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北極の危機

北極海の氷が減りシロクマが溺死しているというニュースが流れました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110813-00000124-san-int


実際問題、夏の北極海の海氷の減少はかなり深刻です。想像を超えるスピードで減少していると言っていいかもしれません。


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 7月の海氷面積の推移、NSIDC より。

 今年の7月の海氷面積は観測史上最低を更新しました。しかしそれよりはるかに深刻なデータがあります。体積です。一見同じ氷でも、近年の氷は表面を薄く覆っているにすぎないという領域が急拡大しているのです。



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 北極海の海氷体積の経時変化、polar science center より。


 体積で言うと、2011年7月の氷の体積は1979-2010年の平均値に比べると半分以下になってしまったと推定されます。しかもここ数年、明らかな加速傾向が見られます(一時的なものである可能性も残ってはいるかもしれませんが・・・)。

 また、これまで氷で覆われ夏でも自由な航行は不可能だった北極海ですが、2008年になって有史以来初めて全通しました。今年も去年同様(いや、おそらくもっと早く)全通することが確実視されています。

http://weathernews.com/GIC/nreport/wreport/2011/20110816_j.html


 このペースだと、下手をするとあと10年で夏の北極海から氷が消滅する、ということにもなりかねません(これに関しては気候変動覚え書き さんのページでも言及されています)。 どうも北極海については、私たちの予想は甘かったのかもしれません。

 

銀の匙 Silver Spoon


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これは本当にすごいマンガです。余計なことは言いません。皆様、ぜひご一読を。

氷の下からよみがえるもの

Nature Climate Changeが、ある記事を無料公開しています。

http://www.nature.com/nclimate/journal/v1/n5/pdf/nclimate1167.pdf


 「気候変動に伴い、北極の氷や海水中に封じ込められていた過去に排出された汚染物質が再揮発しており、それは今後長い間継続する」というものです。PCBHCHDDT など、農薬や殺虫剤としてかつて大量に使用されていた(そして現在ではほとんど使われなくなった)物質が、再揮発の例として示されています。

 

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IPCCのシナリオA1Bによる、2100年までのPCB、HCHの大気中濃度予測。同論文より。



 PCBやHCHはすでに使用が禁止あるいは厳しく規制されており、新たに大気中に排出されることはほとんどありません。したがって今後は減り続けてもよさそうなものですが、実際には2030年頃に大気中濃度が最大に達するものが多く見られます。PCB153やγHCHに至っては、2100年になってもまだ増加を続ける予想です。

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PCB153(左)およびγHCH(右)の構造

 これらは直ちに健康被害を与えるほどのものではないでしょう。しかし、今後の注意深い観測が必要な事象かもしれません。

 また、これらの影響は有機物に限らず鉛や水銀などの無機物でも現れてくるでしょう(鉛は揮発というより流出という感じですが)。

http://www.geochem.jp/journal_j/contents/pdf/39-4-183.pdf

 メタンなど強力な温室効果ガスも封じ込められていますし、氷の融解は海面上昇以外にもいろいろな影響をおよぼすもののようです。

背伸びする南極大陸

 南極大陸は分厚い氷床に押し付けられ、そのかなりの部分が海面下にあります。


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氷を取り除いた場合の南極大陸の標高。かなりの部分が海面下にある。wikipedia より。


 もし氷の重みが取り払われれば、南極大陸は「背伸び」しますが、実際に南極大陸がゆっくりと隆起している、という報告がありました。

http://www.newscientist.com/article/mg21128235.300-antarctica-rising-as-ice-caps-melt.html

 隆起速度は年間4mm。非常にゆっくりしたものではありますが、これは氷床の融解(南極における融解速度は200Gt/年と見積もられている)に伴いその重みが減りつつあることの有力な証拠になります。

 ただ、これは今おきつつある氷床融解によるものではなく、前回(5,000~10,000年前)に起きた氷床融解による可能性もあるとのことです(ヨーロッパ大陸は今でも隆起を続けています)。

 しかし、現実に氷が大規模に融解しつつあること、グリーンランドでは同様の現象がさらに早い速度で進んでいることから、やはり今起きつつある氷床の喪失の影響が大きいと思われます。

繁栄-明日を切り拓くための人類10万年史


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 人類史を俯瞰するというのは愉しいものです。以前紹介しましたが 、「銃・病原菌・鉄」に衝撃を受けた私としては、こんなタイトルの本を読まないわけにはいきません。

 読み終えて、いろいろ思うところはあるものの、なかなかに面白い本であったのは間違いありません。

 

 まず、この本は「10万年史」と副題にありますが、歴史についての言及はアクセントにすぎず、むしろビジネス書だな、というのが私の感想です。実際、原語タイトルは、"The Rational Optimist: How Prosperity Evolves"で、10万年史などとはどこにも書かれていません。忠実に訳したら"合理的な楽観主義:どのようにして繁栄は進化したのか"くらいでしょうか。

 著者は基本的に楽観主義的立場に立っていることを強調しています。また、読者もそうなってほしいと主張しています。

・人類はいつの時代も悲観主義的な考えに陥り、「時代はどんどん悪くなっている、未来は真っ暗だ、過去に戻るべきだ」という主張はいつの時代でも説得力がある意見だった。しかし実際には、未来(すなわち過去から見た現在)において悲観主義者が唱えた破滅はすべて起こらず、人類はかつてない繁栄を享受している。

・繁栄の原動力は人と人との交易・交流が産む絶え間なきイノベーションであり、それらは、かつて危機と思われた事項を乗り越える源泉になった。

・自由な交流や交易がある限り、今後も人類は危機を乗り越えられる、だから悲観論に陥って余計な規制などしてはいけない。自らの繁栄を抑制するようなことがあってはならない。

 という主旨でしょうか。最後の一文が示すように、著者は市場原理主義にかなり近い立場にあるように私は感じました。


 合理的な楽観主義は非常に良いことで、私自身もそのような考え方をしたいと常に思っています。また、人類の繁栄の駆動力が、人と人との交易による絶え間なき技術革新にあることも同感です。余計な規制は技術革新を妨げるのも同感です。

 しかし、私にとって納得できない点がいくつかあります。最も納得できなかったのは、過去に危機を警告してきた科学者や政治家の多くを糾弾していることでした。

 化石燃料はまもなく枯渇すると言われていたが実際には枯渇などしていない。エイズや鳥インフルエンザは悲観主義者が主張したほど人類にとって悪魔の病気ではなかった。マルサスによると人口増加に比べると農作物の増加はゆっくりでいずれ成長の限界が起きるとされていたが、実際には農作物の面積あたりの収量は人口増加をも上回り成長の限界は見えてこないではないか!という感じです。

 しかし、著者も書いているのですが、何もせずにこうなったわけではありません。化石燃料の採掘効率が向上し、エイズ等の伝染病に対する衛生対策が徹底され、品種改良等により単位収量を上げる努力があったからこその現在なのです。

 著者は、これら破滅を回避するための方策は、放っておいてもイノベーションにより解決されるという考えのようです。私は、それだけではなく政府や科学者の関与もあったからこそ解決できた(自由な市場によるイノベーション"だけ"では解決できない)という立場にあります。フロン類全廃などは明らかに政府や科学者の関与なしにはありえなかったことではないでしょうか?

 楽観主義と悲観主義は、楽観主義だけがいいというものではなく、どちらも必要なのだ、というのが私の考えです。楽観主義を賞賛するのはよい。しかし悲観主義をここまで否定するのはよくない。これが、この本を読んだ後の最大の感想でした。

 

 なお、著者は未来に横たわる2大悲観主義として「気候変動問題」をアフリカ問題と共に挙げています。

 気候変動問題についても、著者は、悲観主義者はあきらかに誇張しており気候変動が起きるのは事実としてもその影響は大きなものではない、と結論付けています。

 しかし、気候変動問題に関する著者の知識・理解は明らかに不足しており、残念ながら論評可能な域に達していない、と言わざるを得ません・・・。