この立場になると、どうしても「思い」だけにはなりません。

 

今日は午後から休暇。

元々は自立支援医療の更新のために有休を取る予定だったけど、たまたま土曜日に半日相当の出勤をすることになり、有休分をそれで振り返ることになりました。まぁ午後からと言いながらも、そのまま同じ法人のグループホームに行きモニタリングを行ったのと、今後の事業運営について話をしてきました。

 

うーん、まさか自分が事業運営の話をするようになるとは。

前の職場でボロボロになった経験から二度と管理的立場に立つことはないと思っていたのですが、気がつけば法人の主任となり、計画相談支援は管理者として動くことに。まぁ計画相談の管理者は従事者が自分しかいないので、管理者というのは結果的に名乗るだけ。1人職場なので管理者なんて感じは微塵もありませんけどね。

 

とはいえ、自分もキャリアや役職を持つようになれば、避けては通れないのかも。

元々自分にキャリア志向はなく、出世なんて全く希望も考えないタイプ。なので「上に立つ」なんてことは元来望んでいません。しかし現実は親方さま(B型の管理者兼法人の統括管理者)を支える立場となり、一緒に色々と考えながら仕事をするようになっています。親方さまも元々リーダー気質ではないので今の立場に苦しさも感じているみたいで、その辺を少しでも自分が軽減できれば・・・なんて思いながら仕事をしています。

 

そんな「本来望まない立場」に立ちながら運営している、親方さまと自分。

2人とも、本当だったら現場のことだけを考え、利用者さんと向き合うことだけを考えて仕事をしたいのだと思います。でも実際にはそれだけでは施設運営はできず、例えば経営的なことも考えながらどのように事業運営を行なっていくかも考えていかなければなりません。

 

自分の場合は、ただですら赤字事業の計画相談でいかに収入を増やすか。

いや、どう頑張っても黒字化は無理なんです。そこは半分「自分の思い」もあり、単純に「計画を作成する」ことと「モニタリング書類を作る」ことだけに振り切ってしまえば赤字の脱却はできるかもしれません。でも利用者さんに向き合いながら丁寧な支援をしていくと、どうしても「効率化」という言葉と相反する状態があります。面談1つとっても、面談をしたからといってすぐに結果が出るものではありません。同行支援をしても、病院の同行なら状況によって報酬として請求できますが、新しい障害福祉サービスを利用したいための支援(見学など)をしても、それ自体の同行支援の対価はありません。でも利用者さんが利用したいのであれば必要な支援はしないわけには行きませんし、「自由に行ってきてください」なんてできませんよね。収入にならないことはやらない・・・とは言えないのが相談支援です。

 

就労継続支援B型であれば、いかに平均工賃を増やすか。

B型の報酬は一言で言えば利用者さんに支払った工賃額で年間の報酬が決まる世界。高い工賃を払えば報酬は高く、工賃が低ければ報酬は低い。でも現実問題として、そんなにずっとバリバリ働ける人ばかりではない。特に精神障害の場合は単純に体力だけの問題ではなく精神面の維持も大きく、一定数はそのような人も受け入れる必要がある。でも現状はそういうことを評価する仕組みがB型にはなく、仮に就労継続支援B型相当ではない人がいたとしても、それらの人を受け入れられる障害福祉の仕組みがないのも事実。確かに「生活介護」というサービスは存在するけど、就労継続支援B型と生活介護の差は大きく、B型の対象ではないと思われる人でも生活介護の基準になると当てはまらない人も多く、結果受け皿としてB型にならざるをえない状況も存在しています。

 

経営のことを考えれば、お金になる人だけ集めればいいかもしれない。

しかし・・・それは本来あるべき「福祉」の姿なのか。全ての人を網の目からこぼれないようにすることは難しいかもしれないけど、少なくとも必要性を求める人に対しては網の目から落ちないようにしていかなければいけないのではないか。そこが今の障害福祉に存在する現実との乖離のように感じます。

 

土曜日の休日出勤で、支援している利用者さんがいる他のB型に行ってきました。

そこでも管理者の人と話をしてきましたが、そこでは新たなB型を検討しているとのこと。ただし次に開設するのであれば、高工賃を目指す事業所に特化するとのこと。現状運営しているB型では工賃が低く報酬も厳しいため、新たな方向性として高工賃を目指すB型事業所を検討しているとのことでした。ただ、今国の方針では新規開設するB型事業所については基本報酬を減らす方向性を打ち出しており、そのことを聞いたら「そうなんですよねぇ・・・」と苦笑いをしていました。

 

正直、多くの事業所は余裕なんてないんですよね。

特に就労が困難な人を受け入れている事業所ほど、それは顕著なんですよね。それでも「一般就労へ」というのではあれば、そこは国がきちんとモデルを示して欲しいです。お偉いさんの会議でも、机上の空論ではなく現場の声を聞いて考えて欲しいものです。先月きょうされんも職員不足の実態調査についての調査結果を公表しています。そういう声も聞いてほしいものです。

 

正直言って、このまま行くと障害福祉サービスの倒産も多くなるでしょうね。

それは自分たちも決して例外ではなく、だからこそ否が応でも経営のことを考えるんですよね。果たして自分たちは生き残ることができるのか・・・どうなんでしょう。

今年最初の記事です。今週の仕事が終わりました。

と言っても、まだエンジンはあんまりかかっていません。

 

そんな中行ってきたのが、相談支援従事者初任者研修の演習指導。

自分は「受ける側」ではなく「伝える側」なので受講生に比べれば負担は少ないですが、それでも研修前には自分も研修内容の予習は余念なく行っており、丸腰では臨めません。自分も準備が必要です。

 

東京都の初任者研修は講義(動画視聴)が2日間、演習が5日間の計7日間です。

ただ演習は5日間連続ではなく、2日間演習後に一度課題作成を行い、その後1日の演習で課題発表、その後さらに課題作成と地域での課題に対するスーパーバイズ(SV)を受け、最後に2日間の演習を受ける建て付けになっています。もちろんというか・・・地域でのスーパーバイズも自分は何人か担当しており、これまでの研修を踏まえてのスーパーバイズを行っています。

 

で、演習指導に行くと受講生の受けたスーパーバイズも見ます。

スーパーバイズを受けた課題を見てしっかりと習得されてくる方もいれば、受けても課題作成がもう1歩という方も、どうしても出てきてしまいます。それはある程度はしかたないのないことだと思います。

 

ですが・・・今回演習指導をする中で、SVを受けたことで悩んでしまった人もいました。

基本的にSVを受ける前と受けた後の課題を見るのですが、その時見たのはSVを受けた後の内容のみ。その内容を見て「うーん・・・」と思ってしまったのですが、SVの過程などを聞いていると、受講生も悩みに悩んで作った結果のもので、SV前は演習での研修を踏まえて色々と書いたけど、結果SVでダメ出しをもらい、その結果研修の狙いとは少しズレたものになってしまっていました。そのことは同じ研修を受けるグループメンバーもヒシヒシと感じており、板挟みになりながら作って来たものであったことをみんなが感じていました。

 

いや、ホント大変だったと思います。もちろん、ちゃんとフォローをしました。

SVを実施した人も決して「SVの主旨」としては間違ってはいなかったのだと思いますが、この研修における「SVの狙い」とは少しズレていたのかもしれません。もっとも、演習指導に携わっている人のSVとそうではない(役所からSV依頼があった)人のSVの違いに差が出てしまうことは否めない部分だと思います。

 

そんなこともあってか、今年の地域におけるSVには資料がかなり配られました。

また地域SV向けの説明会も実施され、できるだけ演習研修の内容と地域SVにズレが起きないように工夫はしていました。それでも、ズレは出てしまいます。やはり研修の建て付けの理解や研修そのものの内容の理解がSVレベルでも進まないと、演習の狙い通りのSVは難しいのかなと感じました。

 

また相談支援従事者研修に対する区市町村の姿勢も大事だなと思います。

今回の研修では地域でSVを受ける課題の他、区市町村の担当者から相談支援体制についての説明や質問をすることを課題として出しており、それについては区市町村にも対応してもらうことを都から依頼が出されています。

 

しかし今回の演習で、受講者から「質疑の対応がなかった」との話がありました。

聞くところによると、説明の内容についてはペーパーがメールで送られてきたが質問があっても対応してもらえなかったとの話で、結果受講者も満足した課題作成ができなかったとの話でした。その件については自分の方から課題にはその事情を書くことを勧め、研修の事務局(都)にもその一件について報告をしました。

 

国や都道府県レベルでは相談支援従事者の養成が急務であることを言っています。

現に相談支援に従事する人材不足もあり、そのために相談支援従事者の養成研修を実施しているわけですが、その意識が区市町村レベルに浸透していない表れなのかなとも感じます。実際計画相談を行う事業所の数は不足しており、国も「望まないセルフプランの解消」を掲げているので、地域に相談支援専門員が増えることは必要なことであるはず。にもかかわらずその地域(=区市町村)の対応が疎かでは、人材育成としては不十分であり育たない環境になります。

 

研修事務局としては、少しでも質の高い研修ができるように工夫をしています。

そのためにそれぞれの研修(初任者・現任・主任)では現に第一線で活動している相談支援専門員が中心となって研修内容の検討や実施方法などを考え、1年がかりで準備をしています。そこに演習指導者(ファシリテーター)も一緒に準備をして研修に臨んでいます。一方で地域SVを担当する相談支援専門員や課題作成を支援する区市町村の温度感が一致しないと、結果として受講生が戸惑う結果になってしまいます。その辺が今回の実習で「難しさ」として感じた部分でした。

 

とはいえ、研修に参加したことを無駄にはして欲しくないです。

初任者研修はかなり大変な研修だと自分は認識していますが、それでも最終的に「受けてよかった」と思ってもらえるように、その先には「相談支援専門員として活動する」につながってもらえれば、自分も演習指導者として参加した意味があるのかなと思います。同時に、自分も演習指導者として参加することは自分自身の自己研鑽にもつながっているので、自分にとっても欠かすことのできないもののように感じます。

 

でもね・・・。疲れたぁ🥱

明日はゆっくり休もう・・・買い物には行かないと冷蔵庫が🈳だし。

今年はカレンダーの暦で、いつもより早い仕事納め。

仕事納めが早いのは、労働者としては嬉しいことなのかもしれませんが、仕事をしている個人的立場としてはあまり嬉しくないかもしれません。

 

何しろ、年末年始の「年始」は色々と終われるです。

ここでも良く話しているのが、国保連請求。障害福祉サービスも介護保険サービスも診療報酬も、報酬をもらうためには翌月に国保連(国民健康保険団体連合会)に請求をして受け取ります。ただ、この請求は請求できる期間が決まっており、毎月10日が請求の締め切りになっています。これは年末年始・ゴールデンウィーク関係なく同じです。

 

そのため、事業者は毎月10日までがものすごく忙しいです。

1日になったら請求するためのデータを取りまとめ、取りまとめたものをデータ化し10日までに国保連に送る。で、審査の結果問題がなければ月末に支払いの決定通知が届き、翌月に支払われるのが請求の仕組みです。

 

つまり、普通の月であれば10日間しっかりと準備ができるのですが・・・

1月は暦上の休みがあるのでその日は基本的に業務を行いません。今回で言えば4日までは暦上で「休み」になるので、請求までには5日から10日までの5日間で行わなければいけません。国保連もヘルプデスク(困った時の相談先)がありますが、そこも1月1日から4日は休みと公言しているので・・・本当にタイトな中でやって行かなければなりません。

 

そんな状態なので、今年の年明けは忙しいです。

さらに自分の業務としては仕事始めの週から早速初任者研修のファシリテーターに参加。その後も会議やいつもの計画作成やモニタリングがあり、それ以外の個別対応もするので時間はありません。

 

というか・・・本当に年々慌ただしくなっています。

ちょうど去年の最後のブログでどんなことを書いた振り返ってみたら、こんなことを書いていました。

来年もやることはたくさんです。法人としての将来設計も本格的に考えていく年になると思いますし、自分の法人だけでなく市の相談支援全体も考えて行動をしていく年にもなりそう。そこには市に根回しをしながらやっていくこともあるし、いよいよ「自分の仕事だけをすればよい」という立場ではなくなりそう。

いや、まさにその通りになっています。

今年は法人としていろんな施設への視察に行きましたし、それを受けての市との打ち合わせもしてきました。で「自分の仕事だけ」ではなく、それ以外の部分もしてきました。ファシリテーターとしての参加もそうですが、相談支援従事者研修に組み込まれている「地域実習」も担当してスーパーバイズもしましたし、相談支援専門員の自主研修にも携わりました。本当に色々と動いた1年でしたね。

 

この傾向、来年も間違いなく続いていくでしょうね。

今年できなかったことや棚上げにしてしまったことも多く、十分にできなかったことの多い1年でもありました。やることが多くなっていく中で業務量的にもいっぱいになってきている現状もあるのですが、それでも自分が推し進めて行かなければ進まない事柄もあります。なので、何を自分が推し進めて行くものなのか、何を他の人に投げていくのかなど、その部分をちゃんと見極めていくことも来年は大切になっていくのでしょうね。

 

とは言え・・・法人は少数精鋭、小さな自治体なので難しいこともあります。

投げたくても投げれる人がいない現状もありますし、周りが追いつかない部分もあるでしょう。そう言った部分では悩ましい1年をまた送っていくのかもしれません。

 

逆に・・・慌ただしくない年って、来るのでしょうか。

慌ただしくない年って、穏やかといえば穏やかなのかもしれませんが、反対に「活発な活動」ができていないことでもあるのかな・・・穏やかは欲しいけど、しっかりと仕事をしてきた充実感は欲しい。これもまた、バランスなのでしょうね。仕事をするのって、難しいですね。

 

福祉業界の取り巻く現状はますます厳しくいなっていきますが・・・

それでも、自分ができることはきちんと、真面目に実直に取り組んでいく。そうすれば、いつかは結果がついて来ると信じて来年も仕事をしていこうと思います。

ここ最近、時間をかけることの多いケースがあります。

自分でもある程度は想像していましたが、今自分が持っているケースの中で指折りのケースです。

 

支援が始まったのは9月から。別の相談支援事業所からの依頼でした。

相談のあった相談支援事業所が本来サービス提供外地域の方を担当していたため、本来の支援居住地で支援をしてもらえないかというのがきっかけでした。こちらとしても自分のサービス提供地域であれば基本的に断る理由はないので、6月に初回面接をし契約を行いました。

 

ただ・・・その方は相談の求めが他の契約者に比べて多い方。

就労支援事業所に通所していますが、そこでも頻回の面談要求で職員の方も疲弊しているとのこと。まぁそこに至るにはここでは話しきれないほどの経過があったので、話を聞けば「それは・・・疲弊しますね」と感じるものでした。

 

そんな状況もあったので、自分が支援に入った時の評価や目標として、

・「丁寧な対応」と「頻回な面談・相談」は違う。

・決めたことはやっていきましょう。

 

といったことを目標に組み込んで支援を行ってきました。

ただ・・・元々不安を持ちやすい方ので、些細なことがあると不安になってしまいます。もちろんそこには障害特性やご本人の性格もあると思いますが、事業所の職員としては同じことの繰り返しにも疲弊している状態でした。

 

で、先日自分の支援で初めてのモニタリングを実施してきました。

そこで出てくるのは、他の利用者と比較しての対応の不満。その辺についてはこちらからも何度となく丁寧に話をしているのですが、どうも納得できないのか理解できないのか、同じことの繰り返しになってしまいます。

 

もちろん、できていることもあります。

自分が支援に入った時に「自分のことは自分で決めましょう」ということを目標に加え、そのために関係者から助言をもらうのは構わないから最終的には自分で決める、ということを確認し、事実それはちゃんと行うことができていました。その点は評価できる部分でありました。

 

ただ・・・決めたことを覆したい部分はある様子で。

その辺は就労支援事業所でも個別支援計画で盛り込まれていることなのですが、どうしてもそこから外れたい様子があります。そこで出てくるのは「他の人は良いのに、どうして私はダメなの?」ということ。この辺について事業所の職員さんはかなり丁寧に話していますし、過去の経緯も触れて話しています。過去の経緯に触れられる「はい、確かに・・・」となるのですが、どこか納得はできていない部分も感じます。

 

一応ご本人としては「家から出て自立したい」とは言っているのですが・・・

ここ最近この方の支援を色々と考える中で、何が必要なのかなと思う部分があります。そんな中自分が思ったこと・・・今必要なのは「自立」ではなく「自律」ではないか。

 

自律・・・いかに自分のことを律することができるか。

先に書いた「決めたことを覆したい」というのは、まさに「自律」ができていない部分でもあります。今まで支援をしてきた中でご本人の言動などを振り返った時、自分の中で「自律」というキーワードが出てきました。

 

よく支援をする中で「自立」と「自律」を使うことがあります。

障害を持つ方の支援で一般的に思い描きやすいのは「自立」で、よく「自立生活」を目指して・・・なんて言われることもあります。一般的にはこちらの「自立」の方がイメージもしやすく、考えやすいのではないかと思います。

 

でも支援過程の中で、ふとこっちの「自律」はできているのか、と思うこともあります。

今回のケースはそれが自分の中に湧き上がったもので、どこかでこのことは触れていく必要のあることかなと感じています。

 

個人的には、「自立」は後からでもなんとかなるものかな、と思います。

自立を目指してグループホームを使ってみる、一人暮らしをしてみる・・・など、アプローチの仕方は色々とあると思います。しかしどんなに頑張っても難しいこともありますし、そもそも第三者の支援が必要なこともあります。身体障害の場合、障害故に誰かの力を借りてご飯を食べさせてもらったり、トイレのサポートをしてもらうことはあると思います。でもそれができないから「自立できない」ということではなく、できない部分を他の方法で代替する(ヘルパーを使って支援を受ける)ことができれば、それはそれで問題のないことだと思います。

 

一方で「自律」・・・「自らを律する」ことで、「自立」とは違ってきます。

あまりこういう括り方をしたくはないのですが・・・強いて括るとすれば「自立」は肉体的なこと、「自律」は精神的なこと、と考えるとイメージはしやすいのかもしれません。(ただこの括り方も必ずしも適切かと言われると、少し疑問に思う部分はありますが・・あえてイメージしやすくするのであれば、こういう括り方なのかもしれません。)

 

先の「決めたことを覆す」も、自律とは違っているようにも感じます。

少なくとも共に決めた目標でありながら、それを覆してしまう行為は自律性の低さとも言えるかもしれません。もちろんその事象だけでなく、なぜそのようなことが起きるのかを見た上で判断するのですが、現状では自律性の低さと見ている部分があります。

 

となった時、今この人に対する支援は「自立」ではなく「自律」ではないか。

もちろん同時並行に支援をすることは普通にありますが、時には分けて考える時も必要です。さらに「自立」は後から追いかけて考えることもできるかもしれませんが、「自律」は日々の暮らしの中から育んでいくことが必要であり、いくら「自立した生活」を求めても「自律」ができていなければ「自立」は弱いものになってしまいます。逆に自律性・自律心が高ければ「自立」は徐々に高めることもできるのではないかと思います。

 

今度面談するときに、この言葉がどこまで響いてくれるか。

それは自分の伝え方にもあるでしょうね。

自信を持って言えます!

 

それは「読書感想文」。

何であんなもの、宿題で出すんでしょうかね。

 

まず、本を読むのが嫌でした。

小さい時から、マンガすら読まない自分。だから「本」を読むこと自体が自分の中に習慣としてなかったのだと思います。ましてや夏休みに面白くもない、興味も湧かないような「推薦図書」なんてものを読むなんて・・・嫌でしたね。

 

あと、その後の感想文を書くのも嫌だった。

感想・・・覚えていません。本を「読んだ」だけで、読み終わった後に中身のことなんか、覚えていません。読み終わるのにめちゃくちゃ時間がかかるのに、その後に感想なんて書ける訳ない。感想を書くためにもう一度本を見返して・・・なんて面倒な時間なこと。

 

まぁみんなそうだったのかもしれませんが・・・感想なんて、とってつけたもの。

多分、中身のない読書感想文だったんじゃないのかなと思います。今でも本を読むのは苦手です・・・

 

と言いながらも、専門書はやはり読んでいます。

流石に仕事に関係すると思うと、読み方が違うんでしょうね。宿題だと「やらされている」感が半端無いとおもいますが、自分で選んだものは「読まなきゃ」や「理解しよう」と思って読むので、向き合い方は全然違いますからね。

 

それは大学の時も同じ。

大学の時の教科書として買わされた本も、当時は全然頭の中に入りませんでしたからね。特にゼミ講師がピエール・ブルデューの話をよくしていたのですが、当時の自分は「???」でしたね。今だったら多少は興味を持つと思うので、本当に余裕があれば本を読んでみようかなと思いますが・・・まぁ時間がないので読まないでしょうね。

 

で、感想文を書くのが嫌と言っていた自分が・・・こんなにもブログを書いています。

まぁ感想文とブログを比較するのはちょっと違いますが、文章を書くという意味では同じですね。文書を書くことが嫌で嫌で嫌だった自分が、こうやってブログを書いていることもちょっと不思議ですね。

 

文章をある程度書けるようになったのは、やはりレポートの作成でしょうか。

それも大学時代に鍛えられたのではなく、その後の専門学校の方で鍛えられたのでしょうね。大学時代は卒論を含めてほとんど書くことがなかったのに、専門学校時代はほぼほぼ毎日レポートの作成に勤しんでいました。

 

それもそのはず、専門学校時代は日中通学しながら、通信のレポートも作成

通信のレポートは概ね3ヶ月から4ヶ月ごとに3・4本を提出。書いても書いても次のレポートが待っているので、休む暇はありませんでしたね。さらに専門の最終学年には一応「卒論」を書くことになっていたので、それもそれなりに書きました。ただ・・・正直なところ、大学の時の卒論より専門学校の時の卒論の方が主体的に取り組んでいましたし、内容もある程度はあるものが書けていたように思います。その証拠に、大学4年間のレポートより専門学校2年間のレポート作成の方がはるかに多く、大学時代の倍以上書いていたと思います。大学より2年短く、レポートは倍・・・相対的には4倍ですね。

 

子どものころは嫌だ嫌だと思いながらも、大人になると逆になる。

こんなにも文章を書くことをするようになるとは思いませんでしたし、ちゃんと興味や自己研鑽のために本を読むようになるとも思いませんでした。最近こそは紙媒体で読むのが大変に感じているので、電子書籍が存在するものは電子書籍で読んでいますが、こんなにも変わるとは思っていませんでした。ホント、不思議ですよね。

 

夏休み宿題で嫌だったもの

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12月になり、今年もあと1ヶ月です。

ですが・・・ブログ、1ヶ月以上も書いていなかったんですね。

 

世の中的には12月が忙しいのだと思いますが、自分はすでに忙しかったです。

忙しさは10月から始まっており、計画相談支援としての業務であるモニタリングや計画作成が多いのをはじめ、新規相談や臨時的なサービス調整などでバタバタとしました。またその間に相談支援従事者の初任者研修も始まり、そのお手伝いで研修も参加していたので、職場で仕事をする時間も減っていました。

 

おまけに11月に至っては、仕事の積み残しもあります。

今週末に方をつけて、来週には積み残しの分は終わらせたいです。ただ・・・当然ながら12月の仕事はすでに始まっているので、それも同時並行。さらに12月はいつもより稼働日数が少ないので、当然ながらいつもより限られた期間での仕事に。おまけに今年はカレンダーの並びからいつもより休みの多い年末年始に。世間的にはありがたい話なのかもしれませんが、個人的にはそれだけ仕事の時間が減るわけなので・・・なんとも言えません。

 

それでも、この状況を打開するために色々と工夫をしています。

例えば、モニタリング報告書の作成。今までは紙にメモを取りながらそれをパソコンに入力して文章を考えていました。ただ最近は紙へのメモを基本的にやめ、iPadのメモアプリを使って記録。それを後から修正しながら記録に残しています。もちろんその記録はモニタリング報告書にも使うようにしているので、少しだけ手間を省いています。

 

同じように使っているのは、レコーダーを使った文字起こし。

試しに使って見たら、思いの外使える感じがあり、カンファレンスの時には使うようにしています。自分が使っているのは、これ。

 

カンファレンスなども当然記録をとっていますが、すべてのカバーは難しい。

また通常の記録とは別に「カンファレンス記録」としても残すため、カンファレンスでの気の張り方はまた違ってきます。そこで「ものは試し」に、文字起こしもできるレコーダーを購入し、自分が出席する会議でその実力を確認してみました。

 

すると・・・まぁ完全ではないけど、ほぼ内容が理解できます。

発言者ごとにセクション分けもされるので、必要なところを直していけば十分に対応できます。細かく録音の内容を拾わなくても実際に自分も参加していたわけですから、正確に文字起こしがされていなくても話の筋は十分に理解できます。

 

その後、既に何回かカンファレンスでレコーダーを利用しています。

完全にレコーダーに頼るつもりはないので自分も記録を残しながらですが、カンファレンスでの気の張り方はだいぶ変わりました。後から自分の記録とレコーダーからの文字起こしを照らし合わせながらカンファレンス記録を作れるので、だいぶ楽になりました。また文字起こしが残るので、後から「あの人、何て言ってたかな?」というのを文字起こしから確認できるので、その意味でもだいぶ楽になったことは言うまでもありません。

 

少しずつ自分なりに業務効率化を図りながら、省ける手間は省いている自分。

ただ・・・手間が省けても、やるべきことは省けません。その月に対応するモニタリングだったり、今後待ち構えている役所への書類提出、さらには来年度の予算編成、今後の法人の行く末など・・・手間を省く以上に対処すべきものがあり過ぎて、溺れそうです。

 

そう言った意味では、書類の手間も省いてほしい。

特に何度も言っているけど、処遇改善手当なんて最たるもの。処遇改善手当を取るためにその計画書を作成し、年度が終わったら報告書を作成して提出。以前より作成の手間は減りましたが、それでも面倒です。国は福祉従事者の待遇を上げていくと言いながら、そのための事務手続きは煩雑なものにしており、そこにどれだけの労力がかかっているのかがわかっていないような気がします。

 

またこれもいつも言ってますが、すべての職種が対象ではないんですよね。

例えば自分のような「相談支援専門員」は処遇改善手当の対象外。国は対象外の人に「法人の判断で支払っていい」と言いながらも財源としては「対象外事業に対して(処遇改善手当として支給した)財源を使ってはいけない」と言っているので、やるなら法人独自でやらなければいけないこと。それは報告書でも支払った金額を報告することになっているので、おかしなところがあれば当然指摘されます。下手すれば返還にもなりかねないので、ちゃんと法に則って対処していますが・・・その事務をしていても「処遇改善」の評価にはならないんですよね。同じ利用者への支援をしていて、周りの職員に手当を支給するために、手当が支給されない自分が頑張る。この事務を誰かがやればまた負担になるのは明白なので投げるつもりはありませんが、本当に矛盾を感じています。

 

これは法人の問題というよりも、やはり国の問題です。

大きな法人であれば事務専属の人が対応すれば良いかもしれませんが、うちのような小さな法人では利用者支援をしている職員がこのような事務もやっていかなければいけないので、法人規模によって差が出るような状態にしている国に問題があると思います。今国では報酬改定検討チームが動き出していますが、どのような動きになるのでしょうか。

 

うちの事業所も国も、課題・問題は山積ですが・・・

まぁ何を言っても、やっていくしかないんですよね。とりあえず個人的な目標として「今年の仕事は今年のうちに」でしょうかね。

先日Yahooニュースでケアマネのシャドーワークについての記事が出てました。

 

シャドーワークはどの世界にも存在していると思います。

特に人相手の仕事をしている福祉の世界では、かなりのシャドーワークが蔓延しているようにも思います。そして今回ニュースに上がった「ケアマネージャーのシャドーワーク」は本当に過大であり、課題であります。

 

とはいえ、シャドーワークが悪いものなのかというと、それも違う気がします。

というか、ケアマネージャーに限らずかなりの施設で「シャドーワーク」と言われるものをやっているのではないかと思います。殊、障害福祉の現場はどの事業所でもあるように思います。

 

もちろん割り切りのできている事業所もあります。

「本来業務は一切やりません」とはっきり明言し、いかなる理由であっても受け付けない事業所もあります。それはそれで 1つの形であり、決して間違えではありません。福祉といえども決められた枠の中でやっていくことは従業員を守るためにも必要なことであり、時に「冷たい」と言われても受けないことに徹することも 1つのスタイルだと思います。

 

しかしながらこれだけシャドーワークと呼ばれるものが多いのは何故なのか。

個人的にはシャドーワークの生まれる背景に「制度で拾いきれないもの」があるからではないかと思います。今の制度ではどうしても抜け落ちてしまう、しかしそれをそのまま見過ごすこともできない、誰かがやってくれれば助かるがそれを「誰」がやるのか、結局誰もやらない・やれないならやらざるを得ない・・・がシャドーワークにつながっていくのだと思います。

 

先のように「割り切れる」のであれば、シャドーワークを抱えることはありません。

しかし利用者のことを大事にしている事業所であったり、ソーシャルワークを突き詰めて考えるような人だと、どうしてもシャドーワークを抱えやすくなってしまうと思います。

 

そういう自分も、シャドーワークを抱えるタイプの 1人です。今思いつくだけでも・・・

・障害福祉サービスの代行手続き(自立支援医療などを含む)

・生活面の同行支援(携帯電話の契約同行など)

・各種手続きの同行支援(都営住宅の減免手続きなど)

 

また支援業務として必要な仕事ながら報酬算定されないものもあります。

例えば新しい事業所の利用を検討しているが支援者の同行を求められたときに、ご本人と一緒に支援者も同行します。これ自体は当然のことでありますが、この「同行」自体に報酬は基本的に発生しません。あくまで発生するのは計画の作成時やモニタリング時だけで、それ以外の時に事業所への同行支援を行ってもその月の支援実績にはなりません。そう考えれば、これもシャドーワークの1つになるのではないかと思います。

 

これはあくまで自分のことを挙げましたが、事業所ごとにも色々あると思います。

急遽救急対応が必要になったけど一人暮らしで身寄りがない場合に同行することや、やはり一人暮らしで身寄りのない人がうちの事業所以外に繋がりがないため、結果的にうちで支援することになることも。そのことを役所に相談に行っても門前払いになることはよくある話。困っているのに、その相談すら聞いてもらえないことは普通です。

 

これが先にあげた「誰もやらないから、やらざるを得ない」です。

「本来業務ではありませんので、やりません」と済ませられればそれでいいのですが・・・長く関わっている利用者であればある分だけ、ドライな対応はできないものです。だから抱え込んでしまい、シャドーワークが多くなってしまうのだと思います。

 

ただこれだけシャドーワークがあると、もはやシャドーワークと言えないのでは。

自分たち相談支援専門員の立場から言えば、その地域に数多くのシャドーワークが存在しているということは、それだけその地域に同じニーズを抱えている人が多く存在しているのであり、それは「地域課題」であるとも言えるのではないでしょうか。

 

地域課題と捉えるためには、これらシャドーワークの分類が必要です。

どんなシャドーワークが存在しているのかをしっかり抽出し、多く抽出されたものが優先的に解決していくべき地域課題になります。「誰かに任せる」という構造を解消するためには地域でこれらの課題に向き合っていくことが大事だと思います。

 

そしてシャドーワークを評価することも大事です。

今の報酬体系では、書かれていることをすれば報酬として認められますが、書かれていないことは報酬として認められません。だから「書いてないことをやらない」というのは「報酬として評価されないことは、しない」と言うことを意味するのだと思います。

 

でも現実は、先程も述べた通り「拾いきれないもの」が多くあります。

いわゆる「制度の網から抜け落ちるもの」が無数に存在しています。もちろん全てを拾い上げることは不可能だと思いますが、一方で抜け落ちていくものをサポートした時の評価をしなければ、取り組んだところだけが負担を抱えることになってしまいます。またそれをいいことに行政を含めその事業所に対応を求めていく現状にも繋がっていきます。言葉では「助かります」と言いつつも、それが評価されずに積み重なることは正しいことなのか・・・それこそ「やりがい搾取」以外の何者でもありません。

 

重要なのは「やりなさい」ではなく、「取り組んでもらえれば評価」です。

シャドーワークを求めるのではなく、取り組んでもらえた事業所にはその分を評価(=報酬をつける)します、が必要ではないかと思います。本来業務を超えてまで支援する必要はないけど、それを超えて支援をし利用者の生活を支えている事業所に対しては正当に評価すれば、シャドーワークで業務が・・・と言うのをちょっとだけ和らげるのではないのかと感じています。

 

もちろん、これらの問題が解決するのが一番なのは言うまでもありません。

しかしながら対人援助では簡単に割り切れないものが多く存在し、それは何かの取扱説明書のようにやれば済むものではありません。だからこそ、適切な評価をすることは必要なのではないでしょうか。もっと言えば、福祉従事者の待遇改善も適切な評価がされていないから問題になっているのであり、正当な評価をすることは健全な社会構造を構築するために必要不可欠なことではないでしょうか。

使えない写真が多い中、使えそうな写真がありました。

(いや、別に変な意味で「使えない」のではありません・・・)

 

先日、もはや恒例になっている東京ヴェルディの就労体験に同行してきました。

もう毎年書いていることなので、今更事細かに書くことは控えます。(参考までに、今回の案内リンクを貼ります。)

 

今更書くことは・・・と言いながらも、この内容を書く時はいつも書いていることを。

自分も今の職場に入るまで、すっかりJリーグから距離がありました。リーグ開幕当初は一生懸命見ていましたが、テレビでサッカー中継が下火になるのにつれて、自分のサッカー熱も冷めていました。

 

そんな中、今の職場に入植したことで、再びそのつながりが生まれました。

まだこのようなプログラムが始まる前、ヴェルディが地域で行なっている障害者スポーツ教室の引率にいくことが多く、そこでヴェルディのスクールコーチと話すことがありました。またヴェルディのホームタウンということもあり、時々うちのお店に来て商品を買いに来てくれるともあり、少しずつヴェルディとの関係ができるようにもなりました。

 

そんな中、5年前から始まったのが、Green  Heart Project。

障害を持つ人の社会参加のきっかけがスタートでしたが、年々内容はブラッシュアップされ、去年からは販売活動をするようにもなりました。うちのメンバーも販売活動に参加できるようお願いをして、頑張ってもらいました。

 

で、写真はプログラム終了時の北澤さんのあいさつ。

北澤さんはこのプログラムが始まった翌年からコメントを残しており、時々参加もされてますが、今回は北澤さんも全て参加。登場はサプライズ的に現れ、そのまま就労体験のプラグラムも参加。そして締めのあいさつで、最初の写真になりました。もちろん普通に観戦に来ていた方もいたので、ファンの方にサインもたくさんしていました。

 

改めて思いますが、J2の時からこういう活動を地道にしていることに感服です。

で、J1に上がっても続けていることもとても大きいことだと思います。Jリーグ60チームがそれぞれの理念や考えのもと社会活動(Jリーグでは「シャレン!」として活動中)を行なっていますが、身近なところで様々な活動を目にしている自分にとってヴェルディはとても大事な存在で感じています。そこからやはり「応援」につながっており、チームとしても頑張って欲しい思いがあります。

 

以前にも書いたのですが、もちろんチームが強いのは大事なことです。

ただそれと同時にいかに「地域」とつながっているかも大事なことなのだと思います。そこがJリーグ創設当初から掲げている理念であり、その理念を実現するためにそれぞれのチームで活動をしていると思います。その中でヴェルディは「障害者とスポーツ」を1つの柱として考えているように感じます。特に最近はクラブチームのサッカースクールに障害を持った人向けのクラスを創設したり、障がいのある・なしに関係なく楽しむ「インクルーシブ」の理念に基づいたイベントの開催、さらには障がい者スポーツについての講習会を開催するなど、ヴェルディが考えることを明確に表しているようにも感じており、そこに自分も共感する部分があり、チームと共に応援したい部分でもあります。

 

とりあえず、来季のJ 1残留は決まったとのこと。

来季はもっと上を目指して欲しいともともに、今の活動を継続してもらえるよう応援していきます !

 

【おまけ】

今年もその様子(Green  Heart Stadium)の様子の一部がヴェルディ公式YouTubeで紹介されていました。以前アップされた動画では自分がメチャクチャ目立っていたけど・・・最近はあまり目立たなくなって安心しています、ハイ・・・)

 

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10月・・・忙しくないはずなの、忙しい。

いや、単純に計画作成やモニタリングの数は他の月に比べれば少ないけど、それ以外のやることはたくさん。相談支援従事者初任者研修のファシリテーター参加やB型部門のイベント同行、新規依頼ケースの初回訪問、法人全体の事務など・・・やることだけはメチャクチャあります。あ、面談対応もそこそこに。

 

今日も自立支援協議会の部会と新規依頼ケースの契約で1日外出。

さらに今日は親方様が不在。不在の中、社会福祉士の実習生はいつも通り来ているので、今日は親方様に代わり自分が実習指導を行うことになったので、ついでだからと思い今日1日は自分に同行してもらいました。

 

本来は就労継続支援B型の実習ではありますが、相談支援の内容も経験してもらいました。

ただ「がっつり相談支援」の実習というわけではなく、別の狙いをもって自分について回ってもらいました。

 

その狙いは、色んな人に出会ってもらうこと。

その出会いも利用者・当事者ではなく、支援者。支援者には色んな人がいることを知ってもらいたく、親方様が不在の1日を活用させてもらいました。

 

うちの施設で社会福祉士の実習生を受け入れるのは、3年目。

B型と相談支援それぞれで受け入れを行なっており、時として一緒に実習をすることもあります。今はB型に来ている学生さんだけなので基本の実習はB型が行うことになりますが、B型だろうと相談支援だろうと「ソーシャルワーカー」の視点は同じ。やることは違っても、目的や目指す方向性はどちらで実習をしても同じものにしています。

 

そんな今の実習生は、真面目な実習生。

でも真面目が故に、実習中の自分のできなさ加減に目がいってしまい、指導する親方様と自身の乖離を感じてしまっている状態との話を聞いていました。学生さんだから無理もないことなのですが、その苦しさは少し解消してあげたいと感じる部分もありました。

 

実習生の様子は親方様と常に共有しており、自分も何となく把握していました。

色々と考える中で実習生が来る日に親方様がお休みであることを知り、それであれば1日自分の方で引き受けて実習指導をすることと自分がやることの狙いを話し、親方様から了解をもらって今日の担当となりました。

 

その狙いにうってつけの事業所があったので、事業所の方にも連絡し一緒に行くことに。

相談支援としての目的は契約締結と聞き取り。最初は通常通りの契約を行い、その後は事業所の方に入ってもらっての初回聞き取り。自分が相談支援の技法を使いながら話を聞きつつ、普通にご本人とのコミュニケーションをとっていくことも。そこに事業所の方も話に加わり、直接相談支援とは関係ない話も利用者さんと和気藹々に話していきました。そこには普段事業所の方とフランクなやり取りをしている自分の姿もあり、普段自分がやっていることをそのまま実習生にも見てもらいました。

 

初回聞き取り終了後に、事業所の見学。

と同時に、事業所の方に実習生へ「利用者と関わる上で大事にしていること」を話してもらいました。「いつもそんな真面目な話なんてしないのに・・・」と突っ込まれつつも、実習生に色々と話してもらいました。で話した後に自分からも「スミマセンね、こんな真面目話で・・・」と話すと「そうですよね」とお互いに笑い合って終わりました。

 

実習生にはこの関係を見せたかったんです。

自分も事業所によって話し方や対応の仕方が変わりますが、この事業所の方とはかなりフランクな話をしています。もちろん重要なところはちゃんと話しますが、硬い関係性ではなく緩い関係性を持っており、それはその事業所の利用者支援でも言えることです。とはいえ支援が「緩い」のではなく、やることはちゃんとやりながら利用者さんの気持ちを思いながらの支援を行なっており、そんなところが実習生にも見て欲しいと思える部分でもありました。

 

事業所を後にした帰りの車の中で実習生に感想を聞くと、ラフさを感じたとのこと。

ただそのラフさが「適当」ではなく、こんな形の支援があっても良いことを感じてもらえたようです。フランクな様子も実習生の中で「こういうソーシャルワーカーもあるんだ」と実感してもらえたようで、とりあえず自分の狙い通りに進んだみたいです。

 

当然の話ですが、ソーシャルワーカーの姿に正解はありません。

もちろんソーシャルワーカーとして抑えなければいけない部分はあります。でも基本的な部分をしっかりできれば、その人らしさが満ち溢れた「ソーシャルワーカー」でいいんじゃないかなと思います。経験が少なかったりするとソーシャルワーカーの「あるべき姿」というのに固執してしまいかねない部分がありますが、大事なのは「べき姿」ではなく「大事にするものがあるか」ではないかと思います。

 

この図は最近よく出しますが、東京都が掲げる「相談支援専門員の姿」です。

相談支援専門員もソーシャルワーカーですから、基盤にあるのはソーシャルワークです。なので「相談支援専門員の土台になるもの」はソーシャルワーカーとしての基盤になる「価値」「知識」「技術」が書かれています。つまりソーシャルワーカーとしての「基盤を持つ」ことは「べき姿」ではなく、当たり前のことなのだと思います。

 

基盤があった上で、支援者らしさを出すことで「ソーシャルワーカー」の姿があります。

型通りに実直に取り組む姿があれば、ラフに向き合う姿もあると思います。ただどちらの姿も間違っておらず、ちゃんと大事にするべきものを大事にしながら支援を行えているかが重要だと思います。「基盤」は大事にするものの1つであり、そこに利用者への向き合い方や支援観が混ざり合って、その人らしい「ソーシャルワーカー」としての姿があると思います。実習生には、そんなことを感じてもらいたいと思って、今日の実習を組み立てました。

 

今日1日の実習振り返りでも、どこかスッキリしたような様子でした。

今まで自分が接した時はどこか硬さを感じていたのですが、その硬さが少しほぐれたような気もしました。実習はまだまだ続きますが、今の時点で色んなことを吸収して欲しいです。そしてソーシャルワーカーを目指すだけでなく、色んな人と関わっていける「人間力」をこの実習でさらに上げてもらえればいいのかなと感じています。

忙しく慌ただしい9月が終わり、季節は秋に。

でもやっぱり慌ただしい10月に入り、まだ始まったりばかりなのに日程調整に苦慮する自分。既に9月の段階で10月の予定が結構入っています。そこに休日出勤分の代休も取らなければいけないので・・・ホント、やりくりが大変です。

 

そんな10月の予定の1つが、相談支援従事者初任者研修。

もちろん自分は初任者研修を終えているので、演習指導者としての参加です。先日は演習指導者を担う人向けの研修説明会もあり、どのようにサポートできるかを考えています。

 

その初任者研修ですが、今年は市役所の職員も参加することに。

自分が相談支援を本業にするようになり、自分と関係する市の職員が相談支援従事者研修を受けるケースは初めてのこと。今まで仕事をしてきた市では市の職員が研修に出ると言うことはありませんでした。

 

もっとも、今回の場合は市で基幹相談支援センターを設置したことも背景の1つ。

基幹担当の職員が初任者研修を受けることもあるのですが、今回基幹担当だけでなく、係長自ら初任者研修を受けることも自分にとっては驚きの1つ。

 

係長は自分が今の職場で仕事をして1年後に地区担当の保健師として着任。

元々保健師としての仕事はされていたので経験は十分にある方だったけど、当時は障害分野は初めてで、自分も色々と説明や相談をしたり、その上でお願いすることもありました。なので係長とは結構ざっくばらんに話すことも多かったです。

 

で、数年前に地区担の保健師から係長に昇任。

係長になっても色々と意見交換をすることが多く、市の障害福祉のあり方についても話をするようにもなりました。そんな係長が自ら初任者研修を受けることを知り、正直「そこまでやってくれるんだ」と言う思いです。

 

思えば自分がここで仕事を始めた時、当時の市の係長の印象は最悪でした。

 

ここでも少し触れていますが、当時計画相談支援事業の事業再開届を提出にいくことに。

そこで当時の係長が出てきたけど、その時に「同じ事業所に通っている利用者を担当しないでください」と言われることに。こちらからは積極的に勧誘するつもりは最初からなかったけど、もし利用者からお願いされた場合はどうするべきかを係長に聞いたところ「それはしないでください」と一言。その答えは利用者さんに対しての答えにならないため、対利用者向けへの答えを求めたのですが、その答え一辺倒。正直、話になりませんでした。

 

また提出したモニタリング報告書の内容について話を聞きたいとの言われた時のこと。

ある利用者さんの週間計画表で「半日の利用を月から金」まで書いたものを出したのですが、係長からは「もう少し通所をまとめられないの?」と一言。その利用者さんは体力や病状などから1日通して利用するのは大変な利用者さんで、その利用者さんの特性や病状などについて説明をしたのですが、係長はそれを聞いていないのか半日の通所時間になっている週間計画表を指して「ここ(とある半日の日)とここ(別の半日の日)をくっつけて、1日来ればいいじゃん」なんてことを言い出す始末。その係長も保健師でありましたが、その発言は精神障害のことを理解しているとは思えない発言。あまりのことに唖然としてしまいました。

 

そんなこともあって、自分の中では「市との関係づくりは無理」と思っていました。

しかしそんなことを思っていた翌年度、市の人事異動で係長は他の部署へ異動することに。現在では当時「関係づくりは無理」と思っていた保健師さんは1人も残っておらず、人員も一新されました。そして今の係長が着任してから少しずつ市との関係も変わってきて、今はしっかりとした関係が構築されるようになり、市からの相談や新規ケースの依頼もできるだけ受けようと思えるくらいの関係性に変わってきました。

 

そして今回の係長自らの初任者研修受講。

別に係長と言う立場であれば初任者研修を受けなくても良いし、保健師としての立場でも十分であると思うのですが、それでも基幹担当の職員と一緒に研修を受けることを知り、係長としても「相談支援」と言うのをしっかりと考えてくださっているんだろうなと感じています。「最悪」と思った当時の係長とは大きな違いで、同じ土俵に立って話をしてもらえると思うと本当にありがたい気持ちでいっぱいです。

 

個人的に、人との関係で仕事をする部分もあると思っています。

悪い言い方かもしれませんが、普通に相談されても「うーん・・・」と思っていても、関係性のある人や信頼関係のできている人からの相談であれば「なんとか力になれれば・・・」と言う気持ちになります。関係性を作るのは仕事を進める上でとても大事なことであり、今の役所と良好な関係ができていることは仕事をする上でとても大事なことです。この関係、これからも長く継続していきたいものです。