水曜日の仕事帰りに戸倉上山田温泉郷の「瑞祥上山田本館」に行った。
会津の山口温泉で経験した水風呂の爽やかさが忘れられず、どうしても水風呂のある温泉に行きたかった。
以前からこの温泉に来たことはあったが、水風呂に入ったことは一度もなかった。


瑞祥上山田本館

水風呂は、一人用の小さな風呂だった。
思ったより冷たくなくて少しがっかりしたけれど、その分長く入っていた。
温泉に入ったまま星を見上げていると、何もかも忘れて、自分が幸せなような錯覚をする。
視力がよくなって、今まで怖かった風呂の滑る床も平気で歩けるようになったことも嬉しい。


木曜日に、DVDでマット・ディロン主演の「酔いどれ詩人になるまえに」という映画を観た。

酔いどれ詩人になるまえに


オープニングで、製氷会社で働いているマット・ディロンを見たとき、僕は彼がマットだと分からなかった。
彼が車に乗り、冷蔵庫のコンセントを車につなげたまま発進したり、氷の配達中にバーでお酒を飲み出したりするシーンを見て、ようやく彼がマットなんだと認識した。
随分と年をとったなあ、と思った。
この映画でマットは大人になっても社会に順応できない、アル中で売れない作家希望の男の役を演じている。
仕事は次々とクビになる。
気の毒に思いながらも、自分自身も彼の役柄と同様に、日本人の人生観のなかでは非主流派になってしまったことを諦めとともに認める。
決していい映画でもないし、人にも薦めないけれど、社会のクズといわれる人のなかには、尊敬すべき人間も混ざっていることを教えてくれる映画ではある。


金曜日は埼玉で会議があって出張した。
3年前の同じ会議では、向こう側の担当者と険悪なムードになって、会議中に怒鳴られたりしたものだったが、今年の担当は穏やかな話の分かる人だったので、終始、なごやかなムードだった。
宿題は思いがけず多かったが、その場で担当にも指示を出して、この程度なら2日ほどですぐに処理ができるだろうな、と思った。


4時には会議も終了し、帰りに大宮駅で立川談春の「赤めだか」(扶桑社)を買って、新幹線に乗った。
家に着くまでには、ほとんど読み終わっていた。


赤めだか


若者が、立川談志の弟子となり、そこで修行をして前座から二ツ目、真打ちへと昇進していく姿をエッセイの形で描いたものだ。


こういう本を読むたびに、俺は悔しさがこみ上げてくる。
俺にもこういった選択肢は間違いなくあったはずなのだ。
つまらない人生を選択してしまった後悔と喪失感にいたたまれない気持ちになる。


この本では、くだらない協会として取り上げられているが、かつて落語協会の新作落語の台本コンテストで入選したこともあるし(5万もくれた)、小学校にテレビ放送の設備があって、小学校2年の時には全校生徒に向けて落語の独演をしたことだってある。


こういう道だってあったんだよな、と思うと本当に悔しくて本当に泣けてくる。
落語風にいうと「悔しくって地団駄踏んでたら畳が抜けちまって、足がはまって抜け出せない。涙で目も見えないもんだから、近くに転がっていたタオルをつかんで涙を拭いていたら、タオルがこすれて顔から血まででてきやがる。こりゃおかしいな、なんて思って涙を拭き終わってよくよくタオルを見てみたら、家に住みついてる野良猫のタマだった。道理でみゃーみゃーうるせえタオルだと思ったよ」って感じだ。


司法試験をやっている頃の自分に「おまえ、どうせ受からないから落語家でも目指したらどうだ」って、できることなら言ってやりたい。


ちなみに「赤めだか」というのは談志の庭の水がめで飼っている金魚で、いつまで経っても大きくならないことから、皆が「あれは金魚じゃない、赤めだかだ」と言ったことから名付けられている。
その大きくならない赤めだかを談志はかわいがっていた。


この本全体を象徴する意味深い話で、この「赤めだか」をタイトルにするあたり談春のセンスのよさを感じる。


週末は実家に帰った。
お彼岸ということもあり、墓参りなんかもしたが、基本的にはゴロゴロと寝てばかりいた。少しはTOEICの勉強でもしてくれるかと期待をしたのだが、思った分の半分しかしなかった。
試験は来週なのに、俺ときたら落ち着いたものだ。
受かる受からないという試験ではなく、自分の英語の実力が今どのくらいなのか、という健康診断のような試験なので自分のなかでも今ひとつ盛り上がらない。


日曜日の夜に長野に戻ってきたが、帰る途中に稲荷山温泉の杏泉閣というところに行って1時間ほども温泉に入ってきた。


稲荷山温泉

家に帰ると、荷物を放り出し、グラスにウイスキーをたっぷりと注ぎ、そこに実家から手に入れてきたトマトジュースを入れ、レモン果汁を垂らす。
マイルドだけど、喉が灼ける。


そんなカクテルもどきを飲みながら、いろいろと考える。
実家に帰ると母や姉が「早く結婚しろ」とうるさい。
結婚が試験だったら、俺だって頑張るけれど、何を頑張ればいいのかさっぱり。

俺は、今までろくでなしだったんだから、これからだってろくでなしさ、と思ったら、少し気分が楽になった。

月曜日と火曜日に飲み会があった。
月曜日は係の飲み会で、火曜日は歓迎会だった。
どちらの飲み会も男ばかりの飲み会で、他に話題もないので、どうしても仕事がらみの話になってしまう。
酔って激論を戦わせている人たちもいる。
不毛な争いに巻き込まれたくないので、ビールを持って難民のように逃げ回る。
気づくとそんな人が何人もいて、机を何周もしながら、座ったら負けのイス取りゲームをしているようだ。
そんな風にして週の始めの2日間を過ごしたら、随分と胃腸が弱ったらしい。


火曜日に帰ってきた後、ちょっとお腹がすいていたのに何も食べるものがない。
唯一あった食料がタマネギだったので、2つのタマネギをそれぞれ4つ切りにしてお湯で煮て、醤油をかけて食べた。
決してうまくもなかったけれど、お腹がいっぱいになったので満足して寝たら、2時間ほどして激痛で目が覚めた。
タマネギが弱った胃腸によくないなんて、僕は知らなかった。
「知らないということは、悪いことなんだ。」
小学生の頃に読んだ「黒馬物語」の一節が急に思い出されて、脂汗を流しながら、僕は布団の上で悶絶していた。


黒馬物語

水曜日にはジョン・ベルーシのSNLをDVDで観た。
トム・ハンクスのSNLよりも僕はこっちの方が面白かった。


SNLジョンベルーシ

真面目だった僕が、多くの不真面目な友達と付き合うようになったのも、ジョン・ベルーシが活躍した「アニマルハウス」の映画について、小学校の頃に読んだのが遠い原因になっているようにも感じる。

オープニングでは、1匹のダルメシアンが車から必死で逃げている絵が映っている。
そこに声がかぶる。
「101匹わんちゃん、101台の車にひかれるは、放送延期。ただいまからNBCの特別番組を放映します。」
ほかの内容もお笑いとダンスとロックがたっぷり。すごく気に入った。


金曜日はスナックの女の子の誕生日で、僕は友達とお祝いに行った。
9時30分スタートだった。
行きの電車のなかで、課長と会ったので挨拶をした。
「今まで、どこで飲んでいたんだ。」
「いいえ。どこでも飲んでいません。僕は、これから飲みに行くんです。」
「そうか。どんな飲み方をしているのか、今度教えてくれ。」
「あ。はい。えーと。」
未だに、偉い人と何を話したらいいのか、僕にはよくわからない。
誕生日会はケーキも出て、僕は久し振りにケーキを食べたような気がした。
12時30分頃に、僕と友達はタクシーに乗って家に帰った。


翌日は朝5時50分頃に起きて、旅行に行く準備をして、6時40分に家を出た。
福島県に住んでいる「Tどん」と「O」と会津を旅行することにしていたのだ。
火曜日に酔っぱらってTどんに電話し、「会津に行くからよろしく」と言っただけなのだが、旅館や日程などすべて彼が手配をしてくれた。


待ち合わせは、会津若松IC近くの会津アピオという所に11時だった。
時間的に余裕を持って出たのだが、北陸自動車道を走っていると、新潟県中越地震災害復旧のための片側一車線通行区間がかなりあって、何度も渋滞気味になったので、着いたのは10時30分頃だった。


11時近くにTどんと会った。
Oは事故渋滞に遭ったらしく、バスが遅れたらしい。
鶴ヶ城で会うことにして、僕たちも鶴ヶ城に向かった。


県立博物館の駐車場に車を駐め、Tどんの見事な案内で鶴ヶ城とは真逆の方向に歩き始め、会津総合運動場のまわりを一周する。
アスファルトの路面上に、ドライバーによく見えるように速度表示や歩行者注意といった黄色や白の大きな文字塗装をされていることがあるが、会津総合運動場のまわりのアスファルトの上には、黄色の文字で「思いやり」と大きく書かれていたのが印象的だった。


鶴ヶ城は天守閣まで登れるようだったが、有料ということもあって結局登らなかった。
城の周りを一周したところで、Oと会った。
「登らなかった?正解だよ」と彼は言った。


鶴ヶ城

鶴ヶ城から県立博物館の駐車場に行く道は絶対こっち、俺たちこの道を歩いてきたと、まったく違う道を指し示すTどんを叱りつけながら、駐車場まで戻った。


「会津ソースかつ丼」で有名な十文字屋で、昼食をとった。
僕は大きなすり鉢に入った十文字ラーメンを食べたが、他の2人はソースカツ丼を食べ、完食した。


ソースカツ丼

それから白虎隊が自害した飯盛山に行った。
無料と書いてある駐車場に車を駐めると、そこは土産物屋が経営しているらしく、帰りにその土産物屋で買い物をして帰るように、などと言う。


飯盛山の長い石段を上がると、白虎隊の志士の墓が並んでいる。
線香を買って手向け、手を合わせた。
墓前でガイドの人が白虎隊の悲劇を語っているので、僕たちも聞く。
簡単に言うとこんな話しだ。


白虎隊が激しい攻撃に撤退して城まで帰ろうと、飯盛山まで戻ってきたら、城が燃えていた。
でも、本当は城は燃えてなくて、城に攻め入る時期を遅らせようと、城下にいる人たちが自分たちで火をつけていたのだ。
そうとは知らない白虎隊は、城が燃えてしまったと勘違いをして自害をした。


「本当は城は燃えてないって、死ぬ間際に知ったら、たまんないよな。」などとOと話す。


白虎隊記念館に入場料を払って入り、白虎隊のアニメも観た。
ほとんど静止画像で電子紙芝居って感じだったけれど。


帰りに土産物屋の前で会津藩の「什(じゅう)の教え」って、教えが10あるって意味なのか?7つしかないだろ?ってOと話していたら、土産物屋の親父が出てきて「この教えをいくつの子供が守っていたのだと思う?」と説教口調で話し始めた。
俺は説教口調の親父ほど嫌いなものはないので、「6歳から9歳だって白虎隊記念館に書いてあったよ」ととりあえずやり過ごそうとした。
親父はそれからもしつこく話しかけてきて「うちの駐車場に駐めたんだから、うちで土産物を買え。割引するから。」などという。
「そこに座って。お茶も入れるから。」などとカップのお茶を出してきて、有無を言わせない物言いをする。
なぜ、言うことを聞かないといけないのか理由がわからないし、そこの土産物に僕はまったく意味を感じなかったので「もう行こうぜ」と他の2人と店を出た。
「確か、什の教えには「ひきょうなことをするな」ってのもあったよな。」
飯盛山からの旅館までの道を運転しながら、俺は怒りがなかなか収まらなかった。
ちなみに、什というのは、10人一組の班体制のことをいうらしい。
俺はただそれが知りたかっただけだったんだ。


その日に泊まったのは「湯野上温泉 清水屋」。

http://www4.ocn.ne.jp/~shimizuy/


旅館の人は親切な人ばかりで、ご飯がおいしかった。
何度もお代わりをして、最後にはおかずがなくなってしまったので、「ゆかり」まで出してもらってご飯を食べた。
俺たちは、部屋ではずっと「桃太郎電鉄USA」をやっていて、深夜になって俺が勝った。
俺がほんの少しプラスだっただけで、他の2人は所持金がマイナス。
レベルが低い争いだったが、そんなこともある。
Tどんの悔しがり方は、ちょっとびっくりするくらいだった。


桃鉄USA

翌朝、「塔のへつり」という観光地に寄った。


塔のへつり

多くの人がいたが、俺の胸を打つようなものは何も見られなかったし、何もなかった。
観光用のマイクロバスが何台も来ているのを少し不思議な気持ちで見た。


それから山口温泉きらら289まで車を飛ばした。
とても気持ちがいい温泉で、熱い風呂に入ったり水風呂に入ったりを何度も繰り返して2時間近くも入浴していた。
水風呂がこんなに気持ちがいいものだとは知らなかった。
その後に、熱い風呂に入り直すと、体は熱くなっても、どこか爽やかな涼しい感じがする。
この地域ではトマトが有名らしく、風呂上がりにトマトソフトも食べた。


会津で有名な「ネギそば」という、ネギ一本を箸代わりに使い、さらにかじって薬味としても食べるというそばを食べに大内宿に行った。
事故があったせいなのか、理由は定かではないが大内宿まで大渋滞にはまり、たどり着くまでに3時間近くかかった。


大内宿

ネギそば

大内宿自体は、山間にある宿場町で、江戸時代の宿場の面影を今もそのままに残している、ということになっているらしいが、現実に見るとそうかあ?って感じの所だ。
念願のネギそばを食べたが、それほどうまいものでもなかった。
でもお店の人がとても親切だったので、全然不満はない。


大内宿を出て、会津若松駅まで行き、1泊2日の予定だったOとはそこで別れた。
それから、Tどんと猪苗代湖畔にある「国民宿舎 翁島荘」に行った。


夕食を食べてから、また2人で「桃太郎電鉄USA」を始めて、途中で温泉に行った以外には、この日も深夜までずっとゲームをしていた。
何度もピンチがあったけれど、最終的には僕がまた勝った。
Tどんはこの日もとても悔しがり、俺が寝た後もずっと1人でコンピュータ相手に戦っていた。
朝7時頃に起きたら、Tどんがやたらと「眠い」というので聞いたら「朝5時までゲームをしていた」のだという。
僕は2度ほど寝言のように「もうやめろよ」って言ったらしいんだけど、結局、起きていたらしい。


月曜日の朝は、朝食を食べた後、Tどんを福島市まで送った。
近道だという国道を走っていったのだが、山間部を走り抜けるので、途中、道全体が濃い霧に覆われたりした。
それで、帰りは近道ルートは一切走らず、高速道路だけを使って長野まで戻ってきた。


長野に着いたら少し疲れていたので、スーパー銭湯に行った。
会津の山口温泉でしたように何度も水風呂と熱い風呂を往復したけれど、泉質の違いなのか、もう体が慣れてしまったのか、あのときのような爽やかさがほとんどなくて、それが少し残念だった。


旅行は久し振りに、TどんやOと会って、おいしいご飯を食べて、ビールを飲んで、いろんな話しをしたりゲームをしたりしたのは楽しかった。
突然の話しだったけれど、うまくまとめてくれたTどんと、来てくれたO、ありがとう。


そんなわけで旅行は楽しかったが、家に帰って体重を測ったら、自分史上最高デブ記録を更新してしまっていた。
ダイエットに励むこととしたい。
明日から。


**おまけ**


酔ったときに聞いたOの印象深かった話
「いわき市にある小名浜第二中学校の応援って知ってるか?」
「知るわけないだろ。」
「イケイケ、オナニーとかオナニー、ファイトって言うんだよ。有名だぞ。」
「…なるほどなあ。」

僕の隣の課に、いつも自分の妻のグチをこぼしている男がいる。
彼の妻は厳しく、怖く、妻の実家の隣に家を新築させられたものだから、借金だけは背負わされ、家庭に楽しいことは何もないのだという。
廊下で会ったときに「福田首相って簡単にやめられていいですよね」などと言う。
「君も仕事やめたいの?あ、やめたいのは家庭か。」
ははは、という笑い声を残して、彼は去っていった。
彼が去った後もその笑い声だけはいつまでも残っているような感じがした。


芦屋小雁の「新・裸の大将放浪記」を木曜日の仕事帰りに観た。

新・裸の大将

隣の席に座ったおじさんは、ちょっとした小ネタにも大笑い。
こんな程度の話でもこんなに笑ってもらえるのか、と何か発見したような気になった。
会場全体も笑いに満ちていたが、僕自身は笑うようなことはなかった。
江戸時代の古典落語のネタも上手に織り込んであり、それがウケているのを見て、笑いには普遍的なものもあるんだなあ、と思ったりした。


小雁さんの演技はすばらしくよかった。
いい俳優というのは自分の感情を思い通りにコントロールできるんだ、と思った。
笑うべきところは笑ったように見せる演技を、怒るべきところは怒ったように見せる演技をするのは当然のことだが、いい俳優は自分の感情をも笑わせ、怒れるように見える。
本来の自分を捨てきり、感情を役に載せる。
自分を捨てきれるかどうか、感情の載せ方、感情の切り替えがうまいかどうか。それが、いい俳優かそうでないかの一つの基準になるように感じた。


見終わってから、友達とビールを飲んでラーメンを食べて、帰ってきた。


金曜日は休みを取り、一日中ダラダラ過ごしていたが、夕方になって「採石業務管理者試験」の願書に貼る写真を撮りに行った。
願書に貼る写真のサイズは「縦8センチ×横6センチ」。
できあがった写真を見て、あまりの顔のでかさにちょっと吐き気がするくらいの大きさだ。


「なんだか年をとったなあ。」写真を見て思う。
いろいろ考えていたら、気分が暗くなってきた。
そのまま家には帰らずに、ドライブをすることにした。
アクセルを踏み込むと、気持ちよくスピードが伸びていく。
視力がよくなってから、この車の性能を楽しめるようになった。
30分くらい、でたらめに走っていた。
知らない道を走っているときに道路脇に「佐野川温泉竹林の湯」という温泉の看板を見つけたので、寄ることにする。

佐野川温泉

入り口にあるパンフを見ると昨年の12月にオープンしたばかりのきれいな建物だ。
露天風呂はないものの、入浴料は250円と安い。
1時間くらいゆっくり入っていたら、気分も少し軽くなった。


家に帰ってトム・ハンクスのサタディーナイトライブ(以下SNLと略す)をDVDで観た。

SNLトムハンクス

このSNLでは短いドラマをスケッチと呼んでいる。
カルガリーオリンピックのスケッチとエアロスミスのスケッチ、それから、結婚記念日に夫婦で食事をするスケッチが気に入った。特典映像もなかなか…。


なかでも結婚記念日のスケッチはかなりできがいい。


8年越しの結婚記念日に、夫婦がレストランで食事をする。
「私たちは、理想の夫婦ね。8年経っても愛が変わらず、おまけに親友だなんて。」
そういう妻に、夫は「僕たちは理解し合っているから、どんなことを聞いても驚かないよね。実は僕はときどき、君が死んじゃわないかなって考えるんだ」と話し出す。
「君が死んだら、スウェーデンの18か19歳くらいのメイドを雇って、一緒に暮らすんだ。昇進もして、ある日僕らは結ばれる。会社のコネで、彼女はモデルとしてデビュー。僕にもモデルの友達ができる…。」


脚本もいいが演技もうまい。唖然とする妻役の俳優も上手だ。
「君だって、セックスの最中に別の男のこと考えるだろ?」
「私はそんなことしないわ。誰のこと考えるの?」
「ディアドラ」
「私の妹?」
「だって似てるし…」
トム・ハンクスも小雁さんと同様に感情の載せ方がうまい。
そして感情の切り替えが、現実に生きている人よりも鮮やかで素早い。


土曜日には、若杉公徳の漫画「デトロイト・メタル・シティ」を3巻まで読んだ。

デトロイトメタルシティ1

デトロイトメタルシティ2

デトロイトメタルシティ3

オシャレなポップバンドを組みたいと思っていた主人公が、悪魔系デスメタルバンドを組むことになる。そしてそのバンドはコアなファンと共に成長をし、主人公の意志に関わらず、自らもカリスマ的存在になっていくという物語だ。
バカバカしい漫画ではあるが、やたらと神話や伝説を作りたがるロックファンの一面を描き出していているし、反社会的なパフォーマンスをする人の多くは、社会に従順な人だということもよくわかる(当たり前だけど)。
人には勧められないし、これ以上読むことはないけれど、こういうバンドの存在を社会の一部では求めている、という事実はあるんだろうなあって読みながら思った。


夜は友達とイタリアンレストランのカンパネッラで食事をした。
コース料理を食べ、カラスミのパスタとイベリコ豚のグリルがおいしかった。


日曜日には、「冬の運動会」というテレビドラマをDVDで観た。

冬の運動会

思っていたより、ずっといいドラマで、観てよかったと思った。
どの役者も演技が素晴らしくよく、向田邦子の脚本も男というものを実に上手に描いている。


男は、隠れ家を造りたがり、危険な女に惹かれてしまう。
自分が何をしたいのか、本当はわかっていない。
ただ、妻や子を飢えさせないように、働くことが使命だと思い、必死に働く。
樋口可南子が演じる理想的な母であり妻が、そんな男たちがそっとしまっておいた秘密を次々に暴いてしまう。
良妻賢母というのが、いかに男の息を詰まらす存在なのかも学べる。
登場人物一人一人をしっかりと描いている作品で、多くの人に勧めたい。


ただ主題歌を歌っているのが俺の嫌いな槇原敬之で、そこだけは大いに不満だけど、多くの人には関係ないことだろうからなあ。

月曜日に飲みに行き、火曜日に体重計に乗ったら、自分史上最高のデブになっていた。
8月の強い日差しで道路に落ちる自分のシルエットが横に大きくなったように感じる。


それで、飲みにいくのはひかえようと思ったんだけど、金曜日の10時過ぎに友達が迎えに来てくれて飲みに行き、飲みすぎた。
翌日は昼過ぎになっても気分が悪く、吐き気をこらえながら、スーパーに行き、大量にキャベツを買って帰ってきた。


二日酔いには、なんとなくキャベツがいいような気がしている。


【二日酔いでも簡単にできる男のキャベツ料理の作り方】
1 キャベツを4分の1の大きさに切る。スーパーでは4分の1の大きさのキャベツを売っていて、計算してみたら8円しか違わないので、それを買ってくるのが賢い男というものだ。
2 芯の部分を切り落として捨てる。この芯の部分も何かの料理に使えるかもしれないが、普通の男はめんどくさいのでそんなことはしない。
3 なべに1センチほどの水を入れ、ベーコンを入れる。切るのもめんどくさいのでキャベツも丸ごと入れて、ガスに火を入れる。根拠はないけど、中火で煮るといい。
4 水が沸騰したら、キャベツの上からウイスキーをかける(適当な量)。毎回、白ワインの方がおいしいと思うのだが、俺の家にはそんなこじゃれたものはない。
5 鍋にふたをする。それからネット麻雀を立ち上げて、高速卓で東風戦を戦う。
6 勝っても負けても終わるころには、キャベツは煮立ってぐったりしているはずだ。
7 皿に盛り付け、ポン酢など適当な調味料をかけて出来上がり。


食べると二日酔いはだいぶよくなっている。


平日の暇なときに5日ほどかけて「夕凪の街 桜の国」という映画をDVDで観た。

夕凪の街 桜の国
原作はこうの史代の漫画。
この漫画自体は、作戦なのか作者の個性なのか、全体として隙だらけで、その分、読者が思いを込められるつくりになっている。


夕凪の街 桜の国
一人の美しい女性が、長生きをしたかったのに、できなかった。
なぜ、死ななくてはならなかったのか。
そういう問いかけが、この原作にはあった。
問いかけの先に、原爆の悲惨さが浮き彫りになってくる作品だった。


ところが、映画では、答えが先にある。
原爆は悲惨です。こんなにみんな、ひどい目にあったんですよ。
これでは原作のよさが台無しだ。


原爆の悲惨さの描き方も子供だましだ。
被災者の描いた絵を映し「痛いよ」「熱いよ」という声を当てている。
もっとリアリティのある、悲惨な映像をなぜ使わないのか。


誰かに、おまえなんか死ねばいい、と思われて、原爆を落とされた。
みんな死んだのに、自分一人だけが幸せになっていいのだろうか?
何日も被爆地を歩いているうちに、死体にも慣れて、死体をまたいで歩き、腐りの少ない死体から下駄を盗むような人間になってしまった。
もしかしたら、自分が本当に死んだほうがいいような人間になってしまったんじゃないか。そんな主人公の思いを追体験できるほどの強烈な映像が欲しかった。
恋人に「生きとってくれてありがとう」と言われてどれだけほっとしたのか、その前提の部分を映像にして欲しかった。


堺正章と田中麗奈の演技も平板で深みがなく適当にやっているという感じだ。
麻生久美子の演技だけが優れている。
原作がよかっただけに平凡でつまらない作品になってしまい残念だ。


土曜日は、二日酔いが収まってきてから森絵都の「ラン」(理論社)を読み始めた。


ラン
「ロング・グッドバイ」をフルボリュームのフレンチだとすれば、アイデアだけが先走った菓子パンみたいな軽い小説で、本そのものは字が大きいせいで無駄に厚いけれど、中身は薄い。
つまらなくて106ページほどで読むのをやめてしまった。よっぽど読むものがないとき以外には、もう読まないだろう。


こんな本を読むくらいなら「詳解 採石業務管理者試験問題集 20年版」(技術書院)でも解いていた方がまだいい。面白くはないが、中身は濃い。


採石業問題集
先日、この問題集を解いていて、びっくりした問題があった。
何か重いものを2本のヒモでぶらさげるときに、そのヒモの角度を左右60度ずつに開いてぶら下げると、1本のヒモでまっすぐにぶら下げたのと同じだけの力が、それぞれのヒモにかかる、というのだ。
2本のヒモでぶら下げているのに、ヒモにかかる力は1本でぶら下げたのと同じ、っていうのがにわかには信じられなかったんだけど、理系の人に聞いたら「ヒモを広げてぶら下げると横に引っ張る力も合成されるからそうなります」って言う。
説明してもらってだいぶ理解できたけど、未だに少し違和感がある。


日曜日には、朝から「コウノトリの歌」というベトナム・シンガポール合作の映画をDVDで観た。

コウノトリの歌2

コウノトリの歌1

今まで、ベトナム戦争について、アメリカ側の映画しか観たことがなかったが、実際にはアメリカ側が5万人の死者を出したのに対して、ベトナム側は500万人も死者を出している。
アメリカで傷ついたのは兵士だけだが、ベトナムでは民間人も多く死傷した。


アメリカの訓練は、「愛と青春の旅立ち」「GIジェーン」「フルメタル・ジャケット」「タイガーランド」などでも取り上げられているように、兵士を殺人機械にするほどの厳しい訓練を課す。
それに対してベトナム兵側の訓練は、人道的でどこか優しさを感じる。


愛と青春の旅立ち

GIジェーン

フルメタルジャケット

タイガーランド
戦場でも、女性ボランティアが道案内をするなど、多くの女性の姿を見る。
夜間の行軍の際、ボランティアの若い女性が、兵士に「髪をといてくれ」と頼む。
兵士は、今は戦争中だといらだつ。
次に女性は、水筒に水を汲んで欲しいという。
兵士がのんきな物言いにいらつきながら、水を汲み、女性に渡す。
そして気づくのだ。女性の両手の肘から先がないことに。


今ではマッサージ屋の親父が、昔は諜報部にいて、特殊な任務を遂行していたなど驚くシーンもあるが、それが戦争というものなのだろう。
悲惨な戦争を題材にしているが、全体としてはベトナム人の優しさが胸に沁みる映画で、女性のアオザイ姿も美しく、俺、ベトナムに行ってみようかな、なんて思った。


昼からはゴルフの打ちっ放しに行った。
以前より球が見えるはずなので、驚くほどうまくなっているんじゃないかと思ったけれど、ここのところ練習していなかったので、現実には以前よりヘタになっていて、100球打ったところで嫌になって帰ってきてしまった。


もう明日から9月。
8月は恋の季節だったらしいけれど、ゴルフから帰ってベッドに寝ころびながら、「ああ、そうだったっけ。俺には関係なかったなあ」って思った。

水曜日に英会話があって、予習も完璧にして、行く時間も十分にあったのに、サボってしまった。
何が原因かはよくわからないけれど、なんだか行く気がなくなってしまった。
もう何もしたくないって気分になることだってあるだろう?
どこかでお酒でも飲んで帰ろうかと思ったけれど、それも面倒になって、結局飲みにも行かなかった。
「きっと俺は鬱病になったんだ」って思って翌日、そう職場で言ってみたけれど、あまり相手にしてもらえなかった。


オリンピックで、女子のソフトボールが金メダルを取った。
2日間で28イニングも投げ抜いたピッチャーの上野には頭が下がるが、それを許した監督もすごい。
女の監督だからできたことなのかもしれない。
上野の好きな言葉は「すべては信じることから始まる」なのだそうだ。
自然科学好きの僕は、すべてを疑うことから始めていたのだが、上野の言葉にはっとさせられた。
小学校6年のとき、本当のことをいくら言っても大人に信じてもらえなかったときに、僕は「信じる」という言葉を捨ててしまった。
でも、上野の投球を見ていて、それは間違いだと思った。
「すべては信じることから始まる」
いい言葉だと思う。
少しずつでいいから、信じられるような人になりたいものだ。


金曜日は10名ほどが集まった飲み会があった。
何の話しをしているときか忘れたけれど、隣にいた女性から「石って水を吸うんですか?」と聞かれた。
セメントの材料として、吸水率の高い石は向いていないことを採石業の試験勉強をしている際に学んでいたので、石が水を吸うことについては自信があった。
雨上がりに、水を吸って変色した墓石も何度も見たことがある。
「うん。吸うよ。」
彼女は小学生の頃、夏休みの宿題の自由研究で「石が水を吸う実験」をしたのだという。
学校の先生から「石が水を吸うわけないだろ」と冷たく言われ、随分と傷ついたらしい。
石が水を吸うことを教えてあげただけで、感謝された。
何に役立つのか不思議だった勉強も、飲み会の話題程度になら、役に立つものだ。


土曜日は、ちょっと2日酔い気味だったけれど名古屋に行った。
以前、名古屋で一緒に働いた仲間が、再び会うことになっていた。
パーティー会場は、中日パレスで3時からだった。
以前よりは参加する人数も減っていたが、それでも盛会だった。


「あまり変わらないね。ちょっとシミが出てきたくらいで。それから髪が薄くなったくらいで。」
そんな言葉をかけてくれる人がいる。涙が出そうだ。
「世界一うるせえよ。ふざけるな。」
僕も丁寧に返事をする。


以前、一緒に働いていた女の子は、妊娠していてお腹が大きかった。
いろんな話しをしているうちに、気分も随分とよくなり、パーティーが始まってからはビールもウイスキーも飲んでいた。


6時にパーティーが終わり、一緒に働いていた女の子と福島から来ていた職場の友人たちと手羽先を食べに行った。
8人前ほど頼んだが、4人であっという間に食べてしまった。
ここでもビールを飲んだ。


それから別の会場で2次会をしていた人たちと合流して、焼酎などを飲んだ。
もうここまで来ると、以前一緒に飲んでいた感覚がよみがえってきて、名古屋で働いていた頃から随分と年月が経っていることも忘れてしまっている。


ホテルはR&Bホテル名古屋栄東というところだったが、安くてしかも室内は広くて清潔でよかった。
自分の部屋でベッドに座って、テレビを見ているうちに「せっかく名古屋まで来たんだから」と思い直して、また飲みに行った。


飲みに行ったところでは、生バンドが演奏をしていた。
しばらく聴いているうちに、俺、バンドで歌ったことってないなあって思い始めた。
それで、ウイスキーを飲み過ぎたせいもあって、勧められるまま1曲歌った。
1曲歌ったら、ママが「バンドが帰ったあと、カラオケはタダにしてあげる」と言ってくれて、そんな時間までいて、カラオケを歌って帰ってきた。


翌朝は7時に目が覚めた。
ホテルの朝食を食べにロビーに行ったら、昨日のパーティーにも来ていたかつての上司が食事をしていた。
「こちらに泊まっていらしたんですね。」
世間話をしながら、一緒に朝食を食べた。
ついつい食べ過ぎてしまった。


帰りの電車は千種発11時6分のワイドビューしなのだったが、ホテルのチェックアウトは10時だったので、千種駅前で1時間ほど時間が余ってしまった。
ちょっとおしゃれなハンバーガー屋で、お腹がいっぱいなのにハンバーガーを頼んだ。
レイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」(早川書房)を読みながら、ハンバーガーを食べる。

ロンググッドバイ
こんな厚い本を持って旅行するなんて馬鹿げているが、僕はよくそんなことをする。
味つけは自分でケチャップやマスタードを塗ることになっているらしく、僕はマスタードをたっぷりと塗って食べた。


以前、ヒストリーチャンネルを見ていたら、ホットドッグを食べるルールを説明していた。
「必ず、5口以内で食べること」といったルールのなかに、「15歳以上はケチャップは禁止。マスタードのみを使う」なんていうのもあった。


それを思い出して、最初はマスタードだけを塗って食べたけれど、今ひとつだったので、最後はケチャップもソースもたっぷり塗って食べた。


食べ過ぎのせいなのか、2日酔いのせいなのか、それとも振り子電車のせいなのか、帰りの電車では少し気分が悪く、脂汗も出てきた。
車内販売のオレンジジュースを飲んで、我慢しながら、「ロング・グッドバイ」を集中して読んだ。
長野に着くまでにはすべて読んでしまった。


悔しいくらい、いい本で、僕はもっと前に読んでいてよかった本だった。
まったく古さを感じさせない、


「バーニー・オールズから電話がかかってきたのは9時だった。すぐにこちらに来てくれと彼は言った。途中で寄り道して花なんか摘まなくていいからな、と念を押された。」
本当に悔しいくらいいい文章だ。


「新聞がやっているのは、人がやっとこ手にしているプライバシーに絶え間なく脅威を与えることだ。連中は何かといえば報道の自由を標榜するが、その自由とはごく少数の高尚な例外をべつにすれば、醜聞や犯罪やセックスや、薄っぺらな扇情記事や憎悪やあてこすりや、あるいは政治や経済がらみのプロパガンダを世間にばらまくための自由に過ぎない。新聞というのは、広告収入を得るための入れ物商売なのだ。広告収入は部数によって決定されるし、部数が何によって決まるかは知っての通りだ。」
この文章が1950年代に書かれていたことが驚きだ。


いずれにしろ、とにかく読み終わった。
この小説ではフィリップ・マーロウを始めとして、出てくる登場人物が酒を飲み過ぎる。
しかもうまそうなのだ。
ギムレットやウイスキーが飲みたくなってくる。
そして実際に僕は飲み過ぎてしまう。
体のためにも、読み終わって本当によかった。

8月11日の月曜日にLASIKの1週間後検診に行った。
特に問題もなく、ドライアイに使うようなヒアルロン酸ナトリウムの入った目薬を3本処方してもらった。
誰にも処方するようなものなのだと思う。


手術後1週間は一応、飲酒禁止ということになっていたが、僕は世界一真面目なので、さまざまな誘惑に負けることなく、ちゃんとそのとおりにした。
鋼鉄製の意志の力で、タバコすら1本も口にしなかった。
自分を表彰台に立たせて、メダルでもかけてやりたい気分だ。


火曜日に友達に頼まれてスナックに飲みに行った。
僕のなかでは手術がうまくいって、1週間お酒を我慢したという祝杯の意味もあった。
とても歌のうまい若者が2人で飲みに来ていて、それを聴きながら飲むのは楽しかった。


水曜日も友達と飲みに行った。
以前から飲みに行く約束していた。
英語の勉強の方法を教えて欲しいと言われたけれど、うまく助言ができたのかはよくわからない。
友達の上司にあたる人が、たまたま飲みに来ていて、お酒、岩ガキ、サンマの刺身などをごちそうしてくれた。
そしてそれからまたスナックに飲みに行った。
ママに頼まれてビールサーバの移動などを手伝った。
安くしてくれたけれど、少し飲み過ぎて木曜日は仕事のとき、少しつらかった。
昔のように吐くほどは飲まないので、つらいといっても、でも大したことはない。


木曜日は定時に仕事を終えて、家に帰って「俺たちフィギュアスケーター」というコメディ映画をDVDで観た。

俺たちフィギュアスケーター
http://oretachi.gyao.jp/ (この映像だけでも笑える)


こんな感じのストーリーから始まる。


オリンピックのフィギュアスケート男子シングルスで同点優勝した2人の男が、表彰式で暴れたために、シングルスから永久追放の処分を受ける。
互いに別の人生を歩み出すが、どちらもうまくいかず、再びフィギュアスケートの世界に戻る。
世界初の「男と男のペア」としてだ。


話には聞いていたが、超くだらない。
1人の男は最初のシングルス優勝時もクジャクの衣装を着て滑り(この衣装もくだらない)、手から鳩を出すし、もう1人の男は、そもそもアメフトのラインメイン(目の前の敵と至近距離からぶつかる位置を守る)の体型でとてもフィギュアスケートの競技なんか無理だ。ビッグマックを抱え込んで観客席を守るのが関の山で、ラインメインも無理かもしれない。


最後に見終わって、「ああくだらねえ」と間違いなく言える、でもまあまあ面白い映画で、まあまあお奨めの映画だ。


金曜日は夏休みを取り、朝から「ダウン・バイ・ロー」という映画をDVDで観た。


ダウンバイロー1

ダウンバイロー2

間違いなく、昔観たはずの映画なのだが、覚えているのはモノクロの映画で、アルコール好きなミュージシャンということで有名なトム・ウェイツが出ているというくらい(シオン(アルコール好きのミュージシャン)のクロージング・タイムって曲の中で、「酔いどれトムのブルースを聴きたい」っていうフレーズがあって、このトムは、トム・ウェイツのことだって、僕はずっとそう思っている。)。


トムウェイツ

他はもうすべて忘れてしまっていた。
だから新鮮な気持ちで観ることができた。


ストーリーはこんな感じで始まる。
元DJの男とポン引きの男。2人とも女と暮らしている。
どちらの女も理解不能で、おしゃべりで、残酷なまでに正しいことをいい、男のプライドを傷つける。
2人の男はどちらも罠にかけられ、無実の罪で留置場に入れられ、同じ監房で出会う。
ここで2人の個性が強烈にぶつかり合う。
大げんかをした後、その監房に、3人目の同房者として陽気なイタリア人が入ってくる。
彼は、英語はほとんど話せないが、社交的で、新しい空気を生み、方向性を示す。


とてもいい映画だが、男のための映画だ。
男は人の言うことに耳を貸さず、自分の生き方を(どれだけ悲しくても)貫くべきだとか、男の真の友情はいつまでも一緒にいることではなくて、互いの生き方を尊重し合うことだ、という女には意味のないことが学べる。
男は観るべき映画で、絶対観ろ、と言いたい映画だ。
こういう生き方をしなければ、男として生まれた価値がない。
賢い女が観たら、この映画の3人の男の生き方は、全員間違ってるというかもしれない。
でもそういう映画だ。俺は大好きだ。


金曜日は午後から実家に帰った。
車の運転も視力がよくなったせいで随分と楽になり、特にトンネルのなかははっきりと物が見えるので、追い越すときの恐怖感がだいぶ薄らいだ。


実家に帰ってからは、寝てばかりいた。
エアコンのない僕の部屋は暑いので、扇風機を2台同時に動かして寝ている。
先日、扇風機をつけたまま寝ると死ぬという話を聞いたが、もし本当にそうなら僕は何度も死んでいる。
夕方までは暑いものの、深夜から朝にかけてはもう秋になったかのような涼しい風が部屋に入ってくる。


たまにテレビをつけるとオリンピックのことばかり。
アナウンサーや解説者が興奮している。
未だに「前畑がんばれ」という絶叫型のアナウンスが、いいアナウンスだと思っているのだろうか。
もう大人なんだから、少しは落ち着けよって言いたくなる。
オリンピックなんか関係がないと思っている人だって世の中にはたくさんいる。


オリンピックの試合を見ていると、中国の応援に圧倒される。
相手のミスを露骨に喜ぶので、マナー違反だという声も聞く。          
でも、日本で行われるバレーボールの国際大会のように、拡声器まで使って一方的に日本を応援しているのにくらべたら、ずっとフェアだと思った。


「のだめカンタービレ」の20巻を読んだ。


のだめ20

大したドラマがあるわけではないが、のだめが努力を続けることで、完全に独り立ちができるほどに成長している。
「もやしもん」が最近、僕にとって面白くないのは、主人公がせっかく特別な能力をもっているのに何も努力せず、磨けば輝く能力をほとんどムダにしていることだ。
それに対してのだめは、努力する天才というものを描き出していて、それが素晴らしい。
この「努力できる」という能力が、のだめを天才にしていると言ってもいいのかもしれない。


人が努力している姿を漫画で読むのは簡単だが、なかなか自分で実現をするのは難しい。
9月28日から試験がいくつか続くが、それに対する勉強もなかなか進まない。


いつか手を出すだろうと思っていたレイモンド・チャンドラー著、村上春樹訳の「ロング・グッドバイ」にとうとう手を出してしまった。


ロンググッドバイ
読めば読むほど面白い。これでは途中でやめられない。


問題はこの小説が長すぎることで、勉強をしなければならない僕には時間がないことだ。
今まで222ページほど読んだが、それでもまだ半分にも達していない。
いろんな意味で悔しい。


名探偵フィリップ・マーロウについては「男は強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる値打ちがない」という名セリフだけは知っていたものの、読むのは初めてだ。
彼が好きなのは、酒と女とチェス(ほかにも好むことはいくつかあるらしい)だという。
チェス以外は僕もそんなには嫌いではない。つい感情移入してしまう。


試験勉強にもそろそろ本気で取り組まなくちゃいけないのに、困ったな、なんて思いながら、実家から長野に帰ってきた。


**おまけ**


シオン春夏秋冬


クロージング・タイム by Sion


ガードレールに沿って 2年前
働いた店に来たけど
すすけた木の扉にゃ鍵がかかってる
久しぶりだろ バドワイザーおくれ
久しぶりだろ あんまりだぜ
Mmークロージング・タイム
酔いどれトムのブルースを聴きたい
Mmークロージング・タイム
午前3時のピアノの音色を
クロージング・タイム


どんなに思い続けていても
お前の胸にゃ触れない
街角のデジタル時計は祝福の時描かない
少し疲れた 眠らせておくれ
少し疲れた 一人きりさ
Mmークロージング・タイム
酔いどれトムのブルースを聴きたい
Mmークロージング・タイム
トロピカーナ・モーテルのベッドで眠りたい
Mmークロージング・タイム
酔いどれトムのブルースを聴きたい
Mmークロージング・タイム
トロピカーナ・モーテルのベッドで眠りたい
クロージング・タイム クロージング・タイム
La La Laークロージング・タイム

先週の日曜日には東京に行った。
LASIKの手術を受けるためだ。


僕は近視で乱視。
夜、月を見上げるとぼやけた月が5つくらいふらふらと揺れて見える。
幼稚園の頃、夜シスターに「月を見るとウサギさんが餅つきをしているのが見えるでしょ」と言われ、一生懸命見たのに何も見えなかった悲しい思い出があるが、今のこの状態も悲しい。
世の中の厳しさに涙をこぼす日もあるが、涙をこらえて見上げるぼやけた月はへんてこで、涙をさらに増すだけだ。


日曜日は検査を受けた。
LASIKの適正があるのかを調べる検査だ。
ものすごく多くの人が検査を受けている。
検査の際、看護師に名前を呼ばれると「はいっ!」と元気よく返事をする若者が多く、そんな気持ちはとっくに忘れてしまった僕は、なんだか妙に恥ずかしかった。


僕は特に問題なく手術が受けられることになった。
翌日の月曜日の午後に手術を受ける予定にしていたので、その日はそのまま東京に泊まった。


夜は友達と会って、銀座のバル・デ・エスパーニャ・ペロというスペイン料理の店で食事をした。
イベリコ豚やヒラタケのフリットなんかを食べた。
さすがにアルコールは飲まずに、ジンジャーエールなんかを飲んだ。


月曜日は午後からの手術だったので、午前中は友達と銀座のシネスイッチに行って、「たみおのしあわせ」というオダギリ・ジョーの映画を観た。


たみおのしあわせ

俺には向いてない映画だとさんざん聞かされていたのだけど、やはりなんというかダルい映画で、特にラストは「こんなんでおわっちゃっていいのか?」と不思議に思った。
「あれで、いいの?」
一緒に行った友達も「うーん」とうなる映画だった。


昼ご飯を銀座で食べた後、手術に行った。

日曜日の検査もそうだったが、月曜日の手術も、流れ作業のようにスムーズに進んでいく。
僕は頭の中でずっと、自分が海のなかの小魚の群れにいるように感じていた。
仕事はできるだけ流れ作業で進んでいく方が間違いが少ないって思っているので、かえって不安はほとんど感じなかった。


14時に病院に行って、15時20分に手術。術後の検診を受けて、病院から出たのは16時前だった。
まるで盲人のように見えるサングラスをかけ、ドトールでホットドッグを買ってホテルに戻った。
瞳孔が開く薬のせいなのか、麻酔のせいなのかやたら眩しかったけれど、もうちゃんと見えているのが驚きだった。


ホテルで休んだ後、友達と銀座のオイスターバー「マイモン銀座」に行って、南半球の牡蠣6個と、日本の牡蠣1個。それから牡蠣料理を2つほど頼んで食べた。
締めのデザートには牡蠣アイスを食べたが、これもさっぱりしていておいしかった。


翌日の火曜日の朝、ホテルの窓から、まだ不安定な視力ながら遠くの景色が見えるのが嬉しかった。
10時から検査を受け、特に問題もなかったので、そのまま長野まで戻ることにした。

視力は0.1もなかったのに、両目とも1.5が見えた。

でも、1.2くらいで落ち着くだろうと言われた。
新幹線は混んでいたけれど、なんとか座ることができて、「のだめカンタービレ」の14巻から17巻までと「もやしもん」の6巻を新幹線のなかで読んでしまった。


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もやしもん6

火曜日は土用の丑の日だったので、夜は友達が家にセブンイレブンのうなぎの蒲焼きを届けてくれた。
以前、頼まれて注文していたのだ。


水曜日からは普通に仕事に行った。
職場では、遠くまで見られることが嬉しく、タバコは吸わないものの、何度か屋上に行って遠くの景色を眺めたりしていた。


手術後、1週間は飲酒を禁止されているので、家に帰ってからは漫画を読んだり本を読んだりしていた。
それからやはりもう一度数学をちゃんとやり直そうと思って、書店に問題集を買いに行き、数学検定3級と準2級の問題集を買って帰ってきた。
暇なときに数学の問題を解く。
なかなかいい趣味のように思う。


土曜日は朝から「のだめカンタービレ」を18巻から19巻まで読み、「殺人の追憶」という韓国映画をDVDで観た。


のだめ18

のだめ19

殺人の追憶

途中まで観たところで、職場から呼び出しを受ける。
ブツブツ文句を言いながら、それでも急いで車に乗り込む。


同じく呼び出しを受けた同僚は、家族旅行の真っ最中で山梨県にいるという。
「すみません。先に職場に行っていてください。」
携帯電話の向こうで、しきりに謝っている。
呼び出しを受ける可能性があることはわかっていたのに、家族旅行に行くなど、読みが甘いとしかいいようがない。


職場に着くと、いきなり忙しく、1人で電話やFAXの対応に追われた。
「あいつは、もう。まったくなあ。」
文句を言いながら仕事をしていると、その同僚から電話があり、家族を山梨県において、一人で電車に乗って職場まで来るという。
「着くのは今から5時間くらい後になります。でもその間は、別の人を手配しましたから。」
彼も必死なのだ。
「ありがとう。こっちも忙しいけど、でもまあ。だけど、気の毒だな。」


僕は5時30分頃に次の人を呼び出して、仕事を引き継いで帰った。
山梨県に行っていた同僚は、僕が帰る時間には間に合わなかった。


家に帰って、「殺人の追憶」の続きを観た。
「ほえる犬は噛まない」や「グエムル」と同じ監督の作品だが、観る人の心を捉えて離さない映画で、監督の才能の多彩さに驚いた。
とてもできのいい映画で、サスペンスなのだが、人間味のあふれる深い映画になっている。
「ほえる犬は噛まない」とはスタイルも全く違うが、心にズシンとくるいい映画だった。


日曜日にはマシュー・クラインの「キング・オブ・スティング 」(ハヤカワ文庫) を読んだ。


キングオブスティング

この小説のなかの詐欺師は、超ベテランではあるが、どこか哀しい中年の父親だ。
味のある小説で、詐欺とは何なのか、読んでいるうちにだんだんとわかってくる。


初歩的な詐欺には、例えば、こんなものがある。
目の前のコップに、詐欺師が千円入れ、カモにも千円を入れさせる。
目の前に2千円の入ったコップができる。
この2千円を高い値をつけた方が総取りする。
詐欺師が「じゃあ、俺は800円で買う」と言うと、カモは「じゃあ私は1000円」。
詐欺師が「俺は1300円。」
カモが「私は1500円。」
詐欺師は、目の前の2千円を1500円でカモに売る。


カモは最初に千円を払っているので、500円だまし取られていることになる。
カモは詐欺で取られた損を取り戻そうとして、さらに別の詐欺にあい、被害を増やす。


そして警察に訴えるが、警察は容易には動かない。
ある日、警察がやってきてそのお金を取り返してくれるという。
そしてまた詐欺にあう。警察官というのが本物でなく、詐欺師なのだ。


このようにして、カモは次々とはまっていく。
バカだからカモになるわけではない。
聡明な人間も詐欺には引っかかるのだ。


この小説では、こんな詐欺の初歩の手ほどきをしながら、最前線の詐欺師と実業家、マフィアとの戦いを描いているのだが、詐欺師は疲れる危険な職業だということがよくわかる。


読み終わった後、著者紹介を読んで笑った。こんなことが書いてある。
「1990年イェール大学卒業。その後、シリコン・ヴァレーのパロ・アルト市にあるスタンフォード大学ビジネス・スクールに通うが、卒業を目前にして中退、自身が設立したテクノロジー企業の経営に携わる。約10年間シリコン・ヴァレーで暮らし、いくつものテクノロジー企業を立ち上げるが、すべて倒産した。」


この諦めと哀しみの混じった経済冒険詐欺小説がどうして生まれたのかわかったような気がした。

部屋のクーラーが故障していて、女の子を部屋に呼ぶこともできない。
そんなメールを友達に書いたら、「夏は恋の季節だから」クーラーを直した方がいい、という返事が来た。
そんな季節だとは全く知らなかった。


そこで、以前、このエアコンを購入したヤマダ電機に電話をした。
修理の担当者から折り返しの電話があり、「この型のエアコンの部品が、今では手に入りにくくなっていて、手元に届くのは8月の末になる」という。
それでは全然、意味がない。恋の季節が終わってしまう。


新しいエアコンを買うことにしてヤマダ電機に行った。
今の故障したエアコンが3万円くらいだったので、そのくらいで買うことができると思っていた。
ところが一番安いのでも7万円近くすると聞いて、がっかりした。
おまけに、そのエアコンでは能力が低すぎて、冬の暖房としては使えないからもっと高いのを買った方がいいと言う。


それでコジマに行った。
安い4万円台のものが一応あるが、それは入荷が9月になると聞いて、またがっかり。
仕方がなく、その次に安い5万円台のものを買った。
俺は自分で温度の設定ぐらいはできるから、エアコンは冷風だけ出ればそれでいいのだ。
それでも壊れたエアコンの取り外しやリサイクル料などを含めると、6万4千円くらいにはなる。


遊ぶ金にはあまり糸目をつけないのに、必要不可欠なものにはついケチってしまう自分の性格が少し不思議だ。


8月2日の土曜日には取り付けに来てくれるという。
8月2日。
僕の恋の季節が始まる。


月曜日から水曜日まで3日かけて、キューブリックの「フルメタル・ジャケット」をDVDで観た。


fullmetal

昔から観たかった映画だ。
大学時代には、前売り券を買ったのに結局観にいかなかった。
新宿で酔っぱらったときに深夜この映画を上映しているのを知って映画館に入ったのに、爆睡してしまって、気づいたのは映画が終わった後だった、なんてこともあった。
そんなわけで観たいのに、結局、今までまともに観たことは一度もなかった。


ようやく観た。すごい傑作だ。
今まで「時計仕掛けのオレンジ」をはじめてとして、「アイズ・ワイド・シャット」「スパルタカス」などキューブリックの映画をいろいろと観たけれど、どこか隙があって、かったるいなあってところがあったけれど、この映画にはそんな隙がない。
どのシーンにも良質な演技と演出、そしてキューブリックの意志が詰まっている。


ビルに向かって発砲するシーンでは、何百という弾痕ができるので、それをまた2日ほどかけて埋め直し、そしてまた撮り直す、という気が遠くなるような撮影だったらしい。
18週間の撮影の予定が1年以上かかったという


この映画は、前半で、普通の若者が、海兵隊員として精神的にも肉体的にも追い込まれて殺人機械に仕立て上げられるまでを描いている。
微笑みデブと呼ばれる、いつも笑っているかのような太った若者は(監督の要請で36キロも太らされたそうだ)、訓練の最後には狂気をはらんだ視線をもつようになり、人相が変わってしまう。
解説の映像で、この微笑みデブの役をした俳優は「銃なんか嫌いだったのに、この映画のために暗闇でもライフルが組み立てられるようになってしまった」と悲しげに語っていた。
俳優にそれだけの演技を要求する映画だったのだろう。


後半ではベトナムの実戦を描き、ラストは漠然として終わる。
ラストは不思議だったが、「過酷な経験を逃れるために、平和だった少年時代に戻りたがっている」という意味だと、あとで解説の映像を見て知った。


戦争の残酷さ、美しさ、高揚感、スリル、絶望、友情、責任感、運の善し悪し、そんなものを実に丁寧に描いている。
キューブリックの最高傑作だと、僕は思ったし、多くの人に観て欲しい映画だ。


木曜日には人間ドックに日帰りで行った。
胃カメラの撮影の際、静脈麻酔もしたが、鼻から麻酔をスプレーで吹き込まれたときに、それだけで吐き気がこみ上げ、息ができなくなりパニックになった。
あえぎながら「息ができない」というと、「落ち着け。君はちゃんと息ができている。息ができなかったら、君の意識はもう飛んでいるよ」と言われ、自分で確認してみたらちゃんと息ができていた。
深呼吸をしたら、気分も落ち着いた。


カメラは鼻から入れると聞かされていたが、僕の場合にはなかなか入らなかったので、やっぱり口から入れた。
苦しかったけれど、以前よりは格段に楽だった。
ベトナム戦争で敵に撃たれることを思えば、苦しみも痛みも大したことはない、と無理に思っていたせいもある。


人間ドックを受けながら、高橋洋一の「さらば財務省!官僚すべてを敵にした男の告白」(講談社)を読んだ。


さらば財務省!

小泉政権、安倍政権を支えた官僚の暴露本でなかなか面白かった。


読みながら思ったのは、僕たち日本人は賢いマスコミを持ってなくて不幸だなあってこと。
もちろん、日銀の金融政策が無茶苦茶だというのも不幸だとは思うけれど、本当に無茶苦茶かどうかマスコミは教えてくれない。
本当に消費税は17%も必要なのか、とか、霞ヶ関埋蔵金はあるのかどうか、といったことは客観的な数学と会計なんだからマスコミ自身が裏付けの計算をできるだろうって前から思っているんだけど、絶対に自分たちではやらないんだよな。
支持率の計算だけはするけど、他は官僚の作った数字を鵜呑みにしているだけ。


その数字に嘘があると、この本の作者は言う。
東大法学部卒ばかりの財務省キャリアのなかで、東大数学科卒という異色のキャリアを持つ彼は、組織のなかで完全に浮き、最終的には彼らを敵に回すことになる。
読み物としてもなかなか面白く、彼自身も最後までエリート意識が抜け切らないあたりも微笑ましい。


ただ、この本を読んで、もう一度中学校1年の数学の問題から解き直してみようかな、なんて思った。
合理的な考え方を身につけるのは、法律の勉強って方法もあるけれど、やはり数学だと感じた。


金曜日には、友達と夜の9時頃に飲みに行った。帰ってきたのは翌朝の3時頃だった。
かなりマニアックな映画の話なんかして面白かった。
でも思ったほど、飲んだ量は多くはなく、翌日は比較的楽だった。


土曜日の2時頃になって、新しいエアコンが取り付けられた。
当たり前だが、冷風が涼しく、あまりに快適でそのまま4時間も昼寝をしてしまった。
恋の季節が始まったのかもしれなかったが、想像していたとおり、特になにもなかった。


「ほえる犬は噛まない」という韓国映画をDVDで観た。


barkdog2


barkdog1

とても面白い映画で、ペ・ドゥナ役のパク・ヒョンナムがかわいい。
こういう演技をする役者って日本にはいないんだよなあ。
つば吐きおばあちゃんの遺言にはやられた、と思ったし。


グエムルの監督の作品だけど、俺はグエムルなんかよりずっとこっちの方が好きだな。
もっと話題になっていい映画だと思った。

火曜日に、「素粒子」というドイツの映画をDVDで観た。
重い映画だと思っていたのに、オープニングの音楽はT-レックスで軽い感じのスタートだった。


soryushi1


soryushi2

映画のストーリーはなかなかうまく説明できない。
主人公は2人の異父兄弟だ。母親は、子育てを放棄し、ヒッピーと暮らしている。
弟は自分の研究をより深めるためにドイツからアイルランドの研究所に戻る。
弟に「西洋文明は論理的理解のためにすべてを犠牲にしてきた」と教授が語る言葉が印象深い。
兄は、うまくいかない結婚生活にうんざりしている。
彼のいう「社会に出たら、毎年同じ繰り返し。唯一のイベントは病気だけだ」という言葉は、真理を突いていると思った。


この映画では、誰もが満ち足りた愛を享受できない。
つらい現実が兄の精神をむしばみ、弟は愛から目を背け、生殖以外での子孫の誕生を研究して過ごす(弟は、途中で愛に気づくけれど)。
男なら、誰もが何度かは感じたはずの、受け入れられないという気持ちを、実感を込めて映像化している。


誰が観てもいい映画というわけではないが、人には隠された深いドラマがあるのだということがわかる映画で、僕にはとてもよかった。


今週は、水曜日に職場の飲み会があり、かなり飲んだ。
僕は平気だったけれど、一緒に最後まで飲んだ同僚は、翌日気持ちが悪いと言っていた。
金曜日も飲みに行った。
金曜日には、生ビールを3杯飲み、シャンパンを2本も開けて、ちょっとびっくりするくらいのお金を払った。


その後、一人でタイ料理の店に行き、ビールと麺を頼んだ。
ビールはビンの中身が凍っていて、注ごうとしても一滴も落ちてこなくて笑ってしまった。
人の良さそうなタイの女性がビールを交換してくれた。
麺は遠慮なく辛く、僕も負けまいと汗をかきながら全部食べ、スープに入っていた唐辛子を始めとする香辛料までかじった。
酔っぱらっていたからだ。
おかげで、翌日のトイレではかなり痛い思いをした。


土曜日は、午前中に買い物をした後、あまりの暑さに部屋の中でひたすら寝ていた。
寝ているとトイレに行きたくなる。
香辛料のせいで、トイレに行くたびに、おしりが痛く、そのたびに風呂に入った。


水曜日に会議の後片付けをしているときに、隣の課の人が元気なさそうだったので「どうしたんだよ」って声をかけたら、昨日手術をしたばかりなのだという。
「何の手術?」僕が驚いて聞くと、痔の手術だったのだという。
「イカした名前の病気じゃん。」俺が笑っていると、彼と同じ課の人に「笑いましたね。でも、明日は我が身ですよ」と脅かされた。


そのことを思い出して、「俺もこうして痔になってしまうのだろうか」と風呂のなかで本を読みながら考えたりしていた。


日曜日になったら、体は元通りに戻っていた。
でも相変わらず暑かった。


僕の部屋には3万円で買ったクーラーがあるが、壊れている。
動いているうちに、大量の水がクーラーから降ってくるのだ。
それでいつも修理に出そうかと思うのだけれど、来年の春には転勤になると思うし、それに修理代が3万円以上かかりそうで、なかなか頼む気にならない。
それで仕方がなく、暑さを我慢して扇風機だけでいる。
でも、もう限界かもしれない。


暑さのせいでぐったりとベッドに横になったままDVDで「キャンディ」という映画を観た。


とんでもない映画で、日本語のコピー「キャンディは、まるでえっちな国のアリス」という言葉がぴったり当てはまる。



キャンディ

candy


遠い宇宙からやってきた無垢でかわいく、おしゃれなキャンディが主人公。
あまりのかわいさに、男たちはあの手この手でキャンディとエッチをしようとし、そしてキャンディは無垢なので、それに次々と応じていく。


おしゃれなキャンディと、彼女をものにしようとする男たち。
その男たちは、実におかしな男ばかりなのだが、演じているのがリンゴ・スターやマーロン・ブランドなのだ。
同じくおかしなせむし男役を演じたシャルル・アズナヴールは、フランスでは超有名なシャンソン歌手で、ちょっと調べたら、機動戦士ガンダムのシャア・アズナブルの名前の由来も彼なのだという。


ひどい映画でストーリーもぐしゃぐしゃだけど(ジャンル的には異色ナンセンス系のエロコメディまたはオシャレ系エッチ映画らしい)、確かにキャンディはかわいい。
この映画を観た後だと、あなたにとってかわいいものとは?と聞かれたら「キャンディ」と即答するだろう。

そして、主題曲を「ワイルドで行こう(Born to be wild)」のステッペンウルフが作っている。


でも、ひどい映画だから(日活ロマンポルノ作品で舞台を日本に置き換えて80年代にイヴ主演で「イヴちゃんの花びら」が撮られたらしいが)、興味がある人にしか勧められないな。


それ以外は、本当に何もしない週末で、部屋の書類を整理したり、来週末の予定を考えたりしていたら、もう週末も終わってしまった。

金曜日は職場の係の暑気払いで飲み会だった。
俺たちの係には、男しかいない。
悲惨な飲み会だ。


焼き肉を食べながら、係で一番モテる男が、胸の大きな女性の同僚と話をしたときのことを話す。
モテ男「俺が座っていたら、テーブルの向こう側に座ったその子が、大きなおっぱいを両手で持って机に「よいしょ」と言って載せたんだよ」
男1「嘘をつくな。そんなことあるわけないだろ」
男2「自分も立って、よいしょって言いながらアレをテーブルに載せたんだよな。」
男3「載せたんじゃなくて、アレでテーブルを持ち上げていたんだろ。」
モテ男「信じられないかもしれないけど、でも、本当なんだよ。」
男1「そこまでモテて、いいと思っているのか。」


男ばかりの飲み会は、本当に悲惨だ。
書いていて、涙が浮かんでくる。


それから3軒ほど飲み歩いて、2時過ぎに、ラーメンを食べて帰った。


そして週末を迎えた。今週は3連休だ。


週末の初日の土曜日は、二日酔いとそれに伴う自己嫌悪のなかで過ごした。
木曜日まで、2キロ痩せたのに、金曜日の夜だけでまた2キロ太っていた。


洗濯や部屋の掃除をしてから、DVDで「ギャング・オブ・ニューヨーク」を観た。


ギャングオブニューヨーク

ディカプリオの映画だが、ギャングのボス役のダニエル・デイ・ルイスの演技が素晴らしく、普通に台詞を言っているだけなのに、恐怖を感じる。
映画としては、僕は勧めない。単純にストーリーが面白くなかったからだ。


日曜日には朝から実家に帰った。
昼に母親が用意してくれたすき焼きを食べて、暑い自分の部屋で扇風機を2台回して眠っていた。
実家に帰ると、いつも寝過ぎてしまう。
目をつぶっていると鳥の鳴き声や木の葉擦れの音が聞こえてくる。
汗をダラダラと流しながら、夕方まで寝ていた。


夕食を食べた後、ゴルフの打ちっ放しに行ったら、先月まであったゴルフ練習場が見あたらない。
「あんな大きなものを見落とすはずがないのに…」
何度も道を行き来して、ゴルフ練習場のあった一画が巨大なパチンコ屋になってしまったのだということに気づいた。


それで何もしないまま家に戻って、ビールを飲みながらロン・マクラーティの「奇跡の自転車」(新潮社)を読んだ。


奇跡の自転車


メイン州で両親を突然の事故で失った体重126キロ、43歳、彼女なしの男が、両親の手紙を整理している最中に、ある報告書を発見する。
それは、美しかった姉が死に、ロサンゼルスで死体を安置しているという報告書だった。
彼は彼女を引き取るために、自転車で東海岸のロード・アイランドからロサンゼルスに向かう。


読んでいるうちに、この男の過去がだんだんと分かってくる。
昔は走ることが大好きで、がりがりに痩せていたこと。ベトナム戦争で沼地に小便をしようとして銃弾を浴び、体中に弾痕があること、美しく賢い姉がどんどんと気が狂っていき、それを食い止めようと必死に努力するのに裏切られてきたこと、でも、彼はそれでもその姉への思いを断ち切れないこと。隣の家に、彼のことを昔から愛している車椅子の少女がいること…。


本の帯にはこう書いてある。
「…ひとりぼっちになった彼は、酒とタバコとジャンクフードに別れを告げ、少年時代の自転車で東海岸を後にした-。男の魂と肉体の再生を謳う感涙の物語」。
でもこれではあまりに安っぽい文句すぎて、内容が薄っぺらになってしまう。別にこの本は健康生活へのガイド本なんかではない。この本はもっとずっと深い。


そもそも、「奇跡の自転車」という日本語のタイトルの付け方に問題がある。これは自転車の物語でもぜんぜんない。元のタイトルは「The Memory of Running」で、そう聞いた方が納得がいく。最初に乗っていた少年時代の自転車は途中でトラックにひかれて粉々になるし。


ドラマの描き方がとてもいい。
美しい姉に何度裏切られても、主人公の弟は姉を見捨てない。
自転車を漕ぎながら昔の出来事を思い出し、様々な後悔をする。
昔、山登りをしていた頃の感覚を思い出したし、チャレンジすることの尊さを教えてくれる。
主人公も最後には「なんでもかんでも後悔ばかりしながら、死ぬまで暮らしたかも」しれない人生に別れを告げる。


久しぶりに、読む価値のある本に出会ったような気がする。
この本は、お勧めできる本だ。


**おまけ**


この「奇跡の自転車」のなかで気に入った会話。
主人公「タバコ吸ってもいいかな?」
女の子「私、爆発物じゃないから。」


それから、最近読んだバリーユアグローの超短編小説「猿」の要約


ジャングルで私は一人の娘と出会う。彼女はツタに絡まっている。
「もし、このツタを取ってくれたら、私を好きにしていい。」と彼女は言う。
なんとかして私がツタを取ると、「ありがとう。私のことを好きにしてもいいわ。」と彼女は言う。
「困っている娘の弱みにつけ込むのは僕は嫌いだ。」
私がその場を去ろうとすると、糞が頭上に落ちてくる。
見上げると、一匹の猿が木を飛び移っていくのが見える。
私は糞だらけだ。
ツタに絡まっていた彼女は大笑いをし、私がどれだけ言っても笑いを止めようとしない。
私が彼女を突き飛ばすと、彼女は草むらのなかに体を横たえる。
しばらくして、私も彼女の隣に横になる。
「実は、ツタは接着剤でくっつけたの。あなたと仲良くなりたかったから。」と彼女は言う。
「決まってるじゃない。猿だって私が仕込んだのよ。」
彼女は私の耳に口を当てて笑う。
「このジャングル、誰が植えたと思ってるのよ。」