この記事は「ゾンビ」ネタバレ解説1の続きです。
巡視艇基地
このつなぎもバージョンごとに違っていて、DC版とアルジェント版はスティーブンとフランの乗ったヘリが巡視艇基地に降下するシーンへ。
米国版のみ、基地の通信員の死体がのけぞるシーンにつながり、ピーターの銃声とリンクさせています。この効果は米国版カッコいいですね。
ただ残念なことに、米国版では編集ミスで、ヘリの降下シーンが一瞬だけ残ってしまっています。
DC版とアルジェント版では、ヘリからスティーブンとフランが降り、隊員の死体に気付いてフランが目を背け、スティーブンがフランに給油を任せて基地の中へ入っていく…と続きます。米国版は潔くその辺一切カットです。
通信員の死体を見つけ、スティーブンが「通信員は死亡。基地は放棄」と報告するシーンの後、アルジェント版と米国版はロジャーらとの合流シーンにつながりますが、DC版ではボートで脱出しようとする隊員たちと出会うエピソードが入っています。ここがDC版のみにあるもっとも長いシーンです。
スティーブンたちは、基地にやって来た警官たちにヘリを強奪されそうになります。
ここで、警官リーダーがスティーブンを「交通情報のレポーターだな」と気づくシーンがあります。ここはスティーブンの仕事が分かるシーンなんですが、他のバージョンではカットされたので彼はただヘリのパイロットであるみたいに見えますね。
スティーブン、普段はヘリから道路を見下ろして、渋滞情報を伝える仕事をしていたみたいです。
このリーダーを演じているのはジョセフ・ピラトー。
次作「死霊のえじき」(1985)で狂気のローズ大尉を演じて、強烈な存在感を見せてくれます。
武器を持った警官たちが、守ってくれるのではなく脅威を与える存在になっている。
「ゾンビ」世界の雰囲気を伝える上で効果的なシーンだと思いますが、残っているのはDC版だけ。ロメロもアルジェントもあまり気に入らなかったようです。
ピーターとロジャーが合流して、一触即発の雰囲気は回避されます。
警官たちは予定通りボートへ。若い警官がロジャーにタバコをねだりますが、フランはないと答えます。
スティーブンがどこへ行くのかと聞き、若い警官は川を降って島へ行くと言います。更にどの島か聞くと、「さあ?どこかの島さ」
このシーンは当然アルジェント版では切られているんですが、なぜか米国版では残っているんですね。なので米国版では、ボートで脱出しようとする警官たちが急に出現することになっています。
「基地は破棄された」と言っていただけに、これはちょっと意味の分からなくなる残し方ですね。
この一連のシーンは、メインの4人、特にフランのキャラクターが伝わるものになっています。
ピーターが加わったことを知ったフランはスティーブンに「全員乗れる?」と聞いて、ピーターをムッとさせます。
スティーブンは「燃料は食うが大丈夫だ」と答えています。実際、ピーターが増えたことで予定通りの行程をこなせず、予定していたカナダにたどり着けなかったのかもしれません。
警官にタバコを「ないわ」と答えたフランは、離陸するなりタバコに火をつけます。それを見たピーターはニヤリと笑います。
ここはいいシーンなので残ってて欲しいところではあるんですが。
なので、米国版はここを残すなら前半のヘリを奪われそうになるシーンも残すべきだったんじゃないかと思えます。
自己紹介
離陸直後のヘリの中のシーンも、バージョンによって異なります。
DC版とアルジェント版では、ピーターが「残した人はいるか?」と聞き、フランが「別れた夫」ロジャーが「別れた妻」と答えます。
スティーブンと付き合ってるフランが実はバツイチであることがわかるシーン。
ピーターも聞かれ、彼は「兄弟たち」と答えます。
DC版では、フランが更に「本当の兄弟? それとも(義兄弟の意味の)ブラザー?」と尋ね、ピーターは「両方だ」と答えます。
実の兄弟は、「一人は刑務所、一人はプロ野球選手」とピーター。
米国版で残っているのは、ピーターがフランに「彼は恋人?」と聞くシーン。
というわけで、巡視艇基地からヘリ離陸にかけてのシーンでは、すべてのシーンがあるDC版がやはりいちばん自然であると言えます。
米国版は後半のいいところは残してあるんだけど、前半がないのでやや支離滅裂。
アルジェント版は潔くバッサリ切ってるので繋がり方は自然ですが、こうなると基地のシーンは本当に何もなく、ただ待ち合わせしただけのシーンになってますね。
ハンティング
翌日。夜通し飛んだスティーブンはしんどそう。
スティーブンは「ハリスバーグは過ぎた。もうすぐジョンズタウンだ」と言います。
ハリスバーグはペンシルベニア州の州都で、フィラデルフィアの西170キロくらい。
ジョンズタウンは更にその西220キロくらいです。
ちなみにピッツバーグは更に西に100キロほど。
田舎の人々が、結構楽しそうに猟銃やらライフルやら持ち出し、コーヒーとビールを用意して、ピクニックみたいにゾンビ狩りに乗り出す…というこの構図は、「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」の終盤を引き継ぐムードでもあります。
映画「ゾンビ」の基調を成す、楽しくて薄ら寒い世紀末。ロメロならではのブラックユーモアを込めたシークエンスです。
アルジェント版はロメロのユーモア要素をことごとく切っていく傾向があるんですが、ここは残ってます。ここは3バージョンとも、ほぼ変わりなく残っている部分です。
音楽だけ違う…のですが、これもよく似た感じになってます。
ロメロ版はライブラリミュージックなんですが、The Electric Bananaというバンドの"Cause I'm A Man"という曲。
このバンド、The Pretty Thingsの変名だそうです。
プリティ・シングス…って僕は知らなかったんですが、知る人ぞ知るブリティッシュ・ロック・バンドだそうです。1963年結成。リーダーのディック・テイラーはデビュー前のローリング・ストーンズのメンバーだったこともあるらしい。
初期はストーンズばりのブルース・ロックを演奏し、1965年頃にいくつかのシングルをUKチャートにチャートインさせます。1964年のヒット曲"Rosalyn"と、"Don't Bring Me Down"は、後にデヴィッド・ボウイがカバー・アルバム「ピンナップス」(1973)でカバーすることになります。
それ以降も精力的に活動を続けますが、初期を超える成功には恵まれず。1960年代後半には、バンドは音楽ライブラリー会社De Wolfeと契約し、ザ・エレクトリック・バナナの変名で、ライブラリ・ミュージックの提供でお金を稼ぐようになります。
1970年代には、レッド・ツェッペリンが作ったレーベル"Swan Song"から、最初にリリースされるバンドとなります。
1976年に解散しますが、1978年に再結成し、その後も現在に至るまで活動を続けている息の長いバンドです。
というわけで、"Cause I'm A Man"は1967年の変名アルバム"The Electric Banana"に収録されていた曲。
I never wake up early in the morning
Don't get home 'til late at night
Don't believe in overworking
And I never treat a woman right
Cause I'm a man
俺は朝早く起きたりしない
夜は遅くまで家には帰ってこない
過労なんて信じない
そして女を正しく扱うこともない
だって俺は男だから
男らしい歌詞! ゾンビ狩りに出かけていく、マッチョな田舎のおっさんたちを揶揄している歌詞なわけですね。
アルジェント版はゴブリンの曲ですが、いつものハードロックとは違って、カントリータッチの曲になっています。
ゾンビ狩りシーンの撮影は、1977年11月23日に行われています。
飛行場
給油のために飛行場に着陸。ここでも一行は複数のゾンビに出会います。
ロメロ版では、放棄されたセスナ機の横を歩くゾンビから、ヘリの着陸へ。
アルジェント版では、既にヘリが着陸した場面から始まります。これは、冒頭に出てくる「ローター」ゾンビがアルジェント版には登場しないからですね。
ヘリに給油しようとしますが、ガソリンタンクは空。
「周辺の農家が満タンにして飛んだんだろう」「どこへ行く気なんだ」という会話がありますが、アルジェント版のみ、ピーターが「俺たちはどこへ?」と皮肉を挟んでいます。
序盤は特にピーターは何かと辛辣なキャラですが、ロメロ版はあえてピンポイントでこのセリフをカットしてるのは、ちょっと多すぎると思ったんですかね。
ロジャーは残ったガソリンを給油し、スティーブンとフランは何か使えるものを探しに倉庫へ。ピーターは事務所へ。
事務所にはカレンダーが見えますが、これは撮影時のリアルタイムのもの。1977年11月ですね。
撮影は1977年11月20日から22日にかけて、モンローヴィル空港で行われました。これは私設空港で、「誰でも3ドルで駐機できる」そうです。
飛行場のシーンで登場するゾンビは、全部で6人。
スティーブンに襲いかかり金槌で倒されるハゲゾンビ。
その直後にスティーブンとぶつかり、後でロジャーに撃たれる白シャツゾンビ。
ヘリのローターに頭を切られるローターゾンビ。
事務所の奥から出てきてピーターに襲いかかる二人の幼い子供ゾンビ。
ハゲで派手な特殊メイクをした、ポスタービジュアルにもなっているポスターゾンビ。
このうち、ローターゾンビだけがアルジェント版に登場しません。
木箱に乗ったばかりに、ヘリのローターに自分から頭を突っ込んで自滅してしまう…のは、特殊メイク的に見せ場なんだけど、笑えるシーンでもあるので。これも、ユーモア部分を排除しようとするアルジェント版の傾向だと思います。
「ヘリコプターのローターに頭を突っ込んで死ぬ」ゾンビのシーンは、本当はラストシーンへの伏線になるはずでした。予定されていたバッドエンドでは、ピーターが自分を撃って自殺し、フランはヘリコプターの操縦席で立ち上がって頭を自らローターに突っ込み、自殺することになっていました。このシーンのためにフランのダミーヘッドも用意されましたが、実際に撮影はされなかったようです。
ローターゾンビを切ってある関係で、アルジェント版では出来事の順番が少々入れ替えられています。
スティーブンが白シャツゾンビを撃つが当たらず、ロジャーが代わりに倒すシーンもロメロ版のみ。アルジェント版では、白シャツゾンビは倒されず放置されることになります。
子供ゾンビを演じているのは、トム・サヴィーニの甥っ子と姪っ子。マイケルとメリッサ・サヴィーニだそうです。
ポスターゾンビは、ポール・ムーサ。この人は、ピッツバーグで活動したロックバンド"FLUID"のメンバーで、サキソフォン奏者。
フルイットはメンバー全員がスキンヘッドだそうです。ショッピングモールでフランを襲う「クリシュナゾンビ」を演じたマイク・クリストファーもフルイットのメンバーで、キーボード奏者。
バンドのマネージャーがジョン・シェルビーで、この人はアパートの場面でマルチネスを演じ、後半でバイカーの一人にも扮しています。
最後、ピーターが事務所を出てくるところでは、アルジェント版ではロジャーがピーターを呼ぶカットが省かれています。
ピーターがスティーブンに銃を向け「人に銃を向けるな。怖いだろ?」と凄むシーンはどちらにも残っています。
夜の飛行
ヘリの飛行シーンでは、既に夜になっています。
スティーブンは「クリーブランド付近で給油を」と言いますが、ロジャーは大都市は危険だと言います。
「安全な場所などどこにもない」と言うピーターは、「敵は奴らだけとは限らんしな」と嫌味を言います。危うく仲間を撃ちかけたスティーブンへの当てつけです。
クリーブランドはオハイオ州北東部の都市。ペンシルベニア州との境から西へ約100kmの地点です。ピッツバーグからは北西に約210km。
ロジャーは北に個人の飛行場があると言い、スティーブンは「アレゲニー川沿いに給油所がある」と言います。
アレゲニー川はペンシルベニア州のアレゲニー山地を源として、一時ニューヨーク州に入ってからペンシルベニア州に戻り、ピッツバーグでモノンガヒラ川と合流してオハイオ川となる川。全長523km。
スティーブンたちのヘリはフィラデルフィアを出て西へ、ハリスバーグ、ジョンズタウンを超えて、アレゲニー川の近くへやってきたようです。スティーブンとフランの目的地はカナダであるはずなので、給油場を経由しながらエリー湖方面へ、カナダを目指しているのだと思われます。
この後、ピッツバーグ郊外のモンローヴィルのモールにたどり着くことになります。
アレゲニー川以降の会話は、ロメロ版にのみあります。
俺たちは泥棒と違う、というスティーブンに、ピーターは「どう証明する」と迫ります。スティーブンは「局の身分証が…」と言いますが、ピーターは「そんなものは何の役にも立たん」と切り捨てます。
「生き残るためには強盗略奪は当たり前だ」とピーターは言います。
フランは、「食料もラジオもないのに行き先さえ不明なんて」と嘆きます。フランは、眠っていないスティーブンを気遣います。
その3に続きます!