先日Yahooニュースでケアマネのシャドーワークについての記事が出てました。

 

シャドーワークはどの世界にも存在していると思います。

特に人相手の仕事をしている福祉の世界では、かなりのシャドーワークが蔓延しているようにも思います。そして今回ニュースに上がった「ケアマネージャーのシャドーワーク」は本当に過大であり、課題であります。

 

とはいえ、シャドーワークが悪いものなのかというと、それも違う気がします。

というか、ケアマネージャーに限らずかなりの施設で「シャドーワーク」と言われるものをやっているのではないかと思います。殊、障害福祉の現場はどの事業所でもあるように思います。

 

もちろん割り切りのできている事業所もあります。

「本来業務は一切やりません」とはっきり明言し、いかなる理由であっても受け付けない事業所もあります。それはそれで 1つの形であり、決して間違えではありません。福祉といえども決められた枠の中でやっていくことは従業員を守るためにも必要なことであり、時に「冷たい」と言われても受けないことに徹することも 1つのスタイルだと思います。

 

しかしながらこれだけシャドーワークと呼ばれるものが多いのは何故なのか。

個人的にはシャドーワークの生まれる背景に「制度で拾いきれないもの」があるからではないかと思います。今の制度ではどうしても抜け落ちてしまう、しかしそれをそのまま見過ごすこともできない、誰かがやってくれれば助かるがそれを「誰」がやるのか、結局誰もやらない・やれないならやらざるを得ない・・・がシャドーワークにつながっていくのだと思います。

 

先のように「割り切れる」のであれば、シャドーワークを抱えることはありません。

しかし利用者のことを大事にしている事業所であったり、ソーシャルワークを突き詰めて考えるような人だと、どうしてもシャドーワークを抱えやすくなってしまうと思います。

 

そういう自分も、シャドーワークを抱えるタイプの 1人です。今思いつくだけでも・・・

・障害福祉サービスの代行手続き(自立支援医療などを含む)

・生活面の同行支援(携帯電話の契約同行など)

・各種手続きの同行支援(都営住宅の減免手続きなど)

 

また支援業務として必要な仕事ながら報酬算定されないものもあります。

例えば新しい事業所の利用を検討しているが支援者の同行を求められたときに、ご本人と一緒に支援者も同行します。これ自体は当然のことでありますが、この「同行」自体に報酬は基本的に発生しません。あくまで発生するのは計画の作成時やモニタリング時だけで、それ以外の時に事業所への同行支援を行ってもその月の支援実績にはなりません。そう考えれば、これもシャドーワークの1つになるのではないかと思います。

 

これはあくまで自分のことを挙げましたが、事業所ごとにも色々あると思います。

急遽救急対応が必要になったけど一人暮らしで身寄りがない場合に同行することや、やはり一人暮らしで身寄りのない人がうちの事業所以外に繋がりがないため、結果的にうちで支援することになることも。そのことを役所に相談に行っても門前払いになることはよくある話。困っているのに、その相談すら聞いてもらえないことは普通です。

 

これが先にあげた「誰もやらないから、やらざるを得ない」です。

「本来業務ではありませんので、やりません」と済ませられればそれでいいのですが・・・長く関わっている利用者であればある分だけ、ドライな対応はできないものです。だから抱え込んでしまい、シャドーワークが多くなってしまうのだと思います。

 

ただこれだけシャドーワークがあると、もはやシャドーワークと言えないのでは。

自分たち相談支援専門員の立場から言えば、その地域に数多くのシャドーワークが存在しているということは、それだけその地域に同じニーズを抱えている人が多く存在しているのであり、それは「地域課題」であるとも言えるのではないでしょうか。

 

地域課題と捉えるためには、これらシャドーワークの分類が必要です。

どんなシャドーワークが存在しているのかをしっかり抽出し、多く抽出されたものが優先的に解決していくべき地域課題になります。「誰かに任せる」という構造を解消するためには地域でこれらの課題に向き合っていくことが大事だと思います。

 

そしてシャドーワークを評価することも大事です。

今の報酬体系では、書かれていることをすれば報酬として認められますが、書かれていないことは報酬として認められません。だから「書いてないことをやらない」というのは「報酬として評価されないことは、しない」と言うことを意味するのだと思います。

 

でも現実は、先程も述べた通り「拾いきれないもの」が多くあります。

いわゆる「制度の網から抜け落ちるもの」が無数に存在しています。もちろん全てを拾い上げることは不可能だと思いますが、一方で抜け落ちていくものをサポートした時の評価をしなければ、取り組んだところだけが負担を抱えることになってしまいます。またそれをいいことに行政を含めその事業所に対応を求めていく現状にも繋がっていきます。言葉では「助かります」と言いつつも、それが評価されずに積み重なることは正しいことなのか・・・それこそ「やりがい搾取」以外の何者でもありません。

 

重要なのは「やりなさい」ではなく、「取り組んでもらえれば評価」です。

シャドーワークを求めるのではなく、取り組んでもらえた事業所にはその分を評価(=報酬をつける)します、が必要ではないかと思います。本来業務を超えてまで支援する必要はないけど、それを超えて支援をし利用者の生活を支えている事業所に対しては正当に評価すれば、シャドーワークで業務が・・・と言うのをちょっとだけ和らげるのではないのかと感じています。

 

もちろん、これらの問題が解決するのが一番なのは言うまでもありません。

しかしながら対人援助では簡単に割り切れないものが多く存在し、それは何かの取扱説明書のようにやれば済むものではありません。だからこそ、適切な評価をすることは必要なのではないでしょうか。もっと言えば、福祉従事者の待遇改善も適切な評価がされていないから問題になっているのであり、正当な評価をすることは健全な社会構造を構築するために必要不可欠なことではないでしょうか。