ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典65(57人目)

 

~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目12時)~

 

【ドミートリー一覧】

 

人物事典64~ドミートリー・カラマーゾフ(序)~

人物事典65~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目12時)~

人物事典66~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目17時半) ~

人物事典67~ドミートリー・カラマーゾフ(2日目10時~) ~

人物事典68~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目19時半) ~

人物事典69~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目夜~)~

人物事典70~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目の深夜~) ~

人物事典71~ドミートリー・カラマーゾフ(モークロエ)~

人物事典72~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕)~

人物事典73~ドミートリー・カラマーゾフ(予審)~

人物事典74~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕後)~

人物事典75~ドミートリー・カラマーゾフ(公判)~

人物事典76~ドミートリー・カラマーゾフ(公判後)~

 

 

 1日目12時(場違いな会合)

 ドミートリー:「外面はたしかに真実でも、中身は全部嘘っぱちなんだ!」

 遅れて「場違いな会合」にやって来た。長老に祝福を求め、手に恭しく口づけした。そして、フョードルの使いで来た下男のスメルジャコフが、会合を「一時」開始だと言ったため、遅れてしまったと弁解した(本当は十一時半)。長老が「心配はご無用」と言うと、ぶっきらぼうに「ご親切なお言葉をいただけるものと、期待しておりました」と言って、お辞儀した。フョードルにもお辞儀をしたのは、ドミートリーが事前に真剣に決めていたことなのは、明らかだった。着席後、自分が断ち切った話の続きを聞こうと、身を乗り出すように身構えた。そして、ミウーソフが、上流婦人の集まりでのイワンの発言を伝えると、「ちょっといいですか」と口をはさみ、「すべての無神論者の立場からすると、悪事はたんに許されるどころか、もっとも不可欠で、もっとも賢明な結論として認められるべきだ」と、こう言ってるわけですね、と確認し、パイーシー神父がそうだと答えると、「頭に入れておきます」と言ったきり、口をつぐんだ。

 その後、フョードルが、ドミートリーにはフィアンセ(カテリーナ)がいるのに、別の女性(グルーシェニカ)に夢中であることや、居酒屋で二等大尉(スネリギョフ)のあごひげを引っ掴んで引きずりまわしたことを暴露した。ドミートリーは、「恥知らずな偽善者め!」「そんなもの、ぜんぶ嘘っぱちさ! 外面はたしかに真実でも、中身は全部嘘っぱちなんだ!」と、怒りで全身を震わせた。

 

 ドミートリー:「どうしてこんな男が生きているんだ!」

 そして、グルーシェニカに自分を誘惑するようにたきつけたのはフョードルであり、今日こうやって集められたのも、父がスキャンダルを起こすためだったのだと暴露した。ヒョードルが、「決闘だ!」と叫んで、ドミートリーへの侮辱の言葉を投げると、ドミートリーは、「どうして、こんな男が生きているんだ!」とつぶやいた。それを聞いたフョードルは、「聞きましたか、修道僧のみなさん、父親殺しの言い分、聞きましたか」と食ってかかった。さらにフョードルは侮辱を続けていたが、ゾシマ長老がドミートリーの足元にひざまずいて、深くお辞儀をした。ドミートリーは愕然として、その場に立ち尽くし、「ああ!」と叫んで、顔を覆い、部屋から飛び出していった。【⇒第2編:場違いな会合6 どうしてこんな男が生きているんだ!】

 

 

 1日目16時(隣家の庭)

 ドミートリー:「明日、おれは雲の上から飛びおりる。」

 隣家の庭に隠れている。フョードルのところへグルーシェニカが来た場合、スメルジャコフが知らせに来るてはずになっている(今日で張り込み5日目)。そこへ偶然、カテリーナのところへ急ぐアリョーシャが通りかかった。アリョーシャを呼び止めて、こっちへ来るように言う。「明日、おれは雲の上から飛びおりる。明日でおれの人生にひと区切りがつき、そこでまた始まるんだ」と、思わせぶりなことを言っている。そして、シラーの『喜びの歌』を朗唱し、「悲しみの目でケレースがどこを見ても――いたるところ、深い恥辱にまみれた男の姿が見えるだけ!」のところで、すすり泣きを始めた。アリョーシャの手を取って「おれがその恥辱まみれの男のことを考えるのは、おれ自身がそういう人間だからなんだよ」と言う。【⇒第3編:女好きな男ども3 熱い心の告白――詩】

 

 ドミートリー:「彼女が愛しているのは自分の善行なんで、おれなんかじゃない」

 二人の兄とカテリーナの関係についての話を聞いて、アリョーシャが、「でもぼくは、あの人が愛しているのは兄さんのような人で、イワンのような人じゃないと思います」と言うと、「彼女が愛しているのは自分の善行なんで、おれなんかじゃない」と、怒りにかられて叫んだ。「おれは路地裏に沈み、彼女はイワンと結婚する」。そして、アリョーシャに、「おれはもう二度とあなた(カテリーナ)の家には行かないので、どうぞよろしく」と伝えてくれと頼んだ。「じゃあ、兄さんはどこへ行くんです?」とアリョーシャが問うと、グルーシェニカのところだと答えた。そして、グルーシェニカとの間に起きたことを話し始める。

 

 三千ルーブル

 父の代理人の二等大尉を通して、自分の手形がグルーシェニカに渡っていた(父とグルーシェニカがぐるになって、二等大尉を使って、ドミートリー相手に詐欺を働いた)ことを知り、「一発ぶんなぐるために出かけていって、そのままそこに泊まり込んじまった。雷が落ちたのさ、ペストにかかったんだよ」。

 同じ日の朝、カテリーナから、モスクワのアガーフィヤに郵送してほしいと言って渡されていた三千ルーブルを持って、グルーシェニカを連れてモークロエ(ここから二十五キロの村)にくりだし、ジプシーを集め、村人すべてにシャンパンをふるまい、豪遊し、三日間で数千ルーブルを使い切った。「鷹になった気分だったよ」。しかし、グルーシェニカは、「ちらとも拝ませてくれなかったんだ」。そして、「お望みなら結婚してあげてもいいわ」と言って、けらけら笑った。自分は卑しい人間だが泥棒ではないので、カテリーナには三千ルーブル返す必要がある。しかし、その金がないので、泥棒をするしかないので、絶望している。アリョーシャは、「兄さん、兄さんはいま不幸なんですね、ほんとうに!」「カテリーナさんはなにもかも理解してくださいます」と言うが、「いや、何ひとつ許しちゃくれんよ」とドミートリーは笑った(あとで事情が明らかになる/たしかに許してくれなかった)。そして、どうしても三千ルーブル返さなければいけないと、くり返した。

 

 ドミートリー:「もしもの場合は、そのまんまぶち殺しちまうさ。とても耐えきれんよ」

 明日になると手遅れなので、今日中にフョードルのところへ行って、三千ルーブル貸してくれるように頼んでくれと言う。「でもお父さんは絶対にくれません」と、アリョーシャは言う。ヒョードルの寝室には、「わたしの天使グルーシェニカに」と書いた三千ルーブル入った封筒がある。そのことはスメルジャコフしか知らない。フョードルは、イワンをチェルマシニャーに行かせ、留守中にその三千ルーブルをエサに、グルーシェニカを引っ張り込むつもりだ。「兄さん、ねえ、どうしたんです!」と動揺するアリョーシャに、「奇跡を信じているんだ、さあ、行ってこい!」とうながす。アリョーシャが、グルーシェニカが今日とつぜん現れたらどうするのかと聞くので、見つけ次第邪魔をしてやると言う。「もしもの場合は、そのまんまぶち殺しちまうさ。とても耐えきれんよ。」「親父だよ。彼女は殺さないさ」。【⇒第3編:女好きな男ども3 熱い心の告白――「まっさかさま」】