IT: Chapter Two(2019 アメリカ)
監督:アンディ・ムスキエティ
脚本:ゲイリー・ドーベルマン
原作:スティーヴン・キング『IT/イット』
製作:バルバラ・ムスキエティ、ロイ・リー、ダン・リン
撮影:チェコ・バレス
編集:ジェイソン・バランタイン
音楽:ベンジャミン・ウォルフィッシュ
出演:ジェシカ・チャステイン、ジェームズ・マカヴォイ、ビル・ヘイダー、イザイア・ムスタファ、ジェイ・ライアン、ジェームズ・ランソン、アンディ・ビーン、ビル・スカルスガルド
①原作ファンです!
まず最初に書いとかないといけないのは、僕はかなり年季の入ったスティーブン・キングのファンであり、中でも「イット」はものすごく思い入れのある、キングの中でも特に思い出深い大好きな作品であるということ。
当時、翻訳がなかなか出なかったんですよね。
評判だけは聞いていて。ものすごく分厚い、代表作の「イット」というのがあって、それは様々なモンスターがいっせいに出てくるキングの集大成みたいな傑作だと。
仕方がないので、英語版のペイパーバックを買って、辞書を片手に読みましたよ、こつこつと。
最後まで読み終わるまでに、日本語版が出ちゃったけど。
でもおかげで、英語の文の中にいろんな意味のItが頻出し(モンスターを指す固有名詞だったり代名詞だったり意味のない形式主語だったり)、まさにデリーの街に潜む変幻自在の怪物を小説の文章全体がまんま体現しているという、キングの仕掛けに興奮したりすることもできました。
翻訳ではイマイチ伝わらないんですよね、その辺の凄さは。
というわけで、僕は原作ファンなので。
これはどうしても、原作ファン目線のあまり冷静でない、かなり偏りあるレビューになっちゃってると思います。ご了承ください。
その上で!なんですが、いや〜本当、今回も素晴らしかったです。
とりあえず満足。お腹いっぱいになれました。
そりゃまあ、細かいことを言い出せば、気になるところは少なくない。
原作に忠実…と言いつつも、はしょられたところ、変更された部分は多々ある。
ホラー映画として観るなら、正直ちっとも怖くないのはさすがにどうなんだ…という気にもなる。
でもでも。かなり核心のところで、原作のエッセンスを再現している映画だと思いました。
原作にハマって、これが映画になったら…ということを読みながら夢見てきた身にとっては、これだけやってくれただけでもう感無量!
細かい粗など、気にしないことにしよう…という気に、させてくれたのでした。
②大人編を描きつつ、過去と現在が並行する面白さも
あれから27年。メイン州デリーで殺人事件が発生。ペニーワイズが復活したことを確信したマイクは、ばらばらになったかつての仲間ルーザーズ・クラブを呼び寄せます。作家になって女優と結婚しているビル、すっかり痩せてイケメンの建築家になっているベン、リスク分析家になっているエディ、人気コメディアンのリッチー、デザイナーになっているべバリー。しかしスタンだけは、バスタブで手首を切って自殺してしまいます。
前作「IT/イット “それ”が見えたら終わり。」の僕のレビューはこちら。前作も基本的に絶賛してます。
(それにしても、「“それ”が見えたら終わり。」ってどうしても要るんですかね? いちいち長ったらしいし、誰も嬉しくない気がするんだけど。“それ”が見えても一向に終わらないので、内容とも合ってないし。せめて今回は「イット THE END」で良かったと思うんだけど。前後編で副題が同じってのも乱暴な話ですよね。誰か偉い人がつけたから外せないの?)
原作は現在の大人時代から過去の子供時代を回想し、2つの時制が複雑に交差する構成なんだけど、映画ではそこを割り切って。
前作は子供時代に絞って、とても良質なジュブナイル・ホラーになっていました。
原作の50年代から時代を移した結果、僕ら世代にも懐かしい80年代の青春映画になっていて。
「グーニーズ」や「グレムリン」を思い出す、「サマー・オブ・84」でも回顧された少年たちの世界です。
「スタンド・バイ・ミー」的なみずみずしい青春物語は原作の魅力の一つですが、今作は、その前作で描き残した部分。
その子供たちが大人になって、自分たちの子供時代にある種の落とし前をつけていく。
映画自体も、原作への落とし前みたいな形になってますね。
今作は大人編なんだけど、随所に回想シーンやフラッシュバックを交えて、原作の魅力である過去と現在が交錯して同時進行する感じを再現しています。
大人の行動の奥底に、忘れてしまった子供時代があること。子供時代が、大人時代のいわば“影”であることを、上手く伝えています。
子供時代が前編で、観客にとってもある種の「懐かしさ」を伴って思い出されるのもミソですね。
子供時代を思い出していくビルたちの心の動きと、シンクロしながら見ていくことができます。
③更にエスカレートしたやり過ぎ感
原作は「見るものが怖いと思うものの形をとる怪物」という設定を上手く利用して、シーンごとに異なるモンスターが登場する、キングのモンスターホラーものの集大成という形をとっていました。
それを受けて、前編でも様々な怪物が続々と登場。ビックリ箱というかお化け屋敷というか、本当にアトラクション的な大騒ぎの映画になっていることが本作の特徴です。
今回は、それがさらにグレードアップしてます。原作の要素をコレでもかと次々ぶち込んで、2時間50分というこの手の映画としては破格の上映時間の限りにギッシリと、ものすごい数のモンスターとホラーシーンが詰め込まれています。
このやり過ぎ感、過剰なサービス精神がキングの特徴でもあって、その意味で原作に忠実な映画と言えます。
…なんですけどね。キングらしさを離れて冷静に評価されちゃうと、そこが本作の弱点とも言えることは否めないでしょうね。
さすがに詰め込み過ぎなので。一つ一つのシーンが猛烈に速くて、ビュンビュン過ぎていく。
シーンが始まると、すぐに怪奇現象が起こる。予兆も余韻もへったくれもないので、怖くなるヒマがない。
派手で直接的なホラー描写の一方で、執念深い書き込みでリアルな人物を描き出し、人生の本質に迫るような、様々な深いテーマを浮かび上がらせていく…というのもキングの真骨頂で、そこが単なるホラーを超えて評価されるポイントなんだけど。
とにかく物語を全部詰め込む!ことが優先されてしまって、人物や深いテーマを感じさせる余裕がない。
結果、なんか単なるバカバカしいホラー映画に見えてしまう…というのも辛いところです。
これは「イット」に限らず、キングの映画化作品について回る傾向で、そこがキングの映画化作品が小説ほど評価されない(ものが多い)理由なんですが。
それでもね、本作はその中でも頑張ってたと思うのです。
ホラーシーンをギッシリ詰め込むのは、「イット」という原作を最大限にリスペクトした結果だと思うし。
忙しい展開の中でも、テーマは感じ取れる。(原作を知ってるから…かもしれないけど)
小説にあった全部じゃないにせよ、しっかりテーマもすくい上げてると感じました。
④今回は「みんなの物語」
嬉しかったのは、今回、前編で描き残したテーマをしっかりと描いているということ。
前作のレビュー、「原作と映画の違い」記事で、僕は原作との違いとして、「映画はビルの物語になっている」と書いたんですよ。
原作では、7人の子供たちがそれぞれに、自分の意思でイットに立ち向かっていく。
それに対して映画では、ビル一人が弟ジョージィの復讐という動機によって、イットに向かっていく。他の子たちはそれに巻き込まれていくにとどまっていて、そこがちょっと物足りないところだと書いたんですね。
後編では、まさにそのポイントが補完されていました。前編がビルの物語だったのに対して、後編は「みんなの物語」になっていました。
あえて前編の「喧嘩別れのシーン」が回想され、それを反復するように進んでいく。
前編ではビルがみんなを連れて行こうとして拒否されたのに対して、後編ではビルがみんなを巻き込むことを避けて一人で行こうとして、みんながビルを止めるという展開になっています。
そして、イットとの戦いに於いても、ビルでなくみんなが戦いの主体になっていく。
リッチーとエディ、ベンとべバリー、そしてマイク。彼らの秘めた思いと関係、そして決意が、大きなテーマとして前面に出されていく。
ビルはむしろ、主人公としては意外なくらいに後景に退いています。
今回の映画では、彼ら仲間たちに関しては、原作よりむしろ分厚くなっていたように思います。
リッチーにある属性がプラスされていて、彼の存在感が高まっている。
リッチーとエディの関係が、より強いものになっています。
ビバリーとベンの恋物語が描かれるのは原作同様ですが、ベンの書いた詩の役回りはより強調されていました。
更に嬉しかったのは、スタンにもきちんと存在意義が与えられていたこと。
これはまさに、原作の登場人物たちへの深い愛情からの改変だったと思います。
⑤原作ファンとしては至福の映画
そして、焦点となるイットのペニーワイズ。前編以上に強い存在感を感じさせるモンスターになっていました。
今回、原作の印象も離れて、ペニーワイズが「遊んでる印象」なんですよね。
ルーザーズ・クラブの面々と、一緒に遊びたくてしょうがない。
彼らと遊ぶのが楽しくってたまらない。そんな印象。
前編で、ビルたち7人が襲われても襲われても殺されない(それこそ、“それ”を見ると終わりどこじゃない)…というのも若干気になるところだったんですが、この「遊んでる印象」が強まることでその辺の違和感が軽減されてたと思います。
そして、映画独自の、「チュードの儀式」のアレンジと最終的なイットの倒し方。これが素晴らしいと思いました!
力押しで倒すのは違うし、かと言って原作の倒し方はあまりにも文学的・観念的・抽象的で、映像化には向いてない。
原作のエッセンスを上手く抽出し、映画として見やすく説得力ある方法に、見事にアレンジされていたと思います。
そしてこの倒し方が、前述のペニーワイズの「遊びたい感じ」と繋がって、どこか切ないような印象さえ感じさせる。
ルーザーズ・クラブ自身の境遇ともオーバーラップするところがあって…。
これ以上はネタバレになるので! ネタバレ解説で書きます。たぶん。
とにかく、原作ファンとしては眼福というか。
動くポール・バニヤンが見えて感激…というレベルでね。本当、楽しい映画でした。
(「シャイニング」で省かれた「生け垣動物」、「ドクター・スリープ」で動かしてくれないかなあ…)
楽しいといえば、ある箇所で、御大スティーブン・キング本人がカメオ出演しています。カメオ出演にとどまらない、堂々たる演技ぶりですが。
やっぱり老けたなあキング…。キングの演技といえば、「クリープショー」のあの怪演を思い出すのですが。
いやもう本当それだけでね。楽しいのです。
だから、正直、スティーブン・キングに思い入れがなくて、原作も読んでない人が、この映画どう思うのか全然わかりません!
下手したらストーリーの意味わかんないんじゃないかとさえ、思うんですが。
いやでも、「イット」はこれでいい!
好きな人だけ楽しけりゃ、それでいい。そういう映画でいいと思います。悪いけど。
ネットニュース見てたら、本当か嘘か、アンディ・ムスキエティ監督が前編と後編を原作の時系列で並べて1本に再編集した6時間半の「スーパーカット版」を作るという話もあって。
これめっちゃ楽しみです! 絶対観るので実現してほしいです。
「IT/イット ”それ”が見えたら、終わり。」(2017)レビューはこちら。
「IT/イット ”それ”が見えたら、終わり。」(2017)原作と映画の違いはこちら。
ネタバレ詳細解説を書きました。
「IT/イット THE END」ネタバレ詳細解説その1はこちら。