私の愛した詩人7 萩原朔太郎 | 閑話休題

 私の愛した詩人7  萩原朔太郎

 

      夜汽車                      旅上                          帰郷

 有明のうすらあかりは            ふらんすに行きたしと思へども           わが故郷に帰れる日

 硝子戸に指のあとつめたく         ふらんすはあまりに遠し               列車は烈風の中を突き行けり

 ほの白みゆく山の端は            せめて新しき背広をきて                                ひとり車窓に目醒むれば

 みずがねのごとくしめやかなれども    きままなる旅にいでてみん             汽笛は闇に吠え叫び

 まだ旅人のねむりさめやらねば       汽車が山道をゆくとき                火焔は平野を明るくせり

 つかれたる電燈のためいきばかり     みづいろの窓によりかかりて            まだ上州の山は見えずや

              こちたしや       われひとりうれしきことをおもわむ        夜汽車の灰暗き車燈の影に

 あまたるきにすのにほひも          五月の朝のしののめの              母なき子供らは眠り泣き

 そこはかとなきはまきたばこの烟さへ   うら若草のもえいづる心まかせに        ひそかに皆わが憂愁を探れるなり

 夜汽車にあれたる舌には侘しきを                                   嗚呼また都を逃れきて

 いかばかり人妻は身をひきつめて        利根川のほとり                 何所の家郷に行かんとす   

              嘆くらむ         きのふまた身をなげむと思ひて         過去は寂寥の谷に連なり

 まだ山科は過ぎずや              利根川のほとりをさまよひしが          未来は絶望の岸に向へり

 空気枕の口金をゆるめて           水のながれはやくして               砂礫のごとき人生かな!

 そっと息をぬいてみる女ごころ        わがなげきせきとめるすべもなければ     われ既に勇気おとろへ

 ふと二人かなしさに身をすりよせ       おめおめと生きながらへて            暗澹として長なへに生きるに倦みたり

 しののめちかき汽車の窓より         今日もまた河原に来たり石投げて       いかんぞ故郷に独り帰り

              ながむれば                      遊び暮らしつ      寂しくまた利根川の岸に立たんや

 ところもしらぬ山里に              きのふけふ                      汽車は曠野を走り行き

 さも白く咲きてゐたるをだまきの花      ある甲斐もなきわが身をばかくばかり     自然の荒寥たる意思の彼方に

                                        いとしと思ふうれしさ    人の憤怒を激しくせり

                             たれかは殺すとするものぞ

                             抱きしめて抱きしめてこそ泣くべかりけれ

 

  群馬前橋生れ。大正期の代表的な詩人の一人。だだ実生活は最初の妻は2人の娘を残して、ダンス仲間の青年と駆け落ち。その

後の家庭環境は荒れて行き、その様子は娘の萩原葉子の『蕁麻の家』に詳細に描かれている。