こんな自分でも・・・モテ期はあったのかも。

今思えば、あれは「モテ期」と言うことなのでしょう。

 

その「モテ期」は12歳。

12歳・・・この時は児童劇団に入っていた時。児童劇団に入ったのは9歳の時。入った当初は週末にレッスンに通い、時々連絡が入ってエキストラとして撮影に参加する日々。そんな日々が続いていました。

 

そんな自分が「エキストラ」からオーディションにシフトしたのは、11歳ぐらい。

もちろんエキストラとして参加していた時も仕事のオーディションはありましたが、ほぼ毎回落ちていました。そんな中、ある舞台のオーディションがあり、自分も受けることに。そのオーディションが、「#卒業式の思い出」で書いたものです。

 

オーディションの結果が来たのは、自分でも忘れていたくらいのこと。

オーディンションを受けて合格すれば事務所から連絡が来るけど、落ちた時は連絡なし。この舞台のオーディションも受けてからかなり時間が経っていたので、まさか合格していたとは思ってもいませんでした。

 

舞台の仕事は夏休み中で、当然ながらそれに向けての稽古もありました。

なので1学期はほぼ毎日稽古に行っていました。もちろん「中学生」でもありましたので、勉強をしながら稽古に行く日々。電車の中で宿題や勉強をすることは当たり前の毎日でした。

 

そんな稽古を重ね、8月に本番。公演期間は1ヶ月。

昼夜公演をする時もあれば昼夜どちらだけの日も。で、ダブルキャストでの公演だったためお客さんにも事前に出演チームは公表。自分は出演する日に劇場入りしていました。

 

公演が始まった時、それは静かなものでした。

その時の自分は劇場入り前に近くのマクドナルドで食事を買い、近くの宝塚劇場で宝塚スターの出待ち・入り待ちをしているお客さんを横目に、自分は出演する劇場へ。自分たちのところで出待ち入り待ちをしている人はいませんでした。

 

ところが、公演が終盤に近づくにつれ、楽屋入り口に変化が。

ある日劇場入りをしようとした時、楽屋口に人がいるんです。別に自分を目当てにしているわけではないのですが、若い女性が普通に「おはようございます♪」なんて言うものだから、よくわかっていない自分は「あ、おはようございます・・・」と普通に挨拶して楽屋入りするように。

 

そして千秋楽近くに一緒に出演している人とスタッフさんとで出かけるある日。

スタッフさんと自分たちが楽屋口から出るとお客さんがゾロゾロと募る状態に。流石にパニックになるような状態ではなかったですが、自分はちょっと不思議な感じでした。さらに別の日、やはりスタッフさんと出演者で出かける際、自分はちょっと出遅れることに。慌ててタクシーに乗り込もうとした際、そのタクシーは若い女性に囲まれている状態に。そんな中タクシーに乗り込もうとした自分に、どこからともなく手紙が。タクシーに乗り出発してから見て手紙を見ると・・・ん?ファンレター?

 

ハイ、後にも先にも人生初の「ファンレター」でした。

書いた相手は高校生らしい人。連絡先も書いてありましたが・・・その時の自分は何もわからないので、何のリアクションもしませんでした。まぁ普通は特にしないのかもしれませんが・・・

 

ただ人生で「女性に取り囲まれる」経験は、この時だけ。

今思えばこれが人生最大の「モテ期」だったのでしょうね。あれから今日まで、女性に取り囲まれることはおろか、女性との関わりはゼロ。まぁその時の自分は周囲から見たら「子ども」なので、単純にチヤホヤされていただけなのでしょうね。

 

今となっては、モテ期はもうやってこないでしょうね。

純朴だった当時12歳だったこの子も、今年47歳・・・独身の中年オヤジです。

 

今思えばモテ期は〇歳

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いつもは終わった時に書いていたのですが、今日は最初に。

今日は相談支援従事者現任研修の初日でした。今回も「受講者」ではなく「ファシリテーター」として参加です。本来なら自分も今年から5年間の間に現任研修を受けないと相談支援専門員の資格が失効してしまうのですが、今回は受講せず別の形で受講を考えています。なので今年もファシリテーターとして参加です。

 

現任研修は既に始まってきて、今日は対面研修の最終グループ初日。

何グループかに分けて順次開催しているのですが、今回自分は対面研修での最終日程のグループなので、珍しく研修初日に書くことにしました。

 

今回も事前に準備をして参加している自分。丸腰では参加できません。

昨日はじっくりと研修の内容を確認し、グループワークの進行も自分なりにシミュレート。去年と変わった部分もあるので、その部分も確認して研修に臨みました。研修の初日は自分も緊張していますが、参加する受講者もある程度は緊張していると思います。なので自分の大した面白くもない話でアイスブレイクしながら、今日のグループワークに備えました。

 

対面研修初日で行うグループワークは「グループスーパービジョン」。

それぞれが関わっているケースを元に、自身の業務の振り返りをしましょう、と言うのが今日の大きな目標。そのために受講者は事前課題が出され、関わっているケースを1つ持ち寄り、その中から見えてくる「日々の関わり」を振り返る中で業務における自身の「気づき」をしてみましょう、と言うのがテーマです。

 

で、どうしても混同してしまうのが「事例検討」。

事前に配布している資料にも「事例検討ではありません」と言っているのですが、どうしても「実際に関わっているケース」を持ってくると事例検討と考えながらケースを持ってくることが多くなってしまいます。

 

「事例検討」と「グループスーパービジョン」、その違いがわからないと言う声も。

すっごく端的に言ってしまえば・・・「事例検討」は持ってきた事例を深めその事例に対する支援策・対応策を考えていくもの。一方「グループスーパービジョン」は持ってきた事例を元に支援に対する自分の気づき・振り返りをしていくものです。なんか似ているように聞こえるかもしれませんが、事例検討の主役は「事例にある利用者」で、グループスーパービジョンの主役は「支援者」で、主役が違うのが大きな違いです。

 

「グループスーパービジョン」と言うから、なんか複雑なのでしょうか。

単純に「グループ」と言う言葉を外せば、「スーパービジョン」になりますね。じゃスーパービジョンは何なのかと考えると、スーパーバイズを受ける人(スーパーバイジー)が自身の学びを深めていくもので、それをグループで行うから「グループスーパービジョン」になるわけです。特にグループスーパービジョンでは他に参加している受講者もスーパーバイズの担い手(スーパーバイザー)になるので、スーパーバイズの3つの機能(管理的・教育的・支持的)の支持的機能(ピアスーパービジョン)にもなっていきます。

 

ここまで話せば、事例検討とグループスーパービジョンの差がハッキリしたと思います。

今日の研修におけるグループワークでも、このことを結構耳タコになるくらいまで話していました。今まで参加した研修では、どうしても事例検討に流れてしまうのでその修正作業が結構苦労していました。そのため今回は本当にその部分を強調しながら進めていきました。

 

その甲斐あってが、今回はあまり事例検討にならずに済んだ気が。

持ってきた事前課題を見て「あぁ、ケース検討したいのかな」と感じるようなものもありましたが、そこはケースを深める中でスーパービジョンの方向に流していったので、多少は事例検討の要素を薄めてグループスーパービジョンに持って行けたかなと思います。

 

もっとも、今回から受講者が少し変わったこともあるかも。

前回までは経過措置で相談支援に従事していない人も参加できたけど、今回は実際に従事していることが受講の対象者になったので、そう言った意味では現場で仕事をしている共通言語が一致しているために大きな脱線もなく済んだのかもしれません。あとは・・・ファシリテーター3年目になると、事前準備をしているとはいえ要領を得るようになったのかもしれません。

 

前にも書いたかもしれませんが、正直受講者として参加するより勉強になります。

自分も受講者の話を聞いて勉強になるし、毎年参加するから毎年勉強ができる。だから自分の中でも「相談支援専門員」としてのあり方をより理解していくような気がします。そもそそ「ファシリテーター」って言っていますが、そんな自分は大したことしていませんし、大したことを言える立場でありません。学びにお邪魔させてもらって、少しだけグループワークのリード役をしているだけです。なので1人職場の自分にとっては、ファシリテーターとしての活動も貴重な時間です。

 

受講者はこのあと現場実習。

今日のグループスーパービジョンを受けて、地域の熟練相談支援専門員からさらにスーパーバイズを受け、それをまとめて1ヶ月後の研修にやってきます。日々の業務の中大変ですが・・・実のある内容ですので、ぜひ頑張ってください!

自分の仕事は、障害福祉サービスを利用する人への計画作成。

すっごくざっくり話していますが、今更ここで書かなくてもどんな仕事をしているかは、このブログを読んでいただければある程度は理解していただけると思います。

 

ただ全ての人が障害福祉サービス利用のための計画を作っているわけではありません。

介護保険サービスを利用している人であれば、ほとんどの方はケアマネージャー(介護支援専門員)が作成したケアプランを元にサービスを受けていると思います。しかし障害福祉サービスの場合は、必ずしも全ての人に相談支援専門員がついているわけではありません。そういう人は「セルフプラン」といい、自分で計画を作成して障害福祉サービスを利用しています。ただ国は基本的に相談支援専門員がサービス等利用計画を作成すべきとの考えを持っています。(この辺のことを掘り進めると話が長くなるので、今日はこの辺で。)

 

実際、うちの就労継続支援B型でもセルフプランの方は何名かいます。

自分が入職してからセルフプランの人はだいぶ減り、自分からは全く積極的な働きかけをしていないものの、自然と自分に計画作成を依頼するケースも多く、今やうちのB型利用者の半分以上は自分が計画相談を担当しています。ただ中立性という点では他の事業所でやってもらうのが望ましいのですが・・・今は選べるほどの事業所もなく、他の事業所も「既にたくさん契約していて、受けられません」と言われている状態なので、現状としてはやむを得ない状態でもあります。

 

そんなうちを利用している、最高齢の利用者さんが大変になっています。

最高齢利用者さんでありながら、1年前まではカレーショップで商品の配達作業をされていた方。非常に元気な方で、当時は介護保険の「か」の字すら感じさせない、早急な必要性のない状態でした。そんな感じだったので、ケアマネージャーもなく、また障害福祉サービスもセルフプランで利用されていました。

 

ただご本人も「そろそろ引退したい」とのことで、作業の一戦からは退くことに。

それでも長くB型に通所していたため、作業から退いても通所は継続していました。きっとこの利用者さんの性格上、介護保険のデイサービスでは物足りなく安易に繋ぐのは得策ではないと考えていました。ただ精神科病院のデイケアには週1日通所していたので、B型と併用しながら利用していました。

 

でも作業を退いてから、少しずつ衰えの傾向も見えつつありました。

そんな様子が見えてきてからは、自分が別件で精神科病院のデイケアに訪問した際にこの方の情報交換もしており、デイケアの方からは「そろそろ介護保険のことも念頭にしても良いかもしれないですね」と意見交換もしていました。

 

そんな中、ある日この利用者さんから「動けない」との連絡が。

生活保護を受けている方だったため、既にご自身で生活保護の担当者に連絡もしており、色々と多方面と相談し救急搬送することとなりました。対応した救急隊員からは軽傷のような話もありましたが、結果的には圧迫骨折をしており入院となりました。

 

入院したことで医療につながりましたが・・・ここから今日の話につながっていきます。

この利用者さんは単身生活を送っている方なので、近くに身寄りは不在。弟さんもいるみたいなのですが・・・連絡も取れない状態。いわゆる「キーパーソン」になる方がいない状態です。さらにケアマネージャーも相談支援専門員もついていないので、支援機関がほぼない状態。その結果、継続的な関わりのあるB型がサポートすることになりました。

 

いや・・・「なりました」ではなく「ならざるを得ない」です。

ご本人と連絡が取れるのはB型で、関わりがあるのもB型。病院もケースワーカーはいるものの、色々と相談しても「それはちょっと・・・」という感じ。さらに今住まわれている家賃の問題もあり、どうやって支払うかということも。単身生活かつキーパーソンがいないが故に、起きている問題。そんな問題が山積してきた状態だったため、親方様(B型の管理者)とアパートの大家さんが一緒に市役所に相談に行くことに。目指したのは高齢関係のこともあるので、高齢福祉の窓口へ。

 

しかし・・・その反応は大変悪かった様子です。

親方様が帰ってきて開口一番「キレてしまいました」とのこと。どうやら何を相談しても「関知できません」や「知りません」の答えだったとのこと。相談してもその相談に乗ろうとすらしない態度に、堪忍袋の緒が切れてしまったみたいです。

 

うちの親方様、分からず屋に対してはあからさまに不機嫌になります。

そう、以前もそんなことを書きましたよね。病院のカンファレンスに行って今後のことを考えていこうとしているのに、一方的に親方様側に非があるような言い方をされかなり不機嫌になったことも。その時は自分もいて、自分がカンファレンスの開催主だったので自分が火消し役になりましたが・・・今回は誰も火消し役がいない状態。「あー・・・」って感じです。

(以前のカンファレンスの「不機嫌」は、こちらをご参照に。)

 

まぁ市の返答もわからないわけではないのですが・・・

ただ困っているから相談に行ったのに、その相談すら乗ってもらえない態度だと、怒りたくなる気持ちはわかります。別に何かやってくださいとお願いしに言っているわけではなく、どうしましょうと相談をしたいだけ。にもかかわらずその姿勢が見えないと・・・市民が同じような相談をしても同じ態度なのでしょうかね。

 

ちなみに一緒に同席していた大家さんは、その様子にこんな一言を。

そういう時は、議員に言いに行くのが一番だよ!

 

あぁ・・・そうですよね、議員ですよね。

市役所の職員、議員には弱いですからね。やっぱり、市民はそういう考え方なのかぁ。我々としてはそう簡単に議員にチクリに行くのも気が引けますね。変にこのことを市政実績にされるのもちょっと・・・ですしね。

 

何はともあれ、さあどうするか。

あ、ちゃんと考えてくれる市の職員さんもいるのは知っていますよ。でも人によってはこういう対応をする人も・・・いわゆる「お役所対応」ってやつですよね。また策を考えていく必要がありそうです。あ、あと親方様1人で行くと、火消し役がいないので・・・そういう時は、やっぱり自分も行くようになるかもしれません。

ここでも何度かネタにしていますが・・・覚えていないです。

ポストカプセル

 

どうやらこの頃の自分は「かいしゃのしゃちょう」になりたかったらしいです。

学年のところに「1」と書いているので、小学校1年生の時に書いたものらしいです。すみません、すべて「らしい」で・・・あと「かいしゃのしゃちょう」って職業じゃないですしね。

 

いやぁ、覚えていないんですよね。

昭和61年は西暦で1986年で、これが届いたのが多分2001年なので、15年後の自分に宛てたものなのでしょう。あと21世紀を迎えた自分に対して。

 

でも良く考えたたら、この手紙が届いたのは奇跡ですよね。

15年後ってそこに住んでいる可能性は保証されていないし、きっと「宛先不明」で戻ってきた手紙も結構あったんだろうなぁ・・・と思って調べたところ、92.5%は配達できたみたいです。色々と事前に広報して住所変更届も受け付けたみたいです。

 

そんなことを全く覚えていなかった自分は、ただただ「何か来た」って感じ。

自分の場合は15年経っても実家暮らしで、実家の住所も変わらなかったので普通に届きました。でも・・・覚えていなかった自分は「こんなこと考えていたんだぁ・・・」って感じですね。

 

じゃ今も「かいしゃのしゃちょう」になりたいか・・・

なりたくありません。そもそも、そんな器の人間ではありません。経営センスもありませんし、リーダーシップもありません。そんなことをわからない当時の自分は、なんとも恐ろしいことを簡単に宣っていましたね。自分ながら怖いです。

 

そんな今の自分は、相談支援専門員で、事業所の管理者。

あ、社長ではありませんが管理者ですね。まぁ管理者と言っても「1人職場」なので、部下はいません。自分の代わりになる人もいないので、すべて自分の責任のもとで仕事をしています・・・が、あくまで「1事業・1部門の管理者」なので、実際に1人ぼっちで仕事をしているわけではなく、むしろ他の職員に助言をしながら仕事をすることに。これも形だけの「1人職場」ですね。法人としての仕事もしていますし、本当に多岐にわたって仕事をしています。

 

実際に子供の時になりたい職業に就いている人って、どれだけいるんでしょうね。

実現している人はなかなかいないんじゃないのかなと思いますが、自分の小中学校時代の友人は見事に実現していますね。彼は小さい頃から電車の運転手になりたい夢を持っていて、高校も鉄道専門の高校に進学。JRを希望していて高校の時に就職できないと、夢を諦めないために専門学校へ進学。その上で希望するJRに就職し、子供の頃になりたかった職業に就いた友人の信念には敬服です。そこだけは自分には敵わないものです。

 

そんな自分も、小さい時に福祉の仕事に就くなんて思っていなかったでしょう。

大人になってからもまさかこの仕事が一生の仕事になるとは思っていませんでした。途中体調を崩して仕事を辞めた時に「2度とこの仕事に戻らない」と思っていたのに、結果的に同じ仕事に戻ってきた自分。多分自分はこの仕事しかできないと思います。できないからこそ、東京都の研修にファシリテーターとして協力したり、できる限り研修に参加して自己研鑽を積み重ねたりしているのは、自分なりに覚悟を決めてやっていこうとしているのかもしれません。

 

子供の時のなりたい職業

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前回、物価上昇でカレーショップの営業に影響が出ていることを書きました。

その中で平均工賃の話もしましたが、就労継続支援B型の報酬は「いかに利用者さんに工賃を支払っているか」を評価して報酬が支払われています。

 

この背景には就労継続支援B型の工賃の低さが挙げられていました。

以前は職員配置の体制と利用者の定員によって基本報酬が決められていました。しかしこの体系では高い工賃を支払っている事業所も低い工賃の事業所も同じであることに疑問が呈されていました。また低工賃の事業所が多く目立っていた現状もあり、現在のような平均工賃の支払額による報酬体系に変更されました。

 

ただ、正直この報酬体系が良いのか・・・というと、疑問です。

もちろん高工賃を支払っている事業所を評価する仕組みは大事だと思いますし、それは適切に評価されるべきものだと思います。一方で「工賃の低い事業所の報酬は低く」という考え方が適切かというと、それは違うのではないかと感じます。

 

現在の報酬体系が導入される前、一般的な就労継続支援B型の報酬は1日584単位でした。

これは定員20名で職員配置(利用者:職員の比率)が7.5:1の事業所に適用された報酬で、定員が多い事業所や職員配置が10:1の事業所の場合はこの報酬より低くなっています。

 

現在前年度の平均工賃が1万円以下で上述と同じ規模施設の報酬は、1日537単位です。

1単位=10円の考え方は基本的に変わらないので、以前に比べると47単位下がっているので、単純に1日あたり470円減額されています。(1単位=10円は地域差を考えて1番低い場合で、東京23区の場合は11円になります。ただ今回は計算を単純にしてわかりやすくするため、10円としています。)

 

1日470円の差と言ってしまえばば小さいように感じますが・・・

これが1ヶ月になれば9400円になります。これは1人あたりで、定員20人規模になると18万8000円になります。年間にすれば225万6000円になるので、大きな金額になります。また当時と比べ現在は物価が上昇していますのでその影響は多大なものになります。

 

もちろん基本報酬だけでは成り立たないので、そこに加算報酬も入れます。

でも何でもかんでも加算が取れるわけではないので、加算がもらえるのも限度があります。ですから加算がついたから劇的に変わる・・・というものではありません。

 

以前に東京都の就労継続支援B型における平均工賃の分析を書いたことがあります。

 

この時に書いたのは、障害種別ので平均工賃の違い。障害種別に見た時に

・身体障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は14,047円

・知的障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は18,426円

・精神障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は10,822円

・障害種別を問わない、複数の障害種別を対象にした施設の月額平均工賃は15,388円

 

というものでした。これは令和3年度のもの。

で、先日令和5年度の平均工賃を計算してみました。すると、次のようなものでした。

・身体障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は23,595円

・知的障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は23,794円

・精神障害の方だけを対象にした施設の月額平均工賃は20,715円

・障害種別を問わない、複数の障害種別を対象にした施設の月額平均工賃は21,610円

 

令和3年度に比べ平均工賃額が上がっていますが、これは平均工賃の計算方法が変わったため。以前は純粋に1年間に支払った工賃金額を支払った人数で割っていましたが、今は支払った工賃金額を年間の事業所開所日数と延べ利用人数とそれを12で割る方法で計算しています。以前に比べ平均工賃が上昇しているように見えるのは、それが理由です。

 

が、それでも精神障害の人の平均工賃は他に比べて低いです。

平均工賃の計算方法が変わって若干の是正・差の縮まりは見られますが、それでも平均工賃差は以前として存在しています。既に以前の記事で、障害特性の違いにより同列に見ることができないのではないか、ということを書いています。精神の人が継続して長い時間仕事をすることは結構大変なことで、一般就労をしているのであれば別ですが、それが難しい人が集まって作業をしているのですが、不安定さが出てくるのは当然ではないかと思います。

 

また平均工賃の高い事業所について考えれば、そこから就労に結びついているかも評価のポイントではないかと思います。平均工賃の高い事業所がそれを維持するために結果として利用者さんを就労に向けられないのであれば、それは見方を変えれば「工賃を稼げる人を囲い込んでいる」とも見られかねません。高い工賃を得られるのであれば、一般就労に向けてさらに高い収入を得られるようにすることのほうが、障害者も所得から税金を納める人にすることで国の財源を確保するためには有利なことではないかと思います。要は事業所の中だけに留めるのではなく、社会で貢献してもらうことのほうが大きな意味のあることだと思います。

 

なので、既に国としては一般就労に向けた取り組みの評価を行なっています。

高工賃の事業所であれば、単に高工賃だから報酬を高くするだけでなく、さらにそこから一般就労に結びつけたことを大きく評価することのほうが「高工賃事業所の評価」として適切ではないのかと感じます。それができない事情があれば、それこそが1つの課題だと思います。例えば「保護的環境だからできるけど、一般就労ではそれが困難」というのであれば、それも歴とした理由ですから、そこに社会課題として焦点を当てる必要があるのではないかと思います。

 

低工賃の事業所にはそれなりの理由があるように、高工賃の事業所も単純にそれでよし・・・という訳ではないようにも思います。そう考えたとき、平均工賃の一軸で報酬の評価をすることが適切なのか、と思います。もし評価するのであれば平均工賃は評価軸の1つであり、多面的な評価から考えていく必要があるのではないかと思います。正直、障害福祉施設の運営は非常に大変で、常にギリギリの状態です。よく「福祉ビジネス」なんて言葉も聞きますが、普通に事業をしていたら余るような黒字なんか出ません。

 

労働者の収入をあげていく、と国は一生懸命になっていますが・・・

でも公定価格が決められている福祉事業は、国が言っているような収入増加なんかできませんよ。だって、賃上げ相当分の報酬転嫁がされていないんですから。処遇改善手当なんて、全ての福祉事業従事者に支払われるものではないのですから、結果的にそれは事業所の負担になるだけのことです。それでもって「福祉人材が足りない」って・・・そりゃそうだよ、って思います。だって必要な手当てをしていないんだから。いつも言っていますが・・・国がどれだけ「本気」なのか、見せて欲しいものです。

お米の価格が下がりません。

単純に物価だけではないのかもしれませんが、1年前と比較したら倍近いですから。

 

別に個人で考えれば、自宅でそんなにお米を炊いていないので、さほどです。

しかし仕事として考えると・・・これはとんでもない影響です。何故なら・・・カレー屋だから。

 

うちの就労継続支援B型での作業の1つが、カレーショップ。

カレーショップは自分が就職する前から続いていた作業。小さいながらも地元では知っている人も多いお店になっています。

 

カレーを販売しているので・・・お米は必要ですよね。

ルーだけの販売もしていますが、基本的にはルーとご飯はセット。なのでお米のないカレーは考えられませんよね。ナン🫓でも作って販売すればまた違うのかも知れませんが・・・うちにナン🫓を焼く釜はありませんし、スペース的にナン🫓を焼く場所もありません。

(一部のお客さんからは「ナン🫓待望論」もないわけでもないのですが・・・)

 

でもそう簡単に値上げもしにくいのが現実。

すでに自分が入職してから1度値上げはしているのですが、そこからさらに値上げは・・・いくら地元で知られているとはいえ、お客さん離れをどうしても感じてしまいます。一方で他の職員からは「早急な値上げは必要」との声もあります。

 

いや、普通に考えれば「値上げ」だと思います。

今の物価を考えれば、うちのカレーは他と比べたら高い方ではないと思います。うちの規模のカレー屋がうちと同じ価格で販売するのは・・・多分、潰れちゃうかもしれません。うちだから・・・というか、就労継続支援B型としてやっているから辛うじてやっているのだと思います。

 

とは言え、お米の価格が下がらなければ値上げもやむなしです。

やむを得ない・・・のですが、その結果お客さんが減って売り上げが落ちる可能性があることを考えると・・・とても怖いです。前回の値上げ時は思ったよりも影響は少なかったのですが、今回はちょっと影響が大きそうな予感がしています。

 

売り上げが落ちることで何が怖いかって・・・利用者さんに支払う工賃です。

もっとも、利用者さんにもっとたくさん工賃を払うためには値上げをして理解が得られれば良いのですが、値上げはお客さんにとってシビアに受け止められるものですから、もしそこで下がってしまったら利用者さんへの工賃支払額も下がります。

 

支払額が下がると・・・結果的に、事業所としての平均支払工賃も下がります。

平均工賃が一定額より下がると・・・国からもらえる報酬が減ります。報酬が減れば、事業所の運営も厳しくなります。つまり物価高は事業所自体の運営にも大きな影響を与えるものであり、報酬の基準が「利用者に支払った平均工賃」に由来している以上、工賃が下がる可能性のあるリスクは取りにくいのが実情です。うまくいけば上がる・・・かも知れないけど、上がったとしても報酬に影響するほどの上昇にはなりません。結局、リスクの方が大きいんですよね。

 

利用者さんにもっと工賃を払いたいのは、当然のことです。

物事に「絶対」がないのは十分に承知していますし、やってみないとわかりません。でも今自分が感じるのはリスクの方が多く見えてしまい、値上げしたことに対するプラスの効果の方が少なく見えてしまうのが現実です。

 

話題はそれますが、随意契約した備蓄米があっという間に市場に流れました。

今まで入札して落とされた備蓄米がいろんな理由で市場に流れない話をしていましたが、随意契約にしたらこんなにも早く流れている現実。やろうと思えばできるってことですよね。随意契約が良いとは言いませんが、やろうと思えばできることが明らかになった中で、今までのお米が流れないのは何故なんでしょうね。専門的な理由があるのかもしれませんが、国民としては後から放出されたお米が先に流れている現実がある以上、納得できる理由がないと理解できませんよね。それだけお米は大事なんですよね。

 

お米の物価が下がれば、多少は変わるかもしれません。

1年前と同じ水準に戻して欲しいとは言いませんが、せめて5キロ 2500円から3000円程度になってもらえると良いんですけどね。

 

物価上昇について思うこと

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先日厚生労働省で「障害者の地域生活支援も踏まえた障害者支援施設の在り方に係る検討会」が開催されました。経緯を話すのは面倒なので厚生労働省の資料に任せますが、この検討会が開催される背景には、令和6年度の報酬改定検討チームにおいて「施設入所支援」に関する議論において「地域移行への取り組み」について盛り込まれた中で、施設入所支援を行う「障害者支援施設」の在り方についての議論が提起されたことにあります。

ちなみに報酬改定検討チームでは通例1つのサービスについては1回の検討ですが、今回施設入所支援については延べ3回実施されました。

 障害者の地域生活支援も踏まえた障害者支援施設の在り方について

 

今回提示された資料には議論の経緯なども記されいます。

その中で地域移行を踏まえた障害者支援施設の在り方の調査研究結果も書かれており、施設において次の取り組みの実施が地域移行の実績との関係性があったとされています。

・ 建物外での活動

・ 地域で障害を支える体制づくりの実施

・ 地域生活支援拠点等の実施

・ 社会生活能力習得のための取組

・ 住まいの場確保の取組

・ 地域移行に向けて利用者の意識を高めるための取組

・ 家族の理解を得るための働きかけの取組

・ 脱施設化ガイドラインの取組

これらの取り組みは地域移行には必要な取り組みだと思います。

これは障害者支援施設に限らず、精神科病院における地域移行においても必要なことではないかと思います。

 

一方で、これらの取り組みをすれば地域移行ができるかというと・・・

それに関してはやや懐疑的に思う部分もあります。どんなに施設・病院や関係者が地域移行に向けた取り組みをしても、それを受ける地域の整備がなければ難しいものであると感じます。

 

もちろん取り組みの1つに「地域で障害を支える体制づくりの実施」がありますが、現実にはこれがうまくできる部分が少ないのではないかとも感じています。また「家族の理解を得るための働きかけの取組」についても関連があり、家族が地域の中で受けてきた経験が元になり「施設で最期まで見てほしい」という思いも生まれているのではないかと思います。

 

事実、地域の中で理解が進まない背景には障害者に対する偏見があると思います。

仮にYahooコメントの声を「小さな日本社会の縮図」と考えるのであれば、そこに出てくる社会的弱者に対するコメントは非常に辛辣なものがあります。障害者が事件を起こせば「社会に出すな」のコメントに溢れ、生活保護を受けている人が生存権を求め裁判に出れば「そんなお金があるなら働け」など、我ごとと考えないようなコメントが溢れます。そこに擁護する意見が出ようものなら大きな反発も起きます。

 

そんな現状を当事者家族が目にしたら、そもそもの気持ちが折れてしまいます。

社会がこんな状況の中で障害のある我が子を地域の中で・・・なんて言いにくい状況だと思います。障害が重くなれば、その気持ちは強くなることも容易に想像でき、結果的に「施設で我が子を・・・」という考えになることも想像に難くありません。

 

ただ地域移行が進む場所では、地域住民の理解が進んでいるのだと思います。

地域全体で障がいのある人を支える土壌が育っているからこそ、施設からの移行が進められるのだと思います。また障害者を受け入れる社会資源の整備が進んでいることも地域移行が推進できる環境ではないかと思います。

 

つまり施設だけの力では限界があり、協働していくことが必要だと思います。

それは自分の業務である相談支援専門員も同じで、いくら地域移行に関する立派なプランを立てても、それを実現できる人や環境がなければ「絵に描いた餅」でしかありません。どんなことも福祉関係者だけでは進められず、地域や行政が一体となって進めることが重要になると思います。

 

またそのために伝えたいことがあっても、地域で聞く耳がないと難しいです。

特に最近は地域における関係性の希薄や異質なものに対する排除・排斥なども強くなっているようにも感じます。精神障害を持つ人に対しても無理解であるために「精神障害者=怖い人」の考えから、伝えるまでのスタートラインに立ってもらえない現状もあるように感じます。

 

もちろん何でもかんでも「理解してください」は虫のいい話だと思います。

でも、せめてスタートラインに立ってもらえないと話の余地すら与えられない状態であり、その機会は欲しいと感じます。対話なくして、理解は進まないのではないかと感じます。関心のある人はこういう場を設けなくても率先して理解に走りますが、多くはそうではありません。だからこそ、まずスタートラインに立って、それから考えて欲しいと感じます。

 

障害者の地域移行は施設だけでなく、社会全体で取り組むもの。

事業者任せではなく、国が強くバックアップしていくことも大事なことです。そして検討会が言いっぱなしの「机上の空論」に終始せず、その内容を責任もって展開していくことが必要ではないでしょうか。

 

計画相談支援の中心になるのは、ご本人であることは言うまでもありません。

しかし自分たちが接するのはご本人だけでありません。時には関係者間で調整をすることもあり、様々な役割が求められます。

 

そんな中、今月のモニタリングでご本人以外からの話を中心に聞いたケースがあります。

その相手は、ご両親。支援の中心にいるのはご本人ですが、それを支えるご両親の存在は決して無視することのできないものであります。

 

今回はご両親にフォーカスを当てて話を聞きました。

その理由は、ご両親が抱いているグループホームへの不満。不満というか、ご両親の思いとグループホームの意疎通ができていないんです、結論から言うと。

 

ご本人がグループホームに入居したときは、非常に円滑でした。

入居にあたっても丁寧に準備をした上で入居をしたので安心していました。しかし時が経ち、入居時に対応した担当の方が退職され、新しい方が担当することに。これが今回の始まりでした。

 

ご両親・・・特にお母様は色々と不安になりがちの方です。

ですので前任の担当の方が退職されるときは今後について心配されていました。前任の方がいなくなった後もお母様はホームに連絡をしていたのですが、しばらくの間はその窓口となる人が不在の状態でした。ここにお母様が不安を感じます。

 

その後新しい担当者が決まりますが、なかなかお母様と意思疎通ができません。

また当然なのかは分かりませんが、新しい方が担当になっても事業所の方には何の連絡もなし。自分の方も連絡をしたい部分がありましたが、音沙汰がなくそれができませんでした。ただお母様から担当者が決まったとの情報があったため、一度その担当者を交えた担当者会議を開催することに。

 

でも担当者会議が開催される前から、お母様の不安はさらに蓄積。

一番の不安は「連絡できない」ことで、お母様が担当者に伝えたいことが伝えられないとのこと。またお母様自身が担当者の方に恐怖感を持ってしまい、言いたいことが言えない状態とも話されていたので、その部分は自分が代わって伝えることにしました。

 

一方でグループホームの担当者としての言い分は「連絡が多い」と言うこと。

要はそんなにたくさん連絡してこないでほしいとのこと。片や「連絡したい」で、片や「連絡しないで」とのこと・・・全く噛み合いません。そんなこともあり担当者会議では、改めて支援の方向性やうまく意思疎通ができていない部分について調整を行うことに。でも・・・その調整をしている自分ですら「うーん、やりにくいなぁ・・・」と思う部分もありました。

 

担当者会議後しばらくして、今度はグループホームの担当者から連絡がありました。

内容は同じ「お母様からホームへの連絡を控えてほしい」と言うもので、本部まで連絡が行くので困るとのこと。とはいえ、こちらからお母様に「連絡を控えてくだい」と言うのはなんか違う気がするので、担当者の話は聞きつつもお母様の気持ちや性格・特性について改めてお伝えをしました。

 

まぁこんなことが続いており、先日はご両親揃ってグループホームへ。

そこでご本人の支援のことについて話をしたとのことでしたが、普段は温厚なお父様がその時はかなり強めの口調で話をしたとのこと。意外といえば意外ですが、お母様だけでなくお父様もグループホームの支援について色々と思うところがある様子で、別のグループホームの見学もされたくらいでした。最終的にはグループホームの転居は考えを思いとどめたものの、今のグループホームの支援には感じる部分が多いことを感じました。

 

じゃ今のグループホームは支援をしていないのか・・・というと、そうではなさそう。

話を聞く限りではご本人の特性に配慮しつつ必要な支援はされている様子でした。そのことは担当者の方の話からご本人の生活像が想像できるものであったため、必要な支援は展開されている様子でした。ただ、その肝心な支援の様子がきちんとお母様に伝わっていない部分も強く感じました。「連絡を控えてほしい」ことに対してもちゃんと丁寧に話せば理解できるものを、していないようにも感じました。

 

もちろん話をして行くためには、ご本人・ご両親の背景を理解する必要もあります。

ご両親もご本人の支援についてとても苦労されてきており、やっとの思いでグループホームに入ったのが今。その思いを無視してしまうのは、ちょっと乱暴にも感じてしまう部分があります。お母様が「言いたいことが言えない」と言うのも、状況によっては事業所側の対応で萎縮してしまうこともあります。

 

そんなこともあり、今回のモニタリング報告書は今までになく長文の内容に。

グループホームの担当者も「忙しい」とのことで時間も取れない状況みたいなので、ここは自分の言葉で長文の報告書を作成しました。またグループホームには改めてご本人・ご家族のことを理解していただくために、申請者の現状という個人の基本情報もお送りすることにしました。

 

相談支援専門員の立場としては、どちらの立場も理解できます。

だからこそ調整することはしますが、最終的にはグループホームとご両親がどれだけ意思疎通ができるかだと思います。こればかりは自分が何とかするというより、当事者同士がしっかり話できるかだと思います。先の「連絡を控えてほしい」ということも自分が仲介して話すのではなく、ちゃんと事業者がどのような目的でその必要があるのかを丁寧に納得してもらえるよう説明していく必要があるように感じます。

 

「丁寧」ということには、ご両親の思いや気持ちを受け止めることも必要だと思います。

支援の中心はご本人であることに変わりありませんが、その後ろには親御さんがいます。いかに親御さんが安心できるかも支援をする上では大事なことでないかと思います。どんなに頑張っても親御さんの方がこの世を先に去るのですから、いずれご本人がご本人の選択で生活を送る日はやってきます。でも親御さんも「自分がいなくなっても安心できる」という思いが見通すことができれば、それだけで違います。それがあれば支援や意思疎通もかなり違うのではないかと思います。

 

相談支援に調整機能が求められるのは理解します。

でも何でもかんでも相談支援が調整するのはどうなのか・・・少なくとも手を抜いてはいけない「意思疎通」は当事者同士の努力も必要じゃないかと感じます。

昨日、久しぶりにプライベートで新宿に行きました。

別のところで研修企画の打ち合わせがあったのと、愛用しているAirPodsが壊れてしまったので、近くにビックカメラがあったため行くことにしました。普段は地元や近くのビックカメラに行っているので、新宿のビックカメラに行くのは本当に久しぶりでした。

 

久しぶりに新宿のビックカメラに行った感想は・・・外国語ばっかり。

すれ違い人、ほとんど外国語を話ており「ここはどこか?」と思ってしまいました。福祉の専門学校に通っていた時も新宿に立ち寄ることが多く、その時は何も違和感なく過ごしていました。しかし今はいかに外国からの旅行客が来ているのかを実感しました。

 

今の自分にとっては特に何の魅力も感じていない都心。

魅力というか、特に何もないというのが正しいのかもしれません。ここでも書いていますが、子役をやっていた時から都心は普通に行っていた場所。新宿も普通に行っており、未成年であっても歌舞伎町には普通に行っていました。あ、トー横キッズ・トー横界隈ではありませんよ。

 

別に好きで歌舞伎町に行っていた訳ではなく、もちろん仕事です。

歌舞伎町の中に劇場があり、そこで芝居の稽古なども普通にあったので歌舞伎町を通っていくのは「必然」であること。なので当時の自分は基本的に「無心」で通り過ぎていました。

 

とはいえ、芝居の稽古は夜になることも普通にあります。

また芝居の本番は夜から公演も普通にあること。となれば終演も夜の時間。当然ながら日本一の歓楽街である歌舞伎町は、夜になれば色気もムンムン。お姉ちゃんがあちこちで立っているのは普通の光景でした。

 

未成年の自分は、こういうものとは関係ないもの。

しかし・・・時にはそんな自分に声をかけてくる人もいました。稽古帰り・仕事帰りに普通に歩いている時にお姉ちゃんがごくごく普通のセールスで声をかけてくることはありましたが、それは相手が未成年とか関係なく手当たり次第に声をかけているものなので、特別なものではありません。

 

でも中には、狙い撃ちで声をかけてくる人もいました。

そういう人はこっちを見ているので、すぐにわかりました。自分も警戒しながら歩くのですが・・・呼び込みの人も徐々に自分の方に距離を詰めてきます。手元を見えると。そこにはお姉ちゃんたちの写真。そして自分との距離が最接近した時、呼び込みの人が一言。

 

 お兄ちゃん、どう?

 

いや、俺未成年だから・・・

まぁそんなことをいちいち言うのは面倒なのでシカトしていきましたが・・・当時16歳だった自分は、その呼び込みの人からはいくつに見えたのでしょうね。未成年とわかりながら声をかけていれば、それは完全なアウト。でなければ・・・実年齢より高く、成人年齢と見て声をかけてきたと考えるのが普通でしょうか。今から30年以上も前の話。

 

そういえば子役の仕事で衣装としてジャケットを着た時に、同じ子たちからは・・・

 

 あ、タクシーの運転手さんだ!

 

なんて言われたこともありましたね。「オッサンだ」ということですよね。

また体格も良かったので「恰幅の良いドライバー」になった訳ですよね。おまけにその時に着た衣装のジャケットは緑色。うん、東京無線・・・余計にタクシードライバーに見えますよね。

 

今となっては、そんな若い頃に戻れればと思いますよね。

苦労はしたけど、今と同じ気持ちと考えを持っていれば、もう少し人生が変わっていたかもしれませんね。

でも実年齢より大人に見られることは、変わらないのかもしれませんけどね。

 

実年齢より大人に見られた

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一言に「相談支援」と言っても、色々とあります。

障害福祉における「相談支援」というと「基本相談支援」「計画相談支援」「地域相談支援」の3つが大きなものと言えるかもしれません。(ちなみに厚生労働省では居住サポートや成年後見制度利用支援も相談支援に含んでいますが、今回はわかりやすくするために、この3つに絞りたいと思います。厚生労働省の考え方については、下のサイトを参考にしてください。)

 

「基本相談支援」は、相談支援の基本になります。

様々な相談支援に入る入り口みたいなもので、障害福祉サービスの利用に関わらず、障害福祉に関する総合的な相談対応をしていきます。当然ながら他機関に繋ぐ必要があるときはつなぎますし、この後触れる「計画相談支援」が終了しても相談体制が必要な場合は、この基本相談支援で対応することになります。(ただし「基本相談支援」そのものに対しての報酬はありません。そのため多くの自治体は「委託」と言う形で相談窓口を設置する形をとっています。)

 

「計画相談支援」は、今自分がやっている業務です。

ここでも書いている通り、障害福祉サービスを利用するために必要なサービス等利用計画を作成したり、その後のモニタリングの実施、必要があればサービスの利用調整を行なっていきます。基本的には書類作成としての関わりが大きいですが、実際には面談を実施したり必要があれば見学同行や受診同行も行います。「書類作成」と言いつつも、実際はかなりフットワークが必要な業務になります。

 

そして「地域相談支援」は障害を持つ人が地域生活を送るための相談支援になります。

地域相談支援は2つに分かれ「地域移行支援」と「地域定着支援」があります。「地域移行支援」は障害者施設や精神科病院などに入所・入院している障害者を対象に、退所・退院を目指した支援を実施し地域社会の中で生活を送れるよう橋渡しを行なっていきます。そして必要な人はその後の「地域定着支援」で安定した地域生活を目指していくとともに、常時の連絡体制を整えることで地域生活を支えていく支援になります。

 

前振りが長くなりましたが・・・今日は地域移行支援の話。

自分は計画相談支援のみを事業としているので、地域移行支援に直接携わることはありませんが、地域移行支援を利用するためにはサービス等利用計画で「地域定着支援」のサービスを位置付ける必要があります。そのため地域移行を目指す方には「地域移行支援」とセットで計画相談支援も必要になるため、その方のための計画作成として間接的に携わる形になります。

 

そんな自分に地域移行の話が来たのは、昨年8月ごろのこと。

市役所から「市内の病院で地域移行を目指す人がいるけど、計画相談で入ってもらえるか」と言う打診があり、精神障害の方であったため対応することに。で、11月に関係者が集まっての支援会議が開催されました。その時はまだ正式に計画相談の契約はしていないので、あくまで「今後携わる可能性のある人」と言う立場で参加しました。

 

正直この時は、そんなに気負い感はありませんでした。

市としても地域移行先がどこになるかわからないとのことで、もし市外に地域移行した場合は市外移行先の計画相談に移していくとの考えであったため、本当に側方的な感じて考えていました。実際に支援会議にご本人と正式に契約。同時に地域移行支援を担当する事業所とも契約し、地域移行担当事業所の相談支援専門員が支援にあたっての説明を実施し、スタートすることになりました・・・

 

のですが・・・現状、何も進んでいません。

進んでいないのには、色々とやむを得ない事情があり、地域移行を担当する相談支援専門員さんが体調不良で支援ができなかったり、ご本人自身も体調不良でそれどころでなかったり・・・と様々な事情で進捗がありませんでした。

 

さらに3月いっぱいで病院側の担当者が退職。

進捗状況の確認のために電話をしたところ、その事実が発覚。引き継いだ方も何となくはわかっても、詳細な事情はわからないとのこと。その状況は市にも報告しするとともに、個人的には「このままの状況はあまり良くないなぁ・・・」と感じていました。

 

そこで今日、自分が病院に出向き情報のすり合わせを行いました。

病院の方も記録としての情報はあると思いますが、担当が変わったばっかりでご本人との関わりはほぼない状態。自分もそんなに濃厚な関わりはしていませんが、少なくとも多少はご本人の人となりを見ているので、自分の印象なども含めて話をしました。さらにここまで何も進んでいない現状に対し、ご本人はどのような思いなのかを確認する必要もあると考え、面会も実施しました。

 

面会前、地域移行への気持ちが落ちてないかと気になっていました。

ただ実際にご本人と面会をするとそう言うわけではなく、地域で生活を送りたいとの気持ちはしっかり持たれていました。以前は「体調が良くない」と話されあまり積極性を感じなかったのですが、体調が良くなってきたことと気になっていた身体的疾患に目処がついたこともあってか、以前より前向きな様子でした。また自分の感覚的に表情も良くなっており、コミュニケーションも以前よりはかどる印象でした。

 

市としては「地域移行を延長する根拠が・・・」と話していました。

ただ今日実際に面会したことで、ご本人の気持ちがある以上延長する根拠はあると感じました。市としては地域移行を行う事業所からの報告が欲しいみたいですが、今回は自分からも報告をまたあげるほうが良いと感じています。また病院の担当する方も、改めて仕切り直しのカンファレンス開催に向けて調整をしてくださることになりました。

 

恥ずかしい話、主導権は地域移行支援に渡して、自分はそれに後追いのつもりでした。

でも現状をそのまま指をくわえて見ているのはちょっと違う・・・との思いもあり、直接的な支援にはならないけど何か動ける部分はないだろうかと模索しての行動でした。そもそも自分自身も地域移行のケースがないため、どのようにアプローチをしていくかも手探りの状態です。

 

とはいえ、何もしないのは違うと思っている自分。

だから計画相談の立場としてできることをやってみよう・・・と思い、計画相談支援の基本に立ち戻り「調整」をすることに。実績を作りたいと言うわけではありませんが、ご本人の思いがあればなんとかそれを形にしたい思いはあるので、そのために今の自分の中でできる限りのことはやっていくことが、計画相談としての「地域移行支援」なのかなと感じています。