Dawn of the Dead(1978 イタリア、アメリカ)
監督/脚本:ジョージ・A・ロメロ
製作:クラウディオ・アルジェント、アルフレッド・クオモ、リチャード・P・ルービンスタイン
監修:ダリオ・アルジェント
撮影:マイケル・ゴーニック
特殊メイク:トム・サヴィーニ
音楽:ゴブリン、ダリオ・アルジェント
出演:ケン・フォリー、デビッド・エムゲ、スコット・H・ライニガー、ゲイラン・ロス、トム・サヴィーニ
①まずはバージョンの紹介
みんな大好き、カルト映画の最高峰、ジョージ・A・ロメロの超傑作ホラー映画「ゾンビ」。
なんと、「日本初公開復元版」というニッチなバージョンの公開です。
「ゾンビ」はもともと、非常にたくさんのバージョンのある映画です。
変わってるのは、複数のバージョンそれぞれに熱い支持者がいて、これが決定版!というのが決めづらいところじゃないかと思います。
現在普通に入手できるブルーレイソフトでも、3つのバージョンが販売されています。
「米国劇場公開版」はアメリカで1979年に劇場公開されたバージョンです。127分。
ロメロ監督自身によって編集されており、監督の意図にもっとも忠実なバージョンと言えます。
終末SFを感じさせる暗いムードと、皮肉の効いたブラックユーモアが特徴です。
「ダリオ・アルジェント監修版」は1978年にイタリアで公開されたバージョン。119分。
「サスペリア」のダリオ・アルジェント監督による、アクション中心に編集されたバージョンです。音楽はゴブリンのロックサウンドに全面的に差し替えられています。
アルジェントは本作のアメリカ以外での権利を持っていたので、世界中でもっとも広く観られたのがこのバージョンです。
「ディレクターズ・カット版」は1978年のカンヌ映画祭で上映するために、ロメロが粗編集したバージョンです。139分。米国公開版の長いバージョンと言えます。
3つの中でもっとも早く公開された、もっとも長いバージョンですが、映画祭に間に合わせるための粗編集だったので、ロメロ自身は気に入っていないようです。真のディレクターズ・カットは米国公開版と言えるでしょう。
とは言え、滅亡後の世界のまったりした楽しさはこれがいちばん強調されていて、黙示録的な重厚さは捨てがたいものがあります。
②「ゾンビ」と私
どのバージョンをいちばんに推すかは、その人が最初にどのバージョンを観たかに左右されるようです。
僕は劇場公開には間に合ってなくて、最初に観たのは80年代。
レーザーディスクで観た「米国劇場公開版」がファーストコンタクトになります。
当時リリースされていた「ゾンビ」のビデオソフトは、「米国劇場公開版」のみでした。だから選択の余地はなく、このバージョンになったわけです。
当時の多くの中学生と同じく…痺れました。どっぷりハマりましたよ、まさしく。
当時、ビデオが出だした頃で、ホラー映画や残酷スプラッタ映画のブームでもありました。「ゾンビ」ももちろんトム・サヴィーニの特殊メイク、ゴア描写が話題だったわけですが、実際観てみると当時の多くのホラー映画とは明らかに違うものがありました。
ただ残酷描写が面白いだけの映画じゃない。明確な社会的メッセージが込められていて、終末SFの退廃的なムードが色濃く漂っている。
それに何より、タッチがクールでカッコいいんですよね。
「ゾンビ」「AKIRA」「ブレードランナー」って辺りが、当時の自分にとって最高にカッコいい作品たちでした。
(そんな高まりのところにやって来たのが1985年の「死霊のえじき」Day of the Deadですからね。あの映画への期待は、当時はなかなかのものがあったんですよ。)
ただグロいだけじゃない、SFとして傑作だ!という思いを強く持ってるから、後に「ダリオ・アルジェント監修版」を観た時は、かなりの抵抗を感じました。
テンポのいいアクション映画的編集は、終末的な余韻が切り捨てられてしまっているように感じて。
ショッピングモールをゾンビがうろつくシーンのコミカルなBGMがなくなって、違うものに差し替えられているのも、秀逸なロメロのブラックユーモアが無視されたように思えて嫌でしたね。
「それじゃない!」と力説したかった、当時流行ってた「グロさが売りのホラー映画」に堕落しちゃってる気がして。「ゾンビは絶対にロメロ版だ!」という思いを、強く持ってたものでした。
この辺やっぱり、最初に観たバージョンによる刷り込み効果なんですよね。
僕よりちょっと上の世代、劇場で初公開版の「ゾンビ」を観ている世代の人たちは、ロメロ版よりアルジェント版を好む人が多いようです。それは、日本で公開されたのがアルジェント監修版をもとにしたバージョンだったから。
今回のパンフレットにも、大槻ケンヂ氏が熱い文章を寄せています。ビデオじゃなく、映画観で観た世代ですね。
僕も大人になって、あらためてアルジェント監修版を観てみると、これはこれでカッコいい…場面によってはこっちの方がいいかも…なんて思ったりもします。
とは言え、やっぱり基本的にはロメロ版である「米国劇場公開版」が好きかな。刷り込みって強力なもんですね。
③日本初公開盤とは?
というわけで、「ゾンビ」を初公開時に映画館で観た先見の明のある人たちは、「日本初公開版」に思い入れがある…ということになるわけですが。
実はこの「日本初公開版」は、「ダリオ・アルジェント監修版」をベースにしつつもまた違う、そこでしか観られなかったバージョンなんですね。
冒頭に、謎の惑星爆発シーンと「宇宙線が降り注いで死者が蘇った」という字幕が入る。
「ゾンビ」は初めから死者が歩き回ってる世界で始まり、その理由の説明も何もないので、当時の配給会社は「これではわけがわからない」と判断したんでしょうね。死者が蘇った理由をでっち上げた雑な導入を作ってしまいました。
この惑星爆発シーンは「メテオ」の流用だとか言われてます。(パンフレットには「宇宙からのメッセージだ」って意見も。)
「ゾンビ」は「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」の続編だけど、当時の日本では「ナイト〜」は公開されてなかったので…とのことですが、「ナイト〜」にしたって理由なんて説明されてないんですけどね。
「ゾンビ」は混乱しきった報道現場から始まるように、「何が起きてるか誰にもわからない、意味も理由もわからないまま事態がどんどん悪くなっていく…」というのが持ち味なので、完全に蛇足の導入ではあります。
残酷シーンがストップモーションになったり、モノクロになったりする。
映画が18禁になるのを防ぐために、残酷シーンの修正が行われました。ゾンビは肉を食いちぎるシーンとか、ナタを振り下ろすシーンとか、首チョンパとか、いいところで静止画になってしまいます。
人肉食シーンとか、内臓シーンとか、グロいどころはモノクロに。
残酷シーンが売りの映画でそれ切っちゃってるんで、これ今だったら大炎上ですね。
一部ドラマ部分がカット。
アルジェント監修版119分に対して日本初公開版は115分なので、わずかですがカットされてます。
エンドクレジットがカット。
ラストはヘリコプター浮上シーンの後で真っ黒画面になって、ゴブリンの音楽がひとしきり流れて終わります。クレジットはなし。
というわけで、日本初公開版というのは要するにいろいろと残念な不完全版なわけです。
それでも、わざわざそれを再現してでも観たい!っていうんだから、思い入れってのは面白いもんですね。
④不完全な初公開版をわざわざ再現!
今回上映されるのは「日本初公開“再現”版」。
当時に上映されたフィルムそのものは、残ってないんですね。だからわざわざ、再現しちゃった。
冒頭の惑星爆発シーンにしても、残ってないし、どうやって作ったかもわからないから、記憶とテレビ放送のビデオ映像とかを頼りに、CGで再現してます。すごいCGの使い方!
残酷シーンの修正も、いろんな資料をもとに手探りで再現してる。
ちゃんとした記録がろくに残ってなくて、マニアの記録の方が充実してるんですね。その辺りの手探りの過程がパンフレットに載ってて、すごい面白かったです。
当時の字幕も、映画館で書き写していたマニア(!)から記録をもらって再現したそうです。再現する方も、その資料持ってる方も、どうかしてる!
すごい駆け回って資料を探して、わざわざ不完全版を再現して、クラウドファンディングして劇場公開する。何このヘンテコな情熱!
必死に復元して完全版を作るのはよくありますけどね。わざわざカットとか足りてない部分を調べて不完全版を作るって、前代未聞じゃないでしょうか。
それわざわざ観に行く方も同類ですかね。僕は初日のトークショー付きの回を観たんだけど、ミルクマン斉藤さんが「わざわざこんな観なくていいバージョンを…」って言ってましたが。
なんか参加できて、同類になれた気がして、良かったです!
⑤不完全版だけどこれはこれで!
というわけで! ようやく感想ですけどね。
いや〜面白かったです。
「ゾンビ」は何回観てもやっぱり面白いなあ…って元から好きな人間の感想なので、あんまり参考にならないかもしれないですが。
まあ特殊なバージョンなのでね。いいところがことごとくカットされてる不完全版なので、初心者に勧められるバージョンじゃないですが。
でも、これもトークショーでゾンビ研究者の福田安佐子さんという人が言ってたんですが、ゴアシーンがほどほどに抑えられてるのは、逆に現代の観客向きかも…と言えたりもして。
最近のホラー映画って、残酷描写は控えめじゃないですか。残酷と言っても笑える感じだったりして、肉片グチョグチョ腸ドロドロの当時的な汚いグロ描写は少ない。
「イット」とかね。そういうのに慣れてる人には、むしろ入門編としてちょうどいい「ゾンビ」なんじゃないか?って福田さんが言ってました。
僕自身も、今となってはそんなに極端な残酷シーンを見たがってるわけでもない自分がいて。
純粋にストーリーの面白さに集中できるという意味で、「日本初公開復元版」の残酷シーンの修正具合は、意外とそこまで不満でもない感じだったりしました。
苦手だったアルジェント監修版もね。あらためて映画館で集中してみると、悪くない。むしろカッコ良かったり。
特にラスト、ピーターが自殺を思い止まるシーンの音楽は、ゴブリンの方がずっとカッコいいですね。ロメロ版はあそこで変なファンファーレが鳴って、かなり脱力するんですよね…。
…っと、自分だったらこうするみたいなことをいろいろ考え続けられる、永遠の未完成品っぽいところも、「ゾンビ」の魅力かもしれないですね。
3バージョン全部が観られるブルーレイのセット。
各バージョンの単体ソフトもあります。本当か嘘か知らないけど、「日本初公開復元版」はソフトの発売予定なし…ってトークショーで言ってましたよ。
ロメロのゾンビ三部作その1。1968年のホラー・マスターピース。レビューはこちら。
ゾンビの研究本も数あるけど、ロメロのゾンビだけに絞った本って珍しいんじゃないでしょうか。それでいて大ボリューム!