「悩み」というか、「悩ましい」ことです。

 

前回は処遇改善加算のことや障害福祉職員の給料のことを話しました。

不満タラタラ・愚痴タラタラの内容ですが、それも今の報酬の在り方に問題があると思います。処遇改善加算なんて面倒なことをせずに、ちゃんと基本報酬でしっかりとカバーすればいいものを、加算ばっかりつけて複雑にしていることに辟易とするところもあります。

 

とはいえ、決められているものはそう簡単に変わらないので、それでやるしかありません。

とはいえ、やっぱり計画相談支援の報酬は低すぎます。それは結果として自分の収益の低さになり、事業所の財源を圧迫する結果に。それが、悩ましいです。

 

一度ここで報酬試算のことを書きました。

 

正直自分からしたら「どんな計算するの?」って感じのもの。

弾き出している数字はあくまで「理論上」の話であって、現実はそんなにできるものではありません。今日は仕事で障害者自立支援協議会の専門部会(相談支援に関する部会)に出席してきましたが、そこに参加している相談支援事業所の全ては「独立採算は赤字」と話しています。それはうちも同じで、自分の給料は結果的に就労継続支援B型の事業から支出しています。

 

具体的な計算例は上の記事に任せるとして、改めてどんな報酬なのか。

計画相談支援の報酬は基本的に「サービス等利用計画」を作成した時にもらえる「サービス利用支援費」と、その後のモニタリングを実施し報告書を作成した時にもらえる「継続サービス利用支援費」の2つになります。それらの作成時に行ったことなどで加算がつくのが基本です。(それ以外のパターンもありますが、今回は省略します。)

 

障害福祉サービスの報酬は「単位」と言うもので計算されます。

基本は1単位10円ですが、地域の状況(物価や地域特性など)によって「地域区分」と言うものが決められます。また同じ障害福祉サービスでもサービスにおけるおおよその人件費割合から1単位あたりの単価が決められます。

 

計画相談支援の場合、一番高いところ(1級地)で11.20円になります。

この1級地は東京23区で、それ以外が2級地から7級地・級地なしとなります。級地なしが10円なので、その差は1.20円になります。ですので、どこで事業をするかによって同じ計画相談支援でも報酬が変わってくることになります。

 

その上で、計画相談支援については1回の報酬が決められています。

この報酬も事業所の人員体制や支援体制などに応じて決められており、計画を作成したときの一番安い報酬は1572単位、一番高い報酬で2014単位になります。またモニタリングを実施したときは一番安い報酬で1308単位、一番高い報酬で1761単位になります。

 

よって1級地で計画作成の仕事をすると・・・

一番安い場合は1572単位×11.20=17,606円、一番高い場合は2014単位×11.20=22,567円になります。またモニタリングの場合は安い場合は1308単位×11.20=14,650円、高い場合は1761単位×11.20=19,723円になります。ただしこれは「1ヶ月につき1回」の算定なので、例えば同じ月に2回計画を作ることがあっても、請求できるのは1回分になります。

 

なのでその月に1人しか計画を作らなかったら、高くても22,567円しか収入がありません。

仮に1人の人件費(約24万円)を稼ぐとしたら毎月11人の計画を作ることになります・・・が、実際にはそんなに頻繁に作ることはありません。多くの場合は1年に1回ぐらいなので、それが12ヶ月あったとしたら、その人の受け持ち件数は11人×12ヶ月=132人になり、1人で132人を受け持つことになります。

 

さらにその132人の人に対してはモニタリングを実施しなければいけません。

多くの場合は3ヶ月ないし6ヶ月ごとにモニタリングを実施しているので、単純に全員が6ヶ月ごとにモニタリングを実施すると仮定したとき、計画の作成と同じ数のモニタリングを実施することになります。報酬的には21万円程度ですが、1月に作成する書類の件数は22件です。

 

22件と言う数だけ聞くと簡単そうに聞こえる人もいるかもしれませんが・・・

実際にはこんな書類を作成しています。(記事の真ん中より下ぐらいのとこに作成する書類のフォーマット例(モニタリング報告書)があります。)

 

テキトーに書くなら、それは簡単だと思います。

でも自分たちは「相談支援専門員」という専門職ですから、ちゃんと状況を確認しそれに対しての評価・分析も必要です。その作業、自分はじっくり考えて作るのでそう簡単に書くことはできません。それは計画の作成でも同じこと。それを考えたとき、1ヶ月に22件の書類を作成するのは、決して簡単なことじゃありません。

 

あとこの一番高い報酬というのは、結構な条件があります。簡単に言えば・・・

・常勤専従の相談支援専門員を4人以上配置、そのうち1人は現任研修を修了者

・24時間常時連絡できる体制

 

他にも要件がありますが、1つの事業所で常勤専従の相談支援専門員を4人配置することって、結構大変なことです。で、一番高い報酬は少なくとも「4人」いることが条件ですから、作成件数の計算を「×4」することになります。当然ながら受け持ち人数も「×4」なので・・・すごい数ですよね。それくらいやらないと、経営的に黒字にはなりません。

普通に考えれば・・・そんなの、無理です、ハイ。ってか、自分が今まで一番多く受け持ちをしていた事業所でも、事業所全体で180名程度なので、1つの事業所で400人近く受け持つなんて・・・ありえません。

 

現実的な計算をしたら、計画相談なんて赤字事業です。

それでも国は「必要な事業」としていますし、実際に現場で仕事をしていて計画相談支援の必要性を感じることもあるので、この事業が不要な事業とは思いません。思いませんが・・・それに対する報酬はあまりにも安いです。きっとこのことは介護保険分野のケアマネージャーも同じことが言えると思います。待遇改善が叫ばれるのに、処遇改善加算の対象ですらないのですから。

 

この時期になると、法人全体の総会準備をします。

当然ながら予算書も作りますが・・・収支はいつもマイナス。分かってはいても・・・悩ましいです。

仕事でのお悩み

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あんまり愚痴ってもどうしようもないんですけどね・・・

愚痴り出したら、止まらなくなるかも。

 

一番近いところで言えば、東京都に対して。

いつもいつも思うのですが・・・権力を片手に無茶振りなんですよね。それ、やめてください!

 

さっき郵便局で介護給付費算定のための書類を送りました。

合わせて、職場を出る前には東京都に書類の内容をメールしました。あえて郵便局に行ったのは、今日の消印が欲しかったから。何しろ東京都からは「4月11日の消印のものを有効とする」とお達しが出ているので、間違えのないようにするために郵便局の本局に行きました。当然、書留で送るのも必須。

 

いや、毎年のことなのでわかっていると言えばそうなのですが・・・

でも提出するための書類が示されるのは、いつも年度末。ここ最近は年度末の最後の最後に示すことがほとんど。今回も3月31日に書類を示しておきながら、書式に間違えがあったとして4月2日には修正版が出ることに。で、算定して欲しかったら4月11日の消印有効なんて・・・準備しているとはいえ、ホント急なことばっかりですよね。

 

同じことは、処遇改善加算の書類も。

去年に比べたらだいぶ作るのは楽だったけど、それでも面倒な書類。今回は今年度の申請だったけど、いずれ前年度の報告書を作れと来るはず。面倒ではあるけど、それ以上にちゃんと配分されたかが心配。ちゃんと配分する用に計算して書類を出しているけど、それでも不測の事態が起きた時にどうしよう・・・と思うのがいつものこと。絶対に余らせちゃいけないから、本当にそれが怖い。

 

こんなに神経を使っているのに、自分には一銭も処遇改善加算は入りません。

一応は法人の持ち出しでケアはしてもらっていますが、法人の財務体力が弱いので本当に心が痛い。でも自分には処遇改善加算で受け取ったものを原資にしてはいけないと通達が出ているので、処遇改善加算のお金はもらえません。

 

もっと説明すれば、自分は「相談支援専門員」として仕事をしています。

普通の障害福祉サービス(生活介護や就労継続支援、居宅介護などのヘルパー)で利用者さんの支援に関わっている人であれば、処遇改善手当を受け取れる対象になります。しかし自分のような相談支援に携わっている人は、処遇改善手当の対象外とされています。介護保険でも介護支援専門員(ケアマネージャー)は処遇改善加算の対象外職種です。

 

もちろん法人の裁量で対象外の人にも払うことはできます。

ただし先に話した通り、他の人に支給された処遇改善加算のお金を原資にして配布することは認められていません。「ならば兼務に・・・」なんて声も聞こえてきそうですが、兼務にすると今度は本業の方で制約や通知に触れることが出てくるので、それはそれでまた面倒なことになります。

 

「ケアマネが足りない」「相談支援専門員が足りない」と言いますが・・・

その人に対しての手当てをしていなければ、そこに携わる人がいなくなるのは当然の話ですよね。おまけに同じ福祉の仕事をしているのに直接処遇(支援)か間接処遇かで分けられるのも正直不公平ですよね。さらに直接処遇をしていても看護師さんや機能訓練に携わるような人も処遇改善加算の対象外。もっと言えば間接的に関わる栄養士さんや事務方の人も対象外。もちろん支援する人の手当が大事なのはわかりますが、その周りを支える人の存在無くして支援は成り立ちませんから、特定の人だけの待遇を変えても全体の底上げにはなりません。

 

今日こんなニュースも出ていました。

記事によると、全産業の平均は38万6000円。

これに対し障害福祉職員の賃金は30万8000円。これが「賃金差約8万円」ということですよね。このことに対して厚生労働省は・・・

・24年6月施行の「福祉・介護職員等処遇改善加算」の効果が十分に反映されていない

・同加算未取得の事業所も含まれていることなどが影響している

とのことだそうです。

へぇ・・・何言っているの?そんなの、関係ないでしょ。関係あるとしても、それは障害福祉職員の「支援に携わっている人」であり、自分のように間接的な携わりも「障害福祉職員」だから、処遇改善加算を理由にするのは違うと思います。

 

あと「未取得の事業所も含まれている」とのことですが・・・

自分の事業所、就労継続支援B型は処遇改善加算の対象ですが、計画相談支援は処遇改善加算の対象外です。でも同じ「障害福祉職員」です。それとも自分は障害福祉の職員ではないのでしょうか。この発言事態が都合の良い解釈をしようとしているのが明らかですよね。

 

結局のところ、全然国は本気じゃないんですよね。

だからこうやって悠長なことを言っているし、現場の声には耳を傾けないんですよね。別にこれは厚生労働省だけの問題じゃなく、財務省の問題でもあるように感じます。そもそも福祉事業で収益を求めるって・・・厳しいと思いますよ。事業として収益があるのであれば・・・それは何かやっている以外の何者でもないように感じます。少なくともB型の事業で収益が出るのは、利用者さんが作業をして収益が出ること。でもその収益は全部利用者さんに戻すので、収益を事業所がピンハネすることはできません。そんなことしたら・・・お取り潰しです。

 

ほら、愚痴を言い出したらこんなにも止まりません。

ただ愚痴じゃなくて、本当のことだと思います。多分国の人はこんなものを一蹴するのだと思いますが、それでもこうやって現実を書き続けることも必要だと思うので、主観満載でこれからも「愚痴」という名の主張はしていこうと思います。

 

ここだけの愚痴

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この時期は毎年、都に提出する書類に奔走しています。

介護給付費算定のために絶対に必要な届出ですが、書式が提示されるのはいつも直前。提示されてから2週間以内に提出しろという、いつも無茶な要求を出す東京都。いつも思いますが・・・ホント、なんとかならないのですかね。

 

法人としての仕事をしながらも、通常業務も並行して行います。

今日はモニタリングで家庭訪問。うちの施設を利用している方のモニタリングですが、この方の場合はお母様からも話を聞いています。こういうケースは今の自分の業務では珍しいパターンですが、お母様への支援も必要であるため実施しています。

 

このケース、いわゆる「8050」問題の手前、「7040」問題です。

ご本人は何も困り感はないのですが、お母様は非常に困っている状態で、その負担をなんとか軽減するために支援をすることになりました。

 

正直お母様と話をするまでは、支援に積極的ではありませんでした。

ご本人はうちの施設を利用しているのですが、当時の通所回数は年間で3回。そんな状態では、そもそも通所の意義がどこにあるのか・・・と感じていました。そんなある日、ご本人とお母様が施設に見えられ、計画相談の紙を書いて来られることに。そのため施設長が自分を呼んで面談をすることに。

 

その面談で見えてきたことは、お母様が孤立していること。

ご本人は別に施設に行かなくても自宅でゴロゴロしていれば何も困ることはない。むしろ家にいたいくらい。その状況にお母様は困っているが、お父様は他人事でお母様と意見は一致せず、どちらかというとご本人の肩を持つくらい。何かあると「本人の言うとおりにしてあげれば」と、お母様の困り感が共有されず1人で孤立している状態でした。

 

この状態を見てしまうと、さすがに「できません」とは言えません。

自分の支援が開始してからは定期的なモニタリングでご本人以外にお母様からの話をいく必要もあるため、毎回訪問をしています。また途中からは訪問の頻度を増やすために、あえて「短期入所」を位置付けモニタリングの回数が増えるようにしました。

 

また一度薬についての相談があったときに、訪問看護の導入も手配しました。

お母様からそのことを主治医に相談したところ、主治医から訪問看護の話が出たためどうすればいいのかという話になり、ならばこちらで調整しますねとお伝えして調整することに。調整に当たっては主治医連絡も行い、主治医からご本人に対しての見立てを確認してから導入に漕ぎ着けました。

 

そんなわけで、現在はこの家庭の関わりに自分と訪問看護が入ることに。

これまでは「本人と母」だけの関係性だったけど、新たに「看護師」と「相談支援専門員」が入ることで、外部からの風が入ることになりました。これにより今まで閉鎖的な状態だったものに、少しだけ変化をもたらすことになりました。

 

そして今日のモニタリングで、お母様からはこんな話が。

「今までは自分が困っていて、本人に外に出て欲しくて、出てくれればそれで良いと思っていた。でも本人も疲れていることを理解して、それだけではダメであることを感じた。私はずっと本人と一緒だから本人の変化はわからないけど、看護師さんからは「だいぶ変わった」と言ってもらえた。本人も本人なりに戦っているから、それを私も理解し、私も変わらなければいけないと感じています。」

 

いやぁ、お母様すごい変化です。

ご本人とお母様だけの関係だったら、こう言った変化はなかったと思います。でもお母様自身も自分や看護師さんに話をして、助言をもらうことで、お母様自身もご本人への対処に変化が生まれました。外からの力が入った効果です。

 

正直、お母様はとても大変な立場だと思います。

お父様と考え方が合わず孤立し、ご本人とぶつかることもある。でもそれを誰にも話せない状態が続いていたわけで、それを1人で抱えているわけですから、お母様への支援も必要です。自分ができることは、せめてお母様の苦労を労い、時にはご本人に対する対処法のアドバイスをするくらいのこと。ホント、自分ができることはほんの少しだけですが、それでもお母様の変化には、驚きと共に大変なご苦労があったと感じます。

 

計画相談支援はご本人中心の支援が基本です。

しかしその対象は決してご本人だけでなく、ご家族も支援の対象です。時にはご家族への精神的支援も必要であり、孤立しない状況を作ることも大事なことです。ご家族によってはプライベートな部分を開示することに抵抗を持つ人もいます。ある意味で当然なことであり、自分たちはそういった部分に足を踏み入れて仕事をしていきます。だからこそ、ご家族の想いは大事にしなければいけませんし、それまでの苦労も全て受け止めていくことも大事だと思います。そして敬意を持って接していくことが重要ではないかと思います。

 

外からの力を受け入れてもらえると、支援者としては助かります。

そこには「なんとかしたい」との思いから外の力を入れる決心をされたわけですから、それに応えていくことも必要です。それだけ外からの力が入ることは、支援においては大事なことであり、複数の関係者で支えていくことで支援の厚みが出てきます。これからもお母様のへの支援は続いていきます。

枕を買いました。やっぱり、枕は大事です。

 

以前「高いなぁ・・・」と思いながらも、ものは試しで買ってみた枕。

その後その枕は長く使い、つい先日まで使っていました。ただ長い事枕のメンテナンスをしていなかったこともあり、かなりへたっていました。もちろんメンテナンスに出せば良いのですが、それも億劫になってしまい、つい某ショップの枕に手を出してしまいました。

 

ただ・・・正直、あまり良くなかったです。

「いびきをかく人」に向けたまくらという触れ込みでしたが、どうも肩と首に違和感が出てしまう。何となく、しっくりこない。買ってはみたものの、満足していませんでした。

 

そんな中、週末に必要なものを買いに出かけることに。

そこで以前枕を買った系列のお店があったので、ふと覗いてみることに。すると、以前買った枕より、より自分のサイズに合った枕も売っていることに。最初はお店の人から「古い枕を持ってきてもらえれば色々とできますよ」と言われたけど、自分の体格や今持っている枕のデータを見て「新しいのを用意するのも1つかも」とのことで、買うことにしました。

 

そして今・・・眠りは快適。肩や首の違和感はありません。

最近は早く目覚めるのですが、その目覚めも不快なものではなく、よく寝れている感覚もあるので、決して悪い目覚めではありません。

 

そんな自分の買った枕は、その名も「じぶんまくら」

 

 

正直、高いです、この枕。

ただし、その分やっぱり良いです。ちゃんと自分の頭から首・肩、全身を測定してオーダーメイドで作成をするので、完全に「自分仕様」の枕を作ります。以前にもその経験をしているので良い実感をしており、今回も新たに新調することも躊躇ありませんでした。おかげで今は良い睡眠です。

 

ただ・・・今回買い物はこれだけで済みませんでした。

正直、枕だけ買いに行ったのにそれ以上に色々と買ってしまいました。出費も目玉が飛び出るくらいの出費・・・良くこんな出費を自分もしてしまったのかと思うくらいの出費でした。全ては「金利ゼロ」に乗せられて・・・あぁ、やってしまった。

 

ただ、色々と寝具をオーダーメイドにすることの大事さはちょっと感じました。

自分仕様にすることで、相当体も楽に感じました。特に自分の場合は睡眠時無呼吸症候群でもあるので、やっぱり眠りは大事にしたいところ。そういうことを考えたら、お金は使ってしまったもの「有意義な出費」と考えるのも1つかもしれません。

 

これからは少し自分の財布の紐をキツくしないと・・・

でも美味しそうなものを見つけたら・・・やっぱり、出しちゃうだろうなぁ。(食べ物なのかい、結局・・・)

 

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久しぶりに「何もなく」休日出勤しました。

別に何もなかったわけではないのですが、やらなきゃいけないことがなかった、と言うだけです。仕事はしてきました。

 

普通の休日出勤であれば、やるべきことがあっての出勤。

ただ今日については施設内でのカレー販売で完全に「就労継続支援B型」としての事業だったので、あからさまに関わるのも・・・と言う感じ。あくまでバックアップ的に出勤していました。なので、やっていたことも後方支援。

 

例えば、利用者さんの出勤。

普段はこんなことしないけど、今日は祝日だったので自分が車で出勤するついでに利用者さんをピックアップして出勤。普通はこんなことしません。で、出勤してから本来のパターンでの送迎対応を実施。

 

その後は自分の仕事をして、お昼を過ぎて午後になり売れ行きなどの様子確認へ。

で、その状況を見て自分が昼食の買い出しに行くことに。これも今日は特別、事前にピザをネットオーダーしてから取りに行き、販売が終了してからみんなで昼食。今日は自分のおごり。これも普段はしないこと。

 

自分がやったのは、これくらい。

後方支援に入らない時は、まだ終わっていないモニタリング報告書の作成をして、来週の理事会の資料を作って、今月中に提出する助成金の申請書を作成して・・・と、完全に事務作業。最近は普通に外に出ていることも多く、なかなか通常の業務内で本来の仕事をする機会も少なかったので、久しぶりにじっくりと仕事をしていました。おかげさまで、結構仕事が進みました。

 

こう言う形で休日出勤をしたのは、本当に久しぶりです。

今までの休日出勤は就労体験の引率に行ったり、施設外での販売で手伝いをしたり、施設祭で出勤など、少し本来のB型事業から色が薄まる形だったもの。1度だけ完全に計画相談の業務で休日出勤をしたことがありますが、基本的には計画相談として休日出勤することは稀なこと。なので「絶対に出勤」と言う形でない休日出勤はほぼ初めてで、他の職場で働いていた時もそう言うことをしたのは、ごく数回ぐらい。

 

もっとも、半分は利用者さんに頼み込まれての出勤でした。

でも自分の判断で「出勤します」とは言えず、一応は親方様(施設長)の許可・指示がないと出勤できません。なので自分に「出勤して欲しい」と言った利用者さんには「施設長に泣いて頼んで、施設長から出勤指示が出れば出勤しますよ」と話したところ、利用者さんから施設長のところへ話に行き、親方様が「じゃ、仕方ないですね」と話して自分の出勤が決定。まぁ自分としてはどうなっても対応できるようにしていたので、別に不本意ではありませんでした。

 

ただ、結果的に自分は何も関らず終わりました。

自分に出勤を頼み込んでいた利用者さんも何事もなく終了。一緒にピザを食べていた時に自分の話は出なかったので、きっと無事に終わって頼み込んだことも忘れていたのでしょうね。それはそれで、良かったこと。次に同じような話題になっても「あの時、大丈夫だったじゃないですか」と言える材料ができましたからね。

 

結果的に他の利用者さんも充実した1日を過ごせた様子。

わざわざ休みの日に出勤して・・・と言う感じかもしれませんが、利用者さんとしてはこうやって何かやることがあるのも良かったのかも。それも特にイベントやレクリエーションではなく「作業」として開所したのもたまには良いのかも。休日にしては利用者さんもそこそこ通所しましたので、たまには「休日カレー販売」をするのも1つかもしれません。

 

で、あとはいつ自分が今日の代休を取るのか。

代休、全然ノープラン。代休の規定は特にないので「休日出勤」の存在が忘れられないうちに取れば良いけど・・・何時取れば良いかなぁ。何にしろ1人職場だから、休んだ結果は自分に降りかかって来るからなぁ。個人的には連休にしたいけど、慎重に決めないとなぁ。

小学生の時に「特殊なこと」(子役)をしていたのは、すでに話した通り。

思い出というか、今でも忘れないことです。

 

小学校の卒業をあと1ヶ月と控えたある日、担任の先生に報告に行きました。

内容は、卒業式の時は広島にいる、と。

 

子役の仕事はエキストラから役付きの仕事まで様々。

役付きの仕事になればオーディションもあり、オーディションに合格して仕事をもらうことができました。自分も同じことをしており、オーディションを受けては落ちてを繰り返していました。

 

そんなある日、児童映画のオーディション(児童文学作品)を受けていました。

最初はたくさんの人がオーディション会場に来ていましたが、自分は何度も呼ばれることに。次第に会場に来る人が少なくなり、そして来る人は固定されることに。固定した人が繰り返された時に、オーディションの合格を告げられました。

 

その後はリハーサルを繰り返す日々。台本も覚えました。

一緒に出演する人(当時は友達程度の感覚だったかも知れません)とも仲良くなり、いよいよ撮影となる時に、撮影は全編ロケで行い、原作のモデルとなった広島で撮影することになりました。

 

ところが、撮影期間は春休み中に撮るとのこと。

春休みと言っても自分は6年生だったので卒業生。ここで上がったのが、卒業式はどうするかという問題。もちろん一生に1度のことなので、当時所属していた劇団の人や制作会社とも相談し、卒業式前日に帰郷して卒業式には参加、参加したあと再び広島にトンボ帰りして再び撮影に参加、という流れになりました。

 

で、そのことを担任の先生に報告。理解ある先生だったので、その辺は大丈夫でした。

ただ次はこのことをどうやってクラスに伝えるか。卒業式といえば「呼びかけ」が恒例になっていましたが、当然ながら呼びかけの練習には参加できないので、自分は呼びかけに参加しないことに。でもそのことは他のクラスメートには話さなければいけないので、それをどう話すか。

 

最初は全員の前で「事情があって、広島に行くことに・・・」と話す自分。

すると先生から「ちゃんと話しなさい」と言われ、ありのままに話すことに。その頃には自分が子役の活動をしているのはみんな知っていたので、変に隠すことなく話すべきと先生は考えたのかも知れません。

 

そんな訳で、卒業式の1週間前から映画撮影のロケに出発。

ひたすら撮影をしたあと、卒業式前日まで撮影。前日は終電の新幹線に乗って帰郷し、自宅に戻って来たのは深夜。そして翌朝になり、友達と一緒に最後の登校。卒業式を終えて少し家でゆっくりしたら、再び広島へ向けて出発。流石にこの時はちょっとだけホームシックになりました。

 

と、小学校のときはこんな卒業式を迎えていました。

ただ・・・話はこれで終わりではなく、次の中学校入学までつながります。当初は卒業式はこんな形だけど、入学式はちゃんと出れますという話でした。

 

しかし・・・ロケにはつきもの、天候の影響を受けました。

順調に撮影が進んでいればちゃんと終わっていたのですが、雨による撮影中断が多くなり、撮影のスケジュールも押してくることに。次第に「入学式に出れるのかなぁ・・・」なんて思いがよぎっていましたが、撮影はなかなか進まない状態。

 

そしてその予感が的中・・・入学式、出れないことが決定。

卒業式も一生に1回だけど、入学式も一生に1回のこと。さらに最初のスタートの段階だけに、いきなり欠席はかなりのインパクト。入学式に出られないのは残念だけど、それ以上に考えていたのは「いきなり目立つなぁ・・・」ということ。できればあまり目立ちたくなかったんですけどね。

 

さらに、追い打ちをかける出来事が。

ちょうどこの映画のロケ中に母親が広島に来ることがあったけど、その時に母親がある「みやげ」を持ってくることに。それは・・・夏休みに舞台の仕事が決まったとのこと。自分でも忘れていた舞台のオーディションに合格し、夏休みは丸々舞台の仕事をすることが告げられました。

 

入学式は欠席し、夏休みの舞台の稽古のために1学期から早退の連続。

これ、間違えなく目立つパターン。そんなことは全然想定していませんでした。入学式の日に映画の撮影は終わり、そのまま帰京。翌日の初登校では・・・案の定、注目の的でした。そしてしばらく経ち、担任に報告と証明書の作成(児童福祉法と労働基準法に関わるため、修学に差し支えないことを校長先生に証明してもらう必要がありました)をお願いすることに。当然ながらこの時期には普通に早退をしていたので、自分の素性がバレるのはあっけなかったですね。気がつけば学校中に自分のことは広まる状態。もはや、目立たないほうが無理ですね。

 

まぁ後にも先にもこんな卒業式と入学式はないでしょうね。

今は子役も結構メジャーになっているので、入学式や卒業式に出られないことも普通にあるかも知れません・・・いや、今でも大事な日は出れるかな。やっぱり自分のパターンはレアケースかも知れません。今となっては、若かりし日の思い出ですね。

 

卒業式の思い出

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今の職場に来てから、関係者を招集しての会議を開くようになりました。

いわゆる「個別支援会議」や「ケースカンファレンス」、時には「担当者会議」と言いながら支援の関係者を集めて今後の方針を検討する機会が多くなりました。以前はほとんどそんなことをしなかったので、ある意味職務の「怠慢」だったのですが・・・ようやく今になって最低限の仕事ができるようになっているのかも知れません。

 

もっとも、自分は担当者会議を開くのが苦手でした。

いろんな人を集めて、内容をまとめて、全体をうまく進行させる・・・そんな考えが存在していたので、どこか会議の開催を敬遠していた部分があったかも知れません。でも今はあんまり肩肘張らず、ある意味その場の流れで進めて行くようになりました。また「会議」という言葉にあまり囚われすぎないようになったのも、自分の意識変化に繋がっているかも知れません。

 

そんな中、昨日もケースカンファレンスを開いてきました。

モニタリングに合わせて実施したものですが、当初は早めに開催する予定でした。しかし利用者さんが精神不調で入院してしまったため、月末まで開催が遅れてしまいました。また入院したことで別の問題が生まれてしまいました。

 

一言で言えば、言った・言わないの話。

当然ながら入院すれば治療が行われるのですが、退院が近くなると生活リズムの回復や退院後の生活慣らしのために、入院先から利用体験をすることがあります。これは精神科特有のやり方かも知れません。いわゆる「リハビリ通所」です。退院が近づけばそんなことも念頭にあがります。

 

ところが、この利用者さんから今の時点で「通所したい」との話が。

入院して間もない状態であり、まだ退院の話も出ていない状態。当然ながら先生の判断が必要なのでそのことを確認すると許可をもらったとのこと。とは言え先も話した通り、まだ退院の見通しも経ってないし、そもそも精神的な不調で入院したのにこんなに早く通所しても良いものなのか・・・色々と気になる部分があります。

 

そんなことを親方様(B型の管理者)と相談すると、病院に確認してみるとのこと。

入院中なのでとりあえず相談室のPSWが窓口になるので連絡するも、なかなか繋がらず。そのためデイケアで利用者さんと関わっている作業療法士さんに確認したところ、先生の判断は「通所先から通所を勧められたから、許可した」という主旨の話になっている様子。

 

いや・・・そんなこと、一言も言っていません。

まぁ利用者さんのことなので曲解したり都合の良いように解釈して発言することはあると思うのでその範疇のようにも感じましたが、ただそれはそれとして病院としては通所することが今の病状として良いものなのかは確認したいところ。そんなこともあって再度相談室のPSWに確認したところ、帰ってきた答えは「ご本人が嘘をつくはずがない」とのこと。

 

いやいや・・・そんなことじゃないんですけどね。

それにどうして「嘘をつくはずがない」と断言できるのでしょうかね。話はまだ続くのですがこれ以上話すようなものでもないので、とりあえずカンファレンスで今後の方針をまとめることが必要で、その方向性で進めることになりました。

 

で、入院中の病棟でカンファレンス。

ご本人の他に自分と親方様、病院はデイケアで関わっている作業療法士の方が参加して実施する予定でしたが・・・そこにPSWも登場。出てこないと思ったのですが、出てきてくれたのであればそれはそれで・・・と思っていました。初めて会う方だったので名刺交換をして挨拶をし、改めてこれまでの経緯を確認。また自分たちが把握しているご本人の特徴や生活の様子などについても説明。するとPSWから一言。

 

 

そういうことでしたら、ちゃんと本人から裏どりして、そちらから病棟に確認の電話や調整を行なってください。

 

 

は・・・この人、何を言っているんだろう。

名刺を見た時にある程度の役職がついている人だったのでそれなりの対応があるのかと思ったら、まさかの責任転嫁。そんな話じゃないんですよね。正直、呆れてしまいました。で、隣にいた親方様は・・・明らかに不機嫌オーラ充満。作業療法士の方も思わずPSWに「それを作業所さんに求めるのは難しいと思うわよ」と話すも、自分の立場や正当性を守りたいのか、非はあくまでそちら側にあると言わんとする態度。「この人(PSW)も忙しいから・・・」と作業療法士さんもフォローをしたけど・・・いや、違うよな。忙しいのは関係ないです。自分も親方様も忙しいので。

 

まぁ自分はその場を進める立場なので、そこに立ち止まっていられません。

なので進行の流れや方針を説明し、ご本人にそこを追求しても意味のないことを話して進めようと思ったけど、PSWの人はやっぱり自分の正当性を伝えたいのか「それは本人に確認したほうが良いと思いますよ」と言ってきたので、自分も思わず「はい、分かりました。じゃ確認しましょう。」とサラッと話すことに。

 

で、モニタリングをしながらご本人に通所したいと思った経緯を確認。

するとご本人からは「先生が作業所に行ったほうが良いって言ったから、作業所に通所したくて連絡した」との発言。自分が直接先生に言われたのか確認すると「先生から直接言われた」との発言。PSWとしては発言がひっくり返されたわけで、PSWの人がご本人に何度か確認する始末。心の中で自分は高笑いをしていました。

 

まぁPSWの人がご本人のことを何も知らないわけですよね。

過去のカルテやこちらからの情報なども入っているはずなので、ちゃんと目を通していれば何となく知れると思いますし、その場でご本人の人となりも話しているにも関わらずあくまで言いたいことを主張するだけだから、こういうことが起きるんですよね。単純に先生の話を伝えにきただけなのでしょうが、それはPSWの役割ではありませんよね。PSWはソーシャルワーカーであって、先生の伝書鳩ではありません。それに「そちらで調整」と言う発言も、本来であれば入院中なのだから調整は病院の役目。それを放棄してこちらに責任があるかのように言うのですから、親方様が不機嫌になるのは当然ですし、作業療法士の方が「難しい」と言うのは当然のことです。さも自分が正しいかのように話すのですから、残念ですよね。下らないプライドが邪魔してますよね。

 

別に誰が言った・言わないなんて、自分にはどうでも良いんですよね。

自分が考えるのは、ご本人の「最善の利益」であって、今の時点で通所することがそれに当たるのかどうかを考えているのであり、そのために主治医の見解を求めているのです。本人が言ったから・・・ではなく、医療的見地として通所が適切かどうかを知りたいのであり、適切であればそれなりに対応するだけのことです。適切でないのであれば、方向性の修正をするだけのこと。伝書鳩だから、こんな当たり前のことを見失うんですよね。ソーシャルワーカーであれば、そんなことわかるはずです。

 

ただ、全てのPSWがそんな人ではありませんよ。自分もPSWですから。

それに他のPSWさんはきちんと対応してくれる人もいますし、話がちゃんと通じる人はいます。結局、その人がどう言うスタンスで仕事に取り組んでいるかによって変わってくるのでしょうね。こう言うところで、その人と連携できるかが決まってくるんですよね。

 

PSWは先生の立場を守りたかったのかも知れませんが、守るものが違います。

守るべきは、利用者さんの利益。誰のための支援なのか、誰のための医療なのかをちゃんと見極めて対応することが必要ではないでしょうか。間違ってはいけないところです。

前にも書きましたが、自分の仕事はソーシャルワーカーです。

でも、なぜ今もこの仕事をしているのでしょうか。

 

福祉の仕事をする理由・・・そんな話に職場でなりました。

仕事なんて世の中にたくさんある中で、なぜこの仕事を選んだのか。福祉の仕事を辞めていく人がいる中で、なぜ今も続けているのか。

 

今の仕事に何かを求めているのかというと・・・多分、求めていません。

生活ができるだけのお金は欲しいですが、それは今のところ得られていると思います。もっとも、40代後半に入りながらいまだに独身だから、余計なことを考えていないだけなのかもしれません。

 

職場で話している中で、この仕事をする理由に「感謝されたい」と思って仕事をしている人がいるということを聞きました。

 

感謝されたい・・・まぁそれも1つかもしれませんが・・・

正直、そんなこと思ったこと一度もありません。感謝されたいために福祉の仕事に就こうと思ったことはありませんし、それを期待したこともありません。別に福祉の仕事じゃなくても感謝される仕事はたくさんあると思います。

 

そもそも福祉の仕事を志したきっかけは、母の障害。

それがなかったら福祉の仕事に就くことはなかったと思います。結果的にそれが、自分にとっての一生の仕事になりつつあります。

 

学生時代に同じ志を持った人も、すでに福祉の世界を去った人もいます。

この仕事、決して楽な仕事ではありませんし、肉体的にも精神的にもキツい部分があります。苦労が報われないこともよくあります。それでも続ける理由は、どこにあるのでしょうか。

 

一度だけ「2度とこの仕事はやらない」と思ったことがあります。

それは、精神的に蝕まれた時・・・心身ともに壊れてしまった時です。その時は流石に「この仕事は続けられない」と思い、福祉の仕事から去る決意をしていました。

 

ただその時の状態は心身ともに「異常」な状態だったので、正常な判断ではなかったです。

ちゃんと休養を取ることで正しい考え方ができるようになり、改めて自分を見直したことで再び福祉の仕事に戻ってくることになりました。戻ってきた結果、今の自分がここにいます。

 

改めて考える、自分が福祉の仕事を続ける理由。

こうやって問うとまだよくわからないのですが・・・多分、仕事を面白いと感じているからでしょうね。仕事をしていて、飽きない。常に学びがある。終わりがない。で、今になって福祉の仕事の醍醐味を感じるようになったことも、今もなお福祉の仕事を続ける理由なのかもしれません。

 

結果的に感謝されて、嬉しいですし、仕事のモチベーションにもなります。

でもさっきも話したように、それを求めて仕事はしていません。自分のやっていることなんて、ほんのちょっとしたことで大したことはしていません。ちょっとだけ調整をしたり、話を聞いているだけで、自分がやっているのは些細なことだけです。

 

ただ、誰でもできる仕事かというと・・・多分、できないでしょうね。

極端な話、自分の仕事をしたことがない人が数日で自分の仕事ができるとは思いません。逆に自分も他業種の仕事をすぐできるとは思っていませんし、そんな簡単な話ではないと思います。

 

やっぱり、自分の仕事に誇りを持っています。

若い人に福祉の仕事を知って欲しいと思いますし、一緒に仕事をしたいとも思います。いいことばかりではく、辛いこともあると思います。でも、それを乗り越えると「面白い」と思えるのではないでしょうか。

 

私の職業は

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普段ほとんど映画を見ることのない自分。

見たいと思ってもなかなか行動にならない自分。そんな自分が、行動しました。

 

話題になっている「どうすればよかったか?」

最初は小さな単館上映でしたが、上映が全国に広がりうちの近くでも見れるようになったので、見てきました。(と言っても、東京なのでちょっと足を伸ばせばすぐに見に行けるんですけどね。)

 

色々と話す前提として、藤野知明監督が「前置き」としている・・・

・統合失調症を発症した理由を究明することを目的にしていない

・統合失調症とはどんな病気なのかを説明することが目的ではない

の2点を踏まえながら、自分なりに感じたことを触れていきたいと思います。

 

まずこの映画のタイトル「どうすればよかったか?」に対しての答え。

非常にマイナスな発言になりますが、どうすることもできなかったのかもしれません。最初から最後まで見て、率直に考えた自分のタイトルに対する答えです。ソーシャルワーカーとして、精神保健福祉関係者としては情けない答えかもしれせん。

 

正直なところ、この家庭に介入することは非常に難しいと思います。

介入するポイントになりそうなところや医療に繋がりそうなタイミングはそれなりにあったと思いますが、両親の強固な「鎖」がかかっている状態ではおそらく外部の人は誰も寄せ付けないと思います。アウトリーチをしたとしても、時間は長くかかっていたと思いますし、助言にも納得してもらえないと思います。

 

介入できない大きな理由が「偏見」になると思います。

それは外からの偏見・内なる偏見の両方であると思います。その辺については先日NHKで放送された「クローズアップ現代」でも触れられています。精神疾患の当事者家族を取材した内容で、そこでもやはり「外からの偏見」と共に、自らが持つ「内なる偏見」も家族の中で閉じこもってしまう原因になっているのではないかと検証しています。(詳細はクローズアップ現代をご覧ください。)

 

「どうすればよかったか?」もまさに同じ構造のように感じます。

自らは医学者・研修者でありながら、やはり我が子を外に出すことに対する社会からの偏見と共に、自らも我が子を統合失調症と認められない部分があり、その根本にあったのは偏見だったのではないかと思います。

 

その結果、25年も自分たちだけで抱えて戦うことになってしまいました。

母の認知症というエピソードがあったことで医療につながり、その結果3ヶ月の治療で快方に向かいましたから、やはりもっと早く対処していればこんなにも苦しまなかったのではないかと思います。教訓的に言えば、精神疾患も早期発見・早期治療により回復することはでき、長期間の入院は必要ないことを物語っているのではないかと思います。

 

事実、3ヶ月の入院治療が終わり自宅に戻ると、以前と表情は一変でした。

今まではコミュニケーションが成り立たなかったのが、ちゃんと成り立っていました。やはり適切な治療を受けることは、ご本人にとっては安心できるのではないか、治療を受けられない間はもしかしたらその間は理解できないかもしれないけど、苦しく不安だったのではないかと感じます。

 

もう1つ、治療につながるところで感じたのは、今でいう「8050問題」です。

両親が若いうち(と言っても高齢ですが)はまだ何とかやって行こうという思いもあったのかもしれませんが、母の認知症によってその構図は「老老介護」と「8050」の二重構造になったように感じます。これにより父も監督の提案を受け入れ、ようやく医療につながったように感じます。逆を言えば、もし母が認知症にならなかったらもっとこの状況は続いていた可能性もありますし、より深刻な8050になっていたかもしれません。

 

ただ・・・ご両親の対応を責めることも時代背景を考えれば酷な事かもしれません。

医療につながる25年前の状況を考えると、この頃に「宇都宮病院事件」が起き精神保健に関する新たな法律が施行されます。で、両親はその前の精神保健について間違えなく大学で学習していると思います。その時の話題といえば統合失調症ではなく精神分裂病だったこと、ライシャワー事件や私宅監置の歴史、優生保護法など、精神障害に対する差別的な取り扱いを目にしていれば、我が子が精神疾患である事を認めるのは到底できない事だったかもしれません。

 

もしご両親の見識がアップデートされていれば、少しは状況が違ったかもしれません。

一方で宇都宮病院事件に象徴される出来事がもし他の精神科病院で行われているとすれば、そこもご両親としては精神科病院を信頼できないと思っていたかもしれません。精神障害者を取り巻く状況も25年後に医療につながった状況とは違いますから、25年前につながっていれば確実に・・・とは、断言できないかもしれません。逆に25年後につながったから、3ヶ月の入院加療で済んだかもしれません。

 

これらのことを考えると「どうすることもできなかった」なのかもしれません。

誰が良い・悪いという話ではなく、それぞれが迷いながらの選択だったのかもしれません。ただこれは「当時の状況」を考えればということなので、今であればやはり早期発見・早期治療・早期介入によって状況は全然違うと思います。藤野監督がインタビューなどでも「失敗例」と話されていますが、恐縮ながらこれをお手本として、これからどのように対応していけば良いのかを考え、行動できるとこの映画の意味があるのではないかと個人的に感じています。

 

映画の後半では、合う薬が見つかり、社会生活を営む姿にホッとしました。

精神疾患はその人自体が悪いのではなく、脳の病気で、病気が悪さをしているだけのことです。ちゃんと治療して薬が合えば、普通に社会生活はできるのです。そんなこともこの映画から感じ取れました。ぜひ身構えることなく、多くの方にこの映画を見ていただければと思います。

 

 

最近見た映画はこれ

 

Ameba映画部

 

今月は計画相談のラッシュ月。

特に今年は計画更新が例年になく多く、時間が足りない状態。本来ならじっくりと考えながら進めていきたいけど、なかなかそうもいかないのが現状。

 

そんな中、ある利用者のモニタリングに行ってきました。

この方を受けた経緯は、事業所からの相談。その事業所とは何のつながりもないところだったけど、うちの業務が対象とする地域に住んでいる人であったため、インテークから始めて状況をお聞きし、計画相談を受けることになりました。

 

実のところ、自分もちょっとこの方の場合は少し手探り感もありました。

いろんな事業所で計画相談をやっていたので基本的に全障害対応はできるけど、今の事業所では精神障害の方を対象にした事業所。ただこの方は発達障害の方でした。

 

発達障害の方を対応したことはありますが、ちょっと構えてしまいました。

インテークで色々と話を聞いたり、関係者から話を聞く中で「自分でやれるか?」と不安になる部分がありました。さらに今回依頼をいただいた事業所は就労移行支援の事業所。就労移行支援を使っている方の計画相談はやったことがなかったので尚更手探り感もありました。

 

実際に接していても、どこかご本人も恐縮感を持ちながらの感じ。

自分もできるだけフランクな感じで肩の力を抜いてもらいたかったけど、なかなかそうもいかない感じ。色々と気を配りながら支援をしてきました。

 

そんな方のモニタリング訪問。今回は受給者証の更新と計画案の作成も実施。

そのため自分が計画相談として関わってからの中間総括的なモニタリングを実施しました。その中でご本人から出てきた言葉は「ちゃんと福祉サービスを受けている実感ができた」と言うこと。

 

思えば、自分が計画相談に入ってから自分主導の支援もしてきました。

対応の1つは、年金相談。以前年金の相談を市役所でしたものの、内容の複雑さや対応者の雑さ加減でご本人が手続きを諦めてしまったとのこと。そのため改めて色々と事情を聞くと、どうやら受給権は存在している感じがあり、それもうまくいけば書類が整いそうな感じ。そのためもう一度年金を申請するために一緒に市役所に行って話を聞きました。

 

すると今度はご本人も理解できた様子。

その後に一緒に必要な書類や準備の段取りなど確認し、その後はご自身で申請まで漕ぎ着け、最終的には年金が受給できることに。残念ながら遡及しての支給にはならなかったものの、申請段階から受給できることになったので、一安心。

 

もう1つは、グループホームの見学。これは自分が手配をしました。

この方の場合、どちらかというと「ご本人自身でやる」と言う性格の方だったので、基本的にはご本人に任せ、もし支援者からの連絡が必要な場合は自分に振っていいよ、というスタンスで対応をしていたのですが、あるグループホームでの対応はご本人から「これ以上は・・・」とヘルプがあったため、その段階で全部自分が引き取り、見学日程の手配など自分が行い、一緒に見学に行くことに。で、結果として・・・遠慮します、に。

 

いや、これは自分も納得。自分も同行して「ここはちょっと・・・」と思いました。

同行して現地に到着し、地域散策をした後にグループホームに行ったものの、そこで出てきたのは思わず「入居者さん?」と勘違いしてしまいそうな出立ちの職員。スウェット姿で全然職員らしくなく、代表者の人と会うまでは「本当に職員?」と疑ってしまう感じ。応対も職員らしからぬ受け答えで、色々と感じてしまいました。

 

そして代表者の方との面接。でもその方も・・・ちょっと、って感じ。

ひっきりなしに電話が鳴っていたけど、その対応はなんか雑。職員らしい人からの電話に対しては、いたわるような様子はなし。一方で面接はあたかも入居前提で話が進む状態。自分の中で「ちょっと、ここはなぁ・・・」と感じている中で、不機嫌な利用者さんが横に・・・挙げ句の果てには利用者さん自ら断りとも思える一言。その様子を察知できない代表者に対して自分から「一度ご本人と相談してからご連絡します」と話す始末。もちろん自分の中では結論は見えており、利用者さんと同じ考えだったので、納得です。

 

そんな対応をしてきた中でのモニタリング。

モニタリングではそんな思い出話もしながら、今の思いやこれからのことについて聞き取りを行い、その内容を事業所の方に伝えると、事業所の担当者からは「こんなに変わるとは思わなかった」との声。それはいい意味で恐縮感がなくなっており、頼るべき時に頼れるようになれたことが大きな変化でした。

 

確かに、自分が最初に関わった時より色々と頼ってもらえている気がします。

いい意味で遠慮もなくなり、自分が信条にしているフランクさも出てくるようになっていました。事業所の方からは「計画相談のおかげです」と言われたけど・・・いえいえ、自分なんかそんな大したことはしていません。やったのは、ほんのちょっとだけ。

 

強いて言えば、ご本人がうまく変われたのだと思います。

いや、変わってはいないのかもしれませんが、ご本人が話した「福祉サービスを受けている実感がした」と言う言葉を借りるのであれば、ちゃんとご本人がそれを活用できるようになったと言った方が正しいのかもしれません。自分は必要な時に必要な支援をしただけのことで、やっていることは大したことありません。

 

でも、やっぱり必要な支援なんですよね、自分のような支援って。

第一は現場で支援をしている人なんだけど、そこだけでカバーできない部分は自分たちのような相談支援専門員がサポートすることでうまく行っているのかもしれません。ただ・・・繰り返し話していますが、自分たちがやっていることは、些細なこと。そこだけです。その「些細」を感謝されることで、自分たちの存在意義が認められるのかなと思います。

 

まだまだ支援は終わりませんが、この方がより良い生活を送れるように支援をしていきたいですね。