自分の涙腺はバカでガバガバなので。

もはやちょっとでも涙を誘うとするものであれば、なんでも泣けます。今は家族ものはかなり弱いでしょうね。日々の生活でも涙ぐむぐらいですから・・・

 

だから「泣ける映画」って、自分が見たら全部泣いちゃうんです。

そんな中自分の中で「泣ける映画」の1つが、クレヨンしんちゃんシリーズです。

 

うちの親はしんちゃんの下品さに拒絶していました。(笑)

まぁ確かにテレビ版では傍から見ると下らなくバカバカしい様に見えますが、でも映画版ではそれが見事に裏切られるんですよね。

 

自分が初めて見たのは、DVDになったものを施設の上映会で見た時のこと。

その時に流したのは「嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦」で、テレビアニメの流れや印象だけで

選び、上映会をしていました。

 

ただ、物語が終盤になると・・・なんか感動しちゃったんですよね。

なんでしょう・・・いつもは下らないことしかせず、どこか大人をナメきったような態度をしているしんのすけが、人としての「本質」を訴えるですよね。そこが伝わっていくストリーに、不覚にも涙を流してしまいました。

 

そんな経験をしてから、ちょっとクレヨンしんちゃんの見方が変わりました。

テレビ版ではいつも通りのバカバカしさを描きながらも、映画版ではストーリーの構成にもなる「本質」をちゃんと織り交ぜている内容であると感じており、下らなさを感じつつも涙する場面もある映画版は、見たら涙・・・と思っています。

 

先日も今上映している最新作のリードで流れていました。

最後の方のちょっとしか見ていませんが、その場面だけでもなんか自分はウルっと来てしまいました。これだけ自分の涙腺はバカでガバガバなので、多分最新作を見た時も最後は泣いているでしょうね。と言うより、一人映画館で泣いている自分を想像すると・・・いやぁ、なんか一人では居ずらいかも。ましてや満席だったらそれは尚のこと。もし見にいくのであれば、平日の空いている時に観にいきたいですね。そのほうが、泣いていても気になりませんし。

泣ける映画を教えて

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先日、自分が担当していた相談支援を移管したことを書きました。

移管をしたということは、自分の受け持ちが1つ減ったことになるのですが・・・それを見ていたかのように、また新たな相談支援の依頼がやってきます。

 

依頼はこの1週間で2件。どちらも対応する予定です。

1件は自分が支援担当する地域ではない方のケース。自分のところに繋がった理由は、その方が利用する施設の方が、同じ施設にいた別の方への支援実績から何とかお願いできないかとのこと。本来担当管轄になる自治体の相談支援事業所にも相談したものの、どこも一杯で断られてしまったとのこと。ただ状況を聞くと「何もしない」という対応は選択できないケースと判断し、事業所の方との繋がり・関係性だけで受ける方向にしました。

 

もう1件は社協から。まだ福祉サービスを使ったことのない人の支援依頼。

精神疾患はあるものの、手帳はまだ持ってなく、自立支援医療も最近になり申請したとのこと。ただし自宅環境は惨憺たるもの(いわゆる「ゴミ屋敷」)で、一度介入をして目処をつけたものの、このままでは再度同じ状況になることが目に見えるとのことで、依頼が来ることに。一応社協も相談支援事業所があるんだけど・・・ねぇ、自分のところに依頼が来るんですよね。

 

これとは別に、すでに1件は契約も行い、実際に支援も開始しているケースも。

病院からの依頼だけど、自分の担当管轄地域外の方なので本来は援護地の事業所にお願いをしたいもの。しかし探したけどどこも断られ、すでにグループホームへの入居も進めているとのこと。で、そのホームがうちの法人のホームなのでお願いしたいとのことだったけど・・・いやぁ、本来はニュートラルにするために別の事業所がいいんだけどなぁ。でも色々と探した結果だから、条件付きで対応することにしました。

 

計画相談、事情は様々だけど支援が終わるケースは一定数あります。

しかしそれと同じだけ、新たな相談支援の依頼が入ってきます。今の事業所で計画相談を始めて最初の頃はうちのB型を利用する人からの依頼に対応してきましたが、最近はほぼ外の方からの相談で対応しています。その数も毎年コンスタントに対応しており、相談支援の依頼がなくなることはおろか、減ることはありません。つまり、それだけ相談支援の必要な人がいるってことなんですよね。

 

毎年国は相談支援事業に関するデータを公表しており、こんなデータも公表しています。

これは令和7年3月現在のセルフプラン率についてのグラフ。

セルフプランというのは、障害福祉サービスを使うときに必要なサービス等利用計画を、専門職(相談支援専門員)に作ってもらわず自分で作ることを指します。全国的に見ると、自分で計画を作っている人(セルフプラン)の割合は16.4%とのことですが、これは自治体によって大きな開きがあります。セルフプラン率が低い県もあれば、逆にものすごく高い県もあります。また障害児においてはさらにセルフプランの割合が高く、基本的に障害福祉サービスを利用する全ての人に相談支援専門員はついていないという現実があります。

 

もちろん「自分のことは自分で決めたい」という意思のある人は別です。

そうではなく、相談支援専門員さんがいないから仕方なく自分で計画を作る、いわゆる「望まないセルフプラン」の存在が問題であり、国としてはそれを解消する必要があると言っています。

 

ですが・・・何度も言っている通り、計画相談だけで事業は成り立ちません。

それでも「成り立つ」と言い切る人もおり、横浜市は特にそれを強調し、試算したデータも公表しているくらいですからね。

これが横浜市が示している収入試算。この計算の前提としては

・相談支援専門員1人で年間100ケースを担当する。

・全てのケースを3か月ごとにモニタリングを実施する。

・モニタリングに関連した加算を算定する。

 

という条件のもと計算をしています。そうすると年間で約711万稼げるとのこと。

確かに1人で年間700万円以上も稼げたら、事業所としては安泰ですよね。じゃ、1か月はどんな感じなのか検証してみます。

 

年間で100ケースの計画作成・モニタリングを実施するという計算。

「100ケース」というのは「100人の受け持ちを持つ」という意味。「全てのケースを3か月ごとのモニタリング」というのは、ある人に対し3か月ごとに支援状況の確認や計画の更新・再作成(モニタリング)をするという意味なので、100人全員を毎月支援するのではなく、100人それぞれが3か月ごとに支援を受けるという意味になります。

 

なので1か月に計画作成・モニタリングを行う人数は

「100ケース÷3か月(3か月ごとに同じ人を支援する)=33人」で、月によっては34人実施することで3か月周期で100人の受け持ちを回すことができます。言葉で説明するとわかりにくいですけど、表にするとこんなイメージ。

仮に3か月ごとのモニタリングをグループごとに分けると、こんな感じ。

この循環をすることで横浜市が試算する「年間約711万円」の収入が得られるということです。

 

が、1か月に33人(あるいは34人)の支援はどういう意味なのか。

単純に言えば、33人分のモニタリングを実施し、モニタリング報告書を作成し、ご本人に説明し署名をもらって役所に提出する。この作業を毎月やるってことなんですよね。

 

これ、以前ここでも示したことのある「モニタリング報告書」の書式例。

この書類をモニタリング時に作成し、役所に提出しないと報酬がもらえません。で、モニタリングは本人だけでなくサービスを提供している事業所にも話を聞き、その内容をまとめます。項目が多ければ多いほど、聞く内容や確認する機関は多くなります。これを33枚作成する・・・1か月は土日祝日を含めて最大31日。休みを含めて1日1枚以上完成させるってことですよね。あと、一応専門職(相談支援専門員)が作成する書類です。その書類が「できている」「満足している」「安定している」「継続する」の言葉だけで作成された書類だったとした時、果たしてそこに専門性は存在しているのでしょうか。こういう書き方であれば月33枚作成することは容易だと思いますが・・・仮にも研修を受けてきた相談支援専門員が、その内容で良しとするのか、自分は疑問です。

 

また相談支援専門員の仕事は、モニタリングをするだけではありません。

ご本人の相談に日々応じますし、新しいサービスを利用したいと希望があった時、例えばそれがグループホームだったときは一緒に見学同行をすることもあります。でもその支援は報酬になりません。報酬がもらえるのは、基本的に計画を作成した時とモニタリング報告書を提出した時。例外もありますが、相談支援専門員の仕事は「報酬算定されない仕事」が圧倒的に多いのです。こういった業務をしながら、毎月33件のモニタリング報告書(計画案)を作成することって、現実的に可能なのでしょうか。

 

その上で相談支援専門員が不足している現実。

その結果、望まないセルフプランの存在がある。でも相談支援専門員が担っていることはともて多い。果たして横浜市の試算したとおりに収入を得ることができるのか。横浜市でも相談支援事業所の経営実態調査をして、試算通りの結果になっているのか検証してみてほしいものです。その時、どんなモニタリング報告書を作成しているのかも見てみたいです。

 

色々と長々と話してしまいましたが・・・

相談支援を必要としている人は多く、1件終わっても次の1件がやってくる。相談支援の依頼はいつまでもどこまでも続いて行くものなのしょう。

今日はほぼ1日外出。1つのケース対応について。

ただ、この対応は非常に良いことなので自分としてはホッとしています。

 

今日対応したのは、計画相談支援の移管。

今までは自分が担当する自治体で生活をしていたので自分が担当していたけど、今は離れた場所のグループホームに入居して生活しており、公私共に落ち着いた様子が確認できていたため、ご本人が住んでいる地域の相談支援事業所に担当を移管することとなり、今日無事に移管をしてきました。

 

ご本人との出会いは、2年前ごろのこと。

支援依頼はご本人ではなく、当時利用していた就労移行支援事業所から。事業所の担当者から支援サポートの相談と依頼を受け、自分が関わり始めました。

 

関わり始めた当初、ご本人は多くの不安を抱えていたと思います。

その影響で対人面においてのストレスはとても大きく、一時期就労移行支援に通所できない状況もありました。ただその時でも事業所の担当者の方が丁寧に対応してくださり、無事就労につながりました。

 

自分は何をしたかというと、丁寧な傾聴を基本とした支援。

最初はまだ自分との関係ができていなかったので事業所の担当者の方と一緒に話を聞きながら、モニタリングをしてきました。また障害年金の受給にあたってご本人でうまくいかなかった経験があったことから、一緒に同行して申請についての手順の確認を行い、具体的に助言をして結果、無事に障害年金の受給につながりました。

 

またグループホームの入居にあたっては、一緒に見学にもいきました。

ただその頃には自分の前ではしっかりと自分の気持ちを話してもらえるようになり、見学時に自分も一緒に話を聞きながら「あぁ、ここは行きたくないだろうなぁ・・・」と思い、見学に確認したら「嫌です」と言ってくれたのは自分としても安心できる意思表明でした。

 

その後就労した当初も色々とありましたが、就労移行支援事業所がそのまま就労定着支援として継続したこともあり、現在は就労環境も改善され、ご本人も満足しながら就労を継続されています。そんな状態が確認できたこともあり、ご本人に相談支援の移管を相談したところ希望されたため、今回の移管となりました。

 

移管にあたっては、移管先をご本人と一緒に考えました。

最初は自分だけでも情報を持っていないため、研修で一緒になった相談支援専門員の方から情報を集めるなどして事業所を選択し、ご本人も情報提供をした上で移管先を決めました。で、今日は自分も一緒に移管先の事業所の担当者とお会いしケースの移管と契約の立ち会いをして、無事移管が終了しました。ご本人からも感想などを聞いたところ、安心できそうな人とのことで、まずは安心しました。

 

「移管」と書いていますが、平たく言えば自分の計画相談支援は終了です。

計画相談支援が終了するケースは色々とあります。ただ、ポジティブに終わるケースってそんなに多くないんですよね。最近だとご本人がお亡くなりになって終了したり「もう支援は受けたくない」と言って関係が悪化して終了するなど、ネガティブな内容で終わることの方が多いのが実情です。でも今回のケースは生活が安定し、次のステップのために計画相談を引き継いていただいた内容なので、すごく前向きな終了なんですよね。

 

何よりそれを実感したのは、ご本人が話せる人として挙げた人。

これまでは支援をしている人が相談や話をする比率が多かったのですが、今日改めてご本人に聞いたところ「職場の同僚」とのこと。ウン、一番いいことです。支援者である必要はなく、むしろ同じ関係性の中で話せるのはとても大事なことだと思います。この答えで就労も生活も落ち着いていると判断できます。

 

就労の安定が良いこととは言い切りませんが、大事なのは自己実現ですよね。

この方も色々と大変な状況にありながら、支援者のサポートを受けながらご自身でも努力をされながら、ご自身が目指すべきものに向かって進み、それを手に入れることで自己実現を果たしたのだと思います。ポジティブに終わるケースって、自己実現が果たせたケースなのかなと感じる部分があります。過去に担当していたケースでも就職できたことで支援が終了したケースがあり、それもその方にとっては「就職」が実現したことが大きかったので、これも「自己実現」が果たされたケースと言えると思います。

 

そう言った意味では、必ずしも就労でなくても「自分らしさ」の実現が大事ですね。

「就労」はそれを図るのにわかりやすいものだと思いますが、ある人にとっては「一人暮らし」が果たされることが自分らしさであることもありますし、「自分らしさの実現」はひとりひとり違うと思います。そういういうところに相談支援専門員として向き合いながら支援していくことが大事なのかもしれません。(これは少し「自戒」の意味も込めて。)

 

契約が終わった後、ご本人と今のことを話しました。

今は少しずつお金が溜まっていて、目処が立てば一人暮らしもしたいとのこと。うん、すごくいいことだと思いますし、次のステップは「一人暮らし」に向けて、新しい相談支援専門員さんと進んでいくことになるのでしょう。それが実現できた時、2度目のポジティブな終了になるのかもしれませんね。

 

支援に向き合うことは大変ですが・・・

でもこうやって成果が出るのは嬉しいですし、ご本人の話からそれを実感できるのは、支援者としてはやりがいを感じますね。だからこの仕事は面白いですし、どんなに忙しくて大変でも、やめられないのかもしれません。

週末に「断髪式」をしてきました。

今日職場に行くと、利用者さんからは「Mitakeさん、スッキリしたね」と言われました。

 

ハイ、自分にとっての「ケチ見え節約」は、床屋代です。

ケチというか、貧乏性というか・・・自分の中で「もう、限界!」と思わないと床屋に行かないんですよね。

 

まぁその理由に、床屋での散髪代があります。

今は1000円カットとかの格安カットが世間に溢れる中で、自分の床屋代は4,400円。格安カットに比べると、値段は高い感じがありますよね。実際昔に比べると高くなっているのも事実なので、そんなこともちょっとだけ気持ちに影響しています。

 

なので、そんなに何度も床屋には行きません。

多分、年間で4・5回くらいかもしれません。だからこそ、自分が「限界」と思った時に一気にバッサリ切る。そこが「ケチに見えるかもしれない節約」ですね。ちなみに兄貴は結構頻繁に床屋に行っているみたいで、行っている場所は自分と同じ床屋。兄弟で床屋にかけるお金は違いますね。

 

でも・・・高いなと思いつつ、行きつけの床屋が一番です。

どんなに格安カットがあっても、そこには行こうと思いませんね。行くなら、やっぱりちゃんとした床屋さんで髪の毛を切って欲しいです。

 

特に今の床屋に行く理由・・・それは、小さい時からお世話になっているから。

髪を切ってもらう人は変わってきていますが、自分が小さい時からそこの床屋さんで髪の毛を切ってもらっており、自分のことを小さい時から知っている場所。だから大人になっても安心して任せられるんです。

 

あと、見ず知らずの人に髪を切るのは任せたくないかも。

慣れている人であれば安心できるのが一番。逆に知らない人だと「大丈夫かなぁ・・・」と不安になってしまうんですよね。髪型って大事な見た目だし、大事な見た目を知らない人に委ねるはちょっと勇気がいるんですよね。そんなこともあって、今も昔からお世話になっている床屋さんにお願いしています。

 

「身だしなみ」という意味では、兄貴のようにこまめに行くのがいいんでしょうね。

でも自分にとってこまめに4,400円払うのは、ちょっと大きく感じてしまいます。だからせっかく切るなら、一気にまとめて切ってしまったほうが「お得」という、なんとも言えない価値観で床屋に行っている自分は、ある意味で「ケチに見える節約」をしているのかもしれませんね。

 

でも・・・床屋に行ってサッパリすると、頭を洗うのも楽ですね。

シャンプーの量も少なくて済みますし、髪の毛も早く乾く。寝癖もつかないし、朝起きても髪型を整える時間がほとんどかからない。髪は短いのが一番ですね。

 

 

ケチに見えるかもしれない節約

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今月に入ってから、まだ一度も書いていなかったんですね。

よくよく考えれば、昔は仕事終わりにKindleでマンガを読む時間もあったのに、今やその時間すらも取れない状態。間違えなく忙しくなっているんですね。

 

自分では言いにくいですが・・・それなりに、仕事頑張っていると思うんですよね。

日々の業務は当然ながら、市役所が法で設置を規定する会議の委員として参加もしているし、東京都の人材研修運営にも協力しているし、今後の福祉人材育成のために法人として実習生を受け入れたり・・・自分たちの法人だけでなく、社会のために微力ながら力にはなっていると思うんですけどね・・・

 

にもかかわらず、職員に満足なボーナスを支給できないのが心苦しいです。

もちろんボーナスなので、業績によっては支払う必要はなく、絶対に保証されたものではありません。でも日々少数精鋭で頑張っているのに、それに報えないのはあまりにも申し訳ないです。

 

じゃそのボーナスの原資はどこになるのかというと・・・国からの報酬です。

ただ報酬はある程度のところで決まっているので、民間企業のようにたくさん入ってくるわけではありません。いやむしろ、不十分ですよ。ボーナス以前に平均年収の時点で他の産業に比べ低水準であることは多く報道されている通り。だって、入ってくるのは決まっているのだから、その中でやりくりしなければ行けませんし、そんなにたくさんの報酬をもらっているわけではありません。

 

そんな中、先日のニュースでは「夏のボーナス、100万円台」なんて・・・

 

100万円・・・そんなに払えないですよ。

じゃ公務員並みに払えるものなのか・・・それもまた、夢のまた夢。

 

一般行政職で、平均73万円ですか・・・平均の年齢は32.9歳。

そっか、国家公務員で32.9歳ぐらいだと、73万円くらい貰えるのですか・・・うらやましいです。

 

福祉事業所で、これだけの夏のボーナスを支払っているところなんて、あるのかな。

少なくとも、今まで働いてきた中でこれだけのボーナスをもらったことはありません。いや、この額は年間のボーナス額かも。ハローワークの求人票を見ても、福祉関係の仕事で「賞与」の欄を見ると「年間70万円」とか書かれていることも。それと比較したら、こんなにもらえてうらやましいですね。

 

ちなみに中小企業だと平均は47万7000円らしいです。

 

中小企業でそれだけ出せれば頑張っていますよね。

うち、そんなに出せません。出してあげたいけど、出せるお金がありません。

 

うーん、どうしたら報酬をたくさんもらうことができるのでしょうかね。

どこかの会社みたいに、やってもいないことをやったことにして、報酬を水増しすれば良いのでしょうかね。

 

そんなことをする悪質な法人や事業所があるから、どんどん追い込まれるんですよね。

国は散々「給付費の抑制」を掲げていますが、現実は厳しいところがほとんどですよ。特に小さな法人ほど、運営は厳しいですよ。でもそんな法人が丁寧に支援をするから障害のある人の生活が守られていることを、国はどれだけ理解しているのでしょうか。

 

一方で大きな法人が「制度の穴」を掻い潜って不正受給をしても、結局は大したことをしない国や都道府県には、逆に腹が立つ。一部のせいで福祉全体が白い目で見られているし、福祉事業が「悪どいことをしている」と噂が立つ状態には、本当に腹立たしさを感じます。不正受給はもっと厳しく処するべきで、何もしていない方の報酬を引き下げるのは筋違いのことです。国の考えは、後者の考えなんですよね。

 

その結果、福祉に携わる人の待遇はますます悪くなる。

低い待遇では誰も働かない。だから人不足になる。福祉の仕事の魅力も下がる。この悪循環になるから、本来あるべき姿の支援ができなくなる。人材不足になるということは、本来人を雇うためのお金が残ってしまい、残ったお金を財務省や厚労省は「収支差率」という言い方で「儲けている」と見なし、結果的に報酬の引き下げに向かっていく。報酬が下がれば、人を雇うのが難しくなる。こんな循環になっていることを理解しているのか・・・甚だ、疑問です。

 

ボーナスを端に色々と言いましたが・・・

こうやって色々と訴えても、きっと国は何にも感じないですよね。危機的状況になって初めて動き出すのだと思いますが・・・それじゃ遅いんですよ。今ですら「人材がいない」と言っているのに、「処遇改善の見直し」とかの小手先の対応しかしないから、どうしようもないです。ホント、どうなるのかな、福祉の未来は・・・

仕事が終わりません!

何となくこうやって、逃げています・・・

 

まぁ先週記事を書いていないことを見れば、お分かりかもしれません。

忙しくなると記事を書く時間もなくなるのはしょうがないこと。昨夜は久しぶりに平日にも関わらず、夜中2時半まで今日の仕事の準備をしていました。精神保健福祉士実習指導のためのパワポ作成や文書作成など、少しずつ進めてはいましたが・・・最終的には前日に追い込みをすることに。

 

その実習指導ももうすぐ終わり。

ただし、まだまだ仕事はあります。日々の計画作成やモニタリング報告書の作成はもちろん、個別対応のケースもありその調整も必要。相談支援従事者の現任研修も始まり、また別の研修などもありその対応で・・・ハイ。

 

さらに東京都に提出する書類も残っています。

東京都の事業である「居住支援特別手当」の令和7年度実績報告を求められており、その対応をしなければいけない状態。東京都から送られた提出フォームは完成しているものの、添付する給与台帳はまだ整っていない状態。会計事務所に請求はしたものの、こちらが望んだ形での形式ではないため、再度お願いをするか検討中。その連絡の時間すら追われている状態。

 

挙句の果て、立腹しながら作成したのはやはり都の工賃報告。

最初は必要な文書を作って送るだけ・・・と思ったら、そこから大量の質問。その数、LoGoフォームにて81問。添付されていた文書を見ると「質問がたくさんありますので時間に余裕をもって・・・」なんて書かれていたけど・・・多すぎやろ!

 

ホント、質問に答えながらイライラしました。

事前に質問内容が伝えられていないため、その場で初めて質問内容がわかる状態。質問によってはすぐに答えられないものもあり、そのたびに一時保存して回答のためのデータを再確認・・・イヤ、事前に質問内容が提示されていればスムーズに準備できるのに、それがないからその都度確認しなければいけないから、めちゃくちゃ大変。

 

別に質問が多いだけでイライラしているわけではありません。

既に東京都でも把握していること(届出に書いた内容)をまた聞いてきたりしているから、二度手間・三度手間をここでもしなければいけないことにイライラしてしまいます。さらにこれを聞いたからと言って何か政策に反映されているのかというと・・・その実感が全くない。聞くだけ聞いて、その結果の還元がないからこそ余計にイライラしてしまいます。

 

まぁこのことは今に始まったものでありません。

東京都からの指示なので、それを放置すれば後々面倒になることはわかっています。だから当然対応はしますが、それにしても回答する側の立場というのを本当に考えているのかがいつも疑問です。都としては回答件数(回答を求める事業所)が多いからそこまで考えていないのかもしれませんが、零細法人であるうちのような小規模事業所は小さなことであってもかなりの負担です。

 

なので、時間がないときにこういうものが重なるのは、本当に大変です。

事務専属の職員がいるような事業所ならそんなに負担はないのかもしれませんが、うちのような小規模法人は事務専属の職員を雇う余裕がないので、現場の職員が事務も行います。特に行政に出すものであれば、それは現場レベルではなくその上が対応するもの。

 

で、俺はその「上」になるのか???

自分としてはそんなつもりは全くないけど・・・でも法人の事務を担う役割である以上、やっぱり自分が対応することになるのか。もっとも、すべてを親方様に委ねるのはあまりにも負担が大きいことは百も承知。だから分散する必要があり、それを自分も担う。でも通常の業務(相談支援専門員としての仕事)もあるし、主任相談支援専門員としての地域での役割もある。自分の役割や「やること」が多くなっているからこそ、忙しく、時間がなく、日々大変という状態になっているのだと思います。

 

とはいえ、もう職場には「来週は休む」ことを予告しています。

休むといっても、2日だけ。1日は振替休暇として、1日は持ち越しのできない有給休暇を消化するため。何とも消極的な休みの取り方ですが、ちょっと前の自分なら勇気をもって「休む」という選択はできなかったと思います。これだけ忙しいからこそ、あえて「休む」という選択をしているのだと思います。体の健康も当然ですが、心の健康を守るためにも、休む選択をすることは欠かせないものだと思います。

 

でもね・・・きっとまともに休まないのでしょうね。

何となく、休みの日もどこかで仕事をしている自分が簡単に想像できます。いや、すでに休みに関わらず計画を担当している方の事業所に訪問する予定も組んでいますし・・・まぁそれは色々と事情があるのでやむを得ないことなのですが・・・結局、そんなものなんですよね。やっぱりダメな自分、本当に気兼ねなく、1週間ぐらい休んでみたいののです。(ただしその後はきっと・・・仕事の地獄が待ち構えていることも容易に想像できるんですけどね。)

今年はなかなか息つく暇もありません。

施設的には先週から2週間の予定で社会福祉士の実習生を受け入れ、今週からは3週間の予定で精神保健福祉士の実習生を受け入れ。その間に4日間の看護学校学生受け入れ。よく見たら、今月は実習生の学生が誰かしらいる状態。いや、そりゃ大変だ。

 

実習生対応をしながら、本来業務の計画作成・モニタリングもタイトに進んでいきます。

特に今年は施設祭が11月から6月に移り、今月末の開催に向けて準備の予定も着々と入ってきます。さらに来月に別の研修チームでの研修準備もあり、スケジュール的にはかなりパンパンです。

 

そんな中、相談支援従事者研修の説明会に参加してきました。

今年も相談支援従事者研修の時期になり、早い日程では今月から演習研修が始まります。自分は7月と8月の研修を担当しており、今日は演習研修を担当する演習指導者が集まっての説明会。研修全体に変更はないものの、去年と進め方や演習内容の変更もあり、ポイントを抑えるべくしっかりと話を聞いてきました。

 

現任研修は既に初任者研修を終え、現場で従事している人が対象の研修。

自分も現任研修の対象者になるのですが、昨年に主任研修を受けたのでそれを持って自分は現任研修が修了しており、しばらくは研修が不要になります。なので今回からは「主任相談支援専門員」としての立場で参加です。まぁ、この研修において肩書きは何の関係もないですけどね。

 

現任研修のお手伝いも、今年で3年目になりました。

参加自体は4回参加しているのですが、そのうち最初の1回は研修の一環として参加しているので、純粋な演習指導者としての参加は3年目になります。実際今日の説明会でも演習指導者研修を受けている方の参加者もいました。自分の時はオンラインでの説明会でしたが、思えばあの時からもう4年が経っているんですね。

 

研修に毎回参加して思うのは、演習指導で参加する方が学びになるんですよね。

もちろん受講生としての参加は事前に講義動画を見たり事前課題に取り組んだり、研修の合間に地域の拠点機関で実習指導を受けるなど、やることはたくさんあって大変なんですよね。だから研修が終わると「やっと、終わった」という気持ちの方が強いんです。

 

でも演習指導者の立場だと、受講生との関わりで気付かされることが多いんです。

事前課題に自分も目を通して「あぁ、そうだよね」と思うこともたくさんありますし、演習の中での話にも「うんうん、そうだよね」と共感する部分もたくさんあります。受講生である前に、同じ相談支援を仕事としている立場として理解・共感する部分がたくさんあり、共通項があることで自分自身も学びの機会になっているんですよね。

 

もちろん、研修内容を毎年なぞることができるので、研修内容の理解もできます。

繰り返しの参加で内容の理解ができるので、研修で何を伝えたいのかも年々理解が進み、受講生からの研修内容の質問にも少しだけ答えられるようになりました。これは繰り返し研修に参加しているからこそできることであり、結果としてそれは自分の知識や技術として積み重なっています。

 

当然ながら、演習前には自分も資料の読み込みをします。

前日は研修の「予習時間」として、仕事は早めに終え職場以外の場所でお茶をしながら研修資料の読み込みをして、当日の研修に臨んでいます。何回やっても丸腰で研修に臨むのはやはり怖いですし、演習指導者としての責任としても事前準備は欠かすことができません。でもこのプロセスも自分の知識・技術向上にもつながっているのだと思いますし、結果として自分の学びになるんですよね。

 

どんなに忙しくても、自己研鑽は欠かせません。

制度は日々アップデートしていきますし、日々の仕事だけでは成長はありません。特に自分の場合は「一人職場」なので、外と関わらなければそれこそ「井の中の蛙」になってしまうので、こういう機会を逃さず積極的に関わっていくことは自分のためにも必要なことだと思います。そしてそこで得てきたことが、まさに実習生への還元にもつながっていくのだと思いますし、自分の働く地域にも還元することにつながっていくのだと思います。スケジュールがタイトな時は本当に大変ですが、自分のためになることを考えたら、この時間は欠かすことができないですね。

「ソーシャルワーカー」と言う仕事、人と接することで成り立ちます。

ですが・・・専門職でも人間です。感情もありますし、色々と感じることもあります。

 

対利用者に対しては、他にも取り掛からなければいけな時に電話。

でも話の内容を聞く限りでは「それ、今じゃないよね」というものであったり「今日のお昼、何ですか?」とか別に聞かなくても既に周知していることを何度も聞かれると、さすがにげんなりします。

 

また同じ人からの繰り返しの連絡にげんなりすることも。

電話頻回の方には常に「忙しいので、何でもかんでも対応できるわけではない」ことを伝えているのですが、それが理解できない方もいます。3日ぐらい連続で対応しているのに、1・2日対応できないと不満を漏らす人。自分が対応できないと他の職員に捨て台詞のようなことを話す状態。

 

そんな時、こう思います・・・

私は「あなたのモノ」ではありません。

あなた「だけ」の支援者ではありません。

 

色々とご本人としては言いたいこともあると思います。

ですが、自分が支援をしている人はたくさんいます。支援もその人それぞれの状況に合わせて対応します。同じ人は誰1人いないので、それぞれで個別の対応をしていきます。その人の障害特性や性格なども踏まえながら、支援の仕方を工夫していきます。

 

その中で「あの人と対応が違う」と言われても、何とも言えません。

それに支援以外にも様々な多くの仕事を進めながら支援をしていますので、時としてリアルタイムにならないこともあります。そのことも含めお伝えしている中でご自身の都合だけを一方的に主張されても、それは困ります。他の職員に対応方法を伝えてその通りに対応したことに対し不満を持たれても困ります。何しろ、相談業務は自分1人しかいないので、思い通りにならないからと言って自分以外の職員にも捨て台詞を言われるのは、職員も疲弊します。

 

対利用者だけではありません。関係機関も同じです。

先日ちょっとだけ書きましたが、病院とのやりとりでも地域の声に耳を傾けることなく病院の都合だけで一方的に対応を求めることに、腹が立ちます。それも大きな病院になればなるほど、その傾向は強いです。「都立病院がその対応をするの???」と思うくらいの話のわからなさに、地域で支援をする関係者は疲弊します。地域のことを無視されている気持ちになります。

 

自分は聖人君子ではありません。普通の人間です。心を持つ人です。

たまたまソーシャルワーカーという専門職であるだけで、心を持つ人間が仕事をしています。ちょっと思い通りにならないからと言って捨て台詞を言われるこちらの身にもなってほしいものです。人間なのでパーフェクトではありません。感情もあります。AIが対応しているわけではないのですから。

 

と思ってその感情のままに進むと、いいことはありません。

なので、そんな時は「寝かし」ます。冷却させ、あえてすぐに対応しません。そうすると、こちらも少し冷静になり、ニュートラルに戻って物事を見直すことができます。そこはやはり専門職なので、専門職としてふさわしい対応ができるように心がけます。感情の赴くままに対応するのは、いい結果になりません。だから1日かけても冷静になる時間が必要です。仮にそれが相手から「遅い」と言われても、しっかりした支援をするためには必要な時間として考えます。

 

先日ケアマネージャーさんがお亡くなりになる事件がありました。

相談支援専門員も1人で訪問活動をすることは普通にあります。先日も書きましたが、ケアマネージャーも相談支援専門員も対象者などは違いますが基本的業務は同じです。利用者さんのために仕事をしていますが、感情を持つ人間が仕事をしています。私たちも傷つきます。できるだけ気持ちに寄り添いたいですが、求められるだけはできないこともあります。できないからと言って矛先を向けられると、悲しいです。話をする反対側には、あなたと同じ「人間」がいることを忘れないでほしいです。

 

ここだけの愚痴

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今巷で噂の「チャッピー」

何かあればチャッピーなんて・・・と思うのですが、誰がどう使うかによって、その効果は薬にもなり毒にもなります。

 

月末、色々と事務仕事も増えます。

例えば自分がやっているのは、利用者の通所・利用状況の記録を残すための「サービス提供記録表」を印刷します。これは利用者さんに支援を実施したことの根拠になる書類で、日々の支援記録とは別に必ず記録しなければいけません。そのため月末になると翌月分の記録表の印刷をしています。

 

ただ・・・これ、面倒なんですよね。

1人1枚用意するので、単純に人数分出すのであれば大したことありません。ただ、1人1人の名前を書く必要があり、それが面倒なんですよね。手書きは疲れるし、わざわざ1人ずつの書類ファイルを作るのは印刷で面倒。かと言って印刷のたびに利用者さんの名前を入力して印刷するのも結構な手間です。

 

この仕事、何とかならないのかな・・・とずっと思っていました。

ネットで色々と策を探してみましたが、なかなか見つかりませんでした。そこで、巷で噂のチャッピーに相談してみました。

 

結果、面倒な作業が簡単に終わりました。

今まで10分から15分程度かかっていた作業が、チャッピーのおかげで5分もかからず終了。本当にあっという間で、今までの時間が何だったんだろうか・・・と思いました。

 

もちろんチャッピーが作ったわけではありません。

チャッピーには自分が「やりたいこと」を指示し、それに合わせてチャッピーがVBAを作ってくれるので、それを微調整しながら目的の形にし、完成したVBAを埋め込んで作業の簡略化を図ったわけです。

 

チャッピーが出始めた頃、自分は全く相手にしていませんでした。

チャッピーがリリースされた時、精神保健福祉士のことについてチャッピーに聞いてみました。その中で、精神保健福祉士の根拠法(何の法律に基づいて資格が位置付けられているか)について尋ねたところ、当時のチャッピーは「精神保健福祉法」と答えました。

 

正しいのは「精神保健福祉士法」で、明らかに間違えであることはすぐわかりました。

そんな当たり前の回答が出せないチャッピーは自分の中で「当てにならないもの」と認識しており、しばらくの間は全く相手にしていませんでした。

 

しかしAIも学習を重ね、正しい答えを出せるようにもなってきました。

一方でその回答の正しさに疑義がある部分もあり、今でも完全に当てにはしておらず、あくまで一次情報を得るための手段として利用し、その先は自分自身でちゃんと調べて自分自身が信頼できるものを見つけて確認するようにしています。

 

一方で今回のVBA作成という点では、非常に高い能力を発揮しています。

事実、そのおかげで仕事がかなり楽になりましたし、これを元に来月以降も楽に書類作成ができます。自分でもこういう使い方で有効性を実感したので、もっと複雑なことについてチャッピーに聞いて、そのためのVBAを作りたいと思っています。

 

チャッピー・・・改め、生成AIは、正しく使えばとても有効だと思います。

自分の例でも分かる通り、やりたい目的がはっきりしていて、それが価値判断の必要ないもの、ある種「機会的」に進めることで問題のないことについては活用の仕方次第で仕事の効率化も図ることができ、生産性の向上につながると思います。

 

他方、使い方を間違えると大変なことになります。

根拠や事実がはっきりしていないもの、自分で確認できないもの・確認していないものに対して、AIの出したものを鵜呑みにして話を進めたり、場合によっては拡散することで誤った情報が一人歩きして取り返しのつかないことになることもあります。それ故、AIの情報を全面的に受け入れてしまう姿勢は大変危険なものであると思います。

 

またAIの出す答えの「理屈」は正しくても、必ずしも理屈通りで進まないこともあります。

今回話題になったことは、確かに理屈としては正しくても、理屈が正しいから間違えではないと言い切れない部分もあるのではないかと思います。AIに聞いて「児童相談所に相談できます」という答えは間違えないと思います。で、児童相談所に相談することも間違えではないと思います。ただその先が機会的に物事が進むことで、相談した本人も思わぬ方向に進むことがあり、今回はまさにその状態になったのではないかと思います。

 

全体の結果としては、理屈では間違えではないと思います。

が、あくまでそれは「理屈」であり、そこに「理屈だけでは見えないもの」があることも忘れてはいけないように感じます。自分が仕事としているソーシャルワークも、理屈通りに進めれば問題が解決するわけではありません。そこには「人の心」や「思い・気持ち」があり、それらを全面的に無視することはできません。理屈では必要なことも、その裏にあるものをしっかりと受け止め、その上で「理屈ではこうだけど・・・」を踏まえながら状況に合わせた対応をすることが必要です。最短距離で行くことが必ずしも正解ではなく、回り道してたどり着いた方が正解だったこともあります。それ故、理屈が全てではありません。

 

誤解しないでいただきたいのは、今回の話題がおかしい、というものではありません。

全ての対応は、おそらくその時点では可能な限りの「最善」を尽くした結果だと思います。ですのでその結果に対して何かというわけではありません。ただその過程で存在が明らかになった「生成AI」という物に対して、もっと考えていくべき物ではないかと感じています。もしこれが生成AIではなく生身の人間だったら、もしかしたら全体の結果は違ったかもしれない・・・そんなことを感じずにいられません。そんな風に感じるのは、自分が「ソーシャルワーカー」という仕事を生業にしているからこそ思う部分なのかもしれません。

2年前にも同じネタで書きました。

また書こうと思ったのは、今日こんなことがありました。

 

計画相談のモニタリングで訪問看護事業所に電話した時のこと。

担当の看護師さんは不在で、電話に出たのはおそらく事務の方。電話をした事情などを説明し、折り返しの連絡をお願いすると電話を応対した方からは「ケアマネさんですかね?」とのこと。正すことが面倒だったので、「あ、はい、障害ケアマネです」と言って終話。

 

自分たちが認識してもらいやすくするために使う「障害ケアマネ」と言う言葉。

どちらかと言うとそんなに福祉のことを知らない人でも「ケアマネ」であれば何となく知っている人も多いことから「障害者のケアマネジメントをする人=障害ケアマネ」という表現の仕方をしています。ただ今日のこのやりとりだと、もしかしたら障害福祉の関係者以外からも「相談支援専門員」を理解されていないのかな・・・とも感じてしまいました。

 

以前と同じことを書いても意味ないので、繰り返しは書かなようにしたいと思います。

が、高齢者を受け持つ「介護支援専門員(ケアマネージャー)」と障害者を受け持つ「相談支援専門員」の仕事は似ている部分もありながら、細かい部分ではかなり違う部分があります。それでもわかりやすく「障害ケアマネ」と表現するのは、支援のベースにあるのはケアマネジメントの手法であるため、その考えは共通していることからそのように表現しているところがあります。

 

じゃ細かいところの違いは何なのか。

明らかな違いは、対象者。ケアマネージャーは介護保険の対象者であるため、基本的には65歳以上の高齢者になります。中には65歳未満の人も対象(2号被保険者)になることもありますが、いわゆる「高齢者」が対象です。一方で相談支援専門員は障害を持つ人、いわゆる「障害児・者」が対象です。ここでいう障害者は年齢に関係なく障害を持つ人全てを指すので、子どもでも障害を持っていれば対象者ですし、高齢者でも障害を持っていれば対象者になります。

 

さっきケアマネージャーのところで「65歳以上」と話しました。

障害者の中にも65歳以上の人はいます。じゃその人は誰が受け持ちになるのか。答えは「両方」です。65歳以上の高齢者であり障害者である人が介護保険のサービスを利用する場合はケアマネージャーが受け持ちますし、介護保険にないサービスで障害福祉にあるサービスを利用する場合は相談支援専門員が受け持ちます。ですので、介護保険も障害福祉も両方のサービスを利用する人はケアマネージャーも相談支援専門員も受け持つ対象者になります。

 

なので、こうやってみると相談支援専門員の方が対象年齢の幅が大きいです。

また一言に「障害者」と言ってもその内容は多岐に渡ります。身体障害の場合は肢体不自由もありますし、視覚障害、聴覚障害、内部障害など幅広いです。知的障害も診断としては「知的障害」でありながら自閉傾向を持っていたりダウン症だったり特性がさらに分かれていきます。精神障害であれば診断ごとに病気の症状も違います。こうやってみると「障害者」と言うのも幅広いことがわかると思います。

 

そんなこともあり、事業所によっては支援対象を限定する場合もあります。

今の自分の場合は精神障害の方だけを対象にしており、障害児は支援の対象外としています。しかし以前働いていた事業所では身体障害・知的障害・難病の方を対象にし、障害児も対象にしていました。さらにその前の事業所では全ての障害・障害児を対象にしていました。これだけでもわかる通り、対象を特化することなく支援できる力も相談支援専門員には必要な力であると言えます。

 

仮に今の自分のように対象者を限定していても、対象以外の知識を持つことは必要です。

障害児の知識が不要かといえばそれは違っており、最低限の知識は持つ必要があります。これは逆も同じで、障害児の支援だから障害者に関する知識が不要かというとそうではなく、むしろ子どもが成人することを考えればその先のことを考えるためにも知識は必要です。ですので特定の知識があれば良いと言う話ではなく、幅広く持つことが求められます。

 

さらに言えば、障害者も高齢者になります。

となった時に、介護保険に関する最低限の知識も必要であり、サービスの内容によっては障害福祉サービスから介護保険サービスに切り替えること求められます。その時に「知らない」では済まされないので、円滑な意向や引き継ぎができるようにするためには介護保険の知識も欠かすことのできないものです。

 

ここまで書くと、結構相談支援専門員は欠かせない仕事と感じます。

にもかかわらず、相談支援専門員の社会的な認知度や障害福祉分野以外での認知度はまだまだ低いのかなと感じる部分があります。そのことの実態調査が見つからなかったので、調査結果や実際数字としてどこまでの認知度があるのかは正直わからないところもありますが、今日のような出来事があると「ケアマネ」と言うのはわかっていても「相談支援専門員」と言うのはまだまだ認識がされていない職種なのかな・・・と感じます。

 

なんかそんなところも、相談支援専門員が適切な評価をされていないのかもしれません。

ここでも何度も書いていますが、相談支援の報酬は本当に低い。相談支援事業だけで自立した運営ができない現実がありながら、絵空事の数字で経営像を示すことに、違和感を感じています。それを解消するためには、もっと世間に認知してもらうことが必要なのかもしれません。

 

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