閑話休題 -23ページ目

私の愛した詩人 13  高村光太郎-1

 

     あどけない話

 智恵子は東京に空が無いという

 ほんとの空がみたいといふ。

 私は驚いて空を見る

 桜若葉の間に在るものは

 切っても切れない

 むかしなじみのきれいな空だ。

 どんよりくもる地平のぼかしは

 うすももいろの朝のしめりだ。

 智恵子は遠くを見ながら言ふ。

 阿多々羅山の山の上に

 毎日出てゐる青いそらが

 智恵子のほんとの空だといふ。

 あどけない空の話である。

 

   樹下の二人

 あれが阿多々羅山

 あの光るのが阿武隈川

 

 かうやって言葉すくなにすわっていると

 うっとりねむるやうな頭の中に

 ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります

 この大きな冬のはじめの野山の中に、

 あなたと二人静かに燃えて手をくんでいる喜びを

 下を見ているあの白い雲にかくすのは止しましょう。

 

 あなたは不思議な仙丹を魂の壺にくゆらせて

 ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか。

 ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は

 ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり

 無限の境に烟るものこそ

 こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、

 こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を注いでくれる

 むしろ魔もののように捉へがたい

 妙に変幻するものですね。

 

 あれが阿多々羅山 

 あの光るのが阿武隈川

 

 ここはあなたの生まれたふるさと

 あの小さな白壁の點點があなたのうちの酒蔵

 それでは足をのびのびと投げ出して

 このがらんと晴れ渡った北国の木の香りにに満ちた空気を吸はう。

 あなたはそのもののやうなこのひいやりと快い

 すんなりと弾力のある雰囲気に肌を洗はう。

 私は又あした遠く去る

 あの無頼の都、混沌たる愛憎の渦の中へ

 私の恐れる、しかも執念深いあの人間喜劇のただ中へ

 ここはあなたの生まれたふるさと

 もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を教えて下さい。

 

 あれが阿多々羅山

 あの光るのが阿武隈川。

 

 

 

私の愛した詩人 13-2 高村光太郎

 

    風に乗る智恵子

 狂った智恵子は口をきかない

 ただ尾長やチドリと相圖する

 防風林の丘つづき

 いちめんの松の花粉は黄いろく流れ

 五月晴れの風に九十九里の濱はけむる

 智恵子の浴衣が松にかくれ又あらわれ

 白い砂には松露がある

 わたくしは松露をひろひながら

 ゆっくり智恵子のあとをおふ

 尾長や千鳥が智恵子の友だち

 もう人間であることをやめた智恵子に

 恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場

 智恵子飛ぶ

 

    千鳥と遊ぶ智恵子

 人っ子ひとりいない九十九里の砂浜の

 砂にすわって智恵子は遊ぶ

 無数の友だちが智恵子の名をよぶ

 ちい、ちい、ちい、ちい、ちい―

 砂に小さな趾をつけて

 千鳥が智恵子に寄って来る

 口の中でいつでも何か言っている智恵子が

 両手をあげてよびかえす。

 ちい、ちい、ちい、―

 両手の貝を千鳥がねだる 

 智恵子はそれをばらばら投げる 

 群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ

 ちい、ちい、ちい、ちい、ちい、―

 人間商売さらりとやめて

 もう天然の向うへ行ってしまった智恵子の

 うしろ姿がぼつんと見える

 二丁も離れた防風林の夕日の中で

 松の花粉をあびなかせら私はいつまでも立ち尽くす

 

     レモン哀歌

 そんなにもあなたはレモンを待ってゐた

 かなしくも白くあかるい死の床で

 私の手からとった一つのレモンを

 あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

 トバースいろの香気が立つ

 その数滴の天のものなるレモンの汁は

 ぱっとあなたの意識を正常にした

 あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

 わたくしの手を握るあなたの力の健康さよ

 あなたの咽喉に嵐はあるが

 かういふ命の瀬戸ぎわに

 智恵子はもとの千恵子となり

 生涯の愛を一瞬にかたむけた

 それから一時

 昔山巓ーさんてんーでしたような深呼吸を一つして 

 あなたの機関はそれなりとまった

 写真の前に挿した桜の花かげに

 すずしく光るレモンを今日も置かう

 

 高村光太郎 明治16年~昭和31年。東京で有名な彫刻家、高村光雲の長男として生まれる。東京美術学校で彫刻を学び、また

与謝野晶子『新詩社」同人となり、詩にも卓越する。詩集『道程』。福島県二本松の長沼千恵子と恋愛結婚。彼女の狂気の時も寄り添い、詩集『智恵子抄』を遺す。智恵子の切り絵も有名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 私の愛した詩人 13  高村光太郎-1

 

     あどけない話

 智恵子は東京に空が無いという

 ほんとの空がみたいといふ。

 私は驚いて空を見る

 桜若葉の間に在るものは

 切っても切れない

 むかしなじみのきれいな空だ。

 どんよりくもる地平のぼかしは

 うすももいろの朝のしめりだ。

 智恵子は遠くを見ながら言ふ。

 阿多々羅山の山の上に

 毎日出てゐる青いそらが

 智恵子のほんとの空だといふ。

 あどけない空の話である。

 

   樹下の二人

 あれが阿多々羅山

 あの光るのが阿武隈川

 

 かうやって言葉すくなにすわっていると

 うっとりねむるやうな頭の中に

 ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります

 この大きな冬のはじめの野山の中に、

 あなたと二人静かに燃えて手をくんでいる喜びを

 下を見ているあの白い雲にかくすのは止しましょう。

 

 あなたは不思議な仙丹を魂の壺にくゆらせて

 ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか。

 ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は

 ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり

 無限の境に烟るものこそ

 こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、

 こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を注いでくれる

 むしろ魔もののように捉へがたい

 妙に変幻するものですね。

 

 あれが阿多々羅山 

 あの光るのが阿武隈川

 

 ここはあなたの生まれたふるさと

 あの小さな白壁の點點があなたのうちの酒蔵

 それでは足をのびのびと投げ出して

 このがらんと晴れ渡った北国の木の香りにに満ちた空気を吸はう。

 あなたはそのもののやうなこのひいやりと快い

 すんなりと弾力のある雰囲気に肌を洗はう。

 私は又あした遠く去る

 あの無頼の都、混沌たる愛憎の渦の中へ

 私の恐れる、しかも執念深いあの人間喜劇のただ中へ

 ここはあなたの生まれたふるさと

 もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を教えて下さい。

 

 あれが阿多々羅山

 あの光るのが阿武隈川。

 

 

 

 

 

  

 

 私の愛した詩人  12 蔵原伸二郎

 

 遠い友よ

 風の中

 まひるの山の峠で出会った

 あなたよ

 

 こかげの岩かげ

 二人はしばらく蝉の声に

 耳をかたむけ 

 遠い雲をみていたっけ

 

 あなたはのぼり道 私は下り

 あのひとときの出会い

 みじかい対話

 あかるいイメージ

 

 風のなか「さようなら」

 桔梗が一本ゆれていた

 あなたは やがて

 

 白い夏帽子に真ひるの陽をうけ

 蝶のように

 すすきのかげに消えていった。

 

 蔵原伸二郎 明治32~昭和40年。熊本県生まれ。阿蘇神社の祭官の出自。日本詩人賞を受ける。

 

 私の愛した詩人 11 百田宗治

 

  春  宵

 ある晩

 私は坂の途中の

 一軒の仕立屋の前を通りかかった。 

 障子窓のはまった

 貧しげな小さい店であった

 たゝ゛一つ天上から吊るされた電燈の下で

 亭主は裁縫台にむかつてその仕事を続けていた

 傍らには赤い手柄をかけた細君が

 同じように鏝-こてーをつかって

 せっせと夜なべに耽っていた。

 

 何気なく行き過ぎて仕舞ひそうな

 小さな店であった。

 然しそこから漏れる灯火が

 暗い石ころ道を照らしていた

 その家だけが

 起きていた

 亭主は裁ち物をし

 細君か鏝をかけ

 傍らには火鉢の火がしゅんしゅんと沸っていた。

 

 空には小さい冷たげな星が瞬いていた

 三月の夜風が

 ただひとり歌うたって

 途絶えた往来を通り過ぎて行った。

 

 硝子戸のはまつた

 貧しげな小さい店であった

 坂の中途にたゞ一軒

 その家だけが明るい灯火を洩らしてゐた

 亭主は裁ち物をし

 細君は鏝をかけ

 傍らには湯がしゅんしゅんと沸ってゐた。

 

 百田宗治 明治26~昭和30年。大阪市生まれ。高等小学校卒。青年期から詩作に入る。自由詩が主流。

 

私の愛した詩人 10   宮沢賢治

 

  十一月三日

 雨ニモマケズ

 風ニモマケズ

 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

 丈夫ナカラダヲモチ

 欲ハナク

 決シテ瞋ラズ

 イツモシヅカニワラッテイル

 一日ニ玄米ト少シノ野菜ヲタベ

 アラユルコトヲ

 ジブンノカンジョウニ入レズニ

 ヨクミキキシワカリ

 ソシテワスレズ

 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ

 小サナ藁ブキノ小屋にニヰテ

 東ニ病気ノコドモアレバ

 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

 南二死ニサウナ人アレバ

 行ッテコワガラナクテモイイトイヒ

 北ニケンカヤソショウガアレバ

 ツマラナイカラヤメロトイヒ

 ヒデリノトキハナミダヲナガシ

 サムサノナツハオロエロアルキ

 ミンナニデクノボウトヨバレ

 ホメラレモセズ

 クニモサレズ

 サウイフモノニ

 ワタクシハナリタイ

 

 宮澤賢治 明治29~昭和8年 詩人、児童文学作家。晩年の病臥の中で、晩年の理想像を詩にしたといわれる、有名な詩。

 また『銀河鉄道の夜』は、宇宙旅行の美しくも幻想的な世界を綴った童話で有名。

 

 

 私の愛した詩人 9 佐藤春夫

 

  或とき人にあたえて              海辺の恋                秋刀魚の歌 

片こひの身にしあらねば       こぼれ松葉をかきあつめ      あわれ

わが得しはたがこころ妻       をとめのごとき君なりき       秋風よ

いねか゛てのわが冬の夜ぞ     こぼれ松葉に火をはなち      情ーこころーあらば伝えてよ

うつつよりはかなしうつつ      わらべのごときわれなりき      ――男ありて

ゆめよりもおそろしき夢                             今日の夕餉に ひとり

こころ妻ひとにいだかせ       わらべとをとめよりそひぬ     さんまを食らひて

身も霊もをののきふるひ       ただたまゆらの火をかこみ     思いにふける、と

冬の夜のわがひとり寝ぞ        うれしくふたり手をとりぬ

                                                 かなしきことをただ夢み。            さんま、さんま

また或るとき人に与えて                             そが上に青き蜜柑の酢をしたたらせ                                  

しんじつふかき恋あらば       入日のなかに立つけぶり      さんまを食ふはその男がふる里のならひなり

わかれのこころな忘れそ      ありやなしやとただほのか      そのならひをあやしみなつかしみて 女は

おつるなみだはただ秘めよ     海辺の恋のはかなさは       いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかいけむ

ほのかなるこそ大息ーといきーなれ   こぼれ松葉の火なりけむ      あわれ、人に棄てられんとする人妻と

数ならぬ身といふなかれ                            妻にそむかれたる男と食卓にむかえば

ひるはひるゆゑ忘るとも           感傷肖像            愛薄き父をもちし女の児は

ねざめの夜半ーよはーに思へかし  摘めといふから           小さき箸をあやつりなやみつつ

                       ばらをつんでわたしたら           父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや

     よきひとよ           無心にそれをめちゃめちゃに

よきひとよ、はかなからずや     もぎくだいている           あわれ

うつくしきなれが乳ぶ゛さも      それで、おこったら          秋かぜよ

いとあまきそのくちびるも       おどろいた目をひらいて       情ーこころーあればつたえてよ

手をとりて泣けるちかひも     そのこなごなになった花びらを     夫にさられざりし妻と

わがけふのかかるなげきも    そっとわたしの手にのせた。     父を失はざりし幼子ーおさなごーとに

うつり香の明日はきえつつ     その目は泪ぐんでわらひ      伝えてよ

めぐりあふ後さへ知らず      その口はわらって頬は泣いている  ――男ありて

よきひとよ、地上のものは     表情の戸まよひしに          今日の夕餉に、ひとり

切なくもはかなからずや       このモナリザはまるで小娘だ。    さんまを喰らひて涙ながす と。

 

                                           さんま、さんま                          

                                           さんま苦いか塩っぱいか

                                           そが上に熱き涙をしたたらせて

                                           さんまを食らふはいづこの里のならひぞや。

                                           あわれ

                                           げにそは問はまほしくをかし。

 

 

 和歌山新宮の生まれ。『田舎の憂鬱』、『都会の憂鬱』や『純情詩集』など,文学、詩などで独特の境地を歩んだ。

谷崎潤一郎の妻が、日常虐待されているのに同情し、谷崎と離婚の上その妻を娶る。有名な事件。その女との

愛の交流が上の歌に詠まれている。

 

 

 

 私の愛した詩人11 室生犀星

 

      小景異情                   少女ポンタン悼詩                侘しい郊外で

 白魚はさびしからずや              ポンタン実る樹のしたにねむるぺし  まだ宵の内の

 そのくろき瞳はなんといふ        ポンタン思えば涙は流る         山の手の樹がくれにある侘しい小間物屋

 なんというしおらしさぞよ         ポンタン遠い鹿児島で死にました   ほこりにまみれた流行おくれの

 そとひる餉をしたためる         ポンタン九つ                 色も匂いもあせなかった

 わがよそよそしさと            ポンタンは真珠                リボンや櫛半襟をひさいだ店先に

 かなしみと                 ポンタン万人に可愛がられ                そして何ひとつ華やいだもののない

 ききともなやな雀しば啼けり       いろはにほへと らりるれろ       荒れたまづしい商店に、

                          ああ らりるれろ

 ふるさとは遠きにありて思ふもの        可愛いいその手も遠いところへ     私は色の褪めた寒い女を見た

 そしてかなしくうたふもの         天のははびとたづね行かれた      そそけた髪をつかね

 よしや                     あなたのおじさん              膝や足首をあらはにし

 うらぶれて異土のこじきしなるとても   あなたたづねて すずめのお宿           そして赤ん坊を抱きながらあやしながら

 帰るところにあるまじや           ふじこ来ませんか                                  ゐる姿を見た

 ひとり都のゆふぐれに          ふじこ居ませんか              自分でつとめて微笑って見せ

 ふるさとおもひ涙ぐむ                                      赤ん坊をほほえまそうとしている

 そのこころもて                                                       

 遠きみやこにかへらばや                                  そとには人通りもない、

 遠きみやこにかへらばや                                 ただ彼女はくらい電灯の下で

                                                  一心に子供をあやしている

 あんずよ花着け                                       そのみにくい荒い顔立ちが

 地ぞ早やに輝け                                           愛しようとする

 あんずよ花着け                                        柔らかい心持ちにくづれている

 あんずよ燃えよ

 ああ あんずよ花着け                                                                            私はそれを通りすがりに

                                                   わけもなく見て過ぎた

                                                                                                               さういふ私の心に久しぶりで平和が来た。

 

  金沢生れ。父と女中(一説に金沢遊郭の遊女)との、私生児として生まれ、七つの時貧乏寺に養子、小学3年で裁判所の給仕となる。

「故郷は遠きにありて思ふもの」の詩は、少年期の苦い回想を抜きにしては理解できない。差別的な故郷から脱出してから、天性の詩人に成長する。彼の詩や小説を愛するファンが多い。

 

 私の愛した詩人7  萩原朔太郎

 

      夜汽車                      旅上                          帰郷

 有明のうすらあかりは            ふらんすに行きたしと思へども           わが故郷に帰れる日

 硝子戸に指のあとつめたく         ふらんすはあまりに遠し               列車は烈風の中を突き行けり

 ほの白みゆく山の端は            せめて新しき背広をきて                                ひとり車窓に目醒むれば

 みずがねのごとくしめやかなれども    きままなる旅にいでてみん             汽笛は闇に吠え叫び

 まだ旅人のねむりさめやらねば       汽車が山道をゆくとき                火焔は平野を明るくせり

 つかれたる電燈のためいきばかり     みづいろの窓によりかかりて            まだ上州の山は見えずや

              こちたしや       われひとりうれしきことをおもわむ        夜汽車の灰暗き車燈の影に

 あまたるきにすのにほひも          五月の朝のしののめの              母なき子供らは眠り泣き

 そこはかとなきはまきたばこの烟さへ   うら若草のもえいづる心まかせに        ひそかに皆わが憂愁を探れるなり

 夜汽車にあれたる舌には侘しきを                                   嗚呼また都を逃れきて

 いかばかり人妻は身をひきつめて        利根川のほとり                 何所の家郷に行かんとす   

              嘆くらむ         きのふまた身をなげむと思ひて         過去は寂寥の谷に連なり

 まだ山科は過ぎずや              利根川のほとりをさまよひしが          未来は絶望の岸に向へり

 空気枕の口金をゆるめて           水のながれはやくして               砂礫のごとき人生かな!

 そっと息をぬいてみる女ごころ        わがなげきせきとめるすべもなければ     われ既に勇気おとろへ

 ふと二人かなしさに身をすりよせ       おめおめと生きながらへて            暗澹として長なへに生きるに倦みたり

 しののめちかき汽車の窓より         今日もまた河原に来たり石投げて       いかんぞ故郷に独り帰り

              ながむれば                      遊び暮らしつ      寂しくまた利根川の岸に立たんや

 ところもしらぬ山里に              きのふけふ                      汽車は曠野を走り行き

 さも白く咲きてゐたるをだまきの花      ある甲斐もなきわが身をばかくばかり     自然の荒寥たる意思の彼方に

                                        いとしと思ふうれしさ    人の憤怒を激しくせり

                             たれかは殺すとするものぞ

                             抱きしめて抱きしめてこそ泣くべかりけれ

 

  群馬前橋生れ。大正期の代表的な詩人の一人。だだ実生活は最初の妻は2人の娘を残して、ダンス仲間の青年と駆け落ち。その

後の家庭環境は荒れて行き、その様子は娘の萩原葉子の『蕁麻の家』に詳細に描かれている。

 

私の愛した詩人6 北原白秋

 

  柳川

もうし、もうし、柳川じゃ、  薊の生えた          もうし、もうし、旅のひと       夕焼、小焼

柳川じゃ。           その家は、・・・        旅のひと。               明日天気になあれ

銅の鳥居を見やしゃんせ。 その家は、          あれ、あの三味線をきかしゃんせ

欄干橋を見やしゃんせ。  古い昔の遊女屋ーノスカイヤ ーにおーの浮くのを見やしゃんせ

(馭者は喇叭の音やめて  人も住はぬ遊女屋     (馭者は喇叭の音たてて

赤い夕日に手をかざす。)                   赤い夕日の街に入る

 

  片恋

あかしやの金と赤とがちるぞえな                 北原白秋の名童謡  作曲は1000首に及ぶ

かたはれの秋の光にちるぞえな                 砂山. 待ちぼうけ  からたちの花

片恋の薄着のねるのわがうれひ                 ちんちん千鳥  今屋のおろく

「曳舟」の水のほとりをゆくころを。                城ヶ島の雨  ペチカ  この道

やはらかな君が吐息のちるぞえな。

あかしやの金と赤とがちるぞえな。

 

   落葉松

からまつの林をすぎて   からのつの林を過ぎて  からまつの林の奥も        からまつの林の道は

からまつをしみじみと見き からまつの林に入りぬ  わが通る道はありれり   われのみか、人も通う道なり

からまつはさびしかりけり からまつの林に入りて、 霧雨のかかる道なり    ほそほそと通ふ道なり

たびゆくはなかしかりれり からまつの道はつづけり 山風のかよふ道なり    さびさびと急ぐ道なり

 

からまつの林をすぎて   からまつの林を出でて   からまつの林の道は     世の中よ、あわれなりけり  

ゆえ知らず歩みひそめつ 浅間嶽にけぶり立つ見つ さすびしけどいよよしづけし 常なけどうれしかりけり

からまつはさびしかりれり 浅間嶽にけぶり立つ見つ かんこ鳥鳴けるのみなる   山川に山がわのおと

からまつとささやきにけり からまつのまたそのうへに からまつの濡るるのみなる  からまつにからまつの風

 

 柳川の豪商の生まれ。少年時代の故郷の景色に、終生ノスタルジャーを抱き続ける作家・作詞家・童謡作歌。最後には国民的詩人として故郷に錦を飾る。初期の作品は伴天連の堅苦しい詩もあるが、その後は平易で親しまれる名歌が多い。私の大好きな作家。