来たので教えてもらった水族館に言ってみようと思いますと告げた

嬉しそうにしていた

これはノープランの醍醐味かもしれない

基本、行きたいところの目星はつけるがご飯とか店まではそんなに調べないで

近くでようやく調べたりするのが僕のスタイルだ

 

丁重に丁重にお見送りを頂き、一路

「加茂水族館」へ

意外とあっさり到着よほど近かったのだろう

中居さんも言ってたんだがここは海月(クラゲ)に特化した水族館

これがまた良かった

そうそう、旅館でもらった山形旅割クーポンも使えたので

無料?で入館できたのも有り難かった

普通の魚やカニ、アシカやアザラシもいるんだけど

後半にやってくるクラゲゾーンは一見の価値あり

何種類ものクラゲが展示されているのは癒しのオンパレード

極め付けは最後に控えている大きな丸い水槽

母の背丈の倍以上もある水槽にクラゲが犇めいていて圧巻

ここで音楽の演奏会が開かれることもあるという

まさにヒーリングスポット。結婚式も挙げられるらしい

最後はクラゲ入りのお煎餅を出口で購入。

店へのお土産。これもクーポンで買えました

 

書いてて長いなと思ってきたw

 

さて、次に目指したのは。昨夜パンフなどで見つけていた

出羽三山神社というところ

もちろん旅のお供の御朱印帳も持って来ています

酒田の方へ戻る。途中見つけた看板に惹かれて急に漬物屋に寄る

母が欲しがっていた小茄子の辛子漬けを見つけた

道を戻り、車はどんどん山の方へ近づいていく

山に向かうまっすぐな道が出てきてその道路を跨ぐように大きな鳥居が鎮座していた

ここが参道で神社への入り口だと示していた

お山が御神体なのか修験道の修行の場所でもあるようだ

出羽三山とは。月山(がっさん)、湯殿山、羽黒山。この三つの山を言う

それぞれ登山すれば頂上付近にそれぞれを祀った神社があるようだが

こちらはその入り口で登山できない人にもご利益が頂ける場所になっているのだと思う

 

まずは入り口付近に駐車して。山門のようなところを潜ると

いきなり谷底へ向かう深い深い長い石段があった

那智大社を思わせるような苔むして湿気の多い

熊野古道のような石段。帰りに登ることを考えたくないほど深くて急だった

底に降り立つと小さなお社がいくつも並んでいる

奥からは滝があるのだろう爆音が反響している

木々の合間から見え隠れするように滝が現れた

小さめの石橋を渡ると滝壺の方へ行けるになっている

マイナスイオンがビンビン来ていた

さらに順路を進むと立ち並ぶ杉の奥に

聳える五重塔があった。木造でとても古い建築物

その時代にどうやってここに健在を運び建立したのか

とても大変だったろうということだけは想像できる

 

さあて行きは良い良い帰りは怖い

見上げても山門はギリ見えない高さ。そこをえっちら上りまして

まずは山門前の茶屋でお蕎麦を啜る。

僕が頼んだ羽黒蕎麦はお餅が入っていましたよ

そしてそこで終わりと思っていたんですが

どうやら回り込んで車で頂上に行けるんだと分かりました

そこにあったのが出羽三山神社本堂でした

大きなお社でこの地方での力の凄さが伝わりました

ご立派な見開きの御朱印も頂戴できました

そして忘れていたのですが、駐車場への道すがら

雨が降り出しました。そうです、僕らが滝を見に行った頃から

こちらで御朱印を頂く間だけ雨が止んでいたのです

車に戻ったら本降りになって来てしまって

本当に良かったよねと母と話して麓へ戻りました

あの鳥居が見える少し手前で雨が一瞬で止んで次は日が差し始めました

すると母が東側を指差し、「大きな虹」と言いました

本当に大きくて虹の端から端まで見えていたので急いで車を停めて

母に立たせて写真を撮りました。

母はおじいちゃんが、僕らが山形に来たことを喜んでくれてるんやろうと

感じ入ってました。僕もちょっぴりそうかもと思いました

 

さて夕方になる前に今夜の宿へ行かなくてはなりません

宮城県。秋保温泉。ナビだと2時間ちょっと

昨日来た道を今日は逆走。ひた走る

こちらもまた到着前に日が暮れて

仙台市内だというのにとても山奥のような車窓が出てきて

少し怖気付きました。これ合ってるの?と思ったほどです

ダム湖をぐるりと回って山を登り峠を下ったところに

秋保温泉郷は有りました。突然現れる感じは有馬温泉に似ていました

今日のお宿はわざと大きめの所を選びました

「秋保グランドホテル」修学旅行生たちもくるような大きい所です

夕飯はバイキングのところを敢えて部屋食にしてもらいました

それも食事処で畳なのにテーブルで食べるスタイル

広めの和室に母と二人。接待係のおばさんは他の部屋も受け持っているのか

あまりやってこないので、離れたところに置いてあるお櫃に歩いて行き

自分でご飯をよそいました。こちらはお肉の陶板焼きも付いて

豪華に満腹満足になりました

こちらでも宮城宿泊割キャンペーンのクーポンを二人分。計六千円分もらいました

こんなに使い切れるかなあ。いつもは買わない人にまでお土産を買いそうねと言っていた母

 

本館と新館。二つある浴場をどちらも堪能した僕

母と売店で合流。

風呂場に置いてあったお試し用のピーリングジェルが気に入ったらしい

ここに置いてるみたいなんよと、探してみたら有りました2700円w

僕もまたお土産を一つ買ったので、一気に4000円のクーポンが消えました

6000円なんて右から左ですねw

ここのお部屋は和室なんやけどお部屋の奥にベッドが二つ設られていて

硬めのベッドだったけどとても寝心地良く睡眠が取れました

これで2日目が更けましたとさ。

ここまで読んでくれた人、ありがとう

ことの始まりは、母がテレビを見ていて山形県が映るといつも口癖のように言ってた

「おじいちゃんが(母にとっては父親、以後 武則と呼ぶ)山形の朝日村出身でねえ

私はそこを見たことがないから一度で良いから行ってみたいんよ」

まあいつか叶えられたとは思ってたけどなかなか実行できずにいたんですが

今回思い切って行ってみることに。

調べてみたら、ピーチで仙台まで3000円とか5000円とかでいけそうで

レンタカーで東北を横断して山形に入ればさほどお金もかからずにいけそうだと分かりました

 

予約したのは8月でしたが運よく地域割とクーポンが始まって対象にしてもらえたので

予約した旅館も安く泊まれることになりました

 

さて、Xdayは10月17日

飛行機は9時過ぎの出発で母と二人、関空第2ターミナルへ到着

1時間と少しで初めての仙台空港に着いた

とりあえず一旦外に出て写真撮ってから空港併設のレンタカー屋さんへ

そこで渡されたのはVits。慣れないカーナビを触りつつ行き先を設定

「山形県あさひ」と検索すると、あさひ町というのが出て

そこの役場に行き、武則の戸籍にある住所(昔の住所)の今の住所を教えてもらおうという

企みです

 

東北道から山形道をひた走る。蔵王、月山、湯殿山と聞き馴染みのある山々が

車窓に映る(実際はどれが何山か全くわからない)

ナビ通り寒河江(さがえ)という町で降りてさらに走る

大江町という小さな町の小さな道の駅で名物らしきそばを啜った

焼いたお餅が入っていたのが特徴であろう

腹ごしらえが終わって目的の役場まではそう遠くなかった

役場直前には、あさひの道の駅があり、なんならこっちで食べた方が思い入れがあったのにと少し後悔もした

道路の左側、丘の上にはあさひ中学校、もしやここに通ったのではと母と興奮しながら話した

道を下り、右に大きくカーブして少し行った左に目指す役場はあった

 

「すみません」

「はい」近くにいた女の人が対応してくれる

「あのう、僕達、和歌山から来たんですけど、なんというか僕のお爺さんが山形出身で

ここの住所に昔住んでたみたいなんですけど。(僕は戸籍謄本のコピーを見せる)

ここの今の住所を教えてもらって、そこに行きたいと思ってるんです」

「はあ、少々お待ちください」

若目の女性は少し離れた席の男性に声をかけ連れてきた

目の前に座ったのはいかにも役所勤めという感じの色白の細身の男性

僕らが来た趣旨を再度説明すると

「こちら同じ山形県でも群が違うんですよと、僕らを宥めるように説明してくれた

今いるここは『なんとか群あさひ町』戸籍に載っている『朝日村』は今は鶴岡市というところになっています」

とのこと。要するにここではないよと教えてくれて

更に鶴岡市の役場の電話番号をメモして渡してくれた

”ここじゃなかった!!!”

ということで早速車に戻り、検索し直したら鶴岡市はそこからまだ40数キロ先でしたw

揚々とやってきた道をやれ急げと走る

途中感慨深くみていた中学校も道の駅もなんの縁もない場所っだったことに鼻白みながら。。

 

夕暮れが近い。月山を過ぎたあたりから降り出していた雨脚が次第に強くなってきた

鶴岡市は雨雲もせいもあって少し暗い陰鬱な色をしていた

市役所で同じことを尋ねた。

今度は年配の女性が教えてくれる。

この住所は今も健在ということ、「六針」とあるが何かの間違いで

「大針」であるいうこと。

大針仲屋敷。そこを目指して車は田園地帯を走った

両脇の山々が更に迫ってきて山間の谷間の集落なのだとわかった

役所からはそう遠くなく一本道で大針に到着した

 

冷たい雨がしのつく中、集落をゆっくり車で流す

道沿いに見えていた川に橋がかかり対岸へ行けるようになっていた

渡った先に見えたのは「ナンバ建設」の文字

母の旧姓は「難波」だった

「え!ナンバって書いてる」二人は興奮気味に周辺を見回す

人気のない民家がポツンポツンと立っている

少し戻って道端に停車していると乗用車がやってきて少し先の車庫に車を停めた

僕は降車してその車に近づいていった

車から降りてきたのは高齢の女性だった。第一町人発見の瞬間である

「こんにちは。少し道を尋ねて良いですか?」と僕

「道ぃ?」と言いながらおばあさんは歩み寄ってきてくれた

「昔。僕のお爺さんがこの辺りに住んでまして・・」と役場での説明を繰り返した

「仲屋敷ねえ、私のところは仲村だからもうちょっと戻ったあの青い屋根の家の辺りかなあ」

と親切にざっくり教えてくれた。

道を戻ってみるとその先にこれもまた「理容ナンバ」というのを見つけた

あいにくの月曜日で定休日のようだが、僕はその家の呼び鈴を押した

二度、三度押してみたが壊れているのか鳴っている気配はなく玄関に人影も現れなかった

その家の表札には住所があり「大針小松川」となっていた

少し進むだけで細かく集落が変わるようだった

更にその数件手前に小さなガソリンスタンドがあり

給油の車を送り出したお兄さんを見つけた

そこにも聞き込み。どうやら若過ぎて全くわからんという感じ

通りを挟んだお向かいの雑貨屋に僕を誘ってくれた

60代くらいの女性が出てきてくれて少し親身に話を聞いてくれたがやはり「武則」のことはわからなかった

「私はここの生まれじゃないからねえ。床屋の隣の家に聞いてみたらどう?」と言われ

また理容ナンバまで戻り右隣の家のベルを押した

70代くらいの元気なお爺さんが応対してくれた「難波武則」を探しているというと

「隣の床屋は聞いたかい?」と言われ

「ピンポンを押したけど誰も出てこなくて」返事すると

お爺さんは玄関のつっかけをサッと履いて隣の家に向かった

「いるかい?」声かけが先か玄関を開けるのが先か

その引き戸は難なく開いた。お爺さんはそのまま玄関を上がり

奥の襖を開け住人に僕のことを話してくれている

「どこどこの爺さんは90だけど耳が遠いから話が聞こえないべ」

などと言っているのが薄暗い玄関先まで漏れ聞こえてきていた

ややあってお爺さんは玄関を出てきた川の方をおもむろに指差すと

「この下によお、『難波』って家が2軒並んであるのよ。片方が本家なんだけど、そこで聞いてみいや」と言った

「そうですかありがとうございます。この辺は難波さんって多いんですか?」と頭を上げながら聞くと

「ここらは難波多いのよ」と笑って答えてくれた

その時点で僕はここは確かに僕のルーツの場所だと確信していた

 

県道を川に向かって少し降りたところに並んで立つ2軒の家

どちらが本家か分からなかったが僕は比較的玄関が開放的な右の家を選択して

声をかけた

玄関先の表札には7人ほどの名前が並びおそらく孫であろう今時の名前がしんがりに名を連ねていた

「御免ください」暗い土間で呼ぶと左からお爺さんが顔を出した

「道をお尋ねしたくて。少しいいですか」と聞くと

お爺さんは寄ってきてくれて

「どこの道かね」と僕の目の前に腰を下ろした

実は先ほどの表札。その住所は仲屋敷になっていた

少し雨に濡れてしまった武則の戸籍謄本のコピー。それを渡して説明した

「この辺に僕のお爺さんが住んでいたんですが、もう家は無いんです。でもここは仲屋敷ですよね?

この住所も仲屋敷なんです。この番地がどの辺りなのか分かりませんか?」

お爺さんは考えながら記憶を探ってるようだったがやはり分からないようだった

隣の家には90のお婆さんがいるというがコロナだし会わせられないという

ちなみにその難波さんは聞いたら昭和16年生まれ。僕の父が18年生まれなので

明治41年生まれの武則のことは知らなかった。生きていれば114歳。

幼馴染や同級生たちも死に絶えるほど歳月は経ってしまっている

僕は礼を述べて難波家を後にした

 

もしかしたら遠い親戚かもしれないその難波さんと話せてなんだか嬉しかった

山間の夕暮れは早い。どんどん暗くなって来て、雨もまだ続いている

母を車から下ろし、おそらくここだろうと話しながら、集落の何にもないところで記念の写真を撮った

母も僕も気が済んだという感じで大針集落を出た

 

次の目的地は酒田市。毎年さつまいもが取れたと送ってくれる佐藤さん家に向かった

その道すがら、母は母が知ってる武則の生い立ちを語ってくれた

実は武則は10歳の時に朝日村を飛び出していたのであった

武則の父、重次郎は後妻をもらう。そして先妻の子であった3人兄弟のうち

なぜか一番下の弟だけを夫婦は可愛がった。武則と真ん中の妹はほったらかしのようだった

それである日、武則は思い立って郷を出た。

大正時代。あんな農村では当時もさほど整備された道はついてなかったろうと思われる

そこを武則少年は50キロも歩いて酒田という町にある山形の1級河川、最上川に着いた。

当時は川に橋がかかっておらず、渡し船が主流だった

渡船に乗ろうとしたが、武則少年はお金を持っていなかった

そこにたまたま居合わせたのが佐藤家の大お婆さん。

事情を聞き、武則少年を自宅に連れ帰り、そのまま彼をその家で育ててくれたのでした

この人との出会いが無く、彼がどこかでのたれ死んでいたら

母も僕もこの世には存在していなかったというほどの恩人です

 

そんな佐藤家に向かいました。親戚では無いけど家族同然の佐藤家

今いるお婆さんは86歳。武則は10代をここで過ごし漁師の仕事を覚え

どういう経緯か知らないが北海道に渡り、オホーツクで漁師をして

僕のお婆ちゃんと知り合ったのだそうです

このお婆さんも平成6年に武則が亡くなった時には北海道まで駆けつけてくれて

うちの母ともその時以来の対面で大層喜んで二人は話していました

お婆さんのキツイ山形訛りが少し分からなかったのはご愛嬌

 

そんな東北の旅1日目。観光というよりルーツの旅がメインだったので

雨降りでしたが人生でとても有意義な時間を過ごせたと思いました

 

もう九月になってしまいました

今のところまだ暑いです

もちろんコロナも健在です

そういえば七月に安倍元総理が射殺されてしまいました

そんな殺伐とした令和4年

 

私事といえば11年ぶりのシングルになりました

元相方とは円満というか

今後も家族と思って

過ごしていくということになりました。チャンチャン♪

 

ストレスでよく食べるので一時期81キロまで

下がった体重が86キロまで猛リバウンド中

 

すきぴがいるのでその人と一緒になりたいと切に願いましたが

やはり僕が都合良すぎるなあとも思うし

前回と同じく遠距離なので

同じ境遇が続いてなんか

たくさん我慢したりさせたりがあると思うと

踏み出せない自分がいて

とてもとてもズルい僕は

今のまんまのゆるくて心地よい状態を

続けてもらうことにしたんだよね

 

だから恋人作らない!ってのも違うし

遊びまくる!ってのも違って

自然体で、すきぴともデート出来たらするし

でもフリーだからタイミング合えば他の人とも遊ぶし

ってそれくらいのスタンスでいようと

その感じで50代を過ごそうと思った九月です

気がつけば有馬記念。今年もそんな時期になりました

令和3年。二本目の日記です

 

夏には去年延期された東京オリンピック2020が

緊急事態宣言下の中、粛々と執り行われました

東京は一日5000人のコロナ感染者を出すという

最悪の状態でした

ここ最近は下火になっていたのですが

晩秋から、オミクロン株の流行の兆し

またまた日常生活に影を落とし始めています

 

さてそんな年の暮れ。

思い立ったが吉日とは言いますが

ジングルベルも店じまいかというクリスマスの夜。

一番会いたい人に会うことが叶いました

白い息でホームに立つゴツい人影

それはそれは夢心地の時間の始まり

積もる話もやりたいことも数あれど

語り尽くせぬ思いは長い長いハグに変わりました

「会いたいから来ちゃった」

49のおっさんのセリフにしてはどうにも薄っぺらいですが

心からそう思えました

普段お喋りだという彼を制して僕は

緊張からか口がよく回りました

照れてなかなか目を合わせてくれないけど

そこが彼らしくもあり、もどかしくもあり

こういう感覚は久しぶりでした

 

リアル初対面だけどもう旧友で親友で戦友みたいな

とても深いご縁を感じる間柄

彼にとっては15年かけて辿り着いた今

僕はとても懐かしい街並みを闊歩して

連れられるままに方角もわからずに到着しました

 

3次元は素晴らしいですね

温度、匂い、息遣い、後ろ姿

骨格、肉厚、触覚、粘膜

想像では補えないものを軽々と超えてくる

充足感に満ち満ちたホーリーナイトでした

聖夜というのはたまたまでしたが。

 

冬の朝は空気が凛としてもう初春が来たかのような空

新旧入り混じったこの地域で産湯を使った彼が案内役

何も土産など要らないと思っていたら

巡り合わせで良いものを見つけて小躍りした

 

全国どこでも食べられるチェーン店で腹ごしらえ

気取らない二人だから何でも良い

二人ならどこでも良い

弾んだ会話も、無言の食事もどちらも心地よい

 

お風呂かカラオケか。

すんなりとカラオケに決まる

歌詞があやなす心の機微が

今日は琴線をかき鳴らす

初めての体験というのは

いくつになってもまだまだあるもので

今回は「歌で人を泣かせる」と

「歌の時、涙で声が詰まる」でした

 

「僕が一番欲しかったもの」槇原敬之

「愛に抱かれて」Superfly

「アイノカタチ」Misia

 

どれも珠玉のラブソングと捉える魔法がかかった

その小部屋は愛がいっぱい渦巻いていて

人生の中で最も満ち足りたカラオケでした

このカラオケが終われば帰らなくちゃいけないけれど

その時が来るまで噛み締めて過ごしました

甘く切なく苦しく楽しい歌の時間

「ごめんね」とか「ありがとう」がない混ざると

心臓はこういう鼓動を打つんだと学びました

 

行く前から決めていたセリフ

「良いお年を」「来年もよろしく」を言うことが出来た

駅のホームに後ろ髪を引かれ

そこを離れてその車窓は山野になってもなお

「まだ帰りたくない」という心に支配されていた

この気持ちを何と呼べば良いのか

ずるいずるい僕には答えが見つかりませんでした

 

今世紀はまだ20年ですが

今世紀最高の一日を過ごしてきました

 

♪あのね、あのね、ずっと大好きだよ〜

ああ ありがとう〜

えー、ずっとご無沙汰してるのは分かってるんです。でもまあ何てない日常なんです。昔はよく毎日ネタがあったもんだと関心しますわ。前回のブログを見直したら10月でした。なんかもっと前から書いてないと思ってたんで意外。そして数年ぶりの映画と言いながらすぐその後で「鬼滅の刃」に行きました

そして映画繋がりで今、とーっても話題。何年越しですか?「シン・エヴァンゲリオン」ですね

正直、「Q」が前すぎてよく覚えてないんやけどと思いつつ、それでもやっぱ行こうかなと思い、公開から1週間、月曜日の朝一で行きました

あ、ネタバレはありませんのでw

あのね、エヴァを見てたんです。一人で。

前日からちょっとお腹が張ってるなあと思ってて。年末の健康診断で胃潰瘍が判明して、まあ薬も飲んでるんです。その影響かなあなんて思ってて。みぞおち辺りが違和感あるから映画観ながらお腹をさすってたんです。

物語が進むに連れてお腹の方もなんだかどんどん痛くなってきて。みぞおちをきつく抑えながら鑑賞してたんやけど、冷や汗まで吹いて来て、なんかヤバいと思いました。あとエンディングまで30分もないだろうというとき、我慢しきれず映画館を飛び出しました。車の運転出来るか事故せずに病院に到着出来るか少し不安に思ったくらいです。そして、万が一のことも頭によぎったので、急遽、母と相方を誘って僕の三人のグループLINEを作成。健康診断してもらった病院に駆け込んでCTをしてもらったら、盲腸でした。大きい病院を紹介するから、今から行っていいとなれば移動してくださいと言われました。その間、痛み止めの点滴をしてもらってたんで、僕は大きい病院のERに行くことに。この時、薬のおかげで車の運転も出来、母と妹もこっちの病院に来てくれました。先生に言われたのは「五日間仕事を休めるなら、今日切ります。連絡してみてください」とのこと。電話して、OKもらい、緊急手術となりました。矢継ぎ早に色んな担当の人が来て説明があり、同意書にサインし、腹腔鏡の手術なので陰毛でなく、腹毛を剃られました。あ、でも鼠蹊部からの採血が必要とのことで、結局パンツ下ろされて丸出し状態で足の付け根から血を取りました。虫垂に糞石が溜まって炎症を起こしているとのこと。病院に来てから1時間後には手術室にいました。全身麻酔なんですぐ寝ました。麻酔科のめっちゃ派手な服を着た女医さんが説明してくれた時、挿管するんですけど、全身麻酔なんで麻酔が効いたら呼吸が止まりますと言われてちょっとびびりました。でもちゃんと帰ってきました。術後、病棟の入り口に母と妹がいてくれました。手術はおよそ2時間くらい。でもコロナ禍ですから面会出来ないので、そこでさよなら。僕一人で病室へ運び込まれました。実は3月の頭から10日間有給を取ったばかりなんです。どこかに行ったとかでなく、店が暇なので、僕が有給で休むことで仕事に入れる人が増えるという対策の為です。それなのに今度は予期せぬ休暇。炎症が治まっていないとのことで、昨日は38.8度ありました。あ、今日はちなみに手術から二日後の水曜日です。今日もさっきは37.8度くらいあります。苦しくは無いんですけど、気がかりです。盲腸でよく言われる、オナラはもう昨日出ました。でも便はまだです。食事が始まってもう5回分完食してますがまだおいでになりません。出るかなと思ってトイレに座ったらガスがたくさん出て終わり。あ、術後最初だけ、しびんでオシッコ取ることになって、手術着はフリチンなんで看護師さんにベロっと摘まれて「はい、どーぞ」やって出来るか!なんていうか、見ないようによそへ行ってくれたんですけど、なんかこぼしてしまうのでは無いかと心配になってなかなか出ませんでした。そんで自分でなんとかちんちん押さえるようにしたら出ました。スッキリ。そのあとはずっと点滴が続いたんで、すぐオシッコ行きたくなって。その度にお腹が痛いのに起き上がらなくてはいけなくて。今日は幾分マシで少しスタスタ歩けるようになりました。それにしても、暇ですよね。携帯ばかり触っています。友達とエロい話とかやり取りしてても傷が痛むせいか全然勃ちません。毎日抜く派なんで、びっくりです。あと、今時は大部屋にカーテンの間仕切りがありますよね。子供の頃、耳の病気で入院した時はそんなの無くて、僕が白粥食べないのを周りの大人に見られてた記憶があります。白粥は今も苦手。大人だから食べますけどね。なんか間仕切りのせいで隣の人の顔だけさっきたまたま見たって感じ。あと、よく病院の階段でナースが夜回りしてる時に幽霊に遭遇してますが、夜中3時にトイレに起きたけど、廊下は煌々と灯りが灯って怖さゼロです。部屋は消灯されるけど廊下が明るいから消して欲しいくらいです。部屋と廊下のドアもないからカーテンがぴっちり閉まってないとちょうど僕の顔に光が当たるんよねえ。とか言いながらすぐに寝落ちする人なんですけどねー。というわけで病床の上から長々と書きました。コロナは相変わらずですね。さっき菅総理は21日で緊急事態宣言解く方向で調整したいと言ってました。オリンピックはもう無理やろうと思います。僕らは新しい時代を生きているのだから。では、今日はこれにて。

映画館に行ったのはどれくらいぶりかな

数年前の香港滞在中に見たこともないのに、ワイルドスピード7にいきなり連れて行かれた以来やろうか

日本で行った映画はエヴァくらいから記憶がないような

さて。職場の人が草彅くんの大ファンということで
この映画があるってのは聞いてたんやけど内容は全く知らなくて

そしたら、YouTubeになんと15分もの長い予告編が公式でアップされてたので
寝る前に見てみた

そして明日観に行こうと決めた

そして行ってきた
月曜日はオーカード提示したら1100円になるそうな
そして、この前もらった「和歌山地域ささえ愛券」も併用出来るとのことで
なんと、100円で見れることに。
本当は浅田家とか今週末からの鬼滅の刃とか見たかったはずなのに。

「ミッドナイトスワン」
知らなかったんだけど題材はトランスジェンダー。
息苦しい田舎を離れ、歌舞伎町に居場所を求めて
いつか本当の意味で自分を取り戻そうと
夢と現実の狭間で主人公、ナギサさんは
もがきながら生きていた

そこに田舎から預けられた、虐待を受けていた親戚の子リン。
内気で無口な彼女が見つけたバレエという夢を応援することがいつしかナギサの夢ともなってゆく
二人の心が溶けていきながら、もはや親子となっていく
日の当たらない彼女達にまだまだ立ち塞がる運命の壁

泣いてしまうのかなと、心構えしていったけどそうはならなかった
それはリンの夢が少しずつ成就に近づくのが見えて
時折ほっとさせてくれていたからかも。

なんとも言えない映画だった
けど、この草彅剛には何かしら賞をあげたいなと思える良さがあった。