ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典73(57人目)

 

~ドミートリー・カラマーゾフ(予審)~

 

【ドミートリー一覧】

 

人物事典64~ドミートリー・カラマーゾフ(序)~

人物事典65~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目12時)~

人物事典66~ドミートリー・カラマーゾフ(1日目17時半) ~

人物事典67~ドミートリー・カラマーゾフ(2日目10時~) ~

人物事典68~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目19時半) ~

人物事典69~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目夜~)~

人物事典70~ドミートリー・カラマーゾフ(3日目の深夜~) ~

人物事典71~ドミートリー・カラマーゾフ(モークロエ)~

人物事典72~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕)~

人物事典73~ドミートリー・カラマーゾフ(予審)~

人物事典74~ドミートリー・カラマーゾフ(逮捕後)~

人物事典75~ドミートリー・カラマーゾフ(公判)~

人物事典76~ドミートリー・カラマーゾフ(公判後)~

 

 

 ドミートリー:「ほう、そういうことなら、親父を殺したのは、悪魔ってことになる!」

 イッポリートが「凶行に及んだのは、あの男ということになりませんか?」と問うと、ドミートリーは、犯人はスメルジャコフではないと言う。理由を問われると、「そう確信しているからですよ。印象からです。だって、スメルジャコフなんて下劣きわまりない男だし、臆病者ですからね。世界中の臆病をいっしょにした固まりが、二本足で歩いているようなもんです」と言う。そして、フョードルを自分は殺していないと、興奮にかられて叫んだ。

 スメルジャコフが癲癇の発作でベッドで寝たきりだと聞くと、「ほう、そういうことなら、親父を殺したのは、悪魔ってことになる!」と口走った。そして、塀の上から飛び降りた理由や、ハンカチで血を拭いた理由をたずねられ、いらだちながら、「たんに確認したかった」と口走ったため、興奮の中にありながらも、決断力、冷静さ、計算……などを持ち合わせていた」と記録されてしまった。そして、話が金の出所のことになると、「ぼくは言いませんよ」「でも、やっぱり言いません」とかたくなに拒み、その理由は「恥辱」だと言う。ネリュードフが計算した結果、持っていたのは三千ルーブルではなく、千五百ルーブルだったということが判明し、ほかに隠していないか、服を脱がなければいけなくなった。【⇒第9編:予審5:第三の受難】

 

 ドミートリー:「犬ころみたいに扱いやがって」

 下着まで脱ぐことを命じられ、「遠慮も何もあったもんじゃない」「最低限の礼儀すら守ってないじゃないか」とショックを受けた。ネリュードフが高飛車で尊大な態度をとっているように見えて来た。そして、いったん裸にされると、自分がまるで彼に対して罪があるような気になった。予備判事ネリュードフと検事イッポリートが出て行ったあと、農民たちにじろじろ見られるのが耐えられず、「犬ころみたいに扱いやがって」と、さらに腹が立った。

 特に、「自分の足を嫌い、これまでなぜか両足の親指ができそこないと思いつづけていた」ため、それを見られていることにとてつもない恥ずかしさを感じた。なかなかネリュードフが戻ってこないので、「拷問じみた長さだ」「おれを犬みたいに扱いやがって」と腹を立てていた。ようやく戻って来たネリュードフが、カルガーノフに借りた衣装を持って来たので、「他人の服なんか着ないぞ!」といきりたち、「カルガーノフの畜生、あいつの服も、あいつも、悪魔に食われるがいいんだ!」と叫んだ。ネリュードフは、証拠品だからと言ってドミートリーを落ち着かせるが、見世物になっているようで、ひどく傷ついた。

 

 証人尋問

 ドミートリー:「そうだ、ドアだ!……あれは亡霊だ! 神さまはぼくが嫌いらしい」

 証人尋問に入り、ネリュードフが所持金の出所について再び問うと、不意に指輪の石が何なのかと、いらいらした調子でたずねた。「スモーキー・トパーズって石ですがね」とにこりとして答える。その後、興奮していろいろまくしたて、「ぼくは黙秘します。あなた方の証人を呼んでください!」と言って黙り込むが、検事イッポリートが、開いていたドアについて問うことで突破口を開く。

 グリゴーリーが、ドアは開いていたと証言したと聞き、「冗談じゃない! よくも、ぬけぬけと、ドアが開いているのを見るはずがない、なぜって、そのときドアは閉まってたんだから!」と憤慨する。さらに、イッポリートが、封印の破られた三千ルーブル封筒を見せて、「現金はこのなかにありませんでした」と言うと、ドミートリーは茫然として、「これはスメルジャコフのしわざです!」と全身の力をこめて叫んだ。そして、枕の下に隠されていることは、あなたも知っていたはずだと問われ、「冗談ですよ、ばかばかしい! 枕の下にあるなんて、ぼくはぜんぜん知らなかった」「ぼくはわざとでたらめを言ったんですから」と、前言をひるがえす。イッポリートが、「あなたは現場状況をお忘れになっています」と指摘すると、「ドアか、ドアね」とつぶやいて力なく腰を下ろし、「そうだ、ドアだ!……あれは亡霊だ! 神さまはぼくが嫌いらしい!」と叫んだ。さらに、イッポリートが、「ドアが開いていてそこからあなたが逃げ出したという証言があり、その証言にあなたもわたしたちも圧倒されている。

 

 ドミートリー:「泥棒というのは卑怯者より卑劣なんです、それがぼくの信念です」

 他方、あなたの両手に突如現れた金の出所をめぐって、わけのわからない、頑固な、ほとんど依怙地といってもよい黙秘がある。」と説明すると、ドミートリーは、想像もできないほどの興奮にかられながら、「みなさんにわたしの秘密を明かします。どこから手に入れたか明かします!……あとであなた方を、自分を責めることがないよう、恥辱を明かします……」と言った。【⇒第9編:予審6:検事はミーチャを追い込んだ】

 「さっきの金は、ぼくのものでした」と告白すると、検事と予備判事の顔に失望が浮かんだ。今日持っていたのは三千ルーブルではなく、千五百ルーブルだった。この一か月、ぼろぎれに縫い込み、首からかけて持ち歩いていたものだ。この金は着服したカテリーナの三千ルーブルのうち、前回のモークロエ豪遊で千五百を使った残り半分だった。予備判事ネリュードフは、「こいつはほとんど、おみごと、とでもいうか‥‥…」とあいまいに洩らした。ここで、「検事イッポリートがついに口を開いた」。カテリーナの金を着服したことは、町の人たちも薄々わかっており、恥辱的であるとまでは言えない。なぜ千五百ルーブルについて、異常に秘密を押し通したのか。ドミートリーは、「千五百ルーブルを、三千ルーブルから取り分けたってところが、問題なんです」とこだわるが、検事イッポリートは「わかりません」と言って、「やはり妙なのは、あなたがそこに決定的なちがいをみておられるってことです」と、冷ややかに笑った。ドミートリーは、「泥棒というのは卑怯者より卑劣なんです、それがぼくの信念です」と熱弁するが、「お気持ちはよく理解できますし、その点を争うつもりはありません」といなされ、「取り分けておいた千五百ルーブルを、もともと何に使うおつもりだったのか? この点を、なんとしても、お聞きしなくてはなりません」と問い返される。グルーシェニカが、「好きなのはあんたよ、地の果てに連れてって」と決断した場合、自分の貧乏など許すはずがないので、半分だけで豪遊して、いざというときのためにとっておいた。検事は大声で笑い、予備判事も「むしろ賢明ですし、道徳的だと思いますよ」と笑った。

 

 ドミートリー:「ぼくは、朝の五時に夜明けとともにここで死ぬと、ここで宣言したんですよ!」

 ドミートリーは、料理屋で喧嘩したり、親父をなぐったりしたのは、自分を泥棒だと感じていたからなんです!と言う。アリョーシャにさえ千五百ルーブルのことは打ちあけられなかった。千五百ルーブルを持ち歩いていたなら、明日にでも出かけて行って、カテリーナに返すことができる。だから、卑怯者だが、まだ泥棒ではない。しかし、ペルホーチンの家に向かう途中、腹を決めて袋を引きちぎってしまった。なぜ昨晩そんな決心をしたのかと問われると、「聞くだけ野暮ってもんですよ。だって、ぼくは、朝の五時に夜明けとともにここで死ぬと、自分に宣告したんですよ!」と答える。

 検事イッポリートは、「あなたのことが少しずつわかってきました」と同情にあふれたゆったりした口調で、「それはあなたの病的な神経にすぎない」「あなたの窮状を見れば、彼女だって寛大な気持ちになって、拒否はなさらなかったはずです」と言う。ドミートリーは、「あなたはぼくのことを、ほんとうにそれほどの卑怯者って考えておられるんですか?」と問い、「彼女は復讐の念から、ぼくに対する軽蔑からくれたでしょう。だって彼女は、やっぱり魂に悪魔が住んでいるし、とてつもない怒りを秘めた女性ですからね。で、ぼくはといえば、そのお金、やっぱり受け取っていたでしょうね」と続けた(すでに借りていた三千ルーブルが、実際はこういうたぐいのものだった)。ネリュードフは、それは「重要な供述」だと言った。

 

 ドミートリー:「拷問好きなやつらめ、呪われるがいいんだ!」

 検事は、なぜ「三千ルーブル」使ったと嘘をつく必要があったのかと問う。「知るもんですか。自慢したかったんでしょうね、きっと」。そのあと、首からさげた袋がどのようなものだったかをしつこく問われ、「もうやめます、これ以上がまんできない、たくさんです!」「拷問好きなやつらめ、呪われるがいいんだ!」と絶望して口を閉ざした。そして、不意に「窓のそとを見てもいいですか?」と言う。雨が激しく打ち付けていた。日の出の光と共にピストル自殺するつもりだったが、こんな雨の朝の方が良かったのかもしれないと、薄笑いをもらす。

 グルーシェニカについて、検事は「われわれとしてはいまのところ、いかなる点でも、ご迷惑をおかけする重大な理由は持ち合わせていません」と明言すると、ドミートリーは「みなさん、みなさんに感謝します」と応じた。検事は証人尋問に急いで移ろうとするが、予備判事が、「まず、お茶をいっぱいどうでしょう」と割って入った。ドミートリーは、ショックで憔悴しきっていた。【⇒第9編:予審7:ミーチャの大きな秘密、一笑に付された】

 

 ドミートリー:「昨日殺された親父の血にかんしては、ぼくは無実です!」

 トリフォーンは三千ルーブルあったと証言し、ドミートリーが反論しても折れなかった。カルガーノフが、ポーランド人を追い出した後の二人の関係について証言したときには、口を挟まなかった。ポーランド人(ここではじめてムシャロヴィチという名前が明らかになる)が、グルーシェニカとの過去の恋愛について話したときには、「卑怯者!」と激高して、ネリュードフに止められた。手付金の七百を払ったあと、どのようにして二千三百ルーブルを手に入れるつもりだったのかを問われると、チェルマシニャーの権利書をあてにしていたとのことだったので、検事は「言い逃れの無邪気さ」に薄笑いをもらした。

 ドミートリーが、「みなさんのいる前に、アグラフェーニャ(グルーシェニカ)さんに、ひとことだけ言わせてください」「どうか、神様とぼくを信じてください。昨日殺された父親の血にかんしては、ぼくは無罪です!」と言って、腰をおろした。グルーシェニカは、うやうやしく聖像に十字を切り、「主よ、あなたに栄光が賜りますよう!」と熱のこもる、しみじみとした声で言った。「この人、思ったことをなんでも口にしてしまう人なんです。人を笑わせるためだったり、頑固なせいだったり。でも、良心に恥じることなら、ぜったいに嘘はつきません。真実をそのまま、はっきりと言います。それを信じてください!」と言い、ドミートリーも、「ありがとう、アグラフェーニャさん、これで生きた心地がしてきた!」と言った。

 

 餓鬼

 しかし、元気になったのもつかの間、急に奇妙な脱力感におそわれ、眠りにおち、奇妙な夢を見た。草原の真ん中を馬車に乗って進んでいる。近くに村があり、百姓家の半分は焼け落ちており、村の入口に大勢の女たちが大行列している。ドミートリーが「どうして泣いているんだ?」と問うと、「餓鬼ですものねえ」と馭者が答える。「どうして手がむきだしなんだ、どうしてくるんでやらないんだ?」「どうしてああやって、焼け出された母親たちが立っているのか、どうしてみんな貧しいのか、どうして餓鬼はあわれなのか、どうして草原は空っぽなのか、どうして女たちは抱き合って口づけしないのか、どうして歓びの歌を歌わないのか」と、問いを重ねるうちに、感動が心のなかに湧き上がって来る。そして、「一生あなたについていくわ」というグルーシェニカの言葉が響く。「新しい世界に向かっていきたい!」と心が燃え上がり、目が覚めた。一時間以上眠っていたことに気づいた。だれかが枕を持ってきてくれていたことを知り、「そんな親切な方がいらっしゃったんですね!」と有頂天になった。「すばらしい夢をみたんです!」と言って、どんな内容の調書にでもサインすると言った。【⇒第9編:予審8 証人尋問、餓鬼】

 

 ドミートリー:「許してください、みなさん!」

 グルーシェニカと最後の別れをさせてほしいと言った。「あんたのもの、って言ったわ、これからも、あんたのものよ、一生あんたについていくわ、どこに送られていくことになっても。さようなら、あんたは、無実の罪に、自分をほろぼした!」「グルーシェニカ、ぼくの愛を許してくれ、ぼくが好きになったばかりに、きみまで破滅させてしまった」と言った。「許してください、みなさん!」と言って、トリフォーンの名前を呼ぶが、無視された。マヴリーキーに、口のきき方に気をつけろと言われる。再びトリフォーンの名前を呼ぶが、傲然と無視された。「さようなら、ドミートリーさん、さようなら!」と、どこからともなく、カルガーノフが飛び出して来て、手を差し伸べた。ドミートリーは、かろうじて握手して、「君はほんとうに優しい男だった、金の広い心、忘れないからね!」と叫んだ。馬車が動き出して、二人の手は切り離された。【⇒第9編:予審9 ミーチャ、護送される】