閑話休題 -24ページ目

私の愛した詩人 5  島崎藤村

 

    春は来ぬ

    春は来ぬ 春は来ぬ      春は来ぬ 春は来ぬ      春は来ぬ 春は来ぬ

  初音やさしきうぐいすよ    さむしくさむくことばなく     春をよせくる朝潮よ

  こぞに別れをつげよかし    まずしくくらくひかりなく           葦の枯葉を洗い去れ

  谷間に残る白雪よ       みにくくおもくちからなく     霞に酔へる雛鶴よ

  葬りかくせ去歳の冬      かなしき冬よ行きねかし     若きあしたの空に飛べ

 

    初恋

  まだあげ初めし前髪の    やさしく白き手をのべて     林檎畑の樹の下に

  林檎のもとに見えしとき    林檎をわれにあたへしは    おのづからなる細道は

  前にさしたる花櫛の      薄紅の秋の実に         誰が踏みそめしかたみぞと

  花ある君とおもいけり     人こひ初めしはじめなり     問ひたまふこそこひしけれ

 

    狐のわざ

  庭にかくるる子狐の      恋は狐にあらねども

  人なき時に夜いでて      君は葡萄にあらねども

  秋の葡萄の樹の影に     人しれずこそ忍びいで

  しのびてぬすむつゆのふさ  君をぬすめる吾心

 

   千曲川旅情の歌

  小諸なる古城のほとり     あたたかき光はあれど    暮れ行けば浅間も見えず

  雲白く遊子悲しむ        野に満つる香りも知らず   歌かなし佐久の草笛

  緑なすはこべは萌えず     浅くのみ春は霞みて      千曲川いざよふ波の

  若草もしくによしなし      麦の色わずかに青し      岸近き宿にのぼりて

  しろがねの衾の岡辺      旅人の群はいくつか      濁り酒濁れる飲みて

  日に溶けて淡雪ながる     畠中の道を急ぎぬ       草枕しばし慰む

 

 新しい新体詩で当時の青少年の詩心を誘った詩人、作家。この人の影響を受けた人は多く、今も彼の故郷木曽馬籠や、千曲川旅情の歌を慕って、信州小諸城に遊歩する人が多い。

 

 

 私の愛した詩人 4  上田敏 明治07~大正05

   『海潮音』――海外象徴詩の訳詩集

 

   落葉――ポールウェルレェヌ   山のあなた――カールブッセ   春の朝――ロバート・ブラウニング

 

          秋の日の              山のあなたの空遠く          時は春

          ヴィオロンの            「幸」住むと人のいふ          日は朝、

          ためいきの             噫、われひとゝ尋ねゆきて      朝は七時

          身にしみて             涙さしぐみ、かへり来ぬ。       片岡に露みちて

     ひたぶるに             山のあなたになお遠く         揚げ雲雀なのりいで

     うらがなし              「幸」住むと人のいふ          蝸牛枝に這ひ

                                                神、空に知ろしめす

         鐘のおとに                                     すべて世は事もなし

    胸ふたぎ

    色かえて               

    涙ぐむ                

    過ぎし日の             

    おもいでや              

                         

    げにわれは              

    うらぶれて

    こゝかしこ                               

    さだめなく             

    とび散らふ                             

    落葉かな。             

 

 

  『海潮音』は明治38年に出版された。海外の象徴詩の訳詩集であるが、日本語訳が素晴らしく、新鮮で、強烈な印象を多くの人々に

与え、日本での象徴詩の夜明けを迎えた。

 

 

 

  

 

 私の愛した詩人 3   与謝野鉄幹

 

      人を恋ふる歌

    妻をめとらば才たけて                   四たび玄海の浪をこえ

    顔ーみめーうるわしくなさけある              韓のみやこに来てみれば

    友をえらはば書を読みて                 秋の日かなしオウジョウ

    六分の侠気、四分の熱                  むかしにかわる雲の色

 

    恋のいのちをたづぬれば                 あゝわれ如何にふところの

    名を惜しむかな男ゆえ                   剣は鳴りをしのぶとも

    友のなさけをたづぬれば                 むせぶ涙を手にうけて

    義のあるところ火をも踏む                かなしき歌のなからめや

 

    ああわれコレッジの奇才なく               わが歌声の高ければ

    バイロン・ハイネの熱かきも               酒にくるふと人はいう

    石を抱いて野にうたう                   われに過ぎたる希望ーのぞみーをば

    芭蕉のさびを喜ばず                    君ならずして誰か知る

 

  明治30年鉄幹若き24歳の時、都城―ソウル―にて歌った歌。

 私の愛した詩人 2   国木田独歩

 

     山林に自由存す

   山林に自由存す

   われ此句を吟じて血の沸くを覚ゆ

   嗚呼山林に自由存す
   いかなれば我山林をみすてし

 

   あくがれて虚栄の途にのぼりしよの

   十年の月日塵のうちに過ぎぬ

   ふりさけ見れば自由の里は

   すでに雲山千里の外にある心地す

 

   眥―まなじり―を決して天外を望めば  

   をちかたの高嶺の雪の朝日影

   嗚呼山林に自由存す

   われこの句を吟じて血のわくを覚ゆ

 

   なつかしきわが故郷は何処ぞや

   彼処にわれは山林の児なりき

   顧みれば千里江山

   自由の郷は雲底に没せんとす

 

 

 

 

 

 私の愛した詩人 1  土井晩翠

 

      星落秋風五丈原                         荒城の月

   祁山-きざんー悲愁の風更けて                  春高楼の花の宴

   陣雲暗し五丈原                           めぐる盃影さして

   零露ーれいろーの文は繁くして                  千代の松が枝わけ出でし

   草枯れ馬は肥ゆれども                      むかしの光いまいずこ

   蜀軍の旗ひかりなく

   丞相―じょうしょうー病あつかりき                  秋陣営の霜の色

   丞相病あつかりき                          鳴きゆく雁の数見せて

                                         植うるつるぎに照りそえし

   清渭ーせいいーの流れ水やせて                  むかしの光いまいづこ

   むせぶ非情の秋の声

   闇にまようか雁ーかりがねーは                   いま荒城のよはの月

   令風霜の威もすごく                         変らぬ光たがためぞ

   守る諸営の垣の外                          垣にのこるはただかつら

   丞相病あつかりき                          松に歌ふはただあらし

   丞相病あつかりき

                                         天上影はかわらねど

   帳中ーちょうちゅうー眠り幽ーひそーかにて             栄枯は残る世の姿

   短檠ーたんけいー光薄ければ                    写さんとても今もなほ

   ここにも見ゆる秋の色                        ああ荒城の夜半の月

   銀甲堅くよろえども

   身よや侍衛-じえいーの面影に

   無限の愁あふるるを

   丞相病あつかりき

   丞相病あつかりき

 

  丞相は古代中国での大臣、ここでは蜀の諸葛孔明を指す。孔明は劉備に協力して、赤壁の戦いにも勝ち、蜀の国を創始した。その最後、宿敵の魏を破るべく、魏の王都の北西五丈原に陣を構えたが、陣中で病気となり蜀に帰り病没するが、五丈原からの敗退は無念であった。「三国志演義」はこの五丈原での描写を美しく描いており、後世の人々の哀感をさそった。

  荒城の月は滝廉太郎の名作曲により、大衆に親しまれる国民歌となっている。

 

 

 

 

 私の愛した歌人 10    俵 満智  『サラダ記念日』 昭和62年

 

   ぽってりとだ円の太陽自らの 重みに耐ええぬように落ちゆく

   大きければいよいよ豊かなる気分 東急ハンズの買物袋

   君を待つ土曜日なりき待つという 時間を食べて女性は生きる

   「また電話しろよ」「待ってろ」 いつもいつも命令形で愛をいう君

   オクサンと吾を呼ぶ屋台のおばちゃんを 前にしばらくオクサンになる

       「寒いね」と話しかければ「寒いね」と 答える人のいるあたたかさ

   この時間君の不在を告げるベル どこで飲んでる誰と酔ってる

   男というボトルをキープすることの 期限が切れて今日は快晴

   愛人でいいのとうたう歌手がいて 言ってくれるじゃないのと思う

   まあちゃんと我を呼ぶとき青年の その一瞬のためらいが好き

   「嫁さんになれよ」だなんて カンチュウハイ二本で言ってしまっていいの

   「30までぶらぶらするよ」と言う君の 如何なる風景なのか私は

   「今日で君と出会って500日」 男囁くわっと飛びのく

   ツーアウト満塁なれば人生の 一大事のごと君は構える

   梅雨晴れのちりがみ交換思い出も ポケットティシュに換えてくれんか

   満智ちゃんがほしいといわれ心だけ ついて行きたい花いちもんめ

   青春という字を書いて横線の 多いことのみなぜか気になる

   「この味がいいね」と君が言ったから 七月六日はサラダ記念日

   なんとなく冬は心も寒くなる 電話料金増えて木枯らし

   7.23ーなにさーから7.24-なによーに変わるデジタルの 時計を見ながら快速を待つ

   

 俵満智の歌には、・・なり、けり、かも、かな、などの、今までの短歌の終止句がない。完全な口語短歌で、新鮮な詩情に満ちている。

与謝野晶子の明星派の女人たちの歌のような情念はない。満智は青春を謳歌しているが、カラッと爽やかで、しかも抒情もあって、品がある。新しい短歌の出発だ。

 

 

 私の愛した歌人  9     会津八一

 

     会津f八一  『南京新唱』『南京余唱』『南京続唱』『観音三昧』

    かすがのにおしてるつきのほがらかに あきのゆうべとなりにけるかも            春日野にて

  たびびとのめにいたきまでみどりなる ついじのひまのなばたけのいろ            高畑にて

  たびびとにひらくみどうのしとみより めきらがたちにあさひさしたり              新薬師寺金堂にて

    みほとけのうつなまなこにいにしへの やまとくにはらかすみてあるらし            香薬師師を拝して

  ちかづきてあふぎみれどもみほとけの みそなわすともあらぬさびしさ    

  かきのみになひてくだるむらびとに いくたびあひしたきさかのみち              滝坂にて

  おほらかにもろてのゆびをひらかせて おほきほとけはあまたらしたり            東大寺にて

  びるばくしゃまゆねよせたるまなざしを まなこにみつつあきののをゆく            戒壇院・広目天

  おほてらのほとけのかぎりひともして よるのみゆきをまつぞゆゆしき            東大寺懐古

  ならざかのいしのほとけのおとがいに こさめながるるはるはきにけり            奈良坂にて

  しぐれのあめいたくなふりそこんどうの はしらのまそほかべにながれむ          海龍王寺にて

  ふじわらのおほききさきをうつしみに あひみるごときあかきくちびる             法華寺観音

  あきしののみてらをいでてかへるみち いこまがたけにひはおちにとす           秋篠寺にて

  おおてらのまろきはしらのつきかげを つちにふみつつものをこそおもへ          唐招提寺にて

  しぐれふるのずえのむらのこのまより みいでてうれしやくしじのたふ            薬師寺にて

  くさにねてあふげばのまのあをぞらに すずめかつとぶやくしじのたふ

  草踏めばくさにかくるるいしずえの くつのはくしゃにひびくかなしさ             山田寺にて

  やまでらのほふしがむすめひとりいて かきうるにはもいろずきにけり           浄瑠璃寺にて

 

  美術史家、歌人、書家。新潟県生まれ。早稲田大学で美術史の教鞭を取る。明治41年初めて奈良に来て以来、終生奈良の風物・仏像に傾倒した学者歌人。歌、書ともに格調かな表現の独特の歌風で、奈良を愛する人々に親しまれた。また書も素晴らしく、彼の自筆になる歌碑は大和路の各所に散在する。

 

 私の愛した歌人 8

 

   生きながら針に貫かれし蝶のごと 悶えつつなお飛ばとぞする            原阿佐緒    明治21年~昭和44年。

   家ごとにすももも花咲くみちのくの 春べをこもりて病みて久しも

   沢蟹をここだ袂に入れもちて 耳によせ聞く生ーいきーのさやぎを

   わがために死ぬなんと言ひし男らの みな長らえぬおもしろきかな

   恋といふ愛でたきものに劣らじと 子をし抱けば涙ながるる

   黒髪もこの両乳ーももちちーもうつし身の 人にはもはや触れざるならん

   われの子に菓子を送りてと友にたのむ 手紙書きつつわが泣きにけり

   歌詠みの阿佐緒は遂にわすられんか 酒場女とのみ知らるるはかなし

   二三年つひにえ呼ばぬ君が名を 涙流れて呼びにけるかも
 

  本名浅尾。宮城県生まれ。高女を中退し上京。日本女子美術学校に入るが、講師に求められて妊娠、出産。明治42年与謝野晶子の

 「新詩社」に入る。庄司勇と結婚。一子を儲けて離婚。のち妻子ある東北帝大理学博士石原純と同棲。8年後離婚。バーのホステスや

 マダム、女優を転々とし、画家中川一政の女婿になっている次男の下で余生を送る。数奇な運命の情熱女歌人。

 

 

   美しく我もなるらむ美しき 君にとられて寝る夜積もらば                岡本かの子    明治22年~昭和14年

   ともすればかろき妬みのきざしくる 日な悲しくものなど縫はむ

   かの子かの子はや泣きやめて淋しげに 添ひ伏す雛に子守歌せよ

   わがねたみあまりあくどくまつはりて 君病む身とはなりたまいしか

   初めよりわざはひ多き恋なりき 終りいかでか全ーまつたーかるべき

   山に来て二十日経ぬれどあたたかく われをば抱く一樹だになし

   大いなる波をいだきてふとばかり 淫らなるわれとなりにけるかな

   人妻を奪はむ程の強きもて 持てる男のあらば奪られむ

   年々にわが悲しみはふかくして いよよ華やぐ命なりけり

 

  神奈川の大地主の娘。女学校卒業後に与謝野晶子に師事。上野美校の岡本一平と結婚.岡本太郎(画家)を産む.夫の放蕩に対抗して年下の学生堀切重夫を愛人として三人同居。後別れて石新田亀三を恋人に持つ。異常な愛欲の生活の歌を詠み、40歳からは小説に転向。谷崎潤一郎の耽美主義に心酔した女流作家となる。

 

   まだ旧弊の残る大正時代、家との桎梏より飛び出し、男への恋の遍歴。離婚・シングルマザー、二人とも与謝野晶子の門人で、晶子に褒められようとして、このような恋の歌を詠んだのだろうか。二人は幸せな人生だったのだろうか。

 

 

 

 私の愛した歌人  7

 

   われは此処に神はいづくにましますや 星のまたたき寂しき夜なり         柳原白蓮

  われといふ小さきものを天地の 中に生みける不可思議おもふ

  追憶の帳-とばりーのかげにまぼろしの 人ふと入れて今日もながむる

  誰か似る鳴けと歌へとあやさるる 緋房ーひぶさーの籠の美しき鳥

  わが足は大地につきて離れ得ぬ その身もてなおあくがるる空  

  毒の香たきて静かに眠らばや 小がめの花のくづるる夕べ

  息絶ゆるその刹那こそ知るべくや 死の趣恋のおもむき

 

  柳原伯爵の二女。北小路子爵に嫁ぐが離婚。九州炭鉱王伊藤伝左衛門に嫁ぐが、豪勢な暮らしぶりで筑紫の女王と呼ばれる。

  大正八年夫を捨て宮崎竜介のもとに走り、世間を騒がす。以降歌などの執筆生活に入る。 明治18~昭和42

 

 

  かりそめの別れと聞きておとなしう うなづきし子は若かりしかな          九条武子

  ゆふがすみ西の山の端つつむ頃 ひとりの吾はかなしかりけり

  見渡せば西も東も霞むなり 君はかへらず叉春や来し  

  おもいでの翼よしばしやすらひて 語れひとときその春のこと

  美しき裸形ーらぎょうーの身にも心にも 幾夜かさねしいつはりの衣

  影ならば消ぬべしさはれうつそ身の うつつに見てしおもかげゆえに

  たまゆらに家をはなれてわれひとり 旅に出でむと思ふときあり

  執着も煩悩もなき世ならばと 晴れわたる空の星にこと問う

  水のごとつめたき流れしたがひつ 理ーことわりーのままにただに生きゆく

 

   真宗本願寺法主 大谷伯爵の次女として京都で生まる。九条男爵と結婚。才色兼備の歌人として知られる。柳原白蓮とも歌仲間。

  明治20~昭和3

 

 

 

  

 

 私の愛した歌人6 斎藤茂吉

 

    霜ふりて一もと立てる柿の木の 柿はあわれに黒ずみており

    をさな妻こころに持ちてあり経れば 赤小蜻蛉の飛ぶがかなしき

    あわれなる女の瞼恋ひ撫でて その夜ほとほとわれは死にけり

    死に近き母に添い寝のしんしんと 遠田のかわづ天に聞ゆる

    のど赤きつばくろ二つ梁にゐて たらちねの母は死にたまふなり

        ほのぼのと諸国修行に行くこころ 遠松かぜも聞くべかりけり

     天つ日の光の果てぬ冬の野に ひとりをとめを咽び泣かしむ

    山のうへの氷のごとく寂しめば この世過ぎ゜なむわがゆくへ見ず

    最上川逆白波のたつまでに ふぶくゆうべとなりにけるかも

    最上川にごりみなぎるいきほひを まぼろしに見て冬ごもりけり

    みちのくの蔵王の山にしろがねの 雪ふりつみてひびくそのおと

    いかづちのとどろくなかにかがよひて 黄なる光のただならぬはや

    口中が専ら苦きをかへりみず 昼のふしどにねむらむとする

    

  本業精神科医。彼の歌はいぶし銀のような歌風がある。