私の愛した詩人9 佐藤春夫 | 閑話休題

 私の愛した詩人 9 佐藤春夫

 

  或とき人にあたえて              海辺の恋                秋刀魚の歌 

片こひの身にしあらねば       こぼれ松葉をかきあつめ      あわれ

わが得しはたがこころ妻       をとめのごとき君なりき       秋風よ

いねか゛てのわが冬の夜ぞ     こぼれ松葉に火をはなち      情ーこころーあらば伝えてよ

うつつよりはかなしうつつ      わらべのごときわれなりき      ――男ありて

ゆめよりもおそろしき夢                             今日の夕餉に ひとり

こころ妻ひとにいだかせ       わらべとをとめよりそひぬ     さんまを食らひて

身も霊もをののきふるひ       ただたまゆらの火をかこみ     思いにふける、と

冬の夜のわがひとり寝ぞ        うれしくふたり手をとりぬ

                                                 かなしきことをただ夢み。            さんま、さんま

また或るとき人に与えて                             そが上に青き蜜柑の酢をしたたらせ                                  

しんじつふかき恋あらば       入日のなかに立つけぶり      さんまを食ふはその男がふる里のならひなり

わかれのこころな忘れそ      ありやなしやとただほのか      そのならひをあやしみなつかしみて 女は

おつるなみだはただ秘めよ     海辺の恋のはかなさは       いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかいけむ

ほのかなるこそ大息ーといきーなれ   こぼれ松葉の火なりけむ      あわれ、人に棄てられんとする人妻と

数ならぬ身といふなかれ                            妻にそむかれたる男と食卓にむかえば

ひるはひるゆゑ忘るとも           感傷肖像            愛薄き父をもちし女の児は

ねざめの夜半ーよはーに思へかし  摘めといふから           小さき箸をあやつりなやみつつ

                       ばらをつんでわたしたら           父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや

     よきひとよ           無心にそれをめちゃめちゃに

よきひとよ、はかなからずや     もぎくだいている           あわれ

うつくしきなれが乳ぶ゛さも      それで、おこったら          秋かぜよ

いとあまきそのくちびるも       おどろいた目をひらいて       情ーこころーあればつたえてよ

手をとりて泣けるちかひも     そのこなごなになった花びらを     夫にさられざりし妻と

わがけふのかかるなげきも    そっとわたしの手にのせた。     父を失はざりし幼子ーおさなごーとに

うつり香の明日はきえつつ     その目は泪ぐんでわらひ      伝えてよ

めぐりあふ後さへ知らず      その口はわらって頬は泣いている  ――男ありて

よきひとよ、地上のものは     表情の戸まよひしに          今日の夕餉に、ひとり

切なくもはかなからずや       このモナリザはまるで小娘だ。    さんまを喰らひて涙ながす と。

 

                                           さんま、さんま                          

                                           さんま苦いか塩っぱいか

                                           そが上に熱き涙をしたたらせて

                                           さんまを食らふはいづこの里のならひぞや。

                                           あわれ

                                           げにそは問はまほしくをかし。

 

 

 和歌山新宮の生まれ。『田舎の憂鬱』、『都会の憂鬱』や『純情詩集』など,文学、詩などで独特の境地を歩んだ。

谷崎潤一郎の妻が、日常虐待されているのに同情し、谷崎と離婚の上その妻を娶る。有名な事件。その女との

愛の交流が上の歌に詠まれている。