玄人さんいらっしゃい

皆様お久しぶりです。今日は知る人ぞ知るNAOYA HIDAのお話。

時計好きならおそらく何処かで目や耳にした事があるのではないでしょうか?しかし一般的には誰も知らないメゾンです。

1930-60年代の時計を彷彿とさせるクラシカルな腕時計を、現代の加工技術と職人技の融合によって仕上げる、正にマニア以外誰も相手にしていないという感じのメーカーです。

基本的にステンレス・スティール(SS)のケースにカスタムした汎用ムーブメントを使うのですが250-300万円位の価格帯。それだけ聞くとぼったくりに思えます。

ですが勿論違います。特に今般のインフレによる世界的な腕時計の小売価格の上昇を鑑みれば、その値付けは正当なものと言えるでしょう。

現に少量生産なのもありますが、彼らの生み出す時計はその価格でも即完売となっています。

NH Type2C-1 “Lettercutter” / NAOYA HIDA

出典:https://naoyahidawatch.com/


Ref:-
ケース径:37mm
ケース厚:10.8mm
重量:-
ケース素材:ステンレス・スティール
風防:サファイア・クリスタル
裏蓋:ステンレス・スティール
ベルト素材:カーフ・レザー
バックル:ピンバックル
防水性:5気圧防水
価格:$19,200(約280万円)

NAOYA HIDAは小規模メゾンながら意欲的に制作が行われていて、結構色々な種類の時計があります。ただどれも限定生産なのでレギュラーモデルみたいなものは現状ないと思います。

そんな中で私が最も好きなのがこのThe Armouryとのコラボレーションモデル。アーモリーは香港で生まれた紳士向けアパレルブランドですが、創業者の一人であるマーク・チョー氏は有名な時計コレクターでもあり、その界隈では屈指のファッショニスタとしても知られる存在です。

私は以前とある腕時計関係のイベントで彼にお会いした事がありますが、物腰が柔らかで非常にスマートな印象の紳士でした。勿論死ぬほどお洒落です。

さて時計自体の構成はセンター3針のオーソドックスなものですがNAOYA HIDAの真骨頂はマニアを唸らせるディテールにあります。

例えば。これはパテックやランゲといった最高峰のブランドと比較しても明確にそれらを上回るクオリティです。

パテックなんかは顕著ですが、最近各ブランドにおいて消耗品である針のクオリティは往時に比べて明らかに低くなっている現状がありますが、そこに対する好事家の不満を見事に解消しています。

これほどハカマを立体的に造形し、針自体の仕上げも抜群な時計はそうはありません。その上で文字盤に段差を作ることで時針も分針も文字盤とのクリアランスを限界まで詰めています。

その上で高さの出る秒針はしっかりと針先を曲げて、インデックスに届かせている。こうした配慮は大量生産前提の大手メーカーではなし得ず、マイクロメゾンだからこそ実現出来るディテールでしょう。


出典:https://naoyahidawatch.com/


文字盤には洋銀を使用し、ロゴやミニッツトラックはCNCによる刻印を施しています。一方でアラビック・インデックスは手彫りで、そこに紺色のカシュー(合成漆)による墨入れを行うという手の込んだ仕上げで、これで一気に文字盤にハンドクラフト感が現れるのです。


最新技術と職人技を組み合わせるというのは、最近の高級腕時計でよく見られる手法ですが、手彫りのインデックスというのは非常に珍しいですね。


余談ですが、彼らの後を追うようにしてロンジンが彫りのあるインデックス(こちらはCNC)を使った素晴らしい時計をローンチしています。


とはいえ手彫りの質感とカシューの味わいは傑出したディテールであると思います。


また文字盤の加工において“彫る”という手法で統一している点も、文字盤全体に清廉な雰囲気を持たせていますね。


出典:https://naoyahidawatch.com/


またケースの仕上げも抜かりはありません。裏蓋はクローズドのスクリューバックですが、同心円状のクラシカルなヘアライン仕上げが施されています。


またリューズはしっかりとした大きさがあります。手巻きなのでこれは重要なポイント。頭に何らか装飾があっても良いような気がしますが、まあそれは些末な事。


ミドルケースもエッジの立った造形で、高級感があります。基本的に外装はサテン仕上げですが、ベゼルをポリッシュする事で正面から見た時に煌びやかな印象を添えられています。


またスクリューバックで5気圧防水を確保している点も地味ですがオーナーには嬉しいポイント。SSケースと相俟って、勿体つけずに日常使いしたいパッケージに仕立てられています。


出典:https://naoyahidawatch.com/


型番:3020CS

ベース:Valjoux 7750
巻上方式:手巻き
直径:30.0mm
厚さ:5.00mm
振動:28,800vph
石数:22石
機能:センター3針
精度:-
PR:45時間

ムーブメントはバルジュー(ETA)7750ベースの手巻き。言わずと知れた自動巻クロノグラフの大定番である7750をベースに自動巻とクロノグラフ機構を取っ払い、センター3針の手巻きに仕立てた機械です。

この直径30mmというサイズがメーカーが求めたものであり、元々はφ37mmのケースに最もマッチするスモールセコンドを与えたいという動機から選択されたと聞いています。

本モデルではこれをインダイレクト式のセンターセコンドに改修しています。

サーキュラー・コート・ド・ジュネーヴ仕上げを施して入るものの、歯車は見えない素っ気ないルックスですが、クローズドバックなのでそこは割り切っているのでしょう。

厚みも5.0mmと薄型とは程遠いですが、その分作りは頑健です。トータルで見ても意外に実用性の高い時計と言えるでしょう。



しかしそれで終わらないのがNAOYA HIDA。実はこのムーブメントは専用設計のコハゼとコハゼバネが与えられ、とても気持ちのよい巻き味を実現しています。


私も触った事があるのですが、しっかりと反発力のあるカリカリとした巻き味は現行量産機ではまず味わう事ができない代物です。


シースルーバッグから覗く機械に目に見えて豪華な装飾を施す事が高級腕時計のお約束となっている時代に、クローズドバックで巻き味を追求するなんて変態的としか言いようがありません。


商業的な王道を外しつつ、それでも尚好事家の心に突き刺さるプロダクトを企画する手腕には脱帽です。


確かに非常に高価な時計ですが、それでもその価値があると信じる顧客がいる事は全く不思議とは思いません。


<NH Type 1D>

出典:https://naoyahidawatch.com/


残念ながらこのアーモリーは既に完売です。というかNAOYA HIDAは少量生産のため購入のハードルが非常に高いのが厄介なところなのです。


新作のローンチはSNSなどで告知されますが、まずは既存顧客が優先されます。その後新規顧客向けに注文を受け付けられるようですが、実際に買えるのが先着順なのか抽選なのかとかは私はよく知りません。


まあそもそも経済的に買えないので私はそこはどうでも良いのです笑


じゃあなんでこの時計を取り上げたのかというと、彼らの作る時計は、現在の量産高級腕時計に対する強烈なアンチテーゼとして非常に面白いと思うからです。


ご存知の通りコロナ禍以降、いわゆる雲上時計と言われるようなハイブランドの腕時計は空前のブームとなり、折からのインフレも手伝ってとんでもない値上がりを見せています。


しかしその一方で製品としてのクオリティは大して上がっていませんし、上でも触れたように、針の質感や、手仕上げの揺らぎのように失われたディテールもあります。


そこに焦点を当てた時計作りをやっているのがNAOYA HIDAだと思うのです。


彼らの拘るポイントはマス層に訴えかけるものではまるでなく、時計好きの中でも特にヴィンテージやドレス・ウォッチを愛するような層のみにむけた作品といえます。


きっとこの時計をしていても世間一般には全くドヤれる事はないでしょう。しかし見る人が見ればオーナーの腕時計への造詣の深さは立ち所に明らかになります。


センスのいい時計とはまさにこういう物を指すのだと思う訳です。