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Promised Land -帰りたい何処か-

わたしにとっての「約束の地」はどこなのか?

その答えを今探しています。

 一昨日は退院してから初めての外来受診日でした。一週間前までいたのに、随分時間が経ったようにも感じたのは外来だから?


 経過はとりあえずよく、尿蛋白もマイナス維持。肝障害も治ってたので、肝臓を保護する薬はなくなりました。

 そして、先生に、25日の終業式と離任式のため登校していいかお尋ねしたところ、2時間程度ならいいでしょう、と言われて、今日チビは4ヶ月ぶりに登校しました。

(勿論、登校班ではなく、車で送迎です)


 久しぶりにみんなに会えて、とても喜んでました。チビの小学校は、毎年クラス替えがあるので、2年生の今のクラスの子たちと会えるのは今日が最後。とてもお世話になった担任の先生にも会えて、よかったです。


…でも、離任式の内容が衝撃でした。

チビの2回の復学支援会議に出てくださった校長先生が異動。そして、チビの担任の先生も異動。

…来年度、復学支援会議に出てくれた先生がいないし、チビのことをよくわかっている先生が校内に居なくなる…。

 極めつけは、学童の先生(責任者)も異動するとのこと…(これは、チビが学童仲間から聞いてきた話)。


 チビの学校生活を支えてくれた学校スタッフの方々が軒並み異動…えーん


 担任の先生には、先週の金曜日、チビの荷物を引き取りに学校に伺った際色々お話しさせていただき、本当にこの一年間、チビに色々配慮してくださったことへの感謝をお伝えしてきました。

「来年度もできることなら先生にチビの担任になっていただけたら良いのですが、そればっかりはわからないですよね」って話をした時、

「来年度、そもそも僕この学校にいるかもわからないですしね…」

と仰ってましたけど、先生には薄々わかっていたことだったのかもしれません。


 チビは、担任の先生に会えるのは今日が最後のチャンスだったので、登校して、先生に会えて良かったと思いました。



 学童にも、夕方、チビを連れてご挨拶に行ってきました。二年間、本当にお世話になりました。

そして、来年度に関してのことも、お話してきました。学童の先生も色々ご配慮下さり、本当にありがとうございました。



…そして、私の方の会社の異動。

私は休職中なのでもちろん異動はないですが(復職するときには、今の部署からの異動を強く要望しますけど。あの職場はもう無理。また精神やられる)、私の上司…課長が異動しました。

全く面識のない方が新しい課長で赴任されます。

その方に評価されての試行勤務からの復職への道のり。ちょっと不安。

でも、チビもまだ治療半ばだし、私もこの長い入院生活(特に2回目)でメンタルかなりズタズタになって悪化し復職できる状態ではないので、復職面談はまだ先ですが、もしかしたら顔見せに来て、と4月以降言われたりしてガーン


 春は別れの季節。

 お世話になりました、チビの先生方。

 ありがとうございました。


 そして、U課長。

 着任して4ヶ月で適応障害になり、患っていたところに子どもの難病発覚からの、造血幹細胞移植に伴う長期入院、およびGVHDが素地にあるネフローゼ発症に伴う長期入院、そして再びメンタル崩壊という私のことで、色々ご迷惑おかけしました。課長がいらっしゃるうちに戻れれば良かったのですが、残念です。新部署でのご活躍を祈念いたします。


  別れがあれば、また出会いもある。

 4月がドキドキだけど、とりあえずは春休み。


 チビは当分週一外来受診で、来週も再来週も病院行ってきます。



  今日はとてもいい天気でした。

 三月半ばとは思えないくらいに暖かくて。いや、暑かった(笑)


  血液検査の結果、肝障害はまだあるけれど、先週水曜から服薬してる肝臓を守るお薬が効いてるようで、数値が一桁減ってました。劇的に改善されるわけではないし、ネフローゼの方もプレドニン9mgになっても寛解維持できているので、今日退院になりました。


 とは言っても、また来週外来受診なんですけどね。

 移植後のGVHDが素地にある二次性ネフローゼ。レアケース。

 先日の移植後のキメラの検査では、混合キメラになっていて、ネフローゼの治療による影響が出たのかな、と心配に。


 でも、主治医曰く、チビの原病に悪さする細胞は、ドナー由来に置き換わってるから原病の発病は心配ないと思われるし、今後また、治療が進んでプレドニンやプログラフが減っていけば完全キメラになっていく可能性は十分あると先日のICで言われた。


 午前の終わりに退院許可が降りたので、かねてから話していた通り、午後にチビのリハビリを受けて、私のペースで午後から片付けて、帰るということにしてもらった。


 今回は大部屋なので、極力ものを減らしていたつもりだったけど、3ヶ月もいると、やっぱなんだかんだと荷物が増えていた。

 狭い空間を少しでも効率的にするために持ち込んだ段ボール2つも処分。

 のんびりしすぎて、また、後から絶対に欠かすことのできない薬(3種類)が予備無しで処方されてたので、予備の薬を追加処方してもらってその待ち時間があったりで、結局帰るのは夕方になってしまった。


 でも、前回の移植の時からの担当だった看護師さんにも会えたし(今日は夜勤)、クリーンの時からの顔見知りのお母さんたちにも挨拶できたし(そのうちの1人は、偶然にも今日退院。前回の退院もうちより1日前だったから、いいご縁があるんですね、と、その子のお母さんが仰ってくれた)、夕方夜勤に代わって、今までお世話になった他の看護師さんや主治医にも会えた(私は朝の回診の時はいなかったので、今日はまだ会えていなかった)し、師長さんにもご挨拶して去ることができた。

 本当にお世話になりました。

 ありがとうございました。


 でも、もうこの病棟に戻ってくることがないように。外来で、治療を進められるように。


 帰り、久しぶりに助手席に座った。

 この三ヶ月、車は自分が運転して、一人きりの移動だった。夫に運転してもらって、そして後ろには賑やかなチビがいる。

 とても新鮮だった。かつて当たり前にあった日常が、やっと少し自分の手に戻ってきた。


 帰宅してから疲れがどっと出た。

 今日は自宅から朝病院に向かったというのに。


 やっぱりホッとしたのだろうか。


 チビの病気は、まだまだ治療が続く。

 今回、二次性ネフローゼを得てしまったことで、原病治療のための造血幹細胞移植後の治療スキームが大幅に長引くことになったし、ネフローゼが再燃しようものなら、もう目も当てられない。

(再燃したらまた入院加療。今回ほどではなくとも、おそらくそれなりの期間)


 長い戦いになる。

 チビと同じ原病の子たちの治療経過のブログを定期的に拝見しているが、私が拝見したブログのお子さんたち(3人)は、みな予防接種も打ち直して、元気にしておられる。

 対してうちは、本当にレアケースを、悪いカードを引いてしまった。


 でも、時間はかかっても、きっと良くなると信じて、明日から少しずつ、まずは家庭での日常を取り戻していきたい。


 約3ヶ月の再入院生活。

初冬に入院して、退院時は、昼間はジャンバーが不要な春になってました。


 去年、チビと桜を観たけれど、今年も観られそうだね。


 退院おめでとう、チビ.

 お疲れ様でした、夫と私。


 とりあえず、今日は労い。

  Day260に当たる、今週の水曜日の朝から、病院の付添を代わりました。この日は、復学支援会議があるので、どうしても病院に行く必要があったし、先週は一泊二日で精神がもたなくてそれからずっと自宅で廃人生活をしてたけど何とか人間に戻ってきたし(苦笑)で、無事会議にも出、また病室も騒音を垂れ流したり奇声を発するような輩はいなかったので、心穏やかに過ごすことができ、なんと、中途覚醒があったとはいえ、前のような強制的に起こされるものではなく、割と寝られました。


 今週末退院かな、と思ってたら、水曜の採血結果で肝障害を起こしていることがわかり、その日の夜から耳系の薬でやめられるものをやめ、肝臓を保護する薬を飲むことになりました。

 ちょうど木曜日はプレドニンを10mg→9mgに減薬する日だったんで、悪条件が重なったなあということで心配だったので、退院を月曜日の血液検査の結果をもって決めることになりました。

 でも、たぶん帰れそう。


 今週は病室が穏やかだったから、水木金土と、三泊四日連続で付添できました。

ものすごいひさしぶりなことだ。。



 今日は午前中自分のメンクリの受診日だったので、病院からメンクリへ直行。

 先日、ようやく自立支援(精神通院)受給者証が貰えたので、バカ高い薬の支払いからようやく解放されました(薬局は、受給者証ができるまでは3割徴収し、受給者証ができたら精算して返すというやり方をしている)。


 自分の主治医と話をしたが、子どもの社会復帰は、移植後一年は慎重にと言われているので、少なくともチビが安定するまでは仕事のこと考えるなと言われた。チビがネフローゼ再燃なんてことになれば、また入院生活になってしまう。プレドニンの減薬もまたやり直し。


 とにかく今は焦らないこと、なのかな。


 12月以来、わたしも本当に疲れてしまった。二月になってからは十分に眠れず、精神的にも休職直後のような状態になっていた。

 正直、もう疲れ果てた。

 暫く、死んだように眠り続けたい。


 春の兆しが見え始めて、ようやく我々家に帰れるのかな。


 


 頂いた小枝。初めて見た種類。めちゃ旨し。

紅茶やコーヒーによく合います。

 今日はミモザの日。そして国際女性デー。

 春を告げる花、ミモザ。

 去年は素敵なリースを購入して飾ってましたが、今年はいろんな状況がそれを許さないので、せめて身につけられるものを、と思い、くるみボタンにミモザの刺繍がほどこされたブローチとヘアゴムを購入(それぞれ別の作家さんの作品)。

 今日は、去年買った巻玉のミモザリースのイヤリングも登場。


​ミモザコレクション


  ちょっとミモザミモザし過ぎているかもしれないけど、身につけてミモザの日を楽しんでいます。

 そして、国際女性デーでもある今日。

 未だにジェンダー低すぎる日本の社会には辟易しながら、でも、大先輩の多くの女性達が粘り強く活動してきてくれたから、いま私たちの世代はいろんな権利を手にしている。

 私たちの世代も、続かなければ。


 私は選択的夫婦別姓を強く望んでいる。職場では旧姓使用をしているし、プライベートでも銀行や病院など、現状旧姓を使うことが認めてもらえないもの以外は、旧姓(いや、原姓と言った方が正しいな)を使っている。

 だから、結婚して12年目をもうすぐ迎える長い年月の中、戸籍姓で呼ばれることには以前よりは慣れたが、私個人を戸籍姓で呼ばれることにはいまだに抵抗はある。

(ちなみに病院では○○(チビの名前)くんママとかお母さんと呼ばれることが殆どなので幸い気にならない)

 旧姓併記とかふざけた取り組みを政府はやっているが、根本的なことをわかっていない。併記されても結局銀行も健康保険証もパスポートも戸籍姓じゃないと認められなかったりトラブったり。

使い分けもややこしい。シンプルに、婚姻時に、個人の意見を尊重して、同姓にしたい人は同姓に、別姓にしたい人は別姓に選べるようにすればいいだけの話だ。

 男性が殆ど婚姻時に改姓しないから、色んな手続きに伴う時間とお金の負担や、改姓によってその人の婚姻状況というプライバシーを晒される個人情報の侵害など、婚姻した女性が受けている害を分かろうともしない。そして、何よりアイデンティティの問題なのだ。


 今日の朝日新聞の記事によると、世界経済フォーラムの昨年の国別のジェンダーギャップ指数において、日本は156か国中120位だったそうだ。先進国でこれ?みたいな。

 先進国で夫婦同姓を強いているのは日本だけ。なんともお粗末な話だ。いい加減、話を進めてほしい。無能な懐古主義のAとSが政権を担っていた間に随分時間を無駄にした。

 私が40代のうちに、選択的夫婦別姓が実現することを切に願う。



 ただ今は、ロシアによるウクライナへの侵略でそれどころではないかもしれない。

 ウクライナの女性達が、一日も早く平和な日常を取り戻せることを祈る。そして、これ以上傷つく者が出ないことを、祈る、(勿論女性に限らずウクライナ人皆の無事と侵略の終結、ロシアの撤退、プーチン断罪を強く願う。)


【おまけ】

 左の写真のような豪華なミモザリース、部屋にあったら素敵やなあラブ

 右の写真見たいに、購入してきたミモザを、こんなふうにおしゃれに飾れたら、これはこれで素敵爆笑

 …我が家は今、めちゃ散らかっている。インテリアは、断捨離と掃除が終わってから考えることやな…。

 連日のロシアによるウクライナ侵攻の惨状が伝えられるにつれ、とても悲しく、そして恐怖を覚える。21世紀に、こんな国際法無視した侵略が堂々と行われるなんて本当に信じられないが、でもこれは、紛れもない現実。
 ゼレンスキー大統領が、「皆さんと生きて会えるのはこれが最後かもしれない。」と言ったそうだが、そんなことがあってはならない。
 小さな子どもたち、何の罪もないウクライナの人々が、家を追われ、傷つき、命を落としている。ウクライナのインフラをこれでもかというくらいに破壊しまくっている。プーチンは狂っている。ロシア国内に、この狂人を止めるブルータス的な人々はいないのか。いてほしい。
 そして、一日も早く撤退してほしい。
 重大な戦争犯罪人のプーチンには、然るべき罰を。できればヒトラーと同じ末路を、一日も早く。

 そして、一応今は平和な日本にいる自分は、付添に疲れ切ってしまい、精神破綻気味。
 昨日も明け方まで眠れなかった。睡眠薬飲んでいるにもかかわらず。

 不安な時は、出来るだけ日常のことをやること。それに尽きる。日常のルーティンを少しでもすることで、心を穏やかに保てる。
 少しでもいい。日常のことをしよう。
 

 少し前のお話。
 バレンタインデーの頃。
 いつも気にかけてくださっている春友さんから小包が届いた。

 


​春と、春馬くんを想起させる品々


 無理しないでね、というメッセージカードと共に、病院でも楽しめるようなお菓子やコーヒー、癒しグッズを送って下さった。

 でも、私は、その頃からおかしくなり始めていて、頂いたお菓子は、眠れなくなって不安定で自宅で臥せていた時に、いただいた。



 ミルクティーを入れて、いただいた。ダーナラホースのクッキーは食べてしまうのが勿体ないくらい可愛かったけれど、このクッキーも、桜のクッキーも、チョコレートも、春を感じさせてくれて、癒された。
 桜のコーヒーはもう少し後に飲もうと、まだとってある。

 チビにもバレンタインということで、こんなお菓子を頂いた。(チビはめちゃ喜んでいた。)




 本当に気にかけてくださってありがとうございます。春馬くんが結んでくれたご縁。とても励まされてます。

 私の高校時代の友人も、「時間ができたら休息で使って」と、スタバのe-giftを送ってくれた。
 『blogが更新されてれば、とりあえず生きてることがわかるから、何でもいいからアップできる時は書いて。』というメッセージとともに。
 
 ありがとう。今日もなんとか生きてます。

 結局調子が戻らない私は、今日明日も自宅で療養。明後日は復学支援会議があるし、夫がどうしても休めない仕事があるので、その日までに整えて、水曜以降、残りの日は病院に泊まれるように。

 チビの退院はもうすぐ。
 私は、心身共に頑張らねばならない。

 
 私たちがもしウクライナ人だったら、チビは医療を受けられない。薬がなければチビの命に関わる。
 でも、ウクライナにも、チビと同じように造血幹細胞移植したり、ネフローゼに罹っている子がいるはず。その子たち、大丈夫だろうか。病院も破壊されて、水も電気もない中、一週間働き通しだと、テレビでウクライナの病院の医師が言っていた。怪我人で溢れてる。難病の子どもたちはどうなってる?
 
 思考が混乱する。

 ロシアには早く撤退してほしいし、チビには早く良くなってほしいし、自分は…どうなるのかわからないけれど、少なくとも自分自身の心の安定は自分自身で保てるようにしたい。私もいつ仕事に戻れるか、不確定要素と不安定要素が多すぎてわからない。
 

 11月の終わりに入院して、3ヶ月がすぎました。三月になり、ひな祭りを迎えました。


 2月の半ばくらいに、看護助手さんたちが雛人形を面談室に設置してくれてました。

 この場所には、7月には七夕の笹飾り、12月にはクリスマスツリーと、季節の飾りが飾られるのですが、それを知っているということは、それだけ長い間病院にいるということなんだなあ、と…。

 こちらの雛人形、小耳に挟んだところによると、今年新しくなったそうで。お内裏さまやお雛様がお召しの着物も素敵。

 面談室の前を通るたびに、癒されてました。

 お昼ご飯も、生物が入ってないちらし寿司。

菱形ゼリーもついてました。お正月の時のように、紙のお雛様もついてました。

 とても美味しそうな昼食で、チビ大満足。


 おやつは、近所のスーパーで買ってきたひなあられ食べてました。



猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま


 そして、その日の夕方からは、退院を見据えたIC(インフォームド コンセント)でした。

 チビの病気の経過、今まで行ってきた検査結果の推移と今後の見通し、退院後の生活について、学校への戻り方、プレドニンの減薬、プログラフの減薬、ネフローゼが再燃してしまった場合の対応、なと、いろんな話をしました。


 翌日、主治医の先生と話をした時に、今回の二次性ネフローゼは、おそらく、時間が解決してくれる可能性が高いと思うし、移植で命を落とす子もいる中、ちゃんと移植は成功してる。造血幹細胞はちゃんと働いてる。そんなに悲観しなくてもきっと大丈夫だ、というようなことを言ってくださった気がする。


 来週末には、このまま順調にいけば退院できそうだ。


 私は、大部屋に移ってから、チビが元気になってきてたのに、音も、テレビ音源はイヤホンなのに垂れ流す輩が多数でその都度看護師さんに注意してもらってたけど、正直他人の決して短くない時間の子供の絶叫や泣き声、だだこねなんて騒音と苦痛以外の何者でもなく、昼間だろうが夜中だろうが起こって、ストレスで眠れない日々が続いて、睡眠薬が効かなくなって、だんだん精神も崩壊してきた。ここ10日くらいは一週間のうち一泊しかできてない。自宅に帰ってきても何もできずに寝込んでいることが多い。風呂にも入れない日もある.


 病院にいる時こそ気が張っているから動けているが、自宅ではなかなか難しい。あの子の退院は嬉しいが、彼のいろんなメンテナンスができるか不安。今、何も食べたくなくてヨーグルト適度に食べたりとかの生活してる私に、チビの世話ができるのかな。

 自分の状態は2020年8月ごろに戻ってる。









全てネット系のくじ。ささやかだけど当たると嬉しい。備忘録。

ローソンのどらもっち

 私のある日の、一般的にはおやつタイムくらいに食した昼食になりました。本当に久しぶりにリーフで紅茶淹れました。T’s Teaさんの、「とちおとめ」という紅茶。いちごの香りがとてもよく。ドライのいちごも茶葉に入ってます.

 八天堂コラボのどらもっち、良き。


  セブンイレブンで交換の、ポカリが当選。今、食事がそんなに摂れないのでありがたい。



猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま

 土曜日、自分のメンクリ診察日でしたが、診察室で私を見るなり、「疲れてるね」と主治医に言われました。病室の悪環境で睡眠薬使っても強制的に中途覚醒させられる毎日で、また昼間もやかましく休めない、睡眠リズムがおかしくなって自宅に帰っても普通に寝られない、気持ちがものすごく沈んで、帰宅したら床に這いつくばったままで、自分で自分の身すら構えてないと話しました。

今のままではとても良くないから、少しでも負担を減らせるところは減らすよう、旦那さんに伝えてくださいと言われました。で、結果、夫が今週半日出勤の泊まりをしてくれてます.

午前中は検査もあったりするので病院に留まり、午後はチビ1人、夜戻ってくるみたいな。


 私はやっぱり動けなくて、昨日やっと2日ぶりにお風呂に入れたし、部屋の掃除もできた…と思ったら、今日は少し近所の銀行とスーパーに行っただけで疲れ果て、午後から夕方まで眠ってました。

夜に病院に行って、着替え等を渡し洗濯物をもらってきました。


 …なんていうか、2020年の7月、8月に状態が戻った感じです。


 それにしても、一般病棟の非常識な奴の多いこと。クリーンの時は、みんな長期間困難な病気と戦っている仲間で、少なくとも規則違反はなかった。本当に一般病棟の奴(子ども…もだけどむしろ親が)は非常識な奴が多い.自分さえ良ければ的な奴。本当にストレスが溜まる。


 自分自身は入院しなくてもいいように健康管理気をつけよう。こんなとこにいたら、体治す前に精神がやられる。死ぬ時はピンピンコロリが理想。



 春馬くんが30歳になってから出演した、最初で最後のドラマ。亡くなる前日まで撮影していたドラマ。リタアイでも見たし、全四話も高画質で録画しました。このドラマに関して、色んな憶測や否定的なことをいう方も少なからずいるようですが、春馬くんの急な訃報の中、脚本家の方もスタッフもキャストも、全力でお蔵入りにせず、春馬くんの最後のドラマを形作って放送してくれたとわたしは思います。昨日まで普通に、一緒に仕事してた人が急に亡くなって、しかも病気や事故でなかったなら、とてもしんどかったであろうことは想像に難くないです。


 ここのところ、春馬くんが出ていたドラマが再放送されることが多く、見る機会もありましたが(今は毎週ラスト・シンデレラやってるし)、やっぱり今に一番近い春馬くんが見たくなりました。


 そして、眠れない夜に、カネ恋を気づいたら全四話見てしまっていて、そして、かねてより購入してはいたけど、なかなか読めずにいた、本来描かれていたはずの2人の物語の続きを見たくなりました。

(多少ネタバレが入ること、ご了承ください。)





 放送された四話、『過去への旅』の回は、やっぱり本当は慶太といくはずだったんですね。そして、きっとその撮影は終わっていたのだと思います。慶太の代わりに、猿彦と純が一緒に旅に出たのですね。

 慶太の「チュッ」の意味も、「猿渡さんなら本能で、あ、かわいいな、でするかもですけどね」と、本来慶太が純に相談する時に話していたことを代弁してくれてたんですね。

   

 春馬くんが亡くなってからカネ恋に関する報道で、5話の途中まで撮影が進んでた、とありましたが、その画像見つけました。


 これ、慶太が出した企画が通って、企画部で打ち合わせている場面だと思います。シナリオブック見てると、四話か五話あたりのエピソード。


 五話のおしまいまでいくと、慶太と玲子がお互いの気持ちを認識し合って、そこで一つの区切りにできたようにも思えるのですが、そうしなかったのはそこまでは撮影が終わったなかったのかな。


 シナリオを全部読んで、春馬くんの慶太はこんなふうに動いて、玲子と一緒に物語を紡いでいったのかな、と3話までの慶太をベースに想像しながら読みました。

 カネ恋、なかなかおもしろい脚本だと思いました。最近漫画がベースのドラマ多いですが、こらはオリジナルだし、春馬くんが5月の比嘉愛未さんとのインスタライブで『ラブコメやりたいね』

(比嘉さんと一緒に、という意味もあったかもしれませんが)と言ってたけど、結構楽しいラブコメだったんじゃないかと思います。

 最初は御曹司なのに服のセンスが「??」とかそういうのもありましたけど、多分回を進めていくうちに変わっていった気もします。


 玲子と慶太の物語はつづく。

 ドラマの第四話(最終回)の最後、爽やかな風が吹いて誰かが家に入ってくる。猿彦が喜んで、玲子が静かに優しく微笑む。慶太が帰ってきて、2人は本来の物語へと戻っていく。私たちはその姿を見ることは叶わないけれど。


 最初は、三浦春馬の無駄遣いじゃないか、とも思いましたが、コンフィデンスマンJPのジェシーのように、春馬くんが演じたからこそ、あんなに魅力的な慶太だったんだと思います。 

 慶太も最後まで見たかったし、いろんな映画やドラマ、ミュージカル、これからも観てみたかった。

 慶太がデザインした、猿のしっぽモチーフの結婚指輪。シナリオブックの最後の方のページにこの写真がありましたが、これだったのかな。



 春馬くんがどうして自らの人生を終わらせてしまったのか。春馬くんは俳優だから、演じるのが上手で、きっと自分の闇を見せなかったのだと思う。誰かに、何かに追い詰められても、抱え込んでしまったのか、悪意を持った誰かに阻まれたのか、外野には知る術はないのだけれど、春馬くんの魂が、せめて今穏やかにいてくれたらと思います。


 そして、私は春馬くんが羨ましいとも思ってます。春馬くんの実行力、私にもあったらいいのに、って。わたしは中途半端だな、何もかも。願っても、できない。勇気がない。

 春馬くんが居なくなった時期と、私が仕事で潰れた時期はほとんど同じ。春馬くんがどんどん遠くなるということは、私も社会からどんどん遠くなっているということ。



 今日、2022年2月22日は、スーパーねこの日なんですね。猫の日、ということは知ってましたが、『スーパー』がつくとは。。

 私、ねこ好きなんですけど、あくまで写真動画で愛でてるのが好きであったり、自分好みのイラスト等のねこグッズが好きなのであって、リアル猫は触れない(動物全般苦手)という、本当のねこ好きさんから言わせれば、『なんじゃそら』と呆れられるレベルです。でも、今回、“ねこグッズ”で、先週の金曜日に素敵なものをもらったので、ちょっとご披露ラブラブ

 先々週から、チビがオンライン授業を受け始めたのですが、図画工作の時間に、立体カードを作ることがありました。その授業で覚えたことを活かして、私と夫にそれぞれメッセージカードを作ってくれてました。私がなんちゃって猫好きなのを知ってるチビは、可愛いネコを描いてくれました。

 とても嬉しかった。大事にします。


 ちなみに、今日のチビ、先日からずっと鼻がグズグズしていて治らないので、耳鼻科で診て貰うことになったのですが、案の定中耳炎になってました…。

だから、回診のたびに毎日言ってるやん、耳鼻科に行って鼻を吸ってもらいたい、とか、奥の方に鼻があって、とか真顔



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 毎日が辛すぎて、心身ともにボロボロで、子どもの付き添いで、しかも自分の子供のせいではなく、大部屋の他の患者(+その家族)のせいで自分の健康(特にメンタルと睡眠)がものすごく蝕まれてます。非常識な奴もいるし。

 睡眠障害の高校生がなぜか小児科で同室にいるんだけど、その人よりわたしの方がよっぽどひどい睡眠障害に陥ってます。なんなら、診てもらいたいくらいです。いえ、わたしもそこそこ強い睡眠薬もらって飲んでるんですけど、夜中に叩き起こされるんですよ。不定期で突然泣き出すほかの子供の泣き声だったり、勢いよくやってくる午前2:00の看護師の巡視だったり(看護師全員ではない。配慮に欠ける奴がいた。)、治療の一環で毎朝5:00に件の高校生を起こしに来る看護師の声と、起きてからガサガサやってる高校生の物音と。もう朝の5:00にやられると寝られないんですよ。しかも高校生、毎朝30分くらいガサガサやってるから。

昼間は赤ん坊の泣き声(嫌がらせかと思うくらいに赤ん坊と結構な頻度、期間同室。酷いと2人も赤ん坊いた)、その前は、自分ちと勘違いしてる親子、しかも子供小学生が、真夜中でも親子で普通の声で話すわ、痛いんだろうけどそれにしたって尋常じゃない声で昼夜問わず長時間泣き叫んで、もう精神もボロボロです。

 胃の痛みも頻度が増えて、食べられないときが出てきた。

 先日は、血清鉄に関して、二ヶ月鉄剤飲んでるのに上がりが悪すぎると、循環器内科から血液内科に送られました。今週結果聞きに行きます。

 5月の定期健康診断から、明らかに貧血がひどくなってます。



 そんな私を神様が労ってくれたのかわかりませんが、最近ささやかにネット系の懸賞が当たってるので、備忘録的に。

​病院での私の昼食になった。



当分行けないが、有効期限内には行きたい



​某コンビニの懸賞で当選(2回)



​飲めないので夫にあげよう



 あと、またいずれ別記事で書こうと思ってますが、リアル友達と、いつも気にかけてくださる春友さんが、わたしに心温まるバレンタインプレゼント贈ってくださいました。

 本当に嬉しかったです。ありがとうございます😭