この記事は「ゾンビ」ネタバレ解説1

「ゾンビ」ネタバレ解説2

「ゾンビ」ネタバレ解説3

「ゾンビ」ネタバレ解説4の続きです。

 

バイカー・ギャングの襲来

屋上のヘリに弾薬を積み、フランがスティーブンから操縦を習っています。着陸に成功して喜んだところで、画面は遠くから双眼鏡で見ているバイカー・ギャング達に切り替わります。

 

バイカーの中でいちばん目立つ、ヒゲの男はトム・サヴィーニ。言わずと知れた、本作の特殊メイク担当です。

ロメロ監督とは「マーティン」(1977)からの付き合いで、「クリープショー」(1982)「死霊のえじき」(1985)「モンキー・シャイン」(1988)でも特殊メイクを担当し、また「ナイトライダーズ」(1981)「クリープショー」「ランド・オブ・ザ・デッド」(2005)には出演もしています。

また、ロメロのデビュー作のリメイクである「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/死霊創世記」(1990)では監督も務めています。

 

もう一人、太ってる方のヒゲ男はルディ・リッチ。この人はロメロの旧友の映画監督で、大学時代にロメロが初めて撮った自主映画で共同脚本を担当したそうです。

「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」にゾンビ役で出てます。「バタリアン」の原案にも名を連ねてるとか。

 

サヴィーニが飛び出しナイフを出した…と思ったらクシだった…というシーンがあるんですが、アルジェント版のみ「変なやつだ」というツッコミが入ります。

 

夜になって、ラジオ電波を使って中に入れるよう交渉してくるバイカーたち。

「こっちは3人だ。俺たちは独り占めが大嫌いなんだ」

この辺りから、ロメロ版とアルジェント版では、細かなカット割りがあちこち違っています。

音響、音楽もかなり違っていて、音楽はアルジェント版ではずっとゴブリンのロックが鳴り続けるし、ロメロ版では進軍ラッパの音などの効果音が加えられています。

 

バイカーたちがモールの前で侵入の相談をするシーンは、アルジェント版の方が長くなっています。

「(ゾンビが)200ほどだ。たいしたことねえ」「バイクは囲まれるとマズイ」「じゃあ車からだ」などと作戦を練るシーンがあります。

 

バイカーたちがモールに侵入するシーンの撮影は、1978年1月5日から11日にかけて行われています。撮影には、ピッツバーグの実際のバイカーたちが多数参加していました。

モールの中に響き渡るバイクの大音響は、ロメロを興奮させました。

ロメロ「あれは素晴らしかった。本当にすごかった。自分が脚本に書いたことが現実になって現れた時、それが想像を超えるものになったのは初めてのことだった」

バイカー対ゾンビ

玄関前にたむろするゾンビを倒し、バイカー達はモールへ侵入。

ハンマーで倒される緑のシャツにパンツ姿の女性ゾンビは、ゲイラン・ロスの友人であるサラ・ウェネイブル「マーティン」にも出演しています。

展示されたテントに倒れこむゾンビは、「プレイボーイ」の記者のトム・カサヴァント。取材で撮影現場を訪れたついでに、ゾンビ役で出演を果たしました。

 

バイカー達は冷蔵庫からパイを取り出し、ゾンビにぶつけていきます。いきなりコミカルなパイ投げ合戦

コミカルなシーンを切っていくアルジェント版ですが、このシーンは一応残っています。ただし、ゾンビが水をかけられてオロオロといじめられるシーンは、アルジェント版ではカットされています。

顔にパイをぶつけられるゾンビはロイ・フラムケス。1978年1月28日、スタッフとともに撮影現場を訪れ、ドキュメンタリー映画「ドキュメント・オブ・ザ・デッド」(1981)を制作しました。

彼は、後にホラー映画「吐きだめの悪魔」(1986)の脚本を手がけています。

 

ピーターはバイカー達には手出しはせず、ゾンビと戦わせて自滅を待つ作戦でしたが、略奪を見て頭に血が上ったスティーブンがバイカーを撃ってしまいます。結局、銃撃戦に。

 

バイクに乗ったサヴィーニはうろつくゾンビにぶつかってバイクから落ちてしまい、腹を立ててそのゾンビの頭にマチェーテ(山刀)をザックリと振り下ろします。

この有名な「マチェーテ・ゾンビ」を演じたのはレナード・A・ライズで、彼もブルーレイ・ボックスのブックレットに登場しています。今も世界中の「ゾンビ」のイベントで引っ張りだこだとか。

 

ネグリジェのゾンビの首を、サイドカーから斬り下ろすシーン。

その次に、アルジェント版のみ倒れたゾンビの首を切り離すシーンがあります。これはロメロ版ではカット。

 

バイカー達がデパートに侵入して、ブーツや宝石、ボウリングのボールなどを奪っていくシーン。テレビを取ろうとした男は仲間に「テレビなんかいるか?」と言われて、ハンマーでテレビを叩き壊します。

ここで、アルジェント版のみフットボールを投げ合うシーンがあります。

 

ピーターとサヴィーニで撃ち合いになりますが、ちょうど電気が消えて、ピーターは天井裏のダクトへ逃れます。

フランは闇の中、ロウソクを灯して皆を待ちます。ここも、キューブリックの高感度レンズが活躍してますね。

 

スティーブンはエレベーターの上に登り、そこからダクトに逃れようとします。

サヴィーニがゾンビの手首を切り落とすシーン。

そこで、電気がついて突然エレベーターが降下。バイカー達がスティーブンを見つけ、スティーブンは肩を撃たれます。

 

2階にいたサヴィーニはゾンビたちに追い詰められ、そこを天井のダクトからピーターが狙撃。

サヴィーニは「サノバビッチ!」と言い残して噴水へ落ちていきます。

 

一連のバイカーとゾンビのシーンを見ていると、アルジェント版が拾われたシーンは多いものの、ロメロ版の方が演出意図はしっかりしていて見やすい…という印象を受けます。

ゾンビの逆襲

徐々にモール内のゾンビの数が多くなり、バイカー達は退却に移ります。

ピーターの狙撃でサイドカーに乗っていた男が倒され、ゾンビに取り囲まれてしまいます。

バイカーの中ではイケメンの彼を演じたのはラリー・ヴァイラ。「ナイトライダーズ」にも出演しています。

 

戦闘の中でなぜか血圧を測ることにこだわる男は、ゾンビに腕を引きちぎられ、「血圧ゼロ」に。

バイカーが生きたまま腹を裂かれ、腸が引き出されるシーン「死霊のえじき」で自ら気合を入れて再生されるゴアシーンですね。

本作でもっとも残酷なシーンですが、そこにあえて「目を丸くして見つめる少女のゾンビ」のカットを入れ込んでいるのが、ロメロのセンスを感じさせます。

 

撃たれたスティーブンはエレベーターのボックス内に降り、ピーターの指示で再び上に逃れようとしますが、そこでドアが開いてゾンビたちがなだれ込みます。日本版ポスターにもなっている有名なシーン。

ここの音響はロメロ版の方が劇的で、アルジェント版は意外と音楽がなくて淡々としています。

 

スティーブンの悲鳴を聞いて、ピーターは戻りかけますが、やはりやめてフランの元へと戻ります。

「死んだの?」と聞くフランに、「銃声を聞いたから無事かも」とピーターは言います。しかし助けに行くつもりはなく、しばらく待つことに。

スティーブンの復活

ショッピングモールは再びうろつくだけのゾンビに満たされ、ロメロ版でその象徴のように流れる「店内BGM」が「The Gonk」です。

「The Gonk」の作曲者はハーバード・チャペル(Herbert Chappell)。1934年生まれのイギリスの作曲家で、主にテレビの音楽を作曲していました。2019年に85歳で亡くなっています。「The Gonk」は1965年の作品で、実際にショッピングモールのBGMとしてよく使われており、馴染みのある曲だったようです。

 

「The Gonk」はロメロ版に慣れ親しんでいる僕にとって、やはり「ゾンビ」になくてはならない曲ですね。

この終盤での使われ方。自動的に流れるBGMの中でゾンビが歩き回るさまをただ映し、やがてエレベーターのドアが開いて、ゾンビと化したスティーブンが登場するところで、音楽が不気味に歪んでいく…というところは、「ゾンビ」の音響のもっとも素晴らしいところだと思います。

アルジェント版は、これがない! アルジェント版はゴブリンの曲が流れまくるのでロック的な高揚感は確かにあるんだけど、終盤あたりではかなり単調に思えてくる。

「The Gonk」がないアルジェント版は、やはりそれだけで決定的に物足りなく感じてしまいます。

 

生前の記憶に導かれて、閉ざされた壁を破って、3階への階段に向かってくるスティーブン。

大量のゾンビを引き連れてくるその中には、ナース・ゾンビや、ロジャーの銃を奪ったライフル・ゾンビの姿が見えます。

彼らは、モール内の虐殺をうまいこと生き延びたのか…。

ピーターの脱出

ピーターはフランを屋上のヘリに向かわせ、自分は「逃げるつもりはない」と、奥の部屋に閉じこもってしまいます。

絶望して、ピストルを自らの頭に向けるピーター。

フランはギリギリまで待ちますが、夜明けを見てヘリを浮かばせます。

ここで「夜明けのショット」が挟まれるのはロメロ版のみ。「Dawn of the Dead(死者の夜明け)」を象徴する場面です。やはり、アルジェント版は「Dawn of the Dead」ではなく「Zombie」ですね。

 

ピーターがギリギリで自殺を思いとどまって、反撃に転じるシーンで、ロメロ版ではかなり場違いな陽気なファンファーレが流れ、気が抜けてしまいます。

僕は音響に関しては全体的にシニカルなロメロ版の方が好きなんですが、さすがにここだけは、何度観てもあまり好きになれないな…。

いや、そんなハッピーな状況じゃないからね。絶望の中で、ギリギリもうちょっとだけあがくことを決めただけのシーンだから。

このファンファーレは、「The Gonk」などを収めたロメロ版非公式サントラにも収録されていません。

 

アルジェント版では、ここからラストにかけてずっとゴブリンのサントラの中でももっともハードロック的な曲「Zaratozom」が流れます。ここは確かに、こっちの方がカッコいいな…。

でもやっぱり、エンディングは「The Gonk」の流れるロメロ版の方が好きなんですよね。

 

ゾンビを蹴散らしながら、屋上に上がってきたピーター。

ライフルを持ったゾンビに銃を掴まれ、銃を渡します。新しい方がいいのか、銃を交換するライフル・ゾンビ。

ここもユーモアを込めたシーンですね。クライマックスの最中でもユーモアを忘れないのがロメロらしさ。当然のごとく、アルジェント版ではカットされています。

エンディング

フランのヘリに乗り込んだピーター。

「燃料は?」「少ないわ」「まあ、いいさ」というセリフを最後に、ヘリが夜明けの空に飛んでいくカットで、映画は幕を閉じます。

とりあえず二人は生き延びたけど、でもこの先長くはなさそう…という絶望感を感じさせるエンディングです。

 

ロメロ版では、ヘリが飛び去るラストカットの後、モール内の場面に切り替わり、モール内をうろつき回るゾンビの映像に合わせて「The Gonk」が流れ、エンドクレジットとなります。

ピーターやフランたちの抵抗も束の間にしか過ぎず、再び死者たちがモールを取り戻し、これから永久に歩き続ける…という世界の終わりを示す、見事なエンディング。

あえて、陽気なBGMでね。この完璧なエンディングも、「ゾンビ」という映画を歴史的名作にしているところですね。

 

アルジェント版では、ゴブリンの「Zaratozom」が続く中、黒バックに白い文字でエンドクレジットが流れるというシンプルなものです。

アクション映画的な高揚感の中で終わっていくエンディング。これはこれで…だけど、やっぱり「ゾンビ」はシニカルな絶望の中で終わって欲しいんですよね…。

 

2019年に公開された日本公開復元版では、ヘリのシーンの後で真っ黒画面になって、エンドクレジットは流れず、ゴブリンの音楽がひとしきり流れて終わります。

1980年に日本でテレビ初放映された時の悪名高いバージョンでは、ラストのヘリの中での会話が「赤ん坊を育てる場所を見つけなきゃ」「まかしときぃ〜!」というまるっきり反対のニュアンスのものに変更されています。いろんなことするなあ…。

幻のエンディング

当初の脚本では、「ゾンビ」はピーターがピストルで自分を撃って自殺し、フランも回転するヘリのローターに頭を突っ込んで自殺するという、バッドエンドになるはずでした。

フランが死んだ後、カメラはヘリコプターを映し続け、やがてローターが止まる。脱出しても燃料はなかった…ということが示唆されて、映画は終わることになっていました。

フランの死については、特撮用のダミーヘッドも制作され、1977年11月20日に、人形を使ったテストショットも撮影されています。

 

撮影助手のトム・デュベンスキーによれば、フランが自殺するシーンも撮影されたようです。

「ヘリコプター内でフランが物思いにふけっている。それから彼女は立ち上がり、彼女の頭がフレームアウトする。これが<自殺シーン>のすべてだ」

彼はまた、ピーターが自殺するシーンは撮影していないと言っています。

 

撮影の中で登場人物たちに共感を抱いたロメロは、フランとピーターが生き延びて脱出するエンディングを選びました。

イタリア側の要望があったとの説もあります。

デュベンスキー「ロメロがやってきて、イタリア人たちーつまりダリオ・アルジェントとクラウディオ・アルジェントーがハッピーエンドを要求してきたと言うんだ。ちょうど『スター・ウォーズ』がイタリアで公開されて大ヒットしたから、明るいエンディングにして欲しいって。エンディングを変更する、という話はそのときに初めて聞いた」

 

「ゾンビ」のエンディングは全員死亡のバッドエンディングにはなりませんでしたが、しかしハッピーエンドと言えるものでもないですね。

とりあえず絶望ではないけど、しかし希望はかなり薄く思える…という、割と絶妙なエンディングになったんじゃないかと思います。

 

さて、こうして見てくると…どのバージョンも、それぞれいいところがあって捨てがたい。

こうなると、本当の「完全版」を夢想したくなりますが。しかし、どんな編集をしても不満を感じる人は出そうですね。ロメロが亡くなった今、新たなバージョンを作るのは難しそうです。

やはり、「ゾンビ」は3つのバージョンを3つとも楽しむのがベスト、というところでしょうか。