小学生の時に「特殊なこと」(子役)をしていたのは、すでに話した通り。
思い出というか、今でも忘れないことです。
小学校の卒業をあと1ヶ月と控えたある日、担任の先生に報告に行きました。
内容は、卒業式の時は広島にいる、と。
子役の仕事はエキストラから役付きの仕事まで様々。
役付きの仕事になればオーディションもあり、オーディションに合格して仕事をもらうことができました。自分も同じことをしており、オーディションを受けては落ちてを繰り返していました。
そんなある日、児童映画のオーディション(児童文学作品)を受けていました。
最初はたくさんの人がオーディション会場に来ていましたが、自分は何度も呼ばれることに。次第に会場に来る人が少なくなり、そして来る人は固定されることに。固定した人が繰り返された時に、オーディションの合格を告げられました。
その後はリハーサルを繰り返す日々。台本も覚えました。
一緒に出演する人(当時は友達程度の感覚だったかも知れません)とも仲良くなり、いよいよ撮影となる時に、撮影は全編ロケで行い、原作のモデルとなった広島で撮影することになりました。
ところが、撮影期間は春休み中に撮るとのこと。
春休みと言っても自分は6年生だったので卒業生。ここで上がったのが、卒業式はどうするかという問題。もちろん一生に1度のことなので、当時所属していた劇団の人や制作会社とも相談し、卒業式前日に帰郷して卒業式には参加、参加したあと再び広島にトンボ帰りして再び撮影に参加、という流れになりました。
で、そのことを担任の先生に報告。理解ある先生だったので、その辺は大丈夫でした。
ただ次はこのことをどうやってクラスに伝えるか。卒業式といえば「呼びかけ」が恒例になっていましたが、当然ながら呼びかけの練習には参加できないので、自分は呼びかけに参加しないことに。でもそのことは他のクラスメートには話さなければいけないので、それをどう話すか。
最初は全員の前で「事情があって、広島に行くことに・・・」と話す自分。
すると先生から「ちゃんと話しなさい」と言われ、ありのままに話すことに。その頃には自分が子役の活動をしているのはみんな知っていたので、変に隠すことなく話すべきと先生は考えたのかも知れません。
そんな訳で、卒業式の1週間前から映画撮影のロケに出発。
ひたすら撮影をしたあと、卒業式前日まで撮影。前日は終電の新幹線に乗って帰郷し、自宅に戻って来たのは深夜。そして翌朝になり、友達と一緒に最後の登校。卒業式を終えて少し家でゆっくりしたら、再び広島へ向けて出発。流石にこの時はちょっとだけホームシックになりました。
と、小学校のときはこんな卒業式を迎えていました。
ただ・・・話はこれで終わりではなく、次の中学校入学までつながります。当初は卒業式はこんな形だけど、入学式はちゃんと出れますという話でした。
しかし・・・ロケにはつきもの、天候の影響を受けました。
順調に撮影が進んでいればちゃんと終わっていたのですが、雨による撮影中断が多くなり、撮影のスケジュールも押してくることに。次第に「入学式に出れるのかなぁ・・・」なんて思いがよぎっていましたが、撮影はなかなか進まない状態。
そしてその予感が的中・・・入学式、出れないことが決定。
卒業式も一生に1回だけど、入学式も一生に1回のこと。さらに最初のスタートの段階だけに、いきなり欠席はかなりのインパクト。入学式に出られないのは残念だけど、それ以上に考えていたのは「いきなり目立つなぁ・・・」ということ。できればあまり目立ちたくなかったんですけどね。
さらに、追い打ちをかける出来事が。
ちょうどこの映画のロケ中に母親が広島に来ることがあったけど、その時に母親がある「みやげ」を持ってくることに。それは・・・夏休みに舞台の仕事が決まったとのこと。自分でも忘れていた舞台のオーディションに合格し、夏休みは丸々舞台の仕事をすることが告げられました。
入学式は欠席し、夏休みの舞台の稽古のために1学期から早退の連続。
これ、間違えなく目立つパターン。そんなことは全然想定していませんでした。入学式の日に映画の撮影は終わり、そのまま帰京。翌日の初登校では・・・案の定、注目の的でした。そしてしばらく経ち、担任に報告と証明書の作成(児童福祉法と労働基準法に関わるため、修学に差し支えないことを校長先生に証明してもらう必要がありました)をお願いすることに。当然ながらこの時期には普通に早退をしていたので、自分の素性がバレるのはあっけなかったですね。気がつけば学校中に自分のことは広まる状態。もはや、目立たないほうが無理ですね。
まぁ後にも先にもこんな卒業式と入学式はないでしょうね。
今は子役も結構メジャーになっているので、入学式や卒業式に出られないことも普通にあるかも知れません・・・いや、今でも大事な日は出れるかな。やっぱり自分のパターンはレアケースかも知れません。今となっては、若かりし日の思い出ですね。









