追体験・続報(シンクロニシティ) | 神産巣日神(かみむすびのかみ)のブログ

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古来、日本では、「愛」と云う字を使わないで、「産巣日(むすび)」と言いました。「むすび」と云う言葉は、「愛」と云う言葉よりも非常に深遠な意味を含んでいるのです。ときに、神産巣日神は「造化の三神」の内の一柱の神であり、獨神(ひとりがみ)で御座います。唯々感謝。

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 さて、去る4月10日(金)の「追体験」のブログ

 

 

の上段に、

「(前略)去る 5年前の7月23日(木)の『オランダ(蘭)・1』のブログの中段やや下に、

『(前略)ポール・セザンヌ(以下、セザンヌと記させて頂きます)にちなませて頂きますと、御承知のように、セザンヌは【りんご】の絵で有名ですね。セザンヌのことは、去る10月15日(水) の【りんごの効用 】のブログ の下段やや上に記させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。このセザンヌの『りんご』の絵を見ていますと、りんごりんごの色には 赤だけでは なくて、深紅色、深緋ふかひ色、朱色しゅいろ、黄色 そして 黄緑色など いろいろな色があることに気付かされます。すなわち、芸術とは、美術家の目から見たら どのようにえるのであるかを追体験することなのですね。 ちな みに、芸術とえば、音楽でも、作曲家の頭の中に どのような音楽が流れているのであるかを 鑑賞することによって 追体験することが出来ます。なお、このことは 芸術のことばかりではなくて、文学にも当てまると思われます。つまり、文学を鑑賞することも、その作家の世界観を追体験することになるのであります。ついながら、去る 6年前の12月17日(水)の『万年筆』のブログの冒頭で言及致しました友人 そして 家政婦たちなどに このことを話しましたら、誠に有り難いことに 納得してくれました。

 

 

セザンヌの「りんご」の絵

 

 

 

(後略)」と記させて頂きました。日本でも、さらに 素晴らしいことに、上記のように 美術家の目から見たら どのようにえるのであるか ということを追体験することが出来る作品があります。すなわち、速水御舟はやみぎょしゅうの作品である「翠苔緑芝すいたいりょくし」です。 ちな みに、この作品の緑色の変化に 目がいくと、自然界にも いろいろな緑があることに気が付きますね。なお、速水御舟はやみぎょしゅうは 40年の短い生涯の中で 常に作風を大きく変え、実験的なこころみを繰り返したとされています。その中でも この絵画は、速水御舟はやみぎょしゅう 本人が 「後世、この作品だけは 面白おもしろい絵だと 言ってくれるだろう。」と語ったほど 斬新ざんしんな作品とされています。ついながら、速水御舟はやみぎょしゅうの絵画には、重要文化財の「炎舞えんぶ」などの作品があります。 ちな みに、去る 一昨年おととしの11月3日(土)の「さかき(文化の日・父親の食事)・8」のブログの上段に、

「(前略)複数のヘルパー(日本語:家政婦)には 話すことですが、特に 昭和天皇陛下 そして 明治天皇陛下のことを尊敬致しております。(後略)」と記させて頂きました。なお、生物に造詣ぞうけいの深い 昭和天皇陛下は、この「炎舞えんぶ」の画を見て 「の眼がきているね」とおっしゃった とのことであります。ついながら、某・美術短期大学を卒業した 姉に この「炎舞えんぶ」を見せましたが、西洋絵画(油絵)専攻のためか 関心を示してくれませんでした。

 

 

速水御舟はやみぎょしゅうの作品「翠苔緑芝すいたいりょくし」(金地の屏風びょうぶ右隻うせき

 

 

速水御舟はやみぎょしゅうの作品 「炎舞えんぶ

 

 

 

 ときに、去る 5年前の7月23日(木)の「オランダ(蘭)・1」のブログの中段やや下に

「(前略)話を戻しますが、ゴッホの作品に、『ドービニーの庭』があります。御承知のように、最初に描かれた作品は、スイスのバーゼル市立美術館(Basler Kunstmuseum)に収蔵されています。そして、最初の作品を複製したと思われる作品が日本のひろしま美術館に収蔵されています。

 バーゼル市立美術館の作品に見られる、『ドービニーの庭』の左下部分の『黒猫』は、ひろしま美術館の作品では一見いっけんして欠けています。これは1900年にオークション(英語:auction)にけられた際の写真には黒猫が確認できること、ひろしま美術館の作品の左下の該当部分がやや色合いが異なることなどから、後日エミール・シェフネッケル(Claude-Émile Schuffenecker)の筆によって『黒猫』がりつぶされたものと考えられています。まったく違う種類の絵の具がされているのです。

 

 

オランダ(蘭)・1

日本のひろしま美術館に収蔵されている 「ドービニーの庭」(上記のように、作品の左下の該当部分が やや色合いが異なることが お分かり頂けると存じます)

 


 

 『黒猫』は、ゴッホ自身の象徴であり、しかも、ゴッホの将来を暗示しているとされています。そして、前者の作品には『黒猫』がえがかれているのに対して、後者の作品には『黒猫』がえがかれていないことについてゴッホのメッセージがめられているという説を述べている、日本の某・著書があります。すなわち、自分に対する意味をめて、厄介やっかいな存在は消えるべきという、ゴッホのsuicide(英語)(ネガティブ[英語:negative]で御座ございますし、お読み下さっている方々かたがたに影響をぉ与えすることの無いように、日本語でつづることを控えさせて頂きましたが、以前、それではわからない、と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。自殺のことで御座ございます。以下、suicideと記させて頂きます。)予告のメッセージであるというのです。ゴッホは、この「ドービニーの庭」の作品がえがかれた1890年に、37歳でsuicideしています。しかしながら、最新科学の分析の結果、後者の作品には、当初『黒猫』がえがかれていて、suicide予告の絵ではないことがかりました。1901年4月頃、りつぶされたとのことです。このことにより、定説がくつがえされました。

 では、何故なぜ、後者の作品では『黒猫』が消されたのでありましょうか。生前、ゴッホの絵画はほとんど売れませんでした。売れた絵が1枚しかなかったと言われています。前述致しましたモネが『草上の昼食』をえがいた頃と同様に、ゴッホも貧しかったのです。前述の、ゴッホの死後約10年の1900年にオークションにけられたときにも、ゴッホの絵画はほとんど売れていなかったとのことです。そこで、当時まだ有名でなかったゴッホの絵を修復して、無名の画家がえがいた綺麗な風景画として売るために、前述致しましたように、ゴッホ本人ではなくてエミール・シェフネッケルによって、不吉な「黒猫」がりつぶされたとのことです。

 

 自分の死後、他人の手によって、販売目的で作品が修正されるということは、ゴッホにとりまして不本意なことであったのではないかと思われます。(後略)」と記させて頂きました。

 なお、上記の 速水御舟はやみぎょしゅうの作品である「翠苔緑芝すいたいりょくし」に、こけの上で 一点を見つめる「黒猫」が描かれています。この「黒猫」にちなませて頂いて、上記の ゴッホの作品である「ドービニーの庭」のブログ記事を引用させて頂きました。さらに、この内容を記させて頂こうと思いましたら、自宅の敷地内に、近所の「黒い猫」がました。そして、下の画像のように こちらの一点を じっと見ていました。慣れているのか くつろいでいて、写真を撮影りましても まったく逃げようとしません。ついながら、家政婦が 猫が好きなので、この画像を見せました。

 

 

近所の猫

 

 


 ところで、去る 一昨年おととし9月18日(火)の「訪問看護(父親)・12・前編」のブログの中段やや下に、

「(前略)去る4月23日(土)の『親への買い物・10・続報』のブログの中段やや上に、セレンディピティ(英語:serendipity)のことを記させて頂きました。また、去る5月28日(月)の『リハビリテーション(父親)・8』のブログの中段やや上に、

『(前略)この理学療法士のかたと シンクロニシティ(英語:synchronicity)(日本語訳では【共時性きょうじせい】)の話になりました。それで、東洋 すなわち 仏教では、因果律という さらに 深い言葉がありますね と話しました。すると、誠に有り難いことに うなずいてくれました。ちなみに、シンクロニシティに関しましては、去る4月28日(土)の【姉からの連絡(シンクロニシティ)】のブログの下段やや下に、

【(前略)去る2月16日(金)の〖母親の入院〗のブログの上段に、

〖(前略)去る9月11日(金)の〔親への買い物・15・前編〕のブログの下段に、

〔(前略)上記の知床のことを記しましたら、このスーパー・マーケットで 〘知床旅情〙の曲が流れていました。それで、去る11月5日(水)の〘くもの糸(シンクロニシティ)〙のブログ そして 去る 昨年の7月17日(金)の〘プチ・トマト〙のブログ のそれぞれ上段などに記させて頂きました シンクロニシティ(英語:synchronicity)(日本語訳では〘 共時性きょうじせい〙)のことが思い出されました。(後略)〕と記させて頂きました。この救急車を呼んだということも、このシンクロニシティのように思われました。(後略)〗と記させて頂きました。なお、不思議と 前述致しましたのは、同じ日に おば(高祖の孫)も 姉も 同じ 某・東京医科歯科大学に受診することを聞かされたからであります。まさしく、上記と同様に シンクロニシティであるように思われました。(後略)】と記させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。このセレンディピティ と シンクロニシティが 両方 起きたような気がしました。(後略)」と記させて頂きました。

 ならびに、去る 昨年の10月17日(水)の「5年目の感謝(迷惑メール[シンクロニシティ])(父親の食事)」のブログの上段に、

「(前略)すなわち、1日違いで 両者の金3,000円という金額が同じでしたので、このシンクロニシティが起きたような気がしました。(後略)」と記させて頂きました。上記の「黒猫」につきましても、このシンクロニシティが起きたような気がしました。

 

 (義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております)

 本日も、最後 まで  お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)