連休明け。もし叶うのであれば、木・金と休みにしたい。

でも今こうやって書いている今、それは現実になっていないことを暗に示していますね。今日は相談支援従事者研修の演習協力者向け説明会、明日は相談支援専門員の連絡会と法人の虐待防止委員会。休んでも良いのであれば休みますが・・・そうも行きません。あぁ、過去に一度も実現したことのなかった9連休、夢に終わったなぁ・・・

(あ、仕事を休職していた時は延々と休みでしたけどね。)

 

まぁそれはそれとして置いといて・・・

自分もそれなりに参加している相談支援従事者研修のお手伝い。お手伝い前には事前説明会があり、そこで演習を行うにあたっての注意事項やポイントなどを全員で確認をしています。6月にも説明会に参加してきましたが、東京都の相談支援従事者研修は大きく分けて4つあり、そのうち自分は「初任者研修」と「現任研修」のお手伝いをしています。

 

前回参加した説明会は、現任研修の説明会。

これは既に相談支援専門員として活動をしている人を対象に、主に相談支援専門員の資格を更新することを目的に行なっているもの。つい先日介護支援専門員(ケアマネージャー)に対しての資格の更新性が廃止される方向(更新のための研修は継続)になりましたが、相談支援専門員に関しては概ね5年ごとに現任研修(または主任研修)を受講しない場合は資格が失効するので、相談支援専門員を続ける人には必須の研修になります。

 

一方今日参加した説明会は、初任者研修の説明会。

初任者研修についてはこれから相談支援専門員として活動をする人を対象に障害分野における相談支援の「イロハ」を学ぶ研修になっており、この研修を修了すると相談支援専門員として活動することができます。その後の現任研修を受けるには実際の実務に就いていないと受けることができません。

 

そんなわけで、今日は「これから目指す人」に対してのポイント確認をしてきました。

説明会は基本的に同じ日程で演習のお手伝いをする人同時のグループを組み、その中で何に注意しながら進めていくかを一緒に確認してきました。その中でポイントとして確認したのは「本人主体」という点。相談支援では当たり前のことなんだけど、中心にいるのはご本人であり、ご本人の思いを実現するサポートをするのが我々相談支援専門員であるはずです。

 

ただ「本人主体」ということが「なんでも希望を聞く」ことではないことも確認。

単純に「働きたい」から「じゃ、働きましょう!」と言って就労継続支援B型に行ったけどすぐに辞めてしまった・・・では、何の意味もありません。単純に「言われるがまま」にやった結果であり、単純に本人の言葉を間に受けて動いているだけのこと。これでは何のための相談支援専門員なのか分かりません。だからご本人が発した希望の「背景」を知ることが大事で、そこからご本人が求める本当の希望を見誤らないようにすることが相談支援専門員には求められるのではないかと思います。

 

なんか当たり前のような話を持ち出してしまいましたが・・・

来年の2月に「ハッピーリスト」という映画が公開されるみたいです。

 

まだ詳細な内容は出ていませんが、ストーリーは精神科に長期入院していた人が退院して「やりたいこと」を区役所の職員とリストを作っていくことで・・・というもの、らしい。まだ詳細が何も出ていないので、あくまでここで書けるのは「らしい」ということ。

 

先日の「平行と垂直」に続き、興味ある内容。

公開された時は見に行きたい・・・と思ってはいるのですが、現時点で主要キャスト・スタッフなどの情報に、精神科の長期入院に関連した取材協力が載っていないのはちょっと気になっているところ。監督さん自身は取材・リサーチをしてきたとの話をしていますが、それが実際にどのように描かれているのか、気になります。

 

そこで出て来るのが、先ほど話題に挙げた「本人主体」のこと。

現段階のストーリーを読む限りでは、主人公が「やりたいこと」のリストを作って・・・という段階ですが、その先が実際にどのように映画の中で描かれるのかが注目です。描き方によっては我々関係者にとって大事な作品になりますし、どこか引っ掛かりの生まれるような描き方になると「うーん・・・」という感じになってしまうようにも思います。

 

ちなみに・・・「平行と垂直」はとてもいい内容でした。

ASDの中でも色々なタイプがありますが、それを決してやりすぎず、でも見ていて不自然さを感じさせない内容はとても良い内容だったと思います。自分が良い内容と感じたのも、ASDの表現に「嘘」や「脚色」がなかったことも大きい理由だったのかなと思います。それをなくすために丁寧な取材をしてきたのも、その結果だったのではないかと思います。

 

映画公開の話題と、今日の「本人主体」の話。

どこか関連しているなと感じ、別の話題なのですが一緒に取り上げてみました。

利用者さんの変化は様々です。

短いスパンで変化があり、その結果自分の手から離れていくこともあれば、長年支援を継続していても目に見える変化がないこともあります。いや、小さな変化や成長はあるのですが、世間一般的に見て「変化があった」と言い難い部分はたくさんあるのが実情だと思います。

 

そんな中、利用者さんの可能性を信じることの重要性を感じたことがありました。

それは他の事業所に通所している方を支援している方のケース。

 

この方の支援は通所先事業所の担当者から依頼を受けたケース。

当初は不安の強い方で家族関係でストレスも感じており、いろんな部分で調整が必要なので一緒にサポートをして欲しいとのことで、自分が計画相談支援で入ったケースです。

 

支援を開始した当初、この方は本当に不安の強い方でした。

不安が強い、というよりも希死念慮の高さがあり、そのことで面談を行うことがよくありました。通常のモニタリングだけでなく、事業所から「話を聞いてほしい」と依頼され訪問することもよくありました。で、面談となると1時間以上話を聞くこともありました。

 

そんな状況もあり、自分がサービスを加えることもしてきました。

自分で対応する部分もあり、事業所の方に対応をお願いしたり・・・と、地域での生活が送れるよう事業所の方と連携をしながら支援を行ってきました。

 

色々と変遷のあったこの方も、今年で自分の支援は4年目に。

先日計画相談のモニタリングで事業所に訪問し、ご本人と面談をしました。ご本人との面談時間は・・・30分。以前に比べると格段と短くなりました。支援開始当初は1時間以上面談をすることがほとんどで、自分の1日のスケジュールを組み立てる時もそれを折り込んで立てていました。でも今ではそこまで長く面談をすることは、ほぼ無くなりました。

 

モニタリングで自分は必ず「他に話したいこと、ある?」と聞きます。

自分の面談は基本的に時間をしっかり取るので、ほとんどの方は「大丈夫」というのですが、この方の場合、最初の頃はその質問の後にさらに時間をとって話すことが多く、結果2時間近くになることもありました。

 

ただ段々と生活が落ち着いてくることで、その時間も減っていきました。

ある時からはその話題を振っても不安や希死念慮の話をすることはなく、ご自身が趣味で取り組んでいることの話をしてさらっと終わることが多くなりました。そして先日のモニタリングでも同じように「話したいこと、ある?」と聞くと「今日は大丈夫です」と返事が。ここ最近のモニタリングは大体「今日は大丈夫です」と返ってくることが多いので、以前と比べるとだいぶ落ち着いたのでしょう。

 

そしてこの方の変化の片鱗を感じたのは、事業所での支援確認。

今までの支援確認では他の利用者と離れて座って軽作業をマイペースで取り組んでいたのですが、今回の確認では立ち作業で梱包作業に取り組まれていることに。梱包の際も商品の間にきちんと緩衝材を詰め込んで、最後のテープ止めも手際よくこなしていました。

 

事業所の方も、当初はこの方が梱包作業をできるかわからなかったとのこと。

でも実際にやって見たら思いの外しっかりと取り組むことができ、今やその作業所でしっかりと作業のできる存在に。その背景には新たな事業所を開設する際に、作業能力の高い人が新たな事業所に転籍したことにより、それまで能力の高い方が取り組んでいた作業を誰に取り組んでもらうか課題になり、ダメ元でその方に取り組んでもらったら問題なく取り組むことができたとのことでした。

 

ご本人も自信を取り組めているとのことで、それはご本人の言葉からも明らかに。

ご本人に作業のことについて聞くと「立ち仕事だと、時間があっという間に過ぎていく」と話され、作業に集中されている様子が伺えました。またモニタリング面談の内容で、自宅の家に関するトラブルで修繕業者を呼ぶことになった際に事業所を休むことになったことについての話があり、そのことについてご本人から「(業者の対応をしていても)何もすることがなかったから、それだった通所していた方が良かった」と話されていました。

 

この方、今まで通所すること自体も消極的だった方。

それが今では「通所していた方が良かった」と話されるくらいまでに変化。実は前回のモニタリングの際、ご本人が善福の信頼を寄せていた職員が異動することになり、それを受けてご本人の精神状態が大幅に揺れる可能性がある聞いており、そのことは自分自身もその可能性が大いにあると考えていました。しかし蓋を開けてみれば異動後に自分が呼び出されることはなく、ほぼ揺れずに過ごすことができ、さらにそのことについてご本人に話を聞くと「(職員が)いなくなったのは寂しいけど、それはそれで、ここには通所する」とはっきりと明言。

 

いや、本当にここまで変わるとは思っていませんでした。

関係者間の大方の見方は「職員の異動による不安定」だったのが、良い意味で期待を裏切られた状態。どこか自分たちはこの方を「不安定になる存在」と見ていたのだと思いますが、様々なことをきっかけにご本人は変化され、今や「しっかりとした存在」に変わりました。自分もこの方を保護的に見ていた部分がありましたが、今回のことで利用者さんの「可能性」ということを信じることの重要性を感じました。

 

「この作業は難しいだろう」と思っても、できる「可能性」を信じること。

「不安定になるだろう」と思っても、揺れずに「安定」する可能性を信じること。

「心配だから」と思っても、実は思っているほど「心配不要」なことを信じること。

 

改めてのことだけど・・・

「できない」存在として見るのではなく、「できる可能性のある」存在として向き合っていくことはとても大切です。これは相談支援の研修でも伝えていることですが、もう一度その視点に立ち返る必要がありますね。そんなことを先日のモニタリングで強く印象づけられました。こういうことって実際に自分も実感しないと、きっと振り返ることができなかったのかもしれません。その意味で、このモニタリングは自分にとってとても大きな意味のあるものになりました。改めて初心に立ち返って相談支援に向き合いたいと思います。

良いのかどうかわかりませんが・・・

自分は何かと「人見知り」を口実に使って、話のネタにしています。

 

自分の仕事において「人見知り」というのは便利な言葉です。

実際自分は人見知りだと思いますが、一方でこれまでの経験から幾分かは他者との関わりもそれなりにできるようになりました。そんなところから自分のことを「社交的な人見知り」と評することもよくあります。

 

相談の仕事をする中で、初対面の人と会うのは日常茶飯事です。

初対面であってもそれが業務上の関係者に当たる場合は卒なく対応することがほとんどですが、自分の場合は「支援対象者」もいます。当然ながらこれから支援を受けようとする人にとってみれば「どんな人がやって来るのか」という不安はあると思います。

 

ですので、最初から話が進まないことはよくあります。

そんな時に自分も話の折を見ながら「自分も人見知りなんですよ」と切り出し、そんな中でベラベラ話す自分に対して「人見知りに見えないですよね」と相手に振る自分。自分が人見知りであることを口実に話や会話のハードルを下げげることで、会話の中での意図的なアイスブレイクをしています。

 

自分で言うのも何ですが・・・もはやこの仕事が「長年」になった自分。

面談などを進める中で、ただ単に話を聞いたり進めるだけではうまく行きにくいことを実体験的に感じてきた自分は、いつしか本題から切り出すことをやめていました。インテークで話を聞く時も、いきなり本題から話すことはほとんどありません。相談を受ける人の住んでいる場所を確認した時に、それを元に雑談からスタートし、何となく場の空気を柔らかくしてから自分が何者かを話し、その後に初めて本題に進む・・・と言うのが自分の進め方になっていました。

 

その中で「人見知り」と言う言葉も使いながら、場づくりをする自分。

実際に人見知りではあるのですが、仕事となればそれなりのスイッチが入る自分。だからこそできることなのかもしれません。当然ながら支援関係になった方と関係が構築されてくると、自分が人見知りであることに対し「ウソでしょ🧐」なんて言われることはよくある話です。

 

ただ自分も自分のことを「人見知り」と言うのが楽なんですよね。

例えば研修で演習指導者として参加した時に進行がうまく行かなかったとしても、最初に「人見知り」と断っていることで自分の心理的ハードルも下がるんですよね。うまく行かなかった時も「人見知り」だったこということを自分に対しての言い訳にもなるんですよね。そういった意味では自分が人見知りであったのは良かったのかもしれません。

 

あ、多分このブログを読んでいる人の中でも「人見知り?」と思う人がいるでしょう。

自分は間違えなく、正真正銘の人見知りです。さっきも触れた通り「社交的な人見知り」です。目的のあることや役割のあることに対してはそこまで人見知りが発動することはありませんが、これが知らない人ばっかりの懇親会の会場に放り込まれた日には・・・会場の隅っこでじっとしていることがほとんどです。こう言う場で自分から話に行くこと、できないんですよね。誰かが繋ぎ役になってくれると大丈夫なのですが、そうでないところでは無理です。

 

もちろん知っている人の間では、その場のノリに合わせることもできます。

でもいなくなったら・・・退散、人見知り発動です。だから自分のことを「社交的な人見知り」と評しています。特に異性に対しては・・・いや、異性に対しては「人見知り」どころか「苦手」と言った方が正しいですね。合コンなんて・・・ありえません。そう言う場では「人見知り」以上に人見知り状態と言った方が正しいでしょう。全ては「仕事」というスイッチが入らないと、自分の人見知りは簡単に発動しているのでしょうね。

 

人見知り・社交的でよかったこと

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※この記事には映画の内容に関する記述が含まれます。

 

普段映画を見ることのない自分。

そんな自分が、映画を見てきました。見てきたのは、一昨日から公開が始まった「平行と垂直」。元々は精神保健福祉士協会のHPから情報を得て、見てみたいと思いました。」

 

映画を見ようと思ったのは「どうすればよかったか?」以来のこと。

冒頭にも触れた通り、普段映画の予告が流れて「あぁ、見に行ってみたいなぁ・・・」と思っても行かないことがほとんどの自分ですが、明確な意思を持って観に行くのは相当な意欲が働いています。事実、上映の1時間前には映画館に行っていましたから、それはもうはっきりとした意思が存在しています。

 

映画を見る前にパンフレットを購入し、事前チェックもしました。

この映画はSUPER EIGHTの安田章大さんとのんさんが主演を務め、ASD(自閉スペクトラム症)の兄とカウンセラーの妹の兄弟が妹の結果話を機に、2人の関係から環境まで様々に揺れ動く物語。

 

パンフレットのレビュー(金原由佳さん述)にもありますが、ASDを取り扱った映画の先駆けとなったのは、1988年に公開された「レインマン」があり、自分も専門学校の学生時代に社会福祉援助技術論(今で言う「ソーシャルワークの基盤と専門職」「ソーシャルワークの理論と方法」)の授業の中でレインマンを見ることがありました。確かにASDを表現するにはよくできたものでありましたが、金原さんが書かれたレビューにおいても『卓越した記憶力を持つ天才的な一面が強調』(映画「平行と垂直」パンフレットより引用)とあるように、サヴァン症候群がASDの特徴とも捉えかねないような印象になっていたのも事実であります。

 

その後日本でもASDを取り扱ったドラマ・映画が作られるようになりました。

自分も福祉の仕事に就いてから色々と目にする機会がありましたが、正直あまり納得できるようなものには出会えませんでしたが、その中でも2006年に放送された草彅剛さん主演の「僕の歩く道」についてはとても良く描かれていた印象を持っており、作品としてもASDを描いたものとしても非常に良いものではないかと思います。

 

パンフレットを一読してから、鑑賞に臨んだ自分。

全てを見終わった感想、安田さんやのんさんの表現が手に取るように理解でき、とても良い内容だったと感じました。のんさん演じる妹の「心の葛藤」がすごく伝わってきましたし、それを理解しているかのように感じさせる安田さんの演技が、自分の心の琴線に触れるものでした。

 

のんさん演じる妹・希の仕事はカウンセラー。

その仕事をするきっかけになったのは、弟・大貴の存在。ストーリーの中で直接大貴がきっかけでカウンセラーに就いたと言っていませんが、カウンセリングのクライアントとのやり取りの中でカウンセラーを選んだ理由に「大切な人の心を理解したい」と言う趣旨のセリフがあるので、大貴の存在がその仕事に向かわせたことを想像することができます。

 

そんな希の結婚話。良い話ではあるけど、そこに突きつける現実。

大貴のことが理解されないことで、ちょっとしたトラブルが起き、その対応をする希。頭ではわかっているけど、余裕のなさや現実の課題を目の前にして大貴にあたってしまう希。そのことを大貴も理解し、大貴なりの行動を取る姿。結婚相手の両親に大貴と共に会う希。そこで感じるご両親の大貴に対する不安に直面し、実際にその場で大貴がパニックになり、そこで改めて大貴との関係に気づく希。そんな希に、屈託の無い思いを表現する大貴。

 

そんなストーリーが手に取るように理解し、時々ウルウルしていました。

途中のストーリーでもおにぎりを奪う紗奈の存在、紗奈が何気なく自分の境遇を話したことが影響したのか、紗奈の分までおにぎりを作るようになる大貴。職場の飲み会に行くものの、実際には周囲はほとんど大貴のことを理解していない現実、でも大貴が住んでいる商店街は大貴のことを理解して受け入れている環境。大貴が作る「正方形の卵焼き」の意味・・・物語の全てが手に取るようにわかり、そこがまたこの作品の良さを感じさせます。

 

今回厚生労働省は「発達障害者支援施策の一環」としてタイアップしています。

ただ実際に映画を見ると、実はそこには発達障害以外の課題もたくさん含まれています。自分が映画を見て読み取っただけでも・・・

・幼くして母を亡くした大貴と希、実は適切な養育環境になかったこと。

・おにぎりを奪う紗奈は支援が必要な家族だった。

・「問題を起こさないように、グループホームにいてくれ」と言ってしまう警察(行政)の対応。

 

そんな細かいことも丁寧に描かれていたこの映画、本当にいい作品です。

自分が見た時の座席は・・・空席が目立つ状態。多くの人は「ちいかわ」や「トイストーリー」に流れているのだと思いますが、この作品こそ本当に見てほしい。ストーリーはフィクションだけど、ASDや今の社会を描いたものとしてはとてもいい作品です。その部分は以前に見た「どうすればよかったか?」とはまた違う切り口であり、より見易いものと感じています。

 

この作品、全国的には上映する映画館が少ないと思います。

もっと多くの映画館で上映されるといいなと感じています。あと、上映回数も。

 

 

 

最近見た映画はこれ

 

Ameba映画部

今週、職場に出勤したのは月曜と火曜の2日。

昨日から出勤していません。次に職場に出勤するのは来週の月曜日。仕事はお休み・・・

 

と言いたいのですが、そんなわけありません。

昨日は親方様と一緒に研修へ。今日と明日は相談従事者現任研修の演習指導者として研修へ。研修を受ける側と、研修をサポートする側。ただどちらにしても学びになることは間違いないことです。

 

昨日の研修は「入院者訪問支援事業」の訪問支援員養成研修。

詳しくは検索して調べていただくとして、簡単に話すと精神科病院に入院している人の中で「医療保護入院」の入院形態の方を対象に入院中の生活や情報提供を行う支援員を養成する研修に参加してきました。この事業自体は令和6年に法定化された事業で、都道府県が実施主体となっており、実際に精神科病院に訪問する支援員(訪問支援員)の養成研修も都道府県が担っています。

 

研修の参加には市区町村からの推薦が必要で、これまでも何度か案内がありました。

その度に興味はあったのですが、日程上の都合でなかなか参加できませんでした。実のとこと、今回も日程的には厳しい状態だったのですが、親方様と色々と相談し「今回は行こう」と言うことになり、さらに自分だけでなく親方様も参加することになったわけです。

 

参加にあたっては事前に動画視聴で学んだ上で、演習に参加。

普段の研修だと福祉関係者ばかりのものが多いのですが、今回の研修は多くのバッググラウンドを持っている人が参加していました。自分のように福祉関係者(ソーシャルワーカー)はもちろん、看護師など医療機関の関係者や行政職員、家族や当事者の立場で参加されている方もいました。この事業自体の研修対象者が幅広く、実際に訪問支援員として活動している人の中には当事者の方や当事者家族の方が訪問活動をされています。なのでいろんな立場の人が参加し、その中で演習なども受けてきました。

 

きっと普通の人からすると「精神科病院に訪問」に抵抗感を持つ人もいるでしょう。

まぁこの研修に参加している人はそんなことは考えてなく、むしろ今の社会で置かれている状況を考えて参加していう人ばかりですし、自分自身も日々の仕事の中から思う部分もあり参加しています。

 

実際のところ、国としては「地域移行」に力を入れている部分があります。

日本は諸外国(OECD加盟国)に比べ精神科病院への平均入院期間が長く、国際的には平均が1ヶ月といわれる中、日本は9ヶ月と言われています。また中には40年・50年という人もおり、過去の収容政策がもたらした遺産とも言えます。一方で精神障害者に対する偏見は根強く、今でも何か事件が起きた時に「精神科への通院歴」が報道されるだけで「病院から出すな」「ずっと入れておけ」という論調が上がるくらいですから、理解が進んだとはとても言えない状態です。

 

そんな背景や精神障害者を取り巻く動きから、この事業が法定化されました。

自分は精神障害を持つ方と関わることがこの仕事でのキャリアの半分以上を占めるようになったので、正直抵抗感も何もなくなっています。言葉は悪いですが、何かあれば「あぁ、大変だなぁ・・・」程度の認識で、調子が悪い時も「病気の為せる業」と思っているくらいです。

 

とはいえ、最初は怖かったですよ、初めの時は。

まだ現場に就く、学生時代の実習で陽性症状(妄想など)で大声をだしている人を見ると「うわぁ、なんだろう・・・」と思いましたけど、一方で精神障害を持つ人と一緒に活動をすると、別に何にも変わりないんですよね。精神障害の方の作業所に見学に行った時も、穏やかに作業に集中して取り組まれているんですよね。いかに社会が「落ち着いていない状態」をフィーチャーしているか、結果それがステレオタイプになっているんですよね。

 

今や「5大疾病」の1つに精神疾患が入る時代。

日本人の5人に1人は人生のうちに何らかの精神疾患に罹患する時代。要は誰でも精神疾患になる可能性のある時代でありながら、未だにその偏見が残っているんですよね。だから別に精神疾患・精神障害は特別なものではなく、人として当然の権利も有しているわけで、その権利を保障していくのも今回研修を受けた「訪問支援員」の期待される役割でもあります。研修は無事に終えたので、今後自分もその活動が出来ればと思います。

 

で、今日・明日は相談支援専門員の養成研修。そっちも忘れませんから。

 

 

(おまけ)

昨日の研修、会場の最寄駅は東京駅。

久しぶりの東京駅でしたが、朝も昼も夕も、ここはなんか行列になっていた。

何故ここだけ行列になっているんだろう・・・

と思ってちょっと調べたら、どうたらここは「マンモスコーヒー」というところらしく、コスパの良いコーヒースタンドらしい。でも女性が多く並んでおり、男性の姿はあまりなし。見る感じ、女性がコーヒーを買っている様子もなく、飲んでいる様子もない。むしろコーヒーではないものを持っているように見えたけど、詳細は不明。ネットで調べてもよく分からず・・・あぁ、もう自分も時代の流れに取り残されているんですね、ハイ。

自分の涙腺はバカでガバガバなので。

もはやちょっとでも涙を誘うとするものであれば、なんでも泣けます。今は家族ものはかなり弱いでしょうね。日々の生活でも涙ぐむぐらいですから・・・

 

だから「泣ける映画」って、自分が見たら全部泣いちゃうんです。

そんな中自分の中で「泣ける映画」の1つが、クレヨンしんちゃんシリーズです。

 

うちの親はしんちゃんの下品さに拒絶していました。(笑)

まぁ確かにテレビ版では傍から見ると下らなくバカバカしい様に見えますが、でも映画版ではそれが見事に裏切られるんですよね。

 

自分が初めて見たのは、DVDになったものを施設の上映会で見た時のこと。

その時に流したのは「嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦」で、テレビアニメの流れや印象だけで

選び、上映会をしていました。

 

ただ、物語が終盤になると・・・なんか感動しちゃったんですよね。

なんでしょう・・・いつもは下らないことしかせず、どこか大人をナメきったような態度をしているしんのすけが、人としての「本質」を訴えるですよね。そこが伝わっていくストリーに、不覚にも涙を流してしまいました。

 

そんな経験をしてから、ちょっとクレヨンしんちゃんの見方が変わりました。

テレビ版ではいつも通りのバカバカしさを描きながらも、映画版ではストーリーの構成にもなる「本質」をちゃんと織り交ぜている内容であると感じており、下らなさを感じつつも涙する場面もある映画版は、見たら涙・・・と思っています。

 

先日も今上映している最新作のリードで流れていました。

最後の方のちょっとしか見ていませんが、その場面だけでもなんか自分はウルっと来てしまいました。これだけ自分の涙腺はバカでガバガバなので、多分最新作を見た時も最後は泣いているでしょうね。と言うより、一人映画館で泣いている自分を想像すると・・・いやぁ、なんか一人では居ずらいかも。ましてや満席だったらそれは尚のこと。もし見にいくのであれば、平日の空いている時に観にいきたいですね。そのほうが、泣いていても気になりませんし。

泣ける映画を教えて

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先日、自分が担当していた相談支援を移管したことを書きました。

移管をしたということは、自分の受け持ちが1つ減ったことになるのですが・・・それを見ていたかのように、また新たな相談支援の依頼がやってきます。

 

依頼はこの1週間で2件。どちらも対応する予定です。

1件は自分が支援担当する地域ではない方のケース。自分のところに繋がった理由は、その方が利用する施設の方が、同じ施設にいた別の方への支援実績から何とかお願いできないかとのこと。本来担当管轄になる自治体の相談支援事業所にも相談したものの、どこも一杯で断られてしまったとのこと。ただ状況を聞くと「何もしない」という対応は選択できないケースと判断し、事業所の方との繋がり・関係性だけで受ける方向にしました。

 

もう1件は社協から。まだ福祉サービスを使ったことのない人の支援依頼。

精神疾患はあるものの、手帳はまだ持ってなく、自立支援医療も最近になり申請したとのこと。ただし自宅環境は惨憺たるもの(いわゆる「ゴミ屋敷」)で、一度介入をして目処をつけたものの、このままでは再度同じ状況になることが目に見えるとのことで、依頼が来ることに。一応社協も相談支援事業所があるんだけど・・・ねぇ、自分のところに依頼が来るんですよね。

 

これとは別に、すでに1件は契約も行い、実際に支援も開始しているケースも。

病院からの依頼だけど、自分の担当管轄地域外の方なので本来は援護地の事業所にお願いをしたいもの。しかし探したけどどこも断られ、すでにグループホームへの入居も進めているとのこと。で、そのホームがうちの法人のホームなのでお願いしたいとのことだったけど・・・いやぁ、本来はニュートラルにするために別の事業所がいいんだけどなぁ。でも色々と探した結果だから、条件付きで対応することにしました。

 

計画相談、事情は様々だけど支援が終わるケースは一定数あります。

しかしそれと同じだけ、新たな相談支援の依頼が入ってきます。今の事業所で計画相談を始めて最初の頃はうちのB型を利用する人からの依頼に対応してきましたが、最近はほぼ外の方からの相談で対応しています。その数も毎年コンスタントに対応しており、相談支援の依頼がなくなることはおろか、減ることはありません。つまり、それだけ相談支援の必要な人がいるってことなんですよね。

 

毎年国は相談支援事業に関するデータを公表しており、こんなデータも公表しています。

これは令和7年3月現在のセルフプラン率についてのグラフ。

セルフプランというのは、障害福祉サービスを使うときに必要なサービス等利用計画を、専門職(相談支援専門員)に作ってもらわず自分で作ることを指します。全国的に見ると、自分で計画を作っている人(セルフプラン)の割合は16.4%とのことですが、これは自治体によって大きな開きがあります。セルフプラン率が低い県もあれば、逆にものすごく高い県もあります。また障害児においてはさらにセルフプランの割合が高く、基本的に障害福祉サービスを利用する全ての人に相談支援専門員はついていないという現実があります。

 

もちろん「自分のことは自分で決めたい」という意思のある人は別です。

そうではなく、相談支援専門員さんがいないから仕方なく自分で計画を作る、いわゆる「望まないセルフプラン」の存在が問題であり、国としてはそれを解消する必要があると言っています。

 

ですが・・・何度も言っている通り、計画相談だけで事業は成り立ちません。

それでも「成り立つ」と言い切る人もおり、横浜市は特にそれを強調し、試算したデータも公表しているくらいですからね。

これが横浜市が示している収入試算。この計算の前提としては

・相談支援専門員1人で年間100ケースを担当する。

・全てのケースを3か月ごとにモニタリングを実施する。

・モニタリングに関連した加算を算定する。

 

という条件のもと計算をしています。そうすると年間で約711万稼げるとのこと。

確かに1人で年間700万円以上も稼げたら、事業所としては安泰ですよね。じゃ、1か月はどんな感じなのか検証してみます。

 

年間で100ケースの計画作成・モニタリングを実施するという計算。

「100ケース」というのは「100人の受け持ちを持つ」という意味。「全てのケースを3か月ごとのモニタリング」というのは、ある人に対し3か月ごとに支援状況の確認や計画の更新・再作成(モニタリング)をするという意味なので、100人全員を毎月支援するのではなく、100人それぞれが3か月ごとに支援を受けるという意味になります。

 

なので1か月に計画作成・モニタリングを行う人数は

「100ケース÷3か月(3か月ごとに同じ人を支援する)=33人」で、月によっては34人実施することで3か月周期で100人の受け持ちを回すことができます。言葉で説明するとわかりにくいですけど、表にするとこんなイメージ。

仮に3か月ごとのモニタリングをグループごとに分けると、こんな感じ。

この循環をすることで横浜市が試算する「年間約711万円」の収入が得られるということです。

 

が、1か月に33人(あるいは34人)の支援はどういう意味なのか。

単純に言えば、33人分のモニタリングを実施し、モニタリング報告書を作成し、ご本人に説明し署名をもらって役所に提出する。この作業を毎月やるってことなんですよね。

 

これ、以前ここでも示したことのある「モニタリング報告書」の書式例。

この書類をモニタリング時に作成し、役所に提出しないと報酬がもらえません。で、モニタリングは本人だけでなくサービスを提供している事業所にも話を聞き、その内容をまとめます。項目が多ければ多いほど、聞く内容や確認する機関は多くなります。これを33枚作成する・・・1か月は土日祝日を含めて最大31日。休みを含めて1日1枚以上完成させるってことですよね。あと、一応専門職(相談支援専門員)が作成する書類です。その書類が「できている」「満足している」「安定している」「継続する」の言葉だけで作成された書類だったとした時、果たしてそこに専門性は存在しているのでしょうか。こういう書き方であれば月33枚作成することは容易だと思いますが・・・仮にも研修を受けてきた相談支援専門員が、その内容で良しとするのか、自分は疑問です。

 

また相談支援専門員の仕事は、モニタリングをするだけではありません。

ご本人の相談に日々応じますし、新しいサービスを利用したいと希望があった時、例えばそれがグループホームだったときは一緒に見学同行をすることもあります。でもその支援は報酬になりません。報酬がもらえるのは、基本的に計画を作成した時とモニタリング報告書を提出した時。例外もありますが、相談支援専門員の仕事は「報酬算定されない仕事」が圧倒的に多いのです。こういった業務をしながら、毎月33件のモニタリング報告書(計画案)を作成することって、現実的に可能なのでしょうか。

 

その上で相談支援専門員が不足している現実。

その結果、望まないセルフプランの存在がある。でも相談支援専門員が担っていることはともて多い。果たして横浜市の試算したとおりに収入を得ることができるのか。横浜市でも相談支援事業所の経営実態調査をして、試算通りの結果になっているのか検証してみてほしいものです。その時、どんなモニタリング報告書を作成しているのかも見てみたいです。

 

色々と長々と話してしまいましたが・・・

相談支援を必要としている人は多く、1件終わっても次の1件がやってくる。相談支援の依頼はいつまでもどこまでも続いて行くものなのしょう。

今日はほぼ1日外出。1つのケース対応について。

ただ、この対応は非常に良いことなので自分としてはホッとしています。

 

今日対応したのは、計画相談支援の移管。

今までは自分が担当する自治体で生活をしていたので自分が担当していたけど、今は離れた場所のグループホームに入居して生活しており、公私共に落ち着いた様子が確認できていたため、ご本人が住んでいる地域の相談支援事業所に担当を移管することとなり、今日無事に移管をしてきました。

 

ご本人との出会いは、2年前ごろのこと。

支援依頼はご本人ではなく、当時利用していた就労移行支援事業所から。事業所の担当者から支援サポートの相談と依頼を受け、自分が関わり始めました。

 

関わり始めた当初、ご本人は多くの不安を抱えていたと思います。

その影響で対人面においてのストレスはとても大きく、一時期就労移行支援に通所できない状況もありました。ただその時でも事業所の担当者の方が丁寧に対応してくださり、無事就労につながりました。

 

自分は何をしたかというと、丁寧な傾聴を基本とした支援。

最初はまだ自分との関係ができていなかったので事業所の担当者の方と一緒に話を聞きながら、モニタリングをしてきました。また障害年金の受給にあたってご本人でうまくいかなかった経験があったことから、一緒に同行して申請についての手順の確認を行い、具体的に助言をして結果、無事に障害年金の受給につながりました。

 

またグループホームの入居にあたっては、一緒に見学にもいきました。

ただその頃には自分の前ではしっかりと自分の気持ちを話してもらえるようになり、見学時に自分も一緒に話を聞きながら「あぁ、ここは行きたくないだろうなぁ・・・」と思い、見学に確認したら「嫌です」と言ってくれたのは自分としても安心できる意思表明でした。

 

その後就労した当初も色々とありましたが、就労移行支援事業所がそのまま就労定着支援として継続したこともあり、現在は就労環境も改善され、ご本人も満足しながら就労を継続されています。そんな状態が確認できたこともあり、ご本人に相談支援の移管を相談したところ希望されたため、今回の移管となりました。

 

移管にあたっては、移管先をご本人と一緒に考えました。

最初は自分だけでも情報を持っていないため、研修で一緒になった相談支援専門員の方から情報を集めるなどして事業所を選択し、ご本人も情報提供をした上で移管先を決めました。で、今日は自分も一緒に移管先の事業所の担当者とお会いしケースの移管と契約の立ち会いをして、無事移管が終了しました。ご本人からも感想などを聞いたところ、安心できそうな人とのことで、まずは安心しました。

 

「移管」と書いていますが、平たく言えば自分の計画相談支援は終了です。

計画相談支援が終了するケースは色々とあります。ただ、ポジティブに終わるケースってそんなに多くないんですよね。最近だとご本人がお亡くなりになって終了したり「もう支援は受けたくない」と言って関係が悪化して終了するなど、ネガティブな内容で終わることの方が多いのが実情です。でも今回のケースは生活が安定し、次のステップのために計画相談を引き継いていただいた内容なので、すごく前向きな終了なんですよね。

 

何よりそれを実感したのは、ご本人が話せる人として挙げた人。

これまでは支援をしている人が相談や話をする比率が多かったのですが、今日改めてご本人に聞いたところ「職場の同僚」とのこと。ウン、一番いいことです。支援者である必要はなく、むしろ同じ関係性の中で話せるのはとても大事なことだと思います。この答えで就労も生活も落ち着いていると判断できます。

 

就労の安定が良いこととは言い切りませんが、大事なのは自己実現ですよね。

この方も色々と大変な状況にありながら、支援者のサポートを受けながらご自身でも努力をされながら、ご自身が目指すべきものに向かって進み、それを手に入れることで自己実現を果たしたのだと思います。ポジティブに終わるケースって、自己実現が果たせたケースなのかなと感じる部分があります。過去に担当していたケースでも就職できたことで支援が終了したケースがあり、それもその方にとっては「就職」が実現したことが大きかったので、これも「自己実現」が果たされたケースと言えると思います。

 

そう言った意味では、必ずしも就労でなくても「自分らしさ」の実現が大事ですね。

「就労」はそれを図るのにわかりやすいものだと思いますが、ある人にとっては「一人暮らし」が果たされることが自分らしさであることもありますし、「自分らしさの実現」はひとりひとり違うと思います。そういういうところに相談支援専門員として向き合いながら支援していくことが大事なのかもしれません。(これは少し「自戒」の意味も込めて。)

 

契約が終わった後、ご本人と今のことを話しました。

今は少しずつお金が溜まっていて、目処が立てば一人暮らしもしたいとのこと。うん、すごくいいことだと思いますし、次のステップは「一人暮らし」に向けて、新しい相談支援専門員さんと進んでいくことになるのでしょう。それが実現できた時、2度目のポジティブな終了になるのかもしれませんね。

 

支援に向き合うことは大変ですが・・・

でもこうやって成果が出るのは嬉しいですし、ご本人の話からそれを実感できるのは、支援者としてはやりがいを感じますね。だからこの仕事は面白いですし、どんなに忙しくて大変でも、やめられないのかもしれません。

週末に「断髪式」をしてきました。

今日職場に行くと、利用者さんからは「Mitakeさん、スッキリしたね」と言われました。

 

ハイ、自分にとっての「ケチ見え節約」は、床屋代です。

ケチというか、貧乏性というか・・・自分の中で「もう、限界!」と思わないと床屋に行かないんですよね。

 

まぁその理由に、床屋での散髪代があります。

今は1000円カットとかの格安カットが世間に溢れる中で、自分の床屋代は4,400円。格安カットに比べると、値段は高い感じがありますよね。実際昔に比べると高くなっているのも事実なので、そんなこともちょっとだけ気持ちに影響しています。

 

なので、そんなに何度も床屋には行きません。

多分、年間で4・5回くらいかもしれません。だからこそ、自分が「限界」と思った時に一気にバッサリ切る。そこが「ケチに見えるかもしれない節約」ですね。ちなみに兄貴は結構頻繁に床屋に行っているみたいで、行っている場所は自分と同じ床屋。兄弟で床屋にかけるお金は違いますね。

 

でも・・・高いなと思いつつ、行きつけの床屋が一番です。

どんなに格安カットがあっても、そこには行こうと思いませんね。行くなら、やっぱりちゃんとした床屋さんで髪の毛を切って欲しいです。

 

特に今の床屋に行く理由・・・それは、小さい時からお世話になっているから。

髪を切ってもらう人は変わってきていますが、自分が小さい時からそこの床屋さんで髪の毛を切ってもらっており、自分のことを小さい時から知っている場所。だから大人になっても安心して任せられるんです。

 

あと、見ず知らずの人に髪を切るのは任せたくないかも。

慣れている人であれば安心できるのが一番。逆に知らない人だと「大丈夫かなぁ・・・」と不安になってしまうんですよね。髪型って大事な見た目だし、大事な見た目を知らない人に委ねるはちょっと勇気がいるんですよね。そんなこともあって、今も昔からお世話になっている床屋さんにお願いしています。

 

「身だしなみ」という意味では、兄貴のようにこまめに行くのがいいんでしょうね。

でも自分にとってこまめに4,400円払うのは、ちょっと大きく感じてしまいます。だからせっかく切るなら、一気にまとめて切ってしまったほうが「お得」という、なんとも言えない価値観で床屋に行っている自分は、ある意味で「ケチに見える節約」をしているのかもしれませんね。

 

でも・・・床屋に行ってサッパリすると、頭を洗うのも楽ですね。

シャンプーの量も少なくて済みますし、髪の毛も早く乾く。寝癖もつかないし、朝起きても髪型を整える時間がほとんどかからない。髪は短いのが一番ですね。

 

 

ケチに見えるかもしれない節約

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今月に入ってから、まだ一度も書いていなかったんですね。

よくよく考えれば、昔は仕事終わりにKindleでマンガを読む時間もあったのに、今やその時間すらも取れない状態。間違えなく忙しくなっているんですね。

 

自分では言いにくいですが・・・それなりに、仕事頑張っていると思うんですよね。

日々の業務は当然ながら、市役所が法で設置を規定する会議の委員として参加もしているし、東京都の人材研修運営にも協力しているし、今後の福祉人材育成のために法人として実習生を受け入れたり・・・自分たちの法人だけでなく、社会のために微力ながら力にはなっていると思うんですけどね・・・

 

にもかかわらず、職員に満足なボーナスを支給できないのが心苦しいです。

もちろんボーナスなので、業績によっては支払う必要はなく、絶対に保証されたものではありません。でも日々少数精鋭で頑張っているのに、それに報えないのはあまりにも申し訳ないです。

 

じゃそのボーナスの原資はどこになるのかというと・・・国からの報酬です。

ただ報酬はある程度のところで決まっているので、民間企業のようにたくさん入ってくるわけではありません。いやむしろ、不十分ですよ。ボーナス以前に平均年収の時点で他の産業に比べ低水準であることは多く報道されている通り。だって、入ってくるのは決まっているのだから、その中でやりくりしなければ行けませんし、そんなにたくさんの報酬をもらっているわけではありません。

 

そんな中、先日のニュースでは「夏のボーナス、100万円台」なんて・・・

 

100万円・・・そんなに払えないですよ。

じゃ公務員並みに払えるものなのか・・・それもまた、夢のまた夢。

 

一般行政職で、平均73万円ですか・・・平均の年齢は32.9歳。

そっか、国家公務員で32.9歳ぐらいだと、73万円くらい貰えるのですか・・・うらやましいです。

 

福祉事業所で、これだけの夏のボーナスを支払っているところなんて、あるのかな。

少なくとも、今まで働いてきた中でこれだけのボーナスをもらったことはありません。いや、この額は年間のボーナス額かも。ハローワークの求人票を見ても、福祉関係の仕事で「賞与」の欄を見ると「年間70万円」とか書かれていることも。それと比較したら、こんなにもらえてうらやましいですね。

 

ちなみに中小企業だと平均は47万7000円らしいです。

 

中小企業でそれだけ出せれば頑張っていますよね。

うち、そんなに出せません。出してあげたいけど、出せるお金がありません。

 

うーん、どうしたら報酬をたくさんもらうことができるのでしょうかね。

どこかの会社みたいに、やってもいないことをやったことにして、報酬を水増しすれば良いのでしょうかね。

 

そんなことをする悪質な法人や事業所があるから、どんどん追い込まれるんですよね。

国は散々「給付費の抑制」を掲げていますが、現実は厳しいところがほとんどですよ。特に小さな法人ほど、運営は厳しいですよ。でもそんな法人が丁寧に支援をするから障害のある人の生活が守られていることを、国はどれだけ理解しているのでしょうか。

 

一方で大きな法人が「制度の穴」を掻い潜って不正受給をしても、結局は大したことをしない国や都道府県には、逆に腹が立つ。一部のせいで福祉全体が白い目で見られているし、福祉事業が「悪どいことをしている」と噂が立つ状態には、本当に腹立たしさを感じます。不正受給はもっと厳しく処するべきで、何もしていない方の報酬を引き下げるのは筋違いのことです。国の考えは、後者の考えなんですよね。

 

その結果、福祉に携わる人の待遇はますます悪くなる。

低い待遇では誰も働かない。だから人不足になる。福祉の仕事の魅力も下がる。この悪循環になるから、本来あるべき姿の支援ができなくなる。人材不足になるということは、本来人を雇うためのお金が残ってしまい、残ったお金を財務省や厚労省は「収支差率」という言い方で「儲けている」と見なし、結果的に報酬の引き下げに向かっていく。報酬が下がれば、人を雇うのが難しくなる。こんな循環になっていることを理解しているのか・・・甚だ、疑問です。

 

ボーナスを端に色々と言いましたが・・・

こうやって色々と訴えても、きっと国は何にも感じないですよね。危機的状況になって初めて動き出すのだと思いますが・・・それじゃ遅いんですよ。今ですら「人材がいない」と言っているのに、「処遇改善の見直し」とかの小手先の対応しかしないから、どうしようもないです。ホント、どうなるのかな、福祉の未来は・・・