何より、学会にとって永遠の師匠である池田大作の臨終の相は、学会が大聖人様の御心に叶うか否か、引いては、師は針のごとく、弟子は糸のごとしであれば、全学会員の成仏不成仏を占う重大事であります。
池田大作の臨終を刮目しなければならない理由はそこにあるのであります。
翻って、浅井先生の御金言通りの成仏の妙相は、先生の御信心が大聖人様の御心に叶い奉り、ゆえに先生が指さされたまま信心修行に励むならば一生成仏を遂げさせて頂き、ついには広宣流布の大願を成就する事を意味しているから有難いのであります。
全学会員は池田大作の道連れにされて入阿鼻獄となるために信心しているのではありません。
今生に宿命転換して幸せになり、後生には永遠に崩れぬ仏果を得るこの現当二世の幸福を得るために信心しているのであれば、正しき師匠について大聖人様の御心に叶う信心をしなければなりません。
池田大作は日本及び全世界を仏国と化し、全人類を現当二世に救わんとあそばされた御本仏日蓮大聖人の究極の大願たる国立戒壇の御遺命を破壊せんとした。
これまさに、流罪・死罪の大難を耐え忍ばれた御本仏の一大御化導を水泡に帰せしめ、その御眼をくじくの大罪であります。
加えて、あろう事か大聖人様の出世の御本懐たる本門戒壇の大御本尊を六百万学会員に捨てさせるという極限の大謗法を犯し奉ったのであります。
池田大作のこの極重の罪禍に鑑みれば、その悪臨終の様は善無畏・一行、弘法・慈覚などの諸宗の元祖を上回るものであった事は疑いありません。
六百万学会員は臨終の大事をしかとわきまえ、悪師池田大作を捨てて浅井先生を正しき師匠と仰ぐべきであります。
先生は、六百万学会員を救わん特集号にかく仰せ下さいました。重ねて示します。
「『曾谷抄』には『師なれども誤りある者をば捨つべし』と仰せ下されている。
学会員は早くこの悪師を捨て、大聖人様の仰せのままの信心をしなければいけない。
私は、学会員を憎いと思った事は一度もない。ただ不憫に思っている。
せっかく大聖人様に縁し、戒壇の大御本尊を信じる身になれたのに、今悪師に誑かされて今生には功徳を失い、後生には入阿鼻獄となる。これほどの悲惨はない。
私は、六百万学会員を救いたい。
早く全学会員が正義に目覚めて、共に大聖人様に忠誠を尽くし、御遺命成就に戦う同志とならん事を心から念願している」と。
もはや信じるべき対象の本門戒壇の大御本尊を捨て奉り、学会員にとっての永遠の師匠である池田大作の死亡が不自然極まる形で公表された学会の崩壊は火を見るより明らかであります。
いよいよ第六天の魔王の呪縛から解き放たれた六百万学会員が浅井先生を無二の師匠と仰ぎ、共に御遺命成就に戦う同志となり、怒涛の大前進が成される事疑いありません。
されば、かかる先生の御慈愛こもる御指導を伝えて、急ぎ六百万学会員を救ってまいろうではありませんか。
令和5年 12月22日 12月度 総幹部会 浅井会長指導