私の愛した詩人 11 百田宗治
春 宵
ある晩
私は坂の途中の
一軒の仕立屋の前を通りかかった。
障子窓のはまった
貧しげな小さい店であった
たゝ゛一つ天上から吊るされた電燈の下で
亭主は裁縫台にむかつてその仕事を続けていた
傍らには赤い手柄をかけた細君が
同じように鏝-こてーをつかって
せっせと夜なべに耽っていた。
何気なく行き過ぎて仕舞ひそうな
小さな店であった。
然しそこから漏れる灯火が
暗い石ころ道を照らしていた
その家だけが
起きていた
亭主は裁ち物をし
細君か鏝をかけ
傍らには火鉢の火がしゅんしゅんと沸っていた。
空には小さい冷たげな星が瞬いていた
三月の夜風が
ただひとり歌うたって
途絶えた往来を通り過ぎて行った。
硝子戸のはまつた
貧しげな小さい店であった
坂の中途にたゞ一軒
その家だけが明るい灯火を洩らしてゐた
亭主は裁ち物をし
細君は鏝をかけ
傍らには湯がしゅんしゅんと沸ってゐた。
百田宗治 明治26~昭和30年。大阪市生まれ。高等小学校卒。青年期から詩作に入る。自由詩が主流。