繁栄-明日を切り拓くための人類10万年史
人類史を俯瞰するというのは愉しいものです。以前紹介しましたが 、「銃・病原菌・鉄」に衝撃を受けた私としては、こんなタイトルの本を読まないわけにはいきません。
読み終えて、いろいろ思うところはあるものの、なかなかに面白い本であったのは間違いありません。
まず、この本は「10万年史」と副題にありますが、歴史についての言及はアクセントにすぎず、むしろビジネス書だな、というのが私の感想です。実際、原語タイトルは、"The Rational Optimist: How Prosperity Evolves"で、10万年史などとはどこにも書かれていません。忠実に訳したら"合理的な楽観主義:どのようにして繁栄は進化したのか"くらいでしょうか。
著者は基本的に楽観主義的立場に立っていることを強調しています。また、読者もそうなってほしいと主張しています。
・人類はいつの時代も悲観主義的な考えに陥り、「時代はどんどん悪くなっている、未来は真っ暗だ、過去に戻るべきだ」という主張はいつの時代でも説得力がある意見だった。しかし実際には、未来(すなわち過去から見た現在)において悲観主義者が唱えた破滅はすべて起こらず、人類はかつてない繁栄を享受している。
・繁栄の原動力は人と人との交易・交流が産む絶え間なきイノベーションであり、それらは、かつて危機と思われた事項を乗り越える源泉になった。
・自由な交流や交易がある限り、今後も人類は危機を乗り越えられる、だから悲観論に陥って余計な規制などしてはいけない。自らの繁栄を抑制するようなことがあってはならない。
という主旨でしょうか。最後の一文が示すように、著者は市場原理主義にかなり近い立場にあるように私は感じました。
合理的な楽観主義は非常に良いことで、私自身もそのような考え方をしたいと常に思っています。また、人類の繁栄の駆動力が、人と人との交易による絶え間なき技術革新にあることも同感です。余計な規制は技術革新を妨げるのも同感です。
しかし、私にとって納得できない点がいくつかあります。最も納得できなかったのは、過去に危機を警告してきた科学者や政治家の多くを糾弾していることでした。
化石燃料はまもなく枯渇すると言われていたが実際には枯渇などしていない。エイズや鳥インフルエンザは悲観主義者が主張したほど人類にとって悪魔の病気ではなかった。マルサスによると人口増加に比べると農作物の増加はゆっくりでいずれ成長の限界が起きるとされていたが、実際には農作物の面積あたりの収量は人口増加をも上回り成長の限界は見えてこないではないか!という感じです。
しかし、著者も書いているのですが、何もせずにこうなったわけではありません。化石燃料の採掘効率が向上し、エイズ等の伝染病に対する衛生対策が徹底され、品種改良等により単位収量を上げる努力があったからこその現在なのです。
著者は、これら破滅を回避するための方策は、放っておいてもイノベーションにより解決されるという考えのようです。私は、それだけではなく政府や科学者の関与もあったからこそ解決できた(自由な市場によるイノベーション"だけ"では解決できない)という立場にあります。フロン類全廃などは明らかに政府や科学者の関与なしにはありえなかったことではないでしょうか?
楽観主義と悲観主義は、楽観主義だけがいいというものではなく、どちらも必要なのだ、というのが私の考えです。楽観主義を賞賛するのはよい。しかし悲観主義をここまで否定するのはよくない。これが、この本を読んだ後の最大の感想でした。
なお、著者は未来に横たわる2大悲観主義として「気候変動問題」をアフリカ問題と共に挙げています。
気候変動問題についても、著者は、悲観主義者はあきらかに誇張しており気候変動が起きるのは事実としてもその影響は大きなものではない、と結論付けています。
しかし、気候変動問題に関する著者の知識・理解は明らかに不足しており、残念ながら論評可能な域に達していない、と言わざるを得ません・・・。