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Promised Land -帰りたい何処か-

わたしにとっての「約束の地」はどこなのか?

その答えを今探しています。


 図書館で、半年以上前に予約した本。

 多分、チビが移植して大変だった時期から少し落ち着いたころ?の入院中の頃に予約したと思われる。

 希死念慮が強くて、真夜中の病院で何処か屋上に出られるところはないかと彷徨ったり、7階の病室から外を眺めて、ここから飛び降りたら楽になれるのかな、とか思っていた頃かもしれない。


 でもこの本は、後ろ向きな本ではない。

 あと一年しか生きられないと分かった時、何を思うか、何を考えるか、ということに関する本。残された人生を意味あるものにして、「いい人生だった」と納得して死んでいくためには、健康な時ならなおさら、どう思うのか、何をするのか、をとことん考えることの大切さを説いていると思う。


うまく伝えられないので、本書で自分がキーセンテンスだと感じた箇所を抜粋する。


(1)やらずに後悔するより

やって後悔する方がいい

誰にとっても、今日という日は人生の道半ばに過ぎません。

どんな未来もこれから作ることができます。

ですが、やり残した後悔は、人生の後半になればなるほど重たくなるもの。


些細なことから、長い時間をかけて叶える夢まで、すべてやり切るというくらい我儘になってください。


(2)人生の終わりを考えたとき、

「どう生きるか」が見えてくる

 「自分がどう生きたいか」がわからなくなったときには、「どのように最後を迎えたいか」を考えてみましょう。

 人生最後のときが近づいてくると、余計なものが削ぎ落とされ、自分にとって本当に必要なもの、自分が本当に望むことが、シンプルに浮かび上がってきます。


(3)未来に思いをはせる自由は、

全ての人に与えられている


 人には、未来に思いをはせる能力があり、自由があり、権利があります。

 しかし、未来に夢や希望を抱けないと、人は「今」をしっかりと生きることができなくなります。

逆に健康なときでも、病気や死という大きな苦しみを抱えているときでも、未来への思いこそが、人が生きていく上での支えとなるのです。




 今日は始業式でした。

 いい天気で、桜も何とか咲いた状態で新学期を迎えました。(今日は午後から入学式なので、桜がもって良かったなと改めて思いました。チビの時は、コロナで入学式が延期になってしまったので(結局六月まで延期になった…)、スーツ着せ空のランドセル持って写真だけでもと学校に撮りに行ったのももう2年前になるのですね…。)


 新しいクラスでは、学童や一年生の時に仲の良かった友達が複数一緒だったこともあり、テンション高く帰ってきました。

  今日は午後から耳鼻科に行って、また処置をしてもらってきたのですが、夜には流石に疲れたみたいで「眠い!」を連発し、決まった時間に飲まなければいけない薬を飲んだらスッと眠っていきました。


 昨日の小児科受診で主治医と登校頻度と時間について相談した結果、4月中は2時間登校することになりました。


 そして、プレドニンが9mg→8mgに減薬。

 血液検査は、肝機能はすっかり正常値、好中球も赤血球も血小板も問題なし、免疫グロブリンも問題なし。尿蛋白もマイナス維持。


 順調に回復しますように。

 そして、楽しい3年生の学校生活が送れますように。




​始業式前日に散髪してスッキリ!




 今日は、色々あって、疲れた。

 いや、もっと前から疲れていて、余裕がない。

メンタル疾患のせいにしてるだけで、元々の自分の属性か?


 職場に電話をした。新課長に挨拶のため。

最初に出たのが新しい課員らしき人(新卒か異動者かは不明だが、電話のぎこちなさから新卒かなと思った)で、取り次いでもらって挨拶と状況、近況を語る。

電話後、動悸が激しく床に倒れ込む。


 前回夫が連れて行った歯医者でチビの虫歯がみつかった。夫の話によれば、一回で終わるちょちょっとした治療と言われたので、小児科の主治医に治療していいか尋ねたところOKもらったので予約して今日行ったのだが、よくよく聞けば麻酔が必要とのこと。話も噛み合ってる部分とそうでない部分もあり。

 詳しく説明してくれたので状況はわかったが、私ができる判断ではないので、明日の小児科受診時に主治医に相談でペンディング。

 前回の歯科受診時は担当医じゃなかったらしいが、適当な説明はあかんやろ。夫ももっと詳しく聞いてきて欲しかった(昔は良かったが数年前から扱いが適当だし、研修医やそれに毛の生えた歯科医が多く、昔診てくれてた現院長は今では診察には遭遇しないことが多いので私個人はこの病院には行ってない。夫はかかりつけにしてるが…)。無駄足に終わる。


 昨日のチビの耳鼻科では、副鼻腔炎がひどく、治らない中耳炎もひどい咳も、全部副鼻腔炎の合併症だと言われた。たけはなも立派なやつができていた。

 頻繁に耳鼻科に行って奥の方にある鼻を吸ってもらい、空気を通すことが肝要と言われ、小児科と被らない時はできるだけ行こうと決意。


 メンタル不調が続く。本当は家事も、特に昼間の食事の世話も、チビの勉強を見ることも何もかも負担。自分は食欲なくてご飯はどうでもいいから横たわっていたいのに、そういうわけにもいかない。無理して動くからまたエネルギーが削られて動けない。


 かと思えば、洗脳されたようにポケモンGOのジム潰しや、ポケモンジム設置に毎日出掛けたり。



そして動けなくなる。



チビにひどいものいいをした。

あそこまで言う必要は全くなかった。

余裕が全くない、自分自身の面倒もまともに見られないのに、チビの面倒が見られるわけないだろ、でもしなくちゃならない、だから私はズタズタなんだと夫に言い。

 

 一番大事なチビにひどいことしてる。

 ここのところ、あの子は泣いてばかりだ。

 私の罵詈雑言のせいで。


 …でも、私も限界なんだよ.いや、そんなもんとうの昔に超えている。


 今日は学校にも夫婦で出掛けて、チビのことをお願いしてきた(始業式前はクラス担任が誰か明かせないので、教頭先生が対応してくれた)。


 新学期が始まって担任が判明したら、

新担任の先生に改めてお願いに行くつもり。


…疲れるなあ。足が鉛。

 もう、疲れたよ。生きていくのは、辛いなあ。


今日は春馬くんの誕生日。R.I.P.


一般的には子どもはお母さんには一緒にいて欲しいものだと言うけれど、チビはお父さんがいればいいと思ってるかもしれないな。


春馬くんの勇気が私にあれば、私はきっと彼と同じ最期を選ぶ。ないから、苦しんでる。


 


 



  今日から新年度です。

…ですが、休職中の私は、チビといつもの日常。最近心身共に調子が悪いので、チビに嫌な思いをさせてしまっていることを、申し訳なく思いつつ。


 桜が見頃を迎えました。

 去年は、学童が新年度準備のためお休みだった3/31に、ショッピングモール近くの桜を見に行きましたが、今年は、自宅から徒歩で行けるお寺や神社の桜を見に行きました。


 満開に咲き誇っていて、チビと綺麗だね、と観てました。

 (まあ、これらの寺社は、ポケモンGOのジムだったりするので、チビはジム潰しをして、ポケモン置いてましたけど(笑))


 神社では、お参りして、チビと私の病気が癒えて、かつての普通に学校に行き、普通に仕事に行ける日常が戻りますように、とお祈りしてきました。


    2年生は夏も、クリスマスやお正月含む冬も、秋も、殆ど病院で過ごしたけど、こうやって、桜が咲き誇る春に、桜を一緒に愛でることができて良かった。



 来週は、月曜日耳鼻科、火曜日歯医者、水曜日主治医のいる小児科の定期通院、木曜日始業式(2時間登校)で、金曜日から新年度の授業が始まる。


 私は明日自分のメンクリ、来週のうちに新課長に電話するというミッションがあり、また、夫と2人で小学校にチビの対応について改めてお願いに行く予定(3月に復学支援会議やったけど、その会議に参加した校長も担任も異動して今日からいない。担任が残した引継書しかない状態ではとても心もとなく。)。

 チビは、まだフルで学校に行ける状態ではないので、また、まずは2時間だけ行く、というところからはじめないと。


 今回はネフローゼまで患ってしまってるし、コロナは勢い衰えることもなく、万一感染すると重症化リスクが高いので不安がつきまとうから、登校も見極めが難しい。


 でも、前進ある春でありたい。


 私も新しい課長に電話するのは、正直気が重い。また体調崩しそう。でも、まずは初めまして、から始めないと。


 2022年度、チビ小学3年生、私、満社会人20年を迎えた春。

 20年前の私は、会社の独身寮のある千葉から、満員電車に揺られて都心へ。京葉線の車窓からディズニーランドが見えるのに新鮮味を覚えたり、会社の周りに大きな百貨店が複数あり、会社から鈴木その子の顔の看板がみえて、おお、流石東京都心だ、と妙に感心したり。

 いよいよ社会人だ、と緊張して入社式に出てたな。2002年入社、40名だった。みんな、元気かな。公園の名前は忘れてしまったけど、北区王子の桜の名所で、同期でお花見したのが思い出深い。あの頃は若かった。

今いる未来をあの頃の私は想像だにしていなかった。仕事も前の会社とは職種も違ってるうえにかなりやにこいことやってるし(苦笑)


 でも、20年後に、可愛い我が子と見た桜もまた、とても綺麗だった。



 新年度、頑張ろう。焦らず、でも着実に。




相棒は、時々見ていました。

特に、今の右京と冠城亘のコンビが、とても安定していて、見ていて面白い。

脚本も面白いし、時々右京さんが人生観に触れることも、また、水谷豊さんの演技の中に春馬くんとの共通点を見出すことがあったりしたり、昔超イケメン俳優で大人気だった反町隆史さんの、中年になった今の演技がいいなと思ったり。


今回はSeason20の最終回で、冠城亘の卒業回でした。どんな形で卒業するのかと思ったら、『契約職員』で、公安調査庁に行く、ということに。日下部さん、スカウトするにしても正規採用じゃないんだ…、とか、冠城亘の年齢で正規職員から非正規に変わるの??とか驚きましたけど、亘は雇用が不安定になるのにそんなこと気にしないで行ってしまうんですね。


最後の、右京さんの冠城亘への言葉が、あのシーンがとても印象的でした。


『僕はね、冠城くん、これまで去る者は追わず、来る者は拒まずでやってきましたが、今回、それを破ろうと思います。

 もう少し、一緒にやりませんか。

 僕は、君が特命係を去ること、できれば拒みたい。』


右京さんからの言葉への冠城亘の答えは…


『最高の餞(はなむけ)の言葉です。

 長い間、お世話になりました。』


そして深く礼をする亘。

そんな亘に静かに優しく微笑み、歩き出す右京。



組織で働いていれば、異動という別れはあるし、転職、離職という離れ方もある。

だけど、やっぱりいい関係だった人との別れは切ないですね。


亘は、もしかしたら社美彌子とその娘マリヤを守るために、公安へ行くことを決めたのかも…という伏線もあるようですが…。



黒猫しっぽ黒猫からだ黒猫からだ黒猫からだ黒猫からだ黒猫からだ黒猫からだ黒猫からだ黒猫あたま


 私も、2021年度最後の今日、課長に電話しました。課長は明日付で、当部当課から異動して、別の部へ行かれます。


 4ヶ月しか働けなかったけど、二年間お世話になったこと、ご迷惑かけたこと、お礼とお詫びをお伝えしました。


 課長からは、新年度になったら、4/1を避けたできるだけ早いうちに、新課長に電話をかけることをアドバイスされました。

 また、私のことは、子どもの病気のことも含めて後任の課長に伝えておくとも言われました。


 優しい方でした。できれば課長がいらっしゃるうちに戻りたかった。でも、職場の、仕事の話を聞いていて、電話を切ってから気持ち悪くなっているようではまだ戻るのは難しいなとも思いました。

 休職一定期間経過の自動解雇が先か、復職が先か…。復職時、今の職場からの異動を交渉したいですね、強く。いまの仕事は、本当にもう無理です。これ以上やれ、というのは、死ねと言ってるのと同じです。


自動解雇は、絶対に避ける。




そのためには、今はチビと共に療養が必要。

でも、チビがいると、当然チビにちゃんとした生活をさせねばならないので本当は何も食べずに寝ていたくてもできないし、自分のことは後回しで、また音に敏感になってるので、テレビを長時間つけられらと頭が痛くなったり。


二月の入院中に調子を崩してから、なかなかよくなりません。メンタル疾患って、壊すと戻らない。

 

何書いてるのかよくわからなうよくわからなくなって来ましたが、とにかく、右京さんの言葉が、亘の決意が、とても心に沁みました。

…といっても、ネットのささやかなもの。

それでも当選すれば嬉しくて、いそいそと近所の店舗に交換に行ってきました。


 久しぶりに飲みました、マクドのコーヒー。

店員さんがとても丁寧に対応してくださいました。感謝。


SOYJOYは、新しい味みたい。入院中だととても力強い食料になったと思います。

食欲のない時に、ご飯がわりにいただこうと思います。



 自宅から近いところで開催されていたハンドメイドマルシェ。気になるお店がいくつかあったので、ふらっと行ってきました。


 今回、またまたヘアゴム購入。



 左は、出店者告知のインスタを見ていて、気になっていた商品。リバティの生地にキラキラのさくらんぼ、そして周りを丁寧にパールで囲んであって。40過ぎの女性に合うか…?と不安になりつつも、その作家さんが「私も40代だけどこれくらいのなら普通につけてますよ」と仰ったので、安心(?)して購入。


 右のは、偶然出会ったミモザのヘアゴム。

今年はすでに、ミモザ刺繍のヘアゴムもブローチも購入してるんだけど、私が持ってるのとは違う、柔らかな作風にとても惹かれた。こういうのもいいな、と。

 少し悩んで、ハンドメイド品は一期一会だからと、購入。


 休職中で収入ないけど、二つ合わせて¥1,000。これくらいは許される範囲…かな?


 最近はイヤリングもしなくなったので、ヘアゴムでささやかなお洒落を。



 一昨日は退院してから初めての外来受診日でした。一週間前までいたのに、随分時間が経ったようにも感じたのは外来だから?


 経過はとりあえずよく、尿蛋白もマイナス維持。肝障害も治ってたので、肝臓を保護する薬はなくなりました。

 そして、先生に、25日の終業式と離任式のため登校していいかお尋ねしたところ、2時間程度ならいいでしょう、と言われて、今日チビは4ヶ月ぶりに登校しました。

(勿論、登校班ではなく、車で送迎です)


 久しぶりにみんなに会えて、とても喜んでました。チビの小学校は、毎年クラス替えがあるので、2年生の今のクラスの子たちと会えるのは今日が最後。とてもお世話になった担任の先生にも会えて、よかったです。


…でも、離任式の内容が衝撃でした。

チビの2回の復学支援会議に出てくださった校長先生が異動。そして、チビの担任の先生も異動。

…来年度、復学支援会議に出てくれた先生がいないし、チビのことをよくわかっている先生が校内に居なくなる…。

 極めつけは、学童の先生(責任者)も異動するとのこと…(これは、チビが学童仲間から聞いてきた話)。


 チビの学校生活を支えてくれた学校スタッフの方々が軒並み異動…えーん


 担任の先生には、先週の金曜日、チビの荷物を引き取りに学校に伺った際色々お話しさせていただき、本当にこの一年間、チビに色々配慮してくださったことへの感謝をお伝えしてきました。

「来年度もできることなら先生にチビの担任になっていただけたら良いのですが、そればっかりはわからないですよね」って話をした時、

「来年度、そもそも僕この学校にいるかもわからないですしね…」

と仰ってましたけど、先生には薄々わかっていたことだったのかもしれません。


 チビは、担任の先生に会えるのは今日が最後のチャンスだったので、登校して、先生に会えて良かったと思いました。



 学童にも、夕方、チビを連れてご挨拶に行ってきました。二年間、本当にお世話になりました。

そして、来年度に関してのことも、お話してきました。学童の先生も色々ご配慮下さり、本当にありがとうございました。



…そして、私の方の会社の異動。

私は休職中なのでもちろん異動はないですが(復職するときには、今の部署からの異動を強く要望しますけど。あの職場はもう無理。また精神やられる)、私の上司…課長が異動しました。

全く面識のない方が新しい課長で赴任されます。

その方に評価されての試行勤務からの復職への道のり。ちょっと不安。

でも、チビもまだ治療半ばだし、私もこの長い入院生活(特に2回目)でメンタルかなりズタズタになって悪化し復職できる状態ではないので、復職面談はまだ先ですが、もしかしたら顔見せに来て、と4月以降言われたりしてガーン


 春は別れの季節。

 お世話になりました、チビの先生方。

 ありがとうございました。


 そして、U課長。

 着任して4ヶ月で適応障害になり、患っていたところに子どもの難病発覚からの、造血幹細胞移植に伴う長期入院、およびGVHDが素地にあるネフローゼ発症に伴う長期入院、そして再びメンタル崩壊という私のことで、色々ご迷惑おかけしました。課長がいらっしゃるうちに戻れれば良かったのですが、残念です。新部署でのご活躍を祈念いたします。


  別れがあれば、また出会いもある。

 4月がドキドキだけど、とりあえずは春休み。


 チビは当分週一外来受診で、来週も再来週も病院行ってきます。



  今日はとてもいい天気でした。

 三月半ばとは思えないくらいに暖かくて。いや、暑かった(笑)


  血液検査の結果、肝障害はまだあるけれど、先週水曜から服薬してる肝臓を守るお薬が効いてるようで、数値が一桁減ってました。劇的に改善されるわけではないし、ネフローゼの方もプレドニン9mgになっても寛解維持できているので、今日退院になりました。


 とは言っても、また来週外来受診なんですけどね。

 移植後のGVHDが素地にある二次性ネフローゼ。レアケース。

 先日の移植後のキメラの検査では、混合キメラになっていて、ネフローゼの治療による影響が出たのかな、と心配に。


 でも、主治医曰く、チビの原病に悪さする細胞は、ドナー由来に置き換わってるから原病の発病は心配ないと思われるし、今後また、治療が進んでプレドニンやプログラフが減っていけば完全キメラになっていく可能性は十分あると先日のICで言われた。


 午前の終わりに退院許可が降りたので、かねてから話していた通り、午後にチビのリハビリを受けて、私のペースで午後から片付けて、帰るということにしてもらった。


 今回は大部屋なので、極力ものを減らしていたつもりだったけど、3ヶ月もいると、やっぱなんだかんだと荷物が増えていた。

 狭い空間を少しでも効率的にするために持ち込んだ段ボール2つも処分。

 のんびりしすぎて、また、後から絶対に欠かすことのできない薬(3種類)が予備無しで処方されてたので、予備の薬を追加処方してもらってその待ち時間があったりで、結局帰るのは夕方になってしまった。


 でも、前回の移植の時からの担当だった看護師さんにも会えたし(今日は夜勤)、クリーンの時からの顔見知りのお母さんたちにも挨拶できたし(そのうちの1人は、偶然にも今日退院。前回の退院もうちより1日前だったから、いいご縁があるんですね、と、その子のお母さんが仰ってくれた)、夕方夜勤に代わって、今までお世話になった他の看護師さんや主治医にも会えた(私は朝の回診の時はいなかったので、今日はまだ会えていなかった)し、師長さんにもご挨拶して去ることができた。

 本当にお世話になりました。

 ありがとうございました。


 でも、もうこの病棟に戻ってくることがないように。外来で、治療を進められるように。


 帰り、久しぶりに助手席に座った。

 この三ヶ月、車は自分が運転して、一人きりの移動だった。夫に運転してもらって、そして後ろには賑やかなチビがいる。

 とても新鮮だった。かつて当たり前にあった日常が、やっと少し自分の手に戻ってきた。


 帰宅してから疲れがどっと出た。

 今日は自宅から朝病院に向かったというのに。


 やっぱりホッとしたのだろうか。


 チビの病気は、まだまだ治療が続く。

 今回、二次性ネフローゼを得てしまったことで、原病治療のための造血幹細胞移植後の治療スキームが大幅に長引くことになったし、ネフローゼが再燃しようものなら、もう目も当てられない。

(再燃したらまた入院加療。今回ほどではなくとも、おそらくそれなりの期間)


 長い戦いになる。

 チビと同じ原病の子たちの治療経過のブログを定期的に拝見しているが、私が拝見したブログのお子さんたち(3人)は、みな予防接種も打ち直して、元気にしておられる。

 対してうちは、本当にレアケースを、悪いカードを引いてしまった。


 でも、時間はかかっても、きっと良くなると信じて、明日から少しずつ、まずは家庭での日常を取り戻していきたい。


 約3ヶ月の再入院生活。

初冬に入院して、退院時は、昼間はジャンバーが不要な春になってました。


 去年、チビと桜を観たけれど、今年も観られそうだね。


 退院おめでとう、チビ.

 お疲れ様でした、夫と私。


 とりあえず、今日は労い。

  Day260に当たる、今週の水曜日の朝から、病院の付添を代わりました。この日は、復学支援会議があるので、どうしても病院に行く必要があったし、先週は一泊二日で精神がもたなくてそれからずっと自宅で廃人生活をしてたけど何とか人間に戻ってきたし(苦笑)で、無事会議にも出、また病室も騒音を垂れ流したり奇声を発するような輩はいなかったので、心穏やかに過ごすことができ、なんと、中途覚醒があったとはいえ、前のような強制的に起こされるものではなく、割と寝られました。


 今週末退院かな、と思ってたら、水曜の採血結果で肝障害を起こしていることがわかり、その日の夜から耳系の薬でやめられるものをやめ、肝臓を保護する薬を飲むことになりました。

 ちょうど木曜日はプレドニンを10mg→9mgに減薬する日だったんで、悪条件が重なったなあということで心配だったので、退院を月曜日の血液検査の結果をもって決めることになりました。

 でも、たぶん帰れそう。


 今週は病室が穏やかだったから、水木金土と、三泊四日連続で付添できました。

ものすごいひさしぶりなことだ。。



 今日は午前中自分のメンクリの受診日だったので、病院からメンクリへ直行。

 先日、ようやく自立支援(精神通院)受給者証が貰えたので、バカ高い薬の支払いからようやく解放されました(薬局は、受給者証ができるまでは3割徴収し、受給者証ができたら精算して返すというやり方をしている)。


 自分の主治医と話をしたが、子どもの社会復帰は、移植後一年は慎重にと言われているので、少なくともチビが安定するまでは仕事のこと考えるなと言われた。チビがネフローゼ再燃なんてことになれば、また入院生活になってしまう。プレドニンの減薬もまたやり直し。


 とにかく今は焦らないこと、なのかな。


 12月以来、わたしも本当に疲れてしまった。二月になってからは十分に眠れず、精神的にも休職直後のような状態になっていた。

 正直、もう疲れ果てた。

 暫く、死んだように眠り続けたい。


 春の兆しが見え始めて、ようやく我々家に帰れるのかな。


 


 頂いた小枝。初めて見た種類。めちゃ旨し。

紅茶やコーヒーによく合います。