ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典67(57人目)

 

~ドミートリー・カラマーゾフ(2日目10時~)

 

【ドミートリー一覧】

 

人物事典64~ドミートリー・カラマーゾフ(序)~

人物事典65~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目12時)~

人物事典66~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目17時半) ~

人物事典67~ドミートリー・カラマーゾフ(2日目10時~) ~

人物事典68~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目19時半) ~

人物事典69~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目夜~)~

人物事典70~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目の深夜~) ~

人物事典71~ドミートリー・カラマーゾフ(モークロエ)~

人物事典72~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕)~

人物事典73~ドミートリー・カラマーゾフ(予審)~

人物事典74~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕後)~

人物事典75~ドミートリー・カラマーゾフ(公判)~

人物事典76~ドミートリー・カラマーゾフ(公判後)~

 

 

 2日目午前10時

 ドミートリー:「ぜんぶダメになったと思ったら、守護天使が救ってくれた」

 ドミートリーは、サムソーノフの家に現れた。面会を許されたサムソーノフの傲然とした態度をみて、すべてを見透かされているのを感じた。チェルマシニャー村が自分の所有であること、フョードルとの訴訟には勝てる見込みがあり、六千ルーブルもらえることを伝え、自分に今三千ルーブルくれれば、すべての権利を譲渡すると伝えた。そして、「最後の一言を発したとき、彼はふと、すべてがご破算になった、最悪なのはおそろしくたわけたことをしゃべるちらしたことだと感じ、絶望的な気分に陥った」。サムソーノフは、「残念ですが、わたしどもはそのような仕事を手がけておりませんものでして」と言って、森林の売買を手掛けているリャガーヴィ(猟犬)という人物を紹介した。「そりゃ名案だ!」と有頂天になり老人の手を握ったが、「老人の目になにか悪意に満ちたものがちらりとよぎる」のを感じて、思わず手を離した。そして、自分の猜疑心をいましめ、足早に立ち去った。「ぜんぶダメになったと思ったら、守護天使が救ってくれた」と思った。しかし、老人の言葉は、実務的な助言ではなく、単にからかっていただけだった。【⇒第8編:ミーチャ1 クジマ・サムソーノフ】

 

 2日目午前12時

 手元に金がないので、銀時計をユダヤ人時計屋に六ルーブルで売り、下宿の主人から三ルーブル借りた。ヴォローヴィア駅に向かったが、グルーシェニカのことが気になるので、夕方までには帰らなければと思っていた。道のりは思ったより遠く、仲介人のイリンスキー神父には自宅で会えず、隣村に出向く必要があった。隣村で神父を探しているうちに夜になってしまった。

 

 2日目夜

 ドミートリー:「リアリズムってのは、なんて恐ろしい悲劇を人間にもたらすもんなんだ!」

 神父は、リャガーヴィが、森林売買のためにスホーイ・ポショーロクという集落に行っており、その森番の小屋に泊まっていると教えてくれた。神父の道案内で小屋まで歩いたが、リャガーヴィは泥酔状態だった。あせってひっぱったりゆさぶったりしたが、男はバカげた調子で「すさまじい悪態をつきはじめた」だけだった。朝まで待つべきだと言う神父に、「朝までだって? とんでもない、そんなの不可能だ?」「リアリズムってのは、なんて恐ろしい悲劇を人間にもたらすもんなんだ!」と絶望した。そして、リャガーヴィが起きるのを小屋に泊まって待つことにした。深く恐ろしい憂鬱に、暖房による酸欠が重なって、不意にグルーシェニカが父の家に駆けこんでいく光景が浮かび、椅子から立ち上がった。「悲劇だ!」叫んで、恐ろしい嫌悪をこめて、相手の寝顔を眺めた。「おれの運命がかかっているこの穀つぶしが、まるで別の惑星から来たみたいに、なにごともないみたいに高いいびきをかいてやがる」。おそろしい頭痛がしてきて、それはひどくなる一方だったが、ふいに眠ってしまった。二時間ほどして頭痛で目を覚ました。自分に何が起きているのか理解できなかったが、「暖炉をたきすぎた部屋でおそろしい酸欠が起こり、あやうく死ぬところだった」ことに気づいた。ドミートリーは叫びながら、森番の部屋に駆け込んだ。その後、半時間ほど、かかりきりでリャガーヴィの頭を水で濡らしていたが、ドミートリーは眠ってしまった。

 

 

 3日目午前9時

 ドミートリー:「なんという絶望だろう、あたり一面、死ばかりだ」

 目を覚ましたのは、9時くらいだった。飛び起きると、リャガーヴィはまたもや取り返しのつかないほど泥酔していた。昨日からあったウォッカの瓶は空になり、新しい瓶も半分空いていた。森の売買について持ちかけ、自己紹介したが、リャガーヴィは「嘘つけ!」「ペンキ屋だな!」を叫んで、にたにた笑っている。不意に、サムソーノフが自分をからかったのだと気づいた。子どものように弱り切っていたので、リャガーヴィに対する憎しみや、サムソーノフへの仕返しも、念頭になかった。小屋を出ると、あてずっぽうに歩き出した。完全に打ち負かされ、気力も体力も失われていた。森から出ると、みわたすかぎりの草原が現れた。「なんという絶望だろう、あたり一面、死ばかりだ」と心の中で繰り返した。通りがかりの辻馬車に拾われ、駅まで連れて行ってもらった。

 

 3日目午後3時半

 ヴォローヴィヤ駅へ到着した。チェルマシニャーに向かおうとしていた(実際は向かわなかった)イワンが、数時間前にこの駅を通過していた。恐ろしい空腹から、目玉焼きと厚切りパンをほおばり、サラミを口に入れ、ウォッカを三杯飲みほした。急に元気が出てきて、気持ちがはればれしてきた。「今日こそけりをつけてやる!」と言って、ただちにグルーシェニカの家に駆けだした。【⇒第8編:ミーチャ2 猟犬】

 

 3日目夕方

 グルーシェニカの家に突撃する。サムソーノフのところへ行かなければいけないと言う彼女を送り届けた。グルーシェニカの楽しそうな笑顔を見ると、「たちまち元気が出て、即座にすべての疑いを忘れ、うれしいはずかしさとともに自分の嫉妬をきつく叱る」のだった。しかし、下宿に戻ると、再び嫉妬の念が頭をもたげた。新しいプランのために、まずは決闘用のピストルを担保にして、武器愛好家のペルホーチンに十ルーブル借り、フョードルの隣家に行く。

 

 3日目午後7時

 スメルジャコフ発病の知らせを聞いて、大きなショックを受けた。見張り番がいなくなったことで、グルーシェニカのことが再び気になったが、一時間だけ犠牲にすることにして、ホフラコーワ夫人のところへ向かった。「夫人は自分の頼みを拒否しないという異様な確信」が彼の中に生じていた。そもそも夫人とは、このひと月なかば絶交状態にあり、「ヒステリーを起こすぐらい自分を嫌っていること」を知っていた。しかし、カテリーナを捨てて永遠に出て行くためなら、「あの手の甘ったれの上流女」は、「ぜったいに出し惜しみすることはない。おまけにあんな金持ちなんだし」と判断したのだった。ドミートリーのプランは、チェルマシニャーの土地の権利を提案するという変わり映えのないものだったが、この考えに有頂天になっていた。「どんな新しいアイデアにも、彼は情熱的に身をゆだねるのである」。そして、これが自分の最後の望みであることを、「完全に、もはや数学的に、明確にさとった」。この望みがついえたら、「三千ルーブルのためにだれかを殺して強奪するしかない」。