自分が心がけているのは「残業時間対策」

これはもう、自分の過去の反省からですね。

 

過去の反省・・・言うまでもなく、心身ともに壊した経験ですね。

あの経験から同じことを繰り返さないようにするために、自分の中で残業時間を意識するようになりました。

 

今自分が目安にしているのは、月の残業時間は20時間を上限にする、と言うこと。

毎日勤務簿をつけているので、その月の残業時間はちゃんと把握しています。残業時間が20時間に近づいてくると「あ、働きすぎだからそろそろ気をつけないと・・・」と意識します。意識しながら意図的に帰ることもあります。先週なんかはその典型例。まだまだ仕事が残っている・・・と言いながらも、自分の時間を作りました。

 

自分の時間作り・・・と言いつつ、まっすぐ家には帰らないんですよね。

自分の時間を作るため、仕事終わりは一息入れるためにお茶して帰ります。職場近くのスタバに行くか、ちょっと車を走らせてドトールに行くかのどちらか。そこでくつろぎの時間を作ってから家に帰っています。

 

くつろぎの時間作りも、元々は家に居たくなかったから。

その当時は早く家に帰っても認知症の父親がおり、その父親に自分が苛立ってしまうため、それだったら自分が遅く帰れば良いと思い「くつろぎの時間」ができました。今は父親も高齢者施設にいるので苛立つことはなくなりましたが、習慣はなかなか変わらず今も「くつろぐ」時間は続いています。

 

くつろぎの時間の「弱点」と言えば・・・そこでも仕事。

結局資料をクラウド上に用意して仕事をすることもよくあります。モニタリング報告書の作成は当たり前、それ以外で必要な仕事があればやることがありますし、研修前の事前準備も普通にやっています。これらもれっきとした「業務」なので職場でやれば業務時間としてカウントできますが・・・職場で仕事をしても煮詰まるんですよね。だったら外でやったほうが気分転換になるし、意外と外でやった方がスムーズに進むことが多いんですよね。なので「くつろぐはずが、仕事」と言う弱点はあるものの、溜まっているものをスムーズに処理できるメリットもあります。

 

とはいえ、こんな「シャドー」な時間を入れたら・・・普通に残業は20時間を超えますね。

それに・・・結局今月の残業時間は20時間を超えており、今の自分の中では「働きすぎ」です。やらなければいけないことがたくさんあるし、今月は計画相談の件数が多いので致し方ないことなのですが、それでも20時間を超えてしまったのは、よくないですね。

 

多分普通の人なら「20時間は当たり前」と思う人もいるでしょうね。

自分も心身を壊す前ならそこまで時間は意識しなかったでしょう。でも激務で自分の体が壊れることを体験すると、ちゃんと自分の体も気遣わないといけないことを感じます。体を壊す直前は残業時間が80時間を超えることも普通。でも残業時間は45時間までしか支払われず、払われない分は「休みを取れ」との指示。休みが取れていれば、こんなに残業していませんし。

 

今もですが、当時はパニック障害の治療目的で抗うつ剤を飲んでいました。

自分の中でも「抗うつ剤を飲んでいるから、何とかなるだろう」と思っていましたが・・・抗うつ剤を飲んでいても、抑うつ状態にはなりました。結局「薬を飲んでいるから、大丈夫」は全く効かないこともわかりました。そんなこともあり、自分の体は自分で守らなければいけず、そのためにはちゃんと自分の中で意識することの大事さも学びました。

 

そんなこともあり、今の職場で働き始めてからは「残業20時間以内」を意識しています。

もちろん月によっては理事会などの長時間会議もあるので、そう言う時はやむに止まれず20時間を超えることもありますが、基本的には20時間を超えないようにしています。なので普通の業務であれば、今はあまり20時間を超えることは少なくなりました。ただ・・・完全にそれが守られているわけではなく、どうしても今月のように20時間を超えてしまうこともあります。頻度は少ないですが、健康のことを考えたら20時間は超えないようにしたいです。

 

体を壊した経験のない人にはわからないかもしれませんが、人の体って簡単に壊れます。

「メンタルが強いから」なんて話す人もいますが、心なんて簡単に壊れます。メンタルの強さを過信すると非常に危険だと思います。自分も「薬を飲んでいるから大丈夫」を過信した結果が、心身ともにボロボロになったわけです。そして1度壊すと、再発リスクは高まります。壊せば壊すほど、リスクも増大。だからこそ、ちゃんと意識していくことが大事だと思います。

 

元々自分自身も「うつ気質」があると思っていました。

うつ気質を自認しつつもそれが表に出ていなかったのが、前の職場の激務で表面化し結果として抑うつ状態になり、入院加療をすることに。その後復職するも回復せずに仕事は退職。退職直後は「もう福祉の仕事はしない」と思っていたけど、6ヶ月以上休むと徐々に回復して今の職場に就職。その後の経過は、ここでも書いている通りです。ただ今自分が再発せずに過ごせているのは、ちゃんと自分の中で意識・管理をしているから。意識しなくなったり管理を怠れば、再発する可能性は非常に高いです。

 

経験をした人でなければわからないかもしれませんが・・・

でも経験しないで済むものであれば、経験しない方がいいのは当然です。だからこそ、自分のことを過信せず、自分自身のことに対して「意識」を持ちながら仕事をしていくことが大事かなと思います。「20時間ぐらい大丈夫」ではなく、できるだけ残業はせずに心の休息時間を作ることが健康のコツだと思いますよ。

 

心がけている〇〇対策

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する

 

 

丸々2週間、何も書けず。

今回ばかりは、本当に忙しかったです。前回書いてからの2週間は、とにかく時間に終われる状態。虐待防止研修を受けながら、相談支援専門員有志の勉強会準備、そして勉強会の開催で講師役、それと同時並行に日々の業務。ペンディングしていた計画書の作成や新規ケースの対応・・・などなど、久しぶりに「大変」と感じた2週間。今週は毎日残業で、自分が「これ以上の残業は危険」と考えるラインまで、あとわずか。勤務の締日までまだ1週間もあるのに・・・って感じです。なので、今日は強制的に残業せずに自分の時間づくり。

まぁ仕事はまだまだ残っているんですけどね。

 

その間、ブログで書く内容も色々と考えていました。

最近書けていないのですが、もっと硬派(と言うほどではないのですが・・・)に書いていいるブログもあり、そこで書く内容も色々と考えていました。ただ今直近で書くとするのであれば、やっぱり勉強会の話。

 

勉強会の運営に参加したのは、今年3月のこと。

相談支援従事者研修のファシリテーターに参加している中で、以前同じ地域で一緒に相談支援をしていた人から「研修の企画とか、一緒にやらない?」と誘われ、自分も気軽な気持ちで返事をしてしまいました。

 

でも実際には相談支援の大ベテランの人が集まっている場。

正直自分は臆してしまう状態でしたが、ここは割り切って「去年勉強会に参加した立場」として色々と意見を出してみたりしました。で、話が進む中で今年の勉強会の役割分担がされ、自分が講師役で話をすることに。

 

いやぁ、責任重大です。自分もまだ理解仕切っていない内容。

そこから時間があれば自分が話す部分を勉強し直しました。一緒に担当となった先輩の方に資料をもらい勉強しつつ、打ち合わせは去年自分が感じたことを話して、それを受けてパワポのスライドを作ってくださり、進行台本も大部分は作っていただくことに。一方で「自分の経験談も」という話で、実践例も自分なりに考えて盛り込んでもらうことに。

 

こういった打ち合わせを1ヶ月半ごとに行い、先週いよいよ勉強会を開催。

進行台本も何度も確認し、スライドと照らし合わせながら進め方や説明の仕方なども自分なりにシミュレーション。理解していても「これでいいのかなぁ・・・」と思いつつ、講師として登壇。

 

正直、話すことに必死で自分のことはあまり覚えていません。

ただ話していて、そして話終わって感じているのは、自分の言葉で話せていない感覚が残りました。進行台本は何度も読んでどこをポイントにしながら伝えていくかを考えてはいたのですが、実際には途中から読むことに必死で結果的に自分の言葉にはなっていなかったように感じます。もっと自分が内容を噛み砕いて理解していれば、説明もマシだったのかなと感じています。

 

一方で勉強会終了後の反省会では、全体としては良かったのではないかとのこと。

自分は今回運営側として初めての参加だったけど、これまで関わってきた方からは「形になってきている」という話もあって、自分としてはあまり手応えは感じないけど他の方はそういう感覚なんだなぁ・・・と思いました。

 

自分の中では「どうだったのかなぁ・・・」なのですが、一方で収穫も。

それは、自分自身が勉強できたこと。当たり前なのですが、伝える側が理解していなければ話はできません。そういう意味では勉強会に参加する人以上に自分も勉強・理解している必要があります。それをやってきたという意味では、自分も収穫です。

 

「伝える側の理解」という点では、以前にも記事にしたことがあります。

 

この記事では「受講生の姿」をみて勉強になることを書いています。

ただ前提としてファシリテーター自身も演習の内容や狙いを理解していないと研修の効果が薄れます。だから事前準備が必要で、自分はいつも前日に翌日の演習内容を再確認しています。自分も準備をして、できるだけ受講者に「お土産」を持って帰って欲しいので。

 

今回の勉強会も同じ、自分が理解していないと伝わりません。

自分の言葉で話せなかったけど、それでも伝えたい「キモ」の部分は一応押さえて話したつもり。そこを理解することは、結果的に自分の実践にもつながるんですよね。

 

特に最近は、計画書の書き方も変化しています。

自分が勉強したことで「やっぱり変えたほうが良いよなぁ」と思って変える部分がありますし、面接の時もご本人の気持ちや思いを聞く時に少し意識しながら聞くこともあります。これって、自分がファシリテーターや講師役にならなかったら意識できていなかったと思います。大袈裟な言い方ですが、自分が「導く側」になったからこそ、自分の日々の業務を振り返り、その振り返りをもとに実践に戻しているいるのが、今の自分だと思います。

 

そういった意味では、研修や勉強会に「受講生」ではない立場の参加も大きいです。

ファシリテーターの良いところって、何度も繰り返し研修に参加できること。立場は違えど、これってファシリテーターの「役得」なのかなと思うこともあります。講師役であれば、改めて勉強の機会が持てる。それは受講者以上に勉強するので、より主体的に関わることで学びの効果は受講生以上じゃないのかなと実感しています。

 

まぁ正直・・・楽じゃないですよ、大変です、本音は。

でも・・・それでもファシリテーターとして参加するメリットは大きいなと今は感じています。今回の勉強会もこういう形で関わることができて良かったと思います。結果的にこれも「自己研鑽」なので、仕事をする上では大事な機会です。これが結果的に利用者さんの利益になるのであれば、やっぱりこういう活動は続けていくべきなんだろうなぁ・・・と感じています。

 

さぁ、まだまだ仕事は山住です・・・ゲッソリ

正直、考えたくないけど・・・やらないわけにはいかないので、やるっきゃない🔥

今日、対面形式での相談支援従事者現任研修が終了しました。

残すはオンライン形式での研修が残っていますが、自分は特に関わっていないので、現任研修についてのサポート(ファシリテーター)はこれで終了です。

 

思えば今回で3回目の現任研修ファシリテーター。

最初は演習指導者養成研修(当時はファシリテーター研修)の受講で参加し、去年からは演習指導者として参加しています。

 

こんなことを言うのもなんですが・・・

当初は研修にファシリテーターとして参加するつもりはなかったんですよね。当時の研修名は「ファシリテーター研修」だったので、ファシリテーションの技術を学べればと言うつもりで受講申し込みをしていました。ところがその後のカリキュラムが届いてビックリ、カリキュラムの一環に「現任研修ファシリテーター」とあり、思わず「えっ」と思ってしまいました。

 

自分が研修のファシリテーター・・・無理だよぉ。

かなり弱気の自分。これまで現任研修を何回か受けているので、現任研修がどんなものかは理解しています。受講者の立場だから色々と言えるけど、状況に応じて整理をしていくのがファシリテーターの役割。それを自分がやるなんて・・・いや、不安がめちゃくちゃ大きかったです。当然ながら事前資料は全て目を通し、予習も余念なくやって挑んだ初めてのファシリテーター・・・結果何とかなったけど、これで良かったのかなと言う気持ちの方が大きかったです。

 

無事にファシリテーター研修は終了しましたが、これは「終わり」ではなく「始まり」。

来年はファシリテーターとして参加をお願いします・・・とのことで、そこから自分が相談支援従事者研修にファシリテーターとして参加するようになります。去年は現任研修だけでなく初任者研修にもファシリテーターとして参加。そして今年も現任研修・初任者研修どちらもファシリテーターとして参加することに。そのうちの現任研修について、今日で終了しました。次は初任者研修のファシリテーターです。

 

で、この流れって、実は東京都の「思惑通り」になっているんですよね。

研修の時にも説明をしているのですが、東京都は研修体系の図式化とともに東京都の掲げるものとして「私たちが目指す相談支援専門員の姿」と言うものを作成しています。これは定期的に見直されており、現在は「Ver.8」になっています。

 

その研修体系と言うのが次のものです。

 

この表の左側がスタートとなる「初任者」です。

初任者研修で相談支援の基礎を学び、相談支援の経験を積み次の「現任者」となります。現任者では基礎をベースに「地域資源の開発・改善」を担えることを目指しています。要は目の前の対象者だけでなく、対象者と接する中で見えてくる「地域の課題」に着目し、その課題を意識できるようにしていくことを目指しています。

 

さらに「地域の成長・貢献」として、演習指導者・主任があります。

まさに自分は今この流れに乗り、演習指導者を担っており、「地域の中核人材(主任)を目指す準備」の立ち位置にいる状態です。

 

以前にも「主任になるか、現任のままでいるか」と言うのを書きました。

 

当時はまだ、主任になることに否定的な考えを示していました。

しかし時が巡り、自分の立ち位置や関わり方は変化。自分のところに相談支援の依頼が来たり、委託相談支援事業所から逆に相談を受けたりするなど、以前と変わってきました。また自分の方から市や他の相談支援事業所に提案や相談をすることも多くなり、いつしか自分がリードを取ることも多くなりました。東京都の相談支援従事者研修にも参加するようにもなったことで、自分の立ち位置や現在の姿は「ジェネラリスト(貢献型)」により近くなっている状態です。

 

となった時、改めて自分は主任を目指すのか、現任のままでいるか。

正直なところ、心は決まっています。ただ今はそのことは明言せずにいたいと思います。気持ちとしては複雑な部分もあるのですが、自分の考えと現実の自分の立ち位置を見た時、単にやりたい・やりたくないの言葉で片付けられるようなものでもないのかなと感じるところもあります。そこには「周囲からの期待」と言うのも含まれていますし、自分自身も「自分のことだけじゃないのかな」と思う部分もあります。

 

そして何より、今までとちょっと違うのは「覚悟」と言うこと。

以前の職場で自分が心身ともに潰れてしまいましたが、それは普通に激務で体を壊してしまった部分も、仕事や役職・立場に対する「覚悟」が足りなかったかなと思う部分があります。前者についてはどうしようもないことですが、後者については自分の気持ち次第の部分。どこか・・・ではなく、自分の中で「やらされていた」と言う気持ちがあったから覚悟がなかったり、足りなかったのかなと今思います。

 

でも今日のファシリテーターにしても、自分で決めて参加しているもの。

自分の中で何か目指すもの・目指すべきもの・やっていきたいこと・やっていくことがあり、その過程の中に「ファシリテーター参加」があるのだと思います。この道が正しいのか保証はありませんが、まずはやってみることも必要だと思いますし、その結果新たに見えてくることもあるかもしれません。それを見るためには、やはり「覚悟」をもって臨む姿勢が必要だよな、と今更ながらに思っています。

 

とはいえ、ファシリテーターの参加は勉強になります。

普通に研修に参加するより、よっぽど勉強しますし、その繰り返しをするので知識としても定着しやすいです。自己研鑽のためには、ファシリテーターという手段は有効かなと感じています。次は初任者研修、ちゃんと備えて勉強しないと。

暑い日が続いています。

昨日は関東の12地点で40度越えに。夜も気温が下がらず、流石に昨夜は一晩冷房をつけっぱなしにて寝ました。「つけっぱなしにした方が良い」と言われながらも、何処となく避けていた自分ですが、昨夜に関しては身の危険も感じたのでつけたまま寝ました。そのおかげか、しっかりと寝れた気がします。

 

そんな酷暑の続く日本でありますが、実は以前ほど辛さを感じていません。

その「以前」というのは、精神的に大きく体調を崩していた時。今から7年前のことで、その時も東京の気温は40度に達しようとする日が多かったように思います。

 

当時も連日「危険な暑さ」と報道されていました。

休職していた自分は、自宅で冷房をつけて過ごしていましたが・・・それでも体はかなり辛かったです。冷房をつけていてもやられてしまっている感じ。

 

その時の自分は、一度短めの休職をしたものの、状態は悪くなる一方。

そのため2回目はやや長めの休職をするものの、自分でも途中から自宅療養の限界を感じ、初めて精神科への入院を選択することに。その時は主治医に相談し、ストレスケア専門の病院を紹介してもらい入院しました。ただ入院を選択したものの医療費が気になってしまい、結果的に1ヶ月で退院。今思えばもう1ヶ月入院していてもよかったと思います。

 

その後復職したものの、半年後には退職。

仕事をしていて「できない」と感じることが多く、まともに出勤できない状態が続き、これ以上仕事を続けられないと自分の中で改めて感じたため、仕事を辞めることに。この時も体調は戻っていませんでした。体調が戻り始めたのは、退職して半年後ぐらいから。復職も視野に入るようになり、結果として今の職場に入職し現在に至っています。

 

体調を崩していた時の自分は、精神面だけでなく身体面もやられていたのでしょう。

昨日の危険な暑さでも「なんとかなる」と感じていましたが、7年前の不調の自分は完全にグロッキーな状態。涼しい部屋にいてもグロッキーでした。また食欲も落ちていたので当然ながら体力も体重も落ちているので、今までのような活動もできない状態でした。ちょっと外に出ることすらもものすごく辛い状態。

 

何より「待つ」ということもできなかったのが、とても大きいです。

今では病院に行って呼ばれるまで待つのもそんなに気になりませんし、混雑していても「そうだよなぁ」と思って普通に待つことができます。しかし体調を崩していた当時は、たった5分ですら待つことが苦痛でした。5分しか経っていないのに「まだ呼ばれない・・・」と常にストレスに感じており、受診すら辛いこと出来事になっていました。結果、何をするのも辛い・しんどいという状態でした。

 

身体面の不調がある時に、体に負担を感じるのは普通のことです。

でも精神面の不調がある時も、体には大きな負担を感じます。つまり精神面の不調は単に「こころの不調」だけでなく、そのことが身体面に直結することになります。要は「こころ」と「からだ」は切り離せないものであり、相互に関係しあっているものと言えるでしょう。その実例が、7年前の自分と今の自分ですね。

 

7年前の自分は、心の不調からあらゆる不調につながっていました。

しかし今の自分は多少の外的要因(今で言えば、危険な暑さ。広く言えば「ストレス」ですね。)があっても、やり過ごせるところがあります。それは精神面も安定しているから、身体面も安定が図れているのではないかと感じています。

 

体の調子を維持するためには、精神面の調子を維持することが必要です。

逆に精神面が崩れれば体調も崩すことになります。当時の自分は「暑さ」が大きなストレス要因になっていました。ただ生活を送る中でストレス要因は他にもたくさんあります。ストレスに対処できなくなっていることは、身体面の不調も現れることになります。あるいは身体面の不調が出たことで精神面の不調に気づくこともあります。心も体も、大事にしたいものです。

障害を持つ人も、65歳になれば介護保険の被保険者になります。

そのため、障害福祉サービスを受けている人の中で、同じようなサービスが介護保険にある場合は、原則として介護保険のサービスを受けることになります。

 

特に大きく関係してくるのは、ヘルパーを利用している人。

障害福祉では「居宅介護」というサービスを受けている人は、介護保険では「訪問介護」というサービスになります。ただ当然ながら、介護保険を利用するためには「要介護認定」を受ける必要があります。

 

実はこの「要介護認定」が障害福祉から見て「曲者」であります。

というのは、障害福祉では支援が必要とされても、介護保険では「自立」と判定されるケースがよく見られれるのです。その理由は、判定に対しての「考え方」の違いがあります。障害福祉の場合は「障害があることによりどれだけ生活上の支障があるか」を判断し「障害支援区分」として判定します。その結果「非該当」から「区分6」で認定され、区分1以上で居宅介護(ヘルパー)を利用することができます。一方介護保険の場合は「加齢の影響によってどの程度介護の時間を要するか」を判断します。その結果「自立」から「要介護5」で認定され、原則要支援1以上で介護保険サービスを利用することができます。

 

この判定に対する視点の違いが、障害福祉と介護保険での「ズレ」になります。

今の職場に来て、そのようなズレがよく感じられることが多くなり、一体どういう基準で判定されているのかが疑問に感じています。

 

ケース1

現在70代前半の方で、うちの施設(就労継続支援B型)を利用されています。

就労継続支援B型は長く利用されており、以前はヘルパーの必要性がなく、ご本人もその意思はありませんでした。しかしここ2・3年で加齢も進み、就労継続支援B型への通所も昔に比べ時間がかかるようになりました。そんな様子を見て、送迎の便宜をご本人に伝えていましたが、ご本人は拒否。しかしある日、ご本人から「送迎、使ってみたい」との話があり、実際にご本人も使って見たところ、ご本人にとってもメリットを感じられ、現在は毎日送迎支援を実施。合わせて介護保険も利用をされ、要支援1の判定が出ていました。ところが介護度の再判定で「自立」と判定され、これまで貸与されていた杖は購入することに。ただヘルパーについては「基本チェックリスト」に該当したため、継続して利用できました。しかし現在も送迎を利用されており、送迎の帰りに時々ご本人からの希望で買い物の同行もしています。ご本人一人で買い物をするのも大変な様子で、ヘルパーも使えることを話していますが、現状はご本人にとって安心できる就労継続支援B型の職員が付き添っているのが現状です。

 

ケース2

今年介護保険対象年齢になった方。うちのB型と居宅介護を利用。

長年B型を利用しており、作業活動にはほぼ毎日参加しています。また基本的にご自身で通所され、どうしても用事がある時だけ送迎を利用。ただ基本的には送迎を使わなくても自力通所されてます。そんな中、65歳になることで「介護保険優先」になるため、介護保険の要介護認定を受けることに。ご本人からも希望があり、要介護認定には自分も立ち会うことに。要介護認定でもほぼ自分で答えられ、その回答も妥当性のあるもの。ご本人の聞き取りが終わった後に自分も聞き取りを受け、自分からは「介護的な要素はほとんど低く、障害による影響が大きい」と話しました。自分の中では自立だろうなと思っていましたが・・・判定は「要支援1」と。自分の中では「自立」を前提に要介護認定を受けてもらったので、意外な結果。ただ「要支援」が出たため、今後は障害福祉から介護保険に切り替える必要があるため、地域包括支援センターと連携をしてヘルパーの部分については引き継ぎを行いました。ご本人も「なんでだろう・・・」と感じています。

 

ケース3

現在60代後半の方。精神障害のほか、疾患によるからの麻痺がある方。

65歳になった時に要介護認定を受けるも、その時は「自立」と判定。しかしその後悪性腫瘍(がん)が見つかり支援を必要とする部分が多く出たため、改めて要介護判定を受けることに。しかし結果は「自立」と判定。非常に疑問の残る判定だったけど、結局覆すことができなかったため、障害福祉サービスでヘルパーの支援を実施することに。ただ、その後の要介護認定では「要介護1」の判定。その時は長年ご本人の支援をしてきた訪問看護の看護師さんが認定調査に同席していただいため、介護保険サービスを受けられることに。これでヘルパーはケアマネージャーに、うちのB型は自分が担当することで見守ることに。

 

が、先日市の障害福祉課から「ご本人、どうやら介護保険非該当になりそう」との情報が。

結果「自立」と判定され、介護保険のヘルパーは打ち切られることに。さらにこの時点で福祉用具も使っていたため、その福祉用具もレンタル対象外に。しかしご本人は収入がないため、自費で福祉用具を購入することは困難な状態。ご本人に事情を聞いたところ、今回の認定は誰も立ち会わず1人で受けたとのこと。実際のところ、手つりにつかまらないと立ち上がれず、お風呂も手すりがあるから入れるとのこと。その手すりがなくなると困る、と話されていました。ヘルパーも然り、いなくなると困るとのこと。

 

そのためヘルパーについては有効な障害支援区分があったので、急遽プランを作成。

介護保険で打ち切られたヘルパーの分は障害福祉でカバーし、一方で「基本チェックリスト」の該当者ともなったため、全体のヘルパーは維持できることに。しかし福祉用具については対応できない状態。そのため再度要介護認定の再判定を受ける方向で調整することに。

 

ここで紹介したすべてのケース、自分が相談支援専門員として担当。

そんな自分から見て「介護の必要性」ということだけで見立てるのであれば、その必要度は

ケース3>ケース1>ケース2

の順であります。しかし現実の要介護判定では

ケース2>ケース1・ケース3

の順で優先度が低くなることに。特にケース1と3は「自立」と判定。ただ自立と判定されたことによる影響度の大きさとしては「ケース3」より「ケース1」の方が低いので、一番影響が大きいのはケース3になります。

 

正直、自分の見立てと実際の判定は真逆に。

なんでこんなことになるのか・・・正直、わかりません。そもそも同一人物の判定なのに、介護度がこうも目まぐるしく変化するこの判定には、正直疑問です。で、誰かが立ち会わないと介護度が低く判定される現状に、果たして介護認定の妥当性があるのかは大いに疑問です。こんなことが起きるのは、うちの自治体だけなのでしょうか。

 

なんだかよくわからない、要介護認定。

実際のところ、他の自治体はどうなのでしょうかね。なんとも納得いかないですね。

こんな自分でも・・・モテ期はあったのかも。

今思えば、あれは「モテ期」と言うことなのでしょう。

 

その「モテ期」は12歳。

12歳・・・この時は児童劇団に入っていた時。児童劇団に入ったのは9歳の時。入った当初は週末にレッスンに通い、時々連絡が入ってエキストラとして撮影に参加する日々。そんな日々が続いていました。

 

そんな自分が「エキストラ」からオーディションにシフトしたのは、11歳ぐらい。

もちろんエキストラとして参加していた時も仕事のオーディションはありましたが、ほぼ毎回落ちていました。そんな中、ある舞台のオーディションがあり、自分も受けることに。そのオーディションが、「#卒業式の思い出」で書いたものです。

 

オーディションの結果が来たのは、自分でも忘れていたくらいのこと。

オーディンションを受けて合格すれば事務所から連絡が来るけど、落ちた時は連絡なし。この舞台のオーディションも受けてからかなり時間が経っていたので、まさか合格していたとは思ってもいませんでした。

 

舞台の仕事は夏休み中で、当然ながらそれに向けての稽古もありました。

なので1学期はほぼ毎日稽古に行っていました。もちろん「中学生」でもありましたので、勉強をしながら稽古に行く日々。電車の中で宿題や勉強をすることは当たり前の毎日でした。

 

そんな稽古を重ね、8月に本番。公演期間は1ヶ月。

昼夜公演をする時もあれば昼夜どちらだけの日も。で、ダブルキャストでの公演だったためお客さんにも事前に出演チームは公表。自分は出演する日に劇場入りしていました。

 

公演が始まった時、それは静かなものでした。

その時の自分は劇場入り前に近くのマクドナルドで食事を買い、近くの宝塚劇場で宝塚スターの出待ち・入り待ちをしているお客さんを横目に、自分は出演する劇場へ。自分たちのところで出待ち入り待ちをしている人はいませんでした。

 

ところが、公演が終盤に近づくにつれ、楽屋入り口に変化が。

ある日劇場入りをしようとした時、楽屋口に人がいるんです。別に自分を目当てにしているわけではないのですが、若い女性が普通に「おはようございます♪」なんて言うものだから、よくわかっていない自分は「あ、おはようございます・・・」と普通に挨拶して楽屋入りするように。

 

そして千秋楽近くに一緒に出演している人とスタッフさんとで出かけるある日。

スタッフさんと自分たちが楽屋口から出るとお客さんがゾロゾロと募る状態に。流石にパニックになるような状態ではなかったですが、自分はちょっと不思議な感じでした。さらに別の日、やはりスタッフさんと出演者で出かける際、自分はちょっと出遅れることに。慌ててタクシーに乗り込もうとした際、そのタクシーは若い女性に囲まれている状態に。そんな中タクシーに乗り込もうとした自分に、どこからともなく手紙が。タクシーに乗り出発してから見て手紙を見ると・・・ん?ファンレター?

 

ハイ、後にも先にも人生初の「ファンレター」でした。

書いた相手は高校生らしい人。連絡先も書いてありましたが・・・その時の自分は何もわからないので、何のリアクションもしませんでした。まぁ普通は特にしないのかもしれませんが・・・

 

ただ人生で「女性に取り囲まれる」経験は、この時だけ。

今思えばこれが人生最大の「モテ期」だったのでしょうね。あれから今日まで、女性に取り囲まれることはおろか、女性との関わりはゼロ。まぁその時の自分は周囲から見たら「子ども」なので、単純にチヤホヤされていただけなのでしょうね。

 

今となっては、モテ期はもうやってこないでしょうね。

純朴だった当時12歳だったこの子も、今年47歳・・・独身の中年オヤジです。

 

今思えばモテ期は〇歳

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する

いつもは終わった時に書いていたのですが、今日は最初に。

今日は相談支援従事者現任研修の初日でした。今回も「受講者」ではなく「ファシリテーター」として参加です。本来なら自分も今年から5年間の間に現任研修を受けないと相談支援専門員の資格が失効してしまうのですが、今回は受講せず別の形で受講を考えています。なので今年もファシリテーターとして参加です。

 

現任研修は既に始まってきて、今日は対面研修の最終グループ初日。

何グループかに分けて順次開催しているのですが、今回自分は対面研修での最終日程のグループなので、珍しく研修初日に書くことにしました。

 

今回も事前に準備をして参加している自分。丸腰では参加できません。

昨日はじっくりと研修の内容を確認し、グループワークの進行も自分なりにシミュレート。去年と変わった部分もあるので、その部分も確認して研修に臨みました。研修の初日は自分も緊張していますが、参加する受講者もある程度は緊張していると思います。なので自分の大した面白くもない話でアイスブレイクしながら、今日のグループワークに備えました。

 

対面研修初日で行うグループワークは「グループスーパービジョン」。

それぞれが関わっているケースを元に、自身の業務の振り返りをしましょう、と言うのが今日の大きな目標。そのために受講者は事前課題が出され、関わっているケースを1つ持ち寄り、その中から見えてくる「日々の関わり」を振り返る中で業務における自身の「気づき」をしてみましょう、と言うのがテーマです。

 

で、どうしても混同してしまうのが「事例検討」。

事前に配布している資料にも「事例検討ではありません」と言っているのですが、どうしても「実際に関わっているケース」を持ってくると事例検討と考えながらケースを持ってくることが多くなってしまいます。

 

「事例検討」と「グループスーパービジョン」、その違いがわからないと言う声も。

すっごく端的に言ってしまえば・・・「事例検討」は持ってきた事例を深めその事例に対する支援策・対応策を考えていくもの。一方「グループスーパービジョン」は持ってきた事例を元に支援に対する自分の気づき・振り返りをしていくものです。なんか似ているように聞こえるかもしれませんが、事例検討の主役は「事例にある利用者」で、グループスーパービジョンの主役は「支援者」で、主役が違うのが大きな違いです。

 

「グループスーパービジョン」と言うから、なんか複雑なのでしょうか。

単純に「グループ」と言う言葉を外せば、「スーパービジョン」になりますね。じゃスーパービジョンは何なのかと考えると、スーパーバイズを受ける人(スーパーバイジー)が自身の学びを深めていくもので、それをグループで行うから「グループスーパービジョン」になるわけです。特にグループスーパービジョンでは他に参加している受講者もスーパーバイズの担い手(スーパーバイザー)になるので、スーパーバイズの3つの機能(管理的・教育的・支持的)の支持的機能(ピアスーパービジョン)にもなっていきます。

 

ここまで話せば、事例検討とグループスーパービジョンの差がハッキリしたと思います。

今日の研修におけるグループワークでも、このことを結構耳タコになるくらいまで話していました。今まで参加した研修では、どうしても事例検討に流れてしまうのでその修正作業が結構苦労していました。そのため今回は本当にその部分を強調しながら進めていきました。

 

その甲斐あってが、今回はあまり事例検討にならずに済んだ気が。

持ってきた事前課題を見て「あぁ、ケース検討したいのかな」と感じるようなものもありましたが、そこはケースを深める中でスーパービジョンの方向に流していったので、多少は事例検討の要素を薄めてグループスーパービジョンに持って行けたかなと思います。

 

もっとも、今回から受講者が少し変わったこともあるかも。

前回までは経過措置で相談支援に従事していない人も参加できたけど、今回は実際に従事していることが受講の対象者になったので、そう言った意味では現場で仕事をしている共通言語が一致しているために大きな脱線もなく済んだのかもしれません。あとは・・・ファシリテーター3年目になると、事前準備をしているとはいえ要領を得るようになったのかもしれません。

 

前にも書いたかもしれませんが、正直受講者として参加するより勉強になります。

自分も受講者の話を聞いて勉強になるし、毎年参加するから毎年勉強ができる。だから自分の中でも「相談支援専門員」としてのあり方をより理解していくような気がします。そもそそ「ファシリテーター」って言っていますが、そんな自分は大したことしていませんし、大したことを言える立場でありません。学びにお邪魔させてもらって、少しだけグループワークのリード役をしているだけです。なので1人職場の自分にとっては、ファシリテーターとしての活動も貴重な時間です。

 

受講者はこのあと現場実習。

今日のグループスーパービジョンを受けて、地域の熟練相談支援専門員からさらにスーパーバイズを受け、それをまとめて1ヶ月後の研修にやってきます。日々の業務の中大変ですが・・・実のある内容ですので、ぜひ頑張ってください!

自分の仕事は、障害福祉サービスを利用する人への計画作成。

すっごくざっくり話していますが、今更ここで書かなくてもどんな仕事をしているかは、このブログを読んでいただければある程度は理解していただけると思います。

 

ただ全ての人が障害福祉サービス利用のための計画を作っているわけではありません。

介護保険サービスを利用している人であれば、ほとんどの方はケアマネージャー(介護支援専門員)が作成したケアプランを元にサービスを受けていると思います。しかし障害福祉サービスの場合は、必ずしも全ての人に相談支援専門員がついているわけではありません。そういう人は「セルフプラン」といい、自分で計画を作成して障害福祉サービスを利用しています。ただ国は基本的に相談支援専門員がサービス等利用計画を作成すべきとの考えを持っています。(この辺のことを掘り進めると話が長くなるので、今日はこの辺で。)

 

実際、うちの就労継続支援B型でもセルフプランの方は何名かいます。

自分が入職してからセルフプランの人はだいぶ減り、自分からは全く積極的な働きかけをしていないものの、自然と自分に計画作成を依頼するケースも多く、今やうちのB型利用者の半分以上は自分が計画相談を担当しています。ただ中立性という点では他の事業所でやってもらうのが望ましいのですが・・・今は選べるほどの事業所もなく、他の事業所も「既にたくさん契約していて、受けられません」と言われている状態なので、現状としてはやむを得ない状態でもあります。

 

そんなうちを利用している、最高齢の利用者さんが大変になっています。

最高齢利用者さんでありながら、1年前まではカレーショップで商品の配達作業をされていた方。非常に元気な方で、当時は介護保険の「か」の字すら感じさせない、早急な必要性のない状態でした。そんな感じだったので、ケアマネージャーもなく、また障害福祉サービスもセルフプランで利用されていました。

 

ただご本人も「そろそろ引退したい」とのことで、作業の一戦からは退くことに。

それでも長くB型に通所していたため、作業から退いても通所は継続していました。きっとこの利用者さんの性格上、介護保険のデイサービスでは物足りなく安易に繋ぐのは得策ではないと考えていました。ただ精神科病院のデイケアには週1日通所していたので、B型と併用しながら利用していました。

 

でも作業を退いてから、少しずつ衰えの傾向も見えつつありました。

そんな様子が見えてきてからは、自分が別件で精神科病院のデイケアに訪問した際にこの方の情報交換もしており、デイケアの方からは「そろそろ介護保険のことも念頭にしても良いかもしれないですね」と意見交換もしていました。

 

そんな中、ある日この利用者さんから「動けない」との連絡が。

生活保護を受けている方だったため、既にご自身で生活保護の担当者に連絡もしており、色々と多方面と相談し救急搬送することとなりました。対応した救急隊員からは軽傷のような話もありましたが、結果的には圧迫骨折をしており入院となりました。

 

入院したことで医療につながりましたが・・・ここから今日の話につながっていきます。

この利用者さんは単身生活を送っている方なので、近くに身寄りは不在。弟さんもいるみたいなのですが・・・連絡も取れない状態。いわゆる「キーパーソン」になる方がいない状態です。さらにケアマネージャーも相談支援専門員もついていないので、支援機関がほぼない状態。その結果、継続的な関わりのあるB型がサポートすることになりました。

 

いや・・・「なりました」ではなく「ならざるを得ない」です。

ご本人と連絡が取れるのはB型で、関わりがあるのもB型。病院もケースワーカーはいるものの、色々と相談しても「それはちょっと・・・」という感じ。さらに今住まわれている家賃の問題もあり、どうやって支払うかということも。単身生活かつキーパーソンがいないが故に、起きている問題。そんな問題が山積してきた状態だったため、親方様(B型の管理者)とアパートの大家さんが一緒に市役所に相談に行くことに。目指したのは高齢関係のこともあるので、高齢福祉の窓口へ。

 

しかし・・・その反応は大変悪かった様子です。

親方様が帰ってきて開口一番「キレてしまいました」とのこと。どうやら何を相談しても「関知できません」や「知りません」の答えだったとのこと。相談してもその相談に乗ろうとすらしない態度に、堪忍袋の緒が切れてしまったみたいです。

 

うちの親方様、分からず屋に対してはあからさまに不機嫌になります。

そう、以前もそんなことを書きましたよね。病院のカンファレンスに行って今後のことを考えていこうとしているのに、一方的に親方様側に非があるような言い方をされかなり不機嫌になったことも。その時は自分もいて、自分がカンファレンスの開催主だったので自分が火消し役になりましたが・・・今回は誰も火消し役がいない状態。「あー・・・」って感じです。

(以前のカンファレンスの「不機嫌」は、こちらをご参照に。)

 

まぁ市の返答もわからないわけではないのですが・・・

ただ困っているから相談に行ったのに、その相談すら乗ってもらえない態度だと、怒りたくなる気持ちはわかります。別に何かやってくださいとお願いしに言っているわけではなく、どうしましょうと相談をしたいだけ。にもかかわらずその姿勢が見えないと・・・市民が同じような相談をしても同じ態度なのでしょうかね。

 

ちなみに一緒に同席していた大家さんは、その様子にこんな一言を。

そういう時は、議員に言いに行くのが一番だよ!

 

あぁ・・・そうですよね、議員ですよね。

市役所の職員、議員には弱いですからね。やっぱり、市民はそういう考え方なのかぁ。我々としてはそう簡単に議員にチクリに行くのも気が引けますね。変にこのことを市政実績にされるのもちょっと・・・ですしね。

 

何はともあれ、さあどうするか。

あ、ちゃんと考えてくれる市の職員さんもいるのは知っていますよ。でも人によってはこういう対応をする人も・・・いわゆる「お役所対応」ってやつですよね。また策を考えていく必要がありそうです。あ、あと親方様1人で行くと、火消し役がいないので・・・そういう時は、やっぱり自分も行くようになるかもしれません。

ここでも何度かネタにしていますが・・・覚えていないです。

ポストカプセル

 

どうやらこの頃の自分は「かいしゃのしゃちょう」になりたかったらしいです。

学年のところに「1」と書いているので、小学校1年生の時に書いたものらしいです。すみません、すべて「らしい」で・・・あと「かいしゃのしゃちょう」って職業じゃないですしね。

 

いやぁ、覚えていないんですよね。

昭和61年は西暦で1986年で、これが届いたのが多分2001年なので、15年後の自分に宛てたものなのでしょう。あと21世紀を迎えた自分に対して。

 

でも良く考えたたら、この手紙が届いたのは奇跡ですよね。

15年後ってそこに住んでいる可能性は保証されていないし、きっと「宛先不明」で戻ってきた手紙も結構あったんだろうなぁ・・・と思って調べたところ、92.5%は配達できたみたいです。色々と事前に広報して住所変更届も受け付けたみたいです。

 

そんなことを全く覚えていなかった自分は、ただただ「何か来た」って感じ。

自分の場合は15年経っても実家暮らしで、実家の住所も変わらなかったので普通に届きました。でも・・・覚えていなかった自分は「こんなこと考えていたんだぁ・・・」って感じですね。

 

じゃ今も「かいしゃのしゃちょう」になりたいか・・・

なりたくありません。そもそも、そんな器の人間ではありません。経営センスもありませんし、リーダーシップもありません。そんなことをわからない当時の自分は、なんとも恐ろしいことを簡単に宣っていましたね。自分ながら怖いです。

 

そんな今の自分は、相談支援専門員で、事業所の管理者。

あ、社長ではありませんが管理者ですね。まぁ管理者と言っても「1人職場」なので、部下はいません。自分の代わりになる人もいないので、すべて自分の責任のもとで仕事をしています・・・が、あくまで「1事業・1部門の管理者」なので、実際に1人ぼっちで仕事をしているわけではなく、むしろ他の職員に助言をしながら仕事をすることに。これも形だけの「1人職場」ですね。法人としての仕事もしていますし、本当に多岐にわたって仕事をしています。

 

実際に子供の時になりたい職業に就いている人って、どれだけいるんでしょうね。

実現している人はなかなかいないんじゃないのかなと思いますが、自分の小中学校時代の友人は見事に実現していますね。彼は小さい頃から電車の運転手になりたい夢を持っていて、高校も鉄道専門の高校に進学。JRを希望していて高校の時に就職できないと、夢を諦めないために専門学校へ進学。その上で希望するJRに就職し、子供の頃になりたかった職業に就いた友人の信念には敬服です。そこだけは自分には敵わないものです。

 

そんな自分も、小さい時に福祉の仕事に就くなんて思っていなかったでしょう。

大人になってからもまさかこの仕事が一生の仕事になるとは思っていませんでした。途中体調を崩して仕事を辞めた時に「2度とこの仕事に戻らない」と思っていたのに、結果的に同じ仕事に戻ってきた自分。多分自分はこの仕事しかできないと思います。できないからこそ、東京都の研修にファシリテーターとして協力したり、できる限り研修に参加して自己研鑽を積み重ねたりしているのは、自分なりに覚悟を決めてやっていこうとしているのかもしれません。

 

子供の時のなりたい職業

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する

前回、物価上昇でカレーショップの営業に影響が出ていることを書きました。

その中で平均工賃の話もしましたが、就労継続支援B型の報酬は「いかに利用者さんに工賃を支払っているか」を評価して報酬が支払われています。

 

この背景には就労継続支援B型の工賃の低さが挙げられていました。

以前は職員配置の体制と利用者の定員によって基本報酬が決められていました。しかしこの体系では高い工賃を支払っている事業所も低い工賃の事業所も同じであることに疑問が呈されていました。また低工賃の事業所が多く目立っていた現状もあり、現在のような平均工賃の支払額による報酬体系に変更されました。

 

ただ、正直この報酬体系が良いのか・・・というと、疑問です。

もちろん高工賃を支払っている事業所を評価する仕組みは大事だと思いますし、それは適切に評価されるべきものだと思います。一方で「工賃の低い事業所の報酬は低く」という考え方が適切かというと、それは違うのではないかと感じます。

 

現在の報酬体系が導入される前、一般的な就労継続支援B型の報酬は1日584単位でした。

これは定員20名で職員配置(利用者:職員の比率)が7.5:1の事業所に適用された報酬で、定員が多い事業所や職員配置が10:1の事業所の場合はこの報酬より低くなっています。

 

現在前年度の平均工賃が1万円以下で上述と同じ規模施設の報酬は、1日537単位です。

1単位=10円の考え方は基本的に変わらないので、以前に比べると47単位下がっているので、単純に1日あたり470円減額されています。(1単位=10円は地域差を考えて1番低い場合で、東京23区の場合は11円になります。ただ今回は計算を単純にしてわかりやすくするため、10円としています。)

 

1日470円の差と言ってしまえばば小さいように感じますが・・・

これが1ヶ月になれば9400円になります。これは1人あたりで、定員20人規模になると18万8000円になります。年間にすれば225万6000円になるので、大きな金額になります。また当時と比べ現在は物価が上昇していますのでその影響は多大なものになります。

 

もちろん基本報酬だけでは成り立たないので、そこに加算報酬も入れます。

でも何でもかんでも加算が取れるわけではないので、加算がもらえるのも限度があります。ですから加算がついたから劇的に変わる・・・というものではありません。

 

以前に東京都の就労継続支援B型における平均工賃の分析を書いたことがあります。

 

この時に書いたのは、障害種別ので平均工賃の違い。障害種別に見た時に

・身体障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は14,047円

・知的障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は18,426円

・精神障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は10,822円

・障害種別を問わない、複数の障害種別を対象にした施設の月額平均工賃は15,388円

 

というものでした。これは令和3年度のもの。

で、先日令和5年度の平均工賃を計算してみました。すると、次のようなものでした。

・身体障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は23,595円

・知的障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は23,794円

・精神障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は20,715円

・障害種別を問わない、複数の障害種別を対象にした施設の月額平均工賃は21,610円

 

令和3年度に比べ平均工賃額が上がっていますが、これは平均工賃の計算方法が変わったため。以前は純粋に1年間に支払った工賃金額を支払った人数で割っていましたが、今は支払った工賃金額を年間の事業所開所日数と延べ利用人数とそれを12で割る方法で計算しています。以前に比べ平均工賃が上昇しているように見えるのは、それが理由です。

 

が、それでも精神障害の人の平均工賃は他に比べて低いです。

平均工賃の計算方法が変わって若干の是正・差の縮まりは見られますが、それでも平均工賃差は以前として存在しています。既に以前の記事で、障害特性の違いにより同列に見ることができないのではないか、ということを書いています。精神の人が継続して長い時間仕事をすることは結構大変なことで、一般就労をしているのであれば別ですが、それが難しい人が集まって作業をしているのですが、不安定さが出てくるのは当然ではないかと思います。

 

また平均工賃の高い事業所について考えれば、そこから就労に結びついているかも評価のポイントではないかと思います。平均工賃の高い事業所がそれを維持するために結果として利用者さんを就労に向けられないのであれば、それは見方を変えれば「工賃を稼げる人を囲い込んでいる」とも見られかねません。高い工賃を得られるのであれば、一般就労に向けてさらに高い収入を得られるようにすることのほうが、障害者も所得から税金を納める人にすることで国の財源を確保するためには有利なことではないかと思います。要は事業所の中だけに留めるのではなく、社会で貢献してもらうことのほうが大きな意味のあることだと思います。

 

なので、既に国としては一般就労に向けた取り組みの評価を行なっています。

高工賃の事業所であれば、単に高工賃だから報酬を高くするだけでなく、さらにそこから一般就労に結びつけたことを大きく評価することのほうが「高工賃事業所の評価」として適切ではないのかと感じます。それができない事情があれば、それこそが1つの課題だと思います。例えば「保護的環境だからできるけど、一般就労ではそれが困難」というのであれば、それも歴とした理由ですから、そこに社会課題として焦点を当てる必要があるのではないかと思います。

 

低工賃の事業所にはそれなりの理由があるように、高工賃の事業所も単純にそれでよし・・・という訳ではないようにも思います。そう考えたとき、平均工賃の一軸で報酬の評価をすることが適切なのか、と思います。もし評価するのであれば平均工賃は評価軸の1つであり、多面的な評価から考えていく必要があるのではないかと思います。正直、障害福祉施設の運営は非常に大変で、常にギリギリの状態です。よく「福祉ビジネス」なんて言葉も聞きますが、普通に事業をしていたら余るような黒字なんか出ません。

 

労働者の収入をあげていく、と国は一生懸命になっていますが・・・

でも公定価格が決められている福祉事業は、国が言っているような収入増加なんかできませんよ。だって、賃上げ相当分の報酬転嫁がされていないんですから。処遇改善手当なんて、全ての福祉事業従事者に支払われるものではないのですから、結果的にそれは事業所の負担になるだけのことです。それでもって「福祉人材が足りない」って・・・そりゃそうだよ、って思います。だって必要な手当てをしていないんだから。いつも言っていますが・・・国がどれだけ「本気」なのか、見せて欲しいものです。