これ観た -30ページ目

これ観た

基本アマプラ、ネトフリから観た映画やドラマの感想。9割邦画。作品より役者寄り。なるべくネタバレ避。演者名は認識できる人のみ、制作側名は気になる時のみ記載。★は5段階評価。たまに書籍音楽役者舞台についても。

『ひらいて』(2021)

原作は綿谷りさの小説。

 

監督・脚本・編集 首藤凜

 

山田杏奈、作間龍斗、芋生悠、鈴木美羽、田中偉登(たなかたけと)、山本浩司、河井青葉、木下あかり、板谷由夏、田中美佐子、萩原聖人、他。

 

木村愛(山田杏奈)は高一の頃からずっと西村たとえ(作間龍斗)が好きだった。三年になりようやっとしゃべる機会を得て親しくなろうとするが手応えが薄い。

ある日、たとえには付き合っている女子がいることを知る。糖尿病を患っているおとなしく目立たない、むしろ敬遠されている新藤美雪(芋生悠)だった。その仲は誰にも秘密にされていた。なぜ美雪なのか嫉妬心も湧き、美雪に近づき二人の間に割り込むが…。

 

思春期ならではの感情からの行動で、痛々しくも眩しかった。

愛は自己愛が強く、一番わかりやすいデフォルトな女子高生かもしれない。物語の中では、一歩踏み出した勢いに任せてブレーキが効かなくなってしまった感じだ。

美雪は病気であることで大半の人が持つであろう人生の夢を諦めているが、だからこそ他人の気持ちに寄り添うことができ、一つだけ、譲れない事を大切に持っている。優しさに溢れた子。

たとえは他人に自分の感情を悟らせず自己犠牲心が強いが、それは今を耐え、自分の味方でいてくれる人と新しい人生を歩みたい気持ちがさせるものだった。不器用で自己完結型人間なので他人は関わりにくいタイプ。

他に、愛のことが好きな多田健(田中偉登)、その多田が好きな愛の友達竹内ミカ(鈴木美羽)が絡む。おそらく、ミカが多田と体の関係に発展したのは、愛と同じような嫉妬心からだろう。非生産的な関係だが、大人になって懐かしむことができる若さゆえの典型的行動だと思う。

たとえの父親西村崇(萩原聖人)は人生詰んでる人間。これはどうしようもない。高校生ならいくらでもリスタートできるけど、親の年齢ではよっぽどの出会いがないと変われない。

つくづく人間は他人によって生かされてているのが実感できる作品だった。

 

言葉があとひとつふたつ、シーンもひとつふたつ、全体的にもうひとつふたつ、セリフが欲しかった。原作未読だけど、純文学だったらこういう作風になって仕方ないだろうことはわかる。

 

そして、芋生悠、やはり素晴らしい役者さんだと思った。こんなに各作品ごとに違うキャラクターになりきれる役者も少ないと思う。だいたい自分が出る。それを押し殺して(無意識だろうけど)作品の中のキャラクターがそこに存在する。作品ごとに印象が変わる。芋生悠自身の印象が薄い、カラーが感じられないのが幸いしているのかも(褒めてる)。


あと、今作でしっかりとHiHi Jets作間龍斗を認識(『ヴィレッジ』ではスルーできる程度だった)。これからが楽しみかも…と思ったら、『どうする家康』、今期ドラマ『コタツがない家』にも出ていたのね。どちらも脱落したやつ…。

 

★★★(★)

 

 

 

 

制作 テレビマンユニオン

配給 ショウゲート

 

『オットーという男』(2022/日本公開2023)

英題は『A Man Called Otto』

原作はフレドリック・バックマンの著書。

 

監督 マーク・フォスター

脚本 デヴィッド・マギー

 

半年前に最愛の妻ソーニャ(レイチェル・ケラー)を癌で亡くしたオットー・アンダーソン(トム・ハンクス/トルーマン・ハンクス)は実直、生真面目、ルールを何より重要視する堅物。そのせいで近所からは敬遠される存在。この度、職場を定年退職することになり、いまだソーニャの死から立ち直れないオットーはこれを機に自ら命を絶つことを考えている。そんな時、向かいの家に陽気な若い4人家族がメキシコから引っ越して来る。妊娠中の妻のマリソル(マリアナ・トレビーニョ)は聡明でおせっかいなほど情に溢れ、夫のトミー(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)は少しマヌケだけどとても人がいい。2人の娘アビー(アレッサンドラ・ペリッツ)ルナ(クリスティナ・モントーヤ)も愛嬌があり、すぐにオットーになついた。マリソルはオットーに何かと声をかけ、ご近所付き合いを積極的に始める。おかげで手を変え品を変え試みる自殺がうまくいかない。しかもある事が原因で長い間疎遠になっていた近所のルーベン(ピーター・ローソン・ジョーンズ)アニータ(ジャニタ・ジェニングス)夫婦とも交流が復活、愛想のいいジミー(キャメロン・ブリットン)、ソーニャの教え子トランスジェンダーのマルコム(マック・ベイダ)、自殺するつもりが人助けとなって知り合ったSNSジャーナリストシャリ・ケンジー(ケリー・ラモア・ウィルソン)、オットーになつく野良猫、彼らと日常を共にしていくうちに、ずっと悩まされていたソーニャとの辛い悲しい事故も克服でき、生きることに前向きになっていく…。

 

タイトル通り、晩年に焦点をあてたオットーの人生を描いた作品。

 

オットーは肥大型心筋症で、それに対するマリソルの「ハートが大きい」と解釈しての笑いはなるほどと思った。オットーは決して悪い人ではないし、曲がったことは嫌うが、納得がいけば他人を受け入れる度量は大きい。それをマリソルは感じていたし、途中からオットーの計画も見透かしていた。言葉はつたないが、学があるマリソルという設定がきっちり効いている。

トム・ハンクスはこういった役がよく合う。気むずかしかったり頭が弱かったり、狡さがない人間。トム・ハンクスらしい作品だったし、予定調和は想像出来ても、細かい事情やアイテムの役割は見応えあるし、面白かった。

 

オットーの青年期を演じたトルーマン・ハンクスはトム・ハンクスの実子か…。知らなかったし気づかなかった。

 

★★★★★

 

 

 

 

『かぞく』(2023)

原作は土田世紀の漫画。

原作をもとに澤寛監督の実体験を織り交ぜたものとなっている。とのこと。

 

監督・脚本 澤寛

 

吉沢亮、永瀬正敏、小栗旬、阿部進之介、鶴田真由、瀧内公美、渡辺真紀子、福島リラ、秋吉久美子、込江大牙(こみえたいが)、粟野咲莉、田代輝(たしろひかる)、根岸季依、野口雅弘、、片岡礼子、山口馬木也、他。

 

4つの家族の形が描かれている。

 

マコト(吉沢亮)は借金に追われた父親が失踪し、母親ユキエ(鶴田真由)と夜逃げをする。新しい生活を始めたもののユキエは心身ともに限界を迎える…。

同棲中の女ハルカ(渡辺真紀子)に金の無心を繰り返す荒んだ生活を送るケンジ(永瀬正敏)。しかしハルカには秘密があり、ケンジは知らぬふりしてハルカを支えている共依存の関係…。

妻が数年前に亡くなってから無気力状態のタケオ(小栗旬)には、実子のチャコ(粟野咲莉)と妻の連れ子のミノル(田代輝)がいる。まだ小学生の二人を育てる自信がなくなってるタケオは二人を置き去りにする…。

ユウイチ(阿部進之介)は妻ケイコ(瀧内公美)との仲がうまくいってない。気持ちを清算する意味でも母(秋吉久美子)の暮らす実家へ里帰りする。そこで亡き祖母チエコ(福島リラ)の幻に力をもらう…。

 

車のハンドルを待って浜辺を駆ける少年タツヤ(込江大牙)。タツヤはマコトの実子なのか、もらわれっ子なのかは不明だが、事故に遭い亡くなったマコトを偲んでいる。タツヤの持つハンドルは、マコトの運転していた車(おそらくトラック)のもの…。

 

イメージだが、車がないと移動できない田舎や日本海側の暗さがある。セリフは最小限で映像と演技で状況を把握する感じだ。

ミノルがタケオに泣きながら抱きつくシーンは涙腺やられそうだった。子役が素晴らしい。タツヤ役の込江大牙は表情の演技、特に良かった。

あとやはり吉沢亮の目と仕草で気持ちを表現するのは秀逸。高校生役から始まるのだが、ぜんぜんイケるし。母の泣き声を背に溢れる感情をぐっと堪える泣きの演技は最高だった。ただ、海で散骨するシーン、最後に骨壷を逆さにするところ、あそこは意識が見えて残念だった。絵的にはきれいだけど。

そして何より、我らが青春、鶴田真由がお母さん役なのが複雑(^_^;)。もちろん鶴田真由は素晴らしかった。特にマコトが「もう大丈夫だよ」と言った時の表情。なんとも言えない表情をしてる。あれはすごい。

渡辺真紀子、バーのママ片岡礼子、良かった。この手の役ものすごくハマる。

この4つの家族は接点はないのだけど、唯一、ケンジ行きつけのバーのママの元旦那(山口馬木也)がそのスジの者でマコトの父親を沈めたことになっていた。あと、バーでテレビニュースをやっていて、そのニュースがひとつはハルカが関係し、他はその他の家族の形を案に照らしていた。そういうニュースになりそうな家族が描かれていたということだ。

陰鬱になりそうだが、フィクションながら現実にありそうなことでもある。


ラストはタツヤが友達二人と浜辺で戯れて遊ぶ。車のハンドルを置いて。この子たちもこれまではこれまでとして、その上に家族、またはそれに準ずる関係を他人とを作っていくのだなぁ、と人生をかいつまんで描いた作品のように思った。

 

★★★(★)

 

 

 

配給 アニプレックス

 

 

公式サイト

 

 

吉沢亮インタビュー

 

 

『クレイジークルーズ In Love and Deep Water(2023)

Netflix

 

脚本 坂元裕二(『Woman』『モザイクジャパン』『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』『カルテット』『anone』『大豆田とわ子と三人の元夫』『初恋の悪魔』『スイッチ』、『花束みたいな恋をした』他)

監督 瀧悠輔

 

吉沢亮、宮崎あおい、菊地凛子、吉田羊、永山絢斗、安田顕、泉澤祐希、蒔田彩珠、長谷川初範、高岡早紀、潤浩、菜葉菜、岡山天音、大貝瑠美華、松井愛莉、近藤芳正、真島秀和、光石研、宮崎吐夢、岡部たかし、林田岬優(はやしだみゆ)、他。

 

エーゲ海ツアーを組む豪華クルーズ船MSCベリッシマ号は、北海道を出発し横浜港で全ての客を乗せて日本を出る。理想に燃える新人女性船長矢淵(吉田羊)に避雷針としてその能力を買われたバトラーの冲方優(吉沢亮)は、期待に違わず平身低頭をもってしてトラブルに対応するデキる(?)バトラーだ。そんな冲方はこのクルーズが終わったら恋人であるお天気キャスターの船橋若葉(林田岬優)にプロポーズをしようと決めていた。若葉は乗船してくる予定だったが、仕事の都合がつかなくなったとドタキャンになる。がっかりしていた矢先、横浜港でギリギリに乗り込んできた女性客盤若千弦(宮崎あおい)にとんでもないことを聞かされる。若葉が千弦の恋人(間島秀和)と浮気してるというのだ。若葉を詰めようと乗船してきた千弦だったが、二人は温泉旅行で出かけたとわかり、冲方に日本へ引き返しなんとか止めようと持ち掛けるが、冲方は真面目なバトラー、その要望には応えられない。それでも恋人のことは気になるので、千弦とは彼女の得る現在進行形の浮気情報を逐一確認する仲となる。そんな状況下、一癖も二癖もある乗客、映画プロデューサー保里川藍那(菊地凛子)、と不倫中のお抱え若手俳優井吹真太郎(永山絢斗)、ヤクザ萩原組の娘萩原汐里(蒔田彩珠)、と恋仲にある元組員湯沢龍輝(泉澤祐希)らに振り回され始める。そしてこの四人と冲方、千弦、医療界のドン久留間家の家政婦の息子佐久本奏翔(潤浩)は仮装パーティーの夜、プールサイドで久留間宗平(長谷川初範)が何者かによって殺されるところを目撃する。しかし冲方が船長を呼びに行っている間、遺体も目撃した六人もその場から消えた。それぞれの思惑から、なかったことにしようしたのだった。その後、奏翔の母(菜葉菜)が階段から落下する事件も起きる。千弦は思い直し冲方と共に事件を追うことに。そしてその犯人は宗平の息子道彦(安田顕)の嫁美咲(高岡早紀)に見えたが…。

 

共に事件を追ううちに互いに惹かれ合っていくコメディタッチのミステリー&ラブロマンス。奏翔と久留間家の孫娘玲奈(大貝瑠美華)の淡い初恋も描かれる。

 

それぞれの事情から話がややこしくなり絡まっていくが、内容はたいしたことないし、坂元裕二独特の台詞まわしもあるのだけど主演二人にハマらない。一発で決めて欲しいラストは冗長。演出が悪いのかなぁ、キャスティングかなぁ。笑えるところもあるんだけど…消化不良みたいに終わった。だいぶ宣伝してたけど、それに見合うものではなかった。もしかしたら坂元裕二は連ドラの方が合うのかもしれない。

でも、吉沢亮の目が語る演技は相変わらず素晴らしかった。それを受ける宮崎あおいも良かった。そして今どき可愛らしいフレンチキスのシーンはただただ愛らしかった。

 

同僚府川岡山天音。マジシャンエドワード岡部たかし。売れてるなぁ、この二人。個性的なのに確実にドンピシャでキャラ作れるうまさがある。

 

★★(★)

 

 

 

 

 

 

制作プロダクション 日活、ジャンゴフィルム

 

Netflix公式X(旧Twitter)より


主演インタビュー前編(モデルプレス)


主演インタビュー後編(モデルプレス)


『ゴジラ−1.0』(2023)

ゴジラ生誕70周年記念。英題は『GODZILLA MINUS ONE』

監督・脚本・VFX 山崎貴(『永遠の0』『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ、他)

音楽 佐藤直紀

 

神木隆之介、浜辺美波、安藤サクラ、青木崇高、佐々木蔵之介、吉岡秀隆、田中美央、水橋研二、平原テツ、永谷咲笑(ながたにさえ)、遠藤雄弥、飯田基祐、阿南健治、須田邦裕、谷口翔太、美濃川陽介、日下部千太郎、伊藤亜斗武、他。

 

とにかく面白かった。日本映画らしいウェットさもあり、もちろん細かく言えばあと10分あれば…とも思う箇所はあったが、最高のエンタメ作品だった。だいたい英題表記が「-1.0」ではなく「MINUS ONE」だなんて世界へ向けての邦画の誇りを感じる。そしてあのアートワーク。かっこいい。




 

1945年、第二次世界大戦末期、特攻として飛び立った敷島浩一(神木隆之介)だったが、おじけづき零戦機が故障したと海軍守備隊基地大戸島に緊急着陸する。しかし整備兵橘宗作(青木崇高)らに嘘を見破られる。そしてその夜、島の人間たちが「ゴジラ」と呼び恐れている伝説の怪獣が出現する。橘に零戦に装備されてる機銃砲でゴジラを撃つよう頼まれるが、その大きさと攻撃力に恐怖で身動きがとれなかった。気がつくと自分と橘以外は全員死亡していた。

橘に言われるまでもなく、自分が行動できなかったばかりに多くの兵の命がなくなったと、戦争だけでなくゴジラにも対峙できなかった呵責に苛まれながら迎えた終戦、東京の実家へ帰りつくと、空襲によってあたりいっぺん変わり果てていた。隣家の太田澄子(安藤サクラ)からは生きて帰ってきたことをなじられる。澄子の子供らも、敷島の両親も亡くなっていた。

闇市に出かけた敷島は、そこで他人の赤ん坊を任された同じく両親を失い天涯孤独となった大石典子(浜辺美波)と出会い、かろうじて雨風しのげる自宅に居つかれる。澄子の協力も得て、典子と赤ん坊明子との共同生活が始まる。その生活のために敷島は米軍が落とした海中の機雷撤去作業の仕事につく。そこで「新生丸」艇長秋津清治(佐々木蔵之介)、元技術者野田健治(吉岡秀隆)、秋津がかわいがっている乗組員水島四郎(山田裕貴)と出会い、意気投合していく。やがて典子との間にも特別な気持ちが芽生え絆もでき、秋津らにも囃されるが、特攻としての自分はもとより大戸島での体験が深く心の傷となっていて結婚までは踏み切れずにいた。

1946年、米国による核実験によって眠りについていたゴジラに異変が起こる。放射線によって再生、巨大化したのだ。

翌年には米艇が謎の巨大生物によって破壊される事件が多発する。この頃になると典子は銀座で職を見つけ、日中二人が仕事でいない時は澄子が明子(永谷咲笑)の面倒をみているという家族のような近所付き合いが確立されていた。そしてその謎の巨大生物が日本へと向かっていることが判明する。巡洋船「高雄」が到着するまで「新生丸」が足止めするよう極秘司令が出るが、敷島らはかろうじて助かったものの「高雄」はいとも簡単に沈められる。巨大生物は大戸島で見て以来、敷島を夢でうなされるほど恐怖のどん底へ追いやってるゴジラだった。

ついにゴジラは本土に上陸し、銀座へと向かったと聞いた敷島は典子のもとへ急ぐ。ようやく落ち合えたかと思った矢先、ゴジラの吐く熱線による爆風で典子は飛ばされ消息不明となる。

典子が生きている可能性はゼロ。米国とソ連がきな臭いうえ、米占領下にある日本は表立って軍事行動には出られないため、民間単位でゴジラ駆逐作戦を立てることになる。敷島は今度こそ自分の中の戦争終結とゴジラへの復讐のため行動することを決意する。それは野田発案、秋津や有志の元海軍兵らによる「海神作戦」。更に敷島は、完全を期する意味でも橘を探し出し特攻をかけるための協力を願い出る…。

 

敷島が普通に弱さを持った人間であり、戦争と死への恐怖が当たり前にあり、そのために自責の念に駆られ、自己嫌悪に陥る流れがわかりやすく、ヒューマンドラマのようだった。

 

神木隆之介と浜辺美波のコンビは朝ドラ『らんまん』で息のあった夫婦を演じられていて、この作品でもなるべくしてなる自然な感じだった。そうした感情を含む部分はこの作品では描く余裕がないだろうしフォーカスするところでもない。なのに自然に見えたということは、二人の中での時間経過表現が成されていたということだ。そして神木隆之介演じる特攻隊員の恐怖と苦悩の表現もみごとだった。他の演者もしっかりそのキャラクターの人生を歩んでる感じがして、それは逃げ惑うモブ(エキストラ)にも言えて、作品の中から外れない。一人の作家が描いた劇画を見てるようで素晴らしかった。

ゴジラのテーマ曲、挿入曲の盛り上げ方も素晴らしく、2時間弱の作品で、まさに手に汗握る状態だったり、胸を締め付けられるような涙を誘われた。怪獣映画で緊張と感涙とは…(^^;;

なにより、ゴジラの存在が怖かった。

 

★★★★★

 

 

 

 

VFXプロダクション 白組

制作 TOHOスタジオ、ROBOT

配給 東宝

 

 

 

佐藤直紀の音楽が良すぎて、サウンドトラックが欲しくなった。ゴジラは、うん十年前のレコード時代、トリビュートアルバム「ゴジラ伝説」を買ってるのだった(これは参加ミュージシャンが好きだったので)。伊福部昭最高だ。

 

 



 

ネタバレ。

ラスト、典子と再会できるのだが、死んで不思議ではない状況のわりには傷が浅い。典子の首筋には何やら蠢くもの。再生能力が高いゴジラの細胞だろう。典子にあればその他、ゴジラに吹き飛ばされた人々の中にも複数いるかもしれない。海中では再びゴジラの再生が起こっている。次回作があってもいいし、無ければ過去作につながるだけだ。これが「−1.0」かと感心。

 

『ねじまき鳥クロニクル』(2023)東京芸術劇場プレイハウス

初演は2020年(だが、完走できず)、今回は再演となる。

 

原作は村上春樹の小説。

 

演出・振付・美術 インバル・ピント

脚本・演出 アミール・クリガー

 

脚本・作詞 藤田貴大

音楽 大友良英

 

成河、渡辺大知門脇麦音くり寿吹越満銀粉蝶成田亜佑美松岡広大さとうこうじ

 

大貫勇輔、首藤康之(ダブルキャスト)

 

特に踊る:加賀谷一肇(かがやかずただ)、川口ロン東海林靖志鈴木美奈子藤村港平皆川まゆむ渡辺はるか

 

演奏:大友良英イトケン江川良子

 

目を奪われたのは舞台美術。生演奏と演者の演技、歌、踊りがすべてマッチする。素晴らしい演出に美術が映える舞台だった。上演2日目にしてそのクオリティの高さに感嘆した。

内容はというと、観念的でよくわからない。おそらく原作を読んでいれば、舞台美術と演出含む解釈で2倍楽しめただろう、そんな感じ。

 

 

 

 

岡田トオル(成河/渡辺大知)は妻クミコ(成田亜佑美)が大切にしていた猫ワタヤノボルを探している。ワタヤノボルはクミコの実兄の名だ。古い枯れた井戸のある空き地で近所の女子高生笠原メイ(門脇麦)と出会う。猫探しの事情を話し、なんとなく話がはずみ縁ができ、「ねじまき鳥さん」と呼ばれるようになる。猫はその日見つからなかった。そしてそれまでうまくやってこれたはずなのに、クミコが失踪してしまう。

後日、綿谷ノボル(首藤康之)からクミコが離婚を申し出ていると連絡がある。それから枯れ井戸によって異次元、異空間の旅が始まる。

岡田は占い師加納クレタ(音くり寿)と会い、その妹マルタ(音くり寿)を紹介され、その凄惨な話を聞いたり、元日本兵間宮(吹越満)の戦時下における生死の分かれ目の緊迫した瞬間(体験談)を聞かされたり、赤坂タツメグ(銀粉蝶)とその息子シナモン(松岡広大)が営む悲念に囚われた女性の慰安を施す宿へ導かれたり、延々謎の女からの電話に触発され、ついには綿谷ノボルと関係の深い牛河(さとうこうじ)と出会い猫を受け取る。その頃には、クミコを探す旅はクミコの実像を知る旅となり、クミコの失踪の裏には綿谷ノボルがいることがわかってくる…。

 

 

 


感動したのは銀粉蝶の歌と腹の底から吐出されるような台詞。ゾワっとくるほどインパクトがあった。

他にも身体表現である舞踏が素晴らしい。音になり、言葉になり、感情が空間を蠢くのが見て取れる。身体の雄弁さを見せられた感じだ。それで言うと、吹越満が逆さまになって芝居を続けるその体力と発声にもうなった。身体表現は面白い。

演者すべてに言えるのは、声がいいということで、生演奏に音として絡みついて耳や心に優しく響く。優しいというのがミソ。

また、成河と渡辺大知の二人一役も時空を跨ぐのに効果的で面白かった。



原作未読だが、哲学的で思想的、難解ながらも、描こうとしているのは人間の業と性、死生観、善悪、特に悪の部分ではないかと思った。つまり人間そのものを描いているんじゃないかな。ねじまき鳥は時空の旅によって正を導き出す意味かな。正直、高二病かなと思った。

私は村上春樹はひとつも読んだことがない。食わず嫌いだ。この舞台を見てやっぱりねと思ってしまった。それでも舞台そのものは素晴らしくて、原作を読んで舞台のために理解を深めたいなと思えた。


 

そういえば、うっかりしてたのだが、冒頭ギターケース(?)を持った男は誰だったんだろう。ライターの火を使って想像力による痛みの連鎖について語っていた。共感力のことだ。

 

 

 

(観劇日 20231109)


 

東京:東京芸術劇場プレイハウス 1107〜1126

大阪:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ 1201〜1203

愛知:刈谷市総合文化センター大ホール 1216〜1217

 

 

 

 

『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』(2023)

監督 内田英治(『下衆の愛』『獣道』『ミッドナイトスワン』『タイトル、拒絶』他)、片山慎三(『岬の兄妹』『さがす』他)

脚本 山田能龍内田英治片山慎三

 

「歌舞伎町にいる」「歌舞伎町の恋」「鏡の向こう」「踏切を超えた時」「姉妹の秘密」「少女A」の6本立てストーリーになっている。(内田英治「歌舞伎町の恋」「踏切を超えた時」「少女A」、片山慎三「歌舞伎町にいる」「鏡の向こう」「姉妹の秘密」)

 

伊藤沙莉、竹野内豊、北村有起哉、宇野祥平、久保史緒里、松浦祐也、高野洸、中原果南、伊島空、島田桃依、黒石高大、間宮葉月、石田佳央、阿部顕嵐(あべあらん)、鈴木聖奈、他。

 

新宿ゴールデン街のバー「カールモール」でバーテンダーをするマリコ(伊藤沙莉)は、実は探偵でもある。店の看板には小さく「探偵事務所」の張り紙もある。マリコにはトラウマになるほどの幼少期の事件があったが、それを助け支えてくれたのが自称忍者の末裔MASAYA(竹野内豊)だった。マリコにとって唯一無二の存在になっているし、MASAYAにとっても一番大切な人になっている。

ある日、マリコこもとへFBIだと名乗る者が天本(宇野祥平)という科学者と、天本が持ち出した「宇宙人」が入っているバスケットを探し出してくれと依頼をしてくる。それを軸に、「カールモール」に出入りするヤクザ戸塚(北村有起哉)、ホストの星矢(高野洸)に入れ込むキャバ嬢絢香(久保史緒里)殺し屋の姉妹(中原果南、島田桃依)の話、マリコの過去、MASAYAの過去が描かれる。その他、シリアルキラー南部(松浦祐也)の事件、ヤクザ稼業の厳しさなども物語に色をつけている。

 

FBIからの依頼の他、綾香からは懸賞金目当てでシリアルキラーの南部探し、戸塚からは娘探しも依頼されているのだが、結局マリコはたいしたことせずほどほどの結果を出し感謝されるという…。ナンセンスコメディかな。

戸塚が5年間探してる愛娘とのすれ違いがシュールだったし、殺し屋の妹が若手映画監督(伊島空)に貢いでるのだが、その性癖がまた…(^^;)

 

マリコの父親(石田佳央)はDV野郎のチンピラだったんだけど、その演技を受ける母親と幼少マリコが素晴らしかった。

 

高野洸のホスト役、最高に良かった。

 

主題歌がDa-iCEの「ハイボールブギ」、良い。

 

くだらなくて暇つぶしにはいいけど、テンポが悪くて無駄に長く感じた。

 

★★★

 

 

 

 

制作 Libertas

配給 東映ビデオ

 

 

『真夜中の虹』(1988/日本公開1990)

フィンランド映画。原題は『Ariel』。

監督 アキ・カウリスマキ

 

労働者三部作の2本目。

確かに、社会の低層にいそうな人たちが主人公になってる。

 

 

 

フィンランドの北部。炭鉱の閉山により職を失ったカスリネン(トゥロ・パヤラ)は自殺した同僚から譲られたホロの閉まらないキャデラックで、全財産を引き出し南への旅に出る。その初っ端でお金を盗られてしまう。それでもなお、日雇い労働をしながら南へと下る。その最中、駐車違反のキップ切りをしているイルメリ(スサンナ・ハーベスト)と出会う。イルメリは息子リキ(E・ヒルカモ)を抱えるシングルマザーで、買った家のローン返済に追われダブルワークをしている。

カスリネンとイルメリはいい仲になり、金の尽きたカリスネンはキャデラックを売ることを決意する。しかし、ディーラーに預け代金を受け取る前に、全財産を盗った強盗犯に偶然出会し、乱闘の末、収監されてしまう。

刑務所では殺人犯で人生を諦め切った男ミッコネン(マッティ・ペロンパー)と出会い息が合う。トラブルを起こし懲罰房に入れられ面会もままならなくなったカスリネンを案じるイルメリとリキは差入れにヤスリを忍ばせ、脱獄を促す。ミッコネンと共に脱獄に成功し、次は国外逃亡を図るため、ミッコネンの裏筋を頼る。偽旅券費用と渡航費を強盗で稼ぎ、なんやかやミッコネンはリタイアせざるを得なくなるが、カスリネンとイルメリ、リキはメキシコ行きの船「アリエル号」へと向かう…。

 

やはり台詞が単調なのに深い。一つの台詞から三つくらいの意味が取れる。情感があるというか…。それだけ気持ちが想像できる映像の力をまたも見せられた。

 

雪景色の土地に、ホロが閉まらないキャデラックは寒そうで、貧する過酷さに人間のおかしみが増す。そして脱獄に成功してキャデラックを取り戻したら、ホロが直っていた、というのは優しい笑いだった。

車をくれた同僚の鉱夫が拳銃自殺をするのもコミカルに淡々と描いている。だからこそ胸に深く沈む。

 

暴行で刑が確定するわけだが、正当防衛なのに言い訳がない。そこそこ真面目に生きているのにトラブルに巻き込まれ転落していっている。だけどそれをも受け入れてるのが清々しく、情けないながらも好感度しかない。争わない人生とは面白い。争わないから面白い人生なのか? いずれにしても、誰かの犠牲の上に誰かの人生があるという構図がわかりやすく描かれてるなと思った。

 

ラストに流れる楽曲が「オーバー・ザ・レインボウ」。そこからの邦題かな。

「アリエル」は神殿の炉という意味があるらしい。そうなるとこの三人の未来は輝かしいのか、お終いなのか、微妙なところ。

 

★★★★

 

 

2014年のインタビュー

 

『パラダイスの夕暮れ』(1986)

フィンランド映画。原題は『Varjoja paratiisissa』。英題は『Shadows in Paradise』。

監督・脚本 アキ・カウリスマキ

 

労働者三部作の1本目。とのこと。

 

 

 

ゴミ収集の仕事につくニカンデル(マッティ・ペロンパー)同僚(エスコ・ニッカリ)に誘われ独立を考えていた。ちょうど心ときめく女性、スーパーのレジ係のイロナ(カティ・オウティネン)にも出会った。しかしその矢先、同僚が突然死してしまう。独立の道を断たれ、冴えない日常に戻ったニカンデルはトラブルを起こして留置所へ。そこで知り合った職がないというメラルティン(サカリ・クオスマネン)を、職場に誘い亡くなった同僚の穴埋めにして友情を育む。特に、イロナとのことには協力してもらった。けれどイロナをデートに誘ったものの失敗してしまう。イロナはイロナでスーパーをクビになり、一緒に暮らす女友達(キッリ・コンガス)とも微妙な感じになり、なんやかやニカンデルの部屋に寝泊まりすることになる。

どうにか気をひこうとするニカンデルと、イマイチだなと思いながらも情が湧いてくるイロナの恋の行方は…。

 

労働者三部作というだけあり、スーツを着てもワンピースで小綺麗にしても、入れないレストランがある。イロナが再就職したブティックの店長(ユッカ=ペッカ・パロ)とならあっさり入れるのに。そこがどうしても超えられない層の壁なんだろう。分相応とという言葉がよぎる。

スーパーの店長(ペッカ・ライホ)にクビを言い渡されたイロナがはらいせに金庫を持ち出すのだが、結局返すことになる。それでギリギリ罪に問われないのだが、貧しいながらも根底は性善説があるのがとても良かった。

時代もあるのだろうが、タバコ吸い過ぎで見てるだけで煙くなってくる。のが悪いんではなく、それはそれで味であり、いい。

退屈な男、かつ何も持たざる男、名前とゴミ収集車があるだけだ、という台詞は空しく悲しい。それだけに人間の生き方の多彩さを感じる。

一般的見地からは腐りそうな層なのだが、反してニカンデルが几帳面な性格で、そのミスマッチがまた面白い。人間の行動のおかしみが出てる。ちょっと深く取ると、自分の人生をきっちり請け負っている、運命を受け入れてるってことなんだろう。

 

メラルティンの女房(ウラ・クオスマネン)がお世辞にも美しいとは言えない。登場人物がみんな個性的な容姿をしている。イロナ役は『マッチ工場の少女』のカティ・オウティネンだ。容姿だけじゃなく、人物設定も異色。これがアキ・カウリスマキのカラーなのかも。

会話も単語単位で余計な修飾語形容詞がない。挿入歌の歌詞が背景を語る役割を果たしてるからだろう。

 

あと、さすが寒い国、酒好き多い。

 

★★★★

 

 

 

 

『マッチ工場の少女』(1990/日本公開1991)

フィンランド映画

原題は『Tulitikkutehtaan tytto』、英題は『The Match Factory Girl』。

監督 アキ・カウリスマキ

 

アキ・カウリスマキ監督の労働者三部作と言われてる作品の3本目とのこと。(『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』)

フィンランドの当時の社会情勢もお国柄も知らないので、素直に物語を追うだけだった。

 

 

 

 

マッチ製造工場で働くイリス(カティ・オウティネン)はその収入をあてに働かない母親(エリナ・サロ)義父(エスコ・ニッカリ)と粗末な部屋に三人暮らし。兄(シル・セッパラ)は義父が嫌で家を出た。

年頃のイリスだが、身なりがみすぼらしいのか、容姿に恵まれてないせいか、ダンスホールに出かけても最後まで声をかけられることがない。そんなだから給料が出た日、思い切って派手なドレスを買った。両親にはなじられたが、そのドレスを着てイリスはクラブへ出かける。そこでようやく一人の男アールネ(ヴェサ・ヴィエリッコ)に声をかけられる。

イリスはハイセンスなアールネのアパートで一夜を共にする。アールネを好きになってしまったイリスだったが、アールネにとっては一夜の遊びでしかなく無碍にされる。以降連絡を取ることもできなかったが、やがて妊娠が判明する。イリスは多少の希望を持ってそのことをアールネに告げに行く。しかし結果は堕胎費用を渡されるに終わる。

ショックを受け、絶望を感じたイリスはアールネ、そしてヤリ目のたまたまその日出会った男、虐げてきた両親に毒を盛る…。

 

ほとんど台詞がなく、俳優の表情や所作の演技など映像で物語が進む。説明がないのは余計だからだろう。目に見えてる情報だけで充分だというのだろう。振り返ってみるとまさにそうで、これまで親切にも登場人物の年齢から性格、家族構成までぜんぶ文字や言葉にして教えられてきたんだなぁ、と感じた。映像作品において設定の詳細は受け手には実は説明いらないんじゃないか。目に見えるものがすべてである方が、自由度があり受け手に優しい気がする。もちろん、そこまで映像力を持ったクリエイターに限るけど。(でもこれ、一応、挿入歌がバックを照らす効果を担っている)

 

ジャンルはサスペンスかもしれない…と思ったけど、コメディらしい。え?どこが?とよくよく見返すと、相手の行動所作に半ばシニカルに反応する演技はユーモラスかもしれないと思った。ジワリとくるおかしみだ。

年頃と書いたけど、イリスは少女という年齢ではないと思う。むしろいき遅れでは?(笑)。アキ・カウリスマキ監督作品の常連女優らしい。なんとなくわかる気がする。癖強めで。

 

両親が日がな一日見てるテレビのニュースは天安門事件を中心にその時の世界情勢が報道されていて、ほぼ見たことのある映像だったの、リアリティがあって良かった。感情が昂ることなく平然と視聴する両親(イリスも)、他国のことなんてそんなものだろうことがよく表れていてなお良かった。

あと、マッチってそうやって作られているのか、と知れたの良かった。

いい作品を観たな、と思った。

 

★★★★(★)