いずれアヤメかカキツバタ
歴史ある名門ブランドから一本選ぶというのは困難を極めます。特にアンティーク、ヴィンテージ、ヤングタイマー、現行モデルとあらゆる時間軸で錚々たる顔ぶれを持つIWCほど悩ましいブランドもないでしょう。
実際早くも前回心に決めたはずのオメガも結構揺らいでいます笑
でもまあ、現時点で自分が知りうるIWCの中で私が選んだものはコチラです。
Da Vinci Perpetual Calendar Chronograph / IWC
Ref:3750-30
ケース径:39.0mmケース厚:14.3mm
重量:78g
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:プレキシ・ガラス
裏蓋:ステンレス・スティール
ベルト素材:アリゲーター・レザー
バックル:三つ折式Dバックル
防水性:3気圧(30m)
価格:実勢80-100万円前後
一度進めると後戻り出来ないという禁断のパーペチュアル・カレンダー Ref 3750。時間は決して戻らないという絶対的真理を突きつける恐るべき時計です。
ダメだといわれると、進めてくなってしまうのが人の心。禁じられた遊び的な。なんだか頭がおかしくなりそうな時計ですが、そうした葛藤に日々悶えさせられるというのも全ての時間要素を持つパーペチュアル・カレンダーならではです。
1985年に登場し、2003年まで製造された3750は、永久カレンダー、クロノグラフ、ムーンフェイズという複雑機構を搭載しながら200万円程度の定価で投入され世界を驚かせたモデルです。
そのシルエットはセンターにバー型のラグを配するラウンドシェイプが強調されたもので、四つのインダイアルと相まってどこか蠱惑的です。
12時位置にムーンフェイズと30分積算計、3時位置に2階建のデイト表示、6時位置に月表示と12時間積算計、9時位置には曜日表示とスモールセコンドを備えています。
非常に多くの要素を持っているにもかかわらず、ダイアルデザインはシンプルとさえ言えるほどで、その完成度の高さは目を見張ります。
これほどの複雑機構を直径39mmのダイアルに収めているという点も特筆に値します。外装で気になるのは異様に盛り上がったボックス風防くらいです。
素材がプレキシ・ガラスなので傷が付きやすいでしょうし、14mmを超えるとなるとシャツの袖口にも収まりは悪いでしょう。
とはいえ搭載する複雑機構を考えればよく実用的なサイズに抑えていると言えるでしょう。
好事家なら一本は持っておきたいパーペチュアル・カレンダー搭載モデルの中では、かなり魅力的な一本ではないでしょうか。
型番:Cal 79261
ベース:Valjoux 7750
巻上方式:自動巻
直径:30.0mm
厚さ:-
振動:21,600vph
石数:39石
機能:スモセコ3針クロノグラフ、パーペチュアル・カレンダー、ムーンフェイズ
精度:-
PR:44時間
この3750のハイライトのひとつがムーブメントである事に疑いの余地はありません。
Valjoux 7750をベースに永久カレンダー・モジュールを追加するという設計で、世界で最も手の届きやすいパーペチュアル・カレンダー・モデルが生まれました。
IWCの時計師クルト・クラウスは僅か81個のパーツからなる永久カレンダー・モジュールによって500年に渡って調整不要(西暦上二桁のディスクのみ要交換)で時を刻むというムーブメントを生み出したのです。
それまで200個以上のパーツを必要とし、複数のプッシュボタンによる設定を要していた永久カレンダー機構ですが、ダ・ヴィンチのモジュールはそれより遥かに少ないパーツ数で構成され、ベースムーブメントの日付送り機能に連動する形で、リューズ操作のみで全ての時間要素を制御する画期的なものでした。
この設計が、後戻り出来ない永久カレンダーという副産物を生み出したのです。
後戻り出来ないというのは普通に考えれば欠点でしかないのですが、時は前にしか進まないという真理を体現しているのだと主張すれば、それが魅力に思えるから不思議です。
何故私がこの時計を選んだかというと、3大複雑機構といわれるコンプリケーションさえ内製する点がIWCの大きな魅力であり差別化ポイントであると思うからです(これはエボーシュ改ですけどね)。
誰との差別化かっていうと、そりゃロレックスです。
IWCとロレックスって毛色は異なるんですが、価格帯が似ている事もあって、ライバル関係にあると思っています。
ただ剥き出しのライバル関係というよりは、お互い相手にしてないようで、実は意識し合っているというイメージ。
片や完全マニファクチュールで実用時計最高峰の座にあるロレックス、片や廉価モデルではエボーシュも使うがインハウスの3大複雑機構も擁するIWC。
ロレックスはコンプリケーション開発にはさほど熱心ではなく、最も複雑な機構はデイトナの自動巻クロノグラフかヨットマスターⅡの謎のカウントダウン機構だと思います。
裏スケは採用しない、コンプリケーションも作らない、という潔さがロレックスの強さでもあります。
複雑機構と堅牢性はトレードオフの関係にありますから、毎日使ってナンボのロレックスは、複雑で繊細なコンプリケーションには敢えて距離を取っているのでしょう。
一方でそうした複雑かつ繊細な機構に価値を見出す愛好家も当然いる訳でして、彼らは3大複雑機構を開発できるIWCのようなメーカーに心惹かれるのです。
しかもIWCは質実剛健とよく形容される通り、品質管理と精度維持についても厳しい内部検査を行っており、実用性もかなり高いレベルで保証されているといえます。
Minority’s Choice はそれほど複雑機構には興味がありません。一方で堅牢性を重視した重く分厚いブレスレット時計も好みではないです。
時計はアクセサリーだと思っているので、薄くてシンプルで美しい時計が一番だと考えています。しかし他方で色んな種類の時計を集めたいという欲求もあるので、複雑時計も実用時計も欲しいは欲しいです。
などと色々妄想しているうちに、IWCはダ・ヴィンチのパーペチュアル・カレンダーやなという結論に(一旦は)至った次第です。
パペカレ買うなら永年修理を謳っているメーカーでなければなりませんしね。
しかも中古市場の実勢価格は80万円台です。これは永久カレンダー搭載モデルとしては破格ではないでしょうか。
ただしオーバーホールは基本料金で16万円(2019年10月現在)です。5年に一回16万円ってかなり効きますね…やっぱ複雑機構ってお金かかります。
他にもIWCには魅力的な時計が山ほどあります。JLCムーブを載せたマークXII、先日(#97)ご紹介したインヂュニア(Ref 3521)、ブランドの顔であるポルトギーゼ、手巻きの傑作Cal 89搭載のアンティークなどなど、多士済々です。
デカ厚傾向にある最近の自社製キャリバー搭載モデルは正直あまり魅力的を感じませんが、生産終了モデルの層の厚さも凄いので、一本に絞るのは至難の業ですね。
まさに、いずれ菖蒲か杜若。
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さて、今日はもう1ブランドサクッと行きましょう。フォルティス(FORTIS)です。フォルティスといえばモダンなタッチのスポーツウォッチを多くラインナップするブランドです。
以前(#41)もご紹介しましたが、クロノグラフなんかは非常に格好いいですし、ダイバーズも充実したラインナップを誇ります。
ですがMinority’s Choice の好みは、彼らのArt Editionと呼ばれるコレクションです。
Frisson / FORTIS
出典:www.classicdriver.com
Ref:595.11.82.Si29
ケース径:40.0mmケース厚:11.5mm
重量:-
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:ミネラルガラス(フロスト加工)
裏蓋:ステンレス・スティール
ベルト素材:シリコン
バックル:バタフライ式Dバックル
防水性:200m
価格:126,000円(税抜)
デザイナーのロルフ・ザックスとのコラボレーションモデルであるフリッソンです。2012年に発表されたこの遊び心に溢れた作品が私は大好きです。
最大の特徴は風防にあります。フロスト加工という曇りガラス状に加工された風防は、そのままでは視認性が非常に悪いです。
しかし息を吹きかけたり、指でこすったりすると曇りが晴れて、ダイアルが姿を現わすという仕組みです。
これを視認性命のフリーガー・ウォッチでやるというウィットが良いですよね。
そしてダイアルデザインもユニークです。
文字盤は手書き風のアラビアン・インデックスにアイスブルーのペンシルハンズ。デイト窓も手書き風の丸囲みで強調されていてとてもポップです。
仕掛けやデザインが何とも愛嬌のある時計で、面白いですね。
まあ書くことと言えばそれくらいの、ぶっちゃけ出落ち感が強い時計といえばそうなんですが、アイデアのユニークさは出色ですから、ネタとしては面白いと思います。
デザインもポップでお洒落なのでカジュアルスタイルで存分に使えますし、SSケース、シリコンベルトに200m防水ですから堅牢性も高いです。
その辺りがしっかりしているのが流石フォルティスという所ですよね。
白い半透明のベルトが合せにくければここは好みの物に交換しても良いでしょう。
型番:ETA 2824-2
ベース:-
巻上方式:自動巻
直径:25.6mm
厚さ:4.60mm
振動:28,800vph
石数:25石
機能:センター3針デイト
精度:-
PR:42時間
2012年当時のフォルティスが使っているのはETAです。ソリッドバックなのでその姿は見えませんが、ほぼポン載せでしょう。
信頼と実績の2824ですから、特に心配する事はありません。一方で特別感も全くありませんが。
フォルティスの価格レンジ(10-30万円)でムーブメントに多くを求めるのは難しいですから、むしろ無難に2824を使ってくれてありがとうという感じですね。
憂いなく末永く愛用出来る良い機械です。
このアイデアにあふれた楽しい時計が税抜12.6万円でリリースされたというのは素晴らしいです。
芸術の価値って受け手次第な所もあるので、もっと強気でも全然いけたんじゃないかと思うのですが、デザイン料入ってますか?と言わんばかりの良心的価格です。
そりゃ人気を博したはずです。
一見するとファッション・ウォッチなのですが、湿気で視認性を確保するというギミックを機械式時計に持たせるというのは、高い防水性能が前提になります。
なので、数万円のファッション・ウォッチには無理なんですね。しっかりとフォルティスの技術が活かされている時計であるという点がポイントですね。
いい歳してこの時計は…と思われるかも知れませんが、ハズしとしては有りじゃないですか?ちょっと今だと季節感ないですけどね。
でもベルトを黒とかに変えれば、いけるでしょう。
999本とそこそこ流通したはずなのですが、残念ながらかなりの人気モデルなので中古市場に現時点で在庫はなさそうでした。
この後もロルフ・ザックス氏とのコラボモデルはいくつか出ていますが、このフリッソンのアイデアに勝る作品は未だに無いと思います。
高い技術を有する一方、遊び心も忘れないフォルティスは中々面白いブランドです。