2011年6月の気温
なぜか6月の気温について気象庁から報告が遅れていますね。今回はとりあえずNOAAのデータを。
NOAA によると、2011年6月の全球平均気温は、20世紀の平均気温に対し+0.58℃を記録しました。これは観測史上第7位の高温にあたります。
さて、2011年も半分が経過しました。この半年の平均気温は20世紀平均気温に対し+0.50℃であり、11番目の高温にあたります。
今年の初めにも書きましたが 、今年は年の前半は顕著なラニーニャ現象が発生しており、それほど高温の年にはならないだろうと予測されていました。ただし、10位以内には入るだろうとも言われていました。今年の4月頃にラニーニャ現象が終息し、全球平均気温も上昇傾向にあります。今のところ予想は的中しそうあ気配です。
二酸化炭素飽和論に関する一反証
――大気中の二酸化炭素濃度が増加すると温室効果が強まり地表の温度が上昇する――
これが一般的な理解です。しかし、「すでに大気中の二酸化炭素は赤外線を吸収しきっている(飽和している)からこれ以上増加しても温室効果は強まらない」と主張する人が、極少数ですが存在します。
図1:大気中に含まれる各種気体の電磁波吸収率。wikipedia より。
なるほど、二酸化炭素の吸収率は100%に達しているように見え、もっともそうな意見にも見えます。が、実際にはこれは明らかに誤った説明です。
仮に飽和していても二酸化炭素が増加すると温室効果は強まるというのが最も重要なメカニズムですが、もう一つの反論として「そもそも飽和してない」というのがあります。やや正確さには欠けるのですが、ちょっと実験してみましょうか。実験室にある赤外分光光度計 を用いて遊んでみました。
まずは何はともあれ大気の赤外スペクトルを測定します。
図2:大気の赤外スペクトル
縦軸は赤外線の強度で、上に行くほど検出器に届く赤外線が強く(=吸収が弱い)、下に行くほど検出器に届く赤外線が弱い(=吸収が強い)ことになります。横軸は「波数 」と言い、cm-1と表記されます。波数は波長の逆数で、例えば1000cm-1は波長にすると10μmになります。
2350cm-1付近にある大きな谷が二酸化炭素の赤外線吸収率を示します。なるほど底を打っていますね。二酸化炭素をこれ以上増やしても赤外吸収は強まらないように予想されるかもしれません。
実際に二酸化炭素濃度を上げてみましょう。試料室に二酸化炭素を充満させてから、同一条件で測定してみました。
図3:試料室に二酸化炭素を充満させてから、図2と同じ条件で測定した赤外スペクトル
確かにあまり変化はないように見えますね。しかし、よく見ると、2350cm-1付近の谷が若干広がっていますね。二酸化炭素濃度が増えると、たとえある波長では吸収が飽和していたとしても、吸収する赤外線の波長範囲が広がり、赤外線吸収量は増加するのです。
あと、600cm-1付近のピークも強まっていますが、とりあえずここではこれは置いておきましょう。2350cm-1付近を拡大しましょうか。
図4:図2(通常大気条件で測定)の拡大図
図5:図3(二酸化炭素濃度を上昇させて測定)の拡大図
図4と図5を比べてみてください。図5の方が、吸収幅が如実に広がっています。よって、二酸化炭素濃度が増加すると、赤外線を吸収する総量は増加するのです。
ところで、これまでは波数分解能 をかなり悪くして測定していました。波数分解能を向上させとより精密な測定ができるのですが、測定に時間がかかってしまう上にスペクトルが見づらくなってしまうので、機械の性能より分解能を下げて測定するのが一般的なのです。
試しに分解能を変えてみしょう。今までは分解能32cm-1でしたが、0.5cm-1に向上させて測ってみます。
図6:大気の赤外吸収スペクトル、波数分解能を32cm-1から0.5cm-1に変更(他の測定条件は図2の時と同じ)
ギザギザですね。分解能32cm-1で測定していた時は飽和していたように見えても、実は飽和なんかしていない部分があることが分かるでしょう。実際の大気観測も同様です。図1で飽和しているように見えるのは、機械の都合とスペクトルを見るときの見やすさの都合のためそう見えているだけ、という領域もあるのです。
なお、4000cm-1~3500cm-1付近および2000-1~1200cm-1付近の激しいギザギザは、水蒸気の吸収に由来します。水蒸気も強烈な温室効果ガスであることがよく分かりますね。
まとめると、以下の2つが言えます。
・仮に、ある波長で二酸化炭素による赤外線の吸収が飽和していても、二酸化炭素濃度が増加すると吸収する赤外線の波長"範囲"が広くなるので、赤外線の吸収量は増加する。
・そもそも飽和しているように見えてもそれは観測(またはグラフ化)の分解能に由来するのであり、実際には飽和していない部分もある。
結局、二酸化炭素が増加すると、地表から放たれる赤外線が二酸化炭素により吸収される量は、やはり増加するのですね。
なお、この分析はお遊び的なもので、実際とは異なります。大学のゼミなどでこれを発表すると叱られる可能性もあります(笑)。地表から放たれる赤外線と機械の赤外光源から放たれる赤外線は強度も波長分布も違いますし、二酸化炭素濃度も光路長も違いますし)。しかし、考え方としては有効だと思います。
また、最初に書いたように、仮に赤外線の吸収が飽和していたところで、二酸化炭素濃度が増加すれば温室効果は強まることのほうが重要です。が、その理屈はなかなか複雑なので(私も十分理解しているとは言えない)、こういうインスタントな理解も飽和説に対する反論としては便利かもしれません。
脱原発に思うこと
菅首相の脱原発発言の背景に何があるかはここでは置いておきます。動機が純であろうが不純であろうが、結果が良ければいいというのは、ある程度妥当な意見です。
数十年以内の脱原発という目標の是非についてのみ、私の個人的な意見を述べてみようと思います。
私の個人的な意見としては、今回の災害を経てもなお、短期的には原子力発電に頼るしかないと考えています。
原子力発電の代替を火力発電等に求めるのはリスク管理の観点から望ましくない(そもそもそんな短時間に発電所を建設できない)ですし、再生可能エネルギーは今のところまだ十分な代替にはなりえません。
原子力発電を止めても節電でカバーできるのなら素晴らしいのですが、過度に期待するのは望ましくないでしょう。大規模停電が発生した場合の影響は甚大なものになります。おそらく放射能被害とは比べ物にならない巨大な影響が出るでしょう。
休眠していた火力発電や水力発電の活用・節電等により、この夏は大規模停電は避けられるメドは立ってきたように感じます。しかしこれは余力をかき集めた状態であり、何らかの理由で発電力が低下した場合、もはや打つ手はないことになってしまいます。ましてや、今稼動している原子炉が今後定期点検に入り、その再稼動ができないとなれば・・・。
したがって、短期的には原子力発電の活用以外の道はありえないと私は思います(九州電力の問題は、この事実を見えにくくするという意味でも最悪のものでした)。
一方、長期的に見た場合はどうでしょうか。
原子力発電は一度事故が起きると他の発電と違い長期間影響を与え続けるからダメだ、という意見があります(チェルノブイリのように、そして今回の福島のように)。
しかし、他の発電法とのリスクの比較を行う必要があります。つい忘れがちになるのですが、原子力発電以外の発電にも長期間におよぶ影響はあるのです。
たとえば火力発電を考えてみましょう。温室効果ガス排出による気候変動のリスクはもちろんですが、化石燃料の燃焼時に発生する煤煙等の有害物質が人体や環境に及ぼす長期の影響があることも、忘れてはいけません(注1)。原子力発電所の事故により放出された放射性物質による健康被害と、火力発電所から排出される温室効果ガスによる気候変動リスクおよび煤煙等による健康被害、どちらがより大きいかを比較するのは、そうたやすくないことです。アラスカ やメキシコ湾岸であったように 、化石燃料の採掘時や輸送時の事故が数十年単位の巨大な影響を及ぼしうることを加味するなら、なおさらです。
長期的かつ全人類規模で考えた場合、原子力発電が本当に他の発電に比べるとリスクが大きいかというと、そうとは言えないと私は思います。あえて言うなら、原子力発電も含めた多くの発電法を組み合わせることが最小リスクに繋がるのではないか、とも考えています。
とはいえ、現状の発電法よりさらにリスクの小さい発電に移行していくのは当然のことで、徐々に原子力発電から脱していくことには大いに賛成です(注2)。そして、これは原子力発電に限りません。化石燃料を用いた火力発電もリスクの小さい発電に転換していく必要があるでしょう。
そして、「徐々に」がどの程度のスパンを意味するのか、事実上それのみが意見の相違なのではないでしょうか。これは重要な差異ではありますが、克服できない差異ではありません。目指すべき点は同じなのですから。
ならば、細かい差異は置いておきましょう。とりあえずの大雑把な目標としては数十年以内の脱原発を目指す、それでいいのではないでしょうか。具体的な方策は確かに必要です。しかし、そのためには誰かが大雑把な目標を提示することもやはり必要なのです。
現政権に対するいろいろな思いはともかく、内閣改造や政権交替があったとしても、この目標を堅持することは素晴らしいことなのではないか、そう思っています(注3)。
注1:もちろん、近年の日本の火力発電は、煤煙や二酸化窒素等の除去装置を備えており、これらによる健康リスクは過去に比べると格段に減少しているでしょう。また、火力発電時に発生する二酸化炭素の回収 に関する研究も行われており、これが非常に成功すれば、脱原発は加速することだろうと思います。
注2:今よりもリスクの小さい発電が何になるかはまだ分かりません。各種再生可能エネルギーの組み合わせになるのか、核融合のような革新的技術になるのか、あるいは徹底的な省エネルギーにより発電量そのものを抑制可能となることもありうるかもしれません。
注3:菅首相、ここにきて「個人的な意見にすぎない」という趣旨の発言をしましたか。さすがに、わざわざ会見の場をセッティングした上での首相の発言は、個人的な意見にはなりえないでしょう。いろいろ、混迷していますね・・・。
台風6号
台風6号の衛星画像。デジタル台風 より。
美しく巨大な、雲の渦です。
そして、非常に危険な台風です。ここ数年では最も危険な台風と言っていいかもしれません。太平洋岸にお住まいの方は最大限の警戒をしてください。