ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典64(57人目)

 

~ドミートリー・カラマーゾフ(序)~

 

【ドミートリー一覧】

 

人物事典64~ドミートリー・カラマーゾフ(序)~

人物事典65~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目12時)~

人物事典66~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目17時半) ~

人物事典67~ドミートリー・カラマーゾフ(2日目10時~) ~

人物事典68~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目19時半) ~

人物事典69~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目夜~)~

人物事典70~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目の深夜~) ~

人物事典71~ドミートリー・カラマーゾフ(モークロエ)~

人物事典72~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕)~

人物事典73~ドミートリー・カラマーゾフ(予審)~

人物事典74~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕後)~

人物事典75~ドミートリー・カラマーゾフ(公判)~

人物事典76~ドミートリー・カラマーゾフ(公判後)~

 

 人物像

 カラマーゾフ三兄弟の長男。愛称はミーチャ。二十八歳。フョードルと最初の妻アデライーダの子。弟イワン・アリョーシャとは母親が異なる。嵐を巻き起こす主人公。現世(美)の象徴。野性的なリアリズム詩人(詩は自分自身を体現する)。「高貴な性質」を表す母の名前の通り、誇り高い性質を持ちながらも、父譲りの堕落した生活(外的)を受け継ぐ。ドミートリーは暴力的なところを母アデライーダから譲りうけ、イワンとアリョーシャは神がかりを母ソフィアから譲りうけている。父殺しは、ドミートリーの中の父親的な部分の死と成長でもある。【⇒第1編:ある家族の物語1フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ】

 

 生い立ち

 三歳のときに、母はドミートリーを屋敷に置いて出て行った。母が出て行ったあと、完全にほったらかしにされる。その後、丸一年の間、下男のグレーゴリーに育てられる。四歳(1848年)のとき、ミウーソフに引き取られ、モスクワのミウーソフ婦人(ミウーソフの母)のもとで暮らした。ミウーソフ婦人の死後は、その娘のひとりに育てられた。少年時代、青年時代を通して、乱れた日々を送る。中学校を中退し、陸軍の幼年学校へ。コーカサスで軍務につくが、決闘騒ぎで降格、その後将校になるが、のんだくれてかなりの借金を抱える。父フョードルとは、成人してから初めて会った。そのときは、財産の取り分をめぐって話し合うために、実家に乗り込んだのだが、「フョードルから領地の収入額も価格もとうとう聞き出せずじまいだった」。金の話が片付くと、すぐに街を出て行った。四年後、再び実家に乗り込んだときには、すでに財産はほとんど残っておらず、むしろ、借りがあるような状態になっていた。このことにドミートリーは打ちのめされた。まさにこうした事情こそが、のちの悲劇の骨格となった。【⇒第1編:ある家族の物語2 追い出された長男】

 

 回想

 ドミートリー:「今に見てろ、きっと仕返ししてやる」

 イワンはアリョーシャに、砲兵大隊の少尉補だったころの女遊びと、中佐の娘カテリーナとの出会いを語った。カテリーナは休暇で町にやって来たのだが、それだけで町が明るくなるほどの美人だった。ドミートリーがパーティーの席で話しかけると、見下したように無視されたので、「今に見てろ、きっと仕返ししてやる」と思った。「こっちがこれだけいい男なのに、向こうは見向きもしないってことにさ」。

 

 ドミートリー:「そう、恋なんだ、気が狂うほどのはげしい恋と、紙一重の憎しみを感じながらだ」

 中佐に公金横領の疑惑が持ち上がったとき、仲の良かったアガーフィア(中佐の先妻の娘)に、「女学校卒のあなたの妹さん(カテリーナ:中佐の再婚相手の娘)を、そっとぼくのところに寄こしてください」、そうすれば四千ルーブル貸してあげるし、秘密は守ると言った。そのことをアガーフィアは、カテリーナに伝えた。中佐が切羽詰まって、猟銃で自殺しようとしたのを、アガフィーヤが間一髪で止めた日の夕方、ドミートリーのアパートにカテリーナが現れた。そして、「もしわたしが、自分で……こちらへ取りにうかがえば、四千五百ルーブルくださると……。で、まいりました……ください!……」と頼んだ。最初にドミートリーの心に浮かんだのは、「カラマーゾフ的なもの」だった。

 しかし、もしここで金を渡して明日プロポーズに行っても、門前払いをくらわされるだけだと思い直し、ならば、「ちょっと冗談で行ってみただけなんですよ、それがまたどうしましたか? そんな風に金勘定をなさるなんて、お嬢さん、ちょっと甘すぎやしませんか」と、すべてを棒にふるかわりに、「世にもすさまじい復讐に成功する」方がいいのではないかと、憎しみに駆られながら考えた(⇔グルーシェニカはカテリーナに、まさにこのような復讐を行った)。「そう、恋なんだ、気が狂うほどのはげしい恋と、紙一重の憎しみを感じながらだ」。そして、引き出しから額面五千ルーブルの債権を取り出し、何もいわずに、彼女に手渡し、自分から玄関のドアを開けてやった。「これ以上ないというぐらいうやうやしく、思いのかぎりをこめてお辞儀をしたんだ、ほんとうに!」。カテリーナはぎくりとして、血の気が引いた。そして、「体をかがめると、おれの足もとにそのままひざまずいて、床におでこをつけてお辞儀をした」。彼女が部屋を出たとき、腰にぶらさげていた軍刀を抜き、そのまま自殺しようと思うほど幸せだった、有頂天だった。【⇒第3編:女好きな男ども3 熱い心の告白――異常な事件によせて】

 

 ドミートリー:「おれはあることを永久に恥ずかしく思っている」

 それ以来、カテリーナからは音沙汰なかった。六週間後に中佐が亡くなり、カテリーナがモスクワへ戻る日、「手紙を書きます、お待ちください。K.」という封書が届いた。その後、郵送で突然四千五百ルーブルが送られてきて、きつねにつままれたような思いでいると、その三日後、カテリーナからのプロポーズの手紙が届いた。ドミートリーも、すぐさま手紙を書いた。「おれはあることを永久に恥ずかしく思っている」――ペンを滑らせて、「あんたは持参付きの金持ちだが」と、金のことも書いてしまった。まずいことをしたと思ったので、モスクワのイワンに手紙を書いて、すべてを打ち明け、イワンにカテリーナのところへ行ってもらった。「で、イワンは彼女にまいってしまったってわけだ。いまもまいっている」し、カテリーナも「イワンを敬い、尊敬している」。【⇒第3編:女好きな男ども3 熱い心の告白――「まっさかさま」】

 

 帰郷

 28歳のときに帰郷した。実家に住まず、町の外れに別居していた。同年、24歳のイワンも帰郷したが、これは、ドミートリーも関わっている重大な案件のためだった。【⇒第1編:ある家族の物語3 再婚と二人の子どもたち】

 ドミートリーはイワンを絶賛していた。二人は、「これほど似ていない兄弟というのは他に考えにくいほどだった」ので、アリョーシャの目には、その絶賛が特異なものに映った。フョードルとの仲たがいは限界に達していたが、自分が父に対してあまりにひどい態度に出ていることを、心の内で反省していた。一方で、ゾシマ長老の庵室での「場違いな会合」については、自分に対する罠か、あるまじき茶番だと確信している。アリョーシャからは、会合の前日、「約束したことが守られるよう期待している」という伝言がとどく。約束などした覚えはなかったが、「おまえが尊敬してやまない長老に無礼をはたらくようなことはしないし、それよりむしろ、固く口をつぐんでいるつもりだ」と返事をしたが、アリョーシャを安心させることはできなかった。【⇒第1編:ある家族の物語5 長老たち】