展覧会紹介・開催中です!!Shinichi SUGIMOTO展 Small art works
皆さま、 こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
今日は素敵な展覧会を紹介いたします。
以前、学び場美術館にご登場下さった 杉本晋一さん の個展です。
杉本晋一さん
前編
http://ameblo.jp/mnbb-art/entry-11220024851.html
中編
http://ameblo.jp/mnbb-art/entry-11226118580.html
プロフィール
http://ameblo.jp/mnbb-art/entry-11560701789.html
後編
http://ameblo.jp/mnbb-art/entry-11233091536.html
以下、フェイスブックで頂いたご招待記事を掲載させて頂きますね。
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Shinichi SUGIMOTO展 Small art works exhibitoin
※会期中に他のイベントが開催されている場合がございます。
入場無料
開廊時間:11:00-17:00
19:00-24:00...
※夜間は、SAKE-bar営業のため照明を落としています。
休 廊 日: 月曜日
今回の個展は、いつ始まったのか、、、それは、重力を当
たり前に受け入れてる 日常のように、自然発生的に始まっていた。
作家プロフィール http://ss-art.digi2.jp/top.html
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アクセス:JR京都駅から市営バス「堀川五条」下車。地
下鉄烏丸線「五条」下車。
Address: 3-454 higashinakasuji-dori gojoh-sagaru tenshitukinuke Simokyo-ku Kyoto
Acsess: Walk from Horikawagojoh on the City-bus / Gojoh on the Karasuma Line
http://air-yosuga.jp/access TEL. 075- 746- 4877
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いつもは、巨大な画面を制作していらっしゃる杉本さんですが、
今回は小作品の展示とのことです。
重力を表現した画面、小作品ではどんなふうに感じられるのか楽しみですね。
それから、会場の Art Space 寄す処 yosuga
とっても素敵な空間のようですね。
仙台にもこんなところがあったら、楽しいのではないかと想いました。
では、皆さま、春の京都でぜひ杉本晋一さんの作品をご覧になってみてはいかがでしょうか。
本日もご訪問、ありがとうございました。
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アーティストを応援する素敵な彫刻工房@日下育子の学び場美術館
彫刻家 川﨑 文雄さん 第4回~ 粘土という素材に向き合っています ~
みなさま こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
今日は素敵な作家をご紹介いたします。
彫刻家の川崎 文雄さんです。
前回登場の渡辺 知平さんからのリレーでご登場頂きます。
彫刻家 渡辺 知平さん 第1回
、 第2回
、 第3回
、 第4回
、 第5回
第4回の今日は、川崎 文雄さんが陶器で彫刻の制作を始めたきっかけについて
お聴かせいただきました。
故郷では身近に粘土が取れる環境があったことや、
テラコッタの柔らいかい表現よりも、カチッとした表現を求めて
陶器に移行していったこと、ほか制作の技術的なお話をお聴かせ頂きました。
どうぞお楽しみ頂ければ幸いです。
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廃墟にて
下の部分200×200×40
2002年 白川郷芸術祭
孤独なるもの
H190
2008年
遠き星の記憶
H210
1997
宇宙からの使者
H205
1998
示現
H160
1999年
ひと(犠牲そして風化)
180×90×45
2002年
日下
作品の素材のことをお伺いしてまいります。
白川郷芸術祭の作品のまわりにまいてあるのもガラスでしょうか?
川﨑 文雄さん
あれは陶片です。
素材の話をすると基本的に最初900℃ぐらいで焼いていたんですけど、
テラコッタの土の柔らかい表現みたいなものをもうちょっと抜け出したくて。
1200℃以上でそのまま焼いても茶色くはなるんですが、
鉄分の多い粘土を使っているとさらに焦げ茶色になっていくんです。
いろいろやっているうちに、 テラコッタよりもカチッとしたものをやりたくて、
上に鉄とかマンガンみたいなものをかけて、陶器として焼いているんです。
日下
そうですか。
釉薬で着色しているのか、色だけ後から塗っているのかお聴きしてみたいと思っていました。
川﨑 文雄さん
最初は黒い着色をしていたんです。
ただせっかく焼くので 最初っから黒いものを、と考えました。
陶器の釉薬というのは買えばだいたいピカピカになるものばかりで
いろいろ失敗したんですけど。
自分でいろいろ考えて、試してやっているのが今使っているものなんです。
今は自分で酸化鉄とマンガンを混ぜたものを使っています。
ただ焼き物ですから一割以上縮むので、
1メーター作ると、10センチ縮むので、それがネックにはなっています。
そういうのもあって、白い作品「孤独なるもの」は、
木を素材に白セメントや鉛の板などを組み合わせたかたちで作ってます。
日下
あ、白いセメントですか。
形を作った後に石膏をつけていらっしゃるのかと思いました。
「孤独なるもの」(190センチ2008年)も陶は使っていらっしゃるのでしょうか。
川﨑 文雄さん
素材的には陶器も入っていますよ。
日下
鉛を貼ったのはラインのところでしょうか。
川﨑 文雄さん
鉛のところは正面、胸の黒いところ、ひび割れの隙間を埋めているところです。
ラインのところは木です。
日下
ほかにも木で作ってある部分はありますか?
川﨑 文雄さん
頭のところをはめ込んで作ってあります。あと手の先。
あと、手のくっついてるみたいなところとか。
ちょっと作品が喋り過ぎかとも想いますが。
黒いところも頭のところも
わざわざ焼いたものをくっつけたり。
風化するものというイメージの中でやっていますが。
日下
風化するものというのは、
「土に帰る」というような意味でしょうか。
川﨑 文雄さん
風化していく雰囲気とか
欠けてたり、不完全なものとか素材で何かやってみようかなとか。
日下
彫刻の中でも陶を中心的な素材に選ばれたというのは
何かきっかけがおありだったのでしょうか。
川﨑 文雄さん
土は、昔から好きだったというか、身近にあったというか。
粘土っていうのは粘土屋で買って来るものじゃなくて、
崖っぷちの層になっているような所に行って取って来るものだ、
という所で生活していたので。
焚き火で焼く程度で、あんまり焼くということはしていませんでしたけど、
山で掘ってきた粘土に新聞紙を張り込んでいき中を割り出して大きい張り子を作ったりとか
そういうことをやっていましたから、
なんとなく土というものには小さいときから馴染みがありました。
私の父は美大にいくのは反対しましたけど、
もともと高校で日本史の教員をやっていて古代史が専門だったんです。
よく雨が降ると嬉々として土器のかけらが出てくるような所に行って、
そういうのを集めて高校に資料館を作ったりするようなところもありましたから、
そういう古代的イメージというのも
どっかで刷り込まれているのかもしれません。
土の持っている可塑性という利点、
そこからものを作る材料としてはピタッときたのかもしれません。
ただ自由過ぎて・・・、という素材かも知れませんけども。
日下
自由過ぎて不自由な素材ということでしょうか。
川﨑 文雄さん
はい、形はいくらでも自由に変えられるというか、
木とか石とかと違ってグジュグジュのものですから。
なんかそれを形にまとめるというか、ちょっと大きいものを作ろうとすると
柔らかいですから、上の重さで下がブワッと自重で膨らんで来てしまったり。
水を与えてやらないと可塑性が落ちてくる、
塊でおいておくと乾燥してカチカチになってひび割れて来たりとかしますよね。
自由過ぎて大変な素材だと思います。
誰でも入っていける柔らかくて自由な素材なんですけど、
ものを作ろうとするとそれがかえってとんでもないことになる不自由な素材というか。
日下
手びねりと、石膏型抜きでつくっていらっしゃるのか
お聴きして割れてみようと思っていましたが、 今のお話しだと手びねりですよね。
川﨑 文雄さん
そうですね。最初は型で取っていたんですけど。
何回も作る訳ではないのに型がどんどん出来るわけですね。
で、テラコッタの型って割りませんから、そのまま残るんですよ。
大体作品より型の方が大きいですから。邪魔でしょうがない。
だから上手く作れないかなというので、心棒にウレタンを蒔いて
後はそれを途中で抜いたり、もう最近ははなから手びねりしたり。
だから兵馬俑なんかは、物凄い技術だと想うんですよね。
型を作ればある程度細長い高い立ったものも作りやすいと想いますが。
手ひねりだとつぶれてくる前に切って、後でくっつけるとか。
だから大体1メートル以上あるものは、最初に何本かに切ってあるとか。
あとは最初から積み上げるように階段状に?作るとか。
日下
そうですか。窯はご自身でお焼きになるのでしょうか。
川﨑 文雄さん
家にはでっかい窯は無いので、焼くのは業者の窯とか、学校の窯とか。
業者に頼めば結構でかい窯持っていますけど
ただ、余り大きいものをいっぺんに作ると
窯に入れるのも、運ぶのも大変なんです。
大体60キロぐらいを限度にして作っています。
本当は耐久性を考えてブロンズにするのが良いんでしょうけど
30センチぐらいのブロンズが関の山です。
どっかで展示してくれるというならいくらでもブロンズにしますが。
日下
ブロンズは高価そうですものね。
川﨑 文雄さん
ちょっと大きくなれば、三本の指の額になりますから。
最初からブロンズにしてくれるって言われたら、
最初から石膏で作っていると想います。
日下
そうですか。
興味深いお話をたくさんありがとうございました。
MASK-BIRD
H35
2003年
************************
今回、渡辺 知平さんからのご紹介で、初めて川崎 文雄さんのお話をお聴かせ頂きました。
川﨑 文雄さんは「ひと」をテーマに作品制作をされてきました。
最初の頃は、人間が大空を眺めて宇宙と一体になったかのように感じている世界、
それは原初的な何か、古代的なイメージの表現をめざすものだったということです。
今は「ひと」を通して
黙って立って見ていてくれるような、無言でもじわっと人を慰めてくれるイメージ、
なんか助けたいなという気持ちを感じてもらえるような存在のものが作れたら、
という想いで取り組んでいらっしゃるそうです。
それが作品に表われていて、私は川﨑 文雄さんの作品に
おちついた静けさとずっと寄り添っていてくれるような優しさとを感じました。
今回の記事では、陶の彫刻を紹介していきますが
マスク(顔)のシリーズでは様々な素材を調和させた作品展開もされているそうです。
アートを子供の頃から身近なものとして捉えてこられた川崎 文雄さん。
素材や制作手法をにいつも研究熱心に取り組んでいらっしゃる姿勢が
強く感じられました。
みなさまもぜひ、川崎 文雄さんの彫刻作品をご覧になって見てはいかがでしょうか。
*********************************
◆川崎 文雄さんが登場するWEBページ
◇ ターレンスクラブ プロの机 リンク
◆川﨑 文雄さんが出品される展覧会
2014 彫刻8人展 (展覧会DMはこちら からご覧いただけます。)
2014.3.17(月)~3.23(日) ※(←終了しました。)
11:00~18:30 (初日13:00より、最終日16:00まで)
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彫刻家 川﨑 文雄さん 第3回 ~ 「ひと」の営みの命の輝きを表現したい ~
みなさま こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
今日は素敵な作家をご紹介いたします。
彫刻家の川崎 文雄さんです。
前回登場の渡辺 知平さんからのリレーでご登場頂きます。
彫刻家 渡辺 知平さん 第1回
、 第2回
、 第3回
、 第4回
、 第5回
川﨑 文雄さん
第3回の今日は、川崎 文雄さんの制作テーマ「ひと」について
お聴かせいただきました。
川崎さんにとって「ひと」とは、悲しみをかたどった存在であり、
表現しようとしているのは、人間の営みも、風化していくけれど、
生きた証を遺していくというイメージなのだそうです。
どうぞお楽しみ頂ければ幸いです。
*********************
遠き星の記憶
H210
1997
宇宙(そら)からの使者
H205
1998
孤独なるもの
H190
2008年
まだ飛べるのか?
H58
2012
日下
制作テーマにうつってお伺いしたいのですが、
川﨑さんが送ってくださった文章(※)がまさにテーマのお話かと思います。
(※別途 巻末に記載)
川﨑 文雄さん
そうですね。
大学を卒業して、中心に向かう九州人 独自のものがあって、
フラフラ東京方面に出てきたんですけれども。
最初はとにかく狭いアパートで物価も高いですから、
何もできない状況の中で、その辺の拾ってきた物体や、粘土で作ったりとか
しょぼしょぼやっていました。
自由美術に出すようになった頃はテラコッタとかで
最初の頃は古代的なイメージっていうか、
人間がロケットに乗って宇宙へいくという世界ではなくて、
もっと原初的な何か。
人間が大空を眺めて宇宙と一体になったかのように感じている世界
というようなものに憧れて。
そういうイメージからの連作が「宇宙(そら)からの使者」と「遠き星の記憶」です。
それは古代的なイメージと
亡くなった人間への追悼の意味で作ったんですけど。
だから最初は「古代譜」とか名前をつけて人体像に託した作品でしたが、
だいたいずっと流れているものは、「ひと」です。
ひらがなで「ひと」という作品になっているものなんですけど。
それが抽象的になることもあります。
まあ、ずっと流れているものは「ひとがた」だと思います。
あとは、ターレンスクラブ にもあったレリーフの鳥の顔だとか、顔のシリーズだとか。
日下
「ひと」をテーマに表現していこうという想いを
もう少しお聴かせ頂けますでしょうか。
川﨑 文雄さん
「人間」という漢字の持つ強さみたいなもの、
人と人のつながりみたいな、人の持っているいろんなものを
広く捉えた言葉として「ひと」というひらがなにして表記したものです。
最近やっている「孤独なるもの」というのは、
この「ひと」を「孤独なるもの」に置き換えただけだと
思ってもらって構いません。
ネガティブな題名なのでいろいろ言われてはいますけど。
まあ、本来人間は孤独だけど、繋がって生きていければ
という願いもちょっと込めています。
形の中にちょこちょこ羽が生えているものがありますが、
その羽に託しているものは
希望とか未来に向かって羽ばたくということです。
日下
羽なんですね。
川﨑 文雄さん
小さい羽がついているので「まだ飛べるのか」という題名なんですけど。
日下
かなり抽象化されていますが、
基本は「ひと」なのですね。
川﨑 文雄さん
そうですね。「ひと」なんです。
身体をテーマにしたものとか、
ガラスをばらまいたような「風化するもの」とか
というのは震災のあと作ったものなんです。
日下
そうなんですか~。
白い作品「孤独なるもの」(190センチ2008年)も陶の作品でしょうか。
私は、この作品が気に入りました。
「孤独なるもの」が本当に現れている作品ですね。
川﨑 文雄さん
木やセメント鉛など異素材の組み合わせです。
これは今はやっていなくて、ちょっと違うかな~、喋り過ぎかなと思っています。
あまりにも痛々しいかなと。
この作品は賛否両論いろいろあって、
自分の中で何か消化しきれなかったものがあって。
それなりのものは作ってはるんですけど、なんか喋り過ぎかなと思って。
作ったものが、あまり外に発散していくかたちじゃなく、中にこもっていくような、
その中にかたちが見えてくるようなものが多いのかもしれません。
変な言い方をすると
人になぞらえて作っていますから、辛いことがあって滅入っているときに、
「頑張れよ!」っていうタイプの人もいれば、
なんかちょっとなんかじっと黙っていて、癒しているような人もいますよね。
そういう黙って立っていて、何も言わなくても感じてもらえるような姿、
なんか助けたいなというイメージのものを作っています。
日下
先ほど賛否両論あるけどもネガティブなものもあるというお話しでしたが
それは先ほどの送っていただいた文章の中にあるような、
「人の営みの一面を表現していらっしゃる」ということでしょうか?
川﨑 文雄さん
そういうものですね。
人間の営みでも、風化していくんだけど、なにかすごい生きた証を遺していくみたいな、
そういうイメージがあります。
日下
そうですか。
ご自身の人生を生きて感じていらっしゃる思いを重ね合わせているとか、
そういうところはありますでしょうか。
川﨑 文雄さん
まあ六十年近く生きていているといろいろありますから、
子供の時に仲良かった自営業で箱を作っていた人が
自死で亡くなったこととか。
そういうものもあるのかもしれませんけど。
そんなに前面に出るほど世の中悲観しているわけではないですけど、
つけている表題が「悲しみの器」とか、
そういうものをかたどっている、そういう存在なんだというのはどっかあると思います。
だから人とつながって、もっと前向きになんかやっていかなきゃいけないな、
という意味も込めてつけているのかもしれないです。
わーっと手を上げて、そういうポジティブなタイプの作品も作りたいですけど、
さっきも言ったような、じわっと、なんか人を慰めてくれるというか、
見ていてくれるようなものが作れたら、というのはあります。
日下
そうですか。
川﨑 文雄さんの作品にどこか静けさを感じるのは
そういう想いが表われているのですね。
ありがとうございました。
MASK-BIRD
H35
2003年
*******************************
◆川﨑 文雄さんのテーマに関する手記
幼い頃に見た空は、どこまでも続くとてつもなく大きなものに感じられ、
平和な時間の中で無邪気に遊んでいた。
今、気がつくと世界中に争いは絶えず、地球環境そのものが危うい
ものとなっている。
「ひと」はそれぞれに寿命という限られた空間の中で、人と出会い、
思考し、年齢を重ね、そして土に還る。
そのくり返される「ひと」の営みの命の輝き、美しさ、そしてその醜さ
までをも形に託して表現できればと思っている。
川﨑 文雄
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今回、渡辺 知平さんからのご紹介で、初めて川崎 文雄さんのお話をお聴かせ頂きました。
川﨑 文雄さんは「ひと」をテーマに作品制作をされてきました。
最初の頃は、人間が大空を眺めて宇宙と一体になったかのように感じている世界、
それは原初的な何か、古代的なイメージの表現をめざすものだったということです。
今は「ひと」を通して
黙って立って見ていてくれるような、無言でもじわっと人を慰めてくれるイメージ、
なんか助けたいなという気持ちを感じてもらえるような存在のものが作れたら、
という想いで取り組んでいらっしゃるそうです。
それが作品に表われていて、私は川﨑 文雄さんの作品に
おちついた静けさとずっと寄り添っていてくれるような優しさとを感じました。
今回の記事では、陶の彫刻を紹介していきますが
マスク(顔)のシリーズでは様々な素材を調和させた作品展開もされているそうです。
アートを子供の頃から身近なものとして捉えてこられた川崎 文雄さん。
素材や制作手法をにいつも研究熱心に取り組んでいらっしゃる姿勢が
強く感じられました。
みなさまもぜひ、川崎 文雄さんの彫刻作品をご覧になって見てはいかがでしょうか。
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◆川崎 文雄さんが登場するWEBページ
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◆川﨑 文雄さんが出品される展覧会
2014 彫刻8人展 (展覧会DMはこちら からご覧いただけます。)
2014.3.17(月)~3.23(日) ※(終了しました。)
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お茶の新芽が出始めました
皆様、こんにちは
おいしいお茶で癒しと健康をお届けする【下総屋茶舗】五代目の金久保です。
連休はいかがお過ごしでしたか?
関東では、桜の開花にはもう少しかかりそうなので
梅や桃のお花見を楽しんだ方も多いようですね~
しかし、今週になって日中の気温が急に上がってきたので
桜の開花も一気に進みそうですね
新茶の新芽も、萌芽スイッチが入ったようです。
消費税増税前のお買い物の出かけた方もたくさん居るみたいでしたね。
どこの大型ショッピングセンターも混んでいたと聞きます。
そういえば、私の店でもいつもより少し多めに茶葉を買っていくお客様が多いです。
何も宣伝していないんですけど、周辺のチラシなどに刺激されるんでしょうか
弊社のお茶は、自社で真空パックしているので
鮮度管理も良くできているし、保存性も高いので
まとめ買いされても風味に影響はないといえますが
お客様には、「必要な分だけお求めくださいね。あと1ヶ月ほどでおいしい新茶が出ますし
食品の買いだめは、賞味期限や本当に使うのかまで
しっかり考えて行動しないと、無駄が出やすいですから要注意ですね。
ビールを買い込んだら、多めに飲んでしまって
メタボが進んでしまった、なんて笑い話にならないように・・・
新茶が採れるのは、九州の産地で4月上旬から
静岡では、4月中旬から出始めてピークは5月2日の八十八夜頃です。
だから、増税前に仕入れたくても、そうは行かないんです。
今年は。増税の影響で4月から消費が冷え込むのが心配ですが、
店頭では、例年通り連休には【新茶セール】をやる予定です。
お茶の価格に関しては、農産物なので
その年の収穫量や出来の良し悪しに相場が影響されます。
世情もあるので、前年より高くなるとは思えませんが
これからの気温や雨量、日照時間に左右されるところが大きいのです。
私の店では、多少の相場の上下は我慢して
味本位、品質本位で、うちの店の基準に合わせて買い付けます。
そのため、昨年は、1割近く高い茶葉を買い付けました。
だから、天候や肥培管理によるその年のお茶の風味の具合には敏感です。
あまり早く暖かくなって芽伸びが始まってから晩霜が降りたりすると
上級品の品質や収穫量に悪影響がでてしまいます。
だから、新茶が採れるのは少し遅くても
気温は、順当に温暖に推移してくれるのがありがたいのです。
今年は、今のところ大丈夫そうかな
おいしい新茶が採れてくれることを期待して
産地とまめに連絡を取り始めているんです。
冬の休眠期に蓄えた養分をたっぷり吸い上げ
陽春の柔らかな日差しでゆっくり芽が伸びるから
てっぺんの新芽は、やわらかく栄養分も味も濃くて、価値があるんですよ
昔から「八十八夜の新茶は、長寿の妙薬」と言われたのは
ビタミンCやアミノ酸、フラボノイドやカテキンなどの健康に良い成分が
新茶にはたっぷり含まれていたのを、体で感じて知っていたからなんですね。
皆さんも、日本の伝統的自然健康食である緑茶を飲んで、健康を守ってくださいね。
今日も自然の恵みと健康に感謝。
彫刻家 川﨑 文雄さん 第2回 ~ 目を広げてものを見るという教えを受けました ~
みなさま こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
今日は素敵な作家をご紹介いたします。
彫刻家の川崎 文雄さんです。
前回登場の渡辺 知平さんからのリレーでご登場頂きます。
彫刻家 渡辺 知平さん 第1回
、 第2回
、 第3回
、 第4回
、 第5回
川﨑 文雄さん 第1回 ~ 中学校での石膏取りが原点でした
第2回の今日は、川﨑 文雄さんが進学された金沢美術工芸大学で
彫刻家 髙橋清さんの教えを受けられたお話をお聴かせ頂きました。
どうぞお楽しみ頂ければ幸いです。
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孤独なるもの
H190
2008年
風化するもの
180×90×40
2011
まだ飛べるのか?
H58
2012
日下
川﨑さんが金沢美術工芸大学を選ばれた理由は
何かおありだったのでしょうか。
川﨑 文雄さん
国立1期、2期制の時代で、国公立しか受けさせてもらえませんでしたから、
三つ受ければ何とかなるかと想って。
東京、金沢、佐賀に願書を出しました。
日下
そうですか。
金沢美術工芸大学はどんな環境でしたか?
川﨑 文雄さん
まず大学に入る前に、面接試験で髙橋清
という教師がいて。
彼は石の作家ですが、メキシコの大学で教えていた作家でしたから、
どこか原初的雰囲気のある力強い作品を制作しておられました。
入試では試験、二次の実技があって、最後が面接なんです。
髙橋先生の面接はずっと説教だったような気がします。
他の先生は面接っぽいことを聴いてくれるんですけど
髙橋先生は「いや、考えが甘い、そんなことではどうしようもないぞ」みたいな
ずっと説教をされているような感じがして
まあ、これは落ちたなと想って帰ったのを覚えています。
日下
面接の時にお説教というのは、かなりショックというか
インパクトのあることですよね。
川﨑 文雄さん
でも、入ってからもそういう人でしたから。
凄く目が鋭くて、本当にゾクッとするような雰囲気を持っている人でした。
日下
高橋清さんの言葉にこんなものがありました。
「石は永遠の生命力を地にあって象徴する。
いわば自然が人間に与えた大地の骨であり命である。
内に命を秘めた石に人間の祈りの形を与え継ぐのが彫刻家の一生である。」と。
川﨑 文雄さん
結構、メキシコが厳しい時期に渡られたんだと思います。
メキシコオリンピックのモニュメントなんかを作られていますから、
メキシコに行くと「キヨシ・タカハシを知っているか?」と聴かれるほど国民的に知られています。
御影石ではないですが、巨大なモニュメントです。
日下
そうですか。
川﨑 文雄さん
十数年前亡くなられましたけど、遺作展をやりたいということで
首都圏の卒業生数人が集まって考え、卒業生に協力依頼し、
高橋清遺作展とその教え子たちの展覧会という形で、
町田の国際版画美術館で開催することができました。
(本当はどこかの美術館企画にしたかったのですが。)
その展覧会の挨拶文は世田谷美術館館長の酒井忠康さん
に書いて頂きました。
酒井さんに依頼に行ったとき、
「よく高橋さんに『金沢彫刻展を学生達がやっているから見に来てくれ』と言われ
金沢まで行ったものです。」と話されていました。
日下
川﨑さんにとって影響の大きい先生でいらしたんですね。
川﨑 文雄さん
東京の町田に住んでおられたので、単身赴任みたいな感じで、
東京からやって来られるんですね。
東京で活躍されている作家を連れてきては学生に刺激を与えてくれでいました。
そういう作家には柳原義達や小田襄、掛井五郎、加藤昭男といった方々がいました。
金沢の田舎でぼーっとしていちゃ駄目だと、学生に刺激を与えてくれるような
すごくそういう配慮はありましたし、卒業してからも「どうだ?」みたいな
そういう面倒見の良いところはありました。
いろんなものを学生に紹介してくれて。
そういう意味では、今までやってこられたのも、不肖の弟子でしたけども、
やっぱり高橋先生の影響というのはあります。
日下
本当に素晴らしいですね。(感動!)
何か、作る上での心構えとか教えなどでの影響はうけられましたか?
川﨑 文雄さん
いろんなことを教わったと想うんですけどね。
ただ比較的、時代的なものもあるかもしれませんが、
人体彫刻から入っていくんですけど、
「そのままものを作るな。そんな世界に身を置いちゃいかんよ」
みたいなところはありましたね。
人体を模したところでそういうものにどんな意味があるのか、ということは、
もう一年の時からしょっちゅう、ずっと問いかけられていました。
自分なりの形を探すとか、素材と形の関係とか、
そういうものを「これだよ」と見せるかたちじゃなくて、
もっと目を広げていろんなものを観ろという。
一つ一つ、いろんな素材で、いろんなものの意味みたいなことを
大事にしていかないといけないということや、
時代は変わっていく、といったことは問いかけられていたと思います。
日下
そうですか。
とても深いご指導をうけていらしたのですね。
ありがとうございました。
MASK-BIRD
H35
2003年
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今回、渡辺 知平さんからのご紹介で、初めて川崎 文雄さんのお話をお聴かせ頂きました。
川﨑 文雄さんは「ひと」をテーマに作品制作をされてきました。
最初の頃は、人間が大空を眺めて宇宙と一体になったかのように感じている世界、
それは原初的な何か、古代的なイメージの表現をめざすものだったということです。
今は「ひと」を通して
黙って立って見ていてくれるような、無言でもじわっと人を慰めてくれるイメージ、
なんか助けたいなという気持ちを感じてもらえるような存在のものが作れたら、
という想いで取り組んでいらっしゃるそうです。
それが作品に表われていて、私は川﨑 文雄さんの作品に
おちついた静けさとずっと寄り添っていてくれるような優しさとを感じました。
今回の記事では、陶の彫刻を紹介していきますが
マスク(顔)のシリーズでは様々な素材を調和させた作品展開もされているそうです。
アートを子供の頃から身近なものとして捉えてこられた川崎 文雄さん。
素材や制作手法をにいつも研究熱心に取り組んでいらっしゃる姿勢が
強く感じられました。
みなさまもぜひ、川崎 文雄さんの彫刻作品をご覧になって見てはいかがでしょうか。
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2014 彫刻8人展 (展覧会DMはこちら からご覧いただけます。)
2014.3.17(月)~3.23(日)
11:00~18:30 (初日13:00より、最終日16:00まで)
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春のお彼岸ですね
皆様、こんにちは
おいしいお茶で癒しと健康をお届けする【下総屋茶舗】五代目の金久保です。
今日から春のお彼岸ですね
だから何? 仏教徒じゃないと関係ないでしょうが・・・
でも、昔から「暑さ寒さも彼岸まで」というように
季節の変わり目の目安にはなるんじゃないでしょうか
21日の「春分の日」を中日とした前後3日間が「春のお彼岸」ですから、当然なんですが
春分と秋分の日は、太陽が真西に沈むことから
西方浄土の彼の地(あの世)=ご先祖様と此の世がつながると考えられ
ご先祖様の供養をする仏教行事ということですが・・・
宗教を問わず、誰にでもルーツであるご先祖様がある訳ですね
そのご先祖様達が、命を繋いでくれたから
今の私達が存在すると思えば、命ってすごく壮大だし
感謝の気持ちが自然に湧いてきますね。
だから、価値の無い命なんて無い
こんな話もあります。
あるコンサルタントが経営指導の際に
「お墓参りに行きなさい」とか「神棚を掃除しなさい」とか
「奥さんに感謝の言葉を言いなさい」等と変わったことをいうのだそうです。
しかし、不思議なことにそれを実行している経営者は
皆が業績が回復したり、向上したりしているんだとか・・・
私なりの解釈ですが、ご先祖様や周囲に感謝を捧げるっていうのは
ある意味、自分の価値を認めるってことなんじゃないかな~と思います。
だって自分の命(存在)がありがたいって思えないと、感謝ってできませんよね。
先に感謝を捧げることで、自分の価値を知らないうちに認めてるってことなのかな~って
また、別の先生がおっしゃってたことですが
どんなに真面目に頑張って仕事をしていても
自分の価値を自分自身が心から認めていないうちは
大きな業績や大きなお金が入ってこないんだそうですよ。
成功を目指して、目標を決め「億万長者になる!」ってコミットしたところで
心の底で、「自分は億のお金を受け取る価値のある人間だ」と認めてないとダメなんですって
認めるまで億のお金は入ってこないんだそうです。
ん~、そんなもんなのかな? って感じもしますが
潜在意識の働きって、なかなかコントロールが難しいようですから・・・
「お金はきたない」とかお金に対するネガティブな感情のブロックがあると
潜在意識は、お金を遠ざけてしまうらしいですね。
また、成功のための変化を避けてしまうとか
潜在意識には、善悪の判断は無く、変化を避け
自分が深い意識の中で思っていることを肯定するように働くそうです。
だとしたら、やはり自分には価値があると思わないと
受け取り上手になれないから、成功もお金も手に入らないんでしょうね。
ところで、そんな価値のある皆さん
やはり命の源であるご先祖様への感謝は必須じゃないですか?
そして、もう一つ現実的な命の源である「食べ物」にも感謝しましょう。
食べ物の無駄を出さないっていうのも大事だし
少し手間をかけても食材の味や栄養素を活かしきるって工夫も大切ですね。
何よりも自然の食材をいただくのが良いようですよ。
加工食品など工場でできる食品は、糖質負荷も高いし
化学物質である食品添加物が多いから、沢山食べ続けるのは危険です。
食生活が健康を作るし、反対に病因も作るわけですから・・・
健康オタクの私は、畑で無農薬栽培をしています。
畑仕事をしていると、大変だけど笑顔になれるし
この作物の命をいただいて、自分の命を繋いでいるんだと思うと
自然と感謝の気持ちが湧いてきますよ。
私達は、一人では生きられないですね。
いろんな役割を自然界の中で支えあって生きているんですね。
さあ、春はいろんな命が芽吹く季節ですよ。
あらためて自然にも感謝して、環境も大切にしたいですね。
今は少しですが、将来的にはちゃんと農業経営をして
日本の食と健康を守ることに寄与できたらいいな~
皆さんも、安全で良質な食材を選んで、健康を守ってくださいね。
今日も自然の恵みと健康に感謝。
お客さんをきちんとつかまえる方法
あなたのお客さんはどこにいますか?
お客さんがいないところに広告を出している人が増えているようです。
たとえば、若い人をターゲットとした店舗を構えているビジネスの場合、フリーペーパーなどに広告を出そうと考える人は多いでしょう。
でも、よく考えてみてください。
あなたのお客さんとなりそうな人は、フリーペーパーを見てお店を選んでいるでしょうか?
また、類似したお店を選ぶ場合、あなた自身はフリーペーパーを見て選びますか?
考えるスタート地点はそこからです。
多くの人が「広告をうつといったら?」というところから考え始めてしまうので、お客さんがいる場所とずれたところに広告費をかけてしまう――というようなことが発生しています。
考えるスタート地点を変えてみると、それだけで効果のある広告手段を得ることができます。
学び場美術館 川崎 文雄さん 第1回 ~ 中学校での石膏取りが原点でした ~
みなさま こんにちは。
彫刻工房くさか 日下育子です。
今日は素敵な作家をご紹介いたします。
彫刻家の川崎 文雄さんです。
前回登場の渡辺 知平さんからのリレーでご登場頂きます。
彫刻家 渡辺 知平さん 第1回
、 第2回
、 第3回
、 第4回
、 第5回
第1回の今日は、川崎 文雄さんが彫刻 の制作を始めたきっかけについて
お聴かせいただきました。
故郷がものづくりの環境が豊かでそれをみて育ったことや、
中学校での石膏取りが彫刻を目指す原点となったお話をお聴かせ頂きました。
どうぞお楽しみ頂ければ幸いです。
*********************
遠き星の記憶
H210
1997
宇宙からの使者
H205
1998
示現
H160
1999年
ひと(犠牲そして風化)
180×90×45
2002年
廃墟にて
下の部分200×200×40
2002年 白川郷芸術祭
孤独なるもの
H190
2008年
日下
制作を始めたきっかけをお聴かせ下さい。
川﨑 文雄さん
ものつくりは小さいときから好きだったんです。
周りの環境にそういう人たちがいっぱいいました。
私の出身地の福岡県八女市というのは、結構南の方で、
山を登って下ると東は大分県との県境で、
そこを南に行くと熊本県なんです。
八女市には昔から和紙を作っている人がいて
楮(こうぞ)が川に晒してあったり、棟方志功が買いにきたりする工房もあったようです。
他にも八女仏壇の職人さんがいたり、八女の石灯籠もあります。
阿蘇の火山灰が固まった黒い凝灰岩が出る所の近くで、
凝灰岩ですから柔らかい石ですから、ちょっと水をかけておくと苔が生えて、
わりに重宝がられてハワイまで輸出されています。
そこの工房で外で彫っているのをずっと見ていたり、
そういう環境の中では育ってきていますね。
日下
素晴らしい環境ですね。
川﨑 文雄さん
だからいつもポケットに肥後守(ひごのもり)という
小刀を入れて歩いているような子供でした。
1950年台位のテレビがようやく家に入ってきたような世代ですから。
日下
肥後守(ひごのもり)をいつも持ち歩くというのは、
どの子供にとっても普通のことだったのでしょうか?
それとも、川﨑さんが特別だったのでしょうか?
川﨑 文雄さん
普通ですね。
当時、まだカッタ―ナイフがなかったですから、
学校に持って行く筆箱の中に鉛筆削りとして普通に入っていましたね。
今は禁止されていると思いますけど。
だから、それは持ち歩いて、いろんなものを作ったりしていました。
毎日持ち歩いて、野焼きの真似ごとをしたり、
危険なこともあったんですけど、多めに見てもらいました。
日下
高校の時は美術室に入り浸っていらしたそうですね。
進学校でも、普通の進学がお嫌で、美大に進学されたそうですね。
川﨑 文雄さん
高校では一応美術部に入りましたが、彫刻っぽいものをやらせてもらったのは、
むしろ中学校の美術の時間でした。
凄く熱心な先生で、先生自身は日展系の団体展で油絵を描いておられたんです。
中学校ではあまりやらないと思うんですが、
首の石膏取りを学校で全員にやらせてくれたんです。
普段の授業で粘土のところまで作っていて
あとはクラスごとで夏休みに一日ずつ、
お弁当を持って学校に行くんです。
粘土に切金を入れて、
雌型を取る作業から、石膏を流し込む作業まで。
スタッフを張り込む技術は面倒なので、流し込みだけの無垢でやって。
他にも石膏の塊を彫らしてくれたり、それが原点なのかなーと。
後に美大進学を反対した父でしたが、この頃は
ロダンやバルビゾン派の絵画とか、ツタンカーメンの展覧会とか、
バスに乗って行くようなものですけどよく連れて行ってくれましたね。
そこでロダンの作品集を買ってもらったりして。
授業で頭像を作るときには、そのロダンの作品集を観て参考にしながら
ロダンに迫ろうという気持ちで作りました。
首ってどうやって作ったのか、という想いもあったと想いますけど。
ロダンの作品には「ラ・パンセ」という、大理石の塊で首から上のところだけ彫った
うつむき加減の作品があるんですけど。
そういう写真をその展覧会の時に買ってきて、好きで部屋に貼っていましたけどね。
その辺が今考えると彫刻が良いなと想ったきっかけかも知れませんね。
日下
そうでしたか~。
川﨑 文雄さん
八女の福島という所は、画家の坂本繁次郎
が最後に住んだ所で、
僕が中学生の時に亡くなられました。
それから僕は、高校は久留米の高校に行ったのですが
久留米はその坂本繁次郎と青木繁
の生まれ故郷でもあります。
久留米は凄く絵描きさんの多い所で、
ブリジストンの石橋さんが、石橋文化センターというのを作って
その中に石橋美術館を作りました。
八重洲にあるのはブリジストン美術館で、久留米の田舎にあるのが石橋美術館と言うんですね。
そこで高校の美術展とかやっていたんです。
日下
素晴らしい環境ですね。
川﨑 文雄さん
当時僕は油絵を描いていたんですけど、
石橋美術館にはブールデルの作品とか、
山本豊市
っていう愛知県芸で教えていた乾漆の作家の作品が
入った所にいつもポーンと立っていて
そこの漆を磨いたような質感が凄くなんか未だに覚えていますね。
なんか立体には興味を持っていましたね。
ただ学校では、彫刻行こうかなと思ってから石膏デッサンとか描き始めて。
それまでは別の方も考えていたので。
日下
もともと美学・美術史学科志望でいらしたということですが。
川﨑 文雄さん
小さい頃から絵が好きで、まあ小さい頃はよく家で絵を描いていたんですけど。
あとは藤田嗣治
の真っ白い、磨いて作ったみたいな画面を真似て
ベビーパウダーとラッカーを混ぜてバルサ材に塗ったり、
木を磨いて、本物そっくりに刀を作ったり、
いろんなことを、いろんな素材を使ってものを作るということは
大好きで結構やっていました。
日下
凄いですね~。
川﨑 文雄さん
そんな訳の分からない事ばかりやっていて、
おばあちゃんに「絵描きになる」って言ったら
「そんな河原乞食みたいなことは止めろ」って言われました。
父の叔父が書家で、結構有名な人だったんですが食えなくて、
それで美術は食えないっていうのもあったんでしょうけど。
だから高校から美大に行きたいって言った時に
滅多に怒らない父が怒りましたからね。
日下
ご家族の反対がありながらも、美大に進学は出来たのですよね。
川﨑 文雄さん
まあ、条件がありまして、予備校には行くな、というか行かせない。
浪人したら諦めろ、と突き付けられた中で、たまたま
公立の金沢美術工芸大学に引っかかったので。
日下
では、次回はその大学でのことを
じっくりお聴かせください。
今日はここまで、ありがとうございました。
MASK-BIRD
H35
2003年
************************
今回、渡辺 知平さんからのご紹介で、初めて川崎 文雄さんのお話をお聴かせ頂きました。
川﨑 文雄さんは「ひと」をテーマに作品制作をされてきました。
最初の頃は、人間が大空を眺めて宇宙と一体になったかのように感じている世界、
それは原初的な何か、古代的なイメージの表現をめざすものだったということです。
今は「ひと」を通して
黙って立って見ていてくれるような、無言でもじわっと人を慰めてくれるイメージ、
なんか助けたいなという気持ちを感じてもらえるような存在のものが作れたら、
という想いで取り組んでいらっしゃるそうです。
それが作品に表われていて、私は川﨑 文雄さんの作品に
おちついた静けさとずっと寄り添っていてくれるような優しさとを感じました。
今回の記事では、陶の彫刻を紹介していきますが
マスク(顔)のシリーズでは様々な素材を調和させた作品展開もされているそうです。
アートを子供の頃から身近なものとして捉えてこられた川崎 文雄さん。
素材や制作手法をにいつも研究熱心に取り組んでいらっしゃる姿勢が
強く感じられました。
みなさまもぜひ、川崎 文雄さんの彫刻作品をご覧になって見てはいかがでしょうか。
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◆川崎 文雄さんが登場するWEBページ
◇ ターレンスクラブ プロの机 リンク
◆川﨑 文雄さんが出品される展覧会
2014 彫刻8人展 (展覧会DMはこちら からご覧いただけます。)
2014.3.17(月)~3.23(日)
11:00~18:30 (初日13:00より、最終日16:00まで)
◆川崎 文雄さんの経歴
川﨑 文雄 FUMIO KAWASAKI
1955 福岡県八女市生まれ
1978 金沢美術工芸大学彫刻科卒業
1993 自由美術展 佳作賞
1994 現代具象彫刻展(千葉県美術館)
自由美術展 佳作賞
1995 大分アジア彫刻展(朝倉文夫記念館)
1998 個展「土の詩」展(横浜港北東急SCアートスペース)
1998 現代具象彫刻展(千葉県美術館)
2000 自由美術展 自由美術賞
2001 現代美術選抜展(文化庁)
世界遺産白川郷芸術祭(岐阜県白川郷)
2002 ハマ展 産経新聞社賞
2003 個展 (銀座 画廊響き)
2004 個展 (銀座 画廊響き)
2005 アンデルセンの生涯展 童話をテーマの作品出品(逓信総合博物館)
戦後60年記念企画 今日の反戦美術展(丸木美術館)
2009 高橋清彫刻展 卒業生作品展(町田市国際版画美術館)
2013 水の道・海の道 美の交流展(奄美大島田中一村記念美術館)
銀座アートホール・銀座アートサロンアクロス・ギャラリー中島・ギャラリー青羅・
神奈川県民ホール・横浜市民ギャラリー・万国橋ギャラリー・ギャラリーSIMIZU・
画廊楽・ギャラリーミロ等でグループ展
自由美術協会立体部会員・横浜美術協会彫刻部会員
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じゃがいもを植えました
皆様、こんにちは
おいしいお茶で癒しと健康をお届けする【下総屋茶舗】五代目の金久保です。
今日も関東平野では、冬の冷たい風が吹き荒れています。
早く暖かくならないかな~ 春が待ち遠しいですね~
東日本大震災から今日で3年。
一向に進まない復興とずさんな放射性物質や汚染物の管理に
不安や苛立ちを覚える方も多いと思います。
本当に被災地の方々は、辛抱強いし頑張ってるな~と思います。
私も、震災当時は救援物資を送ったりボランティアに行ったりしました。
でも、3年経った今、どんな支援ができているか?
継続しないといけませんよね。
当時、福島の人達に負担をかけて、首都圏で電力を贅沢に使うのは・・・
と思い、ボランティアから帰った後、すぐに太陽光発電を設置しましたが
それが月平均で15000円ほどの売電になっています。
このお金を復興に寄付しようかな~
でも、ちゃんと使われるか心配でどこに寄付するのが効果的なのか悩みますね。
ところで、私は「食と健康」をテーマにしているので
原発事故の被害が広がった時、農作物のことや農業の将来が不安になりました。
当時、福島で農業をできなくなった人達の技術と
埼玉の休耕地をマッチングして農業復興の一助になれないかと
知事さんや県や避難者の方々に働きかけたことがありましたが
力が足らず、うまく行きませんでした。
その流れで、今は自分で畑を借りて無農薬の畑を少しだけやっています。
昨日も、じゃがいもを150kgほど植えてきました。
今年は植えるタイミングが難しいみたいです。
収穫時期が梅雨前になるようにしないと、土の中で腐ってしまい易いため
逆算して18日からのお彼岸前には植えるのですが・・・
いつまでも寒いと、植えた後に霜などでやられてしまう可能性があるのです。
昨年は雨が少なかったり天候の異常で、ジャガイモも玉ネギも不作でした。
農業は天候に左右されるので、本当に大変ですね。
他にもネギや白菜を収穫しました。
あまり出来は良くないけど、自然の甘みがあっておいしいですよ~
花粉症やアレルギー、高血圧や糖尿病など
生活習慣病といわれるものが蔓延していますが
やはり、体の基になる食べ物って大事ですよね。
それに、少子化を加速させる不妊率の高さなども食品添加物の影響が少なくないようです。
先週も書きましたが、日本人は年間平均で9kgもの食品添加物(化学物質)を
摂取しているそうです。
できるだけ既成の加工食品ではなく、自然の食材を調理して食べるほうが
健康には良いですね。
食べ物をおろそかにするのは、天に唾するようなものです。
すべて自分や家族が結果を受け止めなくてはいけないのですから。
今は、少しですが将来的にはちゃんと農業経営をして
日本の食と健康を守ることに寄与できたらいいな~
皆さんも、安全で良質な食材を選んで、健康を守ってくださいね。
今日も自然の恵みと健康に感謝。
セミナーに行ってもうまくいかない理由は800万円使ったところで分かりました。
以前の私は「セミナー好き」でした。
セミナーに出席すると、知識も増えるし、新しい友人もできるし、たのしい。
しかも、経営者だとなんとなくそれが仕事といえなくもないので、
仕事やってる感も味わえました。
経営者として「自己投資」は、して当たり前のことだ、と。
しかし、その状態が5年も6年も続くとちょっと不安になってきます。
こんな状態いいのかな……。
日本の景気もどんどん悪くなっていきましたから、経営者だからといって
稼ぐことをせずにセミナーに出席ばかりもしていられません。
しかし、ますますあせって勉強しなければいけない!という気持ちもおきて
いけないとは思いつつ、またセミナーに行ってみたり……。
これは完全に良くないほうのスパイラルにはまっています。
あるとき、「これはたちどまってじっくり考えたほうがいい」と思いました。
そして、自分の行動や考え方、周囲のようすなどを観察した結果、
分かりました。
セミナーにいくら出席しても、成功することはできません。
売上はあがらないのです。
それに気付いたときに私は800万円の費用をノウハウの勉強に使っていました。
それでも会社の売上アップはゼロ。
そこから自分なりの行動を起こしました。
すると、私のノウハウを教えてもらいたいという人が出てきました。
そこでビジネス塾をスタートすると、そこからは一気に変わってきました。
あっというまに「起業コンサル」「経営コンサル」になっている自分がいました。
ビジネス塾では66%の塾生が実績を出しました。
しかも8週間以内に。
私自身が6年間実績を出せなかったので、とてもびっくりです。
もしあなたもなかなか実績を出せないとお悩みであれば、
66%の塾生が8週間内に実績を出したノウハウをPDFにまとめてありますので
ごらんください。
「66%の塾生が8週間内に実績を出したノウハウ」
※お申し込みの方には株式会社ヘルベチカより、売上向上や販売促進に関する有益な情報をお送りさせていただきます。
















