「いかがなものか」
自民党でも民主党でも、政治家がよく使う「仮定の質問には答えられない」という決まり文句がある。最近は政治家だけの専売ではないようだが。これは、都合のいい逃げ口上のようにも聞こえる。乱発するのは「いかがなものか」と思うねえ。
「もし北朝鮮が攻めてきたら……」という仮定の質問にたいしてだったら、「だから、そういう他国の侵略に備えて、国土・国民の命を守るために軍をもたなきゃいけないんだ。そのためにはどうしても憲法を改正しなければいけない」と熱を込めて答える自民党議員がけっこういるんじゃないでしょうか。危険だねえ。いざ有事となったら軍は国民の命なんか守りゃせん。災害出動じゃないんだから。
何かを仮定するという誘惑はあらがいがたいし、仮定の仕方によっちゃあ、答えを一定の方向に誘導する危険もある。だからやっぱり答えないほうが無難だということになるのか。
では可能性からみたらどうか。まったく可能性のない仮定では意味がない。「アメリカが攻めてきたら……」、この仮定は意味がないか。いやいや、わからんね。あの国はイライラ戦争のときはイラク側について、ラムズフェルドなんかフセインとあつい握手を交わしていた。ところが、掌を返すように、イラクは大量破壊兵器をつくっている証拠がある、その査察を拒否している、アルカイダと関係があるからテロ支援国家だなどと、ないことばかりいいつのって、軍事攻撃するような国だ。きょうの友は、アメリカの都合で簡単にあしたには敵になる。アルカイダだって、ロシアが生みだしアメリカが育てたようなもんだ。北朝鮮が攻撃してくる可能性とどちらが高いかわかったもんじゃない。
インド洋の給油問題について考えていることを書こう思ったけど、あのときの首相や次の首相の顔が浮かんで、だんだん胸くそが悪くなってきたので、やめた。あしたから違う話題にします。
「もし北朝鮮が攻めてきたら……」という仮定の質問にたいしてだったら、「だから、そういう他国の侵略に備えて、国土・国民の命を守るために軍をもたなきゃいけないんだ。そのためにはどうしても憲法を改正しなければいけない」と熱を込めて答える自民党議員がけっこういるんじゃないでしょうか。危険だねえ。いざ有事となったら軍は国民の命なんか守りゃせん。災害出動じゃないんだから。
何かを仮定するという誘惑はあらがいがたいし、仮定の仕方によっちゃあ、答えを一定の方向に誘導する危険もある。だからやっぱり答えないほうが無難だということになるのか。
では可能性からみたらどうか。まったく可能性のない仮定では意味がない。「アメリカが攻めてきたら……」、この仮定は意味がないか。いやいや、わからんね。あの国はイライラ戦争のときはイラク側について、ラムズフェルドなんかフセインとあつい握手を交わしていた。ところが、掌を返すように、イラクは大量破壊兵器をつくっている証拠がある、その査察を拒否している、アルカイダと関係があるからテロ支援国家だなどと、ないことばかりいいつのって、軍事攻撃するような国だ。きょうの友は、アメリカの都合で簡単にあしたには敵になる。アルカイダだって、ロシアが生みだしアメリカが育てたようなもんだ。北朝鮮が攻撃してくる可能性とどちらが高いかわかったもんじゃない。
インド洋の給油問題について考えていることを書こう思ったけど、あのときの首相や次の首相の顔が浮かんで、だんだん胸くそが悪くなってきたので、やめた。あしたから違う話題にします。
官僚のつづき
明治二二年、明治憲法発布翌日の二月一二日、黒田清隆首相は政府の独自性を強調する政治理念「超然主義」を唱えた。要するに、議会や政党なんてものは無視して、薩長を基軸とする藩閥政府が政治をつかさどることを強調した。その中堅をになったのが、このころ擡頭してきた専門官僚である。
彼らは、東大を卒業してヨーロッパに留学し、猛勉強をして専門知識を身につけ、帰国したエリートたちである。選挙で当選してきた在野の知識人ごときに国政がになえるはずがなかろうという意識が強い。苦労を重ねてヨーロッパの最新の知識をえてきた自負が官僚たちにはあった。彼らは議会や政党を軽視し、大衆を蔑視する。エリート意識から権威主義が生まれ、独善性を強めていくわけである。
というようなことが近代史の本に書かれているが、いままで官僚批判というものがあったが、官僚機構はびくともしない。民主党が政権をとったとして、この強固が官僚機構にどういうふうに手を入れていくんだろうかね。
ところで、この藩閥政治と真っ向から闘い、自由民権をかかげた自由党幹部に竹内綱(たけのうちつな)がいる。吉田茂の父、すなわち麻生太郎の曾祖父である。母方といい、父方といい、血筋はいいようだけど……
以前から疑問に思っていて、いまだにわからないんだが、敗戦の八月一五日に鈴木貫太郎内閣が総辞職し、一七日に東久邇稔彦内閣が成立する。東久邇首相は、国民全体が徹底的に反省して、懺悔しなければならないという「一億総懺悔」を説くのだが、そのころ東久邇は直接国民の声を聞こうとして、国民に「手紙をください」と呼びかけた。それで手紙がどっとくる。いちばん多いのは「食糧問題改善」であった。ついで「官僚打倒、官僚機構の徹底的改正、政界、財界の総退陣、統制経済の撤廃」であったという。
食糧問題が一番というのはよくわかるが、二番目に官僚打倒がくるのは具体的にどういうことなのか。出典は東久邇が書いたものだから、彼の意向も含まれているという可能性もあるが……。
はじめに触れた第二代首相黒田清隆はもと薩摩藩士で、酒癖が悪く、北海道開拓次官だったころ、酒を飲んだ上で、女房を一刀のもとに切り捨てているらしい。当時新聞に書き立てられたが、時の権力者大久保利通が弁護して、うやむやにしている。陰謀説もあるが、事実だという歴史家もいる。
彼らは、東大を卒業してヨーロッパに留学し、猛勉強をして専門知識を身につけ、帰国したエリートたちである。選挙で当選してきた在野の知識人ごときに国政がになえるはずがなかろうという意識が強い。苦労を重ねてヨーロッパの最新の知識をえてきた自負が官僚たちにはあった。彼らは議会や政党を軽視し、大衆を蔑視する。エリート意識から権威主義が生まれ、独善性を強めていくわけである。
というようなことが近代史の本に書かれているが、いままで官僚批判というものがあったが、官僚機構はびくともしない。民主党が政権をとったとして、この強固が官僚機構にどういうふうに手を入れていくんだろうかね。
ところで、この藩閥政治と真っ向から闘い、自由民権をかかげた自由党幹部に竹内綱(たけのうちつな)がいる。吉田茂の父、すなわち麻生太郎の曾祖父である。母方といい、父方といい、血筋はいいようだけど……
以前から疑問に思っていて、いまだにわからないんだが、敗戦の八月一五日に鈴木貫太郎内閣が総辞職し、一七日に東久邇稔彦内閣が成立する。東久邇首相は、国民全体が徹底的に反省して、懺悔しなければならないという「一億総懺悔」を説くのだが、そのころ東久邇は直接国民の声を聞こうとして、国民に「手紙をください」と呼びかけた。それで手紙がどっとくる。いちばん多いのは「食糧問題改善」であった。ついで「官僚打倒、官僚機構の徹底的改正、政界、財界の総退陣、統制経済の撤廃」であったという。
食糧問題が一番というのはよくわかるが、二番目に官僚打倒がくるのは具体的にどういうことなのか。出典は東久邇が書いたものだから、彼の意向も含まれているという可能性もあるが……。
はじめに触れた第二代首相黒田清隆はもと薩摩藩士で、酒癖が悪く、北海道開拓次官だったころ、酒を飲んだ上で、女房を一刀のもとに切り捨てているらしい。当時新聞に書き立てられたが、時の権力者大久保利通が弁護して、うやむやにしている。陰謀説もあるが、事実だという歴史家もいる。
官僚
ようやく、ネットにつながるようになった。というわけで、ブログも再開です。
きょう麻生の所信表明演説があった。所信表明とは、総理大臣がどのような政治理念にもとづいて,どのような政策を実現していこうとしているのか、ということを国民に表明するものだと思っていたけれど、ありゃ、国民じゃなくて野党に向けて、こうなんだ、どうなんだと質したりしているわけだから、選挙用演説じゃねーかと思ったね。せいぜいあの程度のうつわの政治家ということか。加えてあの品性のなさだから、ますます嫌いになった。
それにしても国交相の中山の発言にはあきれかえった。あの無神経さは官僚時代につちかわれたものなのかねえ。日本には、先住民としてのアイヌの人たちや、日本に生まれ育った在日朝鮮の人たちがいる。そんなことは中学生でも知っているだろう。おそらく中山の念頭には沖縄の人たちも念頭に入っていないだろうねえ。日教組をブチこわすのはいいが、その前に、おまえが勉強し直せといいたい。でも、もうあの役人独特の独善性はぬぐいがたいだろう。閣僚を選ぶにも、自民党にはこんな低レベルの政治家しかいないんだ。
たしかに日教組は、子どもの教育よりイデオロギーに奉仕してきたという側面は強く批判されてしかるべきだが、権力側にいて、憲法を尊重しない官僚や政治家のほうこそ、この国を危うくするんじゃないかと思う。
保険料着服、帳簿改竄、無駄やりたい放題の社保庁にせよ、食糧ではない事故米を食品会社におろし、事前通告の上の検査をしていたというお粗末さが表面化してもなお、当方に責任はないと臆面もなくいう農水省にせよ、官僚というのは、いったいどういう生き物なんだろうか。
辻まことの「官僚の唄」――「組織の中でワタシは一本のネジ。世の中のガタガタはネジ山が甘いからで、ワタシの知ったことじゃない」。官僚が責任をとるどころか、感じることもない。ネジをしめる政治家も似たり寄ったりじゃ、ますます世の中はガタガタになるばかりだ。
いま問題になっている官僚機構というのは、小沢一郎がよくいうように明治にさかのぼる。まったく強固なものだ。その根は、第二代首相、黒田清隆の打ち出したあの「超然主義」にある。
きょう麻生の所信表明演説があった。所信表明とは、総理大臣がどのような政治理念にもとづいて,どのような政策を実現していこうとしているのか、ということを国民に表明するものだと思っていたけれど、ありゃ、国民じゃなくて野党に向けて、こうなんだ、どうなんだと質したりしているわけだから、選挙用演説じゃねーかと思ったね。せいぜいあの程度のうつわの政治家ということか。加えてあの品性のなさだから、ますます嫌いになった。
それにしても国交相の中山の発言にはあきれかえった。あの無神経さは官僚時代につちかわれたものなのかねえ。日本には、先住民としてのアイヌの人たちや、日本に生まれ育った在日朝鮮の人たちがいる。そんなことは中学生でも知っているだろう。おそらく中山の念頭には沖縄の人たちも念頭に入っていないだろうねえ。日教組をブチこわすのはいいが、その前に、おまえが勉強し直せといいたい。でも、もうあの役人独特の独善性はぬぐいがたいだろう。閣僚を選ぶにも、自民党にはこんな低レベルの政治家しかいないんだ。
たしかに日教組は、子どもの教育よりイデオロギーに奉仕してきたという側面は強く批判されてしかるべきだが、権力側にいて、憲法を尊重しない官僚や政治家のほうこそ、この国を危うくするんじゃないかと思う。
保険料着服、帳簿改竄、無駄やりたい放題の社保庁にせよ、食糧ではない事故米を食品会社におろし、事前通告の上の検査をしていたというお粗末さが表面化してもなお、当方に責任はないと臆面もなくいう農水省にせよ、官僚というのは、いったいどういう生き物なんだろうか。
辻まことの「官僚の唄」――「組織の中でワタシは一本のネジ。世の中のガタガタはネジ山が甘いからで、ワタシの知ったことじゃない」。官僚が責任をとるどころか、感じることもない。ネジをしめる政治家も似たり寄ったりじゃ、ますます世の中はガタガタになるばかりだ。
いま問題になっている官僚機構というのは、小沢一郎がよくいうように明治にさかのぼる。まったく強固なものだ。その根は、第二代首相、黒田清隆の打ち出したあの「超然主義」にある。
老い、老い
人間は60になっても、70になっても生殖に参加する男はいくらでもいる。そういうヒトは老年期に入ったとはいわないのだろうか。外見は、性の欲望を失った男と大差のない爺さんに見えても、老けこんだということをあまり感じさせないのだろう。だけど、いくらがんばったところで、欲望を充足させるエネルギーが衰えていることはまちがいない。
女性の場合は閉経後に子を産むことはない。かといって性の衝動を失ったわけではないだろう。男も女も、50過ぎれば性愛からだんだん遠ざかるもので、恋愛感情を抱いたり情欲に傾くのは年甲斐もなく、滑稽だと考えるのがふつうだ。
しかし、中村真一郎の『日本古典に見る性と愛』に教えられたのだが、日本の古代ではいまの通念では考えられない性愛の型があった。源氏物語はそういうさまざまな恋愛、情欲の型を描き出している。もっとも驚嘆するのは女性の恋愛年齢の幅の広さである。中村は、その幅の広さこそ文明の成熟度の高さを示しているという。60に近い宮廷女性が、貴族社会の花形である二人の十代の男性を同時に閨房(寝室)に迎え入れている例を取りあげて、「還暦を迎えてもまだ堂々と、彼女の孫たちと肩を並べて、恋愛戦線で戦っている。なんと高級な文明社会であろう」と。
源氏よりさらに古い伊勢物語は、在原業平という実在の人物が主人公の歌物語である。業平は階級、年齢を問わず、さまざまな女性と関係する。実在といっても、その時代の恋愛や性愛の諸相を業平の行実に体現させているもので、当時のひとつの恋愛観を代表しているという。源氏がつくられた藤原時代と違って、伊勢の成立した時代は貴族階級が固定されてはおらず、民衆の伝説を吸収して、庶民の恋愛観をも含んでいる。
業平はおのれの欲望のまま、帝の寵愛する女性と交わって流罪となったり、処女でなければならない斎宮と通じたり、白髪の老婆と交わっているのだ。いずれのエピソードも業平が非難されることはない。むしろ貴族の理想像としてその地位を獲得していく。「好色」の誕生である。
老婆は立派な3人の息子があった。彼女は姓の衝動に駆られて男の肉体を欲した。二人の息子は黙っていたが、末の息子がその思いをかなえてやろうと、業平に依頼するのである。「けじめ見せぬ」好色の業平は、その老婆と交わるわけである。伊勢の作者はこの老婆の欲望を年甲斐のないという感じ方でとらえていない。
現代の名のある歌人はある雑誌で、「無惨なまでに滑稽」「異様な振舞」と書いていた。近代の通念でとらえた見方だろう。
老年期にはいったら、こういう欲望を昇華しなくてはいけないというのは湯川秀樹だ。
あしたから週末は京都だ。つづきは来週。
女性の場合は閉経後に子を産むことはない。かといって性の衝動を失ったわけではないだろう。男も女も、50過ぎれば性愛からだんだん遠ざかるもので、恋愛感情を抱いたり情欲に傾くのは年甲斐もなく、滑稽だと考えるのがふつうだ。
しかし、中村真一郎の『日本古典に見る性と愛』に教えられたのだが、日本の古代ではいまの通念では考えられない性愛の型があった。源氏物語はそういうさまざまな恋愛、情欲の型を描き出している。もっとも驚嘆するのは女性の恋愛年齢の幅の広さである。中村は、その幅の広さこそ文明の成熟度の高さを示しているという。60に近い宮廷女性が、貴族社会の花形である二人の十代の男性を同時に閨房(寝室)に迎え入れている例を取りあげて、「還暦を迎えてもまだ堂々と、彼女の孫たちと肩を並べて、恋愛戦線で戦っている。なんと高級な文明社会であろう」と。
源氏よりさらに古い伊勢物語は、在原業平という実在の人物が主人公の歌物語である。業平は階級、年齢を問わず、さまざまな女性と関係する。実在といっても、その時代の恋愛や性愛の諸相を業平の行実に体現させているもので、当時のひとつの恋愛観を代表しているという。源氏がつくられた藤原時代と違って、伊勢の成立した時代は貴族階級が固定されてはおらず、民衆の伝説を吸収して、庶民の恋愛観をも含んでいる。
業平はおのれの欲望のまま、帝の寵愛する女性と交わって流罪となったり、処女でなければならない斎宮と通じたり、白髪の老婆と交わっているのだ。いずれのエピソードも業平が非難されることはない。むしろ貴族の理想像としてその地位を獲得していく。「好色」の誕生である。
老婆は立派な3人の息子があった。彼女は姓の衝動に駆られて男の肉体を欲した。二人の息子は黙っていたが、末の息子がその思いをかなえてやろうと、業平に依頼するのである。「けじめ見せぬ」好色の業平は、その老婆と交わるわけである。伊勢の作者はこの老婆の欲望を年甲斐のないという感じ方でとらえていない。
現代の名のある歌人はある雑誌で、「無惨なまでに滑稽」「異様な振舞」と書いていた。近代の通念でとらえた見方だろう。
老年期にはいったら、こういう欲望を昇華しなくてはいけないというのは湯川秀樹だ。
あしたから週末は京都だ。つづきは来週。