月曜日から水曜日まで、家に帰ってから寝る前までの間に、何日もかけて「CANDY」というオーストラリアの映画を観た。


candy

薬物中毒の男が、CANDYというとてもかわいい女性と出会い、天国にいるかのような生活をする話しだ。


ところがCANDYも薬物を始めるようになり、天国のようだった生活は、通常の生活になり、最終的には地獄のような生活になる。


「やめられるときにはやめたくなく、やめたいときにはやめられない」
薬物中毒の有機化学の教授(彼は、教授なので純粋なモルヒネなど簡単に合成してしまう。)が言う台詞だが、薬物中毒の魅力と怖さをこれほど簡潔に表現した言葉もないように思う。


映画のなかで、薬のせいで崩壊していく生活と体は、途中から歯止めが効かなくなる。
あれほど美しかったCANDYがボロボロになっていくのを見て、「俺があんなきれいな子の彼氏だったら絶対に幸せにするのになあ」と悔しい思いがした。


木曜日の夜には、「春、忍び難きを」という劇団俳優座の松本が舞台の演劇を観た。


春、忍び難きを

3時間もかかる演劇だが、役者の力(演出の力?)で締まった感じに出来上がっている。
舞台美術がとても美しい。
途中で挟まれる安曇野の映像は、もうちょっと何とかならなかったのか?って感じだったけれど。


もし僕が自由に芝居が作れるとしたら、映像と現実の舞台を組み合わせたものにしたいなあ、と思っていたんだけど、そうしたらこんな感じになるのか、と少し勉強になった。


土曜日の昼には、松本で全県の担当者が集まってする研修会があって、僕は講師をした。
ミスが多い事例についての研修だったので、厳しい態度で臨もうと思っていたのだが、会場はどことなく緩い感じで「なに1人でテンパってんだよ」って1人だけ浮いているような気がした。


高度なことでも、できるだけわかりやすく、間違いがないように、と思いながら、30ページにもなる資料をまとめたのに、実際に研修する段になって、暴走して台無しにしたような気がした。


厳しい態度で臨む必要がいったいどこにあったのか?もっと優しくフレンドリーに、よりわかりやすく教えることができなかったのか?
研修の最中に、他の人が発表しているのを聞きながら、急速に自己嫌悪にかられ、失敗したなあって思っていた。
案の定、恐れをなしたのかひとつも質問はなく、皆、緊張の面持ちのまま帰って行くのを見て、疑念が確信に変わった。本当に失敗した、と思った。


それから、友達と飲む約束をしていたので、年休を取って、インターネット・カフェで時間をつぶした。
生年月日など、でたらめに記入して提出したら、「免許証と確認させてください」と言われて笑ってしまった。
何やってもダメなときは本当に何をやってもダメだ。


友達が迎えに来たので、車に乗り、ホテルにチェックインした。
その友達と飲むのも久しぶりだった。
遅くまで飲もうと思っていたので泊まることにしたのだ。
彼も家が遠いからと同じホテルに泊まることになっていた。


1軒目の居酒屋では沢ガニを食べ、2軒目のおしゃれな店では松本弁バリバリのきれいなママと話をし、3軒目からは松本の西堀に行って飲んだ。
結局5~6軒ほどはしごして飲み歩き、最後はラーメンを食べてホテルに帰ってきた。
帰ってきたのは3時30分頃だった。


目覚まし時計をセットしようとして、携帯電話を落としたことに気づいた。
自分の携帯に電話をしたら、最初は繋がったけれど、電源を切られたのか2度と繋がらず、もう一度探しに松本の夜の街に行ったんだけど、もう見つからなかった。
何やってもダメなときは本当に何をやってもダメだ。
昔、酔って眼鏡と携帯電話を紛失した友人を知っているが、彼の気持ちが少しわかったような気がした。


翌朝、警察に行って届け出をしてから友達と別れ、電車でまた長野に戻ってきた。
電話機がどこにあるか追跡してもらったが、電源が切られているためにできず、回線を止めてもらうことしかできなかった。


ソフトバンクに行き、同一機種の買い換え手続きをしたら5万5千円ほどもかかり、本気で凹んだ。
一応、サーバ上にバックアップを取っていたので、電話番号やメアドとかはだいたい復活させることができたけれど、金額が大きかったせいもあり、ショックがいつまでも尾を引きそうだった。


それから部屋にこもってDVDでウィル・スミスの映画「エネミー・オブ・アメリカ」を観た。


エネミーオブアメリカ

当然、ウィル・スミスの映画なのでアクション映画なんだけれど、「プライバシーを制限できる法律ができ、それを訓練の名目で独自に操る行政マンが現れ、彼が暴走したらどうなるのか」という設定だったので、なかなか面白く観ることができた。


昔、司法試験の勉強をしていた頃、僕が憲法で一番好きだった論点がプライバシー権だったので、この手の話しはかなり好きだ。


それから、日曜日には朝から「シー・ビスケット」も観た。


シービスケット

こちらは馬の映画で、シー・ビスケットという伝説の馬の物語だ。
不幸な生い立ちのジョッキーと、シービスケットが運命的な出会いをし、馬主と調教師の元で大きく羽ばたく物語になっている。
ジョッキーの父は、別れるときに袋いっぱいの本を息子に与えるのだが、そのせいでシー・ビスケットのジョッキーはインタビューにシェークスピアを引用するなど、ちょっと変わったところを見せる。


映画を見終わって、昼寝をした後、洗濯や買い物をした。
ガソリンを満タンにしたら8000円以上も取られて、また凹んだ。


家に帰ってからソーセージを炒める。
ちょっと目を離していたら、ソーセージが半分炭に変わっていた。
それでも大量にハバネロをかけ、「ソーセージ風味の炭もなかなかうまいな」などと言いながら全部食べたら気分が悪くなってきた。脂汗なんかも出てくる。


気分が悪いなか、風呂に入って体重を量ったら、金曜日の朝よりも2.8キロも太っていた。
何やってもダメなときは本当に何をやってもダメだ。


明日の朝、起きたら、髪の毛の先から足の先まで、すっかり自分が生まれ変わっていたらいいのになあ、などと思った。

先週、中学時代の同級生のトシオから電話が来た。
「今度、中学校の同級生を集めて飲み会をするんだ。暇だったら来い。」
「この前、同級会やったばかりだろう。」
「今回のは同級会じゃないんだ。」
「じゃあ、なんなんだよ。」
「この前の同級会の、反省会。」
「…あのなあ。」


結局、行かなかったけれど、確かに中学時代はいろいろあって楽しかった。
高校の同級会など開かれているのかどうかも知らないほどだが、中学校の同級会はいつも出席率が高くて驚く。
中学校時代のあの頃がバラ色だとすれば、今は灰色のすごく黒っぽい方の色だ。


友達から「半年が過ぎましたが、どうでしたか」とメールをもらって、もう今年も半年が過ぎたんだ、と思っていろいろと思い返してみた。
「ろくなことがなかったなあ。」って思う。
で、「ろくなことがなかった」と返事を書いた。


7月になって、すっかり忘れていたんだけど、危険物取扱者の免状ができあがったと、連絡が来た。
取りに行って、乙種の全部の交付年月日欄が埋まった免状を受け取る。
出会った人に、その免状を見せて威張る。
「この乙4ってのを持っていると、ガソリンスタンドで監督者になれるんだよ。」
「他のは?」
「ロケット燃料やダイナマイトを扱えるのかなあ?」
「使うときあるの?」
「たぶん、一生ない。」
「何のためにとったの?」
「さあ?」
手に入れるまでは頑張るものの、手に入ってしまうとなんだかいつもがっかりしてしまう。


今年後半の勉強面のスケジュールを決めた。
9月後半にTOEICを受けることにして、その後10月前半に採石業務管理者試験、11月前半に砂利採取業務主任者試験を受ける。
TOEICを除いてはこれらの試験がいかなるものなのかも知らないけれど、特に資格を取るのに勤務実績等が必要がないとのことだったので、取ることにしたのだ。
難しくないことを祈るばかりだ。


それから、もっとマッチョになるために、足に4キロのおもりをつけて歩くことにした。
高校時代も、名古屋で仕事をしていたころも一時期していた。
これをつけて階段をつま先だけで上ると、ふくらはぎの筋肉が緊張する。
朝の忙しい時間にまた一手間かかるけれど、できるだけ頑張りたい。


金曜日には、友達に誘われてまた夜9時頃から飲みに行った。
かなり飲んで、歌った。
帰ってきたのは朝の4時を過ぎていて、外はもう明るかった。


吐くほどのひどい二日酔いには最近は、もうならないが、それでも土曜日は気持ちが悪く、ちょっとした所用をすませた後は、ベッドに寝ころんだまま二ノ宮 知子の「のだめカンタービレ」(講談社)を13巻までと、同じく二ノ宮 知子の「天才ファミリーカンパニー」(幻冬舎コミックス漫画文庫)を2巻まで読んだ。


のだめ10

のだめ11

のだめ12


のだめ13


天才ファミリー1

天才ファミリー2


「のだめ」は相変わらず面白かったが、「天才ファミリーカンパニー」はイマイチだった。
でも、この本を通じて、彼女のベースには社会へのかなりまっとうな批判精神があるということがわかった。


日曜日は、朝から英語の勉強を始めたが、すぐに嫌になって、ゴルフの打ちっ放しに行った。
暑くて5球ほど打つたびにイスに座って水を飲んでいた。
球もどこに行くかわからないほどで「ひどいもんだ」と何度も思った。
200球打つ頃には、汗だらけになり、ぐったり疲れて家に帰ってきた。


それからベッドに横になりながらDVDで周防正行監督の映画「それでもボクはやっていない」を観た。以前から観たかったのだが、今頃になってしまった。


それでも僕はやっていない

電車の中で、痴漢に間違われた主人公が刑事裁判のなかで自らの潔白を主張する。
それが現実の取り調べ、裁判のなかでいかに難しいことなのか。
実際の刑事裁判を経験していないので、この映画がどれだけのリアリティがあるのかは判断できないけれど、僕の判断できるレベルでは、よく取材して作ってあるなあと思った。
弁護士の主張も検事の主張も裁判官の判決も、確かにそういう主張は成り立つよな、と思わせるもので、手抜きがない。
これだけの内容を正確に盛り込んで、なおかつ一流のエンターテイメントにできるこの監督の手腕には、毎回、驚かされる。
この映画の狙いは「日本の刑事司法はこれでいいのか?」ということに尽きる。


憲法でも「10人の真犯人を逃しても、1人の無実の罪の人を作ってはいけない」という言葉を勉強するが、現実には10人の真犯人を逃すなんてことは日本の司法では許されない。
この映画が真実を描き出しているとするなら、「10人の無実の罪の人を作っても、1人の真犯人を逃がすな」というのが現実の運用になっているということだ。
司法行政が時間と人手をかけて悪いやつだと決めた者を、たった1人の裁判官が覆すには、よほどの証拠がないとダメだということだ。
「これじゃ中世の魔女裁判と変わらないよな」映画を観ながら何度も思った。


それからベッドに横になったままルイス・サッカーの「歩く」(講談社)も読んだ。


歩く

ルイス・サッカーの「穴」の続編で、今回はアーム・ピット(脇の下)というあだ名の少年が主人公だ(ちなみに「穴」はレイダル イェンソンの「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」と並んで、僕のなかではベスト児童書。「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」は原作に比べれば、映画は大したことないのに、なぜか映画のみが評価が高い。これらの本に比べたら、ハリー・ポッターなんかどこが面白いのかさっぱり。正直にみんな「つまんない」って言えばいいのにって思う。)。


アーム・ピットはすっかり更正し、また穴掘りをしている。今度はバイトで、だけど。
話は「穴」ほどのドラマはないけれど、アイドルとの思わぬ出会いがあったりして、まあまあ面白い。
自分がどう生きるべきなのか、誰の意見を聞くべきなのか、そして誰の意見を聞かないべきなのか、よく自分で考えるんだ、というメッセージを僕は感じた。
大人だって信じていい大人とそうでない大人、友人にも信じていいタイミングとそうでないタイミングがある。
日本の児童書の多くが、あれしろ、これしろ、あれはするな、これはするなという大人の声(特に母親の声)を無批判に取り入れている態度に、僕は腹が立つ。
結論は同じでもいいから、子供であっても自分で考えて結論を出せ。そしてその結論を大人も子供も尊重しろと思う。


これからようやく英語の勉強を始める。
恐ろしいことに、まだ始めてもないのにもうほとんどやる気がない。
困ったものだと思う。


DVDで「イカとクジラ」を観てから、ピンク・フロイドの「Hey you」をよく聴いている。


the wall

思えば中学時代から聴いているのだ(ザ・ウォールの2枚目の一番最初の曲)。
でも、この曲がこんなに美しい曲だったなんて気づいたのは、本当に最近のことだ。


Hey you(ねえ、君)


ねえ、冷たい外に立って一人ぼっちで年老いていく君。
僕を感じるかい?
ねえ、薄ら笑いを浮かべかゆい足のまま通路に佇んでいる君。
僕を感じるかい?
ねえ、君。光を葬ろうとするやつらに手を貸すなよ。
戦うことなしに、負けるんじゃない。


ねえ、電話の側で裸のまま一人きりで座っている君。
僕に触れてみろよ。
ねえ、壁に耳をあてて誰かが呼んでくれるのを待っている君。
僕に触れてみろよ。
ねえ、君。僕が石を運ぶのを手伝ってくれないかな。
心を開くんだ。僕は家に帰る。


でも、それはただの幻想だったのさ。
君にも見えるように、その壁はあまりにも高かった。
彼がどんなに頑張ってみても、彼は自由になれなくて、
そして虫たちが彼の脳のなかを食べたんだ。


ねえ、いつも言われたことばかりしかせずに、旅をしている君。
僕を助けてくれるかい?
ねえ、あの壁の向こうで、ホールの中でビンを割っている君。
僕を助けてくれるかい?
ねえ、君。希望が全くないなんて言わないでくれ。
俺たちは一緒に立っているけど、落ちるときは別々なんだから。

水曜日に英会話学校に行った。
クラスは6人の生徒だったが、全員、男。
以前、女の子に出会うには、そういった学校とかに行くといいですよって友達からメールをもらったことがあるんだけど。
男ばかりじゃなあ。


授業は聞くことと提案だった。
「体重を落とすにはどうしたらいいか?」などを相手に聞くのだ。
「スポーツジムに行ったらどうですか?」なんて答える。
最後にみんなの前で、最後にどんな質問をされてどう答えたか発表する。
発表の順番は僕が最後だった。
最後の質問に、俺、なんて答えたんだっけ…。あ、思い出した。
「語彙を増やすにはどうしたらいいかって聞かれて、わかりません(I have no idea.)って答えました。」
間抜けな答えで、失笑がもれる。俺も笑いたいよ。


金曜日に、2時間だけ休みをとって「やわらかい手」という映画を観に行った。
最終日だったし、どうしても観たかったからだ。


やわらかい手

「やわらかい手」はイギリスの物語。
子供が重病で、どうしてもオーストラリアのメルボルンで手術を受けさせなければならない。費用は120万円ほどかかる。
両親はすでに家も売り、借金も断られている。
そこで、未亡人となったおばあちゃんが働くことを決意する。
しかし専門的な能力もなく、若くもない彼女を雇ってくれるところなどない。
途方に暮れているときに、たまたまセックス・ショップのホステス募集(高給)のチラシを見て、その店に面接に行く。
その店には、東京発祥でロンドンでは初めてという特別な設備があった。
壁に穴が開いていて、そこに男性がペニスを突っ込む。
反対側に女性がいて手でイカせる、という設備だ。
おばあちゃんは、手がきれいだったために採用される。
そして瞬く間に人気者となり、「イリーナ」という芸名を与えられ、「イリーナ・パーム」は大繁盛…。


設定はコメディだが、決して明るい映画ではない。
保守的な村のなかで、彼女は次第に孤立していき、友達だと思っていた同僚は、彼女のために職を失い、会ってもくれない。
金の出所を不審に思った息子にも仕事がばれて軽蔑される。


映画を観ていて、「イギリスだよなあ」って思う。
イギリスの女性の年寄りは読書とブリッジ。お茶を飲んでクッキーを食べる。あとはおしゃべり。

信じられないことだけど、本当に未だにそうなのだ。

日本以上に保守的だよなあって思う。


イリーナにサービスをしてもらうために、男たちが列を作っているのもイギリスっぽい。


以前、イギリス人8人、カナダ人1人と銀座で飲んだことがある。
飲み放題の店で全員が倒れるほど飲み、イギリス人の1人が「トイレに行く」と言って席を立った。
1人が席を立つと、他のイギリス人もあわてて立ち上がり、全員、トイレに行ってしまった。
俺は唖然とし、カナダ人は大笑いしながら「イギリス人はバカですねえ。どうして順番に行かないんですか」と言った。
トイレに列を作って待っているイギリス人を俺は頭に描いていた。
「互いにおちんちんを持ち合っているんじゃないですか」とカナダ人は言って、また大笑いしていた。


映画自体は暗い映画ではあるもののレベルが高い映画で、かなりよかった。
映画好きの友達にメールで「柔らかい手」の父親役は「スパニッシュ・アパートメント」で弟役をした人だと教えてもらったのだが、そう言われなければ絶対に気がつかなかった。


「それにしても最初の2人はイクのが早すぎるんじゃないか?おばあちゃんは頑張りすぎて、テニスプレーヤーが「テニス肘」になるように「ペニス肘」になってしまうのだけど、俺のだったら1発でなっちゃうよ。でかいから。」って返事を出したらあきれたのか、もうメールは返ってこない。


金曜日は夜9時頃から飲みに行き、翌朝3時頃まで飲んでいた。
そして土曜日は起きたら午前11時だった。
宿舎の清掃が土曜日だったような気がするけれど、11時に起きてしまったので、7時から8時までの清掃の時間にはどうやっても間に合わない。


土曜日はそれからDVDで「フライ、ダディ、フライ」を観た。


ダディフライ

堤真一の演技もなかなかいいが、岡田准一の演技はレベルが違う。
素晴らしくよく、演技も知的で、人や生きることの背景を完璧に理解しているように見える。
ただ、映画としては「家族」の描き方やストーリーそのものにリアリティがなく、昔のテレビドラマのようだ。
俳優がいいので、もっと上まで狙える映画だったのに残念だ。


土曜日はそれからDVDでマット・デイモンの映画「ボーン・アルティメイタム」も観た。


ボーンアルティメイタム

CIAだからといって、こんなに簡単に殺人指令が出せるわけないだろう(思いついて、暗殺対象を携帯電話で送れば、現地のCIA要員が、たとえ現地の警察がうじゃうじゃいるなかでも殺してくれることになっている)とか、国際手配されているボーンが、(偽造のパスポートがあるとはいえ)簡単に入国管理を突破できないだろうとか、そもそも入管を経ているのに、CIAが、ボーンがどこの国にいるかわからないなんてあり得ないだろう、なんてことを考えなければアクション映画としてはいいんだと思う。


でも、もうアクション映画には以前のように夢中になる気持ちがなくなってきた。
ストーリー展開に重点が置かれて、ドラマがどうしても浅いからだ思う。
カー・チェイスももう見飽きたって感じだし、ハリウッドはもういいやって思った。


日曜日は朝からダラダラと過ごし、パスタを茹でて食べ、漫画を読んでいた。


漫画は石川雅之の「もやしもん」(講談社)を5巻まで読み、二宮知子の「のだめカンタービレ」(講談社)を9巻まで、浅野いにおの「おやすみプンプン」を3巻まで、オノ・ナツメの「GENTE」(太田出版)を1巻だけ、それぞれ読んだ。


「もやしもん」はそれなりに面白いものの、5巻になってもストーリーは走らず、学研の科学漫画のような感じすらうかがえる。


もやしもん5


のだめ7

のだめ8

のだめ9


おやすみ2

おやすみ3

GENTE1

僕はそれも嫌いじゃないからいいけれど。
娯楽を求める人には、つらいつくりになりつつある。


のだめは相変わらず面白く、9巻の段階では、のだめの天才ぶりに千秋をはじめ世間が認識を改めているといったところだ。
とうとうこれからヨーロッパ(パリ)に行く。期待が膨らむ。


「おやすみプンプン」は、3巻目の後半から「叔父」の話しに移っている。
こちらもまた強烈なドラマがありそうな感じである。


「GENTE」は、イタリアのレストランで働く人々の物語だ。当然、登場人物もイタリア人。
給仕は老眼鏡をかけているような老人ばかりだが、恋もするし、優しさにあふれている。
絵はかなりクセがあり、わかりづらいが上手であることは間違いがない。
この漫画は、コマとコマの間のドラマをも読み解く必要がある。
法律書でいうところの行間を読む作業が必要で、読者にも労力を要求する漫画だ。
僕は怠惰で、理解に時間がかかるものは嫌なので、時間を要求するこの世界にどっぷりとはまることはできないけれど、おしゃれだし、時間がたっぷりあってセンスを磨きたい人には向いていると思う。


日曜日は、その後、ゴルフの打ちっ放しに行って、プレステでモノポリーをしていたら9時になってしまった。


先日、友達から「仕事忙しいのに、資格勉強したり、映画観たり、よっぽど時間の使い方がうまいんですね。」っていうメールが来たので、「きっとやらなければならないことと、やりたいことが互いに締め切り効果を生んで…」などと酔っぱらったような返事を書いたんだけど。


今日、まだやらなければならないことが(英語の勉強、買い物、洗濯などなど)、何もできていないのを目の当たりにして、「おまえが、時間の使い方をうまかったことなんか1度でもあったのかよ」って何もかも後回しにしている自分に、怒った。

朝、仕事に行く前にシャワーを浴びていた。
洗顔フォームで顔と手を泡だらけにして、手を上下に激しく動かして洗っていたら、右手の小指を勢いよく鼻の穴に突っ込んでしまい、痛みで悶絶した。


職場でその話をしたら、「僕もしたことあります。出血しました。血が出なかったなんて、まだまだですね」と同僚が言っていた。
生まれて初めての経験だったのだけれど、世の中では普遍的に起きていることなのかもしれない。


水曜日には久しぶりに英会話学校に行って勉強をした。
今回のテーマは料理の仕方だったので、料理なんてパスタ程度しか作らない僕はあまり話すことがなかった。
皆がピザやカレーの作り方なんかを話しているなか、僕はベジマイト・トーストの作り方を説明した。
パンをオーブンで焼いて、ベジマイトとマーガリンを塗る。
あまりに短かったが、「ザッツ・オール」と言い切った。
先生は笑顔で「サンキュー・ベリーマッチ」と言っていたが、少し気の毒に思った。


金曜日に飲みに行った。9時頃に飲みにいって帰ってきたのは2時過ぎだった。
つい、タバコを吸いすぎてしまい、そのせいでなんだかお酒を飲む量がいつもより少なかった。


翌朝の土曜日は8時に起きて、DVDで「理髪店主のかなしみ」を観た。


理髪店主のかなしみ

この映画が封切りされたとき、高さが5センチ以上のハイヒールを履いてきた人には、600円くらいの割引があった。
その頃一緒に働いていたイギリス人のチルトンという女の子がいつもヒールを履いていたので、この映画の宣伝を一緒に見て、「割引になるね」と話した記憶がある。


原作はひさうちみちおの漫画らしいが、それを僕はまだ読んだことがない。
ひさうちみちおの漫画は、妙に心に残るへんてこな漫画が多い。
スクリーントーンを使わず、スクリーントーンを使うような背景の模様もすべて手で描いているのだという。


もう細かい内容は忘れてしまったが、彼の漫画で印象深かったものがある。
市営の動物園に「ひと」というコーナーがあって、そこに一家(両親と息子)が暮らしている。
息子も中学校に入学し、自分の部屋が欲しいと言い出す。
父親は市役所に願いを出し、「動物園の「ひと」のところに、子供部屋を作るべきかどうか」真剣に議会で話し合われるが、「子供部屋などというのは、贅沢ではないか」「予算がない」等の意見が出て、結局、息子の部屋は手に入らない。
家族は皆、がっかりするが、夜の暗い動物園にまた帰っていく、というストーリーだ。
本当にへんてこなんだけど、深い漫画なのだ。


映画は脚(靴?)フェチの理髪店主の物語。
この理髪店主は真面目なんだけど、静かにフェチなのだ。
柄本明の演技が実によく、主人公の田口トモロヲの個性を引き立てている。
女性の裸は全くないけれど、エロチックな映像はたっぷりだ。


「なんなのだろう。この映像は。この不思議さは。」
主人公が大好きな女性の脚を真剣にカミソリで剃っていく。
そのあと女性が腕をあげ、柔らかい脇の下に石けんをブラシで塗り、固いカミソリで剃る。
柔らかい箇所に、危険なカミソリというシチュエーションが、緊張感を高める。
何度も映像を止めて、何がこんなに変で、でもいい、のか考え込みながら観た。


靴についた汚れをハンカチで大事そうにきれいに拭き取る主人公の姿を見ていると、プロゴルファーにとってゴルフクラブが体の一部なように、靴も体の一部なんだなあ、と思うようになってくる。
俺もちゃんと靴を履こう、という気になった。


理髪店によく来るマゾのお客が、主人公と公園のボートに乗りながらこう言う。
「(サドの)彼女に命令されたら、私、女房、子供の前でも平気で浣腸とかしちゃうんですよね。(たじろぐ主人公、中略)。でも彼女は私のことを犬畜生以下のものだとしか思っていないんです。(真剣な表情になる)…幸せです。」
深すぎてさっぱりわからない。でもいい。


この映画はもっと評価されてもいいと思う。
いい映画だと思うし、面白い。
ただ、エンディング・テーマはもっと静かな曲がよかった。
本編の音楽がよかっただけに残念だった。


土曜日にはDVDで「ゆれる」も観た。


ゆれる

映画マニアの友人にこのDVDを観るとメールを書いたら、「観なければと思いつつ観れていない」のに「傑作であると断言できます!」と返事が来たので笑った。
もちろん、監督の才能やキャストから判断してのことだとは思うけれど。


でも確かに傑作であることは間違いない。
出だしから、計算し尽くされた感のある映像で、「理髪店主のかなしみ」とはやっぱり違うなあと思った。
先の「理髪店主のかなしみ」もよくできた映画だと思うけれど、わかる人がわかってくれればそれでいい、というあきらめ感をどこか感じる。
この「ゆれる」にはそういった甘えがない。
観た人すべてにすごさをわからせてやる、傑作だって言わせてやるっていう監督やスタッフの思いを感じる。


香川照之とオダギリジョーの演技には文句がつけようがなく、特に香川照之の演技は素晴らしい。
監督・脚本は女性で、女性が描く魅力的な男というのはどこか底が浅いものだが、今回のこの2人の兄弟は本当によく描けている。
男から見ても魅力のある男を描ける女性(小説家、漫画家、映画監督など)は、大成すると思う。


日曜日には、久しぶりに岩盤浴に行き、そのあとゴルフの打ちっ放しに行ってきた。
ドライバーだけはどう打っても僕の能力では全然ダメなので、近々買い直そうかなあ、なんて思い始めた。


家に帰って浅野いにおの漫画「おやすみプンプン」(小学館)を1巻だけ読んだ。
プンプンという小学生のちょっと複雑な日常を描いているんだけど(母親は父親に殴られて入院、父親は逮捕され、無職のおじさんが世話をしてくれている)、関わり合う人たちも皆どこか変わっている人たちばかりだ。


絵もうまいし、ストーリーも(特に後半になって)走っているんだけど、そもそもなぜプンプンやプンプンの家族は子供の落書きの絵みたいなのだろうかと、最後まで違和感を感じたままだった。


石川雅之の漫画「もやしもん」(講談社)は4巻まで読んだのだが、メインのストーリーが走ってこないので、3巻目あたりから読むのがだんだん嫌になってきた。
なぜ、キャラクターを生かさないのかよくわからないし、教授のキャラクター設定の狙いがよくわからない。
主人公が何をしようとしているのかすら不明で、このままダラダラと菌の話ばかりされてもなあって思う。
作者的にはそっちの方が楽なんだろうけど。


やっぱり安定感があるから「のだめ」の続きでも読もうかなあ、なんて思った。

金曜日の仕事中に地震があった。
僕は気づかなかったけれど、職場では何人か気づいた人がいたようだった。
「俺、貧乏揺すりしてたから、それじゃないの?」同僚がそういうので、僕も「僕が勢いよく椅子に座ったのを勘違いしたのでは?」などと話していた。
そこでテレビのスイッチを入れてNHKを見ていたら、やはり地震があったと速報が出た。
震度は1だった。
「俺は全然気づかなかったけれど…。」
僕が言うと、職場のあちこちから「私は気づきました」「私も…」「私も…」という声があがった。
「俺は仕事に集中していたから気がつかなかったけどなあ。」僕がみんなに声をかけると、「おまえが言うな」と職場から笑い声と非難の声があがった。


最近、職場の屋上に1日に2回ほどタバコを吸いに行く。
思っていたよりも多くの人に会う。
「タバコ吸っていたっけ?」
「最近、始めたんだよ。」
「時代に逆行してない?」
「俺はそれでいいんだよ。」
1本のタバコに時間をたっぷりかけて吸う。
遠くの景色を見ていると、緑が眩しくて痛いくらいだ。
青い空を見上げていると、高校時代にやはり屋上でタバコを吸っていた自分を思い出す。
あの頃と何もかもが変わった気もするし、変わっていない気もする。


火曜日の夜、駅前にある千石劇場という映画館の前を通ったら、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」がかかっていて、ちょうど時間もよかったので、観ることにした。


ゼアウィルビーブラッド


この映画は娯楽映画ではなく、文学で言えば純文学に相当するような、映画の芸術性を追求した映画だ。
主人公のダニエル・デイ・ルイスの演技は圧倒的。粗野で強欲で計算高い男を完璧に演じきっている。


一人の男が、あらゆる手段で石油とその利益を手に入れようとし、またその石油利権の副産物ともいうべき様々な出来事を金銭的にも精神的にも克服していく、といった話だ。
サクセス・ストーリーのようだが、幸福感といったものが、この映画には全くない。
曲とはいえないような弦楽器の音で、画面は始めから最後まで、緊張感が漂っている。


見終わったあと、この映画を紹介してくれた映画好きの子にメールしたら、この音楽はレディオヘッドのギタリストが担当しているのだという。
レディオヘッドの音楽には、想像力をかき立てる何かがあると前から思っていたんだけど、曲を使うのではなくて、直接、映画音楽を担当させてしまうあたりも、この映画のすごいところだ。


週末は実家に帰り、母親と新しい扇風機を買いに行ったり、新しくできた高速道路を走りに行ったりした。
夕食後、僕はゴルフの打ちっ放しに行って200球ほど打った。
前回、初めてこの打ちっ放しに来たときには、練習場の右端で(ネットの内側、打席より前)、普通に畑を作っているおばさんに驚いたものだが、この日は左側で(ネットの内側、打席より前)中学校の野球部員がピッチング練習をしていた。
芝の上でピッチング練習をしたい気持ちも分からないではないけれど、何しろ練習場に来る客の中にはド素人もいるのだろうから、ゴルフボールがシャンクして飛んでいったらどうするんだ?と思ったりもするのだけど、誰も疑問に思わないらしい。
ネットに張り付いて、熱い視線を送っているのは、たぶん野球部の父兄なのだろう。
不思議な光景のなか、汗を流しながらひたすらボールを打っていた。


家に帰って、風呂に入った後、DVDで「スパニッシュ・アパートメント」を観た。


スパニッシュアパートメント

俺にはド・ストライクの映画で、「俺が若かったら、スペインに行くのに」と妬ましい思いに駆られた。
フランス人の主人公が、1年間、ヨーロッパの交換留学生ということでスペインに滞在するのだが、そのアパートにはアメリカ人やベルギー人、イギリス人など各国から学生が集まってきていて、皆で日々を過ごす。
いいこともあれば悪いこともあるのだけれど、それがとてもいい。


映画全体のコンセプトはバグダットカフェに似ていなくもない。
イギリス人のウェンディ役の女の子は、ニュージーランドにいる僕の友達のフィンクルにとても雰囲気が似ていて、僕は何度も「ああフィンクル」って思った。
主人公が1人きりになるとかかるレディオ・ヘッドの「ノーサプライズ」という曲も、この映画の中では3回もかかり、歯がみしたくなるほどよかった。


実家に帰っている間に、「トロイメライ」(島田虎之介、青林工藝舎)、「もやしもん」1巻~2巻(石川雅之、講談社)、「土星マンション」1巻(岩岡ヒサエ、小学館)を読んだ。


「トロイメライ」と「もやしもん」はどちらも今年の手塚治虫賞をとった作品だが、路線は全く違う。
「トロイメライ」は非主流派の漫画で、コマ割りは横長を基調とした単純な割りがメインで、スクリーントーンは使わない、といった今どきない形式を使っている。


トロイメライ


もやしもん1


もやしもん2



娯楽性も十分にあるが、漫画の持つ可能性や芸術性、実験性を指向した作品で、ちょっと読みづらいんだけど、漫画の新しい形としてかなり成功していると思う。


「もやしもん」は僕が、「こういう漫画が読みたかった」と思う漫画だ。
知的で、理系で、面白く、硬派で、ロマンチックで、SFがかって、リアリティがある。
読んでいるうちに、なぜ俺は法学部なんかに行ってしまったのだろう、と思う。
法学部に行って司法試験と山登りをしているよりも(結局、どちらも中途半端で終わっちゃったし)、俺は研究室で微生物の狩人として電子顕微鏡を覗いている方が合っていたような気がする。
主人公たちのキャンパスライフがまぶしすぎて、俺もこんな生活が送れたはずなのに、と何度も妬ましさに歯がみをした。


主人公は菌が見える少年で、農学部に入学する。
農学部では、菌の利用は当然のようにするわけで、教授をはじめあらゆる人が、彼の能力に目をつける。
彼以外のキャラもしっかりと立っていて、面白い。
「チーズを固めるレンネットという酵素は生まれたばかりの仔牛の第4胃袋からしかとれないため、日本人が毛カビの一種であるプルシスというレンネットと同じ働きをする酵素を発見するまでには、莫大な数の仔牛が殺されていた」といった雑学も身につく。
読み応えのある本格的な娯楽漫画で、これだけ手間暇をかけて情報を収集し、しかも面白く作ってある漫画はそうあるものではない。


「土星マンション」は、地球全体が保護区になってしまったため、人は地上35000m(つい先日まで3500mって書いていたけど、3500mだったらエベレストのベースキャンプより低くなっちゃうじゃんって思い直して、あらためてチェックしたら35000mでした)にあるリング状のマンションに住まなくてはならなくなってしまった、と設定はSFなのだが、ストーリーは地に足がついた堅実なもので、楽しく読める。
あまり期待はしていなかったのだけど、かなりよかった。


土星マンション1

「もやしもん」にしても「土星マンション」にしても、早く続きが読みたくなるストーリーだ。


そういえば、金曜日の夜、家に帰ったら先日受けた乙5と乙6の試験結果が届いていた。
危ないと思っていた乙5は、本当に危なく、正答率6割で合格のところを、正当率ジャスト6割で合格していた。
乙6はできたと思っていたのだが、正答率9割で、こちらは文句なしの合格だった。
受かっていたからといっても何もいいことがあるわけではないが、これで乙種の1類から6類までの全類を合格したので、僕は消防法に定めるどんな危険物も扱えるようになった。


今回の乙5と乙6の試験のことも、もうほとんど忘れていて、今となっては何とか思い出せるのは「ダイナマイトの原料のニトログリセリンは、ニトロ化合物ではなくて、硝酸エステル類だ」ということぐらい。
ニトログリセリンがニトロ化合物ではないことに驚いたので、これだけはなんとかまだ覚えている。
あと、ニトログリセリンは液体でも十分に危険だけど、凍ると(摂氏10度で凍る)もっと危険になる。
だからなんだと言われても困るけれど、もしニトログリセリンがあったら凍らせないように互いに気をつけよう。


これから9月頃まではかなり仕事にも余裕があるし、時間もある。
これからは英語を頑張ることにしたい。

金曜日は、9時頃から飲みに行って、3時頃まで飲んでいた。
誘ってくれたスナックの女の子は、翌朝6時(3時間後)に起きて新潟までB'zのコンサートに行くのだという。
タフだよなあって思う。


僕は土曜日の11時頃に起きて、「真夏の出来事」というDVDを観た。


真夏の出来事

キャメロン・ディアスがかわいいものの、内容は深みのないくだらないサスペンスで、登場人物がいちいち間抜けな行動を取るので何度もイラついた。


午後はギャラン・フォルティスの修理をしてもらいに、三菱のディーラーまで出かけていった。
なんでも大人数が乗るとヘッドライトの光軸が下がる設計になっているらしいんだけど、その誤動作が起こるかもしれないので、リコール対策作業をさせて欲しいとのことだった。
別に実害はないようにも思ったけれど、一応修理をしてもらった。


帰りに河合克敏の「とめはねっ!」(小学館)という漫画を3巻まで買ってきた。


とめはね1

とめはね2

とめはね3

高校の書道部が舞台の漫画で、書道についての基本的な知識を何となく得るにはいいかもしれない。
ただストーリーは凡庸で、僕は読んでいるうちに腹が立ってきた。


書道でも、揮毫とかのパフォーマンスをすることが多いらしいんだけど、このパフォーマンスの音楽や題材を、この漫画の主人公たちは「自分たちが何をやりたいか」ではなく、「何がウケるのか」という視点で決める。
この発想がだいたい気に入らないし、選ぶ音楽のセンスがへなちょこすぎてあきれる。
高校生なんて、社会が認めようと認めまいと、自分がやりたいことをやりたいように一番やれる時期なのに、音楽のセンスからして社会に飼い慣らされている感じがして嫌だ。


最近、毎朝「レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン」(ウォシャウスキー兄弟はこのバンドの音楽を聴きながらマトリックスの脚本を書き上げた)の「テイク・ザ・パワー・バック」を聴きながら職場に行っているが、それはこんな歌詞だ。


レイジアゲインストザマシーン


テイク・ザ・パワー・バック(力を取り戻せ)


正しい観点では、勉強で洞察力を身につけることができる。
でも、俺たちを軽蔑するこのシステムの元では、俺たちは読み書きを教えられる。
真実なんて言われているものは偽物だ。
彼らは俺たちに誓約を申し立てさせ、彼らの神に頭を下げることを望んでいる。
文化は失われ、俺たちの心が紡いでいたものを文化は失い、時を経て、無能がそれに取って代わった。
俺たちは再び力を取り戻さなくてはいけない。
ここに計画がある。
アンクルサムのくそ野郎。一歩下がってろ。
俺は自分が何者なのか知っている。
耳をそばだてていろ。すべてを捨ててはっきりさせてやる。
彼らが恐れているのは、このビートと歌詞だ。
この怒りは容赦をしない。
俺たちは素早い動きが必要だ。
おまえたちは変革と反体制行動の目撃者となる。
俺たちは力を取り戻さなくてはならない。
俺たちは力を取り戻さなくてはならない。


現在のカリキュラムに、俺は拳を叩き込んでやる。
ヨーロッパ中心主義者の最後の一人まで。
赤と白と青の仮面を被ったやつだってお見通しだ。
講義で、俺たちの心に入り込み、俺たちを後ろに下がったままにさせようとしている偽りの構造に穴を開けてやる。
俺たちは力を取り戻さなくてはならない。
なぜなら何年も、何年も、本当に何年もされ続けた一方的な話のせいで、心に開いた穴から涙と恐怖がわき上がってくるからだ。
俺が劣っている?誰が劣っているって?
俺たちはたった一つの文化だけを大切にするこのシステムをチェックする必要がある。
だから、俺たちは再び力を取り戻さなくてはならないんだ。


教室の前に立っている教師。
でも授業計画を彼は思い出せない。
生徒たちの目は、教室のくそ壁を飛び交う嘘を見抜くことができない。
教師は冷静なままでいられる。
俺はたぶん、教師はバカにされるのが怖いんだと思う。
生徒たちは無防備なまま、教師が学校で学んできたたわ言を聞くんだ。


ヨーロッパは俺がぶら下がるロープじゃない。
俺はヨーロッパから学ぶつもりはない。
それなのに俺たちはヨーロッパにぶら下げられているんだ。
だから俺たちは真実を知らなければいけないんだ。
くそ天気予報士のように、俺たちは真実を抹殺し、ズタズタに切り裂こうとしている奴らを締め出し、真実をさらけ出さないといけない。
なぜなら、俺たちが行動を起こさない限り、憎しみの輪が続いてしまうからだ。
俺たちは力を取り戻さなくてはならない。
もう嘘はやめろ。
もう嘘はやめろ。


その点、浜田ブリトニーの漫画「パギャル!」(ビッグコミックススペシャル) は、絵はひどいものの、作者の独自の視点で描かれた、独創性のある漫画だ。


パギャル!

火曜日に、仕事の帰りに本屋に寄ったら第1巻が出ていたので買って読んだ。


この社会に迎合しない(できない?)作者の態度は見上げたものだと思うし、野口英世の写真を見て誰だかわからず、「でもヒゲ剃ってくれればワンセク(1度だけのセックス)までならOK!」と言っちゃうあたりの感性がすごいと思う。


世間では今、おバカブームらしいが、この本もその時流に乗った本だともいえる。
作者のおバカぶりにはかなり笑わせてもらった。


僕は資格マニアの色が濃く、勉強をすることに肯定的で、「勉強は役に立つか立たないかという視点ではなく、人間の権利としてするもの」という意見に基本的には同意しているけれど、おバカタレントのスザンヌのお母さん(キャサリン)の「勉強なんてものは、それくらいしかできない人が仕方がなくやるもの」という言葉にも共感を持つ。


人や社会の評価ばかりを気にかけて、真の自分を殺すような真似はしたくないといつも思っている。
だから、おバカだけど彼女たちなりに自由に(でも必死で)生きている姿を描いている「パギャル!」が好きなのだと思う。


土曜日は深夜まで日本対オマーンのサッカーの試合を観ていた。
暑さのなかで戦っている選手を観ていると「アウェーで戦う」ことの厳しさが伝わってくる。

サッカーの試合中、何度もアナウンサーが「岩盤浴の施設にいるようだ」という表現を使うので、どうも気になってしまい日曜日にはゴルフの打ちっ放しで250球くらい打ったあと、半年ぶりくらいに岩盤浴に出かけていった。


岩盤浴からの帰りに、ハイオクを満タンに入れて、オイルの交換をしたら12716円もかかった。
日本は産油国じゃないんだから、インド洋まで、他国の船に給油をしに行っている日本の軍艦をさっさと引き返させろ!と思った。

仕事に余裕が出てきた。
最近の若者のトレンドは5月病ではなくて6月病なのだという。
早速、人事担当者のところに行って「6月病になりそうだから職場を変えてほしい」と言ってみる。
「そりゃ大変だ。でも6月病なら1ヶ月我慢すればいいだけじゃん」とまたも訳のわからないことを言われる。


水曜日には定時に帰り、友達から紹介された映画「転々」をDVDで観た。


転々

キャストといい、小ネタといい「時効警察」に雰囲気がよく似ている。
世間では「時効警察」はかなりおもしろい、ということになっているが、僕はあまりおもしろいと思っていなかったので、ちょっとつらいなあ、と最初のうちは思っていた。


借金を抱える大学生(オダギリ・ジョー)が、報酬をもらう約束で、借金取り(三浦友和)と、吉祥寺から霞ヶ関まで散歩をする話だ。


まだ、できあがっていないような感じがする映画でもある。
オープニングの3色歯磨き粉だって、なぜ、この話なのか必然性が感じられない。
別に何だっていいような気がする。
この映画は、そういった小ネタが山ほどあって、そのほとんどはメインの流れと無関係だ。


例えば、この主人公が駅前でコインロッカーの鍵を拾う。コインロッカーを開けてバッグを取り出す。期待を込めてバッグを開けると、なかから山ほどのダルマと天狗の鼻が出てくる、というシーンがある。
ストーリーには不要なシーンなので、僕なら切る。
でもこのシーンを思いついたあと、最後まで残すセンスと力がこの監督の才能なのかもしれない。
正直言うと最後まで観るとかなりいい映画なのだ。
でも本当に微妙で、絶妙。
ストーリーに不可欠でない小ネタを、僕はどうしてもうるさく感じてしまう。


見終わると、自分も散歩をしたかのように、ぐったりと疲れていた。
「東京を散歩したなあ」という気になる。
小ネタ好きで「時効警察」が好きな人であれば、きっと絶賛する映画なのだと思う。


金曜日の午後には、今年になって初めての年休を取った。
そして長野ロキシーに行き、5人くらいのご老人たちに混じって「Beautyうつくしいもの」という映画を観た。


Beauty1

Beauty2

長野県の伊那谷に伝わる歌舞伎を演じる役者が戦争に巻き込まれ、心に傷を負って帰ってくる話だ。


僕は以前、このストーリーの元になっている大鹿歌舞伎を観たことがあるが、そのときは何もわからず、何がいいのかもさっぱりわからなかった。
観光業の人に言われるままに舞台におひねりを投げていた。


泣かせる映画なので始めから覚悟はしていたけれど、やっぱり涙が出てきた。
ロシア兵の役者はヘタだし、霧ヶ峰で撮ったというシベリアは、どう見てもシベリアには見えなかったし、ストーリーもこれほど先の読める話もなかったけれど、こういう固いストーリーが南信州の人は好きなんだよなあなんて思いながら泣いていた。
歌舞伎役者である片岡孝太郎の演技が素晴らしく、最後に舞う「天竜恋飛沫(こいしぶき)」は、圧巻だった。
映画を見終わって、映画館の外に出たら、仕事でささくれ立っていた気持ちが穏やかになっていた。
泣ける映画は、心のもやもやを洗い流すのかもしれない。


その後図書館に行って、乙5と乙6の試験勉強をして、それから飲みに行った。
11時くらいまでに2軒をはしごして帰ろうと思ったら、俺が初めて就職したときに、たまたま隣の席だった先輩にばったりと会って、それからまた2軒行って、3時過ぎまで飲んだ。


翌朝の土曜日は11時ぐらいに起きて、DVDで「イカとクジラ」を観た。


イカとクジラ

試験の前日で、そんな余裕はないはずなのだけど、2日酔いもあって全然やる気が出ない。


「イカとクジラ」は両親が離婚して、それぞれの家で、曜日によって暮らすことになった子供たちの話だ。
様々なドラマがあるが、小ネタもなく、基本的には淡々と話が進む。
そのまま淡々と終わり、僕はセンスのいい映画だなあ、くらいの感想しか持たなかった。
あとになって、この映画がアカデミー脚本賞をはじめ、数多くの賞にノミネートされているのを知って驚いた。
僕は映画に、ドラマを求め過ぎのような気がした。
こういう映画をいい映画なのだと、大きな声で言っていいのだと、何か学んだような気がした。


夜の10時過ぎになってようやく勉強を始め、12時には嫌になってやめてしまった。
それでも問題集3冊分の試験該当問題はすべて解いた。できなかった問題は付箋をつけておいた。


日曜日は、できなかった問題をすべて解いて付箋をはがし、昼から試験会場に行った。
前回よりも受験者は随分と少なかった。


乙6の試験はまあまあだったものの、乙5は3冊の問題集でも見たことのないような物質を多数出されて、絶望的な気分になった。
例えばジニトロソペンタメチレンテトラミンは確かに乙5の危険物だけど、問題集の問題には載ってこないようなマイナーな物質だ。
こんな物質の性質って言われても、わかるわけないだろ、とだんだん腹まで立ってきた。
でも、試験は試験。
他の問題も解けないものが多かったので、どうやら乙5は落としたような気がしてきた。


試験終了後、腹立たしい思いのまま、車を飛ばしてゴルフの打ちっ放しに行き、250球ほど打ってきた。
体が疲れてくるにしたがい、試験のことはどうでもいいような気分になってきた。


家に帰ってからネット麻雀をしたら、生まれて初めてダブル役満(字一色と小四喜)を上がった。
試験のことなどどうでもいいや、という気にますますさせられた。


**おまけ**

何万人もの聴衆の前で、キューバのカストロ議長が芝居がかったスピーチをしていた。
「私が権力を握ってから、200もの新しい学校を作った。」
ちょうどそのとき、一人の物売りが大声で「ピーナッツ!ポップコーン!」と言いながら聴衆の間を歩いていたので、カストロはスピーチを中断した。
カストロは少しいらついたが、なんとか落ち着きを取り戻した。
「それから、皆さんが知っての通り、私が権力を握ってから、300以上の病院も作った。」
「ピーナッツ!ポップコーン!」物売りの声に、カストロはまたもスピーチを中断させられた。
カストロは怒りに震えたが、なんとか感情を抑え込み、スピーチを続けた。
「私が権力を握ってから、500以上もの…。」
「ピーナッツ!ポップコーン!」物売りの大声で、カストロはまたもスピーチを中断され、怒りのあまり、マイクに向かって怒鳴りつけた。
「これ以上、誰かが1度でもピーナッツ、ポップコーンなどと資本主義的なことを言ったりしたら、そいつのケツをアメリカのマイアミまで蹴り飛ばしてやる!」
その途端、何万人もの叫び声で、カストロの体が浮くほどだった。彼らは叫んでいた。
「ピーナッツ!ポップコーン!」


(これは、アメリカ人が作ったジョークなのでこうなるけれど、カストロについて調べると、なかなか尊敬すべき人のように思える。キューバに彼の銅像はなく、権力を息子に与えるような馬鹿な真似もしていない。日本に来た際には原爆ドームに献花・黙祷もしている。)

今週になって、仕事にようやく余裕が見えてきた。
水曜日には、友達に誘われて9時過ぎから飲みに行き、金曜日には友達を誘って飲みに行った。


木曜日には何ヶ月ぶりかで定時に帰り、友達から紹介された「サンキュー・スモーキング」という映画をDVDで観た。


サンキュースモーキング

金曜日には、その影響で、何年かぶりに職場でタバコを吸った。
夕方、遠くの景色を見ながらタバコを吸っていると、頭のなかが溶けていくような気がする。
それと同時に、仕事に対する集中力も消えていくような気もしたけれど。
1日に1本くらいなら吸ってもいいかなあ、なんて思った。


タバコに健康上の害があることはよく知られているけれど、精神的にも害があると僕は思っている。
僕の友人が鬱病になったのだけど、彼がタバコを病的なまでに吸っているのを見て、僕は喫煙と精神障害には因果関係があるんじゃないかと思うようになった。
彼が鬱病の結果として緩慢な自殺を図っているのか、それとも本当にタバコが彼を鬱に引き込んだのか、そこらあたりがよくわからないから、なんとも言えないけれど。


「サンキュー・スモーキング」は日本以上に禁煙社会となっているアメリカで、タバコ会社の広報部長がいかにタバコを売っていくかという、情報戦略を駆使する話だ。
主人公の男は、頭はいいが女に甘く、他にも弱い面を多々持っているが憎めない男だ。
映画のなかでの議論のテクニックは素晴らしく、この映画を作るのに、きっとこの映画の脚本家や監督は何度もディベートを主催し、いろんな意見を採集したのだろうな、と思わせる。
人は選択の自由を持っているのだから、タバコを吸うか吸わないかは情報を与えたうえで、個人の意思に任せるべき。その選択は互いに尊重しあおうと言われれば、確かに反論しづらいだろう。
ストーリーはよく練ってあるし、皮肉も効いているし、主人公に肩入れしたくなる。
それでとても気に入って、土曜日の朝も、もう一度見た。


土曜日には友達から紹介された「リトル・ミス・サンシャイン」もDVDで見た。


リトルミスサンシャイン

7歳の娘がミス・コンテストの西海岸の大会に出ることになり、数千キロ離れた町から仲の悪い家族(娘とその両親、兄、祖父、鬱病で退院したばかりの叔父)が全員でオンボロのバス(フォルクスワーゲン)に乗って旅をする。
行く先々で、様々な不幸が彼らを襲う。なんども挫けそうになりながら一家はロサンゼルスに向かう。
前半は、ストーリーの展開が遅くて、なぜこんな映画を俺に紹介したんだろう?と不思議に思ったほどだったが、後半になってからストーリーに一気に勢いがつき、ラストは何がと言うわけではないけれど、とても感動した。
こういう話を好むのは俺ぐらいなのかもしれないけれど、そこら辺りを見極めて、俺に紹介してくれる才能を持っている友達はすごいと思った。


土曜日の夜には、雨のなか長野ロキシーという映画館で、イランのアニメ映画「ペルセポリス」を観に行った。


ペルセポリス

なぜか1200円で、さらに入り口でジャスミン・ティーや香水の試供品をくれる。
ジャスミンティーのティー・バッグには、「この度は1日1回限りの『ペルセポリス』上映にお越しいただきありがとうございました。感謝の気持ちを込めたささやかなプレゼントです。ジャスミンティーが今日観た映画を思い返すきっかけとなれば幸いです」というメモ書きと、映画でしばしば出てきた、ジャスミンの花の絵が描かれていた。


長野にシネマコンプレックスができたとき、僕はもっと単館上映の良質な映画もやると思っていたのだけれど、実際に始まってみたら、上映するのはハリウッドのメジャーな映画ばかりでがっかりした。
日比谷のシャンテ・シネにかかるような良質の映画を、こういう小さな映画館が上映してくれるととても嬉しい。


「ペルセポリス」はイランで生まれたロック好きの少女の成長物語だ。
反抗心が強い頭のいい子で、風紀取り締まり警察が目を光らせていても、アイアン・メイデンのハードロックをこっそり手に入れて聴いたり、パンクは死なない、というTシャツを着て街を歩いたりする。
叔父が捕まったり、多くの人が亡くなったりするのを見たり肌で感じながら、彼女は育つ。イラン・イラク戦争の最中にはオーストリアに留学するが、そこでも反抗心の強いわがままな彼女は温かく迎えられたわけではなく、最後は自分勝手な恋にも破れ、危うく凍死しかける。
自尊心が強く、ときに傲慢になる彼女を、祖母が「公正明大に生きる」ように諭してくれる。
祖母はブラジャーのなかに、ジャスミンの花を摘んで入れていたので、いつもいい匂いがしたのだという。
そして、いつまでもふっくらした胸をしていたらしい。
その秘訣は、1日1回、氷水に胸をつけることなのだそうだ。


このアニメは、美しい映像に満ちているが、ストーリー自体はそんなに素晴らしいものではない。ただ、今まで知らなかったイランという国が見えてくる。
この映画に出てくる祖母の理念は世界に共通するもので、イランの一般市民は決しておかしな人たちではないと教えてくれる。

かつて、木村太郎というキャスターが、「川を渡るのに困っていたサソリが、ワニに川を渡してくれるように頼んだ。川の上でサソリがワニを刺した。ワニが「そんなことをしたらおまえも死んでしまうぞ」と言うと、サソリが「それが中東さ」と答えた」という話を紹介していた。
国としてはそうかもしれないが、一般市民はそんなことはないと、この映画を観て知った。
少なくとも、この映画に出てくる祖母はとても素晴らしく、尊敬に値する人だ。


日曜日には、以前から頼まれていたことがあったので、午後からお手伝いに行った。
あまり貢献しなかったけれど、帰りにビールをはじめとしていろいろといただいてしまった。


それからゴルフの打ちっ放しに行って200球ほど打って帰ってきた。


家に帰ってきてから、乙5と乙6の試験勉強を、全くしなかったことを思い出して、「あっ。」と初めて気づいたように、とりあえず言ってみた。


明日からの僕がきっと何とかしてくれる、と思う。



**おまけ**


2人の男がキャンプに出かけた。
テントで寝ていると、1人の男が「痛い!」と叫び声を上げた。
もう一人の男がその声で起きると、1匹の強烈な毒を持ったヘビが、テントから逃げていくのが見えた。
「あのヘビ、俺のペニスに噛みつきやがった。医者を呼んで、どうしたらいいか聞いてきてくれ!」
もう一人の男は、すぐにテントを飛び出し、森の中を3キロ走って、公衆電話にまでたどり着いた。
彼は息がすっかりあがっていたが、なんとか医者を呼び出して、あえぎながら状況を説明した。
「先生、どうしたらいいでしょう?」
医者は答えた。
「注意深く聞いてください。まず、あなたはテントに戻ってください。それからカミソリで、毒蛇の牙のあとの間をX字型に切ってください。そして、毒を吸い出すんです。急いでやらないと、友達は死んでしまいますよ。」
彼は再び3キロの道を走って、テントにまで戻った。
毒ヘビに噛まれた男は心配そうに聞いた。
「医者は何だって言ってた?」
その友達は答えた。
「死ぬって。」

会議と監査が1週間続いた。
毎晩、10時近くまで監査を受けて(ひどい日には10時30分まで)、寝不足になった。
ずっと僕の担当ばかりに監査があるわけではないのだけれど、少し時間が空いても、疲れていてなかなか通常の仕事ができなかった。
金曜日には打ち上げがあったが、3次会の会場で爆睡してしまい、起きたのは家の前までタクシーで運ばれた後だった。
これだけ疲れているのに、酒なんか飲んだら泥酔すると思っていたのだが、その通りになった。


人事担当者に「こんなに働かされていると、会議の後、5月病になりそうだから転勤させて」と頼みに行ったら「5月なんかもう終わりだからいいじゃん」などと訳のわからないことを言われた。


土曜日は、ほぼ1日寝て過ごした。
乙5と乙6の危険物取扱者の試験が6月1日にあり、受験票も届いたのでそろそろ勉強を始めなくてはと思うが、なかなかその気にもならない。
本当に何もしない一日だったけれど、疲れは取れたと思う。


日曜日の朝、DVDで「海辺の家」を観た。


海辺の家

以前、センスのいい友達に、いい映画だと紹介されたのだけれど、今まで観る機会がなかった。
ツタヤのレンタルDVDのサービスを使って、手に入れることができたので、観た。


海辺に家を建てる、そういう映画だ。
脚本もキャスティングも完璧。音楽のセンスも抜群で、俳優の演技も実にいい。
人は誰もが悩みを持っていることが、こんなにわかる映画はない。
そして、人は変われるということもわかる。


毎日、本ばかり読んで、ロックばかり聴いていて、人を寄せ付けなかった自分の若かった頃を思い出す。
タバコも吸っていたし、ウイスキーも飲んでいた。
「おまえの場合は、なんだか無理矢理タバコを始めましたって感じだったよ。」
そう友達に言われたことがある。
あの頃、両親は心配しただろうけれど、この映画を観ていて思う。
あの頃、俺は結局、自分のことが嫌いだったんだと。


16歳の夏、俺も家を建てるべきだったんだと思う。
「家を建てる」ような何か大きなことをするべきだったんだと思う。
それは勉強でも何でもよかった。
映画作りなんかもよかったんじゃないかって思う。
彼女とどこか旅行に行ったりしてもよかったんだ。

この映画は本当にいい映画だ.。

評価が高くて当たり前の映画で、こういうセンスのいい映画をもっと多くの人が観るといいと思う。
もし16歳のとき、この映画を観ていたら、俺の人生は大きく変わったはずだ。


午後2時頃、頼んでいたダスキンからおじさんがやってきて、掃除をしてくれるという。
確かに掃除を頼んだのだけど、おばちゃんが3人くらいで来てやってくれるのだと思っていた。
「一人だけ?」
「手伝いの人が来られそうにないんで。」
自分の父親のような年の人が、一人で僕の部屋の掃除をしている姿を見ているのがつらかったので、外に出た。


ゴルフの打ちっ放しで200球くらい打って、それからパソコンのソフトを買って、で時間が余ったのでパチンコに行ったら、あっという間に1万円負けて、もう2度とするものか、とまた思った。
ガストで日記を書いたり、試験勉強のための本を読んだりして、7時30分頃に帰った。


帰る直前まで、おじさんは仕事をしていてくれたようだった。
部屋がきれいになっていて、嬉しかった。
これからはできるだけきれいに使おう、って思った。


**おまけ**


美しい男女の裸の像が公園に建っていた。彼らは互いに見つめ合う格好になっていた。
ある日、天使がやってきて言った。
「君たち2人はここで互いに見つめ合ったまま20年も建っている。何もできないままに。私が今から15分の時間をあげよう。その間だけは、君たちは何でもしたいことができるんだよ。」
突然、2つの像に命が与えられた。
すぐに2人は藪のなかに駆け込んだ。天使は、藪のなかの葉が大きく揺れる音と、大きな笑い声を聞いた。
10分経って2人は戻ってきた。
「まだ時間は残っているよ。」天使は言った。「もう5分ある。」
「そうか。やったあ。」2人は叫びながら藪のなかに走っていった。
天使は、女性が男性に話している言葉を聞いた。
「OK。じゃあ、今度はあなたが鳩を押さえつけていて。私、頭の上にうんこしてやるんだから!」

今週は来週から始まる1週間続けての会議の準備のためにバタバタしていた。
金曜日も残業だったのだが、もうすっかり疲れ果てていて、月曜日と火曜日が休みだったってことが信じられないほどだった。


ほぼ毎朝行くスターバックスでは、5月になってから、ドアーズの曲が流れるようになった。


doors1st

「ハートに火をつけて」や「ブレイク・オン・スルー」を聴きながらオーガニックにこだわったチキンサンドなどを食べていると、なんだか奇妙な気分になる。
僕にはドアーズはどこか暗く、反社会的で、不健康なイメージがある。
浪人した後の大学の入学試験で、午後になると必ずドアーズの曲が頭の中で鳴り響き、なかなか試験に集中できなくて困ったことを思い出す。


僕がドアーズで一番好きな曲は「クリスタル・シップ(水晶の舟)」なのだけど、この曲が好きだという人は僕はあまり聞いたことがない。
でも大好きで、デュラン・デュランがいろんなロックバンドのカバー曲でアルバムを作ったときに、ドアーズではこの「クリスタル・シップ」が入っていて嬉しかった。
もちろんスタバではこのクリスタル・シップはかからないし、かけてほしくもない。

ドアーズはマリファナの煙が漂う、どこか淫靡な飲み屋で、へんてこな格好をした美人に誘惑されるような状況で、ウイスキーでも飲みながら聴くのが最高だと思う。



クリスタル・シップ(水晶の舟)


君が無意識の世界に落ちこむ前に、もう一度だけキスをしたい。
もう一度、幸せな閃光のような一瞬のキスを。もう一度。


日常は明るく、苦痛に満ちている。
君の優しい雨のなかに包み込んでほしい。
君はどこかに行ってしまい、私たちはまた会うと言った。
私たちはまた会うと。


教えてくれ。君の自由がどこにあるのか。
通りは決して死なないフィールドだ。
理由を教えてほしい。
君は泣いた方がいいと言うけれど、僕はむしろ飛んだほうがいい。
1000人の少女と1000のスリルで、水晶の舟はいっぱいになっている。
そして100万もの時間の過ごし方がある。
僕たちが戻ってきたときには連絡するよ。




土曜日には、「地球のステージ」というライブを観に行った。
世界の貧しい地域を映像で紹介し、桑山さんというNGO団体の医師が説明をしてくれる。
それから、この医師は曲も作って、ギターやバイオリンを演奏しながら歌う。

僕の友達が、彼のファンで長野に呼ぼうと努力をしたのだという。
オープニングの際、彼女は挨拶しながら泣いていた。
「花粉症なのに挨拶するのはつらいよな」なんて思っていたけど、よく聞いたら「お客さんがいっぱい来てくれて嬉しくて」泣いていたらしい。


思っていたより面白かった。
旅行好きの青年医師がなぜボランティアに目覚めたのか、その医師の体験を映像と歌で紹介してくれる。
2時間のライブだったので、少し長いかな?と思っていたら、今回のは第一部で、実は彼は昔からコンプレックスがあってそれをどう克服したのだとかいう話とか、ボランティアの続きの話だとか、第五部まであるのだという。
もう僕はおなかいっぱいだけど、また誘われたら見に行くかもしれない。
世界はまだいろんなところがあるってことを僕はまだ知らないんだなあってことを知るにはいい機会だと思う。


それから、帰りにパソコンを買って帰ってきた。
最近、突然、電源が切れてパソコンが落ちるので、買い直そうと思っていたのだ。
そして、話すと本当に長いんだけど、信じられないようなアホなことを連続してやってしまい、今まで自分で作った文章をすべて、消してしまった。
いろんな情報もすべて消してしまい、もう何も残っていない。
復旧にも失敗してしまい、自分が情けなくなってくる。


スパイク・リーの「Do the right thing」をDVDで今頃になって観た。


dotherightthing

イタリア系移民にも黒人にも「ちゃんと働けよ」と日本人の僕は文句を言いたくなる。
映画は何が面白いというわけではないんだけれど、最後まで飽きずに楽しく観た。
たぶんあまりに主人公のムーキーが働かないので、あきれてかえって目が離せなくなったからだと思う。


僕もせっかく作った文章をすべて失ってしまったので、イタリア系移民の気持ちがよく分かり、少しサバサバした気分になった。