ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典74(57人目)

 

~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕後)~

 

【ドミートリー一覧】

 

人物事典64~ドミートリー・カラマーゾフ(序)~

人物事典65~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目12時)~

人物事典66~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目17時半) ~

人物事典67~ドミートリー・カラマーゾフ(2日目10時~) ~

人物事典68~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目19時半) ~

人物事典69~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目夜~)~

人物事典70~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目の深夜~) ~

人物事典71~ドミートリー・カラマーゾフ(モークロエ)~

人物事典72~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕)~

人物事典73~ドミートリー・カラマーゾフ(予審)~

人物事典74~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕後)~

人物事典75~ドミートリー・カラマーゾフ(公判)~

人物事典76~ドミートリー・カラマーゾフ(公判後)~

 

 ドミートリー:「やつめおれを……卑怯者と踏んでやがる」

  ラキーチンが頻繁に押しかけて来る。ラキーチンは、理想も神もない。「やつはなんと言っても豚だしな! やつめおれを……卑怯者と踏んでやがる。ジョークもろくにわからないくせに……」。ドミートリーは、神がいなければ、感謝の相手も賛歌の相手もいなくなり、善良でありえないと考えるが、ラキーチンは、神がいなくても人間を愛せると言う。さらに、ラキーチンがホフラコーワ夫人に言い寄っていたことなどをアリョーシャに話した。

  ホフラコーワ夫人のお相手としてペルホーチンが登場して、ラキーチンがお払い箱になった件では、「やつを追い出したご褒美に、あのバカ女に、なんどキスしてやってもいい!」と上機嫌だった。「あいつ、やけにあの詩を自慢していたっけ! あいつ、うぬぼれがすごいからな、うぬぼれが!」と言いながら、「わが愛する人の病んだ足の回復のために」というラキーチンの詩をアリョーシャに聞かせる。

 

 ドミートリー:「みんなのかわりに、おれは行くんだ。」

 アリョーシャが、なぜどうでもいい話ばかりをするんですと指摘すると、「あの人殺しの話をしろっていうのか?」「スメルジャーシチャヤの臭い息子のことなんか、これ以上たくさんだよ! あいつはちゃんと神さまが殺してくれる」と言って、アリョーシャに近づいて、ふいにキスをした。そして、自分の中にあたらしい人間を感じているのだと言って、「餓鬼」の夢の話をする。「みんなのかわりに、おれは行くんだ。」「おれは親父を殺していない。でも、行かなきゃならない。引き受けるよ!」。

 

――おまえには信じられんだろう、アレクセイ、おれがどんなに生きたいと思っているか、存在していたい、意識を保ちたいと言う欲求が、いいか、こんなぼろぼろに剥げた壁のなかの、このおれのなかでうまれたんだぞ! ラキーチンにこんなことわかりゃしない、やつはもう、アパートおっ建てて、人に貸しさえできりゃあ、それで人生あがりなんだから。

 

 そして、イワンの話になる。「イワンには神がいない。やつには理想がある」。一方、自分には荒れ狂う理想があり、神を信じているからこそ、苦しめられるのだ。監獄を尋ねて来たイワンに、「すべてが許されるってわけか?」と問うと、眉をひそめて、「おれたちの親父フョードル・カラマーゾフってのは子豚だったけど、考えたことはまともだった」と言った。

 

 さらに、カテリーナとグルーシェニカの話になり、嫉妬のためにさっきグルーシェニカと喧嘩したのだと言う。「好きな女には、ごめんと謝るわけにはいかないんだ!」「アリョーシャ、ざっくばらんに言うぞ。どんなまともな男でも、結局は女の尻に敷かれて生きざるをえないってことだ。これがおれの信念なんだ。信念っていうんじゃなく、実感だな」と女性観を語る。「今はもう、あいつの魂を自分の魂に受け入れ、あいつをとおして人間になった!」。

 

 ドミートリー:「ああいう残酷なところが好きなんだな」

 グルーシェニカに敬虔な気持ちを抱いているのだが、グルーシェニカはそれがわからず、ドミートリーの愛し方が足りないと思いこんでいる。アリョーシャが、さっきのグルーシェニカとの会話を伝えると、「わたし自身の心のなかにも残酷なものが隠れてる」ときたか、とうれしそうに言い、「ああいう残酷なところが好きなんだな、といっても、やきもち焼かれるのは、かなわないがな」と言った。そして、イワンが脱走を提案したことを、アリョーシャに伝える。「一週前に急にやってきて、いきなりその話を始めたんだ。命令口調さ。」「おれに脱走を勧めるくせに、自分じゃ、このおれが殺したと信じてるんだから!」。

 

 ドミートリー:「さあ、行け、イワンを好きになってくれ!」

 ドミートリーが直面しているのは、良心の問題である。イワンがアリョーシャに内緒にしたのは、「恐れているんだよ。おまえがさ、おれの前に良心となって立ちはだかるのをだ」。アリョーシャはたしかにそうだと認め、「判決が出たら、自分で決められます。そのときは、自分で自分のなかに新しい人間を見出せるでしょうから、その新しい人間が決めてくれるはずです」。最後に、「おれの前に立ってくれ、そうその姿勢だ」と言って、アリョーシャの肩を両腕でがっしりつかみ、「アリョーシャ、おまえは、おれが犯人だと信じてるのか、それとも信じていないのか?」と、真っ青な顔で唇をゆがませながら言った。「真実だ、真実を言ってくれ、嘘はつくな!」。「兄さんが犯人だなんて、一瞬たりとも考えたことはありません」という言葉が、アリョーシャの胸からほとばしり、神を呼びまねくかのように右手を差し上げた。至福の光が一瞬、ミーチャの顔全体を垂らした。「ありがとう!」「いまこそ、おまえはおれを生き返らせてくれた……」。そして、最後に「さあ、行け、イワンを好きになってくれ!」と言った。【⇒第11編:イワン4:賛歌と秘密】